はてなキーワード: 口論とは
参政党の選挙カーで「素人の人」(候補者本人ではない一般の支援者や党員)が乗って演説している光景を見かけたということですね。
これ自体は**選挙的に基本的にOK**です。公職選挙法上、問題になるケースはほとんどありません。
選挙カーに乗れる人数は基本的に「候補者+運転手+車上運動員4人以内」(合計6人程度)ですが、停止して演説している場面では、応援弁士や支援者が一時的に乗って話すケースはよくあります。特に新興政党や草の根系の政党では、候補者以外の党員・サポーターが積極的にマイクを持つ光景が比較的多いです。
参政党は党員参加型・DIY型のスタイルを売りにしているため、候補者以外の人(党員や一般支持者)が選挙カーに乗って政策を熱く語ったり、応援メッセージを述べたりするシーンが他の政党より目立つ傾向があります。これは違法ではなく、むしろ彼らの特徴的な選挙スタイルの一つです。
### 注意点(違反になるケース)
見た光景が「停止して演説していた」のであれば、ほぼ確実に合法です。
「素人が演説してるなんて変だな」と思う気持ちはわかりますが、法律的には誰でも(選挙運動員として)応援演説できる仕組みになっているので、ご安心ください
選挙カーの上に乗っている人(候補者や応援弁士・党員など)が、下にいる人たちと**口論**(やり取り、応酬、言い合い)になっている光景は、選挙現場では**わりとよくある**ことです。
法律的には**基本的にOK**(違法とはなりません)ですが、**度が過ぎると問題になるケース**もあります。以下に整理します。
- 例:「それは違いますよ」「誤解です、こうです」などと応酬する。
- 選挙は**公開の場**なので、こうしたやり取り自体は公職選挙法で禁止されていません。むしろ、**有権者が直接疑問をぶつける**のは民主主義の健全な姿と見なされることもあります。
多くの選挙カー陣営は、口論が長引くと「時間です、次行きます」と切り上げて移動します。
警察が近くにいると、両サイドに「落ち着いてください」と注意が入るのが普通です。
結論:
ただ、**暴力沙汰や妨害レベル**に発展したら即アウト(逮捕リスクあり)なので、現場ではほどほどに抑えるのが暗黙のルールです。
見た場面が「ただの言い合い」くらいなら、気にしなくて大丈夫ですよ。選挙期間中はああいう熱いやり取りが日常茶飯事です。
警察官の出動による**市民負担(税金コスト)の推定**について、具体的な公式数字は公表されていません。警察の警備出動は通常の公務(秩序維持・犯罪防止)として扱われ、イベントや選挙のような個別ケースで「1回あたり何円」と細かく算出・公表されることは稀です。特に選挙中の街頭演説トラブルは、候補者の選挙の自由や公衆の安全確保のための出動なので、**警察予算(国・都道府県税から)**からまかなわれます。
ただし、**一般的な推定値**で計算すると、以下のようになります(主に総務省・警察庁データや公務員人件費の目安に基づく)。
- 選挙期間中の超過勤務手当(特殊勤務手当など)が加わると、さらに上乗せされる可能性あり。
- **演説1回が短時間(例: 30分〜1時間)で、警察がその時間だけ対応** → 時間按分で数万円程度(例: 4人×1時間で約1〜2万円)。
- **一日中出動(演説前後で待機・警戒態勢)** → 上記の**12〜20万円/日**がまるまるかかる。
選挙期間中(公示から投票日前日まで、通常2週間程度)で毎日複数回の演説があれば、**累計で数百万円〜数千万円規模**になる可能性もありますが、これはあくまで推定。実際は警察署の通常勤務内で吸収される部分が多く、特別予算が組まれるわけではありません。
### 注意点
結論:**一回の演説あたりで数万円〜20万円程度の税金コスト**が目安ですが、正確な額は警察庁や自治体にしかわかりません。もし気になるなら、地元自治体の議会で「選挙トラブル時の警察出動経費」について質問してみるのが一番確実です。選挙は熱くなりますが、みんなの税金がかかっている以上、双方が節度を持ってやるのが理想ですね。
あおちゃんぺは元アイドルでインフルエンサーとかコメンテーターとかやっている女性だ
暇空騒動では暇空の側につきcolaboを批判し、フェミを嘲笑していた
そんな彼女に転機が訪れる
人気グラドルやAV女優やカリスマ夜職嬢が集まるタイプの撮影会は都内や千葉では締付けが厳しく埼玉がユートピアになっていた
民間施設のハコの中でやる分には許されるが、開放的な公園で許可してくれるのは埼玉ぐらいだった
現場では前張りなしで水着をはだけ中を見せる者や、規約では18歳以上しか参加してはいけないが文面上だけの形骸化したルールなので女子中学生も水着姿を披露しており
「そろそろお取り潰しになりそうw」と以前から写真付きでSNSで話題になっていた
また中止騒動の直前の撮影会では、撮影の横で作業をしていた公園整備のおじいさんが、
邪魔だとカメコ集団に罵られ口論になり「お前らのことを通報する」と言われる事件が起きていた
以前からSNSでヤバイと言われていたせいか、おじいさんの怒りが関係したのか
誰が議員に陳情したのかはわからないが、共産党議員が市民の通報をもとに猥褻児童撮影を理由に公園にクレームを入れ、急遽撮影会は取り潰された
あおちゃんぺは以前から共産党アンチなこともあり、この事態に激怒した
彼女も水着撮影会をたまに個人的に開催しており、水着になってなにが悪いのだと主張した
こうして、あおちゃんぺは肌を晒して稼ぐ者の代表者となり、水着撮影会中止抗議デモを開催した
インフルエンサー、グラドル、AV女優、夜職、肌を晒す職業の様々な女性が集まるキラキラデモになるはずだった
水着撮影会のファンはおっさんが多いので考えてみれば当然のことだ
だが、あおちゃんぺは「女性の立場から女性の露出を肯定するキラキラデモ」「カメラ映え抜群でネットやテレビで話題に」というのを想定していたのだろう
現実は正反対の、「おっさんが女の露出を求めるギラギラデモ」「カメラ映え最悪でテレビに流されずネットでバカにされる」という仕上がりだった
集まったキラキラ女子たちはおっさんの波に飲み込まれてろくに見えなかった
そしておっさんに取り囲まれたキラキラ女子たちはめちゃくちゃ痴漢されたと不満を訴え体調を崩し途中離脱する者も出た
フェミを冷笑し脱ぐのも売るのも女性の権利でしょ?なあおちゃんぺはどこへやら、フェミそのものになった
今では性犯罪を批判したり、ネット上の男女対立で女側について自論を述べるタイプの論客となった
Z世代について。
「つまらなそうに仕事してる。もっと元気にやろう」とある先輩に指摘されたZ世代の新人が
「いやぁ…そもそも僕本当に仕事ってものが嫌いなんですよ」と正直に返したところそこそこ大きな揉め事になってました。
先輩のほうは「そんなに仕事嫌いなら辞めちまえ!!」と一喝したいほど頭にきたようですが、パワハラにならないよう気を遣いながら
「自分がやりたいことだけやって稼げる手段増えてるからそういうことやれば?野球YouTuberとか釣り系YouTuberとか」
と言ったところ新人は
「仕事が嫌いという性質によって会社に損害与えたり周りに迷惑をかけたとかじゃないのにそんなこと言われる理不尽じゃないですか?」
正直傍観者の私としては
と多少の感慨すらありました。
「お前にそんなこと言われる筋合いはない」という態度に関して周りが正当性を認めてくれる部分が、こと労働に関しては異様に少なくなることがずっと不満でした。
たとえば、人生において婚姻や子作りをどうするのかという判断なんかはもはや「俺の勝手だ。周りは黙れ」は田舎でもない限りは大多数の人が正当性をそこに認めます。
でも、労働に関しては未だに「僕は仕事というものが嫌いです」という白状すら結構問題になる有様です。
なのでZ世代の新人にまつわるこの揉め事にワクワクしてしまっているのですが、皆さんはどちらが正しいと思いますか?
また、これで万が一、弊社の従業員に対する寛容度がZ世代仕様に変わっていくとしたら職場環境は良くなっていくと思いますか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13297983488
にわかに鉄のドアを強打する音あり
騒音、やむ
階段を下りて一階まで行ってみると、扉に磁石でくっつけた手製の表札が剥がれ落ちていた
配管開きの鉄壁に貼る
もし、そこが騒音の元なら、要介護老人とその世話をしている人が住んでいる部屋なので、ポータブルトイレのセットをしていたものと思われる
そして、ドアを強打する音が、ドアを蹴って出したものならば、やったのはまちがいなく二階に住んでる男だ
なぜそう言い切れるかというと、ドアを蹴飛ばす体力のある住人はウチとそこぐらいで、前にも同じようなことがあって階段を降りたところ一階と二階の踊り場でバッタリ会い、口論になって階段下へ突き飛ばされたので警察を呼ぶからなと家に戻ったら外から家のドアをバッコンバッコン蹴っ飛ばしてきたからだ
下の階の家に介護ヘルパーが来ればウルサイと怒鳴り込み、隣の家には洗濯機を使うなと怒鳴り込み、上の階の家には歩く音がうるさいと怒鳴り込む
そんなに物音が気になるなら、何を好き好んで築50年のオンボロ公営団地に入居してきたのやら
フリードマンの理論に忠実に日本経済を眺めれば、この結論は感情論でも陰謀論でもなく、単なる算術の帰結にすぎない。
貨幣は実体経済の上に外生的に価値を持つのではなく、供給量と需要、そして期待によって価値が決まるという貨幣数量説を出発点に置けば、インフレは常に貨幣的現象であり、財政赤字の規模や美辞麗句でごまかせる問題ではない。
日本は長年、国債発行で歳出を賄い、それを中央銀行が事実上吸収することで低金利と安定を演出してきたが、これは構造的には借金で借金を返すロールオーバーを続けているだけで、健全化ではなく時間稼ぎの自己放尿にすぎない。
合理的期待を持つ経済主体は、いずれ貨幣供給の増加が物価に転嫁されることを織り込み始める。
その瞬間、賃金交渉、価格設定、資産配分が同時に動き、インフレ期待が自己実現的に加速する。
政府は成長戦略を語り、日銀は出口論を先送りし、評論家は「日本は特別だ」と唱えるが、それらはすべて観測不能な奇跡に賭ける態度であり、フリードマン流に言えば政策当局自身の自己放尿である。
財政規律を失った国家が、インフレ税という見えない形で国民から徴収し、実質債務を薄めようとするなら、そのコストは通貨価値の毀損として社会全体にばらまかれる。
結果として起きるのは、財政放漫と金融緩和のダブル放尿であり、片方だけを批判してもう片方を免罪する態度こそが最も非科学的だ。
市場は期待で動き、期待は一度アンカーを失えば、理屈通りに暴走する。
日本経済が今立っているのは、奇跡を信じて延命するか、痛みを伴う調整で信認を守るかの分岐点であり、どちらを選んでも魔法はない。
新規就農者には年間150万円、最大5年間の支援がある。挑戦する人を支える制度として、この支援そのものを否定したいわけではない。ただ、現場にいるとどうしても思ってしまう。
なぜ、親元就農はこんなにも「支援が届きにくい」立場に置かれているのだろう。
親元就農というと、「すでに農地も機械もある」「家があるから楽」というイメージを持たれがちだ。しかし実際には、親元就農こそが一番、身動きの取りにくい就農形態だと感じている。
多くの親元就農者が直面するのは、高効率化をめぐる親世代との衝突だ。
今の農業は、労働力は減り続け、気候は不安定になり、体力任せのやり方は通用しなくなっている。だから若い世代ほど、作業を減らしたい、機械化したい、仕組みを変えたいと考える。これは怠けたいからではない。この先も農業を続けるための、現実的な判断だ。
ところが親世代は、そのやり方で「やり切れてしまった」世代でもある。
今さら変える必要はない、そんな投資は無駄だ、昔からこうやってきた。そう言われることは珍しくない。
結果として家の中で意見が割れ、口論が増え、家庭の空気が壊れていく。実際に、親と折り合いがつかず離農した人、家を出た人、農業そのものをやめた人は決して少なくない。
ここで誤解されがちなのは、これが「親ガチャ失敗」や「家の相性問題」に見えてしまう点だ。
しかし、同じ衝突が各地で繰り返されている以上、これは個人の運や性格の問題ではない。世代ごとに合理的な判断が違うにもかかわらず、その摩擦を吸収する制度や資金的なクッションが用意されていない、構造の問題だと思っている。
高効率化を進めようとしても、親元就農者には資金面の壁がある。
国には「認定農業者向け補助金」という制度があり、これは新規就農か親元就農かを問わない仕組みだ。だが現場の実感としては通りにくい。
理由は明確には示されないが、「すでに就農している」「家業として続いている」という立場が、評価されにくいのではないかと感じる場面は多い。
一方で、新規就農向けの支援は手厚く、外から見ても分かりやすい。制度上は別物であっても、現場から見ると**「新規には出て、こちらには出ない」**という印象を受けてしまう。
親元就農は、余裕ではない。
高効率化のための投資ができず、家の中はギスギスし、精神的にも消耗する。それでも「家があるから恵まれている」と見なされ、苦労は表に出にくい。正直に言えば、この状況で農業をやらない選択をしても責められないと感じる場面は少なくない。
今の支援制度は、農業の「入口」には光を当てるが、「更新」と「継続」には弱い。
特に親元就農は、離農率が低く、継続性が高く、現実的な担い手であるにもかかわらず、制度の中心から外れている。
新規就農支援が必要なのと同じくらい、親元就農が壊れずに続くための支援が必要だと思う。
高効率化のための投資支援、経営移行期のクッション、家族経営の摩擦を前提にした制度設計。これがなければ、若い世代は疲弊し、家は割れ、担い手は減り続ける。
親元就農は、余裕ではない。
むしろ、一番見えにくく、一番消耗しやすい場所だ。この現実を、「家の問題」や「親ガチャ」の一言で片づけず、制度の側にもきちんと見てほしいと思っている。
わいも長いこと実家に引きこもってたで。
ある日の晩、親からくすねた金で買った安い酒をひとりで飲んでたら
酒の勢いでタガが外れて、フルスイングで拳をこめかみに打ち込んでしまい、父親はその場で
倒れ込んで、耳から流れる出る血が床の上で池のようになってたの今でも覚えてる。
床の上で気を失って痙攣していた父親は自分が血の池のなかで倒れ込んでいるのを知ると、おれにむかって
大丈夫だ、大丈夫だから心配するな、と血が流れ出てる耳を押さえながらおれに語り続けた。
おれは耳鳴りがやまなくて、やっちまった、とうとうやっちまった、と体がガクガク震えて
風呂場にいってシャワーを浴びたけど、耳鳴りはずっと止まなかった。
当然、家にはもういられず、両親からまとまった金を渡され、家を出ていくことになった。
そこから肉体労働やったり派遣やったりいろいろあったけど、いまはなんとかなってる。
家庭をもってみようと結婚してみたけど、うまくいかずに離婚したけどな。
親との関係が良かろうが悪かろうが、はやく家でて経済的自立を目指した方がいいぞ。
実家が太いなら別だがな。
あの日から、わが家のリビングには「見えない壁」がそびえ立っていた。
夫の健一が突然、心を閉ざしたのは三ヶ月前のことだ。理由は些細な口論だった。私が彼の仕事のミスを軽く指摘したとき、彼は反論もせず、ただ静かに席を立ち、それ以来、必要最低限の言葉以外を発しなくなった。「おはよう」「いってきます」「夕飯、置いておくね」。それだけの、記号のような会話。
同じ屋根の下にいるのに、健一はまるで遠い異国の地に一人で住んでいるかのようだった。
そんな冷え切った空気を変えたのは、実家の母から届いた大きな発泡スチロールの箱だった。中には、見事なまでに立派なズワイガニが二杯。
「これ、どうする?」 私がそう問いかけると、健一は一瞬だけ箱の中を見て、「……食べれば」と短く答えた。
その夜、私はダイニングテーブルの真ん中に、大皿に盛ったカニを置いた。サイドメニューは、カニの旨味を邪魔しない程度の酢の物と、炊き立ての白いご飯だけ。
いざ、食事を始めたとき、私たちは気づいた。 「カニを食べる」という行為は、沈黙を武器にすることを許さないのだ。
カニを食べるには、両手を使わなければならない。スマホをいじる余裕もなければ、腕組みをして不機嫌そうな顔をする余裕もない。
健一が、ぎこちない手つきでハサミを手に取った。パキッ、という乾いた音が静かな部屋に響く。彼は慎重に殻を割り、中から透き通った身を取り出そうと苦戦していた。
「……あ」 彼が小さく声を漏らした。身が途中で千切れて、殻の中に残ってしまったらしい。 「こっちの細いスプーン使うと、綺麗に取れるよ」 私が自然にそう言って差し出すと、彼は一瞬戸惑ったような顔をしたが、「……サンキュ」と受け取った。
沈黙は続いていた。けれど、それは三ヶ月間続いていた「拒絶の沈黙」ではなく、**「集中による沈黙」**へと変化していた。
カニを食べるのは重労働だ。関節を折り、ハサミを入れ、身を掻き出す。その一連の動作に没頭しているうちに、私たちの間に流れていた刺々しい緊張感が、少しずつ解けていくのがわかった。
健一が、ようやく綺麗に取り出せた大きな脚の身を、私の方へ差し出した。 「これ、一番いいとこ。食えよ」
驚いた。三ヶ月ぶりの、業務連絡ではない言葉。 「いいの? せっかく綺麗に取れたのに」 「俺は次をやるから」
私はその身を口に運んだ。圧倒的な甘みと磯の香りが広がる。 「……美味しい」 「……ああ、美味いな」
その瞬間、ふっと空気が軽くなった。カニを食べる時、人は無防備になる。口元を汚し、指をベタベタにしながら、一心不乱に食らいつく。そんな格好の悪い姿を見せ合っていると、意地を張っているのが馬鹿らしくなってくるのだ。
食事が終盤に差し掛かる頃には、私たちは自然に会話をしていた。 「そういえば、昔も旅行先でカニ食べたよね」 「ああ、あの時はお前が殻を飛ばして、隣のテーブルのおじさんに当たりそうになったんだよな」 「ちょっと、そんなことまで覚えてなくていいわよ」
「……ごめん」 不意に、彼が言った。 「俺、ずっとガキみたいに意地張ってた。謝るタイミング、完全に見失ってて。……でも、このカニ剥いてたら、なんかどうでもよくなったんだよ」
カニの殻は硬い。けれど、一度割ってしまえば、中にはあんなにも柔らかくて甘い身が詰まっている。 人間も同じなのかもしれない。頑固なプライドという硬い殻を、一緒に汗をかきながら壊していく作業が必要だったのだ。
最後の一片まで綺麗に食べ終えた後、テーブルの上には山のようなカニの殻が残っていた。それは、私たちがこの数ヶ月間で積み上げてしまった「不機嫌の残骸」のようにも見えた。
「片付け、手伝うよ」 健一が立ち上がり、私と一緒に皿を運び始めた。
キッチンのシンクで洗剤を泡立てる。カニの匂いが消えない手を何度も洗いながら、私たちは明日の朝ごはんの話をしていた。
夫は「もとに」戻った。 いや、以前よりも少しだけ、お互いの「殻の割り方」を覚えた分、私たちは新しくなったのかもしれない。
ゴミ箱に捨てられたカニの殻は、明日にはゴミとして出される。 けれど、あの日冷え切った食卓に灯った小さなぬくもりは、きっとこれからの私たちを支えてくれるだろう。
「次は、何を食べようか」 「そうだな。カニは疲れるから、次はもっと簡単なやつがいいな」
・6:00〜
朝方に見た夢
私・父・兄・友人の4人で実家横の小道を歩いている。
どうやら、これから母方の叔父・叔母も加えた6人で、レストランにご飯を食べに行くらしい。
友人は私から散々兄の悪口を聞かされているからか、兄への態度が刺々しく、私も兄には優しくできないので私・友人 VS 兄で口論のようになり、いきなり雰囲気が悪い。
兄は、実家の片付けをしてくれている叔父と叔母に合流して、叔父の車に乗って後から来るということになった。
しばらく私・父・友人の3人でレストランへの道を歩く。
そのうち、空の雲行きが怪しくなる。傘を持って来ていないから焦る。
私は、3人分の傘を実家から取ってくるから、先に向かうよう父と友人に伝えて実家へと急ぐ。
実家への道の途中で、かえるとくまのぬいぐるみが落ちているのを見つける。雨に濡れたらかわいそうだと思って彼らを拾う。
実家(マンション)の階段を登る。2階で叔母とすれ違う。「掃除ありがとう」と声をかける。
4階で、踊り場の壁に真っ白な包帯で括り付けられている女の子と出会う。
迷ってから、やっぱり気になって「大丈夫?」と声をかける。彼女の右目を隠すように巻かれた包帯は少し血で汚れていた。
「私は大丈夫……」
私が答えると、女の子は壁と一体化したままにっこり笑った。
「え?そうなの?知らなかったよ」
「ね、観に行きなよ」
「雨が止んだら観に行くよ」
そんなやり取りをして、バイバイと手を振って5階に向かう。
「傘を取りにきたよ。それと、このぬいぐるみ家に置きたい」と言いながら階段を登り切った瞬間に、家のドアが内側から開く。
ドアの向こうから、嬉しくてたまらないような笑顔を浮かべた母が出てきて、そのまま抱きしめられる。
私は両手にくまとかえるのぬいぐるみを持っていたから一瞬困って、でもすごく嬉しくなってそのまま母を抱きしめ返す。
「どうしてここにいるの!?」
どうして母がいるんだろう!?母はもう死んでいるはずなのに……。
兄は母がいたことを知っていたみたいで、何か事情を説明してくれているけど、それどころじゃなくて話が全然耳に入らない。
ぎゅっと抱きしめてくれる母の体が温かい。嘘みたいに。
母は言葉を話さなかったけど、私が目を閉じている間だけ頭の中にゲームのテキストウインドウみたいに母の言葉が流れ出す。
『特別に今だけここにいられるの……』
『その特別な条件っていうのが……』
と、母も私に説明してくれようとしていたけど、やっぱりそれどころじゃない。
母を抱きしめて「ありがとう、ありがとう……」と言っているうちに目が覚めた。
・15:00〜
昼寝で見た夢
私は時間を朝だと認識している。確かに、部屋全体が明るくて暖かい。
目に見える場所には誰もいないけど、私は何となく、家に母がいるように感じている。
目覚めると、私は両親の寝室にいる。
私はほうきとちりとりで、ベランダから部屋に入り込んだ土を片付けている途中みたいだった。
ベランダの方に向けていた体を後ろに振り返ると、2つ並んでいたはずのベッドは1つになっていて、部屋全体がずいぶんすっきりとした印象になっていた。
私はなんとなく、この家にはもう母はいない気がすると思った。
ベッドの上では、父が眠っている。
私は、ほうきで土を集めながら眠っている父に話しかけた。
「朝はここにママがいた気がするのに、今はもういない気がする。なんでだろう」
「なにそれ。そんなの、すごく悲しい」
父のその反応で、この夢の中でも、現実と変わらず母はもう死んでいるんだと理解する。
「夢にママが出てきたんだよ」
夢の中の私が、確かに、現実の私が朝方に見た夢を思い出しながらそう言った。
「それは本当に夢のような話だ……」
まどろむように、少し寂しそうに父が言う。
半分眠って、半分起きているような父。
私は悲しくなって言う。
「本当は、パパももう死んじゃっているんだよ」
父は、何を言われてるのか分からないみたいにしばらく微笑んだまま首を傾げていた。
「パパが死んじゃった……」
私が、父が死んだことをなんとか伝えようとすると、父は何も言わないまま、眠たそうに笑いながらバイバイ、と私に手を振った。
それが悲しくて、私は泣きたくなりながら何度も、「もう頑張れない」とベッドの上の父に訴えた。
姿の見えない兄が、「母さんは本棚にいるんだ。住んでるんだ」とどこかで呟いているのが聞こえた後、目が覚めた。
・16:00〜
今年父が死んで、それに伴う手続きや遺品の整理に忙殺されるまま年末になってしまった
家族が誰もいない、一人ぼっちの正月を迎えるのはこれが初めてのことだから、少し前から寂しくて嫌だなと思っていた。
だから会いに来てくれたんだろうか?
すぐには釈放されない様だ。
全てに納得いかない。
妻は娘の同級生母(A)の自転車から買い物袋を盗んでしまったらしいんだけど
それをAと、知人のBに目撃されたらしく、口論になった様だ。
妻は「ちょっと荷物を間違えただけ、急いでいるからどいて」と言って、Aらに警告した上で自転車を走らせたが
何故かAが嫁の前に立ちふさがり転倒し、Bが「事後強盗の現行犯で逮捕する」と言って、そのまま
スーパーの警備員らまで呼ばれて身柄を強制的に拘束された上に警察を呼ばれた。
Aは手首の捻挫したらしいが、正直軽傷。この程度で強盗ってなるのかよ。
Bは警察官でもなんでもないただの専業主婦で、「現行犯で逮捕!!!」とかありえない。
しかも近所のスーパーの駐輪場で、A・Bらが派手に騒いだらしく、近所でも既に噂が出回ってるらしく鬱。
盗んだ荷物は目撃された時に返したというし、そもそもAが勝手に捕まえようとして勝手に怪我しただけで強盗ってなんだよ。
娘はもう学校にいけないし、俺も地元で自営業だから逃げられない。
家業にも影響が出るだろう。
AもBも同じ子持ちだぞ。
昨日の夢
母親と電話で口論していたら、強風が吹いて目の前を 猫が飛んでいった
慌てて追いかけると、土手の下の川に猫が流されている
なぜか水面に座ったままで溺れてる様子もないが、どんどん下流に移動していく
https://mez.ink/spongebobsquarepantswantedbgaudio
https://mez.ink/fathermothersisterbrotherbgaudio
母親と電話で口論していたら、強風が吹いて目の前を 猫が飛んでいった
慌てて追いかけると、土手の下の川に猫が流されている
なぜか水面に座ったままで溺れてる様子もないが、どんどん下流に移動していく
川に下りたいが、斜面が垂直で下りられそうなところがなかなか見つからない
なんとか下りていくと、下にいた近所の人らしきおばさま達が「あらら〜」などと言っているが、誰も猫を助ける様子がない
私が「この川浅いですか?」と聞くと、「浅いわよ」と言うので、思い切って飛び込んでみると水深1cmもなくて靴がちょっと濡れただけだった
猫は無事保護
近所の人らしきおばさまが、
「あら良かったわね〜」「ごめんなさいね〜、あたしたち◯◯◯だから(忘れた)」と助けなかった言い訳をしているのに若干イラッとした
ポケモンのカナリィでこれだから弱男向けゲーはとか言われ口論になってたがそこでポケモンは小学生男児が一番のターゲットだろと突っ込まれる。
実際今のプレイヤーの割合ってどんなもんだ。小学生すらもうスマポピコピコゲーしかしてないイメージがあるんだが小学生がどんな文化持ってるかなんて正確なことは子持ちとかせいぜい教師とかじゃなかわからんわけで。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251209181441# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaTfoggAKCRBwMdsubs4+ SK56AP0c2fWKc1nrXuUSQ5dVXgNh6DHlWCOnlmTautaIw2qx+QEA+ckNiV29zspc f9o5WVvrN08TFsGzQ53ZfA5Jt2wGnQs= =LZha -----END PGP SIGNATURE-----
ドローンの操縦の練習をしていたらドローンのコントロールがほとんど効かなくなり地面をのたうち回る。プロペラは回りっぱなしでむしろ音がより激しい。
おじさんがもう操縦せず止めた方がいいみたいに言う
そこで下降の入力をし続けて着陸態勢に入らせようとしたら操縦するなと言ってるだろと言われる
いやドローンってこうなったらバッテリー切れでもない限りひとりでには止まらないんですけど…
そういうすれ違いでくだらない言い争い
自分が口下手なのも悪いのかもしれないけども
よく言い分を聞くとドローンを手で拾わせるつもりで考えていたらしいことがわかるが、だったら最初にそう言えばこんな口論にならなくて済むじゃんとしか思えなかった
指示が曖昧すぎる。それともあくまで俺が発達障害であることの非なのだろうか
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251206021629# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaTP8hgAKCRBwMdsubs4+ SPCsAP9RthZ7+SKG1LKBaQ2mk9mLsKQ5SnO+JexLBLFKiqu7WAEA2tPMu9oRPJ50 kofTFuNL+asDRiJqqG1giFWll9A7KwY= =e4C8 -----END PGP SIGNATURE-----
一体俺は何を見せられたんや……27点。
ランボーじゃない映画として見るなら57点くらいつけられるかもしれないけどさ。
ランボーってこういう映画だったっけッて感じでめちゃくちゃ微妙な映画だった。
まずあいかわらずスタローンはよかった。前作のヒットを受けて作られた作品だからしょうがないけど、ランボーをやってるランボーみたいなカリカチュアされた感じが気にはなったけど、悲哀と怒りを顔で表現できるアクション俳優ってやっぱ貴重やなと思った。これがシュワちゃんとの違いだよね。あと身体全体が明らかにバルクアップしてて草。収容所で肉体改造に励んだのだろう。
次にアクションは……派手でよかったんじゃないかな、うん。サイレントキル、ド派手な銃撃戦、船、ヘリとレパートリーが豊富だし火薬マシマシで見てて楽しくはあった。でも今基準で見たら「昔のアクションってこんな感じだよね~」くらいの印象だったので特に加点対象にはならない感じ。
収容所で強制労働してるランボーがトラウトマンとCIAにそそのかされてまたベトナムに戻って捕虜の写真を撮るミッションにアサインされる。輸送機から降下する際にうっかり弓矢とナイフ以外の装備を失ったランボーは美人情報員と協力しながらいろいろあって写真撮らずに捕虜を救出。それを知ったCIAはランボーの救出を中止。敵地に取り残されたランボーはソ連率いるベトナム軍に捉えられるもなんだかんだあって捕虜と一緒に脱出。美人はうっかり死ぬも頑張ってアメリカ軍基地に戻ってM60を乱射するのだった。
ストーリー、見せ場のための強引な設定が多すぎる。
CIAはランボーに最新鋭の装備を渡すんだけど降下の際にベルトが機体に引っかかる。機体に引っかかってぶらぶらして「うわあああたいへんだぁ!」ってなってランボーはナイフで装備を切り離す。そしてランボーは弓矢とナイフだけ持って戦場を駆け巡るのだった。
そうはならんやろ。
超高度で飛行機に引っかかってブラブラする危機的状況!ドキドキしまっしゃろ!って言われてもバカなの?としか思わんよ。素人かよ。
無能なランボーとCIAのおかげで不規則降下したランボーに対してCIAの偉い人が死んだと判断して、作戦中止終わり終わりって言い出す。トラウトマンは当然認めないがCIAは「生きてたら連絡来るやろ。来なかったら死んでるってことで」と救出を打ち切ろうとする。
一方その頃ランボーは現地の美人情報員と接触し、捕虜収容キャンプへ向かっているのだった。
情報員は連絡手段持ってないんか?おそらくCIAが仕込んだ情報員だと思うんだが、まず降下成功、合流成功したら一報入れるやろ。軍隊、CIAって報連相とかない世界なんか?
その後、ランボーが捕虜を救出して脱出。救助に向かっていたヘリがそれを発見し基地に伝えるとCIAは沸き立つ軍人を指令室から締め出し極秘指令として彼らの救出の打ち切りを指示し、トラウトマンを除く軍人2名がそれに従いランボーは取り残される。
さっきまで必死にランボー救出しようとしてた軍人がCIAに命令されたら急にスンってなるのも意味不明だし、基地にいた捕虜が生きてることを知ってる軍人がランボーも捕虜も乗ってないヘリが帰投したら不審に思うだろ。
その後、基地でトラウトマンとCIAが大声で口論してるけど誰にも聞こえんかったんか?
不審すぎる。
3.強引な死亡フラグと回収
美人情報員が「私アメリカ行きたいんすわ!」とランボーに話しランボーも行けるさ!って言った直後、気を抜いてぼーっと立ってた美人情報員はちょっとランボーが目を離した隙にベトナム兵に射殺されてしまう。
ナニコレ。
その後、ランボーの手の中で「アメリカに行きたかった」とさっき聞いたなぁみたいなことを言いながら息を引きとる美人情報員。さすがにこれで泣けないだろ。戦場で気を抜くなよアホたれ。
なんだかんだあってロシア軍とベトナム軍を蹴散らし帰投したランボーはM60を手に司令部に戻り、司令部に並べられたコンピューターに向けて乱射する。ランボー特有の口を歪ませながら叫ぶ。ウオオオオオオ!
いや、なんでだよ。
今回の件はCIAのおっさんが世間が捕虜救出捕虜救出うるせーから「捕虜いなかったよ」っていうアリバイ作りのために捕虜がいないキャンプにランボーを送り込んだら、たまたま1年間の強制労働を経て捕虜が帰ってきちゃってたので逆に面倒だなと思ってランボーもろとも捕虜殺しちゃお☆ってしたのが全部悪いって話であって、別にコンピューターは悪くねぇだろ。
仮にランボーや捕虜を見捨てる判断を「コンピューターによると生存率は×%、割に合わない」とか判断して「戦場はコンピューターじゃ測れねえんだよ!」みたいな展開があったんなら、人間のあるべき姿VS冷徹なコンピューターって図式が成り立つけど、今回悪いのは全部CIAのおっさんじゃんねぇ!
おっさんに全弾ぶち込めよ。
5.殺されるためだけの敵
今作の本筋は「金がかかるから捕虜を見捨てたいCIAのおっさん」VS「捕虜を助けたい正義の軍人ランボー」の構図なんだけど、実際に戦うのは捕虜を捕まえてるベトナム軍&なんかいてるソ連軍&金で動く船員でランボーは彼ら相手に無双する。
ランボー1であんだけ銃撃たれまくってもなんとか殺しだけは避けていたランボーとは思えない容赦のなさである。金で動く船員なんかランボーをソ連軍に売ろうとしただけなのに(いや、ダメだけど)ショットガンでぐちょぐちょに殺される。お前そんな奴だっけ?
ベトナム軍とソ連軍も「捕虜収容してる奴ら」ということ以外のバックボーンが一切描かれないので本当に銃撃ちカカシみたいに撃たれて死ぬためだけに大量に投入され実際に殺される。
あとどうでもいいけど、領空とか領土とかそういうものがない世界線なんだろうか。ベトナム(タイだったかな?)でベトナム兵やソ連兵をぶち殺しまくったら普通に国際問題になると思うんだけど。強いアメリカプロパガンダシコりファンタジーアクション映画と化しててランボーってそういう話だっけ?ってげんなりしちゃった。
こんな一人でほぼ1日で100人以上殺すスーパー殺人兵器奴が何人もいたであろうグリーンベレーがいたのにベトナム戦争で負けたってマジ?アメリカ無能すぎない?という皮肉は置いておいても「ベトナム戦争の悲惨さ」をむしろ矮小化する存在に堕してると思う。
ロシアのウクライナ侵攻で「もしかして映画みたいなスーパーソルジャーって存在しない?」みたいなくだらないジョークがバズったりもしたけど、明らかにそれの先駆けだよね。1は存在しないから苦しんでるって話だったのに。
そんなこんなでランボー1見てから2見たら頭おかしくなると思う。
当時の基準ですごいアクションしてることは時代性を考慮すれば加点すべきなんだろうけど、ランボー1を前日に見た俺が期待したランボーのよさをむしろアクションがかき消してる部分が多すぎるのでプラマイでゼロ、ややマイナスくらいにせざるを得ない。
doravviiがITと鉄棒の話してたから言うけどITで食ってそうな体で張りあってる口論はよく見るけど体操だと食えるとしたらインターハイレベル以上だと思うけどそのレベルの人間同士が張りあってるのは見ないよね
脳筋だからそもそも文章書けなくて増田って媒体に顕現できないのか
dorawiiより
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「さあ、始めるぞ!」
忘年会の主役、豪華な寄せ鍋を前に、4人の部長が火花を散らした。佐藤、田中、鈴木、そして新任の山本。誰もが自他ともに認める「鍋奉行」であった。
「佐藤さん、弱火ですよ!アクは私に任せてください!」と田中が菜箸を構える。「待て田中、白菜は最初に沈めて旨味を引き出すのが礼儀だ!」鈴木が横から鍋蓋で蓋をしようとする。山本は黙って、全員が手を出せない場所に「秘蔵のポン酢」を隠し持っていた。
議論は白熱し、誰が具材を投入するかで喧嘩に発展。海老と肉の投入順で口論となり、ついに鍋の土台が揺れた。
ドォン!
全員の主張が衝突した結果、鍋はひっくり返り、熱い出汁と具材が畳に広がる。部屋に響く「ああっ!」という悲鳴。
「…まあ、今年の『熱い議論』は出し尽くしたな」
結局、4人は近くのコンビニへ走り、具材がすべてパック詰めになった「レンジで温める鍋焼きうどん」を4つ買ってきた。そして、それぞれが自分のうどんを、誰にも邪魔されずに、静かに平らげた。
「やはり、鍋奉行は一人でこそ輝く役職だな」と佐藤が呟く。他の3人も深く頷き、4人の鍋奉行は、無言で4人分の鍋焼きうどんを完食することで、ようやく平和な忘年会を成立させたのだった。
私は、佐藤太郎、45歳。人生のピークを過ぎた男だ。20代で出会った妻の美香と結婚し、娘のあかりが生まれた。あかりは今、10歳。明るくて賢くて、私の誇りだ。仕事はITエンジニアとして順調で、投資も上手くいき、40歳になる頃には十分な資産を築いていた。会社を辞めても、家族三人で悠々自適に暮らせるくらいの貯えがあった。
それが、問題の始まりだった。仕事がなくなると、毎日は単調になった。朝起きて、散歩をし、読書をし、夕食を家族と囲む。幸せではある。でも、それ以上は何もない。目標を失った私は、どこか空虚を抱えていた。美香は「もっと趣味を見つけたら?」と優しく言ってくれたが、私の心は満たされなかった。
そんなある日、安楽死が合法化されたというニュースが流れた。セルフキットの薬が薬局で販売されるようになり、世間は賛否両論で沸いた。私は新しいもの好きだ。好奇心から、薬局に足を運び、キットを購入した。説明書には「服用後24時間以内に安らかに逝去します。後悔のない選択を」と書かれていた。家に持ち帰り、棚の奥にしまった。飲むつもりなどなかった。ただ、持っているだけで、何か「選択肢」が増えた気がした。
一年が過ぎた。生活は変わらず平穏だったが、ある夜、家族の関係が少しこじれた。些細なことだった。あかりの進路について、美香と意見が食い違い、口論になった。私は苛立って酒を飲み過ぎ、普段の穏やかな自分を見失った。「もういいよ、こんな人生!」と叫んで、棚からキットを取り出し、薬を飲んでしまった。酔いの勢いだった。後で思うと、馬鹿げた行動だ。家族の問題など、時間が解決するはずだったのに。
翌朝、目が覚めると、頭が痛かった。昨夜の記憶がよみがえり、胸がざわついた。24時間後、私は死ぬ。美香とあかりはまだ寝室にいる。私は台所でコーヒーを淹れながら、震える手で薬の箱を眺めた。どうしよう。家族に相談せずに、こんなことをしてしまった。パニックが襲ってきた。
リビングで美香が起きてきた。「おはよう、太郎。昨夜はごめんね。私も言い過ぎたわ」と彼女は微笑んだ。あかりも目をこすりながら現れ、「パパ、今日公園行こうよ!」と言った。その瞬間、涙が溢れた。私は膝をつき、二人にすべてを話した。「ごめん…薬を飲んじゃった。安楽死のやつ。24時間後だって…」
美香の顔が青ざめた。あかりは意味がわからず、目を丸くした。「パパ、何言ってるの? 死ぬって…どういうこと?」美香は私の肩を抱き、「嘘でしょ? 太郎、冗談よね?」私は首を振り、謝り続けた。「酔って勢いで…本当にごめん。後悔してる。君たちがいなくなるなんて、考えられなかった…」
三人で泣き出した。あかりが私の胸に飛び込み、「パパ、行かないで! 私、パパがいないと嫌だよ!」美香は涙を拭きながら、スマホを手に取った。「待って、解毒剤があるはずよ。ニュースで見たわ。緊急で病院に行きましょう!」
私は呆然とした。解毒剤? そんなものがあるのか? キットの説明書を読み返したが、確かに小さく「服用後12時間以内であれば、専用解毒剤で効果を無効化可能」と書かれていた。希望の光が差した。私たちは急いで車に乗り、近くの専門病院へ向かった。道中、美香は私の手を握りしめ、「太郎、私たち家族よ。一緒に生きて。昨日みたいに喧嘩しても、きっと乗り越えられるわ。あかりのためにも、あなたのためにも。」あかりは後部座席で、「パパ、絶対生きてね。約束だよ」と小さな声で言った。
病院に着き、医師に事情を説明した。幸い、服用から10時間しか経っていなかった。解毒剤の注射を受け、ベッドで待機した。医師は「効果はほぼ100%です。でも、二度とこんなことはしないでください。人生は一度きりですよ」と言った。私は頷き、家族の顔を見つめた。美香の優しい目、あかりの無垢な笑顔。それが、私のすべてだった。
数時間後、検査で異常なしと診断された。私は生き延びた。家に帰る車中、三人でまた泣いた。今度は、喜びの涙だった。「パパ、ありがとう。生きててくれて」とあかりが抱きついた。美香は「これからは、もっと話そうね。目標なんて、一緒に探せばいいわ」と囁いた。
あの出来事から、私の人生は変わった。単調だった毎日に、感謝の気持ちが加わった。家族との時間を大切にし、新たな目標を探すようになった。ボランティアを始めたり、旅行を計画したり。安楽死のキットは、処分した。あの薬は、私に「生きる価値」を教えてくれた。失いかけたからこそ、得られた宝物だ。
2015/8/21 16:49
5回答
先ほどネットで口論になり思わず首吊れ、自殺しろなど連発で暴言を吐いてしまいました。
これはなんらかの罪に問われるのでしょうか?
https://www.internethotline.jp/hotlinecenter/illegal-full.html
サトウ シュウジさん
2015/8/21 16:59
心配要りません!
口論した相手がどこの誰ともわからない上に、ネット上で個人を特定したものではないんでしょ!
知恵袋なんか凄いもんですよ!
hik********さん
2015/8/21 16:51
常識的に考えれば何の罪にも問われない。
👍
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251031191345# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaQSL2wAKCRBwMdsubs4+ SD/+AP0Y/3D/xDEBzmcm/AIudx6em63ykTyIZI1bYprVvVpCtwEA0d/vyzPmCFQO rSrjEoBGnZURbk4uiTA14ZQr0IyqRgs= =LdeS -----END PGP SIGNATURE-----
多少ChatGPTと議論して「小論に整理して」とお願いするだけでこれなら
凡人の俺様がちんたらキーボード叩いて書く必要なんてないじゃんもう!
https://togetter.com/li/2618627
今回の事件で多くの人が揺れたのは、「恐怖を感じた人の防衛行為」が、どこまで許されるかという点である。
身体障害や透析など、外見では分からない「見えない弱者」が社会で繰り返し軽視されてきたことは事実だ。
しかし、口論の段階で武器を使用し、無関係な他者まで巻き込んだ瞬間に、それは防衛ではなく攻撃へと転化する。
法的にも倫理的にも、暴力が他人を傷つけた時点で、その正義は失われる。
彼女がSNS上で相手を「40-50代じじい」と呼んだ表現は、単なる感情の発露にとどまらない。
それは、相手の行為ではなく属性そのもの(年齢・性別)を攻撃の対象とする言葉だ。
この瞬間、個人的なトラブルは「中高年男性という集団」への敵意にすり替わる。
この言語構造はその**鏡像――“ミサンドリー的反射”**と言える。
弱者が自らを守る物語の中で、他者が“敵の象徴”として消費されていく現象は、暴力の形を変えた再生産に他ならない。
人が暴発する時、そこにあるのは純粋な恐怖だけではなく「屈辱」も強く関与する。
「若いから座るな」「病気でも見えなければ認められない」という社会の視線に対する怒りが、
個人の攻撃者を超えて「社会全体への報復」に変わったのだろう。
彼女自身が繰り返し使う「悔しかった」「お灸をすえたかった」という語は、
つまり彼女の行動は、社会的な不平等への“象徴的報復”として遂行された可能性が高い。
近年のSNS言説では、「女性」「障害者」「被害者」といった立場は道徳的免罪を得やすい。
弱者を“聖なる報復者”として祭り上げ、暴力の責任を薄めてしまう。
もしこの事件が銃社会で起きていたら、催涙スプレーではなく発砲事件として報じられただろう。
「怖かった」「迫られた」と主張する発砲者が免罪される構造は、
アメリカの“スタンド・ユア・グラウンド法”の問題と同じである。
恐怖を根拠にした先制攻撃が認められる社会では、暴力の独占は失われ、
今回の事件は、銃社会の論理が非銃社会の中で萌芽した象徴的な出来事でもある。
この事件が投げかけたのは、
「恐怖と正義の境界をどこに引くのか」という普遍的な問いである。
だが、その弱さが他者への攻撃の免罪符になった瞬間、暴力は正義を模倣し始める。
フェミサイドもミサンドリーも、根は同じ――恐怖を根拠に他者を人間として見なくなること。