はてなキーワード: 対立とは
その2
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
オタク差別(という有名無実の)話題で、男オタから腐女子が差別されていたとか主張して被害者面するけれど。あいつらこそ腐女子がやった悪行を忘れてない?
CLAMPという集団はジョジョの奇妙な冒険の承太郎と花京院のBLに異様に執着し、ありとあらゆる作品に承太郎と花京院を模したキャラクターを配置して、恋愛関係として描いている。
魔法騎士レイアースのエメロード姫とザガート、光とランティス、カードキャプターさくらの桃矢と雪兎、小狼とさくら、これらはみんな承太郎と花京院を元にしている。
吐き気を催す気色悪さ。
自分はなかよしを読んでいて、アニメも見て、レイアースもカードキャプターさくらも普通に好きだったので、
あいつらは何も知らない未成年の少女に対し、自分達の妄想を騙し討ちで刷り込んでトラウマを負わせるような真似をしているんだよ。
嫌われて当然じゃない?
レイアースは今度アニメがリメイクされるらしいから、また新たな被害者が増えると思うと憂鬱だ。
まぁCLAMPに限った話じゃないんだけど。
腐女子は別に差別や迫害されてるんじゃなくて、純粋に嫌われてるんだよ。
何故嫌われているかというと、
原作ではっきり異性愛者として描写されているキャラクターを使って、原作で恋愛関係にない男性キャラとの恋愛関係を捏造し、さらにそれを公式かのように吹聴し、
こういう話題になると何故か男オタと腐女子との対立「だけ」になって、
腐女子が嫌いな女オタ(ジョジョで言うなら普通にノンケで既婚子持ちの父親という承太郎像を好きな女オタ)の存在が透明化されるから納得がいかない。
勿論腐女子の中にも妄想であると弁えて隠れて楽しんでいるタイプもいるけれど、そうじゃないタイプの声が大き過ぎるし、そっちは男オタと大差ないレベルに害悪だよ。
インプを稼ぐためにインフルエンサーもどきの青バッジたちがAIで対立煽りの作り話を量産し、何万ものいいねを得ている。
普通に気が滅入る。
なんでこんなに人は分かり合えないんだろう?
罵り合っているんだろう?
という気になってくる。
作られた対立、作られた炎上であることは、頭では理解しているものの、目の当たりにすると本当にうんざりする。
自分は希死念慮など全くなく、むしろいつまでも生きていたいと思ってるタイプの人間だが、
そんな自分であってもXで繰り広げられている惨状を目にすると、ふっと現世から逃避したい気持ちが湧いてくることがある。
これやばいだろ。
嫌なら見なければいい話なんだが、いまやXはに重要なマーケティング・プロモーションツールだ。
ネットで活動してる人間なら避けることができない場となっている。
メンタル弱い系インフルエンサーにとって今のXは自殺促進装置だ。
仕事のつもりで仕方なく見ているのかもしれないが、そこかしこに奈落がある。
人口動態が崩壊することが明らかだったのに氷河期世代にツケを回して延命してしまい移民化も人口増も失敗
財政出動をしながら再生産不可能な社保に垂れ流した事による財務悪化と日本円の価値既存
設備投資にリスクマネーを透過できなかったことによる先端製造業での敗北
これをベースにして日本のあらゆる組織と価値が崩壊をはじめている
その現実に目と耳をふさぎ、左右対立という偽の論点でキャッキャしながらどっちが勝とうが日本崩壊する全く意味のない政策対立
日本は完全に終わりへの道を歩み始めている
なぜこうなってしまったのか
純粋に疑問なんだけど、
はてさ民ってイランがどんな国かちゃんと認識した上で語ってるの?
煽りとかなしで単純に、
その上で、
地域情勢にもかなり強く関与してる国じゃん。
で、普段、
解像度下がるというか、
だから気になるんだよ。
お前らの中で、
個人サイト時代とは異なり、X(旧Twitter)やTikTokなどの普及により、二次創作が「その文化を理解しない一般層(パンピ)」の目に触れる機会が激増しました。
外部からの嘲笑や、界隈内での対立を背景に、自身の推しカプの正当性を主張するための「論拠(原作での根拠)」を重視する風潮が生まれました。
SNSのオープンすぎる性質が、二次創作界隈に疲弊をもたらしています。
総じて、SNSによる拡散は、二次創作をアングラから引きずり出したことで、「外部からの嘲笑」と「界隈内でのマウント合戦」を加速させ、最終的に多くのファンを疲弊・萎縮させたと言えるでしょう。
まず前提を整理する。
こちらが出しているのは
であって、
なんて一言も言ってない。
ここを
と読み替えてる時点で、まず誤読。
次に核心。
おまえはずっと「本質的な構造(脅威・加害性)に基づいて批判対象が決まるべき」という“規範”を語ってる。
一方でこちらは「実際の運動は制約の中で対象を選ぶ」という“現実”を説明している。
規範(どうあるべきか)
記述(実際どう動くか)
米国の道路がボロボロなのは、それが金貸しにとって利益を産まないからであり、外国で戦争をするのは、それがドル覇権という名の収奪システムを維持するための必要経費だからだ。
マイケル・ハドソン(Michael Hudson)の経済学的視点、金融資本主義 vs 産業資本主義の対立構造からこの問いを読み解くと、その答えは優先順位の間違いではなく、米国経済の寄生的な構造そのものにある。
彼の分析によれば、今の米国はもはや物を作る国ではなく、レント(経済的地代・不労所得)を徴収する国へと変質しているからだ。
彼は、現代の米国を不労所得を追求する金融勢力が支配する利権追求型エコノミーと定義する。
本来、道路、橋、鉄道、水道などのインフラは、社会全体の生産コストを下げるための公共の資本だ。しかし、金融勢力はこれに公金を投じるよりも、老朽化させて民営化し、利用料を徴収する対象に変えることを望む。
自国のインフラを更新しても、それは国民の生活を楽にするだけで、ウォール街に利子や配当をもたらす負債を産み出さない。金融資本にとっては、国民の生活向上よりも、株価や不動産などの資産価格の維持の方が圧倒的に重要だ。
なぜ遠い国の戦争には、湯水のように金が流れるのか。それは軍事力が、米国が世界から貢ぎ物を吸い上げるためのドルの強制力を支えているからだ。
米国の軍事支出の多くは、兵器産業への支払いを通じて米国内の特定の勢力を潤すだけでなく、他国を米国のドル経済圏という安全保障に従属させるためのコストである。
ハドソンは、米国の貿易赤字および軍事支出によって世界にばら撒かれたドルが、結局は他国の外貨準備として米国債の購入に充てられ、米国の財政赤字を補填するというスーパー・インペリアル主義の循環を指摘する。
軍事的解決が存在しなくても、軍産複合体やシンクタンクにとっては、解決しない戦争が続くこと自体が、予算という名の国富を収奪し続けるための最適解だ。
アメリカ人が自国のインフラをケチるのは、彼らが産業資本主義(物を作って国を豊かにする)を放棄し、金融・不動産・独占(FIRE)セクターによる支配を選んだからだ。
産業を重視する国、例えば中国にとって、インフラは投資だ。しかし、金融資本主義の米国にとって、国内のインフラ整備や教育への投資は経費でしかない。
東大生がコンサルという収奪の管理業務に流れるのと同様、米国のエリートもどうやって物を安く作るかではなく、どうやって他国の資源や労働からレントを吸い上げるかに知性を使っている。
米国の道路がボロボロなのは、それが金貸しにとって利益を産まないからであり、外国で戦争をするのは、それがドル覇権という名の収奪システムを維持するための必要経費だからだ。
アメリカの一般市民は、自国のインフラ崩壊という形でそのコストを支払わされ、同時にイラン、中国、ロシアが悪いというプロパガンダによって、その不満を外部へそらされている。
心ある者はみーんな去って行ってしまった
「責任は引き受けるから権限を下さい。そのために男の皆さん手を貸してください」
「権利をよこせ。責任はいらない。男は強者で加害者なんだからそのくらい当然だろ」
になってしまった
こんなの支持されるわけがない
対立→孤立→先鋭化→さらに支持を失うお定まりの悪循環で今やカルト扱い
フェミニズムが美味しくなくなったら今度はLGBTに手を出す節操のなさ
こっちも同じ道を辿るんだろうな
消えてなくなれ
はい終わり。
……で終わると味気ないから、一応ちゃんと歴史持ち出して叩いていくね。
じゃあ聞くけどさ、条文で戦争防げるなら人類とっくに平和だよね?
現実はどうだった?
→侵略止められませんでした
9条信仰って、これをなかったことにしてる時点で思考停止なんだよね。
じゃあこれどう説明すんの?
・冷戦
→核抑止で直接戦争は避けた?はい、その代わり代理戦争は山ほど発生
つまり
「抑止力がある=安全」ではなく、「ミスったら即地獄」ってだけ
どっちも前提がファンタジーなんだよ。
残念でした、万能解はありません。
0か100かで語ってる対立する立場を罵倒してるだけなので左右どっちも同レベルのお花畑。
どっちも「ぼくのかんがえたさいきょうのへいわろん」だ現実はそんな単純じゃねえよ。
お互い歩み寄りなさいって
この問題は、掲示板やSNSでも非常によく議論される「正解のない対立」ですが、客観的に分析すると「どちらか一方が100%悪い」というよりは、コミュニケーションの前提と優先順位のズレに本質があります。
それぞれの立場から「非」とされる可能性のあるポイントを整理します。
結論から言えば、 「事の進め方」については夫、「夫婦の協力姿勢」については妻に、それぞれ改善の余地(非)があると言えます。
| 項目 | 夫(俺)の非 | 妻(嫁)の非 |
|---|---|---|
| コミュニケーション | 自分の理想の押し付け。 | 拒絶のみで代替案や妥協案がない。 |
| スケジューリング | 相手の「YES」を確定させていなかった。 | 先約(夫)より実家を優先した。 |
| 心理的配慮 | 妻のアウェイ感を軽視した。 | 夫のメンツや社交を軽視した。 |
こういうのが気の利いたジョークだと信じてる手合いは、はてなならではだな。
遺族側は「真実を伝える」という名目の元、活動家側やメディアを非難するnoteを連載している
それ自体は良いとして、被害者の生前の生活描写などで「私達は勝ち組の上級国民である」ことを自慢する記述が目立ち始めている
つまり、ブルジョアとプロレタリアの対立構造、かつブルジョア側がプロレタリア側を攻撃する構造が出来始めている
こうなると世間の支持方向は変わり始める。いままでは遺族側に同情的だったが昨日のnoteには違和感を持つ人もXなどでちらほら見かける
まだ遺族側は発信を続けるだろうが、今のスタンスを続けると夏までには世間から総スカンとまでは行かなくても、生活が苦しい氷河期世代や子なし夫婦層などから一斉に非難を浴びる状況になりかねない。それまでに共産党や社民党や沖縄主要メディアが追加の墓穴を掘らないことが条件だが
こういうのは大陸系かな?
kyoshiro-1 私はあのnoteの内容を疑ってるパターン。自分のガキが死んで大変な時に火種を撒くとかなかなかネジ飛んでる。
いくつかの要因が重なった行動様式です。特に政治系で顕著なのは構造的な理由があります。
政治は
一言でまとめると
「個人の心理的報酬」と「プラットフォームの最適化」が噛み合って、
敵を探し続ける行動が合理的になってしまっている、という状態です。
やはりはてぶは麻薬!
https://b.hatena.ne.jp/entry/4786772785856489762/comment/rosaline
このnote関連で透けて見えるのは、関東なら上智か立教の付属校に通っている被害者家族の教養の高さと、加害者(含む共産党)の事故後の危機管理能力のなさ。つまりプチブルとプロレタリアの対立なんだな
改憲に賛成か反対か。
わかるよ言いたいことは。
仲間を集めないと目に見える変化は起こしづらいってのもわかる。
だけど世の中はそんな単純ではないでしょ。
例えば
でも
例えば
でも
なんかそういう詳細に踏み込んだ議論をきちんと是々非々の態度を持ってする姿勢を広げていくことが大事なんじゃないかな。
大雑把な賛成反対は分かりやすいけど、結局はそれが今の閉塞的な政治状況の原因に感じている。
イシューを荒く構えてyes/noの対立を煽るべきではなく、詳細を語って理想と妥結できる点を、共に追求する姿勢が大事だと思うんだ。
それを打開するには世論が言及する政治への解像度を高めていく必要があるし、政治への意思がある人々こそ、その難解さに立ち向かって解像度を高めた議論をする努力をしていく必要があると思っている。