はてなキーワード: たまるとは
河内晩柑という八朔やグレープフルーツ程度の大きさのミカンがある。これがあまりにも汁でパンパンになっており、顔を汚さずに食べることができない。
外側の皮は、このサイズの柑橘類にしては柔らかめで、包丁を使わずに指でも剥ける。でもこれを剥いている時点で、既に指がビシャビシャになる。皮が曲がったところから皮の汁が噴出するからだ。
内側の小袋の中も果汁でパンパンになっている。小袋を噛んだあとにまず吸い出さないと、破裂のようなことが起きて頬と顎がビシャビシャになる。噛んで吸うのは小籠包を食べるときのやり方に近い。
それから八朔のように小袋をむいて食べるわけだが、あまりにも汁が多くて指全部がビシャビシャになり、果汁が肘のほうまで垂れる。テーブルも広範囲にビチャビチャになっている。
味はうまいのだが、顎から手、腕まで、テーブルまで、あまりにも汁まみれになりすぎる。あまりにもあんまりなので、次は八朔を買おうと思ってしまう。
この絶望感はモスバーガーのソースがどうあがいても大量に押し出されて包み紙の角にたまる問題に近い。自分の食べ方がひときわ下手なのではなく、誰がやっても難易度が高いだろうと思う。
河内晩柑を全部ビシャビシャになることなく美しく食べられる人間はいるのだろうか?難しすぎる。競技化できると思う。まだ手から柑橘類のにおいがする。久々に驚くべきものを食べた。
以前ガシャ中毒者が課金を劇的に減らす方法https://anond.hatelabo.jp/20260417215652を書いた者だが、ここ最近Playstation Storeのセールでゲームを買いまくってる。
「キャラ1体1万円なんてばからしい、フルプライスのソフトが買える」
こういった五億年前から五千億人が言ってるようなソシャゲのガシャと買い切りゲームのコスパ比較は極めて正論である。ただ正論ではあるが、ソシャゲーマーには響きにくい。ダイエットに悩む人に対して「ダイエット?食事制限と適度な運動でしょ」というようなものだ。
なのでこの正論をガシャ課金に沼ってまた買い切りゲームに戻ってきた人間独自の視点で翻訳したい。ソシャゲをやらないか、あるいは健全な課金・もしくは無課金で通してる人間には決して言えない、わからない感覚をお伝えしたい。それは
ということだ。これは沼ったことがない健全な人にはわからないだろうし、自分もやめてからようやく気付いたのだけど、課金しまくってる人間はとっくの昔にガシャで「脳汁」なんてでなくなっていたのだ。
よくガシャはギャンブルだと言われるけど、確かに当てた時の「脳汁」を求める(パチンコだろうと競馬だろうと、金が増える可能性を言い訳にしても結局はこれだろう)という点ではそれに近い。しかしガシャには欲しいキャラなりアイテムなりを手に入れるという一応のゴールがある。そして今はそのゴールに大抵6万くらいの天井が用意されてる。そうなると確かに少ない回数で引けたときは瞬間的に脳汁のようなものは出るが、その量は課金しまくる人間ほど少ない。結局溜息つきながら課金して回して叩く気のなかった天井叩いて、はーまたやっちまった、来月は課金減らそう、で減らなくて来月に続く。
結局金を払えば払うほど「脳汁」からは遠ざかっているのだ。これは当たり前の話でガシャは一般的なギャンブルと違って金が一切増えない。金をつぎこみ続けた先に、それまでの投資が戻ってくるようなパチンコ・競馬・最近はやりのオンラインカジノ(儲けた人いるんか?)のような一発逆転は一切ない。ただ粛々と負けを積み重ね、負け金が少なければ喜び、負け金が大きくても一応ほしいものが手に入ったと言い聞かせて終わる非常に起伏に乏しい作業なのだ。強烈な刺激を求めて大金を投じるどころか、むしろ金で刺激を薄め続けているから「脳汁」のコスパは壊滅的なレベルに悪化している。
神引きの脳汁に大した価値はない、というかそもそも神引きできる機会が少ない、じゃあなんで課金して引き続けてしまうのか?その正体は特定のキャラ・アイテムが欲しいのではなく実は「今の環境に飽きたからなんか新しいものが欲しい」というシンプルな物欲に過ぎなかったのだ。そう、ガシャ欲ってただの物欲なんですよ。これは現役で自分をギャンブル依存症だと思いながらぶん回しまくってる人も、そういう人を冷ややかな目で見てる人も勘違いしている。ガシャというのは非常に刺激的で中毒性の高い娯楽であり、さながら違法薬物のような力があると「勘違い」している。これがよくない。
ガシャというかソシャゲをやめた今の私は禁断症状に苦しんだりせず、とても満たされている。それはなぜか?多額のガシャ課金という悪習を断てたからか?それによって今後貯金が増えるからか?もちろん、その二つもあるが最大の理由はソシャゲに課金してた時よりもはるかに物欲の赴くままにガシャをまわしまくれているからである。自制心を鍛えてガシャをやめたのではない、自制心を必要としない安いガシャを回すようになったのだ。
ソシャゲをやめた私のいう「自制心を必要としない安いガシャ」とはPlaystation Storeのセール対象のゲームをあさる事を指している。これがなかなかに脳汁が出る。かつてのデレステの水色のダウンロードバーが出た瞬間みたいな瞬発的な脳汁はないが、引いた後のご機嫌の余韻みたいなものはセールのゲームを買うだけで十分に再現できる。セールでどのゲームにしようか吟味する過程が非常に楽しいし、もちろん買ったゲームをプレイして面白ければいうことない。そしてこれはガシャに狂わされた金銭感覚の功罪の唯一の功といっていいのかもしれないが、2000円とか3000円のゲームに対して非常に寛容になれるというか、極端な言い方をすると出費ととらえないくらいの感覚で買えてしまう。
その結果どうなったかというと、来月のクレカの請求のうちPlaystation Storeであさったゲーム代がざっと2万円ほどになる。ここまで読んでくれた方ならこれまでのガシャ課金が到底月2万で済んでないことは察せるにせよ、趣味・娯楽に使う金として安いとまでは言い切れない金額になってはいると思う。
しかし、私はこの金額に満足している。ソシャゲ課金と比べれば少ないという理由もあるがそれだけではない。この2万円は本当に「ほしいと思ったものを一切我慢せずに欲望の赴くままに買った結果」だから。物欲を一切抑えず、すべて解放しきった結果の2万なのだ。この満足感がすごい。
ソシャゲに課金しまくってた頃は矛盾するようだが大金を使いながらも「我慢」していた。さすがに全部引くわけにはいかないし、5千円や1万円で引けたらガッツポーズだが3万4万となるとやはり心にしこりが残るし、天井は言わずもがな。せっかく大金を使っているのに大金を使ったことに対するストレスを感じるという負のマッチポンプ、それで手に入るのは月に2~3体の新キャラ。
「あ、これ良さそうだな、買おう。ついでに前から気になってたこれもセールの期限が近いし買っておこう」みたいな感じで買える。大人なので1日にゲームを2本買ってもいい、なんなら3本買ってもいい。ちなみに今月は9本(プラスDLC)買っているが、それで2万円強である。ソシャゲ時代とは比べ物にならないほど物欲を好き放題解放して満足しつつ、支出は激減している。こんなに都合が良いことがあるだろうか。
というわけで課金しまくってる人、というよりそれに悩んじゃってる人、大丈夫!あなたは後戻りできない深刻なギャンブル依存じゃない!あなたの欲求はただの物欲だから買い切りゲーム買うようにするだけで安く満たせるぞ!ついでに言うとそんだけ好きに金が使える身分ならこの時期はめんどくさい税金もたくさん降ってくるだろ、今が辞め時だ。ソシャゲをやめると言っても別にやってたゲームを嫌いになれってんじゃない。私もやめたゲームのファンアートをいいねブクマしまくってるし、コミケの現地でもDLsiteでもエロ同人も好きに買ったらいい。あ、ウマのエロ同人はねえか。ただ単に「セールの買い切りゲームを買うだけで脳汁もでるし、支出も減るぞ」というだけの話だ。
前の記事でも言った通りやめたゲームに後ろ足で砂をかけるつもりはないので強くは言わないが、今の自分の好き放題に物欲を開放しつつ、金がたまる満足感をより多くの悩めるソシャゲーマーに体験してほしくてここに描き散らさせていただいた。
最初に気づいたのは黒猫で、香箱座りのまま「にゃ」とだけ言って、まるで前から知っていたみたいな顔をした。
私は半信半疑でSuicaではなく豆大福をかざしてみたが、改札機は律儀に「ピンポーン、残高不足です」と答えたので、どうやら本物らしかった。
困ったのは、その日から家の中の移動すべてに改札が必要になったことだ。トイレへ行くにも改札、冷蔵庫を開けるにも改札、ちゃぶ台返しをする前にも改札である。
母は最初こそ怒っていたが、「台所―縁側間は定期券があったほうが便利ね」と言い出し、ついには炊飯器の横に駅長みたいな顔で立つようになった。
父はもっと深刻だった。朝、会社へ行こうとして玄関のドアで引っかかり、「この切符では屋上までしか行けません」と言われてしまったのだ。父は一度も屋上に用事などない人生だったので、その場でかなり落ち込んだ。
しかたなく私は、裏庭の秘密基地にいるという噂の駅員を探しに行った。竹林の奥、石灯籠の横、やぶ蚊だらけの小径を抜けた先で、その駅員は本当にいた。麦わら帽子をかぶった柴犬だった。しかも名札にはきちんと「助役」と書いてある。
「あなたの家は先月から、軽く異世界線に接続されています。よくあることです」
「解決方法は簡単。今夜、満月の下で線香花火をしながら、冷やし中華に謝ってください」
意味はひとつもわからなかったが、これまでの人生で改札機がこたつから出てきた経験もなかったので、私は従うことにした。
その夜、庭で家族全員が無言で線香花火を持ち、ちゃぶ台の上の冷やし中華に向かって「このたびは本当にすみませんでした」と頭を下げた。すると風鈴がちりんと鳴り、遠くで踏切が開き、こたつの中から小さく拍手が聞こえた。
翌朝、改札機は消えていた。
・誰もいない時間帯に早く出勤し、早く帰る
・嫌いな人が近づいてきたら、それとなく離席
でも、人に仕事のペース崩されてたまるかよ、という気持ちもある。やりながらも、馬鹿馬鹿しいな、とも思う。ちなみに今日は一回失敗した)
・廊下ですれ違いそうになったら、別のフロアや別の部屋に逃げる
・挨拶は、〜ッス、にする。
・用件は極力メールで。
または付箋に書いて、相手のいない時間を見計らって、机に置いとく
・お礼も、会釈か、〜ッス、にする
・視線を合わせないで話す
ざっとこんなところ。
この前、案件の関係で、思わず声をかけてしまったことがあったんだけど(その相手からは嫌われてる)。
その後、陰で「急に話しかけられてびっくりした」「どんだけ話したくないんだよって感じだよね」とか言われてるのが聞こえた
その相手は、私のことを嫌いなのに、お菓子をくれるとか雑談してくるとか、関わってくるんだよね
嫌いなら関わらないのがお互いのためだ、と思うけど違うのかな。
どこ行ってもこの手の人間に必ず嫌われる。
傷つかないけど、だるいな。疲れる。
はっきり「ここは越えるな」と線を引いたのに、それを軽く扱って踏み越えてくる人って、理解しづらいよね。
こういうタイプの思考って、いくつかありがちなパターンがあるよ:
ルールや境界は他人向けで、自分には適用されないと無意識に思ってる。
これまで強引にやっても許されてきたから、「今回も大丈夫だろう」と学習してる。
• 相手が折れる前提で動いている
強く出れば最終的に相手が譲ると読んでる。
正直、こういう人に「なぜ?」って理屈で理解を求めても、あまり意味がないことが多い。
もし対応を考えるなら:
• 例外を一切作らない(1回でも許すと「いける」と学習される)
状況によっては、直接やり合うより「仕組みで防ぐ」ほうが楽な場合もある。
もし差し支えなければ、その人との関係(職場なのか、近所なのか、家族なのか)を教えてくれたら、もう少し具体的に対処の仕方も一緒に考えられるよ。
ゲームの攻略で検索するとAIで作ったまるでデタラメの攻略記事が出るようになってる
質の悪い記事、というのは今までもあったが丸々嘘っていうのは流石にどうなんだ
その嘘AI記事を読みこむからChatGPTにゲーム攻略情報をまとめて貰うのもめちゃくちゃになった
小学館のマンガワンが性加害判決が認定された漫画家の起用、編集部の隠蔽疑惑が大炎上している。
美術教育の世界って、かなり閉じた価値観で評価の基準も点数化されるものではないからこそ
美大生の7割ほどは女子らしい。対して教授、指導陣の8割は男性だという。
私が受験した美術科がある高校も7割が女子生徒だった。そして、学科長は女子生徒に手を出していると受験生にまで噂になっていた。
私が通っていた画塾の先生は、生徒に手を出す教師を軽蔑するとしきりに言っていたが、
先生に勉強になるから食事に行ってきなさいと紹介された画家に個室で襲われそうになった。
先生と画家は友人で、20歳ほど年が離れた私を"交際"目的で差し出したようだった。先生が彼は年下好きだからと言っていた。
私は若く、世間知らずで、ASDだったから、額面通り受け取ってしまった。食事とは、食事という意味だと思ってしまった。勉強になる話が聞けると期待してしまった。意図を汲み取れなかった自分が馬鹿だったと悔やんだ。
先生はよく、当時交際経験のなかった私に恋愛しないといい絵は描けないよと話していた。
幸い、今は周りに恵まれて不自由なく活動ができてるが、先日年上の男性アーティストにコレクターから枕の誘いとかないの?と聞かれて辟易した。あってたまるか。