はてなキーワード: 消滅とは
自動運転カーは、使っていないときはタクシーとして勝手に走らせることができる可能性があるから。
または、出先で買い物の時間ぐらいなら勝手にぐるぐる走らせたり、遠くにある安い駐車場に勝手に移動して停泊させ、サモン機能で呼び出せば入れ口まで迎えにきてくれるから。(テスラのサモン機能とかで検索)
そうなると、近くの駐車場に止めるという概念が消滅するだろう。
建物の入れ口で降り捨てて、必要になったらまた入れ口に呼びつけて乗るができる。
駐車場がいらなくなると、その部分まで建物を建てることができるので、街や家の形が変わる可能性がある。
まあイランの歴史とか読んだ事無いんだろうけど、イランはイスラエルだけでなくサウジや中東諸国に対して軍事力を使う野心を持った国ではある。
トランプ以前からアメリカを始めとする西側&中東連合ではイランに対する軍事介入の準備をして来た。まあトランプのイカれた外交と先走りで世論が混乱して合流する国はいなかったが、
このままイランの思うままに核開発をさせて中東に住む数億人の人が核で消滅する可能性を確実に許容しているならお前の主張を否定しないよ
釈迦(ブッダ)はバラモン教の階級制度・有料儀式・神々への依存を徹底的に喝破した。
金銭で功徳を買う行為など、想像すらしていなかったはずだ。それが特に日本では、死後の戒名授与や高額お布施を伴う「葬式仏教」として定着した。なぜ、輪廻からの完全脱出を理想とした教えが、死者供養のビジネスに変貌したのか。原始仏教の思想と大乗仏教の展開、そして日本独自の歴史的必然を、独立した視点で整理する。
紀元前5世紀頃のインドで、釈迦は当時の宗教界を根本から批判した。バラモン教は祭祀・呪術・金銭による功徳取引を基盤とし、永遠の魂(アートマン)を前提に輪廻を語っていた。これに対し、釈迦は諸行無常・一切皆苦・諸法無我の四法印を掲げた。世界は瞬間ごとに生滅し、固定の実体(我)はなく、生老病死は避けられない苦である。
出家者(比丘)に対する戒律は厳格だった。律蔵(Vinaya Pitaka)では、金銀の授受を明確に禁じている。「比丘よ、金銀を受け取ってはならない。他人に受け取らせてはならない。これを破れば捨堕の罪である」(Nissaggiya Pācittiya 18)。布施は自発的な喜捨でなければならず、対価としての儀式販売は許されなかった。葬儀自体も、僧侶の直接関与を避ける傾向が強かった。死体は「穢れ」とされ、修行の妨げになるとされたからだ。
「完全な消滅」(無余涅槃)が理想で、永遠の魂を前提とする常住論も、すべてが無になるとする断滅論も、ともに「中道」から逸脱した邪見とされた。
神頼み・儀式依存・金で救済を買う商売を、毒矢の譬え(矢が刺さったまま原因を詮索する無益さ)で一蹴した。目的は個人の解脱であり、組織化された宗教団体すら、釈迦自身は最小限に留めた。
釈迦没後約500年後、インド北部で大乗仏教が興った。「小乗」(上座部)と自らを区別し、「大いなる乗り物」として一切衆生の救済を掲げた点が決定的だった。原始仏教の個人解脱に対し、大乗は菩薩道を理想とする。菩薩は自らの涅槃を遅らせ、衆生を救うためにあえて苦行を続ける。
衆生の能力や文化に合わせて教えを柔軟に変容させる手段だ。これにより、厳格な出家戒律や無神論的性格が緩和された。
中国に伝わった大乗は、現地の祖先崇拝や道教的儀礼と融合。死後供養・功徳回向が積極的に取り入れられ、在家信者向けの浄土信仰(阿弥陀仏による救済)が拡大した。戒律も大乗戒(梵網経など)として再解釈され、菩薩の利他行を優先するようになった。
この方便は、仏教の「生存戦略」でもあった。民衆に広まるためには、現地文化に適応せざるを得なかった。しかし同時に、原始の精神を薄め、儀式・供養・経済的布施への依存を許す土壌を生んだ。インド・中国ではまだ「死後ビジネス」までは発展しなかったが、日本への伝播で決定的な変化が起きる。
仏教は6世紀に日本へ伝来したが、当初は国家鎮護・貴族の氏寺として機能した。飛鳥・奈良時代、僧侶は葬儀に直接関わらなかった。死の「穢れ」を嫌う神道的な観念が強く、官僧(国家公認の僧)は死体に近づくことを避けた。
転機は鎌倉時代だった。遁世僧(とんせいそう)と呼ばれる民間僧が現れ、死の不安に苛まれる庶民のために葬儀・供養を積極的に担った。
1630年代、幕府はキリスト教禁制のため寺請制度(檀家制度)を全国に施行した。全庶民をどこかの寺院の檀家に強制登録させ、寺が戸籍(宗旨人別改帳)を管理。出生・死亡・婚姻の証明を発行し、死体検分まで行った。結果、葬儀・法事・戒名授与が寺の独占業務となった。戒名(死後与えられる仏弟子の名)は、元々出家者の生前名だったが、日本では位階付き(信士・居士・院号など)で一般化し、「長い戒名=高額お布施」という金銭取引が生まれた。
荘園崩壊後の寺院経営危機も、檀家からの継続的布施を必要とした。こうして、原始仏教の「金銀は毒蛇のごとし」という戒律は、遠い過去のものとなった。
江戸幕府は仏教をキリシタン摘発の道具に利用した。信仰の自由などなく、寺檀関係は義務だった。
大乗の方便が、日本古来の祖先崇拝・家制度と結びついた。死後の供養は「家」の存続を象徴し、戒名は家名を仏教的に昇華させる手段となった。
少子化以前から、寺院は布施に頼らざるを得なかった。方便の名の下に、原始の喝破精神は置き去りにされた。
浄土真宗のように法名を簡素化・生前授与する宗派もあるが、多数派は戒名料を伴う葬儀中心だ。
今日、寺離れ・直葬(火葬のみ)の増加は、この歴史的矛盾を浮き彫りにしている。原始仏教の視点から見れば、戒名料や葬儀独占はブッダの教えに明確に反する。金で徳を買う行為は、貪欲を増長させるだけで、涅槃の道ではない。
大乗の方便は、仏教を世界に広めた功績がある。しかし、少子高齢化で檀家減少が進む今、僧侶自身が「生活仏教」への転換を模索している。生前からのつながり、戒名なしの俗名供養、原始の喝破精神への回帰―これが、本来の仏教が「葬式屋」から脱却するための道かもしれない。
アンチ宗教の精神を忘れたとき、仏教は単なる葬儀屋となる。2000年の歴史を振り返り、私たちは再び「中道」を問う時を迎えている。
若かりし頃、パワーなハラが満載な会社に勤めてました。これ以後、毎年春になると、同じような内容の日記を投稿しています。実体験に基づく創作です。
私自身、社会人としては今の組織で4つめです。学生時代の経験も含めていいのなら、7社経験しています。そのうちの飲み会関係について、その組織ごとに文化があると思うのですが、保守的な業界の場合ですと、日記にしたためたような内容になりがちです。
約20年前だと、飲み会中に性的接触、飲酒強要、暴力、問題発言などやりたい放題する人が普通におられたと思います。ただ、飲み会でやんちゃをしてしまう人には、実際にその会社が好きだったり、忠誠心がある人が一定数いるのもまた事実。人間の困ったところです。
所属する組織やコミュニティに対して"熱がない人"というのは、物事を淡々と進めます。成人式だったら、式中に騒がずに落ち着いてる人って、カバンの中に都会に帰るための交通チケットが入ってたりします。
そして、式が終わったら、地元仲間の飲み会にも参加せず、ソッコーで現自宅に戻ります。反対に、ずっとその地域に住み続ける人は、究極的には沖縄県の新成人みたいに、自動車での暴走など大騒ぎをしでかして警察のお縄になったりします笑
個人的には、地域の将来という観点からは、北九州や沖縄の成人式みたいな、良くも悪くも大騒ぎな感じの新成人が多くいる方が望ましいと考えます。
高校生だった頃の話です。立命館大学~佛教大学の間くらいにある、閑静な住宅街に住んでました。皆さまご想像のとおり、概ね碁盤目状になっています。
うちの近所に、今でいうところの分譲地ができて、何件かの新居に住まわれる人々が引っ越してきました。その中で、ご近所トラブルの原因になった家族Aと、うちの近くに古くから住んでいる家族Bとのトラブルのお話です。
あれからもう長い時間が過ぎているので、赤裸々に書いてしまっても問題ないと判断しました。実際、家族Aというのは、家屋敷地内に床面がコンクリート造りの駐車場があるのですが……な、なんと!! そこでBBQをしていたのです。たくさんのお仲間を連れて……( ;∀;)
あの恰好は、ええっと、ドン・キホーテが京都市内にも一応あったのですが、そこにキティちゃんの黒いジャージを着て出没するような、そういう人達でした。
今でも思い出したくないほど醜い争いでした。日記にあることは大概実際に起こったことです。最終的には、警察が何度も出動する事態になり、自治会長の仲介が入ってどうにか事態が収まりました。
実は昨年、里帰りの際に現地に足を運んでみたのですが、当時とは打って変わって静かな町並みになってました。分譲地の一部は空き家になっており、栄枯盛衰を感じました。
しかし、青春時代の思い出というのは、不思議と脳裏にこびり付いて落ちません。
こちらの日記は、私の先輩のことを取り上げました。柔道の強さは本物といっていい先輩でした。スポーツ推薦で立命館大学に進学しました。そこでも柔道を続けられて、今でも立派な社会人として活躍しています。
その先輩ですが、日記中にあるような、ちょっとよくないクセがありました。
【一例】
なかなかヤベー先輩であることは、当時高校生である私にも理解できました。人柄は悪くないのですが。
しかし、実際に柔道の腕前はあり、面白いキャラの先輩でした。そういうクセさえなければ、素敵な人だったと思います。私自身、何度も助けられたことがあるのと、その先輩の教えに薫陶されました。
人間というのは、大なり小なり欠点があります。その先輩というのは、それがつい表に出ちゃうだけの人だったんだと思います。もう長らく会っていません。もし偶然出会うことがあれば、食事か飲みにでも誘ってみようと思います。
かつて、同志社大学でサッカーに取り組んでいた人がいました(故人)。ひたむきな性格の人で、底抜けに明るいキャラではないですが、どこか愛嬌があって、何よりもサッカーが好きでした。『ブルーロック』のキャラクターだと、潔か凪に近いです。
彼と私は、部活こそ違えど、同じ体育会の中にいました。大学1回生の時から交流がありました。
上記の日記を書いている最中は、正直辛かったです。正直、心臓にグッとくるものがありました。これが回春なのかと。私にとっても、彼にとっても辛い思い出です。実際に何があったかは日記を読んだ人だけ理解してほしいと思います。ここで全体を要約することはしません。
一場面だけ、当時のことを切り取って思い返してみると……大学4回生の冬だったのですが、今出川キャンパスにあったカフェで相談を受けました。日記にあるような内容です。
「やっぱり彼女に振られた」「就職がなかなか決まらない」「将来どうしようかな?」といったことです。当時の私は、(今もそうですが…)能天気なところがありました。「まあ、なんとかなるっしょ(^^)!」と思って聞いてたのですが、途中からどんよりした空気になって、さすがの私も「ホントになんとかなるのかな?」と不安になりました。
大学を卒業してから、彼と疎遠になりました。京都市内にある会社で働いているのは知ってました。大学の同窓会で話をすることも。しかし、やはり社会人になると……。
でもある時、偶然に彼と話ができる機会がありました。二人だけで話せるようになったので、ついでに一緒に飲みに誘いました。昔懐かしの木屋町です。当時は、西木屋町通りに和民とかどんがまとか、すでに名前は忘れましたが多くの居酒屋が並んでました。※今は再開発で消滅
その時は確か……先斗町の2階にあるバーで一緒に飲んだのでした。いろんな話をしてくれました。学生時代~社会人時代の話です。この時の私は、もうまともな年齢の社会人だったので、彼の話を聴いていて、泣きそうになる場面がありました。
けど、彼が草サッカーを続けていることを聞いて安心しました。そんな、とりとめのない記憶を日記にしたためました。
最後に、ありがとう。これからもあなたのことを覚えてるし、今後おそらく忘れることもないと思う。
ひとつ前で文字数オーバーしたので、こちらは文字数少なめにします。
こちらは『不倫直前の感情』がテーマになっています。当時勤めていた民間企業で、そういうことがありました。要するに、雰囲気イケメンの既婚者がいて、若い女性社員が引き寄せられてしまうのです(;'∀')
「ねえ、アンタら……彼が結婚してるって、わかってるよね!?」と、若かりし頃の私はとツッコミを入れました。しかし、男女というのはそういうものかもしれません。
なお、日記に出てくる彼については、ほかの日記に登場したことが何度かあります。声がYouTuberの稲葉百万鉄さんに本当にそっくりです笑
学生時代を思い出して書き綴ってみました。
実家を整理していて、当時の職場写真やアルバムやネームプレートが出てきて、懐かしい~!と感じたのがキッカケです。ハンバーガーショップでの経験です。
学生がアルバイトをするにあたっては、主な分類として個人店とチェーン店があります。後者の方がしっかりしてるイメージなんですが、私からすれば五十歩百歩です。
実際、大規模チェーン店にもヤベー店員はいくらでもいて、エキサイティングな経験をさせてもらうことがありました。この日記に書いたことは100%事実です。嘘だと言ってよ……( ;∀;)
当時を振り返ってみて「今だったら逮捕やろ」と思わざるを得ない思い出については、叙述しておりません。冗談では済まなくなってしまうからです。
でも、苦しい思いをした経験ほど、後になって懐かしい思い出に変わるものです。当時は「早く辞めよう!」としか思ってなかったのに、今になると「あの頃は楽しかったな~」にフシギと思い出が美化されます。人間とは不思議なものです。
日記に書いていることは青春の大事な思い出です。時効ということにさせてください。
この年になると増田がどういう場なのか、どういうプラットフォームなのかを理解しました。
自分の日記の書き方についても、そろそろ新ジャンルに挑戦しようかという気持ちが浮かんでくるようになり、「じゃあ何をしようか?」と考えたところ、「女性が主人公の本格恋愛にしては!?」という着想が浮かびました。
それまで、女性を主人公にした体験談を創った経験はほぼゼロでした。
というわけで、この回では、私が子どもの頃から知っているある女性をメインに据えて、書いてみることにしました。高校生時代の体験をまとめたので、主観的な場面が多いです。
執筆にあたっては、心の動きを重視しました。女性の心をリアルに表現することはできませんが、近いレベルであればできると思いました。特に、私はこの女性を子どもの頃からみています。
高校生にとっての大人というのは、近からず遠からずの感があります。それくらいの年齢になったら「この大人はすごい。この人は盆暗」みたいな区別は付くようになってるはずです。
この日記に出てくる大人の彼ですが、社会人としての力はわからないのですが、実際にオーラがある人でした。読者の方にも経験があると思うのですが、良くも悪くも「こいつヤバイな」という人は、話すまでもなく察することができます。
https://digital.asahi.com/articles/ASV4Z2VWGV4ZUHMC00JM.html
トランプ米大統領の「誇りを取り戻そう」という呼びかけが、2期目は「誇りは盗まれた」となり、支持者たちが抱える「恥」を「怒り」に転換している――。8年ぶりにインタビューした社会学者アーリー・ホックシールドさんはそう語った。保守的な土地に通い、人々の感情を解読することで、何が見えたのか。
――前回2018年夏のインタビュー後、アパラチア地方で暮らす人々の心情を理解するためケンタッキー州に通ったのですね。
「米国の炭鉱地帯が中道左派から右派へと変化した理由を探求する旅でした。新著『盗まれた誇り』は、ケンタッキー州にある全米で2番目に貧しく、白人の割合が最も高い選挙区が舞台ですが、トランプ氏の最も熱烈なMAGA(「アメリカを再び偉大に」)支持層、非大卒の白人層の物語です」
「要点は二つあります。一つ目は、彼らがどう感じたいと望んでいたかという『感情の素地(predisposition)』。そしてトランプ氏がその感情をどうつかんだかという『感情の捕獲(emotional capture)』です」
――まず、感情の素地とは。
「喪失の物語です。ノーベル賞を受賞した社会心理学者のダニエル・カーネマンが「損失回避性」の研究で示した通り、人間は『新しいものを手に入れるため』よりも、『一度持っていたものを失った後にそれを取り戻すため』に倍の代償を払おうとする。人々がカリスマ的な政治指導者にひかれる傾向を考えるとき、まずこの喪失に目を向けなければなりません」
「それは仕事の喪失、機会の喪失、居場所の喪失、何より『誇り』の喪失でした。熟練の技術が時代の変化で無用になるような喪失感も。彼らは非常に誇り高く、例えば、炭鉱労働者の娘は『私たちは貧しい』とは言わない。彼らの文化で貧困は恥だからです。その代わり『どれだけ工夫して乗り切ったか』『ボロ切れで人形を作ってどれほど幸せに遊んだか』という、打たれ強さや、他者を助ける力を語りました。しかし外部からは貧困層としか見られませんでした。彼らは誇りを失ってしまいました」
「1970年代以降のグローバル化は勝者と敗者を生みました。非大卒の白人たちは、収入や機会を『絶対的』に失っただけでなく、都市部の大卒白人や、かつては自分たちより貧しかった黒人が上昇していく中で、『相対的』にも敗者となった。ここでは「持てる者と持たざる者」ではなく、「喪失と獲得」の区別に着目しています。自分たちが転落していく一方で、周囲の他者は上昇していく。この喪失感が(大統領選があった)16年にあのカリスマ的な人物(トランプ氏)の演説を受け入れる素地となりました」
【ここから読み解くこと】
なぜトランプ氏の度重なる暴言は、支持を下げるどころか、かえって熱狂を生むのか。ホックシールドさんは彼を「感情の交通整理人」と呼び、支持者の「恥」を「怒り」へと変換するプロセスを解き明かします。
「マックス・ウェーバーが分類した『合法性による支配』の指導者の典型が、民主党の前大統領バイデン氏です。彼は『私が誰かではなく、私があなたのために作ったインフレ抑制法を見てほしい』と無表情で実績を語る。一方、カリスマ的支配の指導者は『私が何をするかではなく、私自身を見ろ。私があなたの代弁者であり、あなたを救い上げる』と語りかけます」
「魔法使いであるトランプ氏は、民主党と(従来の)共和党が提供しなかった三つのものを彼らに与えた。私が『感情の捕獲』と呼ぶものの3要素です。第一に『承認』。『私はあなたの本当の姿を知っている。かつて誇り高かったあなたが、今はどれほど見下されているかを知っている』と語りかける。私は薬物依存の回復施設で元炭鉱労働者の男性に会いました。彼は、仕事を失って、家族を養えない『女こどものするような』低賃金の仕事にしか就けず、深い恥に苦しみ薬物に溺れ、家族も失いました。16年に『炭鉱を復活させる』と叫ぶトランプ氏を見て、うそをついているとわかっていたが、自分のことを理解していると感じた、と語りました」
「第二に、トランプ氏自身が厳格な父の元で育った『恥をかかされた男』ということ。没落した階級が抱える『構造的な恥』の鉱脈を掘り当てる天才です。『あなたは何かを失った。ひどいことだ。いや違うぞ、あなたたちの誇りは単に消えたのではなく、盗まれたのだ。私がそのプライド泥棒に報復する』という物語で、『恥』を『非難』へと変換する。鬱々(うつうつ)とした『消極性』を『積極行動』へと反転させる。まるで地中から石炭を掘り出し、加工して火をつけるようなプロセスです」
「第三に、トランプ氏は4段階の『恥の撃退儀式(Anti-shame ritual)』を提供する。これが最も重要です。①彼が『移民がペットを食べている』といった異常な発言をする。②メディアや知識人が激しく非難し、彼に恥をかかせる。③彼が『見下されている私を見ろ。あいつらは私を通してあなたたちを攻撃している。私が代わりに恥を引き受ける』『私が背負った恥に比べれば、皆さんはマシなはずだ』と主張し、まるでイエス・キリストのように身代わりの被害者となる。④しかしキリストとは異なり、彼は剣を構えて『あなたたちのために報復する』と語る――というように」
「米国の半分、民主党支持層は、①と②を聞いている。しかし、共和党側やグローバル化の敗者は③と④を見ている。つまり、米国人は感情の面で同じ大統領すら見ていないのです」
「私が(著書で)試みているのは、皆さんが『バイリンガル』になる手助けをすることです。理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになるということです。感情にも論理があるからです。先ほど『感情の捕獲』の3要素を説明しましたが、特に三つ目(恥の撃退儀式)では、人々の感情にチャンネルを合わせなければ見えてきません。理性の領域ばかりに論理を探すのをやめ、感情の操作や『どう感じるべきかという感情のルールの設定』といった領域の中に論理を見いだし始めましょうという皆さんへの招待状です」
「トランプ氏は怒りや共感のサインを操る、感情の交通整理人です。どう感じるべきかという信号を発信している。『あいつらに共感を抱いてはダメだ(赤信号)』『これは敵だ、激しく怒れ(青信号)』という具合に、彼は信号を出している。カリスマ的な指導者というのは、こういうことをするものです。彼だけではありません。ヒトラーも同じことをしました。日本にも独自の(感情が動員された)歴史があります」
――とはいえ、「失われた」が「盗まれた」に変わるには飛躍があります。
「両者は全く異なります。それが、トランプ氏のやってのけた手品です。人々はすでに他人を責めたがっていた。恥という感情を心に抱え続けるのは耐え難い苦痛で、生き延びるためには何らかの誇りが必要です。そこで彼は『(喪失について)自分を責めるな。盗んだのはあいつらだ』と語りかけた。では、あいつらとは誰か? それは教育を受けた人々、ディープステート、民主党員、移民、最終的には『あなたと似ていない誰か』。どんどん拡大しました」
――「盗まれた」という物語は、耐え難い「恥」を「非難」へとすり替える手品だった、と。
「そうです。そして物語は今、その『あいつら』を罰してやる、という『報復』に移っています。カリスマは、私たちにどう感じてほしいかという明確な『感情面の政策』を持っている。それは彼らが意図したゴールであり、決して副産物として偶然起きる現象(epiphenomenon)ではない。1期目は『赤い帽子をかぶって誇りを取り戻せ』という多幸感、恥からの解放が中心だったのが、今は『敵を探し出して激怒しろ』という段階に来ている。真の軍最高司令官は激怒という言葉は使いません。エンターテイナーの言葉です。私たちがどこへ向かっているのか恐ろしくなります」
――トランプ氏は、「恥」から、政治的エネルギーである「非難」への変換を自覚してやっていると思いますか?
「直感的にやっているのだと思います。その直感において天才的です。彼だけではありません。第1次世界大戦で敗れて多大な賠償金を課せられ、国全体が喪失感と屈辱にまみれていたドイツで、歴史家が詳細に記録してきたように、ヒトラーも人々の『恥』を巧みに利用したのです」
「トランプ氏に決定的に欠落している最大のものは『他者への共感』です。戦争で亡くなった米兵を追悼する厳粛な場で、彼はゴルフキャップをかぶったまま平然としていました。彼は他者の痛みを気にしません」
「ただ、イラン戦争や物価高に直面し、『戦争に巻き込まない』『エプスタイン文書を公開する』といった約束を彼が破るさまを見て、共和党から無党派層へと離れる人々も一部で出てきています。『感情の捕獲』の魔法が、少しずつ解け始めている感覚もあります」
【ここから読み解くこと】
アメリカの炭鉱町で起きた「誇りの喪失」は、決して遠い国の労働者だけの問題ではありません。AIの台頭によって、やがて世界各地のホワイトカラーにも同じ問題が迫っていると、ホックシールドさんは警告します。
――人々は、実際の生活を豊かにする経済政策より「誇り」を得ることを政治に求めるようになったのでしょうか。更に言えば、常にそうだったのか、それとも、グローバル化やデジタル化の時代に誇りを感じることが難しくなり、その埋め合わせを欲している?
「興味深い問いです。現在の米国では二つの相反する現象が衝突しています。一つは、経済の硬直化。世界銀行の調査によると、先進20カ国の中で、米国は今や階層間の移動(上昇も転落も)の可能性が最も低い国です。生まれた階級に一生固定される傾向が強い。一方、別の世論調査によれば、若者の6割が『億万長者になりたい』と答えている。機会が極端に減ったのに野心は高いまま持続している。私は『アメリカン・ドリームの圧迫』と呼んでいます」
「先日、私はダボス会議で一つの警告を発しました。人工知能(AI)革命前夜の今、今後5~6年でエントリーレベルの仕事の60%が消滅すると予測されている。多くの非大卒の白人が探し求めるような仕事です。ホワイトカラーの業務でも半分以上でAIの性能が人を上回るようになる。職を失うとは限りませんが、とてつもない大激震です」
「欧州企業の3分の2は労働者の再教育プログラムを持っているが、米企業は半分しかない。つまり、私がケンタッキー州の炭鉱離職者らに見いだした『喪失』と『恥』、そこから右翼政治に絡め取られるということが、世界中のホワイトカラー層にも起きる危険があるのです」
――人々が誇りを持つことが今後さらに難しくなる、と。
「そうです。私が言う誇りとは、大富豪になるといった意味ではありません。自分が社会に貢献していると感じ、誰かの役に立ち、家族を養っていると感じるようなことです。傲慢(ごうまん)さの対極にある美しい感情で、人間の生存に不可欠なもの。ミクロな名誉の感覚です。ただ、これを失うことは右翼政治の燃料にもなってしまうのです」
――著書にも書かれていたように後期ラテン語の「prode(プロデ)」ですね?
「そう。何かの『役に立つこと』という意味です。アメリカン・ドリームにおける目標の改定が必要です。常に親よりも成功する必要があるのでしょうか。夢が『地球を救うこと』『川の汚染を減らすこと』でもいいじゃありませんか」
「人々は自分の家族や地域社会の中で働き、誇りを得たいと願う。政治から誇りを得るというのは、あくまで代償行為(埋め合わせ)に過ぎません。しかし、誇りを喪失した状態から『政治を通じて誇りを満たしたい』という欲求に対して、人々を脆弱(ぜいじゃく)にさせてしまったのです」
【ここから読み解くこと】
自分たちの生活を豊かにしたわけでもない大富豪を、なぜ労働者層は支持するのか――。この謎を解く鍵が「プライド経済」。トランプ氏はお金の代わりに、「生まれ持った属性」の価値を引き上げるなどして、人々に「偽りの上昇感覚」を与えているとの見方を紹介します。
――経済を「プライド経済」と「物的経済」に分類していますね。普段、このような区別をしないので違いを説明してください。
「両者には重なる部分もありますが、物的経済とは、あなたの収入や家の価値といった数字です。歴史はしばしば純粋に物的な現実に着目して書かれている。マルクス主義者もウォール街のエリートも『物的な現実が第一であり、文化は上部構造であって二の次だ』という点では一致しています。しかし、特に危機的な状況下において、物的な経済にそれほどの優位性を与えるのは間違っています」
「プライド経済とは『自分は高い地位/低い地位にいる』という感覚です。私たちは、物的経済とプライド経済の両方に生きている。しかし、物的経済の変化には細心の注意を払うけれど、プライド経済の重要性については過小評価していることが多いのです。物的な現実ばかり見ていると、見落としてしまうことがあります」
「例えば、ジェンダー。トランプ氏は、カールした長い髪の『スーパーウーマン』を最前列に置き、人々を再ジェンダー化している。そこに新たな『誇り』を結びつけています」
「経済的に落ち込んだ地域に向けては、『あなたは米国生まれの白人で、異性愛者の男性だ』と言い、これらは『プライド経済』において非常に価値が高いことだ、と語りかける。周囲が『いや、いや、ここは移民の社会だ』『全員が何世代かさかのぼれば移民だ』と反論しても、彼は『いや、いや。今や米国生まれの白人であることはすごいことだ。あなたはそれを誇りに思うことができる』と言う。ご存じの通り、(現代社会では)そうした肌の色や性別に特別な価値は認められませんが、彼はその値札を付け替えているのです。『あなたは何もする必要がない。あなたがしなければならないのは、白人であり、異性愛者であり、男性であり、米国生まれであることだけだ』と」
「彼は『生得的地位』、生まれつきの属性の価値をプライド経済の中で上げようとしている。ある種の『偽りの階層移動(fake social mobility)』です」
――現実では社会的な上昇が困難になる中、「偽りの社会的な上昇」を差し出している、と。
「もはや自分の社会的地位や階級を上げることが不可能になっている現実を踏まえ、敗者たちが『はい上がる手段』を示し、彼らを狙い撃ちしているのです」
「製造業を取り戻すと言っても、製造業は全米の雇用の8%に過ぎず、自動化も進んでいます。支持者は『製造業を取り戻すことは良いことだ。生まれながらの異性愛者の白人男性が、良い仕事を取り戻せるだろう』と言うけれど、それほど有望ではない。不法移民を追い出すと言っても、彼らは全体の5%で、米国生まれの米国人と仕事を奪い合っているわけでもありません」
「また、トランプ氏は、自らの富豪の地位も誇示し、崇拝されたがってもいます。妻メラニア氏の豪華なドキュメンタリーを流し、視聴者に『美しく、金持ちな彼女が、ホワイトハウスのゲストとして招き入れてくれた』と思わせる。文化人類学的に解釈すると、『架空の地位の再分配(fictive status redistribution)』を行っているのです」
「物質的な豊かさや数字ばかりに目を向けていると、人々の感情面で起きている変化を、私たちはつい見落としてしまいます。私が試みているのは、そこに皆さんの意識を向けてもらうことです」
「トランプ氏が提供しているのは、(富裕層への課税や貧困層への支援といった真の)ニューディール政策ではなく、『生得的地位』の価値を認め、誇りを操作する、右翼版のニューディール政策です。これまで説明してきたような素地ができあがっていて没落を恐れている人々には響く、この強力な魔法に目を向けなければなりません」
https://x.com/taichinakaj/status/2049477739670102518
女の生きづらさは、「若い女」の価値が高すぎるせいで、それが実質「通貨」になっていることからも生じてるんだよな。つまり、『若い女Pay』である。
あらゆるコストの支払いを『若い女Pay』に依存してしまう。これは、ちょうどクレカで登録したサブスクのようなもので、使用者には「使っている自覚がない」んだよ。無意識なんだ。自動引落なんだ。
これは売春や、そのほか直接的な性的サービスにかぎらない。じつは『若い女Pay』というのは、顔の偏差値が40以上、かつ30代前半以下の女には、永続魔法のように効果が持続し続けている。
『若い女Pay』を、ただ持って見せるだけで入れる部屋がある。空港における『プラチナ・カード』みたいなものだね。
特別なことは何もせずとも、男は無料で受けられないサービスを、なんか無料で受けられるようになっている。あるいは、割引がなされたりする。それは『奢り奢られ論争』のように、認知できるものだけではない。そのほとんどは、気付かないほどしずかに、水面下でおこなわれている。
それが、老化と同時に「若い女Pay安」に陥る。つまり、価値がさがる。満足に支払いができなくなる。するともちろん、手に入るサービスがへっていく。
今まで当たり前に入れていた、タダで酒やら食い物やらが貰える、景色がよくて静かなデカいソファのある部屋に入れなくなる。いままでVIP待遇だったのに、急にブラックリスト入りしたみたいになる。
あの小汚いおじさんとおなじように、急に冷たいイスに座らされる。そりゃあ、不満にもなるわな。
でも、どうしてそんなことになったのか分からない。なぜなら、『若い女Pay』を使ってきたことを自覚しづらいから。
突如、いままで取り巻いていた「当たり前の文明」が消滅する。あたり一面がサバンナと化す。体力も能力もないのに、とつぜんのサバイバル生活が始まる。
30歳のイエネコが、急に野良に放たれるんだから、そりゃあ、生きづらいし、不満よな。
もしもさ。16歳の子供に「限度額なしのクレジットカード」を持たせて、自由に買い物させていたら、そのあとどうなると思う?
つまり、「多くのものが当たり前に手に入る生活」をさせて、それを30歳になった途端に、「はい、もうダメ〜」と取り上げてしまったら、そりゃあ「......ワタシ...セカイ....ハカイスル...!!」となるに決まってる。
幸いなこと(?)に「男」には価値がない。マジでない。ほんとうにない。ないです。危機感持ったほうがいい。いや、持っても仕方ない。ないんだもん。
でも、そのおかげで男は「欲しいもの」にしっかりと対価を支払う。そういう、コスト意識がある。価値がないからこそ、価値を提供する。そういう意識があるんよな。価値がないから。ほんとうに。
女がゲーム中盤以降で詰みやすいのは、何をどこまで「若い女pay」で購入してきたのか、それが不明瞭なまま生活していく構造の中にもあるんよ。あとで明細みてビックリするタイプの。
そもそもこの経済社会は、「若い女を買いたい、価値のない男」が、その支払いのために経済をぶん回して出来てるわけだ。いい大学を出て、いい稼ぎを得たら、いい家に住んで、いい服をきて、いい車に乗れば、もしかしたらモテるかもしれない。(モテないけど。)ダメなら、女を買えばいい。
そもそも、そういう経済競争の先には「売春と賭博とパワハラ」以外には何も用意されてない。だから、男が経済をやり、女を金で買い(結婚や、モテを含めて)、女は上手に若い女Payを利用し、結婚で事業ごとバイアウト、が最適解になっているわけだな。
そう考えると、飢えた男の欠乏感で経済が回ってるうちは、生物的に満たされた女が経済の主役になるのは難しいだろうな。
これまで8000人に奢られた経験からいうと、やはり「女の生きづらさ」は、男の生きづらさとは別のベクトルなんよな。だから、どっちのほうが辛い、なんて勿論いえない。
「生きづらさ」とは、手に入らない苦しみだけではないからね。手に入りすぎる虚しさもある。男なら、みんな知ってるだろ。プロアクションリプレイで最強ポケモンをつくった同級生の鍵っ子を羨ましがるのはあまりに幼稚じゃん。つまらんやろ。すぐ飽きるやろ。そんなん分かりきってることじゃん。男ならな、たまご厳選、からのジグザグマ乱獲、正の字を手書きメモだろうが。たまに数えたか分かんなくなる。それくらいでいいんだよ。人生ってのは。
女の話にもどるけどさ。「そもそも欲しくないものを、まるで『好意で買って頂いた』かのようにして買い与えられる」という若い女Payの自動お節介決済も、女性の生きづらさを助長しているわけだ。
いま多くの女性が「いやいや、そんなもん、欲しくもないよ」と叫んでいる。男はいいよな、って。鍵っ子は帰る家を羨むし、帰る家のあるやつは鍵っ子のゲーム機を羨むものだ。
とはいえな。ないものはないし、あるものはある。そうだろ。だからさ、現実的な部分と、うまく折衷するしかないよな。男も女も。ポケットモンスター 虚無/ 無限 くらいのもんよ。どちらも地獄。みんなちがって、みんなクソだよ。
プロ奢ラレヤー🍣
@taichinakaj
10年間フォロワーに奢られて暮らしてます。 奢りたいひとは「奢りたい」とLINEして→ https://lin.ee/aFXo5bT 。 👇8000人に奢られたついでに結婚相談所もやってます
真面目な話はてな民しぶとくない?何意地になってはてな応援してるの?そんなに増田消滅するのお嫌い?
dorawiiより
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このあたりが分かりやすいと思う。
【悲報】振り込め詐欺で会社のお金半分以上が消滅!?内部管理体制が問われる大事件発生・・・【はてな】
https://www.youtube.com/watch?v=gnlA6ZTX5Io
2. 10周年記念の株主優待 300株で25000円デジタルギフトはちゃんと実施されるか?
グロース市場は10年目までに40億円の時価総額が必要。現在36億円なので難しい。
1990年代前半のフェミニスト系ミニコミ誌『CHOISIR(ショワジール)』を舞台に繰り広げられ、「フィクションの自由」と「他者表象の倫理」をめぐる激しい議論となりました。
• やおいの隆盛:1970年代の「花の24年組」(萩尾望都『トーマの心臓』、竹宮惠子『風と木の詩』など少年愛もの)→1980年代の同人誌ブームで「やおい」(やまなし・おちなし・いみなし=起承転結なしの二次創作)が爆発的に広がる。
• 1992年:ゲイ当事者の佐藤正樹氏が『CHOISIR』に投稿した連載「ヤオイなんて死んでしまえばいい」が火付け役。
◦ 核心主張:BL/やおいは現実のゲイ男性の経験を不正確にステレオタイプ化・美化・商品化し、性的ファンタジー材料にしている。「気持ち悪い女」「ゲイを玩具にするな」と痛烈に非難。
◦ 当時のBL典型描写(美形・裕福・差別ほぼなしの純愛、ホモフォビア的セリフ「男同士なんて…」など)が、現実のゲイの苦しみを無視していると指摘。
この投稿は大々的なゲイコミュニティの総意ではなく、1人のゲイ男性の過激な投書から始まったミニコミ論争でした(溝口彰子氏も後年「一般のゲイたちはほとんど気にしていなかった」と指摘)。
◦ 「これはフィクション・ファンタジーで、現実のゲイとは無関係」
◦ 「ほっといてください」(欲望の自律性=女性の性的想像空間に干渉するな)
◦ 結果、BLファン層が「腐女子」という自称を生むきっかけにも。
◦ BLが「一見寛容そう」なのに、内在的にホモフォビアや女性の欲望優先を再生産している。
◦ 現実のゲイ経験を「借用・消費」するだけで、当事者の声は無視。
石田氏は1992年のフェミニスト誌『Choisir』掲載の佐藤正樹(ゲイ作家・批評家)による批判と、BL側の反論を起点に論を進めます。
「フィクションだから現実のゲイとは無関係」「ほっといてください」(現実のゲイ男性に干渉される筋合いがない)という「欲望の自律性(autonomy of desire)」を盾に、批判を退ける。
石田氏はこの「ほっといてください」という表明を丁寧に分析しつつ、「自律性」と「表象の横奪」の両立した視点で批評します。
「欲望の自律性」は女性の独自の性的・感情的空間として一定の価値を認めつつ、それが「表象の横奪(representational appropriation)」という問題を隠蔽していると指摘します。 
石田氏の造語・概念。女性作者・読者が他者(現実のゲイ男性)の経験・アイデンティティ・表象を無断で借用・商品化している状態を指します。
• 「一見寛容そう」なBLの表層(男性同士の恋愛を描く)とは裏腹に、内在的な差別的要素を具体的に列挙。
1. ゲイキャラの「利用後捨て去り」:物語でゲイ男性を道具的に登場させ、恋愛が成就した後は「現実のゲイ」として扱わず捨てる。
2. 言語的・二元的な非対称性:標準語=正常/オネエ言葉・方言=異常という二分法で、ゲイを「異常者」として描く。
3. 頻出するホモフォビック発言:キャラが「男同士なんて気持ち悪い」「こんなことしちゃいけない」と罪悪感・嫌悪を繰り返す。
4. 同性愛アイデンティティの否定:「自分たちはホモじゃない」「これは特別な相手だけ」といった、ゲイとしてのアイデンティティを拒否する描写。 
これにより、BLは「現実のゲイとは無関係」と主張しながら、実際にはゲイの表象をステレオタイプ化・消費していると結論づけます。
• 肯定的影響:BL作者・読者が表現を見直すきっかけに(ホモフォビア描写減少)。
• 残る課題:石田氏が指摘した「表象の横奪」は今も根強い(会話で触れた書店配置:BLは一般棚、ゲイ書籍は奥の18禁スペース → 一般人の「同性愛=BL」混同)。
• 商業的歪み:BL市場300億円規模 vs. ゲイ当事者メディアほぼ消滅 → 女性の欲望がゲイ文化を「巨大ポルノ産業」的に消費する構造が固定化。
• 海外でも「yaoi ronsō」として引用され、中国danmeiやThai BL研究の基礎に。
やおい論争は単なる「感情的ぶつかり合い」ではなく、フィクションの自由 vs. 他者表象の責任を問う、BL文化の「原点回帰」の場でした。
この論争を振り返ると、現在のBLブーム(ドラマ化多数)や書店配置の歪みが、1990年代の「平行線」の延長線上にあるのがよくわかります。