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秘密の動物誌/ジョアン・フォンクベルタ&ペレ・フォルミゲーラ

「存在する」とはどういうことを指すのだろう? 何が確かに存在していて、何が存在していないと言えるのか? 神は存在するのか? 幽霊は? 宇宙人は? ドラえもんは? 聖徳太子は? ネッシーは? つちのこは? 龍は? 一角獣は? ピカチューは? 知っているけど、存在しているか(いたか)、よくわからないものはたくさんある。 では、どんな証拠があれば、それらは存在している(いた)と言えるのか。 16世紀のボローニャの博物学者ウリッセ・アルドロヴァンディは、植物・動物の膨大な標本を残し、それらの標本を整理、分類した博物学の書物を複数書いている。医学博士でもあったアルドロヴァンディは、イタリア各地を植物の採集にまわり、集めた植物を育てる植物園も作っている。科学という言葉はまだなく、大まかに博物学という言葉でまとめられてた。 その弟子が、アルドロヴァンディの残した多量の図譜を元に編んだ『怪物誌』という本がある。そこには下の図版の人面鳥をはじめとする奇妙な生き物たちが描かれている。 ウリッセ・アルドロヴァンディ『怪物誌(Monstrorum historia)』より、"Harpyje" それらがすべて怪物かというとそうではなく、海の象だとか、海の司祭などの形で描かれたセイウチも含まれる。ようするに、この『怪物誌』に描かれた怪物らしく描かれたとても居そうにない生物たちが本当に存在しないか、セイウチのように実は存在しているかはよくわからない。 科学や技術が発達して、いろん…

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写真=意味無シの図像

「まずはテーブルに載せてみなけりゃはじまらない!」の続編として。 そう。物事を見ること、描くこと、そして、理解することについて、図像学(イコノロジー)的な考察を。 18世紀後半から19世紀初頭の江戸時代において「写真」という言葉は、現在のように'photograph'の意味ではなく、写実的な遠近法で描かれた西洋画、もしくは、それらに影響を受けて国内で描かれた写実的な要素のつよい風景画を指す言葉として用いられていたそうです。 文晁の海岸線の風景画は蠣崎波響の『夷酋列像』同様、「写真」と評された。 タイモン・スクリーチ『定信お見通し―寛政視覚改革の治世学』 ここでいう「文晁」とは谷文晁のことで、同時代の円山応挙らとともに「徳川時代の三大家」に数えられる画家です。 文晁、応挙の時代は、数少ないまでも西洋画が日本に入ってきた時代です。同時に、狩野派や土佐派などの伝統画派が描く絵が「真(まこと)」を描いていないという批判を浴び、写実・観察という言葉が注目され、応挙の写実のほかにも、伊藤若冲が鶏を庭に飼って、それを描くなど、すくなからず西洋画の写実が、江戸の絵にも影響を与えていた時代でした。

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