はてなキーワード: DNA鑑定とは
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849: 名無し:26/02/11(水) 23:48:25 ID:Sk.ww.L1
自分も悪いのかも知れないんだけど、ずっと自分でも夫との子供だと思ってた子が夫との子供では無かった
自分に似てないからって疑われて散々喧嘩した末、離婚覚悟でDNA鑑定したら親子鑑定で夫の子供では無い可能性が99.9%と言われて衝撃
既に離婚した後は子供連れて一先ず実家か地元に帰って…と決めていたのに
親にも恥ずかしいから帰って来るなって言われて、もちろん夫は激怒しててこれだけでも離婚になりそう
850: 名無し:26/02/11(水) 23:48:33 ID:Sk.ww.L1
自分でも不思議なんだけど、一番は夫だったし子は凄く夫にも懐いていたから夫との子供だと自分でも全く疑って無かったんだよね
夫との子供だとずっと思ってた子が、実は夫との子供では無かった事が分かった
夫が自分に似てないからって疑われてDNA検査しろと迫られ、散々喧嘩した末、
離婚覚悟でDNA鑑定したら、親子鑑定で夫の子供では無い可能性が99%と言われた
既に離婚した後は子供連れて一先ず実家か地元に帰って…と決めていたが
親にも恥ずかしいから帰って来るなって言われて、もちろん夫は激怒しててこれだけでも離婚になりそう
一番の本命は夫だったし、妊娠しやすい日に一番そういう事をしていたのも夫
産まれた子も凄く夫に懐いていたから、夫との子供だと自分でも全く疑って無かったんだよね
今更誰が本当の父親か?なんて問い詰める気にもなれないし、そもそも既に連絡が取れない人もいる
夫も子供の将来については、鑑定結果が出た後も凄く心配してたし
さすがにこのまま子供と放り出されはしないと思いたいけど…
ガチの下戸だけど、とりあえずビールコップ一杯で吐くんで1杯必ずアルコール頼めという制度だと、付き合いでどうしても来なきゃいけなかった下戸に吐かせて笑いものにしたいのかなって思うわ。
ワインにしろビールにしろ実際にアルコール入っているものから更に工程かけてノンアルコールにした本物のやつが販売されているのは知っているので、そういうの置いてないの単に店の怠慢だろ。下戸は人口の20分の1いるんだから、何かのグループで来なきゃいけないっていう下戸はどんな店開いても必ず出てくるよ。
下戸は人口の5%、人口の500万人いるんだぞ。東日本大震災でも新型コロナウイルスでも500万人は死んでないし、北朝鮮のミサイル落ちてきても500万人は死なないだろう。下戸嫌いなやつは死者500万人以下の事件で騒ぐなよ。
日本人かどうかは本人をいくらDNA鑑定してもわからず国籍見ないとわからないが、下戸かどうかは遺伝子でキッチリわかる。下戸は「日本」が成立した最初期からいるので一定割合下戸がいることは日本民族を日本民族たらしめることだ。下戸の否定は日本民族の否定と同じ。歴史の改ざん。
上戸は人口の95%いて日本では人口の多数派なんだから、そんなに下戸が不満なら、今度憲法改正する時に国民全員に遺伝子検査して人口5%の下戸は日本人ではないと規定すればいいだろう。
まぁ、片親から下戸遺伝子だけ貰っている潜在的な下戸の人は日本人の4割いるので、真面目にやると日本人の45%を日本人でないことにすることになる。それでも上戸は人口の多数派だからな、下戸遺伝子持ってたら日本国籍剥奪、財産没収して奴隷化みたいなこと、多数決の民主主義社会ならできないことはないだろう。
「天皇家の血筋を証明するためにDNA鑑定を受けろ」なんて話を耳にすると、私はなんだか「あーあ、またか」と思って、言いようのない虚脱感を覚えちゃうわけ。
それは単に「右だ左だ」っていう政治的なスタンスの話じゃなくて、もっと根本的な、現代人が陥っている「ボタンの掛け違い」。
そもそも皇室における「血統」っていうのは、生物学的なACGTの塩基配列データなんかじゃない。それは、数千年にわたって積み上げられてきた儀式とか、神話とか、あるいは歴史の連続性っていう「物語」が一体になった、とてつもなく分厚い「パッケージ」そのものなんだわ。
それを「最新の機械で測れば正解が出る」と思い込んじゃうのはさ、OSの思想をまるで理解しないで、ハードウェアの型番だけチェックして「これが本物だ!」って叫んでるようなものなの。
どれだけ高精度のシーケンサーを使っても、そこに「神性」や「象徴としての正統性」なんてものは映らない。
だって、そんなものはデータの中には最初から入ってないんだから!
現代っていうのは、目に見えない権威や伝統を信じる力を、すっかり失くしちゃった時代。その代わりに、みんなが縋り付いているのが数値っていう新しい神様なんだわ。
なんでもかんでも白黒つけなきゃ気が済まないっていうのは、一種の幼児性ギャオンなのね。グレーゾーンとかよくわかんないけど、そうなってるらしいっていう神秘性を抱えたまま生きていく耐性が、もうヘロヘロに低くなっちゃってる。だから、文化だとか精神性だとかいうものにまで、0か1かの判定を持ち込んじゃう。
科学っていうのは事実は出すけど、意味は作ってくれないンだよ。DNAが一致したっていう事実は出せても、だから尊いっていう解釈は、人間の合意と文化の領分なわけ。
この境界線が引けなくなった結果、私たちは自分たちが立っている文化の土台を、自ら計測器で掘り崩してるわけ。これじゃあ、立ってる場所がなくなるのも当たり前だわな?
かつて私たちは共同幻想っていうバカでかいOSの上で、国家だの伝統だのっていう物語を共有して生きていたけど、今そのOSはバグだらけで、もうまともに動いてないんだ。
ネットのおかげで、あらゆるものの裏側が暴かれちゃって、世界の解像度が上がりすぎちゃった。そうなると、幻想を維持するための余白が許されなくなる。おまけにコスパなんていう最強の毒素が、非合理な儀式を無駄だ〜って切り捨てていく。
大きな物語がバラバラに解体されて、誰もが自分は何者なのかっていう問いに、ポカンと口を開けて立ち尽くしてる。自尊心の拠り所を失った人々は、SNSのいいねとか年収みたいな、すぐに蒸発しちゃう外部承認っていう燃料を燃やして、必死に自分を維持しようとする。
でも、そんなのすぐ消えちゃうよ?
思えば、かつて戦争っていうのは、この共同幻想を維持するための強烈な、そして暴力的な装置だったんじゃないかと思うわけ。
個人的な迷いや損得勘定を、圧倒的な死のリアリティでねじ伏せて、集団のアイデンティティに強制的にシンクロさせる。そこには「何のために生きるか」っていう問いへの答えが、否応なしにパッケージされていたんだわ。
でも、今の日本にはその強烈なHowがない。
命を懸けるほどの物語を失った私たちは、その空白を埋めるために、DNA鑑定みたいな手近で安価な科学の正解に縋り付いちゃってさ、ニセモノの正統性を確認し合ってる。なんだか、悲しいよ。
神秘性を剥ぎ取られた世界に残るのは、冷たい数値と、管理しやすいデータとしての人間だけ。
すべてを数値化して、論理化して、ハックし尽くした先に待っているのは、自由なんていうキラキラしたものじゃなくて、真っ暗で深い虚無かもしれない。 大きなOSが壊れた今、私たちはバラバラになった個として、自分たちだけの小さな理を構築し直すしかないんだ。。
血という記号以上に、その血に宿る意味をどう守るか。あるいは、物語が消えた荒野でどう立ち続けるか。
科学っていう道具に振り回されるんじゃなくて、システムの構造を理解した上で、自分の納得感をどう設計していくか。現代におけるサバイバルっていうのは、案外、そういう地味でバカめんどくさい思考の積み重ねにあるんじゃな?まあ、知らんけどね!
劇中で、ホームズが血液だけに反応する試薬を作ろうとしているけど、現代にはもうすでにそれがある。
薬莢や弾丸のデータベースもあるし、動画から人相をマッチングさせることもできる。
高い推論力を持ったAIもある。
事件が起きると、怪しそうな奴を適当に捕まえて"お前がやったんだろう"と自白を迫っていたわけよ。
当然、そんなずさんな捜査では、複雑な事件は解決できるわけもなく・・・
冤罪だとしてもとりあえず犯人を上げられれば解決になるのかもしれんけどね、
(今も日本は人質司法からの自白偏重で変わっていない気もするが。)
そんな状況だったから、理想の科学捜査をして犯人を追い詰める名探偵はヒーローだった。
ホームズの頃はその赤いのが血糊なのか、動物の血なのか、人の血なのかもわからない時代。
江戸川乱歩あたりになると、血液であることは分かるようになった。
戦後直後の金田一耕助の時代になると、血液型までわかるようになり、
2ちゃんねるの有料サービス「2ちゃんねるビューア(●)」の利用者の個人情報が流出した事件です。ねらーたちは流出したデータを独自に分析し、プロバイダ情報や書き込み履歴から、特定の政治家や法曹関係者が匿名で過激な書き込みをしていたことを次々と暴きました。
真犯人が他人のPCを遠隔操作して犯行予告を行った事件です。当初、警察は誤認逮捕を繰り返しましたが、ねらーたちは「真犯人が残した暗号」や「猫の首輪につけられたSDカード」に関するヒントをネット上で考察し、警察の捜査ミスを浮き彫りにさせるとともに、真犯人逮捕への議論を加速させました。
あるネットショップが高級キャビアを格安で販売していましたが、ねらーたちが「卵の形状や色が不自然」「輸入経路が不明」と指摘。自ら購入してDNA鑑定に出した猛者まで現れ、最終的にそれがランプフィッシュの卵であることが判明し、詐欺を暴きました。
2ちゃんねる掲示板に、自作の偽札画像をアップロードした人物が現れました。ねらーたちは画像に含まれていたEXIFデータ(位置情報や機種情報)や、背景に映り込んだわずかな情報から住所を特定。通報により、実際に偽造通貨行使の疑いで逮捕者が出ました。
札幌市内の商業施設などで爆発物が発見された際、掲示板に犯行を示唆する書き込みがありました。ねらーたちはその書き込みの文体や、投稿された写真の影の角度から撮影時間・場所を推定し、警察への情報提供に貢献しました。
掲示板に「私が三億円事件の犯人です」と告白するスレッドが立ち、大きな話題となりました。しかし、ねらーたちが当時の気象データ、信号機の設置時期、地理的矛盾を徹底的に突き合わせ、投稿者の話が創作であることを証明しました。
政府が非公開としていた衝突映像がYouTubeに流出した際、ねらーたちは即座に動画を保存・拡散。投稿者「sengoku38」が神戸海上保安庁の職員であることや、投稿に使用されたネットカフェの場所などを特定する動きを見せ、事件の社会的インパクトを決定づけました。
線路内に車で立ち入ったり、危険な運転動画をSNSに投稿したりする「炎上案件」において、ねらーたちは背景の看板、電柱の番号、車の写り込みから、数時間以内に大学名や氏名を特定。多くのケースで大学による処分や警察の捜査に繋がりました。
飲食店レビューサイトでの「やらせ投稿」が疑われた際、ねらーたちは不自然に高評価を繰り返すアカウントの共通点(投稿時間、IPアドレスの推測、語彙)を解析。ステマ業者の存在を世に知らしめ、運営側の対策を強化させました。
SNSや掲示板で家族が行方不明になったという書き込みに対し、ねらーたちが「目撃情報の集約」や「背景に映るわずかなヒントからの場所特定」を行い、実際に発見に結びついたケースが複数あります(※ただし、ストーカー行為に悪用されるリスクとの裏返しでもありました)。
<script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>【面識なし】女性の自転車に“体液入り避妊具”結びつける 39歳男を逮捕https://t.co/rx5egMn08q
男は避妊具を結び付けたり、サドルに体液をかけたりした疑い。避妊具は数回に分けて合わせて5個ほどが自転車のハンドル付近やサドルの下に結び付けられていたという。 pic.twitter.com/451N0ca2Yw— ライブドアニュース (@livedoornews) March 31, 2026
ゲストハウスのオーナーが女性客に薬盛って本人たちも知らないうちに昏睡レイプした事件の話を聞いて思ったけど、
既婚者か彼氏持ちで、夫か彼氏の子だと疑いもせず思い込んだら、
それでDNA鑑定されたら「俺の子じゃなかった!浮気したな!」って身に覚えないのに責められて慰謝料取られて…地獄じゃん
DNA鑑定で親子関係が否定される=女が浮気して托卵した、ってみんな信じてるけど、そうとは限らないよね?
それ以外にも、麻酔医が女性を昏睡レイプして女性が妊娠したことで発覚した事件あったし
あと、フランスでは妻が夫に昏睡させられて夫が手配したたくさんの男にレイプされてた事件あったじゃん
クロ現で、日本でも妻を眠らせてネットで知り合った他人に抱かせる夫がいるって取り上げられてたじゃん
それで妊娠して出産したら、そしてもし夫が離婚したくなったら、
DNA鑑定して妻を浮気女に仕立て上げて慰謝料取って離婚することもできるじゃん
これ、妻からしたら詰んでるよね?
私なりに考えたのだが科学的な見地ではなく個人の思いだけで書いたので、実際に研究が出ているところがあれば教えて頂きたいです
大学のグループ・ディスカッションの中で、家族という集まりを作るのは人類の特徴というような内容の話があった
大事な場合もあるかもしれないが、それは生物的なものではなく社会的なものだと思う
なぜか?
血のつながりが生物として何らかの特徴や効力を持つなら赤ちゃんの取り違え事件とか、誰の子どもか分からなくてDNA鑑定だとか、そんな事は起きないと思う
ファンタジーとかだと血筋でなんか共鳴したりする作品もあるかもしれないけどさ・・
動物として、他人の子どもを害する性質が人類にはあると言っている人もいるが・・・多分デマだ
赤ちゃんが母親から産まれたとき、その時点で赤ちゃんが母親や父親と実際に会うのは初対面だ
最初は初対面という条件は血が繋がってようが里親だろうが親戚だろうが近所の人だろうが変わらない
家族として受け入れるかどうかだと思う
親が「この子は私の実の子だ」という意識を強く持ってもそれは後天的な社会的な影響だと思う
逆に血が繋がってなくとも取り違えなどが起きてしまえば違う子どもに対して「この子は私の実の子だ」という意識を持ってしまう
血の繋がりを大事と思うのは生物としてではなく社会的なものだろうというのはこのような理由である
これまでを踏まえると血の繋がりの効力は後天的な要素にまでは影響があっても、本質的に生物的な部分には関係がないと考える
これで大人や子どもなど人を対象とした研究や実験結果の適用範囲が予測できるのではないだろうか?
例えば親の自覚には血の繋がりの有無が影響を及ぼすかもしれない、
今産まれたばかりの赤ちゃん側からの親を思う気持ちと知らない人の相手を思う気持ちは多分等しい
都心と北関東をつなぐ15両の車両は、関東平野という地形の恩恵を浴びて突き進んでいく。
烟った空気のはるか奥、ぼんやりと白けて見える稜線はどこか心細さがある。
六本木や横浜のほうが、よほど高低差があり山というものを感じるのだが、はて、不便な土地がこれほど栄えたのは私の知らない積み重なった歴史があるのだろう。
春を目前にしたある晴れた日、私は片道4時間かけて18年過ごした地元へと向かっていた。18年。私の積み上げた年月の半分以下。ここまで離れていると自分の根源だという意識は薄れ、体に染み付いたノスタルジックな反射が微かに呼応するのみだ。
おそらく父が死んだ。
おそらく、というのは現在DNA鑑定中だからだ。公的に証明されるまではブラックボックス、未確定、シュレディンガーの父である。DNAってのは本当にすごいものだと感心した。顔がわからない状態でも当人を証明できるのだ。
DNA鑑定には数週間かかるとのことで、心の片隅にまだ処理できないもやもやを抱えながら、来たるべき処理に向けて2週連続で地元へ向かっているというわけだ。なんと施主は私だ。家を離れて20年ほど、親族との交流もまったくない、家庭もない、貯金もない、大人とも子供ともいえない存在が施主である。まあ、ギャンブル依存症だった父にはおあつらえ向きの施主かもしれない。これがあなたの人生のリザルトだと思い観念してほしい。
両親の離婚は15年ほど前と記憶している。以降、父は一人で暮らしていたわけだが、孤独死、という聞き馴染みのある事象が身近にぽつんと、あらわれた。回されることのない回覧板に近所の方が不審がってみつけてくださったようだ。ショッキングな体験をさせてもうしわけないとともに、回覧板というシステムはとても有益なものだと感じたものだ。
なんでこんな文章を書こうと思ったかというと、誰かに聞いてほしかったからだ。すごい悲しい、とかはないのだが、なにかしかの衝撃をうけているのか、本調子ではないのだ。心を吐き出さないと身体の中が腐ってしまうような心地なんだ。
人に自分の心を、自分の口を通して伝えるのが苦手だ。相手のことを考えて、結局は自分の心をフィルターにかけて、違う心を伝えている。
文字であれば、眼の前に人がいなければ、心は心のままでいられる。
そういうことだ。
母親が死んだとき、残された子供の親を探すために手当たり次第に男をDNA鑑定してまわるのかい?
母親は一人で外国で受胎してきたかもしれないのに、現実的ではないね。
「鑑定やりたいって男はワンチャン支払い義務がなくなるのを期待してるわけでしょ。まあ0歳で離婚したなら分かるけど、数年間育ててきた子を血筋でどうこう考えたくなるものなの?」
結構普通にあるというなら5%じゃなたりなくね?実際のパーセンテージが分からないからみんななんもなくでいってるやろ。まあ5%だとして、女だけで子供ができるわけもないから男の5%ずつの反対だとしたら、DNA鑑定に反対てそんな多くないことになる。枠を「養育費を払わない」に合わせるとより少ないと思うけど。これが義務にならないのは義務にするのが政治的に難しいからじゃないのかね
DNA鑑定義務付けられて親子関係と紐づけられるようになればいいなと思うけど、DNA全バレすると遺伝する病気とかで差別になるのは確かだよな
それでまあそうなってくると妊娠可否とかを事前に検査しておくとかも義務付けられていきそうだよなあ
もちろん精子もですけど
養育費未払いの問題を考えるとき、「父親の責任感が足りない」「モラルの問題だ」という言い方で片付けてしまうのは簡単だが、制度設計としてはあまり建設的ではないと思っている。
実際、養育費の支払いを嫌がる理由の一つとしてよく聞くのは、「元配偶者が信用できない」「子どものためではなく、元妻の生活費として使われてしまうのではないか」という不信感だ。これは正当化できるかどうかとは別に、心理としては珍しくない。
現在の制度では、養育費は元配偶者に直接渡り、その使途については基本的にチェックされない。この構造のまま「義務だから払え」と言っても、納得感が生まれにくいのは当然だろう。
だから問題の核心は、「誰の子かをどう確定するか」よりも、「支払われたお金が、確かに子どものために使われていると制度的に担保できているか」にあるのではないか。
養育費や児童手当は、本来は子ども本人を受益者とする資金である。そうであれば、法律上も「子ども本人の権利」と明確に位置づけ、親は未成年である間の代理管理者にすぎない、という立て付けに改める方が筋が良い。
代理管理者である以上、一定の会計責任や説明責任を負うのは自然な話で、これは成年後見制度や各種公的給付でも一般的に採られている考え方だ。
例えば、年1回程度の簡易な会計報告を第三者機関に提出し、「子どもの生活・教育・医療のために使われている」ことが確認できるだけでも、支払う側の不信感はかなり和らぐはずだ。
親同士の信頼関係に依存するのではなく、「制度が確認する」という形にすることが重要だと思う。
一部の不正や例外的なケースを理由に、出生時DNA鑑定の全数義務化のような強い介入を正当化するよりも、子どもを権利主体に据え、お金の流れと管理責任を明確にする方が、穏健で副作用が少なく、かつ実効性が高い解決策ではないだろうか。