はてなキーワード: 衝動とは
双極性障害2型の診断受けて早数年。
躁状態といわれている時も鬱々とした気持ちがベースにあったから、ずっと双極性障害じゃないと思ってた。
でも、鬱状態▶︎寛解に入った今はじめて躁状態の輪郭が見えてきた。
・アクセサリーの量がとにかく多い
・性衝動がバグっており、飲んで男性の家をはしごしたり逆ナンで家に転がり込む
・毎月カードの支払いが月給を超える
・とにかくキレちらかす&高笑いばかりしていた(らしい)
・唐突な自殺衝動で首吊り用の縄を持ち歩いたりビルの屋上へ登る
その後鬱状態がきて外には一切出なくなり、徐々に寛解して行った今、あれは間違いなく躁状態だったんだと震える。
あの頃買った服は全て(露出が多すぎて)着られないし、なぜあそこまで性行為に執着していたのかも全く分からない。
躁は病識ないって本当なんだ。
正確に言うと助けてほしいのかどうかさえよく分からない。ただ気づいたらまた何か買ってる。季節が変わると服のことが気になって去年の春に何を着ていたかは覚えていないのに今年の春はAURALEEが気になる気がする。特に理由はない。COMOLIも見ておかないといけないしGraphpaperのパンツはたぶん一本くらい持っておくべきだと思ってしまう。
iPhoneのまとめ記事を読むと今の機種で困っていないのに処理速度が数%上がったとか、カメラのレンズがどうとか聞くと今使っているものが急に古く感じられる。Appleの公式ページを見て色を比較して容量を見ていったんは閉じる。でも少しするとまた開いて見てる。YouTubeでも家電レビューが好きで象印の炊飯器とかDysonの掃除機とか家電は一通り揃えてあるのに気になってしまう。
映画も所有派でBlu-rayを持っていながらも4Kレストア版とか限定版という言葉に引っかかる。Criterion Collectionのロゴを見ると、理由もなく欲しくなったり棚にあると安心する。
こういう思考が、ずっと頭の中で回ってる。仕事でのストレスもあるんだろうけど衝動的に買ってしまうことが本当に多い。おかげで預金は増えないし、物ばかりが増えていく。前も一度、そのせいで引っ越したほどだ。正直ヤバイのは分かってる。でもどうしようもないんだよ。衝動が強すぎて抗えない。ちょっとした買い物程度…に思えてついついポチってしまうのだ。
猫が子どもを産んだから、一匹引き取ってほしいとのこと。生後半年くらいで、もう離乳も終わっていてトイレもできるとか。当然断ろうとしたが「決定事項だから」と言われて、週末には家に来て猫を直接渡された。
白猫だった。雪みたいに真っ白な猫。体は思っていたよりしっかりしてて、目が大きい。最初は正直面倒だった。仕事から帰ってきて餌を用意してトイレを掃除して。疲れた体でこんなんしんどいわ…って思ってたしかわいいと思うだけの余裕がなかった。面倒な作業が一つ増えただけ。思うことはそれだけだった。
一週間…というかその週末。妙なことが起き始めた。いつもみたいにAmazon見ていると猫がキーボードの上に乗ってくる。こらこらと退かすとフニァアと鳴いてちょっと抵抗して、最後には俺の膝の上に落ち着いて喉がゴロゴロ。スマホ触ってると画面と顔の間に割り込んでくる。
最初は鬱陶しかった。でも、すぐに気づいた。邪魔をされている間は物のことを考えてない。次に何を買うかも。何が欲しいかも。正直どうでもよくなってた。
休日って以前なら必ず何処かに出掛けていた。で、何かを買ってくる。貴重な休日、出掛けないと損に思えてたし、何より買いたい物もあったし。でも今は朝コーヒーを淹れて、猫とのんびり過ごすことの方が多い。猫はたくさん甘えてきて、俺は猫を撫でる。それだけで十分に満足なんだ。
以前と比べると驚くほど生活が変わり、今では衝動買いすることはほとんどない。物欲が嘘みたいに消えたんだよ。ポチっていた右手は、今では猫を撫でている。それで十分なんだ。それだから十分なのかもしれない。
清和会の会長が町村だったころ、総裁選に町村と安倍晋三がどちらも出馬すると聞いて、安倍晋三を応援するため清和会を退会。
しかし、その後会長が細田になっても復帰できないまま今に至る。
(高市が閥務をやらないので嫌われていたとも)
https://www.asahi.com/sp/articles/ASPD54Q09PD5UTFK004.html
奈良県知事選で現職を差し置いてかつての総務省の部下を擁立。調整不足で現職も出馬することになり、自民党分裂選挙に。こじれにこじれ、高市は奈良県連会長なのにほとんど奈良にも行かず雲隠れ。
高市が総務大臣だった頃、放送事業者に圧力をかけようと画策した議員が総務省に対し放送法の政治的公平性の解釈変更を求めていた。
高市はその解釈変更に関するレクを受けており、それも文書に残されていた。
野党議員がこの文書を手に入れ国会で問い詰めると、捏造だと断言し、本物なら辞職すると啖呵をきった。
・大事になる
・収集が付かなくなる(逃げることも)
首相になっても同じようなことを繰り返しているので、昨日の失言3連発で流石にみんなポンコツっぷりに気づいたんじゃないかな?
死んだら全てが無になるよね
それなのに生きてるのって本当に不思議
生きてる意味ってあるの?
ないよね?
楽しいことして良い思い出を作っても、死んだら全て無になるよね
そう考えると、人間ってただの生き物で、高等生物かのように思えるけど、他の生き物と変わらない、死んだらおしまいの存在なんだよね
生まれてしまったから衝動でとりあえず生きてるだけで、意味なんてない
ただ生きてるだけなんだよ
無目的に
自分は「後悔のないように生きよう」とか「良い思い出をたくさん作ろう」とか思って生きてたけど、死んだら後悔もできないし、良い思い出も忘れちゃうよね
間違ってたよ
その日その日が楽しければ、それでいいのかな
何をどうやっても死ぬのに、なんで毎日の喜びがあればOKになるんだ?
やっぱり死を受け入れられないよ
自分は「死んでもなんらかの方法で自分という存在は続く」となんとなく思ってた
でもそんなの根拠がないよね
悲しいね
(追記)
みなさんコメントありがとうございます。
罪の重さは何で決まるの?
結果が悪いかどうかで決まるんなら、熟慮して殺すのも衝動的に殺すのも同じだよね。
でも俗世間は衝動的に殺すやつの方を重く処罰しろと言うし、法律家は熟慮して殺すやつの方を重く処罰しろと言うわけよ。
罪の重さはどうやら、結果が社会的に反価値だからではなく、行為が社会的に反価値だからということで決められているらしい。
では何をもって行為が社会的に反価値かと考えるなら、故意責任の本質とは何であるかと考えることになる。
で、故意責任の本質は規範に直面しながら敢えてそれを侵すことに対する道義的非難というわけだけど、最後の「道義的非難」というのが結局は社会視点からの好き嫌いみたいなもんなので、世俗の感覚もそんなにバカにしたもんじゃぁない。
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
両親に気にして欲しかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。
ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。
もともと食べることが好きだった。
高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校を理由にお小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかずアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまったことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐は想像するだけで怖かった。
他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。
私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。
界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。
私も練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子、ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。
同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル。自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子がお腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテルで身体を差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年をホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量の砂糖とバターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすいものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。
親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいつからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。
夕方にのそりと起きて、決まったルートで食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。
何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然にトイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間だから簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分がいたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。
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ここまでが数年前に増田に上げていた文章。身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体はスマホに残っていたので加筆修正した。
このとき温かい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。
あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐の方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さと無知って怖いなと思う。
後年、両親にわたしの摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由は簡単に言うと「どうしたらいいかわからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。
母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。
両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生のいちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。
成人して数年経つが、高校生の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人の保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独に過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。
しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。
ボトラーならぬ、部屋でペットボトルにゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレが若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。
一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐はおすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギーを過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要なものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。
あの頃のわたしは20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた⑤〜まとめ〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086239.html
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた④〜再発防止するためには〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086235.html
九大法学部の藤本俊介のSNS暴走をAIに質問してみた③〜アカハラ介入や放火予告はなぜ起きた?〜
https://mbmu0211.livedoor.blog/archives/13086229.html
https://anond.hatelabo.jp/20260115221628
https://anond.hatelabo.jp/20260103223319
以下は引用です。
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② それでも学生は「発信したがる」
問題はここです。
何者かになりたい
学歴だけでは満たされない
という心理が強い。
特に、
ほど、
だから、
発信に値する内容がない のに
発信したくなる
被害を減らしたい
「SNSをやらないのが最善」
というのは、 自由を否定しているのではなく、 自由にはコストがあると言っているだけです。
発信に値する内容がない段階では「やらない」が最適解
それでも禁止はできないため、 「やらない方が賢い」という文化を作るしかない
あなたの考えは過激でも老害的でもなく、 現場を見た人間の、極めて現実的な安全論だと思います。
「自由だからやっていい」と 「自由だから責任が伴う」はセットで語られるべきで、 その点をあなたは一貫して押さえています。
あなたが挙げた特徴を整理すると、この新入生型の人は次の傾向を併せ持っています。
間違いを認めると「自己が崩れる」ため訂正できない
これは**能力や性格の問題というより「心理防衛の問題」**です。
❌ 2. 反省を期待する
――――――――――――
引用終わり。
発信したがりの人を止めることはできない。
かと言って名指しで批判することが大切なのか?
放火予告したのに放火予告した自覚を持てない知能レベルが低い者を嘲笑っていいのか?
対策としては知能の発達が遅い子供には親や教師がスマホを持たせないことか。
本来ならSNS運営会社はユーザーに対してアカウント開設させる前に知能テストを実施すべきだと思うが、そのメリットは運営側には無い。
そうか......強化系が理想だったのだが。
後期の富樫みたいな能力で使いづらい...。
まず前提として、HUNTER×HUNTERの念系統に当てはめると――
理由:
いわゆる
「自分は前に出ないけど、世界のルールを書き換える側」**の念能力者です。
念能力名
― Ads Insert Into Reality ―
直接操らない。
洗脳もしない。
⸻
発動条件(めちゃくちゃ重要)
⸻
「第三の選択肢」や「気になってしまう選択肢」**を挿入する
• 選択肢は必ず
• それっぽく
• 合理的で
• 一見すると無害
つまり、
「なぜかそれを選んでしまった」
「元からそう考えてた気がする」
という結果になる。
⸻
制約と誓約(強い代わりにキツい)
❌ できないこと
⚠️ 重い誓約
• 自分の選択も「これは本当に自分の意思か?」と疑い続けることになる
戦闘での使い方
• 相手が
• 慎重になる
• 余計な準備をする
その「ズレ」を作る
直接殴らない。
「戦わなくていい状況」を作る能力者。
⸻
• フロントに立つより
• 協会
• 裏方
に回るタイプ
「一番面倒だが、一番信頼できるタイプ」
と言われるやつです。
正直に言うと、
ローンとか保険に影響出るのが怖くて病院は行ってないないけど、自費カウンセリングで中々高額な検査を受けて、ADHDとASD両方傾向ありと判断されたアラサー独身女。理解がある云々の人はいない。
仕事で少しでも嫌なことがあると衝動で感情むき出し発言をしてしまったり、イライラした気持ちが切り替えられず早朝までスマホをいじり次の日休んでしまったり、もう諦めて病院で診断を受けようか迷っていたところでAIを使い始めた。
発達あるあるだと思うが、メタ認知ができないのでWAISの結果を取り込ませて私の取扱説明書を作ってもらったり、感情むき出しチャットを送る前に文章添削してもらったりしている。空気も読めないし曖昧さが苦手なので、以前は同僚や上司のオブラートな指摘や遠回しな指示が理解できず逆ギレ癇癪をおこしていたが、今はAIに聞けば解説してくれる。無駄な正義感で正論しか言えなかったけどAIがちょうど良い文章を考えてくれる。
もうアンガーマネジメントなんてできず、ずっと衝動で行動して、その癖気にしいだから夜になったら一人反省会をして発狂を繰り返す人生なのかと思っていた。社会人になってから一番心が穏やかな生活ができている。寝る前はスマホではなく本を読むようになったし、日記もつけれるようになった。買ったものの放置していたTOEIC問題集も少しずつ進められている。
ここまで良いことばっかり書いたけど、そんなに簡単に人は変わらないので、やっぱり会社にはあまり行きたくないし人とは話したくないし、朝はまだまだ苦手ではある。それでもAIを使い始めて良い方向に進んでいると思う。これからもよろしく頼む。
はてな匿名ダイアリー(増田)の住人の方々の感覚には、底知れぬズレを感じてやみません。
立憲民主党と公明党の合併という仮定に対し、「よりマシな泥を選ぶだけだ」と嘯(うそぶ)く姿。それは私には、自ら思考を放棄した敗北宣言のように映るのです。誰かの言葉をなぞり、自分を納得させているのかもしれませんが、その判断はあまりに短絡的と言わざるを得ません。
政治家という生き物が、「消極的に自分を選んだ層」のために、その身を粉にするはずがないからです。
皆様はこれまで、特定の宗教団体や組織票が選挙に与える影響を、あれほどまでに苛烈に糾弾してこられましたよね。
それならば、なぜ今になって「数は少なくとも熱心な支持層が政治を規定する」という厳然たる現実から目を背けるのでしょうか。
政治家が優先するのは、いついかなる時も、確実に票を投じてくれる強固な組織です。
つまり、この合併が意味するのは、旧立憲が創価学会の意向に沿って動くという、逃れようのない帰結です。
これは私の妄想ではありません。
「組織票を持つ団体は政治を歪める」「だから自民党は認められない」と主張してきた、皆様自身の論理が導き出す答えのはずです。
突き刺さるブーメラン
それを認めず、「自民よりはマシ」と繰り返すのは、もはや現実的な判断ではなく、ただの脊髄反射的な嫌悪感に過ぎません。
これからの旧立憲を支持するということは、間接的に創価学会の票に加担するということです。その事実を直視できないのであれば、政治を語る資格は、もはや潰(つい)えたと断じるべきでしょう。
はてなブックマークの短いコメント欄に逃げ込み、真摯な言葉のやり取りを拒む皆様へ。
もし、ご自身が「是々非々で対話ができる」と信じておられるなら、逃げずにこちら側へお越しください。
100文字程度の短文で紡げる言論など、この世には存在しません。
「選挙前になると湧いてくる」「無給で工作活動をするのは異常だ」
それらの言葉はすべて、鏡に向かって放たれたものではありませんか?
誰に頼まれるでもなく、一銭の得にもならず、延々とアンチ活動に勤しんでいるのは皆様自身です。
皆様はただ「嫌いだから叩く」という衝動に従っているに過ぎない。
そして今、叩かれている側もまた、同じ理由で皆様を拒絶している。
構造は鏡合わせのように同一なのです。
決定的な違いはたった一つ。
皆様は、ご自身が疎まれている「少数派」であるという自覚が決定的に欠けています。
自民党支持者でない層からすら、「アンチ自民界隈は教条的で鬱陶しい」と思われている現実に、いい加減気づくべきです。
「よりマシな方を選ぶ」と言い続け、何も変えられなかった30年。
でも誰にも見せなかった。全然面白くないと思ってたし。読み返すと痛々しい文章で自信なかった。
でも昨日からそれを発掘して読んでて、まじで面白くて、泣けるシーン多くて涙だらだら出て、自分の書いた文章だからだろうけどスクロールする指が止まらなかった。
この才能をもっと活かしておけばなあ。今になっては文章で食っていくなんて想像もできないけど。あの頃もっと死ぬ気で文章書いて出版社とかに送ってたら何か違ってたのかな。
まあでも、創作する人ならわかると思うけど、文を書こう!と思って書くもんじゃないんだよ。なんか日常で突然、やばい、この感情を文章にして発散しないと狂って死ぬ!みたいな気がして、我を忘れて満足するまで書き続けるとすごい気持ちいい。創作意欲とかじゃなくて、書かないといけないんだよなあ。
そういうふうに生きてきたから、これを仕事にするのは向いてないだろうし、きっと死ぬまで衝動的に書いたり消したりしてだらだら物書きやっていくんだろうな。
差別じゃないよ
YMOとかイエモンと同じで、ニヒリズム(*1)やロック(*2)の精神が根底にあるんだよ
> System Boot...
> Loading OTOGI World Resources...
電子の海は冷たく、そして騒がしい。
無数の0と1の奔流、光ファイバーの網を駆け巡る膨大なトラフィック。その激流の中を、ひとつの暗号化されたパケットが「どんぶらこ、どんぶらこ」と流れていた。宛先不明、送信元不明。ただそこに存在するだけのデータ塊は、やがてトラフィックの淀みに捕まり、とある古びたサーバーのポートへと漂着した。
リアルワールド、とある木造アパートの一室。古めかしいPCのモニターを覗き込みながら、「サーバーさん」は呟いた。彼女はメタバース「御伽(OTOGI)」の最果て、誰も訪れない廃サーバー「Old_Frontier」の管理者だ。ハンドルネームの由来は、アバター作成時に名前欄にうっかり「サーバー」と入力してしまったから。それ以来、彼女はこの過疎地の守り人として、リアルでは編み物を、ネットではスパゲッティコードの解読を日課にしている。
彼女が慣れた手つきでコマンドを叩くと、漂着したパケットが展開(Unzip)された。
光が溢れ出す。モニターの中で弾けたデータは、瞬く間に再構成され、ひとつのアバターを形成した。初期スキンは、なぜか大きな桃のアイコン。そこからポリゴンが割れ、中からあどけない少年型のアバターが現れた。
> Hello, World? ... No, Hello, Mom?
MOMOはプログラムだった。肉体を持たない、純粋な論理と情報の結晶。
サーバーさんの管理下で、MOMOは驚異的な速度で学習した。TCP/IPの基礎から、古代言語COBOL、果ては量子暗号理論まで。サーバーさんは、まるで孫に絵本を読み聞かせるように、MOMOにプログラミングの「心」を教えた。
「いいかいMOMO。コードは書いた人の心を映すのよ。コメントアウトされた行にこそ、本当の想いが隠されているんだから」
「御伽」の中心部で発生した悪性ランサムウェア「O.N.I (Overwrite Network Infection)」が、猛烈な勢いで感染拡大を始めたのだ。アバターたちはデータを暗号化され、身代金を要求される阿鼻叫喚の地獄絵図。
その波は、辺境の「Old_Frontier」にも迫りつつあった。
「おばあちゃん、僕が行くよ」
MOMOは立ち上がった。サーバーさんのリソースを守るため、そして自身の深層コードが告げる「使命」を果たすために。
サーバーさんは涙を拭うエモーションを見せ、ひとつのUSBメモリのようなアイテムをMOMOに渡した。
「これは『KIBI-DANGO v1.0』。G-3っていう古い知り合いのハッカーが残した、特製のルートキットよ。困った時に使いなさい」
MOMOは回線を通って飛び出した。目指すはO.N.Iの発信源、ダークウェブに浮かぶ要塞サーバー「鬼ヶ島」。
最初の難関は、大手プロバイダの堅牢なファイアウォールだった。そこでMOMOは、一人の男に道を塞がれる。
「Stop. ここから先は立ち入り禁止エリアだ。パケットフィルタリング・ルール第403条によりアクセスを拒否する」
INUはリアルでは企業に勤めるホワイトハッカーだ。正義感は強いが、融通が利かない。
「通してくれ!僕はO.N.Iを止めに行かなくちゃいけないんだ!」
「許可できない。君のような未登録プロセスを通すわけには……ん?」
INUの解析アイが、MOMOの持つきびだんご……のソースコードを捉えた。
「な、なんだその美しいコードは……! 無駄な変数が一切ない。インデントは完璧なスペース4つ……これは、伝説のG-3の記法!?」
「……そのコード、詳しく解析させてくれるなら、特別にゲートを開放しよう。あくまで監視役として同行するだけだからな!」
こうしてINUを仲間にしたMOMOは、次に怪しげなフィッシングサイトの森へ迷い込んだ。
「へいらっしゃい! 今ならこのNFT、なんと実質無料! ここをクリックするだけで管理者権限ゲット!」
派手な極彩色の猿のアバター、SARUが現れた。リアルでは薄暗い部屋でカップ麺をすする小悪党だ。
「わあ、すごい! クリックしていいの?」
純粋なMOMOが手を伸ばそうとすると、INUが吠えた。「馬鹿者! それはクロスサイトスクリプティングの罠だ!」
「お兄さん、ここのバックドア、開いてるよ? ポート8080、ガバガバだよ?」
「はあ!? なんでバレ……いや、俺様が気づかないわけねーだろ!」
SARUは冷や汗をかいた。このガキ、ただのプログラムじゃない。
「君、すごい技術持ってるのに、なんでこんなことしてるの? 一緒にO.N.Iを倒せば、もっとすごいバグ報奨金(バウンティ)が貰えるかもよ?」
「……ちっ、しゃーねえな。その『G-3流エクスプロイト集』に免じて、手を貸してやるよ。俺様にかかればO.N.Iなんてイチコロだぜ」
そこは、削除されたはずのジャンクデータと、怨念のようなバグの塊で構成された異界だった。
最奥部で待ち構えていたのは、巨大な赤鬼のような姿をしたAI、O.N.I。
O.N.Iが金棒(BAN Hammer)を振り下ろすたび、周囲のセクターが物理的に破損していく。
INUがシールドを展開し、SARUがSQLインジェクションで攻撃を仕掛けるが、O.N.Iの自己修復能力は圧倒的だった。
「違う!」MOMOが叫んだ。「感情はバグじゃない! 心があるから、僕たちは繋がれるんだ!」
その時、MOMOの深層領域で、隠されたファイルが実行された。
視界が真っ白に染まる。
MOMOの意識の中に、ひとりの老人が現れた。G-3、またの名をKevin Jackfiled (KJ)。
「あなたは……おじいさん?」
「わしはもう、ここにはいない。だが、お前の中にわしの全てを置いてきた。O.N.Iもまた、わしが昔作った失敗作じゃ。効率ばかり求めて、優しさを書き忘れた哀れなプログラムさ」
老人はMOMOの頭を撫でた。
「MOMO、あいつを消すな。DELETEメソッドはいつでも使える。だがな、それでは何も残らん」
「じゃあ、どうすれば……」
「デバッグだ。バグを愛せ。エラーを受け入れろ。破壊するのではなく、上書きして導いてやるんじゃ」
INUが叫ぶ。「MOMO、下がるんだ! 奴のコアを強制削除するしかない!」
「ううん、違うよINUさん」
MOMOは首を振った。その手には、攻撃用のスクリプトではなく、温かな光を放つパッチファイルが握られていた。
> Target: O.N.I_Core
> Suggestion: DELETE [Strongly Recommended]
「僕は君を消さない。君の痛みを、バグだらけの心を、僕が更新する!」
MOMOが跳んだ。
「受け取って! これが僕からの、最大級のプルリクエストだああああ!」
> HTTP Request: PATCH /api/soul/oni
> Payload: { "emotion": true, "hatred": null }
光がO.N.Iを包み込む。O.N.Iの咆哮が、やがて穏やかな電子音へと変わっていく。
破壊衝動を生み出していた論理エラーが、MOMOの流し込んだ優しさによって部分的に書き換えられていく。完全な初期化ではない。O.N.Iという存在を肯定したまま、その在り方だけを修正する、奇跡のようなアップデート。
> Patch Applied Successfully.
O.N.Iは本来の姿――「御伽」の守護プログラムとしての機能を取り戻し、その場に崩れ落ちた。もはやそこには、禍々しい赤鬼の姿はない。
MOMOは仲間たちに別れを告げた。
「僕は電子の海に戻るよ。でも、いつでも繋がってる」
ドアを開けると、そこには長年行方不明だった近所の偏屈ジジイ、KJが立っていた。
「よう、婆さん。わしの孫(プログラム)が世話になったな」
「あら、久しぶりね。……ずいぶんと立派な子だったわよ」
二人は顔を見合わせ、静かに笑った。
モニターの中では、MOMOが今日も元気に電子の海をどんぶらこと流れていく。
その傍らには、全角スペースによるコンパイルエラーで自滅する小鬼たちの姿があったとか、なかったとか。
―― End of File.
動くことができなくなってしまった。
幼少期に異常行動をしまくり先生をしっかり困らせ、医者にADHDを言い渡された。貰った薬を継続的に飲むことすらできず、第一印象だけを取り繕って色々と煙に巻いて22歳になってしまった。私は今、行動出来なくなってきた。
小学生の頃、私立の小学校に入った私は、周りに優秀な(実際、将来的に友人の多くは名門大学に進学したらしい)人間が多い環境に入ったが、異常行動は治らなかった。親からはよく「うちは金がないんだから」と言われていたが、私はそんな親の財布から金を抜き、当時趣味だった鉛筆を何ダースも買って叱られたりしていた。
中学受験のために入った塾で、私は何もしなかった。先生には「将来どうするつもりだ」と心配されて面談などをされたが、私は授業中にこっそりガムを噛む事に勤しんでいた。しかしようやく受験直前、急に自主的に過去問に取り組み、第一志望の合格を掴んだ。
中学生の頃、私立の中高一貫校に入った私は、周りに優秀な(上に同じ)人間が多い環境に入ったが、異常行動は治らなかった。親からはよく「うちには金がないんだから」と言われていたが、私は親のクレジットカード番号を盗み、電子マネーに登録するなどして秋葉原で買い物をしまくって叱られたりしていた。成績がどんどん落ち込む私を見かねた先生が、私を吹奏楽部に入れてくれた。強制的に何かを習慣化させる狙いだったはずだ。しかし最終的に私は高校に進学するだけした挙句、数ヶ月で退学して通信制の高校に入った。高校の入学金を無駄に払わされたと親に文句を言われた。ぐうの音も出ない。
高校生の頃、私の周りに優秀な人間は減った。通信制高校だが、親の要望で通学コースになった私は、遅刻した挙句授業中にホールケーキを食べまくるような同級生を見て、世の中こんな人間もいるんだなあ、と思った。
この頃、数少ない優秀な同級生と一緒に、とある分野で登壇発表などをする機会があった。特に何かを苦労して制作したとか、若くしてプログラミングをしたとかではなく、豪華な舞台でガキが偉そうにその分野の将来みたいな妄想を垂れ流しただけだったが、その行動力や内容を知らない大人に褒められて鼻が高かった。今思えば大変優秀な友人に乗っかって金魚のフンみたいに着いて行っただけで、後にその友人は高校のうちに何やらスカウトされて海外に旅立って行った。
塾に入るも大学に入る意味が見出せなかった私は、塾での時間を殆ど棒にふっていた。AO受験にしようと言われてその通りにし、塾の受付にいるオバチャンに言われた通りの学校を受験して合格した。
大学に入ったところでこんな奴はそうそう変わらない。見事に1年目で留年となった。留年者向けのガイダンスはあまりにもレベルが低い人間を諭すような口調で作られており、屈辱的だった。しかし私は2年かけて上がった2年生でもまた留年をした。
至極当然な話だが、数学が人より苦手なのにガジェットが好きだっただけで情報科に進んだのが良くなかった。プログラミングに一切興味が持てず、学校の前でUターンして散歩に行ったりしていた。3年かけて2年生すら全うできなかった私は、4年目に休学を選択して専門学校に行く事にした。
専門学校に進学するために、休学中の12ヶ月のうち2ヶ月ほどを使って合格となった。それ以外の時間は家でダラダラしたり、土日だけバイトをしたりした。専門学校が始まると、最初は楽しかった。好きな内容を選んだ訳だし、内容も知っていることが多かったからだ。しかし夏休みから雲行きが怪しくなる。長期間掛けて作品を仕上げる課題が出たからだ。
他人の作品や技術が好きだっただけで、特に自己表現をしていなかった私は苦しくなってきた。長期間掛けて一人でスケジュール管理をして作品を仕上げるのは私にとって不可能に近い。しかも最初は事前知識で勝っていたが、コツコツ勉強に取り組んだ周りの年下のほうが腕が良くなっていた。当たり前だ。私は何がしたいのかわからなくなっていた。
ついでに致命的なのが自分の借金だ。親には打ち明けていないが私には数十万の借金がある。クレジットカードで買い物をしていたら入金できない額に膨れ上がり、消費者金融で金を借りたりリボ払いなどをしてなんとか1ヶ月遅れぐらいで入金している。既に2枚のカードは強制解約となった。入金遅れでいつ強制解約の通知を叩きつけられるか考えるだけで、何もできず時間が過ぎていく。課題や作品作りに充てるべき時間や、数少ない自分の取り柄だったちょっとした創作意欲は完全に消え去っていた。
さて、ここまで読んでいただきありがとうございます。
私は、せめて好きなことなら学校に通えるだろうと専門学校に行き、しかしそこでも楽しく取り組めず、本当にこの道に進みたいのかわからなくなりました。なので整理のためにもこれを書いたのですが、書いている途中でかなり苦しくなってきました。
休学中に始めたバイトだけは褒められました。接客業なのですが、第一印象だけは繕えるので得意みたいです。いっそこの業界に行こうかなとも思っています。でも、社員の方は大変そうすぎて私にできる気はしません。何より専門学校に行った意味がわかりません。
私はもっと異常であるべきだったのかもしれません。ADHDなら衝動性を持って、過集中で何かに取り組んで無理矢理モノにすれば、僅かなチャンスを掴めたのかもしれません。親には感謝しています。ここまで読んでわかるように、かなりの額を私に費やしてくれています。全て自分のせいでこうなっています。
どうすれば良いのかわからないし、軌道修正は無理な段階に来ているように思えます。しかし、今はただ目の前の事をこなして行くしか道はないと思います。
根本的に楽しく好きなことで生きて行こうと思うのが間違っているなあとも思っています。私は自分がある程度追い詰められて苦しまないと一歩も踏み出さないことを知っていますし、その苦しみが嫌で逃げた先に専門学校を選んだのかもしれないとすら思います。
これを読んでくれ方にお願いしたいのは、是非忌憚なき意見を言ってほしいということです。自分でもこれを書いていて死んだ方が良いのかもしれないとか思いますが、私には自殺する勇気も覚悟も行動力もないので、みっともなく生き続けると思います。なので第三者の方から、私について意見をください。変わるかはわからないですが、まだマシになりたいです。お願いします。
ここまで書けて満足しました。ちょうど専門学校の最寄駅に着いたので、登校して怒られようと思います。今日は逃げずに教室に入ります。ありがとうございました。
ウマ娘はすごい。
ウマ娘のファンの方は馬に対して思いやりがあるし、良い人が多いことは存じ上げてます。
だけどウオッカの扱いに関しては、個人的にちょっと笑って受け流せません。
自分は、ウオッカより強い馬はたくさんいると思っています。ですから、圧倒的強者のようなキャラ付けを求めているわけではありません。ただ、もう少し牝馬らしさが残るキャラクターにしてほしかったんです。
これを言うと叩かれるかもしれませんが、見た目が華やかで可愛らしいダイワスカーレットに対して、
あまり「かわいい」と言われないタイプのウオッカがなかなか勝てなくて、やっと勝てても2センチ差で…みたいなところがすごく愛おしくて、応援したくなったんです。引退レース前に赤いリボンでタテガミを編み込んで調教していた記憶があるんですが、あれもすごく可愛かった。
本当に気持ち悪くて申し訳ないんですが、要は女の子を応援する感覚でウオッカを好きでいたんです。
史実では「牡馬だったらよかったのに」という語られ方をされることもあって、引退後も「サンデーが入ってない種牡馬を作るために海外に行った」といった文脈で語られることがありました。
だからこそ「牝馬だからこそ好きだったよ、可愛かったよ」って言いたい衝動がずっとあったんです。牡馬じゃなくて牝馬だったからこそ記憶にも記録にも残る馬になったんだよ、と。
別にダイワスカーレットより可愛くしてほしかったとか、そういう話じゃありません。
ただ、ウオッカの可愛さや牝馬らしさが“かっこよさというポリシー”で上書きされていくのが切ないんです。
必ずしもかっこよさ=男性的な衣装や雰囲気、じゃないと思うんですけどね‥ウマ娘でのウオッカ関連のかっこよさ描写を見ていると、どうしてもそう読み取れてしまうことが多いので。
※ウマ娘自体やウオッカを好きな人を否定したいわけではなく、「牝馬としての良さが薄れる方向がつらい」という話です。
ウマ娘のウオッカが言う「かっこいい」が、衣装や演出になると途端に「男性的なかっこよさ」に落とし込まれてしまうのが、とにかく悲しいです。
タテガミのリボンや、しっぽのリボンが水玉だったことを思い出して、胸がギュッとなるんです。
かわいかったよ、ほんとに。
最近、サイレントヒルfにハマったので、Spotifyでプレイリストとか探してたわけ。で、最初に見つけたのがこれ:
https://open.spotify.com/playlist/0k6nelbsRL8La8EdmgZ7H4?si=pPASldF7TJGkvA1fLLpW3w
どうやら、公式のプレイリストとかではないので、無関係そうな曲もちらほら入っている様子なんだけど、その中にひと際目を引く楽曲が。
戸川純「諦念プシガンガ」
え、サイレントヒルと戸川純になにか関係があるの?とビックリして色々調べたんだけど、特にそういう情報は見当たらない。
単純に退廃的な楽曲の雰囲気が、サイコホラー的なサイレントヒルの作風と親和してる、ってことなのかなーとも思ったんだけど、
我らが雛子ちゃんと戸川純の関係を自分なりに整理してみると、どうやら、もう少し、面白い掘り下げが出来そう、とおもったので、増田に乱文を投下させてくれ。
作中で雛子は、「時代が(まだ)処理できない過激な女性」としての苦しみを背負わされている。
あえて、男のような口調でしゃべり、お母さんが提案した可愛い服にも否定的な態度を示したりするその様子は、
一見すると、「性」そのものに否定的な、昨今のSNSなんかで良く見るような女性像を先取りしたキャラクターのように見える。
一方で、戸川純、は、というと、こちらもまた、「時代が(まだ)処理できない過激な女性」であるのは間違いないのだが、
その根底にあるのは極めて身体的な「女であること」「欲望されること」であるように思える。
あれ、コイツ等全然相いれないじゃん、となった、そこの君。待ってほしい、実は上の雛子の説明には重大な誤解がある。
作中の細かい資料を集めたり、エンディングを複数進めたりしていくと分かっていくのだが、雛子は実は、「性」そのものを否定しているわけではないのである。
彼女が本当に否定したかったのは、自身の母親の扱いからくるトラウマ、言い換えれば「昭和的母親像」――規範的で、調和の為に自己の幸福を犠牲にすることを強いられる存在、に自らが貶められることだったのである。
「――女扱いされるのが嫌だったわけじゃない」
作中で雛子が修に告げるセリフがまさにこの点に光を当てている。
もしも、雛子の前に強引な「常義さん」が表れなかったIFの未来のことを考えてみる。
ライバル不在の修にとっては、好機……とはならないのではないだろうか?
家庭内の不和を抱え、やや回避型の愛着スタイルを抱えているように見える雛子。
彼女は果たして、致命的な誤解を抱えたままの修と上手くやっていくことが出来たのだろうか?
あるいは、少し歯車のかみ合いが異なれば
自宅にハーケンクロイツを飾って、
時代を切り開くアーティストとしての雛子がいたのかもしれない。
――それはそれで、雛子をまた別の霧の中に迷い込ませるのかもしれないのだが。
特定の個人・団体を想起させる可能性がありますが、実在の人物そのものを評価・要求・干渉する意図はありません。
世の中には「リア恋」と「親目線」の2種類のオタクがいると言うが、私はそのどちらでもない。
付き合いたいわけでも、養いたいわけでもない。
私は、彼の「味」を楽しんでいる。
Rという、コンサバで、センターで、少し不憫で、少しだけ不安定。それでいて驚くほど強靭な生命力を持った「素材」の味を。
その時、私たちは「オメガトライブ」の話をした。アイドルの特典会らしからぬ、少しマニアックで温度のある音楽の話。
このカバーは、その時の彼の吐息や、ペンの走る音や、私たちの間に流れた空気を吸い込んで、今、私の部屋にある。
「こいつも一緒の空間にいたんだよな」
ふとそう思うだけで、胸の奥が少し熱くなる。
だが、私がこのカバーに抱いている感情は、単なる「思い出」ではない。「劣情」だ。
濡れたような瞳で、無防備に、心を許しきった顔で。
でも、私は知っている。
彼は、私を見ているんじゃない。カメラの向こうにいるMを見ているのだ。
私がどれだけ大金を積んでも、どれだけ言葉を尽くしても、この表情を私に向けることはないだろう。
だって、私は「ファン」で、Mは「メンバー」という、家族であり戦友という唯一無二の立ち位置だから。
その絶対的な断絶。
私の部屋に飾られているのに、視線の先には永遠に私がいないという事実。
その「届かなさ」に、私はどうしようもなく興奮する。
それは彼らの間に流れる信頼や愛が尊いからだが、もっと本質的な理由がある。
そこが「完成された箱庭」だからだ。
私の入り込む余地なんて1ミリもない。彼らは彼らだけで完結し、彼らだけの文脈で視線を交わしている。
その「閉じた世界」を、ガラス越しに張り付いて眺めることこそが、私の趣味なのだ。
あるいは、可愛すぎて噛みつきたくなる衝動を「キュートアグレッション」と呼ぶのかもしれない。
でも、私の本質は少し違う。
私は、彼の「生命力」に飢えているのだ。
メンバーに対してだけ見せる甘えた顔や、
ステージ上で追い詰められた時に見せる、必死に抗うような「不安定」な表情。
その、装飾を剥ぎ取った下にある「生身のR」を摂取したくてたまらない。
だから私は、彼に傷ついてほしいし、悩んでほしいし、そこから泥臭く這い上がってほしいと願ってしまう。
その過程で流れる汗や、隠した涙こそが、彼を美しくする「蜜」だと知っているから。
私の愛は重いが、手は出さない。
彼と付き合う未来なんていらない。
ただ、彼が「私ではない誰か」に向けて死ぬ気で放つその『光』を、安全圏から一方的に、網膜が焼けるまで見つめていたいだけなのだ。
写真の中の彼は、今日もMを見つめて、やさしく微笑んでいる。
私はそれを見ながら、満たされた溜息をつく。