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2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること2

第二部 学び直せなかった一年

ここで、君に正面から語りかけたい。

君が今、大学一年生だとして。

あるいは、これから大学一年生になるとして。

たぶん君の中には、私に近い感覚が少しはあるはずだ。

なくてもいい。

あったとしたら聞いてほしい。

入学して最初の数週間、君は周りを見てこう感じるかもしれない。

「あれ、この人たち、思っていたほどすごくないな」

サークル新歓に行く。

先輩たちがわいわい騒いでいる。

話の中身はたいしたことがない。

昨日のサッカー試合

誰々が誰々を好きらしい、という話。

バイト先のクレーマーの話。

君はそれを聞きながら、心のどこかでこう思うかもしれない。

「俺はこんな話をするために東京に出てきたんじゃない」

その感覚を、私は否定しない。

その感覚は半分は正しい。

ただ、残りの半分について、私が二十年かけて学んだことを君に伝えたい。

人間雑談関係を作る。

雑談関係を作って、その関係の上に本当に大事な話を乗せる。

雑談飛ばして、いきなり大事な話だけをしようとする人間は、長い目で見ると誰とも何の話もできなくなる。

これは二十年後に私が痛感したことだ。

けれど十八歳の私は、これをまったく理解していなかった。

理解する気もなかった。

入学して一週間ほど経った頃、駒場キャンパスで一人の同級生と話す機会があった。

彼は私の語学クラスにいた。

名前は仮にKとしておく。

Kは首都圏の有名な私立中高一貫校から来ていた。

背が高く、髪を少し茶色く染めていて、笑うとき口を大きく開けた。

授業の最初自己紹介で、彼は言った。

サッカーをやってました。あと、文化祭実行委員やってました」

それを聞いた瞬間、私はKにあまり期待しなかった。

文化祭実行委員

あの私を退屈させた連中の、東京版だろう。

そう思った。

ところがKはよく話しかけてきた。

授業のあと、「飯行かない?」と私を誘った。

最初は断った。

二度目も断った。

三度目に、Kは少しだけ困った顔をして聞いた。

「お前、誰とも飯食わないの?」

「いや、自分のペースでやりたいから」

私はそう答えた。

Kは少し笑った。

「ふうん。じゃあ、気が向いたら声かけて」

そう言って行ってしまった。

そのとき私は、自分がKに少しだけ優越感を持ったのを覚えている。

Kは、誰かと一緒にいないと不安タイプだ。

私は違う。

私は一人でも平気だ。

から私のほうが強い。

そう思った。

これが間違いの始まりだった。

Kは、誰かと一緒にいないと不安だったのではない。

Kは、一緒にいる時間のもの価値あるものとして認識する能力を持っていた。

そのことを、私は二十年後に理解した。

語学クラスでは、よく数人で集まって、課題フランス語和訳を持ち寄って見せ合っていた。

私は最初、その輪に入った。

けれど私の和訳はたいてい一番正確だった。

少なくとも私はそう思っていた。

ある日、Kが自分和訳を読み上げた。

明らかに文法係り受けを間違えていた。

私は指摘した。

「そこ、違う。主語はこっちじゃない」

Kは「あ、ほんとだ。サンキュー」と言ってすぐに直した。

それはいい。

問題はその次だった。

別の同級生、仮にMとしておく。

Mが読み上げた和訳も間違っていた。

Mは地方進学校から来た、私と似たタイプの男だった。

私は同じように指摘した。

「Mも、そこ違う」

Mは少し顔を赤くして、「うん……」と言った。

Kが軽く笑いながら言った。

「お前、間違いの指摘の仕方、ちょっと冷たくない?」

私はKを見た。

「冷たい? 間違ってるから間違ってるって言っただけだろ」

「いやそうなんだけどさ。なんかこう、もうちょっと、『あ、ここ、俺もよくわかんないんだけど、こうじゃないかな?』みたいな感じ、ない?」

私は内心で軽蔑した。

出た。

「言い方」だ。

Kは内容で勝てないから、言い方の話に逃げている。

私はそう判断した。

私は何も言わず自分和訳しまってその場から去った。

その日から、その輪には行かなくなった。

数週間後、その輪がMを含めて続いていることを知った。

Mは最初、私と同じように地方から来た孤独秀才に見えた。

けれどMは、Kの輪の中で笑うようになっていた。

間違いを指摘されても、頭をかいて「あ、ほんとだ」と言うようになっていた。

Mは変わった。

私が変わらなかったのに対して。

私はMのことを軽く馬鹿にした。

妥協したのだと思った。

今になって思う。

妥協したのはMではなかった。

Mは学んだのだ。

私は学ばなかったのだ。

二十年後、Mはある官庁課長補佐になっていた。

風の噂で聞いた。

家族もいて、子供が二人いるらしい。

私はそのとき無職だった。

三度目の転職活動最中だった。

大学一年の夏、私は一つだけサークルに入っていた。

法律研究系のサークルだった。

入った理由は、内容が真面目そうだったからだ。

実際、内容は真面目だった。

週に一回、判例を読んで議論する会があった。

そこには二年生にSという先輩がいた。

Sは私とは違うタイプの賢い人だった。

判例を読むスピードは私と同じくらいだったが、議論ときの立ち回りがまったく違った。

Sは自分意見最初に出さなかった。

まず、後輩や他の人の意見を聞く。

そして誰かの意見の中でいいところを見つけて、「それ、いいですね」と言う。

それから自分意見を、その人の意見に乗せる形で出した。

「○○さんが言ったところに加えて、こういう論点もあるんじゃないかと思って」

そう言った。

私はSのやり方を、最初ずるいと思った。

あれは自分の頭で考えていない。

人の意見に乗っかっているだけだ。

そう思ってSを軽く見た。

ある日の議論で、私はSの意見根拠が弱いと感じた。

真正から指摘した。

Sさんの今の論理は、判例の射程を超えていると思います。○○判決あくまで△△の場合に限った話で、これを一般化するのは無理があるんじゃないですか」

Sは私を見た。

少しの間、何も言わなかった。

それからゆっくりと言った。

「うん、たしかにそうだね。射程の問題は僕も気になっていた。じゃあ、君だったらどこまで一般化できると思う?」

私は答えた。

私の答えは、Sが言うべきだった内容をより精密にしたものだった。

Sは「それ、いいね」と言って、私の意見議論全体に位置づけた。

私は勝った気がした。

サークルが終わったあと、別の三年生の先輩が私を呼び止めた。

「君さ、頭はいいよ。間違いなく。ただ、Sのこと、ちょっとなめてないか?」

「いえ、なめてはいないです」

「Sはね、あの場で君のために負けてくれたんだよ」

私はその言葉意味がわからなかった。

「Sは、あの場の議論をいいものにするために、自分意見を引っ込めたんだ。君に花を持たせたんだよ。それはSがバカからじゃない。Sのほうが、議論っていう場全体を見てるからだ」

私は不機嫌になった。

「いや、でも、内容としてSさん最初論理は間違っていました」

先輩はため息をついた。

「うん。まあ、そうかもしれない。でも君がこれから先、誰かと一緒に何かをやるなら、内容で勝つだけじゃ足りないよ」

私はその日、サークルをやめた。

正確に言えば、その日のうちにメールで退会の連絡をした。

理由は書かなかった。

二度とそのサークルには行かなかった。

夏休みに入る前、私はKにもう一度だけ会った。

Kは相変わらずにこにこしていた。

夏休みサークル合宿河口湖へ行くと言っていた。

彼女もできたらしい。

同じ語学クラス女子だった。

私はその女子を、可愛いとも可愛くないとも特に思っていなかった。

Kが別れ際に言った。

「お前さ、たまには誰かに頼ってもいいんじゃない?」

私は笑って答えた。

「誰かに頼って、その誰かが間違ってたらどうするんだ?」

Kは少し考えた。

「うーん。そうしたら、一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」

私はその言葉を軽くいなした。

心の中で、「だから、お前は二流なんだ」と思った。

一緒に間違えて、一緒に直す。

そんなことに付き合っている時間はない。

私は一人で、間違えずに進む。

二十年後の今、私はKのあの言葉を一字一句覚えている。

正確には、二十年かけてようやく思い出せるようになった、と言うべきかもしれない。

ここで、君にもう一つだけ伝えたい。

私が地方進学校で身につけた「一人で考えたほうが正しい」という認知は、地方進学校の中ではたしか事実だった。

私の周りには、私より速く正解にたどり着ける人間がいなかった。

集団議論すれば、議論は私のレベルに引き下げられるか、私の意見が通らないかのどちらかだった。

から一人で考えるほうが効率が良かった。

その環境においては合理的戦略だった。

しか東京大学に来て、私の周りには私と同じか、私より速く正解にたどり着ける人間がたくさんいた。

その時点で、私は戦略を変えるべきだった。

もう一人で考えなくていい。

人と議論したほうが、自分一人で出せる答えよりいい答えが出る確率が高い。

人に頼っていい。

人に教わっていい。

人に「わからない」と言っていい。

それを大学一年生のうちに学び直すべきだった。

けれど私は学び直さなかった。

なぜなら、地方で身につけた認知は、私を東大まで連れてきた成功体験だったからだ。

それを捨てることは、自分人生否定することのように感じられた。

私は、変化が必要ときに変化を恐れた。

変化を恐れた本当の理由は、たぶんこうだ。

私には勉強で勝つこと以外に、自分肯定する根拠がなかった。

から勉強の戦い方を変えることは、自分のものを失うことのように感じられた。

後になって考えれば、ただの臆病だった。

けれど当時の私は、自分が臆病であることにまったく気づいていなかった。

しろ自分のことを強い人間だと思っていた。

孤独に耐えられる人間こそが強い人間だと思っていた。

孤独に耐えられない人間は、弱いから群れるのだと思っていた。

これは私の人生で、最も大きな勘違いの一つだった。

孤独に耐えられる、というのは強さではない。

ただの不器用さだ。

そしてその不器用さは、時間が経つほど修正が難しくなる。

大学一年の終わり。

私の春学期と秋学期の成績は、ほとんどがAとA+だった。

優三つの「優三つ」というやつだ。

私は自分選択は正しかったと再確認した。

一人でやれば結果が出る。

けれどその学年末駒場生協の前で、語学クラスのKたちが五、六人で集まって笑いながら写真を撮っているのを見た。

Kの隣にはMもいた。

Mは四月のときと比べて別人のように、いい顔で笑っていた。

私はその輪を遠くから見ていた。

その輪の中に入りたいとは思わなかった。

ただ、奇妙な感覚があった。

あいつらは、たぶんこれから先、どこかで会うのだろう。

結婚式に呼んだり。

子供の話をしたり。

転職相談をしたり。

俺には、たぶんそういう相手はいない。

それは感傷ではなく、観測だった。

私はその観測を、すぐに頭の中から押し出した。

別に必要ない」

そう自分に言い聞かせた。

その夜、私は寮の自分の部屋で二年生の科目の予習を始めた。

ここで私は、君に最も伝えたいことの一つを書く。

地方進学校から東大に行ったことの本当の不幸は、東大に行けたことではない。

本当の不幸は、自分天井を知るのが遅すぎたことだ。

もし私が首都圏中高一貫校に通っていたら。

私の家にそれだけのお金があったかどうかは別として。

もし通っていたら。

私は十二歳か十三歳のうちに、自分より賢い人間出会っていただろう。

自分より速く問題を解く人間

自分より深く考える人間。

自分より多くを知っている人間

そして、自分より性格のよい人間に。

そのとき私は悔しかたかもしれない。

泣いたかもしれない。

けれど十二歳の私はまだ柔らかかった。

十二歳のうちに負けることは致命傷にならない。

十二歳の負けは回復する。

十二歳の負けからは、人に頭を下げることを学べる。

十二歳の負けからは、「わからいから教えて」と言うことを覚えられる。

ところが私は、地方進学校で十八歳まで誰にも負けなかった。

私の認知の中で、「負ける」という選択肢が十八歳の段階ですでに消えていた。

そして十八歳で東大に入った瞬間、私は相対的普通人間になった。

このとき初めて、自分より上の人間出会った。

けれど、そのときにはもう遅かった。

十八歳の私は、十二歳の私のようには柔らかくなかった。

私は上の人間に頭を下げるかわりに、上の人間を見ないことにした。

上の人間と並走するかわりに、自分のレーンに引きこもった。

上の人間から学ぶかわりに、「あいつは要領がいいだけだ」と評価することにした。

これらは全部、私の防衛反応だった。

私の防衛反応は、地方進学校の中では合理的だった。

けれど東大の中では、もう合理的ではなかった。

私は戦場が変わったのに、武器を変えなかった。

それが私の人生で最大の戦略ミスだった。

から君がもし、地方から東京大学に出てきたばかりでこれを読んでいるなら、聞いてほしい。

早く、負けてくれ。

自分より明らかにすごい人間に会ったら、嫉妬する前に頭を下げてほしい。

「教えてください」と言ってほしい。

自分天井を知ることは不幸ではない。

それは君の性格を守るための救済だ。

天井を知らないまま二十代に入った人間は、たいてい私のようになる。

私のようになるな。

これは命令ではない。

お願いだ。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20260510234046

anond:20260510074217

2025年中国大学入学統一試験「高考(ガオカオ)」の志願者数は約1335万人

2025年度(令和7年度)大学入学共通テストの確定志願者数は49万5,171人

桁違いに人材が多い。

2026-05-09

女子マップ作りたい

学校学科入学年度を入れたらその年入学した女子の何割が女子枠かすぐに分かるやつ

2026-05-08

女叩きする高学歴男子たち

男子校出身でいわゆる高学歴とされる大学入学したものの、思い描いていたような恋愛人間関係を築けずに延々と女叩きをしている人を見ると、少し気の毒に感じることがある。怒りではなく、哀れみ。

彼らをある意味現実社会から隔離してしまったのは、「受験」というシステムなのかもしれない。まず、男子校という環境自体が大きいと思う。男子校は、良くも悪くもホモソーシャルで気楽な空間だ。そうした環境で多感な時期を過ごすと、異性との適切な距離感や、非言語的なコミュニケーションを学ぶ機会を失いやすい。その結果、異性との関わりに苦手意識を持ち、うまくいかない経験を重ねることで、女叩きへと傾いちゃう人もいる。

さらに、中学、あるいはもっと幼い頃から勉強中心の生活を送ってきた男子は、「勉強さえできれば人生好転する」「いい大学に入れば報われる」という価値観を、親や学校、塾などから半ば無意識に刷り込まれて育つことが多い。だからこそ、大学生や社会人になったとき死ぬほど努力して手に入れた“学歴”という武器が、恋愛人間関係においては思ったほど万能ではないと知った瞬間、大きな挫折感を味わう。

本来ならそこで価値観更新していく必要があるんだけど、プライドが高いほど、その現実を受け入れるのは難しい。すると、「女が悪い」「社会おかしい」と外部に原因を求めることで、自尊心を保とうとしてしまう。Twitter匿名掲示板に傾倒するのも、その延長線上にあるのだと思う。そこには、自分肯定してくれる意見が集まりやすいからだ。さらに、2次元コンテンツは裏切らないし、課金やグッズ購入といった努力に対して、わかりやす報酬が返ってくる。ある意味では、受験勉強と似た構造なのかも…

から彼らにとって、Twitter匿名掲示板は単なる娯楽ではなく、自分アイデンティティを維持するための「居場所」になっている。

もちろん、だからといって女叩きが正当化されるわけではない。ただ、教育システム親の期待が、結果としてある種の「社会性の偏り」を生み出している面があるのだとしたら、それは単なる個人性格問題ではなく、ある程度は構造的な問題として捉える必要もあるのかもしれない。

中学受験を終えて、子供が無になった。200万と子供を返してほしい。

3年間で200万以上払って、必死に塾の送り迎えして、ようやく掴んだ第一志望の合格

結局、全部無駄だった気がする。

入学して1ヶ月経った今、生気がない。

帰宅してもカバンを床に放り出したまま、ずっと死んだ魚みたいな目をしてリビングに座ってる。

YoutubeTiktokを交互にぼーっと眺めているだけ。

宿題は?」って聞くと、無表情で「終わった」って言う。

「何かやりたいことないの?」って聞くと、「別に」って。

前はもっとうるさいくらい喋る子だったのに。

結局、私がやらせてきたのは「正解を出すための作業」だけだった。

塾のカリキュラムをこなすために、友達と遊ぶのも、大好きな漫画を読むのも、「無駄だって決めつけて取り上げてきた。

200万かけて、私は子供意思のない人形にしただけ。

第一志望は子供が望んだものではなく、私が望んだものしかなかった。

今日も夕飯、何がいいか聞いても「なんでもいい」しか言わなかった。

最後に一緒に笑ったのはいつだろう。

無理やり高い金払って合格させた学校で、あの子はあと6年も何をするんだろう。

正直、もう顔を見るのが辛い。

こんなことになるなら、中受なんてさせなきゃよかった。

あの頃の、生意気だったけど笑ってた息子を返してほしい。

これが博士教授?ってほんとか? 女子批判に対する批判記事をよく見たけど。

https://note.com/bentheunko/n/n765d8ea6c0fc

いきなり被害を受けた学生相手に情けないとか書いて挑発してくるし、

ネットでたきつけて返信よこせよこさないなら違う対応すると騒ぐ院生

とか言うのも、他の人に指摘されているが某大学教授が変なnote拡散するわ、暗に批判をしているようなツイートだすから直接問いただしたに過ぎないのに、事実誤認をしているのはなんやろ?

批判論文を頑張って書くほどの研究ではないのはそうなので、俺が当事者ならキャリアに1ミリプラスにならないし絶対批判論文書く時間は割かない

とか言いながら、note書いていちいち文句言ってくるのはあまり理解ができない。支離滅裂

女子枠の妥当性を批判するなら、比較すべきはSTEM内での機会構造の話なのに論文は途中から高等教育全体で男性が少ないという話を持ち込んでいるため、何を言いたいのかが分からない。構造化ができていない。

これも意味が分からない。 そもそも構造化されてないとはなにか?も具体的に書いてないか意味不明だし、そもそも高等教育全体の話は逆境指数文脈で語られた話で出されたもので、考慮事項のひとつを取り上げただけなのでは?

という指摘があったけど、それが正しいのだろう。 

経済的に不利な層、地方出身者、男性が十分に考慮されていないと結論づけていているが、STEM内の性別的な不均衡評価とは分析単位が異なるため女子枠の是非を直接評価する議論にならず、ここでも結局何が言いたいのかが全く分からない。

分析単位云々というけど、アファーマティブアクション系でいろいろな要素を考慮しろって話で人種なり性別なり出るが、それでも各属性を混ぜで制度運用をされているのだから分析単位が異なる云々も意味不明。

そもそも論点把握ができていないか制度理解にずれがあるのか? STEAMとは違うような話としているが、枠を作ってその中身をどうするかに何の違いがあるのか? も書けてない。 

意味が分からない論点だと思うわ。

あとは

女子枠や女性限定採用が「新たな差別を生む可能性」を指摘しているが実際にどの程度の不利益が生じているかは全く検証できていない。スコープ外なのかもしれないけど、政策批判したいなら政策評価しないとね・・・男性受験者の合格確率がどれだけ下がったか」、「女子枠導入後に男性志願者が減ったか」、「入学パフォーマンスに差があるか」化などを見る必要があると思うけど

まあ、ここもほかの人の指摘を見たけど、そもそも女子肯定する側などがそういったデータほぼほぼ可視化してないから出せるわけもなければ、間接的に推論で出さざるを得ないからかなり厳しい。

また、まるで反証側が色々証拠積極的に出す側になってるのもおかしな話で、本来枠を進める側がなぜ必要なのかやデータを出すもんだろうけど、ほとんど有効そうな情報とか見たこともないが、それでもさも当然の呉tく進んでいるから、反証側がもっと証拠だせ(出せなければ、そのまま有用だぞ?みたいに)言われているように見えてしまう。

(別のコメントでまるで~~の時に批判貰ったときみたいと書いている人がいたが、たぶん証明する側【立証する責任がある側】が反転したかのような体験をしたのだろう)。 

というか、こういった議題は法的な議論なども出てくる分野だから、必ずしもデータ出すべきところなのかも謎。

まり書くと長くなるから、これ以上は詳しく描かないが、先行論文引用して意見を書いているのをエッセイみたいなものとして扱っているが、それらを基に議論を組み立てることも論文として書くのはそこまでおかしいのか?(誰かか詳しい人の説明くれ)

もちろん著者本人もそれらに基づいて意見を書いているだろうから、そのまんまのっかっているわけでもないだろう。

この批判noteも全く有用ではないとまで言わないが、余計な情報が多くイマイチ何が言いたいのかわからない、割と無理なことを要求している面があるなど。

批判を書くために勢いで書いた感が否めない、わけのわからない内容になっている。

これでどこかの博士なのか教授なのか知らないけど、なんでこんな喧嘩腰でよくわからない文章をわざわざ書いたんだろうな。しかも数年ぶりにnoteで。

てか、この件、喧嘩腰でア〇〇カないい御身分で頭のいい連中が多すぎやろ。 何が気に入らんかったんや?

反抗期の娘、高卒が確定して荒んでる

妻は無頓着

なので大学入学金払ってないんだわ

せっかく受かったのにww

全部無駄だったね。

働いて受け直せばいいじゃない?

2026-05-07

anond:20260507222858

東京大学共産党員プッシュがすごいし、中国人ばっかりだからな。

愛国心が強い人が入学するとドン引きするで。

2026-05-02

anond:20260502101712

いわゆるチーは四年制大学には入れずに

面接だけで入学できる専門学校

日中ゲームしてるような連中だろう

理系ですらない

データセンター勤務なんて無理すぎる…

2026-05-01

国および高額納税者一同組合東京大学を作ればいい

高額納税者の息子、娘なら無条件で入学可能慶応義塾とのダブルスクール可能とする

高額納税者以外では東大から編入のみ受け付け

2026-04-30

そもそも同志社入っといて左寄りの学校とは知らなかったみたいな連中って

国禁破って渡米した創立者ことなんだと思ってんだよw

入学したらガッツリ学校歴史創立者の生涯も学ぶだろ

沖縄関連だって散々授業で取り上げてるだろ

都合の良い時だけ知らん顔してんじゃねえよ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B3%B6%E8%A5%84

2026-04-28

面接女子枠ですかって質問しちゃいけないの?


女子枠で大学に入った子は一般枠の女子と比べても逆境に負けずに入学したことになるので、粘り強さを買いたい。

優先的に雇いたいけど、ポジティブことなのに聞いちゃ駄目なのか?

自信を持って有識者が世に送り出した制度なのに、なんかのレッテルのように扱われるのは心外だと思う。

一般の子が不利にならないよう配慮してるのかな。

[]ユダヤ教超正統派(Haredi)の文化

Harediのメディア技術環境の現状(2026年

携帯電話:多くのHarediは「kosher phone(コーシャー携帯)」と呼ばれる制限付きのデバイスを使っています。これらは通話と極めて限定的テキストのみが可能で、インターネットブラウザSMSアプリカメラ動画音楽などがブロックされています違反者共同体から強い社会的制裁(shunning)を受けることがあります

インターネット原則として禁止または厳しく制限。家庭用パソコンスマートフォンインターネットアクセスラビ許可必要で、多くの家庭ではフィルタリングツール義務付けています。ただし、仕事生計のために一部の男性女性制限付きで使うケースが増えています

• 主なメディア街角ポスター(pashkevil)、コミュニティ新聞ラジオ制限付き)、電話ベースニュースホットラインが中心です。テレビ一般的SNSはほぼ排除され、情報ラビ共同体指導者管理フィルタリングしたものが主流です。

この環境は、伝統的価値観(トーラー中心の生活、早婚、大家族ジェンダー役割の厳格な分離)を維持しやすい閉鎖的エコシステムを作り出しています。外部の「有害な影響」(セクシャリティ世俗文化個人自由主義など)を物理的・技術的に遮断することで、共同体の一体性を保っています

現在出生率最近の変化

Haredi女性合計特殊出生率(TFR):
2021-2023年平均で6.5人(IDI「Ultra-Orthodox Society Report 2025」)。


ピーク時(2003-2005年頃)の7.5人前後から約1.0〜1.3人低下しており、過去40年近くで最も低い水準に近づいています。
2025年の最新推計でも6.2〜6.5台と、緩やかな低下傾向が続いています

イスラエル全体との比較

非Harediユダヤ人女性は約2.2人。Harediの出生率が全体を押し上げ、イスラエル全体のTFRを約2.8〜2.9に保っています

女性負担が集中する社会

男性就業率:約53〜54%(2025年)。

過去10年ほぼ横ばい(52〜54%)。多くの男性結婚後もイェシーバ宗教学校)やコルレルで終日トーラー学習に専念します。

女性就業率:約80〜81%(非Harediユダヤ人女性とほぼ同水準)。


Haredi女性出産子育てフルタイム労働の両立を強いられるケースが非常に多く、平均労働時間は週32時間程度(非Haredi女性は38.5時間)。教育職や低賃金サービス業に集中しています

世帯経済実態:Haredi世帯貧困率は約33%と高く、女性収入家計の大きな柱になっています

女性が「出産労働も担う」負担は極めて重く、子育てコスト教育住宅・食費)の上昇が直接響いています女性が、Haredi社会の「学習社会男性トーラー学習中心)」モデルを支えています

女性がこれだけの出産(平均6人超)と労働を両立させているのは、先進国ではほとんど例がありません。宗教的動機と強い共同体意識が「負担を耐えさせる」役割果たしてますが、経済的・心理的コストは蓄積しており、若い世代価値観の変化(就労意欲の上昇や家族観多様化)が進んでいます

Haredi教育の特徴

Harediの教育システムは、宗教学習(トーラータルムード中心)を最優先とし、世俗教育core curriculum:数学英語科学歴史など)を大幅に制限排除しています

男子小学校高学年以降はほぼ全日イェシーバ宗教学校)で宗教学習のみ。

世俗科目は最小限かほぼゼロ。2025-2026年データでも、男子大学入学資格バカロレア相当)の取得率は約16%程度と極めて低い(非Harediユダヤ人86%)。

女子比較世俗科目を少し学ぶが、依然として制限が多く、STEM分野などは極端に少ない。

イスラエル政府は予算を投入していますが、core curriculumの義務化がほとんど守られていない状態で、最高裁判所が何度も「資金停止」や「説明責任」を命じていますが、執行は弱いです。

Harediとして育った人は高等教育現代労働市場に必要な基礎スキル英語数学コンピュータなど)が深刻に不足します。

コミュニティから抜ける難しさ

抜ける(defection / OTD)人は毎年一定数いますが、極めて高いコストを伴います

人的ネットワーク喪失


Harediコミュニティは閉鎖的で、家族・友人・結婚相手仕事・住居のほとんどがコミュニティ内で完結しています。抜けると家族から絶縁(shunning)されるケースが非常に多く、経済的・感情的支援を一気に失います。多くの脱Harediは「突然のホームレス状態」や「極度の孤独」に陥ります

教育スキルギャップ

世俗教育が不足しているため、自分ゼロから学び直す必要があります英語ほとんどできない、数学小学校レベルまり現代社会常識銀行税金就職活動など)がわからない状態社会に出る人が多数です。
支援団体(Footstepsなど)によると、脱Harediの多くは成人後に高等教育をやり直し、数年〜10単位の苦労を強いられます

心理的社会コスト

アイデンティティの再構築、PTSD的なトラウマ精神保健問題が発生しやすい。コミュニティ離脱者の離婚率や貧困率も高くなります

脱Haredi支援団体(Footstepsなど)の活動は活発ですが、支援を求める人は「コミュニティ監視」や「恥」の意識からハードルが高いです。

2026-04-21

高木さんの思い出

追記

たくさんの人に読んでいただき感謝です。高木さんと、ご家族天国から見てくれているといいな。

以下、コメントに回答します。


>たいへんおもしろく読んだが、これだけよく抑制された具体的な地名のない文章で、なんで秋田県だけ出してきたんだろ。

これは、高木さんが兄について語るとき、必ず「秋田兄貴」「秋田バカ兄貴」と、必ず秋田をつけたんですね。それで覚えてました。

秋田の人ごめんなさい。


>良く分からないけど、トラックからそれなりの金額(1億前後)の補償が出るのでは。

零細トラック会社で、会社をつぶして、支払いから逃げられたときいてます

補償がでていたら、高木さんに会うこともなかったかもしれませんね。


>心が濁り切ってるのでClaudeに聞いてみたら「人間執筆可能性:約85〜90%」だそうで、なんだか安心した。安心して胸を打たれてよいのだと。

一か所だけ、文章がもたついたので、「Gemini、校正して」と、AIで清書した箇所があります人間執筆度合いは95%です。


>でも親でもスマホは見ちゃいかんだろ(笑)

だめですよね。


HPを調べた、というところが時代と言うか世代を感じて増田若いのに苦労してきたんだなって思ったわ

高木さんの情報がなさすぎて、色々検索をして情報を得ようとしましたが、業界会合参加者名簿みたいなのにあるだけでした。


他思い出したことをつらつらと。


高木さんからもらった10万円のアマゾンギフト券は、大学入学までとっておいて、Macbook Airを買いました。 

高木さんに、これを買わせてもらいました、と見せに言ったら、薄いね、軽いね、すごいねーとしげしげと見ながら言ってくれました。


高木さんとは、昼にしか会ったことなくて、夜に飲みに連れて行ってもらったりとかは一度もなかったです。

お互い車で来ているので、お酒を飲んだこともないですね。


追記終わり、以下本編




7歳の時に父が交通事故で死亡した。

土曜日に友人宅にいった帰りにトラックに追突されての死亡だった。世界で一番悲しい日だった。

地元ニュースに出たのだが、同級生先生に腫れ物にされるように対応されるのが本当に嫌だった。彼らが、どう対応してくれれば良かったのは、いまだにわからないけど。


労災ではないので、会社からはすずめの涙のお見舞金がでただけ。

父は生命保険をかけていたが、大きな金額ではなかったらしい。

母は専業主婦だった。ここからハードモードがはじまる。かと思った(母いわく)。


父は大卒、母は高卒だったが、父の親族からは「高卒結婚するなんて」とさんざん嫌みを言われ、葬式の時にもさらに嫌みを言われたので母は「絶対にこいつらは頼らない」「息子も以後会わせない」と思ったとのこと。

しかし、母の父母は遠方で、裕福ではなく、また病気しており、育児の力になれない。


そして、持ち家ではなかったので、家賃継続してかかる。食費光熱費もかかる。そのままだと保険金は数年でなくなる。

よって母は働きはじめた。

専業主婦特にスキルがあったわけでもない母ができた仕事は、まずは近所の事務パートからだった。

地方パートの時給なんて1,000円よりはるか下の時代。母は、パート代だけでは毎月の収支が赤字で、いつまでもつかと考えて暮らしをしていたらしい。


9歳のときに、母が「お仕事の人に会うからみんなでご飯を食べに行くよ」という話になった。

私はとてもうれしかった。父が死んでから外食は1回あったかなかったかくらいだった。

仕事の人がどう、ということよりも、ファミレス食事し、ドリンクバーを飲めることを喜んだ。

そしてファミレスについたら高木さんがいた。ぱっと見、60-70歳くらいのおじいちゃんで、にこにこしていた。


高木さんはこういった。

はじめましてたかしくん(仮名)。私は高木といって、お母さんと同じ会社で働いています。お休みの日にわざわざ来てもらってありがとう」。

(詳しくは覚えていないが、こんな感じだった)

そして、「何でも好きなものを食べて」というので、母の顔色を見ていたが、高木さんは

今日は私がごちそうするから、何でも食べてね。男の子は食べないと大きくならないよ」というので、

確かハンバーグと、ポテトと、アイスと、ドリンクバーを頼んだ気がする。


高木さんは私の学校生活の話を聞き、好きな運動について聞き、友達について聞き、大きくなったら何になりたいかを聞いた。

(その時はパイロットと答えた)

いわゆる何でもない雑談だった。


その後、数か月に一度くらい高木さんと一緒に食事をすることになる。場所はきまって、家から時間位離れた場所にあるファミレス

「好きなものなんでも頼んでね」といって、学校よもやま話をする。たまに会う気のいい親戚のおじさんみたいな関係だ。


こんな関係が続いたあるとき、確か小学校6年生くらいだったと思う。私はふと思った。母は高木さんの愛人なのではないだろうかと。

父が死んで、家賃は払えているが、ぜいたくはできていない。しかし、レストラン代は気前よく払ってくれる。

おみやげ込みで、お会計が合計で1万円を超えているのを、クレジットカードでさっと払うのを遠めにみて、この人金持ちだと思った)

母に高木さんについて聞いても、「お母さんの会社の偉い人だよ」としか言わない。母の会社名を聞いても、ホームページはない。

いったい何なのだ、と思った。

母がもし意に沿わずお金のために愛人稼業をしているのであれば、自分バイトでも何でもして家計を支えないと、と思った。

ただ、こんなことを直接母に聞くと、母は傷つくだろうとも思った。


それから高木さんと会うのが苦痛になった。

この人は、母の体目当てでつきあっているのかもしれない。そして、いくばくかのお金をあげて、それで私たちが何とか暮らせているのかもしれない。

私がいなければ、母は愛人とかしなくても暮らせるのかもしれない。自分負担なのかもしれないとも思った。

中学生になって、ネットで調べて、新聞配達であれば中学生でもできることを知り、母に新聞配達をしたいというと「どうして?」という答えが返ってくる。

理由は、お母さんを少しでも助けたい、というと、「あなたはお勉強をしっかりすることが、一番大切」と言ってくる。

何度かやり取りをした後、私は、「高木さんとお母さんの関係を疑っている」というようなことを言った。

母は、ショックを受けて、涙ぐんでいたが、その場で高木さんに電話をし、「高木さん、一度たかしと一緒にお話しできますか」といって、次の日の夜に会うことになった。


高木さんは、「たかしくん、いらぬ疑いを持たせてしまい、すまなかった。少し私の話を聞いてくれるかな」と言って、話し始めた。

高木さんはいま68歳(確か)で、秋田県の生まれで、なぜか3人の兄たちからいじめられて、集団就職秋田県をでていまの県(県名は内緒で)に来たこと。

働き始めて10年して独立したこと

独立してから仕事で知り合った方の娘さんと結婚して、息子が一人いたこと。

そして、交通事故で妻と息子さん(当時10歳)が死亡したこと

その時の新聞記事をみせてくれた。

また、事故の前に旅行に行った遊園地での家族写真をみせてくれた。


高木さんは泣いていた。

「こんな話でごめんね。妻と息子が死んだとき、どうして自分だけ生き残ったのかと思った。どうして自分が死んで、妻と息子が生きてくれなかったのかと思った」

「この世には神も仏もいないと思った」

自分には子供がいないので、遺産相続するのは憎き兄とその子供になる。それは嫌だ」

そんなことを思っているときに、「誰でもきてOK」みたいにドアに書いてあるキリスト教教会にふと入ってみたとのこと。

しかし、誰でも来てOKというわりに、面倒くさそうな対応をされ、それに傷ついたというより、神も仏もいないのに自分教会に行ったりするなど、何をやっているんだろうと思い、少し笑えたんだと。

そこから自分はどう生きるべきか、どうすれば死後に妻と息子にあったときに、胸を張れるのかと思ったときに、「身近にいる困っている人を助けること」「広い世界アクセスするためのチケットである学歴をつける手伝いをすること」「そのためにお金を稼ごう」と思ったとのこと。そして、稼いだお金継続的にあしなが育英会寄付してきたのだと。


高木さんはこういった。

自分は中卒で仕事を始めた。兄たちから逃げるにはこれしかなかった。私は運がよくてたまたま成功した。でも、もし学歴があったら広い世界を見て、自分が本当にやりたかった仕事を選べたと思う」

「だからたかしくんには、勉強を頑張って広い世界を見られるようになってほしい。働くのは後からでもできる」

お金のことは心配しなくてもいい」


そして、こうもいった。

「いまお母さんは、お仕事社労士という資格を目指そうとしている。お母さんの勉強応援してくれるかな」

母の仕事の詳細についてはよく知らなかったが、パートから正社員になったという話は聞いていた。社労士のことは全く知らなかった。

でも、母が資格を取って仕事をするのは、正直素晴らしいと思った。

そして、うまく言えないけど、高木さんのことは信じられると思った。


そこからも、高木さんとは2-3か月に一度会関係だった。

高木さんは、「あなたのお母さんの頑張りは素晴らしい」「会社の多くの人から信頼されている」ということを何度も言っていた。

そして数年後、母が社労士に受かった。確か私が高校2年生のころだった(と思う。うろ覚え

この時、自宅に私と母宛てにアマゾンギフト券がそれぞれ10万円ずつ送られてきて、手書き手紙で、「おめでとうございます。これは親子の頑張りのたまものです。お祝いさせてください」と書いてあった。

手紙はまだとってある)


私が大学に行くときに、母はもう社労士になっており、高木さんのすすめで社労士事務所として独立して、高木さんとその知り合いの会社仕事を回してくれたおかげで、収入もぐっと上がった。そして、母は自分の稼ぎで住宅ローンを組み、マンションを買うことにし、そのタイミング高木さんに「もう援助いただかなくても大丈夫です」と伝えた。が、高木さんからは「年寄りのお願いで、大学学費までは出させてくれないか」と言って、母は受け入れた(と後から聞いた)。


実家から出て大学に行き、地元に戻るたびに高木さんとも会った。そして、このころは「たかしくん」ではなく「たかしさん」と呼ぶようになっていた。大学でどんなことを勉強しているか、周りにいる友人知人はどんな人か、今後の世の中はどう変わっていきそうか、自分はこれからどうなりたいかについて聞かれ、話をした。高木さんは、にこにこして聞いていた。すごいね、いい時代を生きているね、と何度も言っていた。


高木さんと自分は、親子、みたいな感じでもなくて、兄弟という感じでもない。たまにあう親戚のおじさんが、間合いをみながら話してくるんだけど、よそよそしくはない、という感じ。甘えたことをいったことはないし、精神的に甘えてもいなかったと思う(お金は世話になったけど)。


社会人になって3年目。母から連絡があって、「高木さんががんで入院している。時間があるときに見舞いに行こう」という電話が来た。ちょうど年度末だったので、年度が終わったタイミング実家に帰って、そこから車で高木さんの病院にいった。


高木さんは、ものすごいやせていて、でも目だけ妙に元気に見えて、そこから生気が感じられた。少し小さなこえで、「たかしくん、わざわざ来てくれてありがとう」といった。何故だか、手を握らないという気持ちになり、手を握った。ああ、老人の手だな、死にゆく人の手だな、と直感的に思った。


高木さんは、ゆっくりとこう続けた。「たかしさん、これまでありがとうたかしさんと、お母さんの成長を見るのが私の楽しみでした。お母さんはい自分会社経営し、たかしさんは世界に羽ばたいていきましたね。私の余命は半年か1年です。私は、自分兄弟とその子供には一円お金を残したくないので、会社も自宅も売却をすませていて、残ったお金もできる限り使い切るつもりです。」


とここまで来たとき、「ひょっとして私に大金来る?」と一瞬思ったがすぐに、「すでにほとんどのお金寄付しました」と続いてちょっとだけ残念に思ったが、その残念に思った自分が、あさましいなとも思った。


で、高木さんは、続けた。「たかしさんとお母さんにお願いがあります。私の妻と息子が眠る墓があるのですが、そこに私を連れていってくれませんか。病院には話はつけてあります」というので、翌日介護タクシーに乗って、病院から30分くらいの墓地にいった。


墓地はなだらかな坂になっていて、中腹に「高木家の墓」と書かれた墓があった。高木さんを連れて行くと、「さちこ、よしゆき(どちらも仮名)、来たよ」といって、妻とお子さんの名前をいい、「もうすぐ行くからね」と語りかけていた。ああ、高木さんにとっては待ち望んだ瞬間なのかなとふとおもった。そして、高木さんは「お願いがあります。お願いばかりでごめんね。私が死んだら、おかあさんとたかしさんに、ここに骨壺をいれてもらえませんか」というので、私は「もちろんです」とだけ答えた。後で、自分の死後の手順が事細かに書かれたWordファイルを送ってくれた。


その後、2か月おきに実家に戻り、その際には高木さんに会いに行っていたが、徐々に容態は悪くなり、墓地に行ってからちょうど1年半後に、高木さんは亡くなった。高木さんの「自分の骨を他人に見られたくない」という信念を尊重し、お棺の中をご家族写真でいっぱいにし、私と母、そして高木さんの弁護士の3名だけで、葬儀をした。弁護士には、高木さんが死にそうになったら、残金をできるだけ少なくするために寄付してほしいと伝えてあったようで、強い、強い兄弟への恨みを感じた。


弁護士さんは、高木さんとは30年以上の付き合いとのことで、晴れ晴れした顔で、「高木さん、今頃奥さんとお子さんに会って、若返って天国子育てしてますよ。幸せ時間を過ごしてますよ」というので、昔写真で見た高木さん家族が、あの頃に戻って、写真そのままの笑顔子育てを再開していることを想像すると、泣けてきて、弁護士さんの前でぼろぼろ泣いた。心底、そうあって欲しいと思った。なお、高木さんの兄弟相続については、弁護士さんが対応されたので私は知らないし、特に知りたくもない。また、弁護士の方が主催した仕事仲間向けの「高木さんお別れの会」は、私が参加する会でもないかと思い、母子ともども参加していない。


49日が終わったあとで、母から高木さんから、預かっているものがある」といって、未開封封筒を渡してくれた。中には手紙が入っていた。手書きではなく、弁護士さんがタイプしたもの引用する。


たかしさん、思えばたかしさんと出会ってもう20年近くになりますね。かわいらしい男の子立派な大人に成長するのを見させていただきました。私の死後の後片付けもありがとうございました。あなたが生きる時代は素晴らしい時代です。お仕事を頑張って、守るべき人を守って、素晴らしい人生を送ってください。これまでありがとうございました」


これを読んで、また大泣きした。高木さんとの思い出、といっても親子ではないので、時々ファミレスで会って話をするくらいの思い出だ。母への手紙も見せてくれた。


「〇〇さん(母の名前)、一生懸命たかしさんを育て上げ、自分事業も作られて、大変な苦労だったと思います。すべて〇〇さんの頑張りによるものです。ぜひ胸を張って、誇ってください。私の死んだあとの後始末、お手数おかけしました。素晴らしい人生を送ってください。これまでありがとうございました」


ちなみに、高木さんは亡くなる少し前に、母に「あなたと息子さんはもう大丈夫。残ったお金もっと困っている人のために寄付をさせてもらうね」と言っていた。なので遺産は全くもらっていない。


母に、「高木さんとは本当に愛人関係ではなかったの?怒らないから本当のことを言ってみて」聞いたが、「それが本当になにもなかったの。逆に、高木さんは私たち支援していることを、他の人に知られたくなかったみたいで、高木さんの会社にいたときほとんど接触してこなかったし。高木さん、私たちが一番つらい時に助けてくれて、生活基盤を作ってくれて、風のように去っていったよね。。。妖精だったのかな」といったところで、全く妖精には見えない外見の高木さんを思い出し、「妖精か!」といって、母と笑いあいました。


まあ、母と高木さんが愛人関係だったのかどうか、本当のところはわからないし、まあ今となってはどちらでもいいかなと思う。私が実家にいたときに、母は外泊もなかったし、LINEなどで怪しいメッセージなどもなかった(母よすまない、時々勝手スマホをチェックしてた)。私は愛人関係はなかったと思うので、まあそれでいいかと。


最後まで、高木さんはどうして、この母子にここまでしてくれたのか、ということを聞く機会がなかった。おそらく、小さい息子のためにパート仕事必死に頑張る母親を見て、何か感じるところがあったのだろうけど、そこを聞くと、彼の亡くなった奥さんとか息子さんの話をほじくり返すみたいで、失礼かなと思ってた。


何が言いたいかというと、「高木さん、ありがとうございました」ということです。今も実家に帰るたびに、高木さんのお墓にいって手を合わせていますうまいオチはないが、これで終わり。

2026-04-20

anond:20260420151537

まず言ってることの前提が共有できてなくて申し訳ないんだけど、公立高校中高一貫ではどっちの方が実績が高いってイメージ

自分は文武一道を校是とする公立トップ出身だけど、野球部はめちゃくちゃ強い年で県大会ベスト4、初戦敗退も珍しくないくらいの弱さ。

慶應とか早実の方が実績は圧倒的に上だけど、じゃ開成慶應早実並みに実績あるかというと多分そんなことないだろう。東京高校野球事情はよう知らんけど。

高校時代(≒大学入学時点)の強さとして、公立トップ校と私立中高一貫校のどっちが上と考えているのか

・「期待値」というのは入学時点の上手さの話なのか入学後の伸び代の話なのか

このあたりの認識が分からないので教えて。

2026-04-19

職場距離感バグったやつがいて怖い

身バレ防止のために内容のいくつかにフェイクをいれています

本題に入る前にまずは少し長めの自分語りから始めさせてほしい。

私(ケンジと仮称しよう)は人付き合いが苦手だ。

から受け身の交友関係を築いていたので気が付いたら周りに人がいて、疎遠になれば自然関係が切れていた。

そんな人間なので一番古い交友関係高校時代クラスメイト。彼らとは年一回以上は会ってご飯を食べに行ったり出かけたりする。

同時期に部活仲間というもう一つの付き合いが深い関係があったが、そちらはある時連絡がおっくうになって気分でLINEグループを抜けて、それ以来だ。

あとはネットで知り合った仲間もいる。そちらは物好きの集まりであるからかわからないが今でも付き合いがあり、学生の頃に知り合ったのに気が付けば全員社会人大学受験がーとか話していた間柄で集まってお酒を呑んだりして不思議感覚さえ覚える。

趣味で知り合った別の集まり過去にはあったものの、そちらはそのコンテンツから離れたことをきっかけに自然と離れた。もう一つ理由はあるがわざわざ書くことではないだろう。

友人関係だけでなく家族との付き合いもへたくそだ。

今は一人暮らしをしているがその理由も家を離れたかたから。今はそう思うこともないが、かつては家族とのウマが合わず家にいるだけでしんどかった。

中学生以降で日常的な会話をした覚えがない。あるのは聞かれたことに対して「そう」「ううん」と返事をし、どこかへ行くことがあればその行先を伝える、言わば業務連絡のような会話だけがそこにはあった。

簡単なことで口論となり、週一で言い合いをしていたような消防が出した結論としては「なるべく話さないこと」だった。結果的口論は減ったがご飯時以外は部屋に籠る陰キャの完成である

そんな人間大学で上手くやっていけるわけもなく、入学してすぐに周りとのグループ形成に失敗。

一年の後半から単位を落とし続けて二年には講義すらも放棄し始め、三年に入る前に退学した。単なる金銭泥棒だった。

バイトハローワークを繰り返してようやく就職。まぁろくでもないやつが入れるところなんてろくでもないところ。人を弾丸のように放っては補充する、そんな人材派遣会社

運良くグループ建設会社に引き抜かれたことによってマシな生活はできたが、現場コロコロ変わる環境に人付き合いがへたくそ人間が行けばどうなるか、その結末は誰でもわかる事だろう。

一年ちょっと退職した。

そして転がり込んだのが今の会社だ。

好きな仕事ではないし、自分に合っているわけでもないが狭いコミュニティだったおかげでなんとか続いている。

少し前に工場の集約があったり、部署移動と上司退職と増員。社員の定着率が高くない職場ゆえに競争相手がいなかったため、チームを率いる立場になってしまったりと、環境は以前と大きく変わった。

人付き合いは相変わらず苦手だが、部署内の人間とは相談しながら仕事を進められている。上司は得意ではないが、それなりにはやっている。気が付けばもうすぐで十年。良く続いたものだ。

今私が置かれている状況と、簡単な経歴が以上の通り。

ここから本題に入る。

若い人材が中々入ってこないうちの工場に昨年一人の新入社員入社してきた。

遠く離れた県からはるばるやってきたそうだ。大きな会社というわけでもないのに不思議なやつだと思った。

工場は同じでも部署は違う。ましてや相手女性特に話すことも、工場内でも会うことが少なかったために関わることは無いと思っていた。

状況が変わったのは今年の二月ごろ。それまで会話が一切なかった私たちであったが、わざわざ顔を合わせて挨拶をしてきた。

とは言えただの挨拶だ。そんなに不思議なことではない。私は適当挨拶を返した。

それから数日すると、今度は会うたびに何かしらの話題を振ってくるようになった。

交わす言葉は週に一回一言ずつくらいだったので、特別仲良くなるとかそういったことは無かった。いたってこれまで通り。少なくとも私の認識ではそうだった。

何か趣味はありますか?ゲームが好きなんですね!もっとゲームの話とかしたいのでよかったらLINE交換しませんか?

ある時状況が一変した。コイツは何を言っているんだ。

この話を持ち掛けられたタイミングでも交わす言葉の数は変わっていない。何か聞かれてそれに応える、1ターンの攻防を週一程度行っていただけだ。

もっと話したいと思えるようなタイミングなど無かったはずだった。

しかも後々わかったことだが、彼女はわざわざほかの社員に「(私の苗字)さんともっと仲良くなりたいけれどもどうすればいいのか」と相談していたらしい。相談を受けた社員からもっと周りの人に興味を持ちましょう」と注意されてしまった。それに関しては返す言葉もない。

別の社員に対しても「(私の苗字)さんって冷たい人なんですか?挨拶をしても反応が薄いんです」と。そう思っているのならなぜそこまで話しかけてくるのかが私にはわからない。

話を戻すと、結果的LINEの交換はした。仕事の連絡を他の社員としていることもあって、断るのも変な話だと思ったからだ。

交換した証として某有名パズルゲームキャラクタースタンプを送っておいた。ばたんきゅーあいつらだ。流石にこれくらいは知っているだろうと。

可愛いキャラクターですね!何のキャラクターですか?

その程度の知識で私とゲームの話をしたいと言ったのか。ますます困惑した。

そこから面接のようなQ&Aを数回繰り返して最初のやり取りは終わった。

以後業務時間外に何度かメッセージが届く。わざわざそのゲームを始めたらしい。なんて行動力だ。

ケンジさんは休日何しているんですか?

どさくさに紛れて苗字呼びから名前呼びに変わっていた。

ゲームしたり喫茶店ゆっくりしているよ。

今度一緒に喫茶店に行きたいです!

まだ職場でまともに会話を交わしてない私たちで?

メッセージは来たら返してはいるが、職場では相も変わらず挨拶とたまに一言交わす程度だ。休日一緒に出掛けるほどの仲ではない。

このゲーム動画見ながらやってても難しくて、ケンジさんに教わりながらやりたいです!

ただうまくなりたいんじゃなくて一緒にわいわい遊びたいんです!

から距離感は未だに変わっていないが、何故か彼女から距離はすぐそこまで来ているようだ。

正直私はこの時点で恐怖を覚えていた。意味が分からいから。

彼女がただそういう人間であるならばそうは思わなかっただろう。しかしながら互いに一年近く何も無かった間柄だ。

その上偶然耳に入った情報が確かなら彼女は人付き合いに積極的ではなかったはずだ。

君は物好きだ。今までそういう人に会わなかったからびっくりしてる。

言葉を選びながらメッセージを送ったつもりだ。

そう見えました?でもケンジさんと一緒なら何でも楽しそうだと思ったし、今までそういう人がいなかったのなら第一号になれて嬉しいです!

おかしい。一緒なら何でも楽しそうだと思えるようなことをした覚えは何もない。このメッセージを受け取った段階でもやってることは変わらない。

変わらないどころか彼女は別の職場へ一時異動となったのでもはや職場で会ってすらいないのだ。

そして次に記すのが直後に届いた最後メッセージだ。

実はちょっとお願いがあって...これからケンくんって呼んでもいいですか?

改めて記すが私は十年近くこの会社に在籍している三十路超えのおっさんで、彼女新入社員としてやってきてまだ一年。十年近い差のある先輩後輩の関係だ。

それをくん呼びしようとしているのだ。正気とは思えない。

私は記憶喪失でもしているのだろうか。知らない間に彼女と何かしらやり取りを沢山してきていないとあり得ない会話が展開されている。

ただでさえ今は自分仕事関係性で悩んでいるのに、これ以上変なことで悩みの種を増やされてはたまったものじゃない。

今度気の合う友人と会って相談するつもりだが、ひとまずここで現状を書き殴った。そういったところだ。

そう悩むのならなぜ最初に連絡先の交換を受け入れたのかと思われるが、流石に職場人間相手に連絡先の交換を断るのは変だろう。

何故やり取りを続けるのか。最低限の礼儀として対応しているつもりだ。

とはいえこれ以上距離を詰められたくないと思っている。職場人間との関係はその中だけで終わらせたい。プライベートへの干渉は私のような人間には苦痛だ。

からと言ってそれを伝えるのは間違いだと理解している。

相手女性だ。同じ職場にいるのが気まずいから辞めるなど、変に話がこじれたら問題になりかねない。

単純に友人関係を築きたいだけなら良いのだが(いや良くない)、せめて段階は踏んでほしい。

それともこれが一般的な交友関係の築き方なのだろうか。わからないし、聞いたことも無い。

私はどうすればよいのだろうか。

私はどうすればよかったのだろうか。

今考えている範囲でいうと先述の通り友人への相談

あと急な行動内容の変更から考えるに彼女一人だけの行動とは考えづらいこと。

加えて呼び方に関して似たような変な呼び方をしていた本社人間が一人いる。なおかつ彼女とも何度か話していたらしく、何か繋がりを感じるので今度会ったら問い詰めてみようと思う。

これからの行動はひとまずそれでいいだろう。過去を振り返るのはそのあとか、もしくはこれを見た方々から「こんなこともわかんねーのかよコミュ障」と叱責を受けつつ答えを貰えることを期待しよう。

anond:20260419112946

本人の能力と同じ入試偏差値大学入学して卒業してる前提なんだよね

例えば能力的には偏差値70あっても入試偏差値35の大学卒業してたらその人の能力偏差値35しかないと決めつける

バカなんだろうなって思うよ

2026-04-15

anond:20260414220451

記事主だよ。

ユーモアチャレンジ精神若さかな…。

たむらかえさん好きでちょこちょこ見てるよ!

製菓学校入学するチャレンジ精神すごいと思う。自分は安定志向から

anond:20260414203347

全く同じことを昨日考えてた

県内トップ高校入学できた。大学勉強したいこと、教えを請いたい教授がいることを条件に選んだ。

何の意味もなかった。今思えば大した頭でもないいのに、研究者になるわけでもないのに大学に進む意味はなかった。

実家には戻らず、十把一絡げのサラリーマンになった。給与をほんの少し上げるために勉強もし続けた。何の意味もない。

勉強が嫌いで、彼氏が行くからと選んだ近くの専門学校に行って、実家暮らした従妹は

23で結婚して子供産んで幸せ暮らしてる。

anond:20260415081955

本人の能力と同じ入試偏差値大学入学して卒業してる前提なんだよね

例えば能力的には偏差値70あっても偏差値40の大学卒業してたらその人の能力偏差値40しかないと決めつける

バカなんだろうなって思うよ

2026-04-14

俺には夢が無い

スペック

27歳

アスペ

ADHDの疑い

デブ(前回計測時体重140kg)

借金あり

幼稚園の頃、俺は宇宙飛行士になりたかったはずだ。何故なら卒業文集にそう書いていたからだ。

実際は高所恐怖症があるため無理だった。

小中学生の時と高校入学時、ゲームクリエイターになりたいと言ったのを覚えている。東方にハマって、そういうゲームを作りたいと思っていた。

実際はプログラミングをまともにできずに諦めた。そもそもその頃俺は自ら引きこもりになって、学ぶことそのものを一度諦めた。

大人になってからもう7、8年は経過している。そろそろ夢というものに向かって頑張り始めるには遅い気がする。

それでも諦めずに、趣味仕事にすることを考える。

ゲームに関しては、そんな腕前はないし、何よりそれで食っていけるヴィジョンが見えない。

食べ物を食べることも、作ることも好きだが、人様を満足させるほど良い料理は俺には作れない。フードファイターのように多くの量を食べることもできない。そもそも好き嫌いが多すぎる。

パチンコなんて以ての外。趣味打ち以上に金を使えば破滅が目に見えている。

今の就労支援B型を真面目に毎日、きちんと最後までやっていれば、そのうち夢や目標もできるのだろうか?

そうでなくとも、A型一般就労に繋がって、趣味に使える金が増えたりしないだろうか?

と思って軽くだが調べた。

B型就労支援一般就労率は、10%前後らしい。

無理だろ。

というか、今でさえ2、3時間作業(働いているとまでは言えない労働量なのでそう書く)したら疲れたり体調を悪くしたりするのに、どうしてできると思った?俺よ。

世間の声なんてどうせ俺に対してなんか「甘えるな働け」の言葉しかないだろう。

しかに甘えているのは事実だとは俺も実感している。

からと言って、そんな人間に対してそう言ったところで「わかりました甘えません今すぐ働きます」なんて例は見たことがないし、言われたとしても俺にはできん。

数年前(もう何年に俺が就労Bに行ったかも忘れた)、バイトをしていた頃がある。20歳付近の事だったはずだ。

4時間。それが俺に決められた労働時間だった。

それすらもまともにやり抜く事が出来なかったのだ。

ディスカウントストアにて働いていた最終盤に、女の先輩から言われた事を今でも覚えている。

「私と貴方が同じ給料貰ってる事が信じられない」

そういう事だ。今の俺が働いても、他の人間以下の仕事しかできない。

それだけの価値しか、俺にはない。

実際、俺のいるところは恵まれているのだろう。

から近いし(車で10分とかからない)、作業時間は短いし、それでいてそれなりに工賃は貰えてると思うし。

でも、就労Bにも嫌なことはある。

人間関係だ。俺はもともと子供が苦手だ。親でも制御できないことがあるからだ(実体験もある)。で、利用者の中に「子供っぽい」奴がいる。

そいつは、「僕ネット荒らしちゃったんですよ~ww」とヘラヘラしている。俺と同じゲームをやって、「僕下手だな~ww」と笑っている。喫煙者でもないのに喫煙所に来て喫煙者と談笑している。

正直言って一緒の環境作業したくないくらい苦手だが、それはそれとして楽しそうだ。それに比べて俺はどうだ?

始業15分前には駐車場タバコ吸って、時間ギリギリタイムカードを押して、トイレ行って、作業黙々とやって、昼過ぎか午前中に「すみません、体調が保たないので帰りますお疲れ様でした。また明日(金曜の時は来週)よろしくお願いします。」の定型文で帰って、やることと言えば飯食うかネット見てるか寝るか。たまに所持金がある時は自分の飯やおやつ買うか、もっと所持金がある時はゲーセンや低貸しのパチ屋へ行く。勝てば夕飯は外食、負ければ家で食う。

この人生楽しいか?って思えてきた。いや楽しい時もあるけどそうじゃない。これをずっと繰り返して生きるのは(肉体的にも精神的にも環境的にも)辛いんじゃないか?と思う時がある。

兎も角、生きている意味なんてものを、俺は自分に見いだせない。

だが死ぬ苦しみも(一瞬だと分かっていても)辛いだろうから、どうせ死ぬのは先延ばしにする。

生きている状態死ぬまで続ける。

そのうち、障害者年金も入るし、精神科の病院もある。

眼の前の、出来ることだけやる。平日は毎日出来る限り就労Bに行く。借金は少しずつでも返す(近々任意整理が一部の借金に対して始まるかもしれないし)。パチンコは辞めるまで行かなくとも、ゲームの方に矢印を向ける。ダイエットは考えていないが、野菜は食べる(野菜を多く取れば、痩せるまで行かなくとも健康はいいかもしれないし)。

せめて、1人になっても生きている状態を続けられるようにしなくてはならない。

長々と書いてきたが、俺は誰かにこの文章を見てどう思って欲しいんだろうか?

「よく頑張ってきたね、えらいね」か?これは違う気がする。そこまで頑張ってないし。そもそも、なんというか、俺は自分人生を褒めてもらいたいと思った事はない。

「なんだかんだ言って結局逃げたいだけじゃねえか。甘えんな働け」?これも違う。俺は対立煽りたい訳じゃないし、何よりそういう思想を持つ人と俺は合わないだろう。そう言われたところで、はいそうですか、となるだけだ。

どうしたいのか俺もわからん。ただ、この文章を誰かに見てもらいたい、読んで何かを思って欲しいと思ったのは事実だと思う。だから残す。

俺には夢がない。だが目標はある。

東大の新入生って若い人達ばかりでなく、佐々木望のように年齢を重ねてから入学する人もいると思うが。

anond:20260414104601

ありがとうございます。私も本当に自宅保育したかったです。

>未就学児の時間は戻ってこないよ

このお言葉の通りだと思っていて、

子どもが本当に親離れしたら、しっかり働く

・せめて小学校入学まででいい

等何度も夫と話し合いましたが駄目でした。

ノー残で男性の平均年収はもらえていること、職場環境等がよいこと、ブランクがあれば同条件での復帰が大変難しいと夫にいわれ、

頭を下げ続けるので泣く泣く飲みました。

折り合いをつけなきゃいけないのですが、どうしたってつらくてはきだしてしまいました。

子供嫌がるまでは、一緒に過ごせる時間めいっぱい子供にかまってもらいます

2026-04-12

anond:20260411144007

日本医者の診断まじで当てにならん

ググったりAIのほうがよっぽど正確な情報だしてくる

大学入学がゴールで勉強やめるみたいな

医師免許とったら勉強やめる糞のような医者が多いんやろなあ

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