はてなキーワード: 坂道とは
ミーグリとは、主に日本のアイドルファン(特に坂道シリーズ:乃木坂46、櫻坂46、日向坂46など)の間で使われるスラングで、**「ミート&グリート(Meet & Greet)」**の略です。意味「会って挨拶する」という英語の直訳通り、推し(アイドルなど)と1対1で話せる交流イベントのこと。
コロナ禍前に主流だった握手会の代替として生まれたもので、オンライン中心に開催されています(最近はリアルミーグリも一部復活)。
主な特徴(特に坂道アイドル系)オンライン版が主流:ビデオ通話(専用アプリ「forTUNE meets」など)で、数秒〜数十秒程度の短い個別トーク。
参加方法:CD(初回限定盤など)に封入されたシリアルコードで抽選応募。
forTUNE musicなどの公式サイトでCDを予約・購入して抽選に参加。
1枚のシリアルで1回(または短いトーク枠)参加可能。複数枚買うと当選確率や話せる回数が増えます。
例乃木坂46、櫻坂46、日向坂46のシングル発売記念ミーグリが頻繁に開催されています。
最近のX投稿でも「日向坂46のミーグリ」「田村保乃レーン」「小西夏菜実ミーグリ」などの話題がよく出てます。
狭いから建物の出入り口が道に面していると基本的に出入りする人が建物と外の境界を越える直前まで見えない。
だから出入り口の手前に来るまでにすごく減速しないと怖いのが普通の心理。
さすがに急ブレーキがよくないのはわかる。
ただでさえ下り坂だから自転車乗ってる人はスピードを出したくてうずうずしている人が多い。(真逆の考えの人もいるかもしれないが。)
よって合理的な理由を予測できないところで前の自転車がすごくブレーキを利かせて走っているならばそれはそれでドヤを飛ばしてくるおそれがある。
予測のしづらさは減速開始地点が出入り口から遠いほど高くなるだろう。
近かきゃ近いで追突される。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260324154258# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCacIycgAKCRBwMdsubs4+ SHR5AQDorup9lYNNYbjY+6VFz43cspGZMpnxX1rfSzk/b/sCDgEAgkZ5RhX0gw98 P4vMlxB0Gj6ynMtiRE/KmEIOoNQSfAQ= =xwTW -----END PGP SIGNATURE-----
もう春です。焦っています。
嵐からあの発表から約10ヶ月あって、何もできていません。オタクとしては生きているのだけど。自分の嵐のオタク(仮)としての記録が何か残せたらいいなと思って、何かしよう、しようと思って、約300日です。本当にあっという間です。嵐の皆さんは毎日忙しそうなのにね。私はこんな普通の社会人の癖してね。
私は、2年前に嵐を、というか櫻井翔さんを好きになり、その年の5月にFCに入りました。あのお知らせが去年5月に来た時、少し運命的なものを感じながら更新しました。
活動が終わることはなんとなく薄ぼんやり頭の片隅にあったけれど、FC自体がなくなることは、全く予想できていませんでした。お金出して見たい欲しい過去のコンテンツ、本当に本当にまだまだたっくさんあります。ドリアラとかOneとかどうなるの・・・・・・?
つまりド新規です。しかも活動休止後にFCに入っているので、もしかしたらあんまりいないタイプ?かもしれません。あと、ド新規の癖して何語ってんだと言われたら本当にそうです。でも、どうしても語りたくなったので、語ります。
初めて国立に嵐が立ったとき、私は中学生でした。同級生の友人には、ハワイの海上でデビュー会見をしている嵐の記憶があるらしいので羨ましいです。私自身にはこの記憶は全くありません。私の中の一番古い嵐の記憶は、思い起こすと、プチシリーズのCMの様な気がします(2001年くらい)。シングルの一番古い記憶は多分「君のために僕がいる」で、「時代」に若干衝撃を受けた気がします。
小学生の頃、母親が松平健さんのことが好きだったおかげで、私の家では土曜の昼は、ほぼ毎週松平健さんが司会をつとめていた「バニラ気分」という番組を見るために、フジテレビがかかっていました。そうなると、その番組内企画の‘’まご‘’の嵐を自動的に見ることになります。私はこの「まごまご嵐」という最高の番組で、嵐のメンバーの名前をしっかり覚えました。番組を知らない方に説明すると、まごまご嵐とは、視聴者から依頼され、なかなか会いに行くことが難しい本当の孫の代わりに、嵐が1日孫になって、依頼された方のおじいちゃん・おばあちゃんのお家へ行き、お手伝い(農作業とか)をするというハートフル番組です。当時の嵐はみんな20代前半で、大野くんが25歳くらいでした。
テレビを見ながら、「良い番組よね」と母親が言っていたのを覚えています。少しお堅めの母親なので、当時金髪茶髪だらけ(一部坊主)の嵐の面々を見て最初は怪訝な顔をしていたと思うのですが、番組内容をきちんと見た上での発言だったと思います。この頃、幼すぎて恐らく理解していませんでしたが、既に私はおじいちゃん・おばあちゃんに優しい嵐に対して好感を持っていたのだと思います。後ほどこれが「VS嵐」になると思うと感慨深いし、「GRA(ゴールデンラッシュ嵐)」も「中華街留学」も良い思い出です。お城行ったり、子どもの晩ごはん作ったりもしてましたね。あと、大人になって、多分うっすら、「嵐の技ありッ!」も見ていたのだと思い出したりしました。お昼の番組って意外と見ますよね、小学生は特に。
中学生くらいになると、少し遅い時間の番組も見ることができるようになりました。というか、親の就寝後に起きて、音量最小限で深夜にテレビを見ることに興奮していました。私は、夜更かしをすることが異常に好きで、深夜帯の影響を現在に至るまで、受け続けています。ちなみに今も夜更かしすることだけは得意です。
社会不適合の片鱗がここから現れるなと書いていて思いましたが、嵐のことを書きます。
「嵐の宿題くん」で見る嵐は、面白爽やかお兄さん集団でした。あのゆるい空気、今ならわかります、大好きでした。
本当なら、「真夜中の嵐」からずーっと深夜帯の嵐を追いかけたかったです。
女子校だった高校生の頃、隣の席の子がやたら鮮やかな赤色の財布を持っていました。それを見た私が、
その子が
「だって翔くんの色だもん」と言ったのを今でもはっきり覚えています。
その時初めて、ジャニーズにメンカラがあることを知ったのです。
当時その子は嵐のFCに入っていて、ライブの当落で一日中そわそわするのを横で眺めていました。嵐のライブは、多名義で応募しても札幌ドーム第一希望でも外れるくらいのやばい代物ということはその子経由で知りました。正直、当時は北海道や福岡までライブに行く発想があることにびっくりしていましたが、這ってでも行く気持ちが今なら痛いほどわかります。
嵐が売れなかった頃の記憶がうっすらとあり、嵐が国民的アイドルになるまでの過程もなんとなくですが、テレビで見る範囲では、わかります。国民的アイドルになってからは、毎日誰かがテレビに出ていて、嵐の番組も毎週何かしらはずっと見ていました。だから、誰が何が得意で何が不得意かは知っていたし、なぜかどういう服のコーディネートを組むかまでも知っていました。
ダブルパーカーばっかり言われているけれど、私は「ひみつの嵐ちゃん!」がなかったら、漁サン(漁業用サンダル)にあんなにカラバリがあることを知らずに生きていたと思います。
出ていた紅白も勿論全部の年を欠かさずに見ているし、ラスト紅白の時に母親とテレビを見ながら、「もったいないねえ、こんなにいいグループなのにねえ…」としみじみ会話した記憶があります。
このことが、どんなに震える事実なのかを、きちんと好きになってから、把握しました。
(というか意識をしていなくても当たり前に嵐に触れていることが本当にすごい)
今、きちんと好きになれて、本当によかったな。という気持ちがあるけれど、もう少しだけでいいから、もっともっと早くちゃんと好きになりたかった、できることなら、オタクとして心底一生涯をかけて応援したかったというのが、昨年5月のお知らせを聞いてから最初に思ったことでした。というか、一生涯かけて応援している方々は、間違いなく見る目がありすぎます。私は大後悔しています。あの報告の後、本当にいろんな気持ちがまざり、号泣し、一週間ほど食欲がなくて、ここは現実なのか?幻なのか?と、雲の上を歩くように地に足がつかない状況で職場に行くことだけをしていたら、人生で初めてコロナになりました。ウィダー(inゼリー)さん、お世話になりました。ありがとうございます。
嵐のことをもっと早くに応援していたら、きっと今の私とは全く違う人間になっていたのだろうな、とも思います。もしそうだったら、今の今まで、同じ情熱で応援し続けられるかは正直わかりません。
でも、今、ずっとこれを書いているときだって思うのです。毎日、嵐のこと好きだなあ、大好きだなあって。
嵐との一方的な付き合いは、今だけでなくずっとずっとあったのに、なぜ今になってFCに入ったのか。それは、まあ単純に、好きなことに今気づいたから、というか、やっと認めたから、なんだと思います。
かっこよく?言うと初恋にやっと気づいたから、ラブソーのイントロがずっとかかっていたのに、聞こえてきたのが今、という感覚です。
きっかけは、ぐんぴぃのドッキリ動画に櫻井くんが出ていたことなんだけど、そこからFC入会まで、この気持ちが本当なのかどうかを確かめるのに3ヶ月かかりました。
私がこの気持ちになんとなく20年間くらい(改めて年数を数えると長)、蓋をしていたのは、異性のアイドルを本気で応援することに、照れや恥じらい、葛藤があったからなのかな…となんとなく思います。そんなことで?と思うかもしれないけれど、ジャニーズを、男性アイドルを好きって言うことはそれなりに勇気がいる、というか、お前なんかが応援すんの?と誰かの目に映ることが本当に怖いのです。特に思春期の頃は。
あとは、社会人になって、アイドルの凄さをよりクリアに捉えるようになった(仲間と何年間も続ける仕事、プロ根性など)と言うのもあります。
スクールカーストというものがありますが、ジャニオタは私の世代ではかなり上位の存在で、ディズニーオタと同じくらいの権威があったように思います(これを書いていて思いましたが、令和の世と時代が違います)。私の世代の学校は、音楽で言うとジャニとLDHに支配されつつ邦ロック、AKBももクロ坂道、K-POP、V系のオタクがいて、まあ二次元オタ(ボカロ、アニソンとか聞く層)もなんとなくいたみたいな感じでした。二次元のオタクは母数かなり多かったのですが、多くは語りませんが、まあなんというか、‘’そういう位置‘’にありました。でもオタクに優しい学校だったと今振り返ると思います。
当時、ヘ○リア、ボカロ、少年ジャンプ、ニコニコ動画…と二次元に染まりきっていた私は、素直にジャニーズが好き(というか嵐が好き)と言えなかったように思います。気持ちに蓋をしていたこと自体も封印していたような感じがします。今で言う逆張りの極致にいたので、ジャニーズ(笑)というレッテルをスクールカースト下位の下位(もしかしたらカーストからあぶれていたかもしれません)から貼っていました。嵐がFNSで色々と迷宮入りしたとき、ネットで草を生やされているのを野次馬根性で見ていたような、そんな哀れな存在だったのです。
素直になるまで時間かかりすぎだろと自分で思いますが、人生本当に何が起こるかわからないことを実感しました。アイドルってすごい。と堕とされた今、純粋に思います。
そして、四谷大塚の有名広告「なんで私が東大に?」と同じテンションで、「なんで私がジャニオタに?」となっているこの状況に毎度驚かされます。ファミクラストアの箱がたくさん家にあるの、自分で買ったものなのに結構びっくりします。
正直言うと未だにオタクと呼べるほどの存在ではない、まさにオタク(仮)です。Tの嵐!(仮)
今、嵐を好きになって本当に良かったと心の底から思います。そして、自分がどこの立場で物を言っているか、わからないけれど、私の世代の男性アイドルの代表格、ど真ん中が嵐というグループで本当に本当に良かった。この穏やかで優しくて、若い頃はかったるそうで、でも尖るとき尖ってて、ファンや見ている人々に寄り添ってくれて、面白くて、それがわざとらしい感じじゃなくて、どこかの商店街にいそうな空気感なのに、どこにもいない。そして、ちゃんと見ると(ちゃんと見なくても!)、実は全員イケメンなおじさ…お兄さん達大好きです。そして確信しています。こんなアイドルグループもう二度と出てこない。こんな好きな人たちに出逢う季節二度とない。
もう、春です。明日というか今日、札幌のライブ初日です。てか今日になってる。
昨年の夏、嵐がいる最後の夏だと思って勝手に切なくなっていました。
6月1日、どうなっているでしょうか。未来のことは何もわからないし、誰にもわからないです。どうか、嵐という最高のグループが、最高の景色で終えることができますように。
Five最高だったよ!
今日も今日とてXでは、またMT/AT論争が巻き起こっている。まるで北緯38度線のように、争いがいつまでも終わらない。停戦状態にあるだけ、38度線の方がマシかもしれない。
私のTLを観測している範囲では、MT派からAT派への攻撃を見かけることが多い。健常者ならMT乗れて当たり前とか、MT挫折してAT限定にしたやつは公道走るなとか、まぁそんな具合だ。
かくいう私も最近ATからMTに乗り換えた。峠を攻めたいとかサーキットでかっ飛ばしたいとか、そういうわけでは全然ない。単に車の運転に刺激が欲しかったのだと思う。
その上で私見を述べるなら、現代日本の道路事情において積極的にMTを選択する必然性は「ほぼ皆無」であるし、AT限定を批難する要素も見出しにくい。
MT派によるAT批判を見ていると、いわゆる老害と共通する部分が多いように感じる。なぜ人間は、便利な新技術の登場をかくも毛嫌いするのであろう。MTにも乗れないなら車をちゃんと動かせないなんて言う奴は、手書きじゃないと心がこもっていないなどと言って電子的に作成した履歴書を否定したり、お腹を痛めて出産しないと母親にはなれないなどと言って無痛分娩を否定する連中と同レベルではないか。幸いなことに現代では、人間がわざわざ手動でギアチェンジしなくても機械がやってくれるようになったのだ。それだけの話だ。便利さ重視でATに乗りたいならATに乗ればいいし、トラディショナルな操作にこだわりたいならMTに乗ればいい。
クラッチを含めた両手両足の操作ができなきゃ安全運転できないという意見もあるが、これではかつての「交通戦争」の事実を全く説明できない。誰も彼もがMTを動かしていた時代であっても、交通事故はそこら中で発生していた。だからMTに乗れるなら安全運転できるということにはならないし、ATだから危険運転を産むというのも短絡的な考えだ。少なくともAT全盛の現代の方が事故発生件数は少ないのである。これはミッション方式というよりも道路事情や安全技術の発達によるところが大きいかもしれないが、
というかATを運転できる程度の身体の自由があるなら、MTだって乗れる人が大半だろう。出だしの飲み込みのスピードは人によって差があるから、初手で苦手意識を植え付けられる人も出てくる。しかし時間をかけて練習すれば克服は決して難しくないし、出だしのペースと最終的な技術の習熟度は必ずしも一致しない。ただ現実的にはいつまでもだらだらと教習所に通えるわけではないから、時間的・経済的・心理的な負担増を嫌ってMT→ATに切り替えている人が多いだけではないかと思う。実際、現代日本のAT比率を考えれば、余計な苦労を背負ってまでMTに固執する必要はどこにもない。あくまでも本来の目的は「自動車免許の取得」であって「MTを動かすスキル」ではない、という人は相当数いるだろうし、MT→ATに切り替えることで無事に本来の目的を達成した人もまた相当数存在する。それできちんと運転できているなら、何も悪いことは無い。
ATに対するMTの優位性はシーンに応じてドライバーが自由にギアを選択できる点にあるが、そもそも公道ではMTに乗ってまで積極的にギアを変えるべき場面というのがそこまで多くない。ATであってもそうした場面には十分に対応可能だ。たとえば長い坂道を下るときには低めのギアを選択してエンジンブレーキを使い、フットブレーキのみに依存しないことが大事になるが、ATであってもBとかSとかLとかのギアを選択すれば同じ目的を達成できる。なにもMTである必然性はない。普段運転するエリアがアップダウンの乏しい平地であるなら、なおさら些末な問題になる。高速合流時などにおいても、低めのギアで十分に加速することが求められるが、やはりSなどを使えばATでも十分な加速が得られる。
またMTの自由度の高さは、操作の煩雑性や諸々のリスクと表裏一体である。信号待ちからの発進一つとっても、ATはアクセルを踏み込むだけでたちどころに加速していくが、MTは矢継ぎ早に1→2→3と切り替えながらスピードに乗っていかないといけないし、回転数をマッチさせる運転ができないと乗り心地が極端に悪化する。急坂ではサイドブレーキも使わないといけない。シフト操作にミスがあればオーバーレブのリスクも出てくる。交差点のど真ん中でエンストしようものなら、他車の交通を阻害したり追突されたりする要因になる。
そうしたことを考えると、「余計な操作や心配に煩わされずに街中をスムーズに走る」という部分においては、圧倒的にATが有利になる。最近のATは燃費も優秀だから、経済面でのMTの優位性もたかが知れている。新車販売においてはMTの方がATよりも若干安価だが、街中ではATの方がずっと多いのだから、ユーザーはそんな価格差は気にしていないのだろう。車重の軽量化、メンテナンス性の高さなどもあるが、車重全体のわずか数パーセントにしか満たない差を必死に削り出すようなドライバーは稀有であろうし、多少ラフな使い方をしても問題なく長距離を走れるATは多い。やはり、ATはMTよりもずっと便利で取り回しのしやすい機構だという結論になる。
ただ、この利便性の高さがドライバーの思考力を奪っている点は否定できない。余計な操作や心配に悩まされない状態というのは、必要な操作や心配までをも忘れてしまうリスクを跳ね上げる。上述した下り坂でのエンブレの件にしても、ブレーキランプを煌々と照らしながらダウンヒルする車を見かける機会は少なくない。上り坂で先行車が後退してくるリスクを考えず、車間距離をビタビタに詰めてくる車もいる。現代の先進技術は、考えなくても車を動かせる状態をも産んでいるため、このような事態が発生する。利便性を求めた結果であるから、それ自体は悪ではないのだが、車に乗られている人たちを大量生産しているのも事実だ。
考える必要が無い状況での運転は、ドライバーにとって油断の原因にもなってしまう。走行中につい眠気に襲われる...というのは誰しもが経験するだろうが、AT車は要求される操作が少ない分、どうしても注意が散漫になりがちだ。集中力の低下や居眠り運転を防止するなら、変な先進安全技術を搭載するよりもMT車に乗った方がよっぽど良いのではないかと思わなくもない。雑な操作をすればすぐさまシフトショックやエンストが発生するから、舟をこいでいるドライバーを叩き起こしてくれる。そもそもシフトレバーをギコギコやっているうちは体にも脳にも刺激が入るから、眠気を誘発しにくい。高速に乗って6速固定のクルコン、みたいな運転の場合はどうしようもないが...
免許の区分に関係なく、運転中に思考が鈍る事態は避けねばならない。AT限定ではこの部分が問題になりやすい。運転中の突然の眠気などはどうしようもない(眠気の発生自体は根絶しようがない)が、MTに関する座学および実技教習は、教習の区分とは無関係に実施してもらいたい。先進技術は過去の技術を土台として生まれるのだから、MTのようなプリミティブな機構を理解することは決して無駄ではない。どころか先進技術を理解するための助けになる。
色々書いたが、個人的にはAT限定のドライバーがただちに危険運転をするとは思わない。むしろ逆で、今この時代にわざわざMTを選択するような人間の方にこそ、何をしでかすかわからない危険性・変態性を感じる。MT乗りはスポーツ走行が好きな連中も多いだろうから、法定速度をガン無視したり、峠を攻めたり...ちょっと前にマジキテル連合の一件が問題になったが、変にMTを乗り回す連中の方がAT限定ドライバーよりもよっぽど危険ではないか?
昔ならいざ知らず、今はどこを取ってもATはMTを凌駕してしまう。MT派の立ち位置はまさに砂上の楼閣である。国産スポーツカーの雄として長い歴史と高いブランド力を有するGT-Rでさえも、最後にはMTを切り捨てた。AT技術の進化とMTの衰退を端的に表している事例である。現在では教習所でのMT教習時限も大幅に削減されてしまったし、世界はEV化へと舵を切っているし、MTに乗ることはますます困難になるだろう。しかし繰り返しになるが、ドライバーの思考力は利便性と反比例するように低下するリスクを抱えている。車をただの移動手段としか見ていない人もいるだろうが、自分がアクセルやブレーキを踏むとき、あるいはハンドルを切るときに、各パーツがどう反応して車全体がどう動くのか、自分の車と他の車の挙動はどう違うのか...免許を有し運転する限りは決して放棄してはいけない思考である。思考放棄ドライバーの割合は、MT派よりもAT派に多いだろうということは想像に難くない。
ATは基本的に、なにもせずとも車が進んでいく。なにもしなくても車が進んでしまうとも言える。それは確かに便利なのだが、人間は時に利便性を度外視して楽しさを求めたくなる生き物だ。素人が手間暇をかけてつくった料理は冷凍食品にすら及ばないかもしれないが、単純な味の優劣だけでは語れない満足感がある。生成AIは短時間でクオリティの高いイラストを出力するが、画材や構図やシチュエーションについて、悩みに悩んで生み出した手描きの絵を眺めることでしか得られない感覚がある。令和の時代にMTに乗るという選択は、理屈だけ考えれば全く筋が通っていない。だが筋が通っていないことは、不正解だということにはならない。シフトレバーとクラッチペダルを操るあのドライビングフィールは、ATでは決して味わえない。
だからATが好きならATに乗ればいいし、MTが好きならMTに乗ればいい。本当にたったこれだけの話のはずなのだが...お互いもっと柔軟に考えようぜと思わずにはいられない。そうすれば無駄な論争も発生しないのにね。
今年で38歳になった。未婚、彼女なし。仕事はそこそこの中堅で、出世コースからは外れたがクビになるほどでもない。
進学、就職、20代の恋愛。そういう人生の「大型イベント」はもう全部終わってしまったのだと。
結婚も子育ても、この年齢と年収(と自分の気力)を考えたらもうないだろう。
待ち受けているのは「親の介護」「親の葬式」「自分の老化」そして「死」だけ。
あとはこの平坦で薄暗い下り坂を、現状維持のためだけに毎日8時間労働しながら、あと40年近く歩き続けるだけだ。
「老後資金が足りない」とかそういう次元の話じゃない。「生きる目的」というエンジンが完全にガス欠しているのに、車だけが惰性で坂道を下っている。
みなさん、歯間ブラシを使っていますか。
歯間ブラシを知っている方の大半は知らない方へ勧めることでしょう。
ただ私はそれでも歯間ブラシを使いたくありません。
なぜなら「怖い」からです。
例えば私は包丁が使えません。
使ったこともありますし、乱切りなどもできます。でも使えません。
なぜ使えないのか、怖いからです。
足元に落ちて刺さったらどうしよう。
指を切ってしまったらどうしよう。
一度でもそう考えてしまうと、とんでもないストレスがかかり苦しくなります。
ある種の強迫観念かもしれません。
これが歯間ブラシにも感じてしまうのです。
引っかかって歯が抜けたらどうしよう、と。
ちなみに他に私は自転車、段数の多い階段、坂道なども似たような理由で苦手です。
「〜したらどうしよう」で強い負荷がかかり頭痛なんかもやってきて、もうそれはやるもんかと思いますよね。
でもやったほうがいい。
多くの人が気にせずやる。
歯間ブラシをやってない人をノリでいじる人もいるくらいです。口が臭いんだろうな、みたいな。
その言葉に傷つきながらもそれよりもひどいストレスがかかるためにやれない。
もう歯間ブラシなんかしなくても健康でいられる世界なら良かった。そう投げやりに思うのです。
それに対する感情を自分にとってはなんでもないことで覚える人もいる、ということをイメージしてはいかがでしょうか。しなくてもいいですが。
以上駄文でした。
いや、その「宣言してるくせに実際そういう映画じゃない」っていう前提自体がちょっとズレてるんだよね。
ラ・ラ・ランドって、最初から最後まで歌い倒す“純ミュージカル”やりますって約束してる映画じゃなくて、「現実と夢のあいだを行き来するラブストーリー」をミュージカルの文法“も”使ってやります、ってタイプの作品なんだよ。
「一番盛り上がるのがバンド成功してエマ・ストーンが複雑な顔してるとこじゃん」ってのは、まさにその通りで、あそこが物語的クライマックスだからだよ。
盛り上がりのピークを“歌って踊って大団円!”にしないで、成功と引き換えにすれ違っていく現実のほうに置いているからこそ、あえてミュージカルを全面には出してない。
むしろ「ちゃんとドラマの山場はドラマで見せて、ミュージカルは内面とか理想の世界を見せるために限定的に使う」という設計になっている。
「夢追い人の渋滞だけミュージカルやって、あとは持て余してる」というのも、使い方の目的が違う。
冒頭は「この街にはこういう夢追い人がいる」という世界観の提示と、「現実が一瞬だけミュージカル的に跳ね上がる」というルール説明。
そのあとは、
みたいに、「現実そのもの」じゃなくて「心の動きとか、叶わなかったバージョンの人生」を見せるときだけ、ちゃんとミュージカルを使っている。
だから、「全編を通して均等にミュージカルをばら撒いてない=持て余してる」って判断は、そもそも評価軸が違うだけなんだよね。
あなたは「ミュージカル映画って名乗るなら、常に音楽が主役でしょ」という期待で見ているけど、この作品は「音楽はあくまで感情と幻想を膨らませるための道具で、主役はミアとセブの選択」として作られている。
その意味では、「宣言通りに“ミュージカルを演出として”使い、でも物語の主役は音楽じゃない」という、かなり一貫したやり方をしていると言えると思う。
用事があって2時間ぐらい散歩してたら、Apple Musicで昔お気に入りに登録していたけど、スッカリ忘れていた『明日ちゃんのセーラー服』のアニメOP『はじまりのセツナ』が流れた。
コレ、友人関係男女関係に留まらず、理想的で健全な国際関係の歌だと思った。「はじまり」と「建国」も重なって観える。
以下、歌詞。
まだ何も知らない同士なのに
どうしてなの? もう君のことが好き
君に思っていたの 密かにずっと
話さえぎるチャイム 夕日に染まる君
"bye bye”って言いたくない
まだ何も知らない同士なのに
どうしてなの? もう君のことが好き
大きく手を振る 君がとても綺麗で
振り返すことも忘れそうだよ
どうしてなの? もう君のことが好き
相槌を打ってる君の瞳は
次々に溢れて いっぱいになる
息を切らして 駆けあがる坂道
心を追い越して 身体がはしゃいでる
今がほら 素敵すぎるからだよ
どうしてなの? 嬉しい気持ちなのに
涙が出ちゃうな
今がほら 素敵すぎるからだよ
どうしてなの? 嬉しい気持ちなのに
涙が出ちゃうな
まだ何も知らない同士なのに
どうしてなの? もう君のことが好き
ずっと続いて セツナ
以上。誰か一人でも興味湧いたら聴いてみてね。
### プロローグ
大阪の喧騒がまだ眠りにつかない夜、鶴橋の路地裏でニシガミ・マコトは生まれ育った街の匂いを嗅いでいる。在日朝鮮人の血筋は、彼の人生に影を落としているが、それを表に出すことはない。本業は非公開とされ、YouTuberを副業と称しながら、実際はノマドワーカーとして生きている。チャンネル名「交通系動画/マトリョーシカ」で知られ、視聴者からは「マトくん」と呼ばれ親しまれている。口癖の「シーキビ」は、厳しい状況を笑い飛ばす彼のトレードマークだ。
大学生時代から始めたYouTubeは、瞬く間に人気を博す。毎日数レグのフライトをこなし、LCCからファーストクラスまで乗りこなす姿に、視聴者は憧れを抱く。荷物は常にリュック一つ。思いつきで飛び立つ自由奔放さは、ジャンケンで負けて即座に海外へ向かう動画で象徴される。「ジャンケンで負けたんで、これからiPhoneと充電器だけ持って韓国行ってきます。いやもうありえないんですけど(笑)」そんな軽いノリがファンを増やす。ワンワールド、スターアライアンス、スカイチームの上級会員資格を持ち、今年はデルタ航空のステータスを目指す。空港でのラウンジホッピングは彼の楽しみの一つだ。
しかし、その裏側には闇がある。資金源を疑問視するコメントが絶えない中、彼の本業はキャッシュカードやクレジットカードを使ったマネーロンダリングと海外への違法送金だ。反社団体が考案したスキームで、多くの大学生が同様に「旅行系YouTuber」に仕立て上げられる。依頼主から渡されたカード類だけを持ち、海外で現金を引き出し、手渡す。記録が残らず、税関の目を逃れる完璧な仕組みだ。北朝鮮への送金目的で生まれたこの方法は、外為法や経済制裁をくぐり抜ける。航空会社は気づいているが、黙認する。彼らは無料の広告塔として機能し、「修行」ブームを巻き起こすからだ。
2026年の幕開け。ネットの善良な市民たちが動き出す。観光ビザでノマドワークを続ける彼らの違法性を告発する声が高まる。マコトはまだ捕まっていないが、風向きが変わり始めている。彼を知る者たちが、静かに網を張る。
ニシガミ・マコトは大阪の自宅で目を覚ます。朝の陽光がカーテンを透かし、部屋に柔らかな光を投げかける。大学生時代から変わらぬ習慣で、毎朝スマートフォンをチェックする。YouTubeのチャンネル「交通系動画/マトリョーシカ」の通知が鳴り響く。視聴者からのコメントが溢れている。「マトくん、今日も飛ぶの?」「資金源教えてよ!」そんな声に、彼は軽く笑う。「まあ、会社経営してるって言ってるやん。シーキビな質問ばっかやな」関西弁が自然に混じる。
今日は特別な日だ。2025年の終わりに卒業し、本格的にノマド生活を始めた彼は、初めての国際線動画を撮影する予定だ。荷物はリュック一つ。iPhone、iPad、充電器、そして依頼主から渡された数枚のキャッシュカード。表向きは旅の道具だが、これが彼の本業の鍵だ。反社団体からの指示で、韓国へ向かい、現金を引き出して指定の人物に手渡す。マネーロンダリングのスキームは完璧だ。入金された口座から海外ATMで出金し、手渡せば記録は残らない。現金を持たないので税関の目も逃れる。
関西国際空港(KIX)へ向かう電車の中で、彼は動画のオープニングを撮影する。「よし、みんなおはよう! マトくんです。今日はジャンケンで負けたんで、急遽韓国行ってきます。荷物これだけやで。シーキビやけど、楽しみやわ」軽快な喋りがカメラに映る。空港に着くと、チェックインカウンターでPeach Aviationのカウンターへ。LCCのエコノミークラスを予約する。PeachはLCCでアライアンス非加盟だが、彼のアメックス・プラチナでセンチュリオンラウンジを利用する。
センチュリオンラウンジに入ると、広々とした空間が広がる。メニューは豊富で、寿司コーナーでは新鮮な握り寿司が並び、温かい味噌汁やカレー、フルーツサラダが揃う。マコトはカメラを回す。「みんな見て! センチュリオンラウンジの食事。寿司が旨いわ。シーキビなスケジュールやけど、これで元気出るで」寿司を頬張りながら、視聴者に説明する。ラウンジのソファに座り、iPadで動画のラフ編集を始める。パソコンは持たない主義だ。すべてモバイルで完結する。
搭乗時間になり、Peachのフライトで仁川国際空港(ICN)へ。機内ではエコノミーシートに座り、窓から大阪湾を眺める。着陸後、韓国での仕事が始まる。指定のATMでカードから現金を引き出し、ソウルのカフェで待ち合わせの男に手渡す。すべてスムーズに終わる。「よし、任務完了。次は動画のメインや」彼は思う。仁川空港で散策し、動画を撮影する。パラダイスシティのカジノエリアや、免税店を回る。夕方のフライトで帰国する。帰宅後、動画をアップロードする。「韓国日帰り! LCCでシーキビ旅」タイトルが視聴者を引きつける。
しかし、夜の自宅で彼は考える。大学生時代からこのスキームに巻き込まれた。北朝鮮ルーツの縁で、鶴橋の知人から紹介された。最初は旅行の資金源として魅力的だったが、今は抜け出せない。視聴者の疑問コメントが増える中、彼は笑顔を保つ。「本業は会社経営やで。ノマドワーカーやから、自由なんよ」だが、心の中ではシーキビな現実を感じる。この旅は、彼の二重生活の始まりを象徴する。毎日数レグを飛び、表のYouTuberと裏の送金人を演じる。関西弁の軽快さが、闇を隠す仮面だ。
大学生時代の初フライトは国内線だった。伊丹空港(ITM)から羽田(HND)へ、ANAのエコノミークラス。スターアライアンスのステータスを初めて意識した時だ。ANAスイートラウンジで、軽食のサンドイッチやコーヒーを味わい、興奮した。そこから国際線へ。初の海外は台湾桃園国際空港(TPE)で、チャイナエアラインのダイナスティラウンジ。スカイチーム所属で、デルタのステータスで利用した。メニューは点心やヌードルバー、トロピカルフルーツ。動画で「シーキビ旨い!」と叫んだ。あの頃の純粋さが、今の闇を際立たせる。
今日の韓国旅も、似た興奮がある。次はヨーロッパか。思い浮かべるだけでワクワクするが、裏の仕事が付きまとう。リュックの中のカード類が、重く感じる夜だ。
マコトは成田国際空港(NRT)の喧騒の中で、リュックを肩にかける。今日はスターアライアンスの旅。ANAのビジネスクラスでシンガポール・チャンギ空港(SIN)へ向かう。チャンネルの動画企画は「ラウンジホッピング in アジア」。視聴者からは「マトくん、いつも豪華やな!」のコメントが。笑って返すが、本業の送金任務が絡む。依頼主から渡されたクレジットカードで、シンガポールでの引き出しを予定する。
出発前にANAスイートラウンジへ。メニューは和食中心で、天ぷら、うどん、デザートの抹茶アイス。カメラを回す。「みんな、ANAラウンジの天ぷら! シーキビ熱々やで。旅のスタートに最高やわ」人当たりの良い喋りが、ファンを掴む。ラウンジでiPhone編集をし、搭乗する。
機内ではビジネスクラスのフルフラットシートでくつろぐ。シンガポール到着後、チャンギのシルバークリスラウンジ。メニューはラクサやチキンライス、トロピカルジュース。動画撮影後、街へ。ATMで現金引き出し、指定のバーで手渡し。記録なしの完璧さ。
帰路はシンガポール航空のエコノミーでクアラルンプール国際空港(KUL)経由。マレーシア航空のゴールデンラウンジで、メニューはナシレマッやサテー。動画で「シーキビスパイシー!」と笑う。クアラルンプールからJALで帰国する。旅の間、本業のストレスを旅で紛らわす。
鶴橋の過去、北朝鮮ルーツの影。視聴者の疑問が増え、「資金源は?」のコメントに「会社経営やで」と返すが、心は重い。次はデルタのステータス修行。スカイチームを目指す。
シンガポールの街並みは賑やかだ。チャンギの庭園や、街のナイトマーケット。取引の緊張感、汗ばむ手。帰宅後の編集作業、iPadで夜通し。ノマドの自由と闇の狭間。鶴橋の知人から連絡が入り、次の任務を告げられる。動画の再生回数が伸び、喜びと不安が交錯する。
### 第3章:スカイチームの野望と潜む罠
マコトは羽田空港(HND)のターミナルで、リュックを調整しながらチェックインを待つ。今日はスカイチームの旅の始まりだ。デルタ航空のビジネスクラスで、アトランタ・ハーツフィールド・ジャクソン国際空港(ATL)へ向かう。今年の目標であるデルタのステータスを目指すための「修行」フライト。動画タイトルは「アメリカ横断ラウンジツアー! デルタでシーキビ旅」。視聴者コメントはすでに活発で、「マトくん、デルタのラウンジどんな感じ?」「また日帰り?」という声が。軽く返信しつつ、リュックの中のカード類を確認する。アメリカでの送金任務が待つ。
出発前に、デルタスカイクラブへ向かう。羽田のデルタスカイクラブは、広々とした空間で、メニューはアメリカンスタイルの朝食が中心。バーガーやホットドッグ、フレッシュサラダバー、フルーツジュースが並ぶ。マコトはカメラを構え、「みんな見て! デルタスカイクラブのバーガー、シーキビジューシーやわ。アメリカ行く前にこれ食べて気合い入れるで」動画を撮影しながら、一口かじる。ラウンジの窓から滑走路を眺め、iPadで過去動画のコメントをチェックする。資金源を疑う声が増えているが、無視して笑顔を保つ。
搭乗し、デルタのビジネスクラスシートに座る。フルフラットベッドで太平洋を横断する長時間フライト。機内食はステーキやパスタを選び、ワインを味わう。動画の機内レビューを撮影する。「デルタのビジネス、シート広々でシーキビ快適やけど、寝て時差ボケ対策やな」アトランタ到着後、すぐに街へ移動する。指定のATMで現金を引き出し、ダウンタウンのカフェで待ち合わせの男に手渡す。緊張の瞬間、周囲を警戒しながらの取引。汗が背中を伝うが、笑顔で終える。
次は国内線でロサンゼルス国際空港(LAX)へ。デルタのエコノミークラスだが、上級会員特典で優先搭乗。アトランタのデルタスカイクラブで待ち時間を利用する。メニューは南部風で、フライドチキンやコーンブレッド、ピーチコブラーなどのデザート。動画で「アトランタのスカイクラブ、チキンシーキビ旨い! 南部魂感じるわ」撮影後、フライトする。LAX到着後、デルタスカイクラブへ。LAXのクラブはハリウッド風で、タコスやナチョス、トロピカルカクテルが特徴。カリフォルニアロールやアボカドトーストも並ぶ。「みんな、LAXのタコス! シーキビスパイシーでカリフォルニア気分やで」カメラを回す。
ロサンゼルスでの散策。ハリウッドサインを遠くに眺め、動画素材を収集する。夕方、ヨーロッパ経由の帰路へ。アムステルダム・スキポール空港(AMS)で乗り継ぎ。KLMのクラウンラウンジを使用する。メニューはオランダらしいチーズプラッターやヘリングのピクルス、ストロープワッフル。温かいスープやサンドイッチも豊富だ。「アムスのクラウンラウンジ、チーズ多すぎてシーキビ幸せやわ」動画を編集しながら味わう。アムステルダムの運河を少し散策し、取引の余韻を振り払う。
この旅の間、北朝鮮ルーツの記憶が蘇る。鶴橋の路地で過ごした幼少期、桃谷のコミュニティでの秘密の話。反社団体のスキームが北への送金から始まったことを思い出す。ネットでは、善良な市民たちの告発運動が静かに広がり始めている。同類のYouTuberの観光ビザ違法が話題に。マコトは気づかず、動画をアップする。「アメリカ修行完走! ラウンジ満喫」再生回数が伸びるが、疑念のコメントも。「本当に会社経営?」「ノマドビザ持ってるの?」心がざわつく。
アトランタの街並みは蒸し暑い。取引時のカフェの喧騒。LAXのビーチ近くの散策、波の音と日没。アムステルダムの自転車だらけの街、運河のボート。編集作業でiPadのバッテリーが切れかかり、充電しながらの苦労。鶴橋の知人からメールが入り、スキームの継続を促す。内省の時間が増え、二重生活の重さを思う。視聴者とのライブ配信で、関西弁混じりの軽快トークでごまかすが、心の闇が深まる。
マコトは成田空港でJALのカウンターに並ぶ。今日はワンワールドアライアンスの旅。JALのファーストクラスでロンドン・ヒースロー空港(LHR)へ。動画企画は「ヨーロッパラウンジホッピング! 豪華シーキビ編」。リュックにカードを忍ばせ、英国での送金任務。視聴者コメントは「マトくん、ファーストクラス羨ましい!」「資金どうしてるの?」増える疑問に、「会社 Permalink | 記事への反応(0) | 19:22
そして、相変わらず特にやることがない いい歳をして恥ずかしい限りである
読みかけの小説を片付けるのもいいが、平日の隙間時間に出来ることを休日にやるのもな・・・・
なので美術館に行くことにする。徒歩で。
出かけるのを決めたのは良いが、なかなか億劫だ。トロトロと支度をする
古い日記を歌ってた中学生、良かったな エレカシの大学生も良かったぞ。彼は不合格だったみたいだけど
推理小説の書評が載っていた タイトルはダサいと思ったが、内容は面白そうだ
いつか読むかもしれない。いや、多分読まない
このコンビニは雑誌類が充実しているので、末永く続いて欲しい。
ニュートンとかここでしか読んだことない。パラパラめくる程度だけど
だいたいは親子連れとかが遊んでいるが、今日は誰も居なかった。
せっかくなので、鉄棒で懸垂をしてみる。
割と本気を出してみたが、一度も顎まで体を持ち上げることが出来なかった。中学生の頃から変わっていない
悔しかったが、無理をしたら腕を痛めそうなので諦める。
そもそも自分の年代で、適正な懸垂の回数っていくつなんだ?0回で正解の可能性も無きにしも非ず
こちらは結構、賑わっていた 凧揚げしてる人を久々に観た気がする
広場の奥では、七五三なのか、ウェディングフォトなのかよくわからんが、
盛装した夫婦とお子さんが、プロっぽい人たちに写真を撮られていた
2人の会話が聞こえてきたが、旦那さんの相槌があまりにやる気が無くて面白かった
1400円って高ぇな、といまだに思っている
が、物価が何もかも値上がりしているのに今のところ据え置きであることを考えると、
実質値下げしてくれているのかもしれない。今のところはだけど。
企画展は「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」らしい。
入場して早々に、かなり後悔する。
やたらと暗く、陰鬱な画が並んでいる。辛い。
おい、中吊り広告のポスターと大分印象が違うぞ。騙しやがったな
奥をチラ見すると、多少は明るい色調が見えていたので変わってくると信じて観ていく
解説を読むと、ルポルタージュがどうのこうので、文学の手法を絵画に応用したとかどうとか。
うん、興味ない。つまらん。
「いっそ、便器がいくつ出てくるか数えてみようか」と頭を過ったが、辛すぎるのでやめておく
「お、ようやく陰鬱な画が終わるのか?」と思ったが、描かれているのは真っ赤な便器だった。
解説の文章に「セーラー服と蒸気機関車」みたいな文言があって、明らかに「セーラー服と機関銃」を意識してるよな・・・・と思ったが、どうなのだろう
しかし、こいつはまともに人物を描きやがらねぇ 一つ目だったり、首が伸びたり。何なんだ
セーラー服のマネキンが現れたのはちょっと面白かった。絵画じゃなくて、立体のマネキンが絵を眺める構図で置いてある。
あのマネキン、目元に何か文字が書かれていたんだけど、双眼鏡を装着しているせいで何が書かれているのかわからなかった。気になる。
それと覚えているのは、漫画やら動画やらの表現を取り入れた作品だったか。
ズームを表した連作?は時間も経過しているのかと間違い探しをしてみたが見つからなかった。つまんねぇぞヒロシ
途中、土方巽とやらの舞台の映像があったけど、退屈というか不快だったのでチラ見して通り過ぎる
ヒロシの作品は観終わったので、もう一つのおまけの企画展?を見ていく
デカくてカラフルで、ヒロシとは対照的なヤツが多かった気がする
なんか観たことあるなーと思ったやつは、石田徹也なる人の奴だった
ついでに常設展の地獄の門を観に行く。何度も観ているので通り過ぎるだけ。
掲示を観てみると、何やらVtuberが絡んだイベントなのか、音声解説なのかをやってるらしい。その関係か?
よし、満足した。帰ろう。
絶筆がどうのこうのと言っている。死にそうなのか?ヒロシ。元気そうだし、もっと頑張れよ。
たい焼きを買いたくなるが、我慢する。代わりに、スーパーで今川焼を買おう。
昔の漫画だとラスボス戦で主人公以外は戦力外になってしまうのが常だったじゃん。代表的なところではドラゴンボールとかダイ大とか、あと団体戦を中心に描いてきた封神演義とかも最後はそういう作劇になったのが印象的だった。
ここが鬼滅とか呪術みたいな最近の漫画だと味方メンバーもラスボス相手にそこそこいい戦いするのが定番で、面白いけど俺はなんか納得いかないんだよな。ぶっちゃけ宿儺って虎杖いなくても真希と釘崎と五条と乙骨(と秤)がいれば勝てるよね。ワートリとかもどんどんキャラを粗末に扱えなくなっていって同じような感じになりそう…
これは最近の読者は悟空とか炭治郎みたいな覚悟決まっちゃった狂人キャラになんか感情移入できなくて、理解できるキャラの活躍を見たくなるからじゃないかな。そこを対策して修とか坂道くんみたいに弱さを持った主人公像を構築しようとしても、連載が長期化すると彼らもどんどん覚悟決まっちゃっていくから、読者はろくろうとか手嶋先輩みたいな萌えキャラの活躍を求めてしまうのだ。
こわい夢で目が覚めた
さっき見た夢は、家の隣の坂道になった通路に男がいて、その男に職務質問をしようとパトカーが一台やってきて、しばらくすると怖そうな見た目の男2人の乗ったトラックがパトカーを後ろから押して突き進むのが見えて
流石に不審なので警察に電話しつつ様子を見ると最後の男2人が警察と最初にいた男を惨殺してた
警察ですか?と聞くとまぁという答え
セキュリティ?と聞くと似たようなもんですと答え
警察と電話しててもらちがあかなくて怖くなり走って逃げたら追いかけてきた
走ってる自分がおばさんになり超スピードになりやがて空を飛んだら雪が吹き荒れる夜の雪国の世界になっていた
飛んだまま家に戻るも男たちの姿は見えず、帰ったのかと思ったら狙撃された
居場所がわかったのでタカのように急降下してバットでおもいきり頭を殴ったらどうやら死んだようだ
家の中ではさっきまで走って逃げてた自分自身と老人の姿になった父親がいて、あらためて警察に電話しようとしてる姿があったが、自分自身の真後ろに生き残っていたもうひとりの男がしずかに大型ナイフをとりだし自分を殺そうとしていた
ナイフが振り下ろされ首元にかかろうとした直後右からおばさんの手がのびてきて手首を掴んでとりおさえ、父親がその手首をつかみ、ひねって男の首元に刺しこんで殺した
というところで目が覚めた
1番 ショート:(乃木坂)早川、演出家のパワハラをラジオ生放送で告発し卒業
2番 サード:(日向坂)正源司、渡辺が46時間TV生放送中にケンカ
3番 ライト:(乃木坂)岡本、未発表のMV流出その他にて活動自粛
4番 DH:(欅坂)平手、脱退。後追いで他数名卒業し、グループ改名へ
5番 ファースト:(乃木坂)掛橋、舞台から転落し顔面骨折。復帰せず卒業
6番 センター:(乃木坂、櫻坂)池田、東京藝大に受かる。櫻坂に京大生が加入
7番 レフト:(櫻坂)漫画・ハンターハンターにメンバーが書かれる
9番 キャッチャー:(乃木坂)弓木、ペンと叩いたらギンギンになってしまう動物は?というなぞなぞを発表
中継ぎ:(櫻坂)松田、ネプリーグで「(犬も歩けば)棒にあなる」と回答
抑 え:(乃木坂)中西、加入直後にセンター抜擢されるも過去のTwitterアカウントが流出し活動自粛。MVも中西なしVerが作られる。