はてなキーワード: 高速バスとは
夏休み。八月に入っても誘ってくれる友人も居らず大学デビューに失敗。地元を離れ、帰るのにも億劫で鬱屈した毎日を過ごしていた。このままで夏休みの思い出も何も残せないのではないか?
そういったある日のこと。それまでの鬱憤もあったのだろう。すぐ行動に移した。
夜には高速バスに乗り、新宿駅に着いたのは1時過ぎだった。全くの無計画であったため宿の予約などはしておらず、まあ満喫で朝まで時間をつぶせばいいやといったぐらいの心持だった。
これからどうしようかなぁと新宿の夜をぶらぶらと歩き続けた。車の行き来が多い大通りへ出る手前、傍に路地が見えた。
その横を通りすぎようとした時。人影がスッと出てきて、声を掛けられた。
「ねぇ、一発どう?」
え?と思わず足を止めた。相手を見ると赤い服におかっぱのような黒の短髪の女性。角ばった大きめのサングラスをつけていた。
こちらが固まっているのを目にしてちょっと笑い、「興味があるならおいでよ」と腕を引っ張られた。
そのまま路地裏に連れ込まれると通りの明かりが遠のいていき、ようやく足を止めると辺りは狭く、街灯の明かりも頼りなく人の気配は二つのみ。
女は振り返るとこちらをじっと見つめ、鼻息が掛かるほど顔を寄せるとわずかに口角を上げた。
「二万でいいよ」と言ってきた。
かなり動揺したが性的な経験がなく、それでも興味は大いにあった。財布から二万を出して渡すと彼女はねじ込むようにポケットへ入れて、それからゆっくりしゃがむ。
「もしかして、はじめて?」
と聞かれ、情けなくも「あ……はい」と返事した。初めてだと申告すれば何かサービスがあるのでは?と淡い期待をしていたのだ。
「そう」とだけ言った彼女はニッと笑い、「じゃあ良い記念になるね」とサングラスを着けたまま言った。それからファスナーへ手を伸ばす。
こちらはただじっと立ち尽くしていた。彼女がファスナーから私の陰茎を取り出すと、彼女は屈んだまま顎をちょっとだけ上げて見つめてきた。上目遣いでやる感じなのかな?とその時には呑気にそう思った。
しかし女は次に右手をサングラスへ。そのままゆっくりと取った。
「あっ」
驚きのあまり声は枯れていた。というか驚きすぎて声が出せなかった。
彼女には片目がなかった。右目のみが欠けていた。右目部分にはぽっかりと見事な空洞があり、淡い街灯の下、底の見えない闇がそこにはあった。
呆気にとられていると彼女は微笑みながら私の陰茎を右手でつかんでゆっくりとしごき始め、勃起すると手を止め、それから顔をまた近づけてくる。
しゃがんだまま。じりじり。ゆっくりと。微々たる速度で。今にして思えば、恐怖のあまりそのように感じただけで、実際は素早かったのかもしれない。
女は勃起した陰茎に手を添え水平にしていた。あの闇が、右目があるはずの顔の一部が闇となって、段々と近づいてくる。
逃げ場はない。咄嗟に目を瞑った。反射的に飛び込んでくる虫を避けるように。
痛みはなかった。締め付けも。緩さすらない。奇妙な感覚だった。穴。挟まるというより収納されていくような感覚。たまにテレビで見かける異国の地、山奥の集落、そこに暮らす部族がつけているペニスケースの感覚がこのようなものではないかと思わせるような感触。
奇妙にも。非常に奇妙にも、そこでまず感じられたのは背徳感だった。しかし何に対する背徳なのかはいまだにはっきりとはしない。
ここから先の記憶は多少混雑していてはっきりとはしない。気持ちが良かったのか、どうなのか。
唯一つはっきりと覚えているのは、その場で射精したという事実である。
今でもたまに見る。当時のこのことを夢として。そして当時の続きを夢として。
夢の中では女は私に腕を組んできて、そして路地裏から出ると外は昼間で、こんなにも明るかったのか。ああこんな日中にあんな行為をしていたのかと、それでも妙に快く、女の顔を見るとサングラスはなく右目はない。日光が地表を照らす。そのときに女の顔にも光が差し込み、そこで目が覚める。
穴。奥がどうなっているのか。未だに分からない。知りようもない。知りたくもないのかもしれない。
だがこれは19の夏にあった出来事で、現実の話だ。二万も確かに消えている。いや、あんな事は実際にはなかったのではないか?と考えるときもある。
それでも。蒸し暑く、じめじめした八月の夜風に当たる度、あの夜のことを思い出す。
https://togetter.com/li/2668032
あとこれの反応に、新幹線とか飛行機使えと言うものがあって愕然とした。
山陰とか四国とか三重とか、事実上長距離の移動手段が高速バスが第一の選択肢になる地域って結構あるんですよ。緊急時には乗らざるを得ないの。
俺は先日、仙台から高速バスの樹氷号とかいうどう考えてもマジックミラー号しか思い出せなくなるバスを予約した。
知ってるか?マジックミラー号ってのはなんかえっちなことを車内でやる車なんだよ。
そして俺は樹氷号を電話予約したらなんか補助席しか空いてないと言われた。
補助席?なんかこう、いかがしい補助をしてもらえるとか?と脳内がマジックミラー号に支配された俺は電話を切り終わった後
マジックミラー号のAVを見た。あんあんあんとっても大好きジャイアンあん。
さて蔵王は山奥なので寒いらしい。Geminiに聞いたら氷点下いかになるのであったかくしていけと言われた。
何が氷点下だよ馬鹿野郎が。俺の装備は全身モンベルだよモンベル。
用意してあるのは手袋。手袋を買いにとゴンぎづねとはじめ人間ゴンがごっちゃになっちゃう手袋、反対から読むとろくぶて。
けどよ聞いてくれよ!スマートフォンが操作できるっつーふれこみなのにこれよ!
だから実質あんまり役に立たないレベルだったんだよこんちくしょう!
次にゴーグル。グーグルの進化系じゃない。ゴーグルってほら水中ゴーグルしかしたことなかったんだけどな俺。
あとなんだっけあの、毛糸の帽子なんつーんだっけ、マッチだかエッチだかグッチだかワッチみたいなそうあの帽子。
そして出発は仙台駅東口だった。
朝っぱらから仙台駅からマジックミラーじゃねえや樹氷号に乗り込んだ
補助席って何かと思ったらあのあれだ
折りたたみできる椅子が真ん中にあってそこをガコガコってやると座れる奴だったよ
なんだよそういう補助かよほっとしたぜ。
んで俺独り身なんだよ。
そんな俺に当てつけかってくらいのことがあった
斜め前の席にカップル、カップル、カアアアアアアアアアアアアアアアアアップル!
カアアアアアッペ!って痰を吐きたくなったよ毒づくよそりゃ俺だって
でもな。補助席はみんな、あのなんていうかな老人だけだったんだよ。マジで。
ふふっ俺もお年なんだなぁと思ったよ。左右のカップルどもがずっとくっちゃべっているところ
そうして待つこと2時間くらい。
車から降りてデスマウンテンみたいなマウンテンなんとかって場所についてまずはそこで待機。
だったんだけど
ひゃあああああああああああああああああああああああ寒い!!
ごめん許してみんな!モンベルパワーだけでなんとかならんかったごめんまじつらい!
ひゃああああああああああああああああああさむいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
ホッカイロしてるけど寒い!寒い寒い寒い寒い寒い!ナニコレ!?
て思ったらどうなったかっつーと!
冷たい風がコートも服も靴も手袋も貫通してくるってことなんだよ!🌪️🌪️🌪️🌪️🌪️🌪️🌪️🌪️🌪️
geminiが中にもちゃんと着込めって言ってたのにコートの中はトレーナーとシャツだけだった俺が馬鹿でしたあああああ!
ひゃあああああつらあああああいさむいいいいいいいいいああああああ!
すぐに建物の中に入りガクガクブルブルした肌をあっためた。ふん雑魚か。
トイレに行きしばし待ったあとついに乗り込むぞ!
ワイルドモンスター号だあ!!!なんだそれかっけえな!オラわくわくしてきたぞ!
キャタピラーっつーんだっけあのベルトコンベヤーみたいな戦車みたいな車に乗る。
え?社内?全員ほぼカップルで独り身は俺とじいさんだけだったぞ。じいさんと向い合せ。ふっ。
ワイルドモンスター号でガタガタガタガタゆれながら、突き進んでいく。
窓はなんか曇っていてろくに外が見えん状態。うわぁなんだそりゃ。
おい、地獄さ行ぐんだで!
蔵王の樹氷はスノーモンスターとか言われてるらしい。あぁだからワイルドモンスター号って名前でもあるのか。
ゆっくりと確実に山奥に突き進んでいく。
気分は魔導アーマーに乗ってナルシェに向かうビッグスとウェッジとあとえーっと緑色の髪の女は名前忘れた。
そしてついに!樹氷に来た。外に出る!いざ出陣!!
雪がtueeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!
視界がホワイトアウトおおおおおおおおおお
天気曇りで山頂とかやべえかなーって思ってたけどホワイトアウトおおおおおおおおお
でもくっそでかい樹氷が近づくと見えるしクソサムイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
やべえよこのやばさ!雪山で凍死するのは至極当然だと俺は理解した、
遅すぎた始まりさあ何を憎めばいい
寒さを甘く見たのも軽い気持ちで来たのもすべてその両手ってオンリーロンリーグローリーを歌いたくなった
口の中もつめたい!みんな冷たい!
どこが地球温暖化だ!!これのどこが地球温暖化だああああああ!!!
全然あのどこかで見たようなきれいな樹氷が見えてきゃっきゃうふふなんてできねえだろ!
カップルどもはキャッキャウフフしてやがったよバカヤロウ!雪山で遊んでんじゃねえ!なめるな雪山を!
なめてたのは俺だよ!俺だった!
しかしすごい経験だった。一面が真っ白。木も真っ白。雪で真っ白。でもすごい勢いがある。
晴天の樹氷のきれいな写真しか見たことがなかったが、こんなエキサイティングな経験ができるなんて
ある意味貴重だったかもしれないな。レアだよレア。そう思わないとやっていけないだけだけど!
20分くらい外出て見学してあとは戻る。ワイルドモンスター号の中にはいる。
あ~生き返るわぁ~🧙♀️
デスマウンテンなんとかみたいな建物に戻ったあと、さらに遠刈田温泉まで移動した。
ZAO BOOってとこでハンバーガー食ったけどなかなかうまかったぜ
そのあと土産物屋があるのだがここがやばかった。口コミ通りのやばさだった。
自分の目で確かみてくれ!
雪山を甘く見るな!防寒対策はきっちりしてけ!風が貫通するんだよ貫通!!
写真みたいな樹氷を期待するな!ここが真の氷河期かってくらいだったぞ!
ふー書いた書いた。
ごく当たり前と言えばそれまで。
今まで高速バスを乗るのにSkyTicketっていうサービスを2回利用した。
ふとサンシャインエクスプレスのサイトを見てみて同じのを比べてみたらそっちの方が安かった。
仲介料とか取られてるなーと思い旅行前にブルーな気持ちになった。
SkyTicketはSkyTicketで色んなとこ比較できるし、アプリから予約情報見れるしで便利なんだけど、高速バス使うからには安さが正義だよね。
今まで持っていかれた手数料は高い勉強代だったなと増田は思ったとさ。1往復につき約4000円、トホホ。
今は「慣れてないと気づかないことはある」と自分を納得させている。
いい着眼点。
「インフラかどうか」だけだと説明が足りません。年末年始の“休める/休めない”は、ざっくり次の2軸でほぼ分類できます。
1. 停止の許容時間:止めた瞬間に命・安全に直結するか(秒~分/数時間/数日)。
2. バッファ可能性:供給側 or 需要側(家庭・店舗)で一時的に貯めておけるか。
この2軸で見ると——
→ 短縮営業や特別ダイヤで減速運転しつつ稼働(競争・需要が理由)。
→ 数日なら社会的コストが小さく、行政カレンダーに合わせて休止しやすい。
対照的に、コンビニは「数日で需要が跳ねる+競争で閉めにくい+在庫は店舗側が回し続けられる」ので開ける方向になります。
1. 止めたその日に命・安全リスクが跳ねる? → Yesなら休めない
2. どちら側(供給/需要)で安全に貯められる? → 貯まるなら休める
3. 代替チャネル(オンライン・自動機・休日ダイヤ)がある? → あるなら“表”を休める
※ 実際の運用は自治体・事業者で差があります。年末年始は「最終収集日/初回収集日」「銀行・役所の窓口休止」「交通の特別ダイヤ」だけ把握しておけば実務上は十分です。
だが週末、熊本でなにかあるのか知らんがホテル満室で追い出されたので旅に出る。(泊まれるが法外に高い)
どっちがいいかChatGPTに聞いたら「どっちもいいよ!」みたいなふざけた回答しやがった。
おまえはいつもそうだよ。二択で質問してるのに玉虫色の回答で責任を回避しようとしやがる。
どっちか選べと指示したら「鹿児島」だと答えたので鹿児島に決定、はい責任はChatGPTな。
途中吉野家で朝食をとる。「牛すき鍋定食肉二倍盛り」。朝なのでビールは無し。バス旅でおしっこ危険。
俺は吉野家では「並牛」「牛鮭定食」「牛すき鍋定食肉二倍盛り」しか頼まない。
人生初吉野家から40年間これを貫いている。あと吉野家以外の牛丼屋はパチモノでありクソである。
キン肉マン問題や嫌なら食うな問題などどうでも良い。牛丼は吉野家である。異論は認めない。
吉野家下通店のドアは手動である、なぜ自動ドアにしないのか謎。理解不能。これだけは吉野家を許せない。
熊本の大衆は育ちが悪く品性が低めなので開けたドアを閉めない。ドアをきっちり閉めたら負けだと思っている。
熊本にはそこらじゅうに「あとぜき」の張り紙がある。熊本弁で「開けた扉を閉めろ」という意味だが、
そんな張り紙をあちこちで見かけるほど奴らはことごとく閉めない。
まして吉野家の手動ドアなど完全に閉まることはまずない。閉めろと念入りに張り紙はしているが誰も閉めない。
徒歩、桜町バスターミナルに着くと20分後出発の便がある、鹿児島行きバス路線があるのは知っているが時刻表までは調べていない。
チケットを購入。
旅慣れている俺はファミマで颯爽とお茶とチョコとワッフルを購入。
バスに乗る。
熊本のバスはクソ遅い。市内慢性的渋滞なのに市内から高速道路までのアクセス道路が無い。首都高的な、バイパス的な道路がなく
桜町バスターミナルから熊本ICにたどり着くだけで一時間かかる。新幹線ならもう鹿児島に着いている。
だがバスなら4200円で鹿児島まで行ける、新幹線だと7700円
バス一択である、金は無いが時間はたっぷりある。そもそも急ぎの旅ではない。バスの車窓も含め旅なのだ。
それにしても遅い、市内でいちいちバス停に止まり乗客を乗せる。高速バスなのにぜんぜん高速じゃない。
ようやく高速道路に入り山中をひたすら走り、無駄に鹿児島空港に立ち寄り、3時間半で鹿児島中央駅に到着。14時くらいだったと記憶している。
鹿児島は20年ぶり。今の駅ビルに建て替わる直前の鹿児島中央駅(当時西鹿児島駅)にしか来たことがなく現在の立派な駅ビルには薩摩藩の貫禄を感じた。観覧車もあるし。
駅前をふらついていると市内観光循環バスを見つけた。230円でぐるっと一周できる。80分乗って230円。どう考えてもお得。乗るしか無い。これで主要観光地全部行ったことになる。
乗ってから数分で気付いたが、そういえばこれ20年前も乗ったわ。見覚えあるわ。行動パターンが20年変わってない俺。
西郷どんの洞窟ショボっとか思いつつ、20年前も見たわ、みたいな。
俺は日本全国、世界各地行っているのでたいていのモノは初見でも感動も無いが、二度見であるからさらに新鮮みもまったくない。
16時。アホらしくなり途中天文館で降り(ほぼ一周してる)、銀だこで腹ごしらえ。
安定の銀だこ、どこで食ってもハズレはない。
鹿児島に来たからと言うて嬉しそうに黒豚だの地鶏など食わない。どうせまずい。よくて値段相応
高度に資本主義が発展し、かつ食品の保存、輸送が極限まで進化した我が国。
朝に豊洲で仕入れた魚が午後には那覇空港に到着し空港の中の寿司屋で提供されるのだ。
美味い魚や肉や野菜は大資本が狩り尽くし、一般市場にはそのお溢れしか回ってこない。
地元だから新鮮で高品質で安い、なんて幻想にすぎない。もうそんな時代ではない。
美味いもの食いたきゃ金を出さなければならないし、品質は都会も田舎も変わらない。
ハイボールとたこ焼き、最高であり、庶民の幸福であり、食いながら宿を探す。
宿は取っていない、取れなきゃ満喫でもいいのだ。この時間になるとホテルは空室よりもマシと捨て値で部屋を売り出す。
案の定、東横イン7000円を見つける。予約し銀だこお会計しチェックインに向かう。徒歩5分
ちなみに銀だこのスタッフはみな可愛かった。鹿児島は女子のレベルが高いように思う。熊本には悪いが熊本はアレだ。
熊本は男は扉を閉めない、女はヘチャ。ではいいとこ無しのようだが、俺は熊本が大好きだ。なんなら引っ越ししてもいいと思っている。
息子が友達と離れたくないと拒絶したので断念したが、でもキミクラスで浮いててボッチって嘆いてなかったっけ?まぁいい。
ともかくホテルにチェックイン、暇つぶしにテレビを見る、スマートテレビはネトフリにも対応、颯爽とログインして「斉木楠雄のΨ難」の続きを観る。鹿児島まで来てなにやってんだと思うだろうが、いいのだ。こういうのでいいのだ。
21時。小腹が空いた。週末の鹿児島の繁華街、どんなものかパトロールに出発。
グッと来る店がまったくない、Bar、キャバクラ、居酒屋、なんでもいいから1軒くらいと思ったが、無い。
仕方がないので客がそこそこ入ってるラーメン屋に入ったが、ぜんぜん美味くない。な?だろ?
ホテルに戻り寝る。
朝、さてどこに行くか、ノープラン。アホらしいので即戻りでもいい気がしてきたが、せっかくだし、桜島に行く。
フェリーに乗る。チケットは無く桜島の下船時に支払うという合理的オペレーションはグッドである。そして安い。250円だったか。
金額を確かめようと念の為にググったら検索要約に130円と出てきた。どっからそんな値段が出てきたのか。これだからAIは。
古い値段なのか、小児運賃を誤判定しているのか、意味わからん。
それにしても桜島は偽物である。おまえ島を名乗っているが島じゃねぇじゃん、繋がってんじゃん、現状ただの半島であり錦江湾のノドチンコである。桜半島に改名しなさい。島じゃないんだから。
無論、ただの地名であるという言い訳もありましょう、例えば島原は島でも無いし原っぱでも無い、島が付く地名などゴマンとあり、地名と実態は別物であり、安田さんが安いわけでも田んぼなわけでもない、それらの一種であるという言い訳だろうが、俺は許さない。
とか思いながら桜半島を眺めていると船は出発した。デッキではアホみたいにうどんを食うてるアホがいる。クソ高いのに美味いわけが無い。
テレビでタレントがうまいうまいと言うてるのを見て自分も食いたくなったのだろう、美味いわけが無い。
船は15分で到着。元船乗りの俺としてはこの手のフェリーの操舵技術には感服する。
自動車のCMなどでキツキツ駐車スペースにスピンで滑りながらピタリと止める、みたいな演出あるじゃん。
ともかく桜半島に到着。
降りる、250円払う。Suicaで払おうとしたが使用する人はほとんどいないのだろう、都度タッチ端末を起動しているのか知らんが応答がすこぶる遅い。
なんぞ?
なんか人がたくさん走ってきた。マラソン大会してやがる。うっざ、さっきのはスタートの合図
この手の観光地にはたいていレンタル自転車があるもので、案の定あったので借りに行ったら今日はマラソンだからダメだと。ふぁっく
わざわざ活火山の真下でマラソン大会やってんの。3000人集まってんの、アホかと。
徒歩で海岸沿いに向かう
ビジターセンターなる観光施設があったので入る、土産屋があり溶岩石が売っていた。300円。
マイクラにハマってる息子が最近やたらと溶岩溶岩とうるさいので買っていこうと思ったが、
ここってそこらの石全部溶岩じゃねぇの?
海岸沿いに恐らくかつて溶岩だったのではなかろうか的な石ころを拾ってカバンに詰めた。300円儲かった。
なぁに子供にはわかるまい。ただの石でもいいのだ。
かつこの行為が厳密には法律違反ではなかろうとかいう懸念もあるが、俺の中では違法性は阻却されると判断している。
鹿児島に戻る。
ちなみに船の出発ジングルが長渕剛であった。俺は長渕が嫌いである。
人格、品格というのはその人がアイデンティティ確立において誰もが何かしら持つ劣等感をどのように消化するか、が大きく作用する。
彼は音楽に関しては天才である。体系的音楽教育を受けずギター一本で多くの人の記憶に残る名曲を生み出してきた才能は凄いのであり、俺も若い頃、まだ自分でピアノを弾いていた頃には彼の曲をいくつか弾いた。コード進行はシンプルであり、奇抜な音楽要素を取り入れるわけではなく、しかし優しく強いメロディーは誰の頭にも残る。
が、彼は自己プロデュース能力やタレント性、カリスマを宗教にしてしまった。
アホを信者に搾取することは悪いことではない。宗教屋はみなやってる、それで救われるやつもいる。
が、彼は劣等感の克服を歪んだ形で完結させ、歪な宗教に昇華させた。俺はそれを嫌悪するのだ。
ワンテイクというYoutubeのチャンネルにも出ているが、説法がながぇのよ、普通のアーティストは「行きます」程度の一言で演奏開始するのだが、彼は人生口上を長々と30分近く喋ってから演奏に入る。うぜぇぇぇぇ、のであり、嫌いだ。
さて、俺は帰りのフェリーの甲板で涼んでいた。外気温19度、日差しもあり普通に暑い。散々歩かされたので汗ばんでいる。
が、近くに高校生の修学旅行のグループ行動らしき集団がいて、「さーむーい」「マジありえなーい」みたいな私弱いアピールして女子の真横でTシャツであり、俺がおかしいのか、JKがブっているのか、みたいな絵面であり、俺はJKたちに笑われていた。
鹿児島中央駅まで戻り指宿まで行く、まだ時間はある、片道1時間ちょい。指宿で降りずにそのまま乗り続けるとJR路線最西端の西大山駅まで行けるらしく、かなり魅惑的であり、てかそのまま枕崎まで行きたいが、アホではないので帰りをシミュレーションすると無理ゲーであることがわかり諦めて指宿で降りる。
というか、鹿児島県は上白石萌音様を生み育てた聖域であり、指宿はかの大漫画家川原泉先生を生み出した伝説の地である。
堪能せねばならない。
指宿駅前に食堂だか居酒屋だか料理屋みたいなのがあり、2500円の定食を食う。きっと川原泉先生もここで飯を食われたに違いないと考えると美味さは倍増する。実際美味かった。だが、どうやらその日は指宿で全国かつお祭りとやらが開催されているようで(店にポスターが貼ってた)、車で10分ほどの会場でなんかやってるらしい。13時半なのでまだ間に合う。俺が計画的に行動し、事前リサーチしていれば間違いなくそれをターゲットにしていただろう、カツオは俺の好きな魚ランキング10位内には入るほど好きだ。残念
地ビールがあったので飲む、美味い、おかわりしてしまった。これが間違いだと気づくのは30分後である。
14時半、帰路、鉄路かバスか。どちらもアリのようだ。来るときJRだったので時間かかるが景色の良さそうなバスもよかろうとバスで帰ることにした。ちなみにJRはクソであり、せっかく海岸沿いを走っているのに藪で景観が台無しである。
JRが軌道外の雑草を放置しているため車窓は最悪のコンディション。
言い訳をすると乗車直前にトイレには行ってる、アホでは無いのだ。
あと1時間ちょい我慢は「むり」との決断を下し、途中「観音崎展望所」バス停で途中下車。
道の駅だからトイレくらいあるだろう、あった、おしっこした。セーフ。間に合った。次のバスを検索すると絶望しか無かった。2時間後。
最寄り駅まで徒歩20分。20分くらいは歩くが、列車が来るのは1時間後。ふぁっく。ド田舎死ね。
結局小一時間海岸で桜半島を眺めながら佇むことになった。気候が良いのが救い、桜半島はきれいだった。
ようやく時間が来たので生見駅から列車に乗る。「ぬくみ」と読むらしい、勉強になった、残り人生で活かせる機会は無いだろうが。
生見駅での乗客は俺一人だが、枕崎や指宿から乗ってきたのであろう観光客で空席ゼロ。外人だらけ。
ちなみに生見駅の側には「この付近で大便した奴はぶっ殺す 家主」的な看板があちこちにありどんな治安だよと思った。
本来の目論見では鹿児島中央から4400円でバスで熊本まで戻る予定だったが、この時間だともはや新幹線ワープしかない。
指宿在来線から新幹線に乗り換えようとしたのだが、改札内に新幹線切符売り場は無いらしい、一度改札を出てから買い直しだとか。
都会育ちの俺は新幹線とは5分に一本走っているものという常識がありそのような感覚だったが、時刻表を見ると絶望しかなかった
はぁぁぁぁぁ?
よんじゅうよんぷん?待ち?なんで接続列車にしないの?その前が3分間隔出発で次が44分の空白ってなんなの?
なんでばらけないの?アホなの?
が、良い、許す。俺はちょっと機嫌が良い。
実は指宿からの帰路に衝撃的な出会いがあった。途中でJK3人組が乗ってきたのだが、その一人が俺の初恋の人にそっくりだったのだ。
瓜二つというて良い、とはいえ初恋の人に最後に合ったのは35年前なので記憶が定かではなく写真も持っていないので相当補正がかかっているかもしれんが、顔立ち、スタイル、雰囲気がそっくりだった。俺が余命一ヶ月とかならアレでソレしてしまったかもしれない。だが俺はあと50年生きる予定なのでそんな事で刑務所には入りたくない。
コーヒーを飲む。そういえば出張に電動鼻毛カッターを持ってくるのを忘れた(バックのどこを探してもない、入れたはずなのに)ので隣のヨドバシで買うか思案、だが、よくよく考えてみると鼻毛カッターを使うのは1週間から10日に一度である。
出張はあと2週間だから使っても1回、もしくはせいぜい2回であり、自宅に戻れば前のがある、別にそれで困ってない。
パナソニック製で10年前に購入したものだが、電池式なのでバッテリーヘタリもない。そもそも毎日使うものでもない。
そしてこの歳で新しい電動鼻毛カッターを購入したとしてあと何回使うだろうか。鼻毛がどうでもよくなるのが80歳くらいだとして、週一使うとして残りざっと1400回である。
あ、けっこうあるな、新しいの買ってもいいかな、人生最後の電動鼻毛カッター、いやいやいや、今のやつで人生最後まで走り切れるのでは。
とか考えてたら30分が過ぎ、ホームに向かう、新幹線ホームに喫煙所があると思いきやなかった。大都会熊本駅にはあるんだけどね。
新幹線発車。
車内アナウンスで「座席に荷物置くな」と言うているのにお隣の中年女性はガン無視。
俺は三列シートの真ん中にふんぞり返って座っている。なぁに乗車率3割も無い。
ちなみに三列シートは真ん中だけちょっと幅が広いのだ。
18分のインターバルがあるのでのんびり新幹線ホームの喫煙ルームでタバコを吸う。
吸い終わり、ん?豊肥本線ってこの時間そんなに間引き運転だったっけ。調べると
18:43発があった。余裕で乗り換え間に合うじゃん。ジョルダンふぁっく
なんやかやホテル到着、急いで帰ったのは理由がある、荷物が届く。
スーツケースを宅配便で送っている。ホテルというかウィクリーが預かってくれないので近所のコンビニから Permalink | 記事への反応(0) | 16:52
高速バスで隣席に他の乗客が座らないよう、2席分予約して出発直前で1席をキャンセルする「相席ブロック」に運行会社が頭を悩ませている。本来乗れたはずの人が利用できずに空席になれば損失が生じる。各社は悪質な行為をしないよう呼びかけるとともに、抑止策としてキャンセル料を引き上げる動きも出てきた。
「意図的に相席をブロックするご予約は他のお客さまのご迷惑となりますので、絶対におやめください」
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkei.com/article/DGXZQOUD033KK0T01C25A0000000/
海外だとほぼ当日キャンセルで返金ができないようになってるはずだが
性善説はやめたほうがいい
ありがたいことに色んな福祉や医療に支えられて生きている、所得控除も医療費の上限も地域の交通利用の割引も本当にありがたい
その中でも障害者は引きこもりがち(家にずっといると社会的なつながりもなく運動もせず精神的にも身体的にも不健康になる)を解消する外出の機会を作るための娯楽の優待があると思ってて
映画や美術館や博物館や水族館とかにそれはあるのだが大体が自分と介護者1人が対象になる
長年の付き合いで本当に仲が良いと思った友人と該当の施設に出かける際には軽く手帳の仕組みを説明し、料金の優待を受けている、皆いい人なので初めは私の障害の開示に驚くも体調に気を遣ってくれたり率先して手伝うことはないか聞いてくれる、割引分の還元と言って帰り道のカフェをごちそうしてくれたり、障害を大仰に扱って欲しい訳ではないという私の説明を真摯に受け止め変わらぬ態度でいてくれる、大事な人たちだ、3人ほどいる
今まで恋愛もしてきたが30手前で障害を持ってからは縁遠くなっていた、だがやはり人生のバディや伴侶が欲しい気持ちになり自身の障害との向き合い方も安定し出産や子育てを頑張る目処がついたので婚活をやってみるか、という時に知人の紹介で出会った人が良い人で何度か会った後にお付き合いしませんかと打診された
悩んだが不誠実は良くないと判断し、自身の見た目では分からない障害や手帳の有無や通院の頻度や平均寿命などを軽く伝えた、相手は真剣に好いているので勉強しつつ頑張りたいと答えてくれたので、それならお付き合いを是非に、と交際が始まったのだが、まぁ、うん、難しい
そこで表題の悩みに舞い戻るのだが前提として交際相手はとても良い人だ、愛情表現も豊かで趣味も合うオシャレでスポーツが好きで働き者だ
私も別に障害を常に慮って欲しいとかヨシヨシされたいとか時間とお金を使ってケアして欲しいとかは全く無い
事実、交際相手は私の障害に対して何かしらを費やしたことは無く何もかも私は自身で処理している
でも他人から手帳取得に至るまでの地獄とこれからの色々を無かったことのように扱われるのはしんどい、と気づいてしまった、すごく難しいバランス感覚を要求しているなと自分でも思う、大袈裟に扱われるのは嫌だが全く気にされないのも嫌だなんて
交際相手は観たい映画がある時、私に声をかける、1,000円ずつチケット代を払う、ポップコーンと飲み物を各々で買う、私は観たことないシリーズの外伝を観る、まぁ面白いので映画自体は良い
私が某キャラクターの展示に行きたいと言う、障害者本人は正規料金で介護者は無料、相手は1円も出さず全然知らなかった!勉強になった!と楽しそうにする
2人とも興味のある有名美術館の展覧会がある、障害者本人は無料で介護者は正規料金、相手は2人で割って1,250円ずつだねと言う、原画とても素晴らしかったねとカフェで感想を話す、各々で支払う
遠くの水族館に私が日帰りで行きたいと言う、高速バスは障害者本人と介護者それぞれが半額、それぞれで支払う、入館料も半額ずつ、それぞれで支払う、帰り道もそれぞれ
今まで私が手帳を提示した割引を使った際の友人らは感謝を率先して述べたり金銭のバランスを取ってくれていたし、自分がもし逆の立場でもそうするタイプ(年齢や立場で傾斜をつけたりクーポン持参などがあれば出来る範囲でお返しをする)なので本当に毎回驚いてしまう
まぁ障害のある人間と付き合うだなんて人生初だろうしなと1年ほど眺めていたのだが娯楽の趣味が合う喋るクーポンと思われてる気がしてきた
というか今まで健常者の時期に付き合ってきた人達も映画観よ!チケット代?いらないよ!という人ばかりだったし各々で支払うことが最初は斬新な価値観だなと感心すらしてたが、もしかして結婚して妊娠して出産して物理的に私が働けない時期にもこの各々で支払うスタイルは続くのか…?となり、それとなく結婚の意思を聞くも結婚自体が5年後くらいが良いとか言われてしまい頭を抱えている
私が患う病気の平均寿命的は健常者より結構短いことを伝えてある(私は割と予後も良くて楽観視してるけど)妊娠も出産も望んですぐ叶うことではないし子育てなんか自分が死んでも続くプロジェクトなのに…?絶対結婚したい!子供が欲しい!と断言出来ない曖昧な三十路の私(子供を持ちたいと思える人に出会いたい)が悪いのか…?
なんか書けば書くほど悲しくなってきた
私を私として尊重して欲しいだけなんだけどな、良い人で良いパパになると思うんだけどな、多分別れた方が良いのは分かってるんだけど別れを切り出す行為自体が障害を重くしそうなくらい負荷が大きくて躊躇うよ、私がもっと若くて健常者なら大好きな気持ちで5年そばにいて待てるんだけど
昨日になって改めて自覚した嘔吐への恐怖の強さ、これのせいで通信制の学校に行くとは夢にも思わなかった
流石に病名が診断されるまでに酷いとは思ってないが、それでも人より強い恐怖を持つせいでなかなか過ごしにくい
一度体調管理を怠って栄養が極端に少なくなって正月にやらかしたことがある
が、その時の胃の内容物を嫌そうに避ける他人や、自分と自分の床周りに集まる視線 そして慌てて処理してくれた店員の姿
それらは5年経った今でもはっきり思い出せる、ハッキリしすぎて気分が悪くなるほどに
そんな周りの反応の中でも、小学校中学年まで消化器官が弱かった弟に距離を取られたことがショックだった
そして去年、公共の場で急な嘔気があったことで自分はどうしようもなくなってしまった
今までなかったのに突如起き、絶対に床にはできないと思いつつトイレに行った
トイレの個室を開いて蓋を開き、膝立ちになって顔を下げてみるが出せなかった
自分にとって落ち着ける家のトイレでも同じだった 腹の底に溜まる気持ち悪さが本当に苦しかった
よく「どうしても気分が悪いなら舌の付け根を指で押さえて出すと良い」と聞くけど、自分からしたらわざわざ自分で出しに行くことが信じられない
病院でも「無理に出すと体に悪いから出さなくて良い」と言われたが、「無理に出した方がいい」と言われても私は舌の付け根を指で抑えようなんて絶対思えない
こんな状態だから高速バスの長時間移動は殴られても行きたくない むしろ殴って寝かせた状態で運んで欲しいと思う程に嫌だ
公共の場で戻しそうになって以降ずっと休み、病院に行けと親に叱られた時「救急車で行け」と言ってしまった程に まぁ今思うと自分でもかなりわがままな発言だったと思うし、一見ただの気の持ちようなのに救急車を発車させるなんて有り得ないと思う 世の中には気を失うほど痛かったり苦しかったりする人がいるのに
もしやってしまっても周りは無関心 しかし楽しい日になるはずだったその日は嘔吐した人がいる事実で楽しめきれなくなる その状況はどうしても避けたかった
あまり言いたくないが、自分の目の前でバス移動中にされてしまった時の周りの無反応さは忘れられない
咄嗟に席を立ってしまって逃げ出したくなった時、周りを見渡しても誰も気にしていないのが怖かった
それなのに数ヶ月後、普通に過ごす戻した子に口を揃えて「かわいい」と言えていた周りが信じられなかった
帰りの移動の時に別席に無理矢理移動したことやあからさまな避け方に、傷つけたかもしれないな、と後悔している
運転中にも関わらずバスから飛び降りて帰りたいと思った時に見た、私の腕を引いて苦しそうに泣いていた顔も忘れられない
もう既に分かっていると思うけど、自分でやってしまうのと同様に見るのも嫌だった
ドラマや映画だとしても、どうして大半の人は生々しい嘔吐のシーンをスルーできるんだろう
漫画でも嘔吐をギャグとして扱ったりするコマがあったり、デフォルメにせず生々しく表現されていたり、小説でも地の文に内容物が床に叩きつけられる音や会話文に嘔吐する声をありのまま入れているものはどうしても読めなかった
テレビを見てふとそのシーンが目に入った時はしんどかった
胃の内容物じゃなくても、口に含んでいた大量のものを一気に吹き出す様子が嫌だ だから「口に異物が入っただけで吐き出したくなる某芸人」は本当に嫌だ
酒を飲みすぎた芸人が早朝の運動後に側溝に戻すのをドアップで移された時の辛さは言葉にできない
先程言った弟が戻す時、姉の役割を果たすことなく自室に逃げ込んで布団を被ったし、弟のそばにプラの桶が置いてあったら背筋が凍る
なのに弟が何度も戻すので、ここ最近までなかなか心を開けなかった
基本的に目の前でしていた人とは短くても数日、長くても数ヶ月自然な状態で話しかけられない
今話そうとしている人は数日前に戻したんだ、と言う事実が頭から抜けない
薄らあった恐怖が明確に強まったのは、小学校の時だと思う
1人の同級生の男子が教室に入った瞬間戻し、一斉に教室内の全員が机と椅子を引いた時、そして給食中
そしてついに、直接見たわけでもないのに人から聞いただけで話しかけられなくなってしまった
最近落ち着いていた弟が、卒業パーティーで食べすぎて戻したと聞いて、酷い言葉を何度もぶつけてしまった
私に伝えてきた母は、弟が戻した様子を的確に言ってきて、容易に想像できたからだった
「それでそん時にさぁ、…ぶぇっ!!ぶふぇえっ!!ぶぶっ、ぶるるぅえっ!!って」
こう表してきたら、どれほどの惨状か無意識に思い浮かべてしまうものだと思う
先程言った公共の場での日の翌日、台所にある水が勢いよく出ているだけで一瞬嘔吐かと思ってしまって飲み物を飲めず、シャワーが怖くて何ヶ月も体を洗うことすらできなかった
赤子なんてげっぷをさせなきゃいけないらしい
小さい頃消化器官が弱かった時に親にかけてしまったたくさんの迷惑を、自分も身をもって知る可能性があるものに関わりたいと思えなかった
ここまで強い拒否反応を持っているけど、戻した理由がちゃんと納得できるなら反応も少し和らぐらしい
例えば健康診断 あれは反射だから仕方ない ただ、それをいずれやると思うと辛くなる
他にもストレスや月のもの、悪阻が重い時 周りが注目するので心配されやすく、よっぽど酷いんだろうなと思える
中学の担任に重すぎて胃液も出たと言われたが、嫌悪感はなく大変だったんだなと思うだけだった
後は二次元作品に限るが、極限の環境で生きてく中で余程グロテスクな目にあったなら、それはそうもなるだろうなとすぐに思う
実際かなり過激な作品に自身も具合が悪くなることがあったし、スプラッター映画の中には、上映中に体調不良を訴える観客の多さで有名なものもある。
ただ、それ以外は許せない
弟の食べ過ぎなんて論外だ 納得できる箇所がどこにもない これだけは許せなかった
それとバスの移動での酔いは、納得はできても聞く気は一切起きない
高校に入って仲良くなった子がバスでやってしまったと言う話を聞き、酷いと思いながらも「距離を取ろう」と考えてしまった
だから私は嘔吐と言う生理現象を「ゲロ」だなんてバカにできない 笑うなんて絶対無理だ
何度か茶化して言う時があれど、うまい具合に笑いに変えることができてないと思う
こんなに避けてるくせにいつもは楽しいことばかりに逃げているから、昨日母が「健康診断で戻した」時のあの「ぶふぇっ、ぶぅえっげぇえっ」と言う表現に耐えられないでいるんだなと思う
エメトフォビアの人同士のコミュニティもあると聞くけど、楽しいことだけ考えていたくて放置した結果だ
自業自得だ
恐怖症なんて、普通に生きてきた人から見たらただの心配のしすぎだし、大げさな妄想でしかない
でも、人と話せなくなった時に知人が目の前で戻す夢や、自身が酷く嘔吐する夢で目が覚めた時は、どうしようもなく苦しいってことだけ言わせて欲しい
そして、二次創作をする人が嘔吐に配慮していることに心から感謝しながら、映像作品もそのシーンがある時は事前に言って欲しいとずっと思っている
唐突に嘔吐が話題に出たり、そのシーンを予告なく見てしまったりする時に過剰に反応してしまうから