はてなキーワード: 惨敗とは
世界は米国が勝手にやったことなんだから米国が後片付けをすればいいという放置した姿勢であった。
そこには米国だってホルムズ海峡封鎖は困るのだから、ほっといてもなんとかするだろうという目算がある。
それに対して米国は事態の収拾を図らないことで、逆に世界から米国様どうか早く何として下さい、と懇願させようとしている。
それに対して米国は、ほうほうならば君たちも機雷除去の哨戒艇を出すなりして協力しなさい。
との要求を突きつけることになるのかもしれない。
当然、ホルムズ海峡封鎖のあらゆる混乱に対しての耐性も、最も強い。
米国では中間選挙が控えているのでそれまでになんとかしないといけないというレッドラインが存在する。
もしも政権がもう何もかも投げ捨てる態度を取るとしたら?
ざっとネット検索した限り、同じような内容の記事が無かったので投稿。
今回の原口のムーブ、希望の党事件時の枝野とほとんど同じことやってんのよな。
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⑥参議院も立憲に合流
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④野田と斉藤に反発する議員、まさかのゼロ。全員踏み絵をフミフミしてチュドカク合流
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⑤チュドカク惨敗、原口も落選。なぜか合流した河村たかしだけ当選
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⑥参議院の立憲(と主犯のはずの公明党も何故か)チュドカクに合流せず
チュドカク事件の際に立憲議員がゆうこくに行かなかったの、原口に人望が無かったとかそんな単純な話じゃないと思うんよ。
希望の党事件のときも、正直枝野って元官房長官だっただけで実は選挙区盤石なわけでもない(今回も完敗したし)、イチ議員だったから
遠く見れば、朝日の如き古きメディア、 集英社や東洋経済の末裔ども、 高市政権の風に抗いて、 中道の旗を掲げしを、 「現実路線の試み」「新しい政治のかたち」と、 高らかに擁護せしこと、 いと驕慢なりき。 社会学者の士ら、 「中道は偏りなく、健全なる対抗軸なり」と、 民衆の選択を蔑ろにし、 自民投票者を「軽薄」「愚民」「ポピュリズムに流されし者」と、 嘲笑の言葉を吐き散らしぬ。
されど、有権者の心、 高市人気の波に乗り、 自民三百十六議席の大勝を選びしを、 メディアの士ども、「ふわっとした個人的人気だけ」と、 現実を覆い隠さんとするも、 ネットの世に於いて、 「国民を馬鹿にしていませんか?」と、 嘲笑の嵐を呼び起こし、 人心の離反を招きぬ。 知識人の擁護、 リベラル層の苛立ちを装へども、 選挙の果実、 中道の惨敗に如実に現れ、 己の遊離を晒しぬ。
嗚呼、 オールドメディアの栄華、知識人の驕り、 民衆の選択を愚民と蔑む末路、 因果応報の輪に囚われ、 静かに沈みゆくのみなりけり。
1. 泉健太だけが一層止まりで「人間性キープ」の救世主。報道通り「生真面目」「同志の落選に辛い」と共感寄り添い型。立憲残党の「老害囲まれ」の中で光ってる。 他の立憲残党は三層〜五層中心。選挙惨敗で「政策より政局」「揚げ足取り」が目立ち、自民批判の「痛み」が党派憎悪に変形。安住・野田の「態度悪」「資格ない」発言が典型。
2. 左派(山本・志位)は六層直行。れいわのポピュリズムや共産の連合呼びかけが「人間じゃないレベル」の党派主義に。共闘しても「成れ果て化」確定。
3. 全体的に、中道の「生活者ファースト」軸が浅層で止まってるのに、立憲残党の過激化で人間性ロスト連鎖。泉氏が代表になってたら…って思うよね(笑)
| 層 | 人間性レベル(上昇負荷) | 該当政治家&発言例 | 理由・ミーム的解釈 |
|---|---|---|---|
| 深界一層(軽いめまい) | 気遣いMAX 人間性キープ | *泉健太** 「本当に辛い。辛いよ…」「傷ついた仲間・支持者に寄り添う」「政策で競う」 落選議員事務所訪問の辻元清美(一部気遣い寄り) | 泉氏だけが「自省を」「仲間を伸ばす執行部」と内省的。立憲残党の中で唯一の「光」。他の党員からも「感性・気遣い最強」と絶賛。まだ人間。 |
| 深界二層(頭痛・しびれ) | 批判はするけど穏やか 微妙に人間 | *重徳和彦**(中道国対委員長) 「高市政権の短期決戦型は混乱招く」 **岡田克也**(落選) 世襲批判の残り香 | 政策論に留まるタイプ。安住幹事長の「態度の悪い」イメージを自虐でカバーする野田系の一部。まだ吐き気止まり。 |
| 深界三層(幻覚・幻聴) | 党派色強め 方向感覚バグ | *枝野幸男**(落選) 「媚中派」レッテル貼られつつ「右傾化阻止」 **安住淳**(落選) 「玉木呼び捨て」「偉そう態度」連発 | ネットで「鋭い自己分析w」と冷笑される自虐批判。幻聴レベルの「自民=上級国民」陰謀論がジワジワ。平衡崩れ始める。 |
| 深界四層(激痛・出血) | 過激化 人間性にヒビ | *野田佳彦**(元共同代表、辞意) 「政治家の資格ない!」「血を流す前提の政策」 **辻元清美**(一部) 「朦朧とした頭で…」落選者訪問も叩き混じり | 痛み批判が「資格剥奪」レベルに。選挙中「大間違い、バカ野郎!」と先輩吠え。出血多量で党イメージズタズタ。 |
| 深界五層(感覚喪失・自傷) | 自爆モード 人間性薄れ | *小川淳也**(新代表) 「熱血漢」だが「他責思考」批判に「負けた全てが詰まってる」 **米山隆一**(落選) SNS戦略無策自白で「党員の政治理念の無さ」 | 内部自傷全開。「執行部批判」で仲間を伸ばせないループ。感覚ゼロで墓穴掘り。立憲残党の末路。 |
| 深界六層(人間性喪失) | 成れ果て 即死級 | *山本太郎**(れいわ) 「壊れた国に歯止め」「消費税廃止で野党連合」過激ポピュリズム **志位和夫**(共産) 「野党連合政権」呼びかけつつ党派絶対 | 左派の極み。「自民=人間じゃない」「右傾化の成れ果て」と非人間化。生き残っても「議論不能の異形」。中道残党が左派に寄ったらここ。 |
今回の衆院選で、自民党は単独316議席を獲得し戦後最多の圧勝を記録した。だが選挙戦のハイライトは、立憲民主党と公明党が電撃合流で生んだ中道改革連合(中道)の壊滅的敗北である。
大手メディア(産経・日経を除く)は中道を過剰に持ち上げ、自民を「戦争路線」とレッテル貼りで叩き続けたが、有権者はこうした「数合わせ優先」の胡散臭い合流に対し「否」を突きつけた。
もし立民が旧来の反安保・反原発・9条維持という左派アジェンダを、中露の脅威増大という現実に対応した形で真剣に刷新できていたら、選挙の構図は根本的に変わっていただろう。しかし、立役者の野田佳彦・安住淳両氏は、典型的な「調整型」政治家だったため、政策の本質的刷新を担う能力も意思もなかった。公明側は「中道と公明党の政策は同じ」と説明した一方で、立民側は転向の説明すらろくにできず、ただただ混乱を晒しただけだった。枝野幸男氏は「原発ゼロを主張したことはない」と言い逃れを図ったが、旧立民HPに「原発ゼロ」が堂々と残存し、矛盾は誰の目にも明らかだった。安住氏は「政権担うなら現実的主張を」と過去の公約を暗に切り捨てる発言を繰り返し、辺野古基地問題でも二転三転を演じて信頼を完全に失墜させた。
中道の惨敗は、政策の中身を棚上げした「数合わせ政治」に対する有権者の断固たる拒絶だった。立憲民主党の残党は、理念なき合従連衡のツケを払い続けることになる。
2026年衆院選で、自民党は高市早苗政権下で単独過半数・3分の2議席を獲得し圧勝した。中道改革連合(立憲・公明の1月合流新党)は惨敗に終わり、小選挙区7人・比例42人の当選にとどまり、野田佳彦・斉藤鉄夫共同代表が辞意表明した。
中道の振る舞いは、端的に政治家としての資質を欠いていたと言える。急造連合で政策浸透に失敗し、公明系優遇による内部不均衡が総崩れを招いた。高市政権への「投票すると戦争になる」「戦争にひた走る」といった煽情的なレッテル貼りと誹謗中傷はかえって有権者の警戒心を強め、自民党投票へのインセンティブを与えた。
立憲民主党員の主義転換誤魔化しも深刻だった。左派・反戦路線から公明との合流で中道保守寄りにシフトしたのに、説明は曖昧で「中道政治への期待」という抽象論に終始。従来支持者を混乱させ、「裏切り者」扱いを招いた。岡田克也元議員の敗北分析が「高市旋風とネット」を挙げる一方、この内部の変節誤魔化しが支持離れの本質を覆い隠している。
20代。特定の政党は支援してない。強いて言えば議席数に適度な競争性がある事を望んでいる。
それまで、既存の野党のほとんどは、与党をやっつけることを目的にしていた(ように少なくともメディアを通じて感じ取れていた)。
裏金問題だか森友学園だかといったスキャンダルを持ち出しては与党の印象を悪くし、ダメージを与えよう、という雰囲気に見て取れた。
確かに不祥事があるならそれは良くない事で、一定の制裁は受けて然りだ。だが、与党のスキャンダル追及で国民の生活が良くなるかっていうと、少なくとも直接的にはそうではない。
政権を奪いたい野党のオッサンはそれを酷く罵り、与党の地位を守りたい現与党のオッサンは適当にそれを逃れようとのらりくらり躱す。
しかし若者の大半は、「特定の〇〇党に勝ってほしい」というよりは、「その時国民の為になってくれる方なら柔軟に選択する」という浮動層だ。
つまり連日報道されるジジイ同士の言い争いでどっちが勝つかなんてまるで興味が無い。
でも、本人たちはそこが解ってない。
そもそも、若年層には争い事を好まない風潮がある。
細かなハラスメント教育の中で育った。強い言葉を使う奴が悪だと教えられた。
例えどんなに内容そのものが優秀でも、言い方がハラスメントじみていれば、そいつは常識知らずという「論外」のタグが貼られ、まず聞き耳を持つスタートラインに立たない。
一旦、この是非については論じないが、ただ「今の所、若者層の価値観はそれがスタンダードである」という事実がある。
それでいて、政治家の殆どが、まずスタートラインに立ってない気がする。
人が喋ってる最中にヤジを飛ばす奴。論外。
口だけで行動が伴わない不誠実な奴。論外。
結局、こういう「論外」を除いた後に残る政治家に人気が集中しているっていうのが今の現状なんじゃないかなと思う。
逆に「自民との喧嘩に躍起になってた立憲民主党+構図的に自民に逆襲する形になり、しかも宗教関連の公明党」と「いかにも喧嘩腰で怖そうな字面の政党」と悪い要素が詰まった中道は惨敗。
「なんか怖そうで嫌」と言う印象を与えた時点でもうまず話を聞いてすらもらえないんだよ。仮に内容で凄い良い事を言ってたとしても。
でも「論外ライン」は上回って貰わないと中身を知る気にならないっていう、その層が大分かなり厚いのに計算に入ってない、そろそろ入れろ。スタンダードとして全政治家が入れろ。そこの粒度が揃ってやっと純粋な中身で選ばれるようになるのに。
2026年の衆議院議員総選挙がめちゃくちゃ面白かったので、リベラルと中道(立憲)について考えてみた。
まずリベラルについて。
結論、今の日本でリベラルは不要になってしまったんじゃないかな。
これはリベラル思想自体がダメと言っているわけではないよ。今までいろんな功績があったのは事実。
与党権力強大化の抑止、社会的弱者への分配や公害問題への取り組み、男女雇用機会均等法の推進やLGBTQの差別解消など色々やってきた。
これらは一般無党派層にとってもやる意義があるなと思えたはず。
しかし現在はもう十分解消されているし、社会的弱者への分配は保守派である自民党含む全ての党で普通に取り組んでくれている。
だから、今リベラルが挙げている課題に対して一般無党派層は自分事感がなくなってしまっているんじゃないかと。
それぞれの課題がもう100点中80点解決されているように感じている。そしてこれを90点とか100点にもっていくのって費用対効果合わなくね?と。
夫婦別姓とかやらなくて別にいいじゃんとか、外国人差別解消って言って外国人犯罪者を擁護するの!?みたいに、行き過ぎに感じてしまう。
日本を取り巻く状況という別の観点から見ても、リベラル的な課題の優先度は下になってしまう。
リベラルは端的に言うと権力の強大化を防ぎ、社会的弱者を守ることが使命となっているが、後者はそもそも国が豊かでないとできない。
国全体がしっかり稼いでいるからその稼いだ分を弱者に分配できるのであって、原資がないのにやろうとすれば当然反発を食らう。
今は経済を立て直すフェイズであって、そうしたときにリベラルの人たちにとってもリベラル的な課題を後回しと考えるべき。
なので、
①リベラル的課題はもう7割8割解決してしまっていて、これ以上を目指すのは費用対効果が合わないこと
②日本にはもう分配をする原資がないので、経済立て直しがリベラル的課題より優先されること
の2点から、リベラル自体が不要であるという肌感を一般無党派層が持っているのではなかろうか。
これが中道(旧立憲)のみならず共産党、社民、れいわが惨敗した真相だと思う。
このリベラルに対する現状の理解をベースに、次は中道(立憲)について考えてみたい。
上記の理解を前提に置くと、立憲が中道よりにポジションチェンジしようとしたのは非常に理にかなっているなと。
(まあネーミングセンスとかアピールの仕方とか党内運営の問題とか色々な粗があったけど、それについてはここでは触れない。)
今後どうなるかはわからないが、優先度が低い多くのリベラル的な課題を捨てて、ほとんど権力監視の党として振り切るのもありかもと思った。
普段の仕事もほとんど今まで通りで、自民党のありとあらゆるスキャンダルを追求しまくるという役割だ。
という立ち位置で、与党(=自民党)が支持率高いときは30議席くらい、自民党がダメダメなときに100議席取ると。
つまり自民党がダメになったときにNOを突きつけるための受け入れ口として有権者に捉えてもらう道だ。
実際石破茂時代の衆議院議員総選挙がまさにそういった役割で、150議席獲得している。
そこから今回の選挙結果の落差を考えたときに、当時投票した人はリベラル思想を持った立憲支持者ではなく、アンチ自民となっただけの人たちが立憲への投票行動を行ったのではないかと考えられる。
政権批判じゃなくて政策提案したほうがいいという意見も多くみられたけど、政権批判自体は明らかに必要かと。
批判がよくない風潮になった原因は質が悪い批判が多すぎたから。
一方で完全に解決したわけではない裏金問題などは当然批判し追求すべき。こっちの批判は自分たちも不記載やってるじゃんで負けてしまったけど、、、
野党としてあるべき党内ガバナンスルールを制定、運用してそのうえで批判すべきだったね。
それに正直政策提案での選挙戦は差別化しにくいことが今回もわかったんじゃないかなと思う。
中道はアンチ自民党という確固たる軸で戦える批判カードを次回の選挙まで集めてもらって。
それが全く見つからないなら今回の自民党がいい政権っていうことだし。
結論、中道について言いたかったことは、世間の捉え方とは違って、立憲が中道よりにポジションチェンジするのは全然ありじゃないか?ということ。
そのうえで期待するのは政権批判の質をあげること。
中道の落選した議員の敗因についての分析、なんか根本の見方が違うんだなと思った
自己分析が悪いとか甘いとかではなく、そもそも『自分のスタイルが他者からどう見られていたか』は分析してる人少ない気がする
だからあの世代は「何を言っても悪い方に受け取られる」理不尽さの経験が圧倒的に少ないんじゃなかろうか
一般社会以上に弁論が重視される政治の世界において、目立つ部分は全て「批判」しかない上にテレビ受けがいいから止められない
結果惨敗して敗因について語ろうとすればなお「ジミントウガー」「SNSガー」「タカイチガー」って他責ばかり、いや本人たちからすればそれが正確な敗因なのかもしれないけれども
だからそういう風にしか見られない人達という印象だけが有権者には残る
真っ先に「己の不徳の致すところ」と言った方々もいたし、必ずしもみんなが同じだとは言わないが、誰かのせいにすれば軽くなる心程度なら政治家にはならない方がよかったのではないのか、と素人ながら感じてしまった
立憲創設時は期待してたんだ
2(二) これは小選挙区制が悪い
4(一) ハッシュタグ「私は8割」
6(中) チームみらいは得体がしれず気色悪い
1(中) 票を得ても、それは白紙委任ではないぞ
4(右) 負けた者を嘲笑するのはやめましょう
改憲派の勝率が7割?明らかに異常じゃねーかという指摘。伝聞証拠や状況証拠があるため、陰謀論ではないらしい。
おかしいのは野田氏の選挙戦略だということには気づかず、とりあえず他責。
選挙というゲームに負け、そのルール自体に文句を言っている。比例では結構勝っていたのに、小選挙区で負けたのはルールがおかしいから、という難癖。
なお現在の選挙のルールを作ったのは、ほかでもない小沢一郎氏である。
自分たちは頭がいい。愚かな国民によってこうなってしまったという主張。彼らにとって、これは選民思想とは呼ばないらしい。
我々の素晴らしい政策を読めば中道に投票するはずなのに、それすら見ていないと本気で思っている。「消去法」という概念自体がないのかもしれない。
開票後に現れたハッシュタグ。惨敗して少数派になり、ズタズタになったメンタルを癒すために生まれた。
自民党に投票した2割より、我々のほうが多数派だ、という慰安。
悪魔合体に失敗したのに、まだ野党全体で結集できると思っているらしい。
昔別れた元カノのことをいまだに引きずっている。あるいは他責の言い訳。
野党は与党の批判をするのが仕事なのに、と怒っている。「批判する」という手段が、もはや党の目的だと錯覚してしまっている。
ずっと欲しがった「無党派層」がそこにいるのに、それすらも敵に回す。参政党ですら支持者を諌めるレベルの言動。
ナチスは選挙で選ばれた、選挙に選ばれたのは高市。だから高市はナチスだ、という非常に分かりやすい方程式。
この理論で行くとトランプはナチスではないのだが、そこは無視するものとする。
自分たちがいつかユダヤ人のように迫害されると勝手に危機感を覚えている。
選挙戦よりずっと前から、巨悪の陰謀によって敗北することは決まっていた、とする諦観。大敗によって、今回ばかりは弱音を吐いている支持者が多くみられる。
もしくは「自分たちは悪くなかった」という他責思考の類なのかもしれない。
中道になって現実路線に入ったのに、まだその事実を受け入れられていない。
もしその「予言」が当たると言うなら、いつまでに戦争になるのか教えてほしい。今のうちに三菱重工の株を買っておくので。
議院内閣制の基本を教えてくれている忠言。毎日新聞まで1面でこれを書いている。
明らかにくやしまぎれの言葉なのだが、中道改革連合が自分たちの白紙委任によって誕生したことはとうに忘れている。
政権がもし失敗したら、投票した人のせいだ、という押し付け。「もうしーらない」という、ふて寝でもある。
この理論で行くと、自分達には中道の監督責任がある。まずは自分の政党から立て直してほしい。
中道の存在自体が有耶無耶になりそうなので、まだ後回しなのかも。
弁士なのにデマに負ける程度の発信力なら、当選しても影響力がないのと同義なのだが、そこは立候補者の力不足ではないのだ。
議席は激減したが、それを笑われたくないという完璧主義的な気持ち。
自責の念に囚われたくないので、言い訳をして一生反省はしない。
自民党単独で3分の2を取ったことから、維新への恨み節も飛び出している。
自分達が名前を変え、国民民主党との間に取り交わした協定を反故にして無視したことを、もう忘れている。
我々はしばき隊として、私的制裁を加えたのに、という意味でもある。
与党だけでなく自分達の不都合な部分も曝け出されることを失念している。
成果主義的な主張。約半年という期間では自分達も批判しかできていないはずだが、そこは棚上げしている。
成長を見守る、という発想自体がないのかもしれない。
公職選挙法違反を責めると、自分達の首も締まってしまうことまで気が回っていない。
中道と参議院の残党とで、政党交付金をどうしたのか、これからどうするのかは不透明だが、そこはダブスタ。
大部隊の自衛隊員を海外に派遣するための移動手段自体がないし、あったとしても到着するまでに輸送機や輸送艦を護衛する戦闘機なり戦闘艦なりが全く足りない
今般の衆院選での中道の惨敗を受け、「なぜ若者の多くはリベラルなのに、リベラル政党に投票しないのか」という議論が盛んに行われているが、一点忘れられている前提がある。それは、「自民党は1955年の結党時から理念的にはリベラルでもある」という点である。
『党の性格』 https://www.jimin.jp/aboutus/declaration/
わが党は、土地及び生産手段の国有国営と官僚統制を主体とする社会主義経済を否定するとともに、独占資本主義をも排し、自由企業の基本として、個人の創意と責任を重んじ、これに総合計画性を付与して生産を増強するとともに、社会保障政策を強力に実施し、完全雇用と福祉国家の実現をはかる。
しかし、そうすると55年体制のもう一つの雄、旧社会党は理念的には何を目指していたのか。それは資本主義下の福祉国家を否定し、日本の社会主義化を合法的、平和的に目指す政党であった。
http://roudousyaundou.que.jp/syakaitou_015.htm
<中略>
したがって、福祉国家論に対する闘いは、資本家の譲歩を一層拡大し、国民の要求と民主主義的進歩をかちとっていくなかで、資本主義の下では真の意昧での福祉国家は実現されないことを明らかにし、さらに革命を通じていわゆる福祉国家の限界を突破した社会主義にむかって前進しなければならないのである。
55年体制というのは理念的には、「リベラル VS. 社会主義」 の二大政党制であった。言い換えると、自民党は米共和党(=古典的な自由民主主義。リベラルの本来の原義)と米民主党の良いとこ取りをした、「20世紀半ばの西側の理想全部盛り」政党であり、対する旧社会党は「東側の理想全部盛り」政党と捉えることができる。自民党内の異様に広い左右の多様性と柔軟性は、この「西側の理想全部盛り」結党理念に依る所が大きいと思う。対して旧社会党は、ソ連崩壊で「東側の理想全部盛り」政党としての存在意義を失った。
その後、旧民主党等に移った旧社会党系の議員が自らを「リベラル」と呼び始め、本邦では野党が「リベラル」ということになった。しかし、元からリベラル政党でもあった自民党との根本的な違いを示すのは難しい。野党は無理に違いを示すために9条護憲という安全保障軽視を堅持し、それを撤回した中道は自民との本質的な違いを示せなくなった。加えて、「東側の理想全部盛り」理念を引きずる野党勢力は、およそリベラルとは言い難い性質も引き継いでいる(E.g. 新垣邦男氏の社民離党に対する妨害。穏健なナショナリズムも差別思想扱い)。これら欧米的なリベラル勢力と異なる事情が、日本の「リベラル」政党が支持されない要因であろう。