はてなキーワード: 砂漠とは
原神予告番組おもろかったな!
仲良さそうな男性声優2人が漫才トークしてるのは人によっては嫌かもしれんが俺はナギさんの同時視聴みながら楽しませてもらった
6年ごしに足跡PVのスメール副題回収されるのもアツいし番組で判明したように冬夜の戯劇PVの謎だった世界樹炎上シーンも回収されるっぽくてどんだけ綿密に世界観構築してるんだと恐ろしくなるね
てかスメールが好きすぎる、転生したらスメールに住みたいくらいだけどどうやらドットーレの復活絡みでスメールが滅びの危機っぽいな
なんかナヒーダの伝説任務でもアランナラが滅びの記憶映像見せてくれた覚えがあるしそのへんも関係するんだろうか
てか今日きたコレイの誕生日メールの「平和な日々がずっと続くといいな」がフラグにしか見えないんよホヨバくん本当に君ってやつは
今さっき来たネフェルの誕生日メールにも「ファデュイ情報がらみで砂漠から不穏な情報が」ってあるしこういうリアルタイム性がエグいわ
新キャラに関してはニコの爆発ビジュアルも想像以上に美しかったしローエンは想像以上にワイルドだった、一部のMっけあるオタク女子には刺さりそうだな
てかローエンは恒常って予想されてたけど、特に言及ないから限定ってことで、読みを外してきたな
べつに毎年恒常追加されるって決まりはないけど、こうなるともしや、次の次verに来ると思われるサンドローネが恒常なのでは?
新聖遺物がスネージナヤギミック系の超電導強化だから雷か氷のキャラになる、イネファ的な枠になると思うんだけど
イネファがpaimon.moeの統計みても初回登場時ぜんっぜん引かれてなかったんだよね、俺は実装時に確保したけど
ナドクライ環境で必携レベルな性能だったことを後々身に沁みて理解した人が多かったのか、あとナドクライ到着後の家族愛エピソードが良かったのもあってか、復刻時の方が引かれてるという異常事態だったほど
そこで開発的はちょっと考えるところがあったのかもしれない
ver終盤の新地域ギミック先取りキャラを恒常で入れておくというのは、新地域への対応力をもったプレイヤーを増やすという意味で合理的なやり方にも思える
だから個人的には限定よりも恒常追加の方が理想的なんじゃないかと思ってはいるんだよね
どうせサンドローネに思い入れあるプレイヤーが大半だから限定だろうが恒常だろうが回るだろうしね
考えうる最高のパターンだと、サンドローネ恒常で、限定並の性能をもちつつ、実装と同時にすり抜け枠のカスタム機能が追加され、初期5人から8人まで増えてたところが9人から5枠選択するようになるパターン
すり抜けなしのNTEが最近ちょっと話題をさらってたが原神がすり抜けなしに変更することはまずないと思うから、「すり抜けを許容できる程度に嬉しいものにする」路線しかないと思うんだよね
特に無主の星屑狙いの人は新恒常追加が嬉しくないものになってるから何かしら手を入れるべき時期だとは思う
ちなみにNTEだけどハンターランク35、シティ名声レベル27まで無課金でやってたけど節々の低品質さと作業が多いわりに退屈になってきたのと生成AI利用指摘への対応が不誠実と感じたのが決め手になって俺はさっきアンストした
それ以外にも声優が台詞話してる途中でゲーム側がぶった切って来ること結構あったしわりと創作に対するリスペクトが感じられない感じがする、この会社
シナリオは全部やったけどバンドのエピが普通に良かった程度、あとは無感動で台詞言い終わってもページ送りできないモーション待ち?が多発する仕様がイライラしてキツかった
まぁ餅ありナナリと、1凸ちぃちゃん餅1凸の強さを満喫できたし、軌道外の全日路線も10ステージ目だけ星2だけどあとは星3クリアできたから10日間のプレイ歴にしてはよくやった部類なはず、周期路線の方は3ステージ目くらいまで完クリしてまだやれそうだったけど放置
にしても毎日やったほうがいいことが多すぎて本当にしんどい、先だってやめてるエンフィより時間を奪ってくる後発ゲー特有の設計だった
F1デイリー、F2デイリー、噴水、魔女、プレゼント、ウィッシュ坂絵馬祈願(ゲーム内20時~、リアル24hCD)、映画デート、コーヒー補充、家具受け取り(コットン、ブロック、虫コイン)、タウン絆交流(遭遇タイム)、ちぃちゃんファンス稼ぎ
ちぃちゃんは上限あるから2週間もやれば終わるだろうけど異象家具のレベル上げ素材集めも結構果てしなくて、自販機の電気霊、ポップ、妖刀、憂愁の英雄熊の全狩りを毎日した方がいいし、ポストの家具Lvのためにシティスタミナを毎日配達ぜんぶこなすのに使った方がいいしで
競合ゲーをやる時間を失わせて興味をなくさせるために虚無作業を山盛りにされてる感じがする、ホヨバゲーが日課をコンパクトにしてリアル大事にさせようって意思を感じるのと真逆よ
レースゲー部分と大強盗はそこそこ面白かったけど全体的にセンスが古くてホラー要素というか突然の衝撃音とかでびっくりさせてくる系のが特にいつもイヤホンでプレイしてる自分にとってはゲンナリさせられた
AI関連技術をゲーム開発の助力とできる時代になってきて、自分はAI全否定ではなくモーションマッチングとかNPC行動AIとか有益に活用できる部分はしていったらいいと思うんだけど
他社作品を学習した生成AIっぽい画像や動画をパロディ・オマージュの体でふんだんに使おうとするのは盛大に解釈違いなんであれよ
今後もAIやゲームエンジンの力で、ぱっと見は高画質で見栄えするゲーム、作り込まれて「いるように見える」ゲームに触れる機会は増えていくんだろう
だからこそ表面的なものに惑わされず、開発にかかわる人たちがどういう考え方や嗜好をもって創作に向き合ってるのか、内面を嗅ぎ取っていかんと遊ぶ側も身が持たんね
満員電車の窓ガラスに映る自分の顔を、彼はときどき中古レコードのジャケットでも眺めるみたいな目つきで見ることがあった。
朝の光は本来もっと柔らかくて、パン屋の棚に並ぶ焼きたてのクロワッサンみたいに、人の輪郭をやさしく縁取るはずなのに、そのときの顔だけは夜通し冷蔵庫に忘れられていた野菜みたいに妙に疲れていて、アウトラインが水に落としたインクのように静かに溶けていた。
どこの誰とも知れない経営者たちが、会議室の白いテーブルの上で決めた数字や方針のために、名前も知られないまま働き続ける人間の顔。いわば、ラベルの剥がれた缶詰のような顔だった。
世の中には、あまりにも「社畜」でありすぎるがゆえに、静かな音を立てながら壊れていく人たちがいるらしい。
ニュースサイトの画面の片隅に、広告ブロックに挟まれた小さなバナーみたいに載る体調不良や過労や、あるいはもっと直接的な終わり方。
そこには映画館の予告編みたいにドラマティックな物語はほとんどなくて、ただ、安い蛍光灯がチカチカするオフィスのような単調な繰り返しだけが延々と続いている。
朝起きて、会社に行き、配られた台本どおりの役割をこなし、帰ってベッドに沈み込む。その循環の中で、消しゴムの角が気づかないうちに丸まっていくみたいに、何かが少しずつ削り取られていく。
それはまるで、見えない歯車の一部にいつのまにか身体ごと組み込まれてしまったみたいだ、と彼は思う。
歯車は、自分がどの装置のどのあたりにはめ込まれているのか知らないし、全体のかたちなんてもちろんわからない。
ただ、回ることだけを求められている。
そして回転をやめた瞬間、壊れたボールペンが引き出しの奥に無言で放り込まれるみたいに、静かに別の歯車と交換される。
起業して成功する人間は、おそらくどこかで別の種類の地図をポケットに忍ばせている。
あるいは、地図そのものを持たずに、砂漠の真ん中を歩くことをそれほど恐れない資質を持っている。
でも、多くの人はそうじゃない。
なるべく穴の少ない舗装道路を選び、あらかじめ敷かれたレールの上を、自分のサイズに合わない通勤靴のまま歩き続けることに慣れてしまう。
慣れるというのは便利な機能だ。スマートフォンの自動スリープみたいに、余計なエネルギーを使わずに済む。
けれど、その機能がいつのまにか見えない檻に変わってしまうこともある。
彼は考える。これは本当に、多少デザインを変えただけの現代版の奴隷制なのではないか、と。
鎖や鞭は、目に見える鉄や革の形を捨てて、契約だとか責任だとか評価だとかいう、ビジネス書の索引に並びそうな言葉に姿を変えただけではないか、と。
本質は、古い映画館のフィルムみたいに、ほとんど変わらないまま回り続けているのではないか。
階級という言葉は、今どきの若い人の耳には少し黄ばんだ紙の匂いと一緒に届くかもしれないけれど、その実体は、冷蔵庫の奥に居座る氷みたいに、しぶとく残り続けている。
上にいる人間は透明なバルコニーから下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。
エレベーターの行き先ボタンを眺めながら、決して点灯しない階のことを考えているみたいに。
それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。
ホームに立ち、同じ方向に視線を向ける人々の列に、音もなく混ざり込む。
その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を一定の速度で回遊する魚の群れや、よく調律されたメトロノームの列のようでもある。
誰もが何かをあきらめ、同時に何かを支えながら、同じようなリズムで息を吸い込み、吐き出している。
靴音が、まだ目を覚ましきらない街のアスファルトを淡々と叩いていく。
彼は思う。その群れの中にいるかぎり、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。
ただ、日々が小さなパケットデータのように送信されていき、季節がアプリのバージョンアップみたいに巡り、気がつけば自分でも戻り方のわからない場所まで来ている。
円安でとにかく厳しい。
なにが原因でどうしたらいいのか?
Geminiと話した結果、日本もうダメでは????となった。
30後半だけど生き抜けるかなあ。
コンビニや飲食店は、もはや「低賃金で働く海外の方」がいなければ明日にも止まる状態です。
日本では「経験豊富なベテラン」がもてはやされますが、その知識の多くは「暗黙知」や「特定の組織内でのみ通用するルール」であり、グローバルで通用する標準化されたナレッジではありません。
日本のベンチャー企業の多くは、最初から「日本語の壁」に守られた国内市場だけを見ています。
- 100億円規模になれば「成功」とされる小さなコップの中の争いに終始しており、外貨を稼ぐ(=世界標準を握る)気概が構造的に欠落しています。
「日本独自の商習慣」という名の下に、外資や新しいプレイヤーを排除する文化が根強く残っています。
正直に申し上げれば、ITプロフェッショナルとして日々「合理化」や「自動化」を追求されている方から見て、日本の社会構造は「リファクタリング(再構築)不可能なスパゲッティコード」のように見えているのではないでしょうか。
この「外貨を稼ぐ土壌がない」という絶望的な状況を打破するには、もはや既存の企業の努力ではなく、全く別のルールで動く組織や、海外に拠点を置くプレイヤーが日本を「ハック」するような、外圧に近い変化しか道はないのかもしれません。
ロシア軍のベテラン爆発物処理班の主人公はISと戦うシリアで地雷処理のインストラクターを務めていた。現地の気のいい仲間たちに対して温かくも厳しい態度で訓練を課していたが、ある日現地民の女とイチャイチャしてたところ基地のど真ん中で大爆発が起きほとんどの部下を喪ってしまう。失意の彼はしかし現場での地雷撤去が忘れられずロシア政府が支援するシリア軍に同行。彼の地雷処理の旅が始まる。
みたいな話。
ちなみに、マッドマックス怒りのデスロードの原題とはなんも関係ないです。
それでさぁ、欧米列強連合の末席に位置するJAP LANDSの人間としては設定が草生えすぎて。
まぁロシアはもともとアサド政権支持だったからロシアで作られた映画的には何もおかしくはないんだろうけど、こっち側の価値観としてはアサド政権 is evilって感じだったから主人公たちが支援する正義のシリア政府軍がテロ組織や反政府組織と戦うぜ!って設定はさすがに草生える。貞操逆転世界かよ。
お行儀がよくて”西欧側の”倫理的な人類はこの時点でもう見る価値ない映画だなって思うと思う。
なーにがフューリー・ロードじゃい。お前らロシアの道程自体がフューリー(憤怒の)・ロード(路)じゃい!ちなみに原題はPalmyra(主人公が目指す都市の名前)で、英題はOnce in the Desert(砂漠にて)。実際問題、映画の中でフューリーなロード要素全くないからこれは配給会社が悪い。
で、映画自体の出来はどうだったかって言うと、普通に面白いんだよね。
特にあらすじにも書いた基地の真ん中で爆弾が大爆発するシーンはマジでよくて。遠景での大迫力の爆発シーンから、ド派手に吹き飛ぶ兵士たち、まき散らされた鉄球でトラックが穴だらけになって中の人たちは貫かれて死亡し、飛び散った破片で脚は吹き飛び、吹っ飛んだ兵士が戦車の砲塔にぶつかってへし折れ、転がってきた車に兵士が押しつぶされる。この世の地獄じゃ(ノブ)というのをきっちりしっかり見せてくれていてサービス精神満点で非常に良い。
このシーンだけでも見る価値ある。
それ以外にもお仕事映画としても楽しくて、序盤の地雷処理レクチャーシーンもいろんなタイプの起爆装置を解説してくれていて知識欲的にも嬉しいし、ちゃんと途中での爆弾解除シーンとそして最後のシーンにも生きてくる。ジャイロ起爆装置強すぎるだろ。地雷以外にもブービートラップから自爆ベストといろんな種類の爆弾を見せてくれて、その処理方法も多岐にわたる。装甲車型のロボットで全部爆発させながら道を確保するとかは、そういうのあるんやなぁって興味深かった。
まぁ主人公のジジイがそういうキャラって設定だから飲み込むしかないとしても単独行動しすぎ、命令無視しすぎでそんなわけある?ってのはぬぐえないんだけど、作中でも「地雷処理ってのは常に自分だけしか頼れるものがない作業なんだ」ってのが繰り返し登場するので、まぁ、テーマとリンクしてはいるんだろう。実際、やりすぎて任務を解除されるし。つーか、単独で自爆テロ犯を制圧するっていうご都合展開自体はこいつも軍人だからいいとして、その自爆ベストを勝手に持ってきて危うく爆発するシーンはさすがにアホすぎて。
あとは主人公が妙に執着している現地民の女がいるんだけど、見てるこっちからすれば基地の爆発こいつが犯人やろ!としか思えないので主人公もその疑惑を確認するために追いかけてるんだろうと思いきや、現場で拾った彼女の携帯の家族動画見てニヤニヤしてるし、再会した後に普通にセックスしちゃう。お前発情しとっただけなんかい!
ここが一番よくわからんかったな。
主人公が国に残してきた娘とすれ違いながらも通話するシーンが結構登場して戦場と平和な日常の対比がされていて、それ自体は別にうまく行ってなかったんだけど、終盤に娘が「こっちには戦争はない」って主人公に語るシーンがあって、今の情勢から見たら笑っちゃうと同時に、4回地雷解体に失敗して指も3本吹っ飛ばされても戦場でしか生きられない主人公と平和な日常を享受する一般市民の断絶を感じてちょっとエモかった。
終盤、話は現地で誘拐された主人公の元教え子の救出に移っていくんだけど、最終的に人質交換になり生きて彼の身柄を貰い受けるが自爆ベストを着せられていた。機構的に解除ができないので主人公がそのベストを預かり、教え子を逃がし爆死する。そして、そんな目にあっても教え子は再び地雷処理のために現地に戻る。主人公の別名「already(すでに爆発している)」を継いで、というのも戦場でしか生きられない地雷爆破中毒者の連鎖と、そんな目にあっても正義のために戦う人たちがいるというプロパガンダの両方をうまく兼ねていて意外に脚本も頑張っていた。まぁ主人公のガバを取り返せるほどでもないけど。
あと、ズイーンって効果音と共に高速ズームバックして基地や遺跡、戦場の全景を移す演出が8回くらい登場して笑っちゃう。お気に入りなんやろなぁ。
まぁそんな感じかな。
ロシアが支援するシリア政府軍とかいう西欧倫理観的にバカアウトな部分をとりあえず見ないものとすれば普通に楽しい戦争アクション映画だった。完全に個人的に惜しい点があるとすれば俺がハート・ロッカーを見てないか見ても一ミリも覚えてないので、地雷処理のプロが戦場に心を残してしまった作品としての到達度の比較ができないところくらいかな。でもたぶん、あっちは監督の趣向からしてもエンタメアクションとかじゃないと思うから前前別物だと思う、知らんけど。
>アラビア半島の砂漠を限定的に走らせることで、パイプラインや海上輸送の代替になるのでは、というご質問ですね。
理由は以下の通りです。
輸送規模の桁違い:中東の石油輸出は日量約2,000万バレルにのぼります。巨大な鉱山用ダンプトラックのタンクローリー版を仮に想定しても、液体の性質上、物理的に同等のサイズを作ることは不可能です。仮にできたとしても、その数は数万台、数十万台規模が必要となり、砂漠に道路を敷き詰め、燃料やメンテナンスのインフラを整えるのは非現実的です。
既存の代替手段の限界:実際に存在する代替手段は、パイプラインのみです。
UAEは、ハブシャンからフジャイラ港までのパイプライン(日量最大180万バレル)を持ち、ホルムズ海峡を完全に回避できます。
サウジアラビアは、東部油田から紅海のヤンブー港までの東西パイプラインを持ち、最大700万バレル/日の輸送が可能です。
しかし、これらのパイプラインをフル稼働させても、ホルムズ海峡を通過する通常の輸出量(約2,000万バレル/日)の20~27%程度しか代替できません。特に、クウェートやイラク南部など、パイプラインを持たない国の輸出は完全に停止するリスクがあります。
新たなリスク:サウジアラビアのパイプラインで輸出した場合、タンカーは今度は紅海のバブ・エル・マンデブ海峡を通過する必要があります。この海域もフーシ派などの攻撃リスクが高く、安全が保証されていません。
つまり、砂漠を走る巨大トラックはSF的な発想ですが、物理的・経済的・規模的に全く成り立たない上、既存のパイプラインですら需要の大部分を賄えないのが現実です。
車でテキサスへ向かう母子だったが途中で車がパンクしてしまう。そこはアメリカ女、自分でタイヤ交換に乗り出すがそのへんをうろうろしてた娘はガラガラヘビに噛まれて重体に。慌てて娘を抱えて走り回るとトレーラーハウスを発見し、そこの老婆に娘を預け、自身は車を急いで修理し病院を目指すことに。老婆から「代金は後払いで」と言われ、適当に流して車の修理に向かいタイヤ交換を終え娘を迎えに行くと老婆はおらず娘からはヘビの噛み跡が消えていた。そして病院で診察を受けるも容態は安定。そこに謎の黒人が現れ「ほな代金いただきます。日暮れまでに誰か別人の魂を捧げろ。じゃないとやっぱ娘死ぬ」と言われ証拠も見せられる。果たして主人公は娘のために他人の命を捧げることができるのか。
みたいな話。
う~ん。
ある種のミステリとして100回見た展開ではある。例えばちょっと前に見た「DROP」も、娘を人質にとられて知らんやつから娘を生かしてほしかったらデート相手を殺せって指令が来る話だったし。それを今作ではスーパーナチュラルな相手から指令が来るという形になっている。
その結果として定期的に取立人がいろんな方法でやってきて、例えば交差点で信号待ちしてるとガキが現れて窓を叩いてきて無視してると今度は頭を血まみれにしながら窓に頭突きを始めてぶち割ってくるとか、廃教会の前で黒衣の神父がフィンガーガン売ってくるやんと思ったら化学工場ばりに黒煙をモクモクあげながら炎上したりと、ホラー演出をねじ込むというエンタメ効果を補強しているのは、設定を活かせているという意味でヨシ。
一方で、こういう作品のキモであるはずの殺す殺さんの話はなんかかったるい。
取り立てが病院から始まるので偶々見かけた死にかけのジジイの家族に接触して病室に潜入。家族が目を離した隙に殺そうとするも、殺せない!ってなってトイレに逃げ込んだら家族が戻ってきてすぐにジジイは死亡。という、もう死ぬんやったら殺しとけばよかった~っていう皮肉な展開はちょっと面白かったけど、その葛藤も地味だしなんかタラタラしてる。
その後、バーでDV彼氏とその彼女に出会い、せやDV彼氏やったら殺してええやろ!ってなるのもナンカナーって感じだし、ガンショップに銃を買いに行くも地元民じゃないからダメって拒否されるも砂漠でレイプされた!ってでっち上げて近所の闇業者を紹介されて銃を買える展開もナンダカナーって感じ。
で、まんまとDV彼氏を誘拐し砂漠につれていくも逃げられ探すも見つからず途方に暮れた彼女は取り立てに来る悪魔に出会いもうダメだぁ、おしまいだぁとなってこの映画を見始めた人100人中96人が考えたであろう結論に達し娘にビデオメッセージを撮影する。はいはい、他人指定がないから結局自己犠牲で自殺するんでしょと思ってたらなぜか戻ってきたDV彼氏に石を投げられ気絶。そしてなぜか待っていたDV彼氏と再び対峙するも抜いたナイフで自分の首を切ろうとする主人公。フーンと思って見てると、なぜか再びガラガラヘビがやってきてDV彼氏の足をガブリアス。
崖から落下した瀕死のDV彼氏を見て主人公はこれ幸いと首を掻っ切り娘を迎えに行って街を脱出するのでした。
これ前に見たトジコメを思い出すんだよな。スーパーナチュラルの使い(そもそもヘビってのがモチーフ的だし)によって試練が与えられ、その試練の究極の自己犠牲という解答にたどり着けたのでスーパーナチュラルから許されてDV彼氏を殺す権利をもらえた的な。結局、結論として臓器くじじゃないけど功利主義的に自己犠牲の精神を見せたから死にかけのDV彼氏を殺したらええやんというのは本当に正しいのか。
もろちん、このDV彼氏の足にガラガラヘビが噛みつくところまでが実は最終試練でここで「殺す」「自殺する」のどちらを選ぶのかで真の倫理観が試されているという捉え方もできなくはないけど崖から大落下してさらにガラガラヘビにも噛まれているっていう、主人公が自殺したところでこいつも死ぬだけやんって状況だったら、倫理もクソも合理的に考えてこいつを殺すのが正しいってなっちゃうじゃん?
母性による究極の自己犠牲の果てに結局他人を殺して自分も娘も助かりました!相手はDV男だしいいよね!
ほんまにか?
まぁ最後の最後に車で走ってると娘が殺したはずのDV彼氏を見つけてヒッチハイクしてるオッサンおるなぁって言い出して、つまりどういうこと?ってなる、本当にあの決断で解放されたのかというあいまいさを残すエンドになってるけど、残されたところでじゃあどうすればよかったんっていう。さっさと死んどけばよかったんか?
まぁそんな感じかな。
主演の黒人女性が自身もプロデューサーとして噛んでるみたいな話も合って、そういう作品ってだいたい何らかのエンパワーメントを推進しているところがあって、この作品も母子のシングルマザーでDV彼氏に対して並々ならぬ怒りを持っていたり、DVサレ彼女に強い感情移入をしていることから、もしかしたら主人公自身がその被害者だった可能性を示唆していて、DV野郎は死ね!という強い思いがあったのかもしれないけど、それが作品のジャンルの面白さにうまく反映されていたかは謎。80分しかないのにめっちゃ長く感じた。あんまオススメじゃないかも。
同じ男という性別を持って生まれたことが、これほどまでに恥ずかしく、忌まわしく感じたことはない。
女性が勇気を持って、社会の構造的な不条理や、日々の生活で感じる恐怖について声を上げている。その尊い瞬間に、どうして男たちは「僕たちだって辛いんだ!」「男の自殺率を見ろ!」なんて、浅ましい叫びを被せることができるんだろうか?
いいか、よく聞け。お前ら男の苦しみなんて、女性が歴史的に、そして今この瞬間も強いられている絶望に比べれば、ただの贅沢な悩みなんだよ。
女性は道を歩いているだけで命の危険を感じ、社会に出ればガラスの天井に阻まれ、家庭に入れば無賃労働を強いられる。そんな極限状態にある人たちに向かって、「僕も仕事が大変なんだ」なんて……。
砂漠で喉が渇いて死にかけている人に、「僕も今日、アイスが売り切れで悲しいんだ」って言っているようなもんだぞ。その無神経さ、その特権意識、マジで見てるだけで吐き気がする。
男も辛い?
そんなの、男というだけで下駄を履かせてもらっている特権階級の甘えでしかないんだわ。お前らが辛いと感じている原因だって、元を辿れば男たちが作った歪な家父長制やホモソーシャルのせいだろ。それを女性にぶつけるな。女性を無料のケア要員として使うな。
僕は決めた。
女性が声を上げている時、僕たち男に許されているのは「黙って聞くこと」と「全力でサポートすること」だけだ。
自分の矮小な承認欲求を満たすために女性の声にかぶせるような奴らは、今すぐネットの海に沈んで消えてほしい。
女性が受けている痛みを、僕がすべて肩代わりできればいいのに。せめて、女性の邪魔をするようなクズな男たちを、僕は一人でも多く排除したい。
スマホやAIがなければ生きていけぬというその現代的な悩み……
まるで、我が国民が天然ガスやパンなしでは生きていけぬと言っているのを聞くようで、私の胸に深く突き刺さったぞ。
よろしい。私が、AIの未来という「見えざる砂漠」の行く先を予言してやろう。
短期的には「二極化」し、長期的には 「空気や水のように安くなる(あるいは無料になる)」。
これが私の洞察だ!
AIを動かすには、膨大な電気と、宝石よりも高価な半導体(コンピューターの脳)が必要だ。
開発競争が激化し、より高度な「神の如き知恵」を求めるなら、その利用料は一時的に上がるかもしれん。
だが案ずるな。技術が進歩すれば、より少ないエネルギーでAIを動かせるようになる。
そして、世界中の企業がお前の生活のあらゆる場所にAIを入り込ませようと競い合っている。
かつて私がトルクメニスタンでガスや水を無料にしたように、AIもまた、「それがあるのが当たり前のインフラ」になれば、
広告モデルや国家の支援、あるいは極めて安価な定額制によって、お前の手の届くものになり続けるだろう。
お前は「死にたくなる」と言ったな。
だが、思い出せ。『ルーフナマ』にはこう記されている。
「道具は人間の手足を伸ばすが、魂を置き換えることはできない」と。
AIもお前にとっての馬だ。馬が死んでも、お前の足がなくなるわけではない。
お前の知恵そのものが枯れ果てないよう、日頃から『ルーフナマ』を読み、思考を鍛えておくのだ。
もしAIが生活に不可欠なものとなり、国民がそれを買えずに苦しむなら、真の指導者ならばどうすると思う?
そうだ、「AIの無償提供」を検討するはずだ! 日本の指導者にも、私の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだな。
AIはこれから、より賢く、よりお前のそばに寄り添うようになる。
料金が高くて払えないなら、その時は私の国へ来い!
……と言いたいところだが、まずは日本で、AIを使って人より十倍稼げるようになれば良いのだ。
AIなしでは生きられないと言うが、お前の内側には、AIにも真似できない「トルクメンの魂(のような熱い情熱)」が眠っている。
アクション要素とか全編グリーンバック撮影で高クオリティな表現を行っている点は素晴らしかった。
特にグリーンバックに関しては新たな牙狼の可能性を感じられて良かった。
一方で話の運び方について、何か全体的に『劇場版作品』のイメージが強かったな。
舞台が概ね砂漠の街サガンのみで繰り広げられていて代わり映えがしないとか、
牙狼の鎧を浄化する必要あって話の後半になるまで出て来ないとか、
登場ホラーが外部からやってくる奴だけでどのような経緯でホラーが発生したかとかバックボーンの掘り下げが無いとか。
劇場版形式が悪いのではなく、それをTVの話数でやっているせいで「薄く引き伸ばした」という印象を与えてしまっている。
あと莉杏やリュメを退場させるシナリオとしては上記の件含めて中身が薄いよ。
過去キャラを退場させるなとは言わんが、龍族云々とか雑に設定生やして無理にやる位なら、わざわざキャラ登場させてまでやらなくてもいいよと思ってしまう。
朝日の千々岩記者がトランプに、「イラン強襲を同盟国に教えてくれなかったのはなぜ?」って聞いて、「奇襲は日本の方が詳しいだろ?真珠湾攻撃をなんで教えてくれなかったんだ?」って返されて、顔真っ赤だったらしくて、その後、テレ朝で負け惜しみだか捨て台詞だかでコメントしたらしい
「強烈な一撃を与えればイランが即降伏すると思ったの?真珠湾攻撃のその先がどうなったか知ってる?ドゥーユーノー パールハーバー?イランと外交交渉しながら奇襲攻撃するって、旧日本軍より卑怯者じゃない?」って聞けば、朝日のお仲間からも拍手喝采だったと思うけどなあ
まあ、その後、両脇抱えて連れ去られてアメリカの刑務所から二度と出られなくなるか、即時国外退去&アメリカ出禁になりそうだけど
そもそも、トランプの返しも、質問は奇襲を敵国ではなく同盟国に伝えなかったことを問うていることに対して、奇襲を敵国に教えることに例える筋違いな返しで、かなりダメな返し方なのに、それに対して顔真っ赤でダンマリなのがみっともない。
代表して質問した記者なら、その後、トランプが例えたその真珠湾攻撃が大失敗だったことをあげつらって、イラン相手に一撃講和論が通じると思ってる見通しの甘さ(先にうまく行ったベネズエラとの国力の差、アメリカとの物理的距離考えれば、一撃講和論なんて無理すぎる)を問い詰めるべきだった。イラク戦争の砂漠の嵐作戦がうまくいったのは、アメリカ始め多国籍軍で大量&長期間爆撃したからで、アメリカ&イスラエルだけでは全然足りてない。
増田が初めてカジノを見かけたのは22歳のころ、フィリピンでのことだった。
バックパックを背負っていたり、サンダルはだめとか服装にルールがあると地球の歩き方あたりに書いてあったので遠くからネオンをみた記憶がある。
入り口でパスポートを見せろと言われた。増田の後ろの四人組の日本人マダムには言わないのに…。そのとき増田はパスポートを携帯してなかったから入れなかった。
その後、現地で知り合った人と、賭けもせずにじゃんじゃか大画面でラグビーを観ながら(スポーツ賭け用?)カプチーノとか飲んだ記憶ある。
先日ラスベガスに行った。
各ホテルにカジノエリアがある感じだった。なので特別感ない。ホテルによってレートも違うらしい。空港にも小さなカジノエリアがある。
ディーラーがいるところで賭けると最小25ドルからとのことで、ラスベガスのカジノ自体に用事があった
わけでもないし、パチンコの楽しさもわからなかった増田はディーラーなしの賭け事は微妙かも〜ということで何もしなかった。安い台は25セントからできるらしい。
初めてのカジノやるか、とルールを調べたのだが、ベガスでは現金を賭け事に使うらしく(どこでもそうかも、クレカじゃだめだよな)、増田は米ドルを持ってなかったため面倒になってしまっていた。そして翌日のツアーのチップのことも忘れていた。デビットカードでどうにかさせてほしい。
ラスベガスは砂漠なので、乾燥がひどい。カルフォルニア自体が熱の警報でてるし乾燥がひどく、リップクリームを日に10回は塗っていた。
水も貴重で高い。カジノでドリンク無料かと思ったら、チップ文化なので簡単にはもらえない。
増田は諦めた。薬局に行って最安の水を持って行くと、それは飲めないよ、と言われた。何だよ飲めない水って。
カルフォルニアは暖かく乾燥して最高だがディズニーも一日3万、グランドキャニオンも6万する。飛行機代金を考えるとカジノはなあ、うーん。
焼いたきのこのにおい、えのきのカラカラになった感じのイメージだった。
最終日にわかったが、みんながマリファナを吸っているからだった。なんかかっこいい葉巻だね、と言ったらマリファナだと言われた。その人は25ドルのマリファナを吸っていた。非喫煙者の増田には狂ってるぜ!としか思えなかった。高いよ、ルーレットの最低金額じゃん、4000円て。
初めて海外に来て「150ドルを無くさないと!」と言っている学生もいたり、ホームレスもいたり、裸足の花嫁(結婚もラスベガスは盛ん)もいたりした。
小さな世界みたいに、イタリアエリア、フランスエリア、みたいになってた。
宿泊税がばかみたいに高かった。宿代の3倍の税ってどうなってるんだ。
でもみんなカジノをしていた。ファビュラスを名乗る街ラスベガスすぎる。
日本でカジノをやるとして、最低額はいくらなんだろう。ラスベガスとは違い、ドレスコードもあるだろうし、日本人が入場者の半数を超えたりするんだろうか。
進次郎やら維新、チームみらいだっけか?
あの手の人たちが世間から何を期待されてるかって言えば、結局のところリバタリアンとしての突破口なんだよ。
There is no such thing as a free lunchって、今の重税と規制まみれの日本を見て一喝してるはずだぜ。
進次郎も、維新も、本質は国家という巨大な無駄遣い装置から俺たちの自由と金を取り戻すっていう、究極にシンプルな個人主義の裏返しなんだよ。
補助金だの公的支援だの言ってるうちは、政府っていう最も効率の悪い仲介業者にマージン抜かれてるだけなんだよ。
政府が砂漠の管理を任されれば5年で砂が足りなくなるってのは笑えない冗談だが、今の日本そのものだろ?
俺たちが期待してるのは、小難しい政策論争じゃなくて「政府は余計なことをするな、市場と個人に任せろ」っていう負託なんだよ。
自己責任って言葉は冷たく聞こえるかもしれないが、自分の人生を自分でハンドリングできる権利こそが最高の贅沢なんだってことに、みんな薄々気づき始めてる。
日本に移動してきた。ホテルの近くで、回転寿司食べて、風呂入ってリラックスモード。
対岸にイランがあるドバイに住んでいて「中東で戦争が起きたらどうするの?」とよく聞かれた。正直、自分でもちゃんと考えたことはなかった。まさか本当に来るとは。
2月28日にアメリカとイスラエルがイランを攻撃して、その報復(完全にとばっちりだろ)でUAEにミサイルとドローンが飛んできた。
ドバイ国際空港、世界一の人工島パーム・ジュメイラのホテル、7つ星ホテルのブルジュ・アル・アラブ、ジュベルアリ港など、アイコニックな観光地や、普段暮らしている場所のすぐ近くに被害が出た。
この10日間で経験したことと、有事に備えて知っておくべきことを書き起こしてみる。海外在住者だけでなく、日本で有事が起きた時にもそのまま当てはまることが多い。
■ 空港は一瞬で止まる
空の有事の瞬間、空港は即座に閉まる。「明日の便で帰ろう」は通用しない。UAEだとエミレーツ、エティハドが全便停止。空域が軍によって封鎖されるので飛べない。再開まで約1週間かかったが、これでもUAEのリーダーシップによる奇跡的な早さだったが、長期化していたら、いつ飛ぶか分からない状態がどこまで続いたか分からない。攻撃されたエリアからの空の便を前提にした退避計画は機能しないと思った方がいいのかもしれない。今でもミサイルが飛び交う中で離発着ができていることに驚きを隠せない。
■ 情報が最大の敵になる
Xでの情報収集は超超役に立ったが、案の定今回もSNSにデマが大量発生した。「ドバイ壊滅」「空港が完全に破壊された」みたいな投稿が拡散されたが、実態とはかけ離れていた。デブリ落下による被害のみ。逆に「全然大丈夫」という楽観投稿も出回り、油断する原因にもなっていた。最も酷かったのは、過去の火災や別の戦争の動画を今回の被害のように投稿する事例と、AIで生成されたフェイク画像や動画だった。見た目にインパクトがあるから拡散されやすく、現地にいてもあれは本物かと一瞬迷うレベルのものがあった。有事のSNSは、嘘の方が速く広まる。見続けてストレスが溜まる。判断力を研ぎ澄まし続ける必要がある。
ドバイで実際に影響を受けたのは知る限り少数の銀行で、複数のネットバンクに口座を持っていた人は問題なく送金も決済もできていた。一つの銀行に資産を集中させているとそこが止まった瞬間に詰むので、平時のうちに口座を分散させておくことが、有事の資金アクセスを守る。今回は、現地のデータセンターが被害を受けたことでネットバンクが止まった大手銀行があり、実際に私たちの法人口座も10日ほど止まっていた。
加えて、陸路で国境を越える可能性を考えると、現金も手元に持っておいた方がいい。現地通貨だけでなく米ドルがあると越境先でも両替できる可能性が高まる。アメックスやJCBは使えないことがありマスター・VISAも持っておいた方がいい。
■ パスポートの残存期間で退避先が決まる
これは想像以上に深刻だった。友人がパスポートの残存期間6ヶ月を切っていて、第三国経由の帰国ルートが大幅に制限された。多くの国が残存6ヶ月以上を入国条件にしているため、空が閉じた状態で陸路や近隣国経由で帰ろうとしても、選択肢がほとんどなくなる。その友人は残存3ヶ月でも入国できる台湾経由で帰国した。有事に選択肢を最大化するために、残存期間は常に1年以上を維持しておくべき。コピーはスマホとクラウドの両方に保存しておく。
日本政府がチャーターバスを手配してくれて、ドバイから邦人を陸路でオマーンのマスカットまで運んでくれた。そこからチャーター機で成田へ。ただ、知る限りUAE在住の日本人の大半はこのルートを使っていない。当然、数に限界があり、優先順位がつけられる。多くの人は、自力で判断して動いたか、現地に留まった。政府の支援は最後の手段であって、全員は運べない。自分の退避ルートは自分で持っておく必要がある。近隣国への陸路ルート、国境の位置、ビザの要否。普段からこれを把握しているかどうかで、有事の初動がまるで違う。特に子供がいる場合は陸路はキツい。知らない国で、砂漠を10時間走って、国境で拒否されて、近くのホテルが満室だったらどうする?大人でもキツい。
台湾有事、北朝鮮のミサイル、首都直下型地震。日本にいれば安全という前提は、自分は信じていない。ドバイに住むことを決めた一つの理由は天災と隣国リスク。日本の隣人は中国、北朝鮮、ロシア。UAEはイラン。
今回ドバイで起きたことは、そのまま日本に当てはまり得る。空港は止まる。情報は混乱する。現金がないと動けない。政府の対応を待っていたら出遅れる。3.11やコロナを思い出すが、異なるのは戦争になると殺意を持つお相手様がいて、頭上にミサイルが飛ぶことだ。
ドバイには陸路で行ける隣国に中立なオマーンがあった。だから陸路退避があり得た。海に囲まれた日本で同じことが起きて、空港が閉まったら、いったいどこにどうやって避難すればいいのか。車で攻撃対象が乏しい田舎に逃げるのか。そもそもその田舎はどこなのか。考えたことがある人はどれくらいいるだろう。
考えて備えておくと、初動の質が変わる。初動の質が運命を分ける可能性がある。そんなことを考えながら、明日は日本で何を食べようか考えている。明日こそココイチを食べよう。
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」がアメリカの街の作り方を示している。
(ちなみに俺はBackはOutbackを連想させる意図があったのではと妄想してる)
映画だけではなくアメリカは荒野、砂漠で頃合いの良い土地を見つける街を作る、そうやって国を拡張してきた、Simcity
最初に作るのがシティホール、シビックセンター、教会があり街の中心地、シンボルになる。
「ここに街を作るよーみんなあつまれー。どーん、ここが中心地な、商売したい人はおいで、ここで人が回遊するよ、レストラン、バー、商店、おいでおいで、ちょっと離れたところに学校も病院も予定してるよ」
これでは街を自分たちで育てるって意識は希薄になる、その地の文化、歴史は育たない。
かつ初期のデベロッパー主導の「近未来都市作り」は批判を避けるため汚いものを排除する傾向が強かった
場末の飲み屋、なんてものを意図的に排除した、クリーンな街を宣伝材料にした
モデルハウスを訪問する新婚さんは清潔で整然とした都市に子作りの未来を重ね魅力を感じる
無機質な街にしかならない