はてなキーワード: エメとは
最近さ、「不快な男は視界に入るな」とか「女を人間扱いしろ!弱者男性は告白してくるな!」みたいな言説よく見るじゃん?
これ、歴史的に見るとマジで笑えないレベルでヤバいフラグなんだよね。結論から言うと、その「女性を守るための自浄作用」を極限までブーストして実行したのが、あのKKK(クー・クラックス・クラン)なわけ。
まず義務教育で教えるべきなのは、映画『國民の創生』(1915年)の罪深さ。
これ、当時の大ヒット作なんだけど、中身はとんでもないプロパティガンダなんだわ。
ストーリーの核: 「野蛮な黒人男性が、清純な白人女性に性的アプローチ(求婚)をする」ことを最大の悪として描く。
結末: それを「騎士」であるKKKがリンチで解決し、秩序を取り戻してハッピーエンド。
この映画のせいで、当時消えかかってたKKKが爆発的に復活。彼らは「白人女性の純潔を守る(=不適切な性的接近から守る)」という大義名分を掲げて、私刑を正当化したわけ。
「目を伏せないだけで殺される」という終着点
ここからが現代のSNS論客に聞いてほしいんだけど、この「女性の不快感」をトリガーにした排除のロジックって、どんどんエスカレートするんだよね。
最初は「求婚」がダメだったのが、次第に「話しかけるな」「こっちを見るな」になり、最終的には**「目を逸らさなかった」という理由だけで黒人男性がリンチ殺害される(エメット・ティル事件とかね)**暗黒時代に突入した。
これ、現代風に言えば「視線レイプ」の究極の物理的解決版でしょ。
「下賤な男は排除されるべき」という選民意識と、「女性の安全」という全肯定されやすい大義名分が合体すると、法も手続きも無視した暴走が始まる。
構造が似すぎてて怖いんだわ。もちろん性被害は守られるべきだけど、「不快な属性をコミュニティからパージしろ」って叫ぶとき、その先にあるのが「KKKの復活」だってことは自覚しといたほうがいい。
なるほど、意図がよくわかりました。
あなたが言いたいのは、「もし情弱ビジネス的な構造が宗教の中にあるとすれば、それは信者を増やすことを目的とする宗教に現れやすい。ユダヤ教はそもそも布教を目的にしていないから、そういう構造とは無縁だ」
ということですね。
たとえばタルムード・イェバモート 47aでは、改宗を希望する人に対してまず三度止めるよう教えています。
これは「ユダヤ教を選ぶのは重い責任と掟を受け入れることだから、軽い気持ちではだめだ」という意味です。
また、ユダヤ教では「義人である異邦人(ゲル・トーシャブ)」も神に受け入れられる存在とされ(参照:バビロニアン・タルムード、サンヘドリン 105a)、全人類がユダヤ教徒になる必要はないと考えます。
つまり、ユダヤ教は信者を増やすための仕組みを持たない宗教です。
そのため「情弱ビジネス的構造(不安を煽って加入を促し、献金や依存を生む仕組み)」とは本質的に異なります。
ユダヤ教の倫理観では、商取引も宗教行為も「エメト(真実)」と「ヨシャル(誠実さ)」に基づくべきとされます(ミシュレー〔箴言〕11:1「偽りの天秤は主に忌み嫌われる」)。
昨日になって改めて自覚した嘔吐への恐怖の強さ、これのせいで通信制の学校に行くとは夢にも思わなかった
流石に病名が診断されるまでに酷いとは思ってないが、それでも人より強い恐怖を持つせいでなかなか過ごしにくい
一度体調管理を怠って栄養が極端に少なくなって正月にやらかしたことがある
が、その時の胃の内容物を嫌そうに避ける他人や、自分と自分の床周りに集まる視線 そして慌てて処理してくれた店員の姿
それらは5年経った今でもはっきり思い出せる、ハッキリしすぎて気分が悪くなるほどに
そんな周りの反応の中でも、小学校中学年まで消化器官が弱かった弟に距離を取られたことがショックだった
そして去年、公共の場で急な嘔気があったことで自分はどうしようもなくなってしまった
今までなかったのに突如起き、絶対に床にはできないと思いつつトイレに行った
トイレの個室を開いて蓋を開き、膝立ちになって顔を下げてみるが出せなかった
自分にとって落ち着ける家のトイレでも同じだった 腹の底に溜まる気持ち悪さが本当に苦しかった
よく「どうしても気分が悪いなら舌の付け根を指で押さえて出すと良い」と聞くけど、自分からしたらわざわざ自分で出しに行くことが信じられない
病院でも「無理に出すと体に悪いから出さなくて良い」と言われたが、「無理に出した方がいい」と言われても私は舌の付け根を指で抑えようなんて絶対思えない
こんな状態だから高速バスの長時間移動は殴られても行きたくない むしろ殴って寝かせた状態で運んで欲しいと思う程に嫌だ
公共の場で戻しそうになって以降ずっと休み、病院に行けと親に叱られた時「救急車で行け」と言ってしまった程に まぁ今思うと自分でもかなりわがままな発言だったと思うし、一見ただの気の持ちようなのに救急車を発車させるなんて有り得ないと思う 世の中には気を失うほど痛かったり苦しかったりする人がいるのに
もしやってしまっても周りは無関心 しかし楽しい日になるはずだったその日は嘔吐した人がいる事実で楽しめきれなくなる その状況はどうしても避けたかった
あまり言いたくないが、自分の目の前でバス移動中にされてしまった時の周りの無反応さは忘れられない
咄嗟に席を立ってしまって逃げ出したくなった時、周りを見渡しても誰も気にしていないのが怖かった
それなのに数ヶ月後、普通に過ごす戻した子に口を揃えて「かわいい」と言えていた周りが信じられなかった
帰りの移動の時に別席に無理矢理移動したことやあからさまな避け方に、傷つけたかもしれないな、と後悔している
運転中にも関わらずバスから飛び降りて帰りたいと思った時に見た、私の腕を引いて苦しそうに泣いていた顔も忘れられない
もう既に分かっていると思うけど、自分でやってしまうのと同様に見るのも嫌だった
ドラマや映画だとしても、どうして大半の人は生々しい嘔吐のシーンをスルーできるんだろう
漫画でも嘔吐をギャグとして扱ったりするコマがあったり、デフォルメにせず生々しく表現されていたり、小説でも地の文に内容物が床に叩きつけられる音や会話文に嘔吐する声をありのまま入れているものはどうしても読めなかった
テレビを見てふとそのシーンが目に入った時はしんどかった
胃の内容物じゃなくても、口に含んでいた大量のものを一気に吹き出す様子が嫌だ だから「口に異物が入っただけで吐き出したくなる某芸人」は本当に嫌だ
酒を飲みすぎた芸人が早朝の運動後に側溝に戻すのをドアップで移された時の辛さは言葉にできない
先程言った弟が戻す時、姉の役割を果たすことなく自室に逃げ込んで布団を被ったし、弟のそばにプラの桶が置いてあったら背筋が凍る
なのに弟が何度も戻すので、ここ最近までなかなか心を開けなかった
基本的に目の前でしていた人とは短くても数日、長くても数ヶ月自然な状態で話しかけられない
今話そうとしている人は数日前に戻したんだ、と言う事実が頭から抜けない
薄らあった恐怖が明確に強まったのは、小学校の時だと思う
1人の同級生の男子が教室に入った瞬間戻し、一斉に教室内の全員が机と椅子を引いた時、そして給食中
そしてついに、直接見たわけでもないのに人から聞いただけで話しかけられなくなってしまった
最近落ち着いていた弟が、卒業パーティーで食べすぎて戻したと聞いて、酷い言葉を何度もぶつけてしまった
私に伝えてきた母は、弟が戻した様子を的確に言ってきて、容易に想像できたからだった
「それでそん時にさぁ、…ぶぇっ!!ぶふぇえっ!!ぶぶっ、ぶるるぅえっ!!って」
こう表してきたら、どれほどの惨状か無意識に思い浮かべてしまうものだと思う
先程言った公共の場での日の翌日、台所にある水が勢いよく出ているだけで一瞬嘔吐かと思ってしまって飲み物を飲めず、シャワーが怖くて何ヶ月も体を洗うことすらできなかった
赤子なんてげっぷをさせなきゃいけないらしい
小さい頃消化器官が弱かった時に親にかけてしまったたくさんの迷惑を、自分も身をもって知る可能性があるものに関わりたいと思えなかった
ここまで強い拒否反応を持っているけど、戻した理由がちゃんと納得できるなら反応も少し和らぐらしい
例えば健康診断 あれは反射だから仕方ない ただ、それをいずれやると思うと辛くなる
他にもストレスや月のもの、悪阻が重い時 周りが注目するので心配されやすく、よっぽど酷いんだろうなと思える
中学の担任に重すぎて胃液も出たと言われたが、嫌悪感はなく大変だったんだなと思うだけだった
後は二次元作品に限るが、極限の環境で生きてく中で余程グロテスクな目にあったなら、それはそうもなるだろうなとすぐに思う
実際かなり過激な作品に自身も具合が悪くなることがあったし、スプラッター映画の中には、上映中に体調不良を訴える観客の多さで有名なものもある。
ただ、それ以外は許せない
弟の食べ過ぎなんて論外だ 納得できる箇所がどこにもない これだけは許せなかった
それとバスの移動での酔いは、納得はできても聞く気は一切起きない
高校に入って仲良くなった子がバスでやってしまったと言う話を聞き、酷いと思いながらも「距離を取ろう」と考えてしまった
だから私は嘔吐と言う生理現象を「ゲロ」だなんてバカにできない 笑うなんて絶対無理だ
何度か茶化して言う時があれど、うまい具合に笑いに変えることができてないと思う
こんなに避けてるくせにいつもは楽しいことばかりに逃げているから、昨日母が「健康診断で戻した」時のあの「ぶふぇっ、ぶぅえっげぇえっ」と言う表現に耐えられないでいるんだなと思う
エメトフォビアの人同士のコミュニティもあると聞くけど、楽しいことだけ考えていたくて放置した結果だ
自業自得だ
恐怖症なんて、普通に生きてきた人から見たらただの心配のしすぎだし、大げさな妄想でしかない
でも、人と話せなくなった時に知人が目の前で戻す夢や、自身が酷く嘔吐する夢で目が覚めた時は、どうしようもなく苦しいってことだけ言わせて欲しい
そして、二次創作をする人が嘔吐に配慮していることに心から感謝しながら、映像作品もそのシーンがある時は事前に言って欲しいとずっと思っている
唐突に嘔吐が話題に出たり、そのシーンを予告なく見てしまったりする時に過剰に反応してしまうから
https://note.com/774notes/n/n1c420bc05911
CDBさん、リベラル偽装いつもお疲れ様だけどちょっと突かれるとすぐにミソジニーヒス起こすから面白いよねー。
植松死刑囚と結婚した女性の言い分に納得しない人がいるのはいいけど、結局「女性の性加害は否定してはいけないのかー!」ってミソ丸出しにするところが彼の限界
ひょっとしてこの人、なんかやまゆり園の事件で発狂しちゃうような「何か」をお持ちなのかしら?
女たちのデータベースはもう普通の女性の恐怖、怒りを救ってくれるインフルエンサーとして認知されてるからミソ弱者オスが都合よく人権派気取って叩いてももう厳しいと思いますよ
>>外国人や老人、さまざまな弱者に対する憎悪が社会の中で蓄積する。ある時に若い女性が叫ぶ。「私は彼らに性暴力を受けたんです」と。それに対してメディアは反証も検証もできない、セカンドレイプなのでしてはいけないことになっている。そしてマイノリティに対して破壊的な暴力を行使する男性が現れる。女性たちから「私は、私たちは彼と同じ思想ではないし彼の暴力を支持したりはもちろんしないけど、彼は本当に優しくて頭が切れる理想のタイプで私たちは彼を愛しています」という社会的肯定のメッセージが安全地帯から打ち出される。これはほとんど虐殺文法の完成である。若い白人女性に口笛を吹いて白人青年団に惨殺された黒人少年エメット・ティルの事件とまったく同じ構造を持ったシステムである。<<
ミソオスの一部に、こうやって人権派気取って、「次の虐殺は”性犯罪の防止”という切り口で現れる!」とか無い頭絞ってなんとか社会正義の側に立とうとする奴らが現れてるよね
個人的にはバカ丸出しのアンフェキモオスよりCDBさんみたいな小賢しいタイプが一番気持ち悪いです
「体感治安が大事なのか?」→当たり前でしょ。女性が安心して暮らせない社会が先進国と言えますか?
障害者だって性欲持ってるし、女に嫌がらせをするなんて誰でも知ってることだよね?「お前」が出来損ないの手帳持ちだから電車で醜い陰茎を充血させて女性を恐怖させてもいいとでも?
ぼくオスだけど障害者なんですー 人権侵害やめてくださいー とかそんな甘えは許さないよ。女たちのデータベースさんはそこに筋が通ってるから支持される。
次はなんですか?「女はナチスだ!」とか言っちゃう? もう言ってるかもね。勝手に喚いてれば?
障害者だろうと貧乏だろうと不幸だろうと、女性に同意なく指一本触れたら生きていけないようにするよ。これがもうスタンダードです
障害オスをお持ちのママさんへ。ご愁傷さまです。 あなたの子どもはきちんと養護学校で管理させてください。 つらい思いをしてる女の子がたくさんいます。
・障害者のママである前にお前は性衝動をコントロールできないオスの生産者
女を踏みにじった先にある「人権」などというものになんの価値もない。わたしたちは闘うし、多分勝ちます(笑) せいぜい吠えてなよ
ノアの七つの掟(שבע מצוות בני נח, Sheva Mitzvot B'nei Noach)の一つに、確かに「偶像崇拝の禁止(איסור עבודה זרה)」が含まれています。
つまり、これはユダヤ人だけでなく、すべての人類に課せられた基本的な倫理的・宗教的ルールの一つとされています。
じゃあ、「キリスト教徒はノアの掟を破ってるの?」って話になりますよね。
ここが微妙で複雑なところなんです。
ラビの中には、三位一体の教義(父・子・聖霊)を信じることは、厳密に言えば一神教ではなく、Avodah Zarah(偶像崇拝)に該当するとする人もいます。つまり、「人間(イエス)を神とするのはノアの法に違反する」と。
他のラビたちは、キリスト教徒の信仰が倫理的・道徳的なモノテイズム(唯一神信仰の一形態)に基づいているという点を評価し、「これは偶像崇拝とはみなさない」とする見解もあります。
特に、中世のラビ・メナヘム・ハメイリや現代のラビ・ヤコブ・エメデンは、キリスト教徒は異教徒ではなく、倫理的な人々であると述べています。
また、ラビ・モーシェ・マイモニデス(ラambam)も「三位一体はAvodah Zarah」とはっきり言いましたが、その信仰によって世界中にモノテイズムの概念が広まったという功績も認めています(ヒレフ・メラキーム 11章)。
続き。
七英雄との最終決戦を目前にしてなにやら悪い予感を覚えた皇帝は、一度アバロンに戻り守るべき帝国を見ておくことにした。
歴代皇帝の得意技である瞬間移動を止めて自らの足で麗しきアバロンを眺める皇帝。七英雄の脅威に晒されながらも昨日と変わらず今日も平和なアバロンだったが、その帝都に暗い影が差していることに気がついたのは、帝国大学にほどちかい雑貨屋でのことだった。皇帝が訪れたというのに反応せず、苦しむように頭を抱えて揺れる店員。とっさに何かを察して王座に戻った皇帝は、しめやかにセーブをしたのであった。
今一度、店に戻ってもやはり店員は頭を抱えている。皇帝自ら話しかけてみると、なんと彼の体を食い破って中から巨大な蟻タームが出現した。
何かが起きている……何かとても悪いことが。その言葉を胸に王座に舞い戻った皇帝は大臣に事態の調査を命じようとするが、なんとその大臣すらも皇帝の目の前で蟻に変わってしまった。アバロン城内に巨大な蟻の姿が満ちてゆく。インペリアルガードも、忍者も、帝国軍の仲間たちも。皆あの店員と大臣のように頭を抱え、安否を確かめる皇帝の声に呼応するかのように体を内側からタームに食い破られて消えていった。
もはやこの城内で行動できるのは皇帝と近衛隊しかいない。地下が怪しいとにらんだ皇帝は、タームが闊歩するアバロン市街を抜け、大学地下から下水道へ向かった。下水道から通じる地下墓地の更に奥で皇帝を待ち構えていたのは、かつてサバンナの地下で倒したはずのクイーン──否、クイーンから更に成長して人間態を獲得したリアルクイーンだった。
なにやら得意げに復活した理由を語るソレを、皇帝は国民や臣下を省みなかった自らの過ちを噛み締めながら二度と復活しないよう消し炭にしたのだった。
一回アバロンを見て回るかと思ったら、サバイバルホラーになってびっくりした。リアルクイーンがヤバいみたいな反応は発表当時から耳にしていたのだけど、こっちの方向でヤバかったのか。いや、見た目もセンシティブだったんだけど(卵の内膜みたいなのまとってたのがえちかった)。
いやしかし、まさかここまで本拠地が壊滅的被害を被るとは思いもよらなかった。さすサガ。
パーティーインしていた帝国鍛冶職人と軍師、インペリアルガード♀以外のアバロン在中の仲間全員死亡してしまったのはショックだったけど、彼女たちを救えたのはホッとした。もし帝国鍛冶職人も犠牲になってたら偉大なるご先祖(?)フロスティに顔向けできなくて寝込むところだった。
タームの悲劇を乗り越えてアバロンに一時の平穏をもたらした皇帝は、最終決戦を前についでに領土を見て回ることとした。今までよく分かっていなかった未消化クエストありのマークを理解したり、流し斬りお兄様にカウンター流し斬りをキメて乱れ雪月花で格付けしたり、数百年壊れたままだったレオンブリッジを修復したりした。
特にレオンブリッジの修復については、原因究明を進めていくうちに倒した七英雄スービエと海の主の争いが背景にあることが分かり、最後には子煩悩な海の主との交流を持つこととなった。
海の主イベントを数世代ぶりにすすめたけど、海の主ってイッカクだったんだ。スービエが海の主を吸収したって言ってうねうね触手を見せびらかしていたので、てっきり大ダコだと思っていた。
未解決だったイベントをいくつかこのなしてジャイアントキラーのアビリティを皇帝に付けた以外は特に変わりなし。次回最終回。
ついに七英雄の前に立った皇帝と彼の近衛隊。なぜか七英雄の使ってくる技をほとんど見切れていたため、皇帝を中心として猛攻を重ね、アビスゲートが開いた時点で七英雄の生命力は大きく削られていた。
アビスゲートが開き、七英雄が大技を繰り出してくる予感がした皇帝は、早急に決着をつける必要があると直感し、一斉攻撃(三連携)を叩き込んだ。
ヴォーテクスでリヴァイヴァが消されたのには焦ったけど、準備はしてきたし難易度ノーマルだったこともあり最初の連携攻撃をされる前に倒すことができた。これだけ対策をしてもそれでも強く感じた。さすがはサガを冠する作品のラスボスであった。
この後はクリア後ダンジョンをこなして、(デスレインにびびったけど)無事にアレも倒せた。二周目をやるときは今度は人魚イベントを完遂させたい。
本作はバトルモーションが良いと最初にちょっと書いたけど、全体的にスピーディーでメリハリが効いた演出が多くて良かった。サガエメだとお笑い歌舞伎だった富嶽八景がちゃんと強そうな技モーションになっていたのには感心した(サガエメのを知らない人は検索してみてほしい)。
ところで最カワモーションの話だけど、個人的にはクリア後ダンジョンで手に入る弓の固有技、つまりライフスティールが最カワだと思う。より正確には、ライフスティールのモーション出始めの一瞬。左手に弓を持って右の手の平を上にしてカメラに差し出して、その手の平の上に魔力の矢が生成される瞬間。この瞬間がとてもかわいい。
自分はスカイアで閃いたのだけど、キャプチャを見直していたら、彼女がこっちを見て顔を傾けて微笑んで手を取ってくるようにしか見えなかった。帝国鍛冶職人一筋じゃなかったら危うく惚れてたかもしれないほどの破壊力だった。再現できる環境がある人はぜひ確かめてみて欲しい。十数フレームでしか見られない奇跡のモーションなので。
良かった。ストーリーや敵の強さとかにちょっと物足りなさはあったけど面白かった。
気になった点
キャラ感想。全員満遍なく鍛えはした。最終パーティはガリル、アーシュラ、ビビアン、イグナス、ティギー。
とても良かった。