はてなキーワード: 満員電車とは
今まで1000円カットで「スポーツ刈りで!」しか言ってこなかった人間が、今日、はじめてヘアサロンに行った。
ことの発端は先月のこと。5月半ばに開催される某フェスにて自分の「推し」と話す機会を得てしまったから。
まさか当たるとは思ってなかった。実際、彼女は超がつくほど人気の人。
TLには落選したとの声が無限にあったのに、まさかの自分は前回(4年前)から2連続当選。
私の中の「推し」の概念は付き合いたいとか、自分を見てほしいとかではなく、
敬愛というか、生き方の指針というちょっと離れた価値観を持ってる気がする。
だから、直接触れたいとかはあんまり思ってなかった。(推しも恋愛とかあんまり興味がないみたいな話をしてた)
けど、実際に会うのだから、友達みたいなラフさではなく、尊敬していますよという誠意を見せるためにそれなりの身なりをしないといけないな…と思い今回このように決めた。
準備は…とくにしていない。なんか髪型とかあらかじめ決めておいた方がいいかな、とか思ったけどなーんも美的感覚がないからよくわかんなかった。
当日。時間通りに店に入る。雰囲気は明るい感じで嗅いだことのない匂いだった。
荷物を預かりますと言われ、荷物を差し出す。VIP待遇すぎるな、ってその行動だけでも思ってしまった。
最初はアンケートを書いた。個人情報を普通に書いたのち、髪の話がいっぱい書いてあった。
髪のセットはどのくらい時間がかかりますかと聞かれ、2、3分から20分くらいまで書いてあったので世の中の人間は髪に結構注意してるんだな…って気持ちになった。
あとは髪のイメージとか書いてあったけど、とりあえずで書いた。
自分の担当の理容師さんは同年代かちょっと上くらいの穏やかで性格があってそうな人だった。ちょっと安心感あった。
自分の横に座ってたので、鏡を見るべきなのか横に座っている理容師さんを見るべきなのかわからなかった。
話をしたときは、まったく美容院に行ったことがないこと、いろいろお試しでやってみたいとかそういう話をした。
けど、なんもわからないし、美的感覚もクソもなかったのでとりあえず紹介してもらったやつにした。
普段は1か月で髪を切ってたんだけど、3か月も伸ばしてたので「これだったらいろいろいけるだろ」って思ったら「ちょっと短いですね…」って言われた。
けっこう髪の毛はむしむしするレベルだったのに、これだけで短いなんて言われたので世の中の人間、ずっと頭むしむししてて大変なのかなって気持ちになった。
もちろん髪質とかあるんだろうけど。たぶん。
そんなこんなでどうにか決めてもらった。なんとなくの雰囲気だけで決めた。
最初はシャンプーした。めっちゃあたまもみもみしてもらった。てか最初にやるんだ、シャンプー…どうせ切るのに。
あと、あおむけだったんだけど顔を隠すなぞの紙もかぶせてもらった。最初はなぜって思ったけどよく考えたら顔に水がかからないためか。
いっつも自分は頭皮に脂がたまらないためにわしゃわしゃしてたのに、めっちゃ髪の毛を洗ってた。また、なんかぽふんぽふんしてた。何か理由があるのかはわかんないけど。
次に、髪のカットをした。
ガウンを上からかけられるかと思いきや、手を入れることができますと言われたので、ガウンに腕を通した。
いままで手を出せないからかゆくてもずっとがまんしてたのに、手が自由に動かせるのが新鮮だった。
趣味はVTuberという推しコンテンツの視聴…ではなくカフェ巡り。仕事は本当のことを言うと若干説明が難しくなってしまうので、事務職をしてます…とか。
というか、バリカンじゃなくって髪の毛でちょきちょき進んでいくのが心地よかった。
いっつも2次元的に頭を丸くする髪型だったのに、全体的にまとまりを持ちながらも複雑な髪型を作り上げていくの、大変だなぁと思いながら見てた。
というか、芸術の域だなって思った。見た目、大切。
いったん完成して見たら、めっちゃ髪がふわっとしてた。自分の髪ってずっとぎゅうぎゅう詰めだったんだけど、想像以上にふわふわしてた。こんなに変わるんだ、って思った。
仕上げのタイミングで、髪のメンテンナンスの方法をいろいろ教えてもらった。ワックスはこんなかんじでぺたぺた塗るのよ~みたいな話。
あとは雑談もちょっとした。都会のスーパーはきらきらしてるんだとか、満員電車はメンタルがやられるとか都会にまつわる変な話をした。
ともかく、コツを教えてもらったし初心者にもやりやすそうな気がした。
これでお値段としていつもの2.5倍くらいのおねだんだった。すべてが新鮮に思える体験をしてこの値段なら安いなって思った。
髪の毛を立ててるので、めっちゃふわふわしてる感覚で、頭を実際に触ってみるとべたべたでつんつんしてるなとか。
頭に一切興味を示さなかった自分が、髪の毛を本当に変えてもらったんだって実感してた。
帰り際、服も買った。前に推しとお話ししたときに「トレンドカラーをしっかり押さえてるね」って言われたので、
今回もトレンドを見ながらシンプルな服を買った。オタクイベントなので、フォーマルすぎると目立つので、若干カジュアルめに。
人権がないと感じる瞬間
・家が極狭
・飯が食えない
こんなもんか、つまり
・家が30平米以上
・飯が一般的な食費くらい(月3万円)
→AIで算出
これが実現できる年齢
大卒 → 30代前半〜30代後半
専門卒 → 30代後半〜40代前半
・高学歴 月1〜5万円足りない
20代後半
・一般的な専門卒 月1〜5万円足りない
・高学歴 不足なし
どれかを諦める必要がある
・狭小住宅
・激務
・超節約
あるいは親にもらうか
満員電車の窓ガラスに映る自分の顔を、彼はときどき中古レコードのジャケットでも眺めるみたいな目つきで見ることがあった。
朝の光は本来もっと柔らかくて、パン屋の棚に並ぶ焼きたてのクロワッサンみたいに、人の輪郭をやさしく縁取るはずなのに、そのときの顔だけは夜通し冷蔵庫に忘れられていた野菜みたいに妙に疲れていて、アウトラインが水に落としたインクのように静かに溶けていた。
どこの誰とも知れない経営者たちが、会議室の白いテーブルの上で決めた数字や方針のために、名前も知られないまま働き続ける人間の顔。いわば、ラベルの剥がれた缶詰のような顔だった。
世の中には、あまりにも「社畜」でありすぎるがゆえに、静かな音を立てながら壊れていく人たちがいるらしい。
ニュースサイトの画面の片隅に、広告ブロックに挟まれた小さなバナーみたいに載る体調不良や過労や、あるいはもっと直接的な終わり方。
そこには映画館の予告編みたいにドラマティックな物語はほとんどなくて、ただ、安い蛍光灯がチカチカするオフィスのような単調な繰り返しだけが延々と続いている。
朝起きて、会社に行き、配られた台本どおりの役割をこなし、帰ってベッドに沈み込む。その循環の中で、消しゴムの角が気づかないうちに丸まっていくみたいに、何かが少しずつ削り取られていく。
それはまるで、見えない歯車の一部にいつのまにか身体ごと組み込まれてしまったみたいだ、と彼は思う。
歯車は、自分がどの装置のどのあたりにはめ込まれているのか知らないし、全体のかたちなんてもちろんわからない。
ただ、回ることだけを求められている。
そして回転をやめた瞬間、壊れたボールペンが引き出しの奥に無言で放り込まれるみたいに、静かに別の歯車と交換される。
起業して成功する人間は、おそらくどこかで別の種類の地図をポケットに忍ばせている。
あるいは、地図そのものを持たずに、砂漠の真ん中を歩くことをそれほど恐れない資質を持っている。
でも、多くの人はそうじゃない。
なるべく穴の少ない舗装道路を選び、あらかじめ敷かれたレールの上を、自分のサイズに合わない通勤靴のまま歩き続けることに慣れてしまう。
慣れるというのは便利な機能だ。スマートフォンの自動スリープみたいに、余計なエネルギーを使わずに済む。
けれど、その機能がいつのまにか見えない檻に変わってしまうこともある。
彼は考える。これは本当に、多少デザインを変えただけの現代版の奴隷制なのではないか、と。
鎖や鞭は、目に見える鉄や革の形を捨てて、契約だとか責任だとか評価だとかいう、ビジネス書の索引に並びそうな言葉に姿を変えただけではないか、と。
本質は、古い映画館のフィルムみたいに、ほとんど変わらないまま回り続けているのではないか。
階級という言葉は、今どきの若い人の耳には少し黄ばんだ紙の匂いと一緒に届くかもしれないけれど、その実体は、冷蔵庫の奥に居座る氷みたいに、しぶとく残り続けている。
上にいる人間は透明なバルコニーから下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。
エレベーターの行き先ボタンを眺めながら、決して点灯しない階のことを考えているみたいに。
それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。
ホームに立ち、同じ方向に視線を向ける人々の列に、音もなく混ざり込む。
その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を一定の速度で回遊する魚の群れや、よく調律されたメトロノームの列のようでもある。
誰もが何かをあきらめ、同時に何かを支えながら、同じようなリズムで息を吸い込み、吐き出している。
靴音が、まだ目を覚ましきらない街のアスファルトを淡々と叩いていく。
彼は思う。その群れの中にいるかぎり、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。
ただ、日々が小さなパケットデータのように送信されていき、季節がアプリのバージョンアップみたいに巡り、気がつけば自分でも戻り方のわからない場所まで来ている。
満員電車の窓に映る自分の顔を、彼はときどき他人のもののように眺めることがあった。朝の光はまだやわらかいはずなのに、その顔だけが妙に疲れていて、輪郭が曖昧に滲んでいる。どこの誰とも知れない経営者たちの決めた数字や方針のために、名前も知られずに働き続ける人間の顔だった。
世の中には、あまりに「社畜」であるがゆえに、静かに壊れていく人がいるらしい。ニュースの片隅に小さく載るだけの、体調不良とか過労とか、あるいはもっと直接的な終わり方とか。そこには劇的な物語はなくて、ただひたすらに単調な繰り返しがあるだけだ。朝起きて、会社に行き、決められた役割をこなし、帰って寝る。その循環の中で、少しずつ何かが削れていく。
それはまるで、見えない歯車の一部になってしまったみたいだ、と彼は思う。歯車は自分がどこに組み込まれているのか知らないし、全体の形もわからない。ただ回ることだけを求められている。そして回ることをやめた瞬間に、静かに交換される。
もちろん、誰もが自由にそこから抜け出せるわけじゃない。起業して成功する人間は、どこかで別の種類の地図を持っている。あるいは、地図がなくても迷うことを恐れない資質を持っている。でも多くの人はそうじゃない。安全な道を選び、与えられたレールの上を歩くことに慣れてしまう。慣れるというのは便利なことだけれど、ときどきそれは檻にもなる。
彼は考える。これは本当に現代の奴隷制度ではないのか、と。鎖や鞭は見えない形に変わり、契約や責任や評価といった言葉に置き換えられているだけで、本質はそれほど違わないのではないか、と。階級という言葉は古びて聞こえるけれど、実際にはずっとしぶとく残り続けている。上にいる人間は下を見下ろし、下にいる人間は上を想像することしかできない。
それでも、彼らは朝になるとまた電車に乗る。ホームに立ち、同じ方向を見つめる人々の中に紛れ込む。その風景はどこか奇妙に静かで、巨大な水槽の中を群れで泳ぐ魚のようでもある。誰もが何かを諦め、同時に何かを支えながら、同じリズムで呼吸している。
彼は思う。その中にいる限り、自分が哀れなのかどうかすら、うまく判断できなくなるのかもしれない、と。ただ日々が過ぎていき、季節が巡り、気がつけば取り返しのつかないところまで来ている。そういう種類の物語が、この世界には驚くほどたくさんあるのだ。
Audibleが3か月99円のキャンペーンをやっていたので、物は試しと入ってみた。
最初は小説を耳で聞くのに慣れなかったし、やはり文字を読む行為と、耳で聞く行為は大分違うなと違和感が大きかった。
だが慣れてみるとこれはこれで、という感じになってくる。
結構最近に出た人気の小説などもラインナップに入っている。最近の本ってハードカバーだと2000円を軽く超えてくるから、正直、購入を躊躇うことも多かったけど、これだと気軽に試せて良い。
ナレーションが俳優から声優まで、幅広くいて、プロの方に読んでもらうと、昔読んだ本も感触が変わって面白い。
又吉直樹の「火花」を、なぜか堤真一が朗読していて、小説の方を読んだときは割と「ふーん」で終わったのだが、堤真一の朗読だと何故か聞き入ってしまった。有名俳優が朗読している本はそこまで多くはないのだけど、やっぱり俳優ってすごいな、と思った。
キャンペーンが終わったら月額1500円?に戻るのだろうけど、ハードカバー1冊買うよりはお得だから、解約せずに続けるかも。
ただ、1冊を聞き終えるまでは普通に時間がかかる。長編小説で8時間~12時間とか。
散歩をするときは当然本を読めないので、ラジオなどを聞いていたが、Audibleで朗読を聞くスタイルなら、これは良さそうだ、と感じた。
もどかしくて自分で読んだ方が早いってなる
それは本当にそう笑 とにかく時間はかかる
集中しないと内容が頭の中に入ってこない気がするんだけどそこらへんどう? 作業してても耳は空いてるから~みたいな理由でAudibleって生まれたと思ってるんだけど そもそも作業して...
集中しないと内容頭に入ってこないのはその通りで、作業しながらには向かないかも。少なくとも私は向いてなかったです。
散歩してる時とか、夜寝るときとか、満員電車で本も読めない時とか、に使ってる感じ
あと料理してる時とか皿洗いとかしてる時もわりとよかった
朝起きてスマホ見て、意味もなくスクロールして、気づいたら出勤時間で、満員電車の中で「この時間って何なんだろう」って毎日思ってるのに、次の日も同じことしてる。
仕事は別に嫌いじゃないけど好きでもなくて、評価は「可もなく不可もなく」で固定されてて、給料は上がらないのに家賃だけ上がってて、なんか数字だけが現実で、自分はその外側にいる感じがする。
コンビニで買ったコーヒーがぬるくなっていくのを見ながら、「ああこれ自分だな」とか意味のない比喩を考えて、でも誰にも言わないし、言ったところで「で?」ってなるだけだし、そもそも誰に言うんだっけってなる。
友達は減ってないはずなのに連絡する理由がなくて、通知は来ないのに充電だけ減っていくスマホみたいな人間になってる気がして、でもそれを変えるほどのエネルギーもなくて、ただスクロールだけは続けてる。
たまに「何か始めれば変わる」みたいな言葉を見るけど、その“何か”って具体的にどこに売ってるのか分からないし、たぶん探す気力がある人はもうこんな状態になってない。
夜、電気消して天井見てると、今日一日何してたか思い出せなくて、でも確実に一日分年は取ってて、そういうのが積み重なっていくのだけは分かるから、なんかもうそれだけでちょっと詰んでる気がする。
https://x.com/not_tansio/status/2045721154162426345
https://youtu.be/yf1QV1b4aR0?t=30
https://www.uta-net.com/song/160033/
『皆いったいどんなシステムで 感情をコントロールしてるんだ 気が狂いそうで泣きだした僕がまともなんだよ morning station 満員電車に乗れなくて』
荷物を前に抱えるヤツはクソみたいな事を書いた増田を見かけた記憶がある。半年ほど前だっただろうか。
足元に持て、デカい荷物を持ち込むな、そもそも満員電車が悪い、などいろいろなコメントが付いていた気がする。自分は「満員電車が悪いのは同意するがそれは乗客側でどうにかできる事ではないので無関係。荷物は背負うより前に抱える方が省スペースではあるだろう。足元寄りの低い位置で持つのがベターなのは賛成だがカバンの形状などの都合で難しい場合もある。何より手が疲れる。大きい荷物を持ち込むなって、まあその通りだけど必要があって運んでる人もいるだろうから無茶いうなよ。この増田はなぜ前に抱える人に怒ってるのだろうか?」くらいに思ってた。
最近引っ越しをしたところ、割とギュウギュウになる電車に乗る機会が増えた。なんだかあの増田の言ってた事がわかったような気がする。
荷物を前に抱える人はそれだけで何かの責務を果たしたような顔をしている。このクソみたいな満員電車の中で自分はやれるだけの精一杯をやりましたと。しかし実態としては眼前に他人の臭い後頭を押し付けられる事のない安全地帯を確保しているだけだ。パンパンに膨らませたリュックで腹の前に空間を確保して安穏としてやがる。ギュウギュウに満員の時はリュックの上で、そこまでの混雑でもない時はリュックのさらに前に手を伸ばしてスマホをいじくる。こちらの肩や背中にスマホの先端がコツコツと当たり非常に煩わしい。それでも彼らは「自分、やる事やってます。マナー守ってますが何か?」みたいな顔をしてる。
あれだけ大きな荷物ならやはり足元側に置いてほしい。前に抱えるにしてもカバンを腕で抱え込むのはやめろ。専有面積が腕の分だけ広くなる。他の人はスマホを持つ事もできなくらい手を縮こませてるのだ。そしてそのドヤ顔をやめろ。詐欺師が「契約書にしっかり書いてありますよね?」とでも言うときの顔と言うか、自分には非は全くありませんけど何か?みたいな顔がムカつく。
長くなってしまった。AIに要約させてから投稿しろとか言われそうだからがんばって要約する。ここまで読んだ人にはすでに要約は不要かも知れないが。
毎日、朝5時にアラームで叩き起こされ、安物の作業靴に足を突っ込む。
ボロボロの現場服からは、どれだけ洗っても落ちない汗と埃の臭いがする。
クソみたいな上司に怒鳴られ、満員電車の隅っこで、スマホの画面だけが唯一の救いだ。
手元に残る手取りは、家賃と光熱費、それから食いつなぐためのカップ麺代で消える。
俺の体は、ただ社会という巨大な機械を動かすための使い捨ての電池だ。
そんな俺の横で、「心が壊れました」なんて面下げて、俺が死ぬ思いで納めた税金でぬくぬく生きてる連中がいる。
医療費はタダ。俺が「歯が痛いけど今月は我慢だ」って冷や汗流してる横で、あいつらは予約一番乗りで歯医者に行って、タダでピカピカに直してもらう。
年金も税金も免除。俺が将来もらえるかどうかも怪しい年金のために、毎月万単位で削られてるっつーのに、あいつらは今この瞬間、将来の不安ゼロで生きてる。
最近じゃ、生活保護をもらいながらVtuberやってる奴までいるって?
ふざけんなよ。
自室に引きこもって、高いゲーミングPCでゲームして、リスナーに愛想振りまいて、スパチャまでもらってんのか?
「外に出るのが怖い」「対人恐怖症なんです」……。
笑わせんな。俺だって毎日、会社に行く前に玄関で吐いてるんだわ。
それでも、這いつくばってでも仕事に行くのは、そうしなきゃ死ぬからだ。
なのに、あいつらは病気という最強の免状を持って、労働から逃げ切ってやがる。
あいつらにとって鳥貴族はたまの贅沢じゃなくて、毎日の食事なんだろ?
俺が半額シールの貼られた弁当を求めてスーパーを徘徊してる時間に、あいつらはクーラーの効いた部屋でApexに興じている。
俺が血反吐を吐いて稼いだ金が、あいつらのキャラクタースキンや、推しへの投げ銭に変換されている。
そう考えただけで、胃液が逆流しそうだ。
泥水すすって働いてる俺たちが「最低限以下」の生活で、何もしてない奴らが文化的な生活を送ってる。
世間の「専業主婦は夫が死んだら詰む」とかいう謎の脅し、あれ何なの?情弱すぎてウケるんだけど。現実は「夫が死んだら勝ち確」のボーナスステージなんだわ。
まず、住宅ローンね。団体信用生命保険(団信)で残債が爆速でゼロ。これだけで人生の難易度グッと下がるでしょ。住む場所がタダで手に入って、あとは固定資産税払うだけ。都心のマンションが自分のものになるとか、普通に働いてたら何十年かかると思ってんの?
そこにドカンとまとまった民間の生命保険金が振り込まれるわけ。これを当面の生活費と職探しの軍資金にしつつ、手を付けずに寝かせておけば、子供の学費なんて余裕で捻出できる。
さらにトドメが遺族年金ね。夫が会社員なら、遺族基礎年金に加えて遺族厚生年金も出るし、「中高齢寡婦加算」とかいう謎のブーストまでかかる。この国、マジで女にはめちゃくちゃ優しいから。
「主婦は社会復帰が難しい」とかドヤ顔で言ってくる意識高い系、もっと勉強したほうがいいよ。家賃がかからないんだから、週3〜4の適当なゆるふわパートで月8万くらい稼げれば、年金と合わせて普通に文化的な生活が送れるんだよね。貯金を切り崩す必要すらねーわ。これのどこが「詰み」なわけ?
男の人たちが、自分が死んだ後の妻の生活を必死に支えるために今日も満員電車に揺られて残業してると思うと、マジで涙が出てくる(笑)。感謝はしてるよ、やっぱり女に生まれて得しちゃったな〜って。
責任重い正社員になって定年まで馬車馬みたいに働くリスクの方が、よっぽど高くね?
どうにも暗澹とした気分になる。そう表明することも、匿名でしかできない。わかってる、もちろん本人が悪い。現代日本において性犯罪者の再出発はごく限られた形でしか許されることはない。
いじめ加害者の活躍を見るいじめ被害者の気分を思えば、という言い方をしてもいいのだが、性犯罪者よりは扱いが緩い感じがあるのはなんでだろうな。パワハラ加害者はのうのうと仕事をし、選挙で再選を受けたりもする。小山田某は大舞台こそキャンセルされたが、そこから1年も経たずに元の活動を(人気商売を、表現活動を)再開した。
いじめ加害者と性加害者の違いは何か? どちらも動物的本能に負けて社会のルールを破った存在ではあるが、この扱いの差は気になる。
「子供時代のことだから」はそこそこ普遍性があるだろうが、当事者には許せない人も多かろうし、許す必要があるとも思えない。とはいえ反省して更生して再出発は許されているように思える。
パワハラは緩い。せいぜい部署異動で、降格に至るケースがそうそうある感じもしない。これは刑事罰を課されるようなジャンルではないから、というのが大きいのだろう。被害者は自殺にまで追い込まれることがあるが。
然るに、性犯罪は直接的・身体的アプローチを含み、刑事罰が課される。比較対象は精神的ないじめではなく暴力だろう。ケガをさせるような力の行使ではなくとも、性暴力は暴力のうちだろう。パワハラも物理的な力の行使だと話が厳しくなってくる。
性暴力と暴力。合意のあるケースがノーマルとされるかアブノーマルとされるか、といった違いはあるかもしれない。恋人同士が合意のもと性行為を行うのはノーマルとされている。これは結構不思議なことに思える。「子作りは普通!」と叫ぶ人々が支配的だったこともあろう。動物の淡白な性行為には医療行為っぽさを感じることがある。人工授精っぽいというか。日常化したセックスはある意味わからんでもない。ポテトチップスを食べるような、即座にそこまで悪くないドラッグを摂取するような、退廃は自然といえば自然なのだ。興奮してのセックスはかなり異常。あれは性暴力の興奮だよな。合意しか違いがない。合意は犯罪かどうかを区分するし文化にとって非常に大切なものだが、その程度の差でいいのかという......話がズレた。暴力の加害側には愛があることがある。一方的な愛はそれ自体が暴力的なものであり、破壊的なものだ。我々は歩み寄ることでしか価値を創出できない。
当初の話に戻る。アクタージュの原作者が行ったのは暴力だ。そこには恐らく歪んだ認知が存在していた。社会的立場の全てを失うような犯罪行為をしてしまうのは、理性が機能しなくなっている時間帯があるからだ。依存症として説明される。自分だけを虐待するような摂食障害や買い物依存と比べて、性依存は他者を必要とするぶん社会的問題を引き起こす度合いが高い。
性暴力でない暴力に依存は存在しているだろうか。そういうケースもあるかもしれないが、満員電車の中でバレないように性的でない暴力を振るうような話はあまり効かない。直接的に痛みを与えるような行為ではない、から「相手も嫌がってないはずだ」という認知に結びついてしまうのだろうか。意味不明、とはしたくない。犯罪者を自分から遠いものとして切断してしまうことが何かの解決に結びつくとは思えない。自分だって少し道を違えれば犯罪者になりうる、それをどうすれば防げるのか、犯罪者と自分の違いを考えるのは、犯罪者と自分の共通性を考えることでもあるはずだ。
ネット上で「痴漢の冤罪問題」が話題になるのを見るたびに、昔付き合っていた彼氏のことを思い出す。彼はネットの「女叩き」コンテンツに脳を焼かれ、最終的に私の首を絞めた。
付き合い始めの頃の彼は、ごく普通の優しい人だった。しかし、Twitter経由でいわゆる「まとめブログ」の存在を知ってから、彼の中の何かが決定的に歪んでしまった。
私や女性全般に対する見下し発言が増えてきた頃は、まだ私もスルーできていた。でも、決定的だったのは「私が痴漢に遭った時」の対応だ。
「それって冤罪じゃないの? 男の人生を狂わせる気か!」と、被害者である私に向かって謎の説教をしてきたのだ。
そもそも田舎で人が少ないから逆恨みが怖くて、私は痴漢を捕まえて突き出したことなど一度もない。友人の話を聞いていても、痴漢を指摘すると「自意識過剰だろ」「お前みたいなブス触るかよ!」と逆ギレして逃げようとする男が多いと知っていたからだ。
それに、満員電車だけでなく、誰もいない地元の夜道で触られることもある。他に人がいないのだから冤罪もクソもないし、触られたこと自体は事実なのに、「冤罪!」と怒鳴り散らされるのは本当に意味不明だった。
私がそう反論すると、今度は「夜道を歩くお前が悪い」「ビッチみたいな服を着てるからだ」と自己責任論にすり替えてくる。
夜道といっても19時や20時の話だ。小中高と塾に通い、大学でも就職のために簿記講座に通っていれば、その時間になるのは彼だって知っていたはずだ。その時間に外を歩けないなら、現代女性はどうやって生きていけばいいのか。
服だって、高校時代は制服だし、大学ではジーンズやレギンスだ。だいたいお前、前はまとめブログの『女のファッションは男心がわかってない』みたいな記事に影響されて、私のレギンス姿をバカにしてただろうが。露出したらビッチ扱いで、隠したら男心が分かってない扱い。どっちなんだよ。
そこから先の話し合いは、もう常に「論点ずらし」と「ネットの受け売り」の無限ループだった。
私「夜に歩けないと就活も仕事もできないし、生きていけないよ」
彼「女はどうせ就職してもすぐ結婚や出産で辞めるんだから、会社で役に立たないだろ」
彼「少子化の原因は、女が『年収1000万の男じゃないと結婚しない』とか高望みしてるからだ!」
私「そんな極端な人、私の周りには一人もいないけど。ニュースやネットの極端な話でしょ?」
彼「だいたい、出産とか子どもが熱出したって理由で会社をすぐ休む女は迷惑なんだよ!」
私「えっ……でもあなた、専業主婦のことを『寄生虫』って叩いて、自分は共働き希望だって言ってたよね? 女が会社で働くのは迷惑で、専業主婦は寄生虫なら、女はどうやって生きればいいの?」
何を言い返しても、彼は目の前の「私」ではなく、ネット上の「仮想の女の敵」と戦っていた。論理は完全に破綻しているのに、彼の中ではまとめブログの知識が世界の真実になっていた。
何度話し合おうとしても、毎回この調子で話がすり替わり、お互いにイライラするだけ。もう限界だと思い、「もういい、別れよう」と告げた。
すると、あんなに「女はクソだ」と叩いていたくせに、彼は別れることを拒否し揉めた。最後はもう外でしか会わないようにしていたのだが、誰もいない道端の駐車場で話し合いになった際、彼は逆上して私の首を力任せに絞め上げてきた。