はてなキーワード: 咽頭がんとは
リスクの特徴: 飲酒量が多いほどリスクが高まる「用量依存性」が見られますが、少量・軽度の飲酒でもリスク上昇が報告されています(特に乳がんや食道がん)。「安全な飲酒量」は存在しないとされています。
IARCの評価に基づき、飲酒が原因となる(リスクを有意に高める)と十分な科学的証拠があるがんは以下の通りです:口腔がん(口の中のがん)
咽頭がん(のどのがん)
これら7つのがん種について、疫学研究(人間での観察)、動物実験、生物学的メカニズムの証拠が揃っており、因果関係が認められています。
参考: この情報はIARC Monographs(Volume 100Eなど)やWHO、米国NCIなどの公的機関の評価に基づいています。個人差(遺伝、飲酒量、期間、生活習慣)があるため、がん予防の観点では飲酒を控えるか最小限にすることが推奨されます。
意識がすぐにははっきりせず、自分が固い土の上に倒れていることに気が付くまで随分かかった。
上体を起こすとそこは人通りのない薄暗い路地であった。左右を土煉瓦の高い壁に囲まれ、雲のない薄青い空が小さく切り取られている。明るい大通りからは遠く奥まっており、カビのような埃のような乾いた悪臭が漂っている。
ふらつく足腰を鼓舞して立ち上がる。勤務先の清掃会社のロゴが入ったツナギの作業着は、汚れてはいるが破損はない。手足も頭も、外傷はなさそうだが節々が痛んだ。土の上に長い間寝ていたせいだろうか……いや実際、どれくらいの間そうしていたのか見当もつかないのだが。
「やれやれ、参ったな」
私は深酒をする性質ではない。力試しに喧嘩を吹っ掛けるような暴漢でもない。一体どうしてこのような状況になっているのか、そしてこの荒れ果てた雰囲気の路地裏がどこなのかも、皆目見当がつかなかった。
しかしいつまでもここで立ち尽くしているわけにもいくまい、と、大通りの方へ歩き始めようとしたその瞬間だった。
「わ、わわわっ」
周囲には誰もいない。となれば、声は私にどけと言っているようだった。しかし肝心の声の主がどこにも見えないのだ。
「ぶつかるってばっ。ねぇ、そこの禿げたおじさんっ」
そこでようやく、私は声が上方から聞こえていることに気が付いた。すわと振り仰ぐと、
「ああ……南無阿弥陀仏……」
思わず念仏が口を突いて出るほど美しい、長い銀髪の少女がふわふわとゆるやかに落ちてくるところだった。少女は全裸で、透き通るような色白の肌だった。しかしそれよりも目を奪われたのは、その背中に巨大な翼を持っていることだった。
「おいハゲ! どけって! わわわわっ」
私が彼女の頼みを聞かなかったせいだろう。少女は私の顔面に跨るような恰好で着地を果たした。
中学生のころ、熱中症で座り込んでいた私にクラス委員長の森下さんが自身のハンカチを濡らして渡してくれた。隅の方に「AKANE MORISHITA」と刺繍がしてある、高級そうなハンカチだった。洗って返すと言うと返さなくていいから捨ててと言われた。私は森下さんのハンカチを持ち帰って、長い間慰みものにした。使用後は自分で洗い、裏庭でこっそり乾かして引き出しの奥深くに保管していた。ある日学校から帰ると母が泣いていた。怒りと情けなさの交じり合ったその表情に私ははっとした。無言で自室に入ると、机の上に綺麗に折りたたまれた、しかしよく見れば皴だらけでこわばりのある刺繍の入ったハンカチが置かれていた。それ以来母親とは気まずくなったまま何十年も経ち、一昨年亡くなった。咽頭がんだった。最後には声も出せなくなり、見舞いに行くとじっと私の顔を見つめてきた。私はそれにいつもちょっと作り笑いを返して、いたたまれなくなって目をそらすのだった。棺の中の母に対して私が最後にしたのも、それと同じことだった。
「ぎゃ~っ、なんでそんなとこ舐めてんのよっ」
ふと我に返ると、全裸の少女が暴れながら私から飛び降りたところだった。紅潮した顔を怒りで震わせた彼女は何か超常の力を使って落雷を呼び寄せ、私はそれに打たれた。はじめ全てが白くなり、黒くなった。それが終わりだった。
実家に帰ると父の声がおかしかった。明らかにのどに何かできている感じだった。
半年後、実家に帰るとさらにおかしくなっていた。さらに半年後はもっとおかしくなっていた。
酒とたばこをこよなく愛し、「俺はいつ死んでもいい」と豪語していた父。
父の"のどにできた何か"が肥大化しすぎて気道を塞ぎ、息ができなくなったそうだ。
父が助けてくれと言うため母は父を病院へ連れて行った。
診断結果は咽頭がんだった。母は分かっていた。
がん除去より気道確保が先決とのことで、喉元に穴をあけ、とりあえず空気を確保した。
父は生きることを選んだ。
ある時、母が医師に「いつ死んでもいいと言ってたんですけどねぇ…」とつぶやいたところ
その医師は「人間というのは死ぬとなると言われようのない恐怖にとらわれるんです」とおっしゃったそうだ。
二年後、終末医療病院のベットにモルヒネで意識が朦朧とした父が横たわっていた。
私が話しかけても反応しないが、母が話しかけるとうめくような声を上げる父。
そしてまもなく亡くなった。
この一連の出来事を通じて、私は『死』に強い恐れを抱くようになった。
私は他人に感情移入をし過ぎる傾向があるため、おそらく過度に不安視しているのかもしれない。
真面目に回答します。
男性の咽頭がんの原因はHPVも原因のひとつと言われています。
挿入がなくても陰毛同士の接触などでも移る時は移るので検査自体に意味はなくはないです。
あと検査により卵巣の異常などが発見されることもあるので最近は超音波検査と粘膜採取によるがん検診が別になってるのが通常なため、
全く痛くない医師もいます。女医の方が人気がありますが比較的乱暴で痛い人が多かったため、
敢えて男性医師を選んだりしていましたが、男性医師でも痛い人は痛いのでこれは運要素が強いです。
性行為は別にしなくてもいいですがその予定があるのならばその前に高額にはなりますがワクチンを打っておくと安心です。
検査で異常がみつかりHPVの検査で自分ががんになりやすいHPVを持っているかどうかの結果が出るまでは死が脳裏をよぎるほどです。
したくもない性行為で忘れた頃にがんになる可能性は頭の片隅においておいてください。
性行為の相手が風俗にも行ったことがない全くの初めての人でパートナーが自分一人のみの場合はその限りではありませんが、
もし自分がHPVに感染していてキャリアだった場合お互いに移しあうことになりリスクは下がりませんし、
去年の年末に、大阪市内で暮らしていた母が突然倒れた。原因はコロナだった。
母が倒れてから亡くなるまでの経過を、当時つけていた自分の日記から転載していく。
(日記の部分は長いので、時間のない方は最後の所感だけでも目を通してほしい。)
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2020/12/17(木)
夕方17時頃、仕事中だった。叔母から私の携帯に連絡があり、実家で母が倒れたということを知らされる。
この時点で、電話口からは「母はコロナに感染していて、心肺停止状態だ。救急搬送されて今は病院にいる。」という情報が耳に入ってきた。
いきなりだったので何のことか理解が追いつかずにうろたえていると、とりあえず搬送先の病院に連絡してほしいと言われる。
母がコロナに感染しているということもショックだったが、心肺停止ってどういうことだ?感染が判明して、いきなり重症化したってこと?
とりあえず病院に電話をかけると、担当の医師から、母の現在の状態を説明するのですぐに病院まで来てほしいと言われる。
慌てて職場を飛び出して病院にかけつけた。母はコロナ感染の疑いがあるということで、面会は禁止されていた。
遅れて病院にかけつけてきた姉と共に、ICUの前で医師から説明を受ける。
今日のお昼前に、実家で母が突然倒れた。側にいた父が気づいて、すぐに救急要請し、救急隊員がかけつけてくれた。
その時点ですでに心肺停止状態だったので、病院まで搬送される間に心臓マッサージ等の蘇生処置が取られた。
すると、止まっていた心臓が動き出した。その状態で病院のICUに運び込まれた。
精密検査をしてみると、膝に血栓ができていることがわかり、それが肺に飛んで、肺がつまって呼吸ができなくなり、それに伴い心臓も停止したらしい。
今現在、意識はなく、心臓を動かす薬を最大限に投入して、さらに心臓を動かす装置を取り付けて、無理やり動かしている状態だという。
蘇生処置の時に折れた肋骨が肺に突き刺さっていて、身体に大きなダメージが出ている。
心肺停止中に脳に酸素が届いていない時間が長かった為、脳にも大きなダメージが出ている可能性が高い。
今夜間か翌日中には、また心停止する可能性が高く、そうなったときにはおそらくもう助からないとはっきり言われた。
コロナの検査も行われていて、2種類ある検査の内の1つ目では陽性と判定が出ている。もう1つの検査で陽性と出れば確定らしいのだが、それは明日に結果が出るとのこと。
次に心停止した場合には、心臓マッサージ等の蘇生処置を取るかどうか確認されたのだ。
姉と二人でしばらく悩んだが、心停止した場合には、もう蘇生処置は取らずに自然に任せてくださいと回答した。しんどい。
コロナ陽性の疑いがあるので母とは面会することはできないのだが、看護師さんのご厚意でリモートで面会させてもらえることになった。
姉のスマホと私のスマホをラインのビデオ通話でつなげておき、その状態で看護師さんが防護服を着て、母の病室に姉のスマホを持ち込んでもらい、私のスマホから母の様子を見せてもらったり、話しかけたりさせてもらえた。
母の意識はないし、当然反応もないのだが、様子は大体わかった。口に管をつながれてつらそうな感じだった。気の毒で涙が出そうになる。
その後は、ICUの前で待機することもできないので、一旦帰宅することにする。
看護師さんから、次に病院から連絡をもらうタイミングをいつにするか確認された。母が心停止した時に連絡してもらうことにする。しんどい。
帰り道のタクシーの中で姉と少し話をしたのだが、どうもよくわからない。
同居していた父から少し話を聞いた感じでは、母は一週間くらい前から喉が痛かったり咳が出たりして、具合が悪そうだったらしい。
母は今年で73歳。基礎疾患などはなく、最近まで健康そのものだった。
コロナに感染すると、風邪に似た症状が続いて、その後いきなり重症化するというのは知識としてあったが、膝の血栓が肺に飛ぶとはどういうことなのだろう。コロナと何の関係があるのだろうか。血栓ができやすくなるというのは聞いたことがあるような気がするが、それのことなのだろうか。
「コロナ 血栓」でネット検索して色々調べると、やはり血栓ができる可能性が高くなることが最近わかってきつつあるというニュース記事がトップにあがっていた。
2020/12/18(金)
一日中いつでも病院からの呼び出しに応じれるように身構えていたが、結局連絡はなかった。
気を抜くと涙が出てくるので、気持ちを抑え込むのに精一杯だった。
あまり頭が回っていないので、頭を使わない単純作業を中心にこなしていた。
お昼過ぎに姉から連絡があって、母のコロナの残りの検査の結果がわかった。母はコロナ陽性で確定らしい。
同時に、同居していた父が濃厚接触者になってしまうとのことで、思わず頭を抱えてしまった。
母だけではなく、父まで感染したとなっては目も当てられない。
2020/12/19(土)
保健所から実家に連絡があって、父のPCR検査の日程が決まったらしい。次の月曜日だ。
もし陽性だったらどうしようと思いながらも、その可能性は高そうだと覚悟を決める。
とりあえず、保健所からの要請で、当面は父は自宅から外出することは禁止されているので、その間の食料品などの物資供給を、私がサポートすることになった。実家とは電車で15分ほど離れた場所に住んでいる私が、姉と比べると比較的近所だということで、私の担当になった。
午前中に父から必要なものの注文をメールで聞いて、午後から実家近くのスーパーに行って買い物した。それを実家の玄関先に置いておく。父と顔を合わせることは絶対にしてはいけないので、ピンポンダッシュした。
2020/12/20(日)
今日も父から注文が入ったので、救援物資を届けに行く。昨日は食料がメインだったが、今日は日用品が多かった。
父のPCR検査だが、タクシーで来るように指示されているらしく、お金を払う時に手間取らないように千円札10枚を封筒にいれて、それも救援物資と一緒に届けておいた。
帰宅後、姉とラインで、母の感染経路が本当にわからないという話をした。
父からの話では、最近の母は普段から買い物や銀行くらいしか行っていなかったそうなのだが、どこで感染したのかが本当にわからない。
不織布ではなく、自作した布マスクをしていたから、それで防御力が弱かったのだろうかとか、そのくらいしか要因が思いつかない。
2020/12/21(月)
お昼過ぎに、姉から連絡あり。病院から電話があって、母が元気になってきているらしい。
一時は危なかったが、今は心臓もちゃんと動いてきた。血圧も元に戻ってきたとのこと。
検査は市内の大学に併設の病院でやっていたのだが、大学の建物の中ではなく、小さなテントの中でやっていたらしい。
テントの中には小さなヒーターが置いてあって、他にも何人か来ていたが、間隔を開けて並んでいたそうだ。もちろんお互い会話はなし。
検査は一瞬で、「上を向いてください、チクっとしますよ」って言われて、鼻から管みたいなものを入れられてすぐ終わったらしい。
検査費用はかからなかった。保健所からの指示で受ける分には無料らしい。
2020/12/22(火)
ひとまずほっとした。
これから2週間の間はまだ外出禁止で、保健所から2日に一回連絡があって、健康状態を聞かれることになるらしい。
どうして一緒に暮らしていても、感染しないのかが不思議だった。
そのことをラインで姉と話し合ったが、よくわからないという結論で終わってしまった。
最近のコロナは変異して感染力が上がっている?母はそれで感染したのか?
でも、父には移っていないのが謎。かかりにくい人とそうでない人がいる?
2020/12/23(水)
どうも母に対する勧告書のようで、コロナから回復した際には、他人と接触する仕事をしたら罰則があるとかそういうことが書かれているらしい。
母が回復することはあるのだろうか。なんとか意識が戻るところまでいってくれないだろうか、そんなことばかり考えてしまう。
2020/12/24(木)
母が倒れて今日でちょうど一週間。病院からの連絡は特に何もない。
どうなっているのかが気になる。
2020/12/25(金)
今日で仕事納めだが、明日から休みになるという開放感がまるでない。
頭の中は母のことでいっぱいだ。
2020/12/26(土)
父に救援物資を届けに行った。
母が倒れてから、実家に帰る頻度が上がっているが、家の中には絶対に入れないので、あまり帰宅した感触がない。
2020/12/28(月)
家でぼんやりしていると、夕方16時頃に、母の担当医師から連絡があった。
母の症状は横ばいで、もう睡眠薬は与えていないが、ゆさぶったりしても反応はなく、意識が戻らない状態であるということ。
そして、12/24(木)に2度目のPCR検査を行ったが、結果は陰性に変わっていたとのこと。
1/4(月)から一般病棟に移ることになるので、そのタイミングで面会できる機会を設けると言われた。
一般病棟であっても原則面会は禁止なのだが、今回だけ特別に認めると言われた。
もし今後、血圧が下がっていったり、酸素の取り込み状態が悪くなるなどした時に、心臓マッサージや血圧を上げる薬の投与をするかということを尋ねられた。
どちらも体に負担をかける行為になってしまうが、どうしますかと訊かれた。
「今後、母の意識が戻ることはあるんですか?」
「心停止していた時間が長く、脳に酸素が届いていない時間が長かった為に、再起不能なまでにダメージがきているので、回復は難しい」
とはっきり言われた。
じゃぁ、と思った。
徐々に死に向かっていくのを、ただ見送ることしか私達にはできないのか。
そのことを踏まえたうえでの選択だ。
姉と電話で小一時間相談した結果、母の容態が悪化した際には積極的な回復処置は取らずに、自然に任せる方針でいくことにする。
肉親の生死に関わる方針を、こんなに短時間で決断していかないといけない残酷さに打ちのめされた。しんどい。
2020/12/29(火)
母の症状は横ばいとはいえ、高熱が出ていたり、少しずつ呼吸が弱くなっていったりと、厳しい状態であるらしい。
それを聞いて、またしんどくなってくる。
実家へ、四度目の救援物資の配達に行った。今日は姉にもついてきてもらった。
保健所によると、明日で父の外出禁止は解除になるらしい。なので、配達するのも今日で最後になるだろうとのこと。
お墓参りのことを父が気にしていたので、それもあわせて行ってきた。
姉はお金を触ったり、玄関のベルに触ったりするたびに、逐一手をアルコール消毒していて、結構神経過敏になっているみたい。
でも、大阪市内に入ったら、そこまでしないと今は危ないのかもしれない。
2020/12/31(木)
父によると、母の友人から、自宅に電話がかかってきたりしているらしい。
携帯がつながらず、音信不通になっているので、母のことを心配しているのだろう。
ちょっと家の用事で忙しくしているということにして、父が適当にごまかしているようだ。
2021/1/1(金)
元旦だが、一日家でじっとしている。
何もする気になれない。
2021/1/3(日)
姉とラインで少し話しをした。
いままで母がやってあげていたことが全部抜け落ちてしまうので、それをどう拾い上げていくか?
晩ごはんは生協のお弁当の配達を使うとか、家事も最低限やりやすいような形を模索していくとか、色々とそんなことを相談した。
2021/1/4(月)
今日は仕事初めだったが、なかなか集中して仕事に取り組めなかった。休憩多めでなんとか乗り切った。
今日から母が一般病棟に移る。でも、コロナの影響で、一般病棟であっても面会は全面禁止らしい。
でも、この間医師から連絡があったように、条件付き(一度に二人までの入室、事前に検温すること)で一度だけ面会が許可されるとのこと。
今日は、父と姉が二人で面会に行くことになった。
人工呼吸器が繋がれているので、口の周りは痛々しいけど、それ以外はそんなに変化はなかったらしい。
話しかけたり、手をさすったりしたけど、反応はない。手はすごくむくんでいて、結婚指輪が入らないので外されていたらしい。
母が救急搬送を受けた時に身に着けていた衣服が返却されてきたけど、ビニール袋でぐるぐる巻にされていたらしい。ウィルスはもう消えていると思われるけど、空ける場合は洗濯して欲しいと看護師さんから言われたとのこと。なんか怖いからそのままゴミの日に出すことにしたらしい。
私は、明日一人で面会に行くことになる。
2021/1/5(火)
ところが事前の検温で37.4度が出てしまい、病室には入れてもらえなかった。また後日来てくださいとのこと。
もよりの駅から病院まで20分くらい歩いたので、体が温まっていたのかもしれない。
また金曜日あたりに行こうと思う。
次は駅から病院までタクシーで行って、コートは脱いで、事前に一階で体温を何度か測って安全なのを確認してから挑むことにする。
2021/1/6(水)
もう母が倒れてから三週間近く経つからだろうか。この異常な状態にも、体が徐々に慣れてきているのかもしれない。
2021/1/7(木)
首都圏で緊急事態宣言が出たが、大阪ももうすぐ出ることになるようだ。
2021/1/8(金)
母の面会に行ってきた。
仕事を抜けて、最寄り駅まで電車で移動し、そこからタクシーで病院まで行った。
1階ロビーに腰掛けて、自分で持ってきた体温計で検温してみたら36.5度だったので、今日は大丈夫であることを確認して7階へ。
「お待ちしてました。お熱どうですか?」と看護師さんから言われ、「さっき測ったら36.5度でした」と応えると「じゃぁ、入ってください」と言われる。
母は口に管を入れられていて、そこだけ痛々しかったが、鼻から上は顔色もよく、穏やかな表情だった。
10年ほど前に咽頭がんで亡くなった義父が、亡くなる直前、意識を失った状態でとても苦しそうな表情をしていたのを覚えていたので、そのイメージで予想していたのだが、ぜんぜん違った。まるで眠っているみたいに見えた。
姉が言っていたように、手はむくんでぱんぱんだった。手と二の腕を握りながら何度も話しかけてみたが、反応はない。
いまにも目を開けて起き上がってきてもよさそうな感じがするのに、そうはならなかった。
時々、母がつながっている機器類から「ピコピコーン!」というアラート音が鳴るので、それが母にとってうるさくないのかなと気になった。
面会する時には、看護師立ち会いで、時間は5分だけだと事前に聞いていたのだが、看護師さんはすぐ病室からいなくなって、その後も一切呼びにこなかったので、結局一時間くらい母の側にいた。
一時間くらいたって、「ちょっとお体拭きますねー」と言いながら看護師さんが病室に入ってきたので、そのタイミングで帰ることにした。
職場の私の席の2つ後ろの島(5メートルくらい離れている)に座っている人が、コロナ感染の疑いがあって、今PCR検査を受けていて、結果が出るのが明後日らしい。
その島の人たちは全員帰宅していた。多分、当面はリモートになるのだろうか。
もし検査が陽性ならば、保健所が消毒しに来るし、その間はオフィスは立ち入り禁止になるのだろうか。
2021/1/11(月)
私の方は相変わらず時々、しゃくりあげるような呼吸と涙が出てくる。不意に母親のことが頭をよぎって、それに引きずられるようにして乱暴に心が揺さぶられるような感じだ。
2021/1/12(火)
仕事してると不意にしんどくなってくる。どこまで行ってもしんどいタイプのしんどさ、絶望感。
2021/1/13(水)
2021/1/14(木)
もうどうしたらいいのかわからない。どうしようもないのだけど。
2021/1/15(金)
出社してる時と特に変わりなく、集中力途切れずに仕事できたと思う。
今は週イチだが、これならフルリモートでもやっていけそうな気がする。
できるだけ出社時と同じ環境に自室を揃えることがコツだと思った。
仕事終わりの疲労感は、出社時とあまり変わらない。けど、通勤時間の2時間を有効活用できるのがいい。
2021/1/17(日)
一日家でぼんやりしているだけだった。何もする気がしない。
2021/1/18(月)
仕事に行っていたが、夕方に病院から私の携帯に電話があって、母の酸素の取り込み量が低下していて、今夜にも亡くなるかもしれないと告げられる。
慌てて姉と父に連絡し、病院へ向かう。
病室に入る前の事前の検温で、また37度が出た。いい加減にして欲しいこの体温計。体温計をリセットして、「熱はなかったです」って嘘の申告をして突破する。
二人づつしか面会できないとのことなので、はじめに父と二人で病室に入る。
母は苦しそうな感じもなく、穏やかな感じだった。今日は髪型に乱れもなく、きれいに見えた。
酸素取り込み量の数値が90を切るとまずくて、一時は70くらいまで低下していたが、持ち直して80くらいまで戻してきていると看護師さんから説明される。
母の意識はないが、それでも苦しかったりの感覚はあるのだろうか。
一旦、全員帰宅することにした。また容態が急変するようなことがあれば、連絡が貰えることになっている。
2021/1/19(火)
またすぐに連絡が来る可能性が高いので、それを待っているようで心身が疲弊していく。
2021/1/20(水)
ずっと非日常が続いているようで、そういう緊張状態にいつまでも心身が慣れていかずに悲鳴を上げている。
続き
↓
クンニも同様
ウイルス進化論なんてのもあるがすべての変異が人間にとって好ましい変異では無い
咽頭がんになった有名人
咽頭がん
ヒトパピローマウイルス(HPV)によって引き起こされる中咽頭扁平上皮癌は予後が良好であることと関連しているが、
腫瘍のHPV感染ステータスが独立した予後因子かどうかは未だ明らかでない。
JASTRO 日本放射線腫瘍学会(医療関係者向け)| ヒトパピローマウイルスと中咽頭癌患者の生存率
https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/journal/journal-club/post-30.html
単純ヘルペス脳炎(脳炎っていったらコレを疑う)
日本では年間100万人に約3.5人に発症し、50~60代に多くみられる一方、新生児や小児がかかる場合もある。
初感染時または再活性化(一度治癒し休眠しているウイルスが再度活発になること)時に発症する。その病態は発症年齢によって大きく異なる。
なお、HSVは世界的に広く浸透したウイルスで、感染経路はHSVによる口唇ヘルペスや皮疹を発症した患者の唾液や病変部との接触や、
性器ヘルペスからの性的感染や母子感染によると考えられている。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/516-herpes-encephalitis.html
母ちゃん父ちゃん兄弟姉妹や会社の上司とセックスでコミュニケーション取ると良いと思う
ウイルス進化論なんてのもあるがすべての変異が人間にとって好ましい変異では無い
ヒトパピローマウイルス(HPV)によって引き起こされる中咽頭扁平上皮癌は予後が良好であることと関連しているが、
腫瘍のHPV感染ステータスが独立した予後因子かどうかは未だ明らかでない。
https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/journal/journal-club/post-30.html
日本では年間100万人に約3.5人に発症し、50~60代に多くみられる一方、新生児や小児がかかる場合もある。
初感染時または再活性化(一度治癒し休眠しているウイルスが再度活発になること)時に発症する。その病態は発症年齢によって大きく異なる。
なお、HSVは世界的に広く浸透したウイルスで、感染経路はHSVによる口唇ヘルペスや皮疹を発症した患者の唾液や病変部との接触や、
性器ヘルペスからの性的感染や母子感染によると考えられている。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/516-herpes-encephalitis.html
嗜癖性障害とは?
・正常な楽しいはずの活動が、コントロールしがたい欲求や衝動によって繰り返され、その結果、その個人や他者に対して有害となっている状態。
・嗜癖性ありとして特定されている過剰行動には、ギャンブル、摂食、性交、ポルノ、パソコン、ビデオゲーム、インターネット、エクササイズ、買い物がある。
診断基準案
1. ある種の行動(多くは非適応的、非建設的な行動)を行わずにはおれない抑えがたい衝動(craving)
2. その行動を開始し終了するまで、他の事柄は目に入らず、自らの衝動をコントロールできない(impairment of control)
3. その行動のために、それに代わる(適応的、建設的な)楽しみを無視するようになり、当該行動に関わる時間や、当該行動からの回復(行動をやめること)に時間がかかる
4. 明らかに有害な結果が生じているにもかかわらず、その行動を続ける
報酬系回路
行動嗜癖と物質依存において、同じ脳内回路の異常が指摘されており、その主なものが脳内報酬系あるいは辺縁報酬系回路(reward system)と呼ばれるものである。報酬系回路とは、食行動や性行動などの本能的行動を快感として感じることで、行動の継続を図る種の保存のための神経系であるが、生存のための本能的行動が快感追求だけの目的で行われると、快感追求の継続と反復という嗜癖や依存に強く関わる神経回路として機能する。
セックスに依存する人は人間関係を怖がる傾向が高い
調査ではオンライン・セックスや売春、人前でのセックス、複数人との同時セックスをしたことがあるかどうかを質問した。またアルコール摂取や自尊心に関する質問も行った。
この結果、セックスに依存しているとした人は、人間関係を脅威と捉え、人との付き合い方が不安定で親密になることを怖がる、あるいは避ける傾向の割合が高かった。
セックス依存ではない人たちが親密さを望ましい、あるいは価値のある関係だととらえ、また人との関係に安心感を覚え、自分のパートナーを信頼できると考えているのとは対照的だった。
ウイルス進化論なんてのもあるがすべての変異が人間にとって好ましい変異では無い
ヒトパピローマウイルス(HPV)によって引き起こされる中咽頭扁平上皮癌は予後が良好であることと関連しているが、
腫瘍のHPV感染ステータスが独立した予後因子かどうかは未だ明らかでない。
https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/journal/journal-club/post-30.html
タイトル通りの話。
最近Twitterで生理痛とか低用量ピル、アフターピルの話をよく見かけるようになった。
体感では10年前よりもそういう女性の体についての話がインターネットでもしやすくなっていると思う。
ただ婦人科検診の話に関してだけ言えば、引っかかった人の具体的な話があまり見つからない(ような気がする)。
例えば引っかかったので精密検査をしたらこういう状態でした〜とは書いても、具体的にどんな検査だったのかはぼかされてることが多い(ような気がする)。
もちろん書いてくれている人もいるけど、せっかく受けたのだから、備忘録も兼ねて自分でも書いておこうと思う。
ちなみにインターネットとか書籍で得た知識で書いている部分もあるので、医学的にこれは間違っていることがあったら消すので教えてください。
昨年秋頃に受けた検診で、子宮頸がんの結果が“asc-us”と出てしまった。
これは“意義不明な異型扁平上皮細胞”という意味で、がん化する前に細胞に起きる異常があるようにも見えるけど炎症とかで起きてるだけかも?というグレーな状態。
子宮頸がんは完全にがん化する前に異形成という状態を起こすので、それを見つけて早期に対応出来るように検診を定期的に受けようと言われている。
つまり、その異形成が起きてる可能性があるかも?という結果だった。
ここで受けた検査内容は重要じゃないので(精密検査の話がしたい)ざっくり言うと、綿棒みたいなやつで子宮の入口あたりをシャシャシャと拭われるやつ。
大して痛くないし私は血が出たこともない、痛みも病院出る頃にはおさまってた程度。
で、届いた検査結果には3ヶ月後に精密検査を受けるよう書かれていたので、冬になってから近所の婦人科を受診した。
HPV(ヒトパピローマウイルス)は子宮頸がんを引き起こす可能性があるウイルスで、性交渉によってうつったりうつされたりする。
ちなみに子宮頸がんだけじゃなくて、男性の陰茎がんや肛門がん、咽頭がんの原因にもなるので女性だけの問題ではない。
この“うつる”って言い方がいまだに子宮頸がんを性病みたいに言う人がいる原因だと思うけど、一度でもセックスしたことがあれば誰でも持ってる可能性はあるものだし、自己免疫で勝手に消えることがほとんどらしい。
ただし、免疫で消えずに感染し続けると、異形成を引き起こして数年〜十数年かけて子宮頸がんに変化してしまう。(もっと進行がはやい人もいる)
で、HPVは型が百何種類もあって、そのうち子宮頸がんになりやすい型のグループをハイリスク型と呼んでいて、HPV検査はハイリスク型に感染していないかどうかを調べる検査。
ここでした検査は、また綿棒みたいなやつで子宮の入口を拭われるだけ。
でも何故か検診の時より痛くて、次の日まで軽い生理痛みたいな痛みが続いた。
多分HPVは奥の方にいることも多い(らしい)から念入りに採取したからだと思う。
検診をシャシャシャだとしたら、こっちはシャシャ…シャシャシャシャシャシャ!!!って感じで削ってる!?って思った。
2週間後、結果が出た。
私はHPVハイリスク型のうち、最も進行しやすい16型が陽性だった。
次の検査は組織診といって、文字通り子宮の組織を切除して状態を調べるものだった。
受ける前にネットで見た情報では、痛みはあるし出血もするし倒れる人もいるし等々…当日はものすごく緊張していた。
まず、普通に内診台(歯医者の椅子みたいで勝手に足が広がるよう動くやつ)に座って金属の器具?で膣を開かれる。
ここまでは毎年の婦人科検診と一緒なんだけど、そのあと顕微鏡みたいなやつで異変がないか子宮口を観察される。
その時異変が見えやすくなるように液体を塗るんだけど、後で調べたらお酢らしい。
食用じゃないにしても、お酢をあそこに塗られたのがちょっと面白かった。
男性で言ったら、尿道の奥にお酢塗られるようなものかもしれない。
で、その観察が終わると次はついに組織診。
具体的に言うとお酢で出た異変の箇所(子宮口の周辺)を直接切り取っていく。
膣の中って基本的に鈍感らしいんだけど、子宮をつままれてる感覚はあって(その時点でHPV検査より痛い)、切られる痛みももちろんあった。
前情報ではパチン!パチン!って一瞬鋭い痛みがあるようだったけど、私は骨付きカルビをハサミで切っていくあの感覚だった。
パチン!じゃなくて、ザ…………クッって感じ。
でも声が出るほどではなかったので、結果3箇所切ったんだけど無事耐えることが出来た。
肉を切り取ったのでもちろん出血はして、止血のために白い粉を塗ります、と言われて謎の粉を塗られた。
傷口を触られているのでこれも痛い。
ちなみに痛みは先生の腕が良かったのか、2時間もしないうちに感じなくなっていた。
貧血にもならず、友達と遊んで結構な距離を歩いたけどガーゼのことも忘れるくらい無痛だった。
次の日、股からはみ出したガーゼを引っ張って取り出していくと、50cmくらい入っていた。
万国旗の手品みたいだなと思ったが、30cmくらいは真っ赤に染まっていたので長過ぎる訳ではないと思う。
先生によってはガーゼじゃなくてタンポンみたいな物をいれることもあるらしい。
2週間後、結果を聞いたら軽度異形成とのことだった。
異形成にも軽度→中等度→高度と順番があり、軽度異形成は自然治癒することもかなり多い段階なので、これからも定期検査を欠かさずに経過観察しましょう、ということになった。
婦人科のサイトでは痛いのを強調すると怖がられると思っているのか、「痛みを感じる方もいます」とかぼかして書いているけど、実際普通に痛い。
痛みに弱い人が失神するのもわからなくはない。
でも、放置してがんになってしまうよりは絶対失神してでも受けた方がいいと思う。
子宮頸がんは30代〜40代くらいでかかるイメージがあったけど、私は診断された時25歳だったので、どんな年齢でも積極的に受けてほしいと思う。
ちなみに、男性に検査のことを話したら、「俺だったらチンの一部を切り取られるってことでしょ?受けられないなぁ〜」と言っていたが、男性の陰茎がんとかはどう検査するんだろう。