はてなキーワード: 同族とは
高位人外が人間と結婚した際に受ける社会的な偏見は、人間を「下位生物」とみなす彼らのコミュニティの視点から、極めて厳しく、かつ屈辱的なものとして描かれています。
主な偏見の内容は以下の通りです。
高位人外のコミュニティにおいて、人間との結婚は「ペットと獣姦して入籍した本物の狂人」という、生理的な嫌悪感を伴う認識をされる可能性があります。
高位人外同士で対等な結婚が可能なスペックがあるにもかかわらず、あえて下位生物を選ぶことは、本人の社会的評価を著しく下げる要因となります。
高位人外の女性(同族の女性)からは、人間との結婚に対して、特有の軽蔑が向けられることが示唆されています。
二人の間に生まれた子供についても、社会的な困難が予想されます。
このように、高位人外側から見た人間との結婚は、単なるロマンスではなく、「社会的コストを支払い、同族からの軽蔑や哀れみに晒される行為」という側面が強調されています。
俺は今でこそサブカル系の音楽や映画が好きだが、10代の頃はずーっとアニメを観ていたオタクだった。
中高生の頃はスクールカーストの底辺だったから自分の席でコソコソとラノベを読み、教室の隅で数少ない同好の士と今やってる
当然音楽や映画には一切興味なかったし、そういうサブカルっぽいものを好む友達もいなかった。
そしてスクールカースト底辺の席は既に俺たちオタクがその多くを占めていた。
残りの席に座っているのは何を考えているんだかわかんないようないわゆる「無」の奴。
歴史的には、オタクとサブカルは元は同族で後に分離して、同族嫌悪する関係になったらしいが、確かにそれは実感としても理解できる。
ギターをしょっている軽音部の奴なんか見るといけすかねぇなとしか思わなかった。
決してスクールカースト1軍にはなれないが、2軍、3軍くらいには腰を下ろせたのがサブカル系ではないだろうか。
もちろんサブカルの中にもカーストがあるのだろうし、大槻ケンヂの『グミチョコレートパイン』なんか読んでると、音楽や映画は好きだが何の部活も入らず仲間もいない孤独な奴が出てくるので、俺たちオタクに近い位置にいたサブカルも多いのだろう。
しかし、グミチョコの作中でもあるように、オタクはサブカルに見下されていたことは事実。
だってサブカルの人ってアニメや漫画を見るにしても、エヴァとかガロ系とかの、いわゆる(2ch質アニメ一覧にあるような)質系、アングラ系でしょう。
そういうのも好きだけど、オタクといえば萌え、ロボット、剣、魔法でしょう。
サブカルがたとえばゼロの使い魔のルイズに萌え~とか言っている姿は想像できないし(例えが古くて失礼)、ガンダムの宇宙世紀の年表を熱心に眺めているとも思えない。
オタクとサブカルは兄弟ではあるんだけど(どっちが兄で弟だ? 多分歴史的にはサブカルが兄だろう)、時代を経て兄弟喧嘩するような仲になってしまった。
余談だが『NHKにようこそ!』はその点で言うとオタクとサブカルを架け橋する稀有な作品だ。
ドラッグ、メンヘラなどのアングラカルチャーに親和的ではあるものの「萌え」のオタクカルチャーをそこに接続している。
ただ、オタ要素はあくまで山崎だけであって、作品全体からはオタクというよりアングラの空気感が漂うのでサブカル寄り作品ではあると思う。
NHKのオタ要素は添え物という感じ。
最近Xに翻訳機能がデフォルトで実装され、国境を越えたコミュニケーションが活発になった印象がある。
そんなXにてよく見受けられるのが「アフリカ系移民はヨーロッパを壊した」なる意見である。
フランスやイギリス、ハンガリーなどの美しい国々がアフリカ系難民を受け入れ、元々の原住民が悲痛な叫びをあげる……。
このような動画が回って来て、大体ポストには「アフリカ系移民がいなかった頃のヨーロッパが好きだった」と書かれている。
ヨーロッパと聞いて想像するのは白人しかいない美しい街並みとヨーロッパ独自の伝統風習、飛び交う言語がその国独自の言語である風景だ。
風景に削ぐわない見た目をしていて異質な言語を話し、マナーは悪く景観を壊す。
イメージ自体は分からなくもない。そして今、この想像通りにヨーロッパが変容している現状も理解しているつもりである。
だがあまりにも、日本人の移民が入って来た国に対する視点が「旅行者過ぎないか」とは感じるものである。
バブル時代、海外旅行が当たり前だった時代におけるヨーロッパの風景や文化伝統が基礎となり、それが「当たり前であり美しく感じる」という感性から日本人はもしかしたら抜け出せていないのではないだろうか?
そもそもアフリカ系移民が大量に入って来た理由の根幹にヨーロッパの少子化と人手不足がある。
物価が上がり、給料が上がり、高給取りしかいなくなったヨーロッパにおいてブルーカラーの仕事は常に人手不足で都市インフラが脅かされていたのは事実である。
それなのに日本人が必ずアフリカ系移民を批判する際はバブル時代の海外旅行が主流だった頃のような「美しいヨーロッパ」を壊す者として批判する。
そもそも根底的に自国の機能不全が問題であって、そこに安価な労働者として迎え入れられた理由のある移民であるのにイメージで否定するのは的外れであり、そこにあるのは元先進国として他国を観光地と認識していた日本人の傲慢さなのではないだろうか。
事実、文化が破壊されヨーロッパの風景や街並みが変容しつつあるのは理解しているし、それが移民によって起こされているのも承知の上だが、あまりにも傲慢な評価の仕方に同族として恥ずかしくなる瞬間が度々ある。
少子高齢化や経済の成長が鈍化することで人手が足りなくなる事は経済学上当たり前のことであり、そこに助け舟に入った移民が文化を変容させる事に対して批判するとは。
今はまだ自分ごとだと認識できておらず旅行者目線での批判が中心となっている移民問題だが、いずれ日本にもこうした問題が各地で頻繁するようになると思う。
その時に改めて考えたいのは「どうして自国が自国民の手で回らなくなったのか」である。
文化を変容させること、多民族を受け入れることが怖いのなら自国民だけで国が回るシステムを改めて考えなければならない。
郷に入れば郷に従えとの諺もあるが、多少なりとも触れ合えば変わるものであり、変わることを拒否するのであればそもそも入れない仕組み作りをするべきである。
変容するのを悪きととり、それは移民のせいと押し付けるのは大いに結構。
だがしかし、それが自国民に責任が一切ないような捉え方をするのはあまりにも頭の足らない捉え方であり、こうなった過程や根幹を見つめ直さなければならないと、深く思う最近の風潮だった。
腐女子界隈において、自浄作用が機能することは構造的に不可能です。
その理由は、問題を起こす個人の特殊なパーソナリティ、内部批判を意に介さない動物的性質に起因しています。
まず、界隈で問題行動を起こす層は、論理的な対話が不可能な特殊な性質、特に先天性の自閉的な性質を持っています。
外部に認知される腐女子は、自身の「逆カプ(好まないカップリング)を見て体調を崩した」といった極度に病的な投稿をしたり、
公式の男女カップリング展開を「同性愛嫌悪による悪意の捻じ曲げ」と決めつけたりする、こだわりと他責他害傾向の強い層です。
彼女たちは、単なる個人の好悪を「ジェンダー課題」や「まなざし」といった社会正義の言葉にすり替えて作者やファンに説教します。
このような層には、思い通りにならないと「癇癪」を起こすなど、典型的な自閉傾向が見て取れます。
こうした問題行動に対し、界隈内部から「自浄」を試みる動きはあっても、それは無駄に終わります。
彼女たちは「地位」で物事を判断する動物的な脳の持ち主であるため、穏健で理性的な注意をナメてかかり、一切聞き入れません。
界隈を良くしようと問題を指摘する同族に対し「名誉男性」とレッテルを貼り、集団でブロックや陰口を叩いて排除します。
これはカードゲーマーが「風呂に入れ」と注意されて「チン騎士」と逆ギレする構造と同じです。撮り鉄もキセルを注意されると逆ギレしますよね。
この層が己の非を理解する時は訪れません。大人しくなるのは、多人数(特に大量の男性)から口汚く罵倒され、恐怖を感じた時だけです。
言葉が通じない「熊」を射殺するほかないのと同じであり、論理ではなく物理的・精神的な「恐怖」による支配しか効果がありません。
外部から「自浄されていない」ように見えるのは、認知のバイアスも影響しています。
「かつら誤謬」とは、不自然なかつらだけを見て「すべてのかつらは偽物だと見破れる」と思い込むバイアスです。
他者の表現を攻撃せず、節度を守っている腐女子は、外部からその属性を認識されません。
結果として、「腐女子=界隈外に常に殴りかかっている異常者」というイメージだけが代表例として固定化されます。
成功した美容整形が「天然」だと思われるのと同様に、社会に馴染んでいる腐女子は「腐女子」としてカウントされないため、腐女子には異常者しかいないように見えてしまいます。
そもそも、「自浄」という概念自体が、下層階級にのみ押し付けられた不条理な要求です。
腐女子、撮り鉄、カードゲーマーなどは社会的な「被差別階級」と見なされており、一部の異常者の行動が「界隈全体の責任」にされます。
一方で、イラストレーターやスポーツ選手といった「上」の階級では、不祥事が起きても「個人の問題」として切断処理されます。
例えば、江口寿史氏が無断トレスを行ったうえにトンチンカンな他者批判を行っていても「これだからイラストレーターは」とはならず、
サッカー選手が強姦事件を起こしても「サッカー」や「スポーツ界全体」のイメージは失墜しません。
文京区で12歳が売春させられていても「さすが文京区」などとは言われません。足立区なら言われていました。これが階級です。
結論として、「言葉の通じない層が暴れ、まともな層は不可視」という構造がある以上、腐女子界隈における自浄作用は期待するだけ無駄であると言えます。
そして自浄が繰り返し求められることそのものが、腐女子、撮り鉄、カードゲーマーなどが「被差別階級(自閉傾向があり容姿が醜い人物が多い界隈ほどこの階級に置かれる可能性が高い)」であることの証明となっています。
当方女性、私にとっての女性は「特に迷惑を掛けてこない同族さん」というイメージ
女性エリアは基本的に性別混合エリアより綺麗に使われている印象があるし、諸処の迷惑も女性より男性からかけられる機会の方が多い
時々、日本人女性が性的出稼ぎに行きすぎてアメリカへの入国審査が厳しくなっているみたいなニュースが流れてきて、「迷惑な女もいたもんだ!」と驚くこともあるけど、基本的にはそれ以外で女性が女性の名誉を毀損しているとはあまり感じない
一方で男性といえば、まともな人とそうでない人の乖離が激しい気がする
理想的な飼い主の下であればどちらも洗練されたペットライフを享受できることは間違いない。
米国の貧困層に飼われる場合、生活圏は「家の中」に限定される。
飼い主にとって唯一の慰めであるため、常に寄り添い、その不安を吸収する役割を求められる。家から一歩も出られない「密室の二人きり」という、精神的に濃密すぎる(時に共依存的な)関係を強いられる。
管理飼育が徹底されているため、他の犬との交流はほぼ皆無だ。ドッグランに行く余裕もないため、窓の外を通る犬を眺めるだけの「孤独な特権階級」のような状態だ。刺激不足によるストレスはあるが、感染症や闘争の恐怖からは隔離されている。
たとえ貧困層でも、保護団体などの介入により去勢されるケースが多い。本能的な衝動に振り回されない平穏は得られるが、生物としての再生産の可能性は完全に断たれている。
中国の農村や貧困層で放し飼い(放養)に近い状態で生きる場合、そこにあるのは「自由」ではなく「野蛮な生存競争」だ。
飼い主との精神的交流は断絶している。餌をくれる存在ではあるが、守ってくれる守護者ではない。人間は「無視すべき背景」か、時として「暴力を振るう予測不能な存在」となる。
他の犬との交流はあるが、それは遊びではなく、限られた残飯や縄張りを奪い合う「抗争」だ。狂犬病や寄生虫が蔓延する中での接触は、常に死のリスクを伴う。知性を持つ人間がこの状況に置かれれば、他者は「友」ではなく「脅威」としか映らないだろう。
去勢の概念がないため、本能のままに交配を繰り返す。しかし、産み落とされた命(自分の子)が目の前で「不要物」として処分されたり、売り払われたりする光景を繰り返すことになる。生殖本能が満たされる喜びよりも、その結果として生じる「命の軽視」を突きつけられる精神的苦痛の方が圧倒的だ。
米国の環境は、自由や同族との交流を奪われる代わりに、人間社会の「底辺」であっても最低限の物理的安全(屋根と壁)が保障される「閉じた不幸」だ。
中国の環境は、犬としての本能(交流・生殖)は解放されているが、それは法もモラルも届かない場所での「剥き出しの生存競争」であり、生んだ子も自分の命も、明日にはゴミのように消える可能性がある「開いた地獄」だ。
「他犬との交流」がある中国の方が、生物学的には自然に見えるかもしれない。しかし、その交流が「病気と怪我と死」を媒介するだけのものである以上、それは幸せではなく、むしろ過酷なサバイバルをより複雑にする要因でしかないのだ。
この「命がインフレ(過剰供給)し、価値が暴落している」中国の現状が、都市部の近代化とぶつかった時に起きる「凄惨な野犬狩り」などの社会現象について、さらに掘り下げて分析することも可能です。いかがいたしますか?
・就職
氷河期終わったと言われてたが、苦労した経験しかない。マーチ卒。50~60社ぐらいお祈りされた。500名ほどの同族中小企業に入社。
・20代前半
初任給250万/年。就職した翌年頃にリーマンショック。40時間のみなし残業代(残業分は10時間の固定。言っている意味が分からない)制度が始まり、ボーナスも無くなる。不当解雇も横行し、同族企業のコンプラ的緩さを知る。
・20代後半
大手企業の子会社に転職。年収500万。固定給は据え置きだったが、残業代とボーナス(4ヵ月分)が出ることになったのが大きい。趣味が無かったので、この頃から個別株で投資を始める。東日本大震災直後で日経平均が1万円割ってた頃。今思えば結果としてベストなタイミングだった。
・30代前半
係長級に昇格。年収600万。ただし上司と合わず、昇格半年後にメンタル病んで休職。休職中も給料の2/3が出ることを知り歓喜。1社目の中小企業なんて、休職を認めずに自己都合退職にしていたと言うのに。休職後、他部署に異動。新上司とは馬が合う(てか、病ました上司がクズなことを知る)。投資はヨコヨコだが、休職中は金を使わず、また、給料を積み立てていたので1000万ぐらいにはなった。BTCで20万弱儲けたり(確定申告したくなかったので)、モナコインで50万ぐらいスったのもこの頃。20万円/BTCで2BTC買って、1週間で30万円/BTCで売りキャッキャしてたのが懐かしい。以降、仮想通貨は手を出さず。
・30代後半
年収700万程度。ギリ管理職以下で残業代も出る。人事面談で、休職経験があり、かつ、転職組なので、このままだと50歳半ばに課長級(課長補佐・担当課長)年収1000万がゴールだろうと告げられる。キャリアについて悩む。コロナバブルで投資3000万ぐらい。国内個別株+投資信託。
・40代前半
今ここ。引き続きギリ管理職以下。年収800万。月の労働時間200時間、休日出勤月2~3日、出張月2回、在宅勤務月4回。年度末の有給休暇残日数25日~30日ぐらい。勤続15年で裁量も身に付き、人間関係も十分理解しているので仕事はしやすい。1000名ぐらいの会社だけど、自部門+他部門の顔見知りも100名ぐらいいて、部門を超えた折衝もそこそこ上手くいく。斜め上とか斜め下のパイプは貴重。後輩のマネジメントも負荷ではない。投資は5000万超えたぐらい。日米個別株+投資信託。独身とは言え、FIREするにはまだ足り無さそう。
・病んだけど復帰できたのは、そこそこ異動先があるぐらい大きい組織だったのが幸い。元上司とは拠点は一緒だけど、別フロアにしてくれた
・でも遠くから顔を見るだけで緊張したし、吐き気なども催した。エレベーターでも乗り合わせたく無いから、日常的には階段を使ってた。正直、30過ぎで情けなかった。復帰数年後、元上司が退職したからなんとかなったけど、もしまだ在籍していたらメンタルぶり返したかもしれない
・復帰以降は、比較的出張が多い部署になったのも幸いだった。無理矢理でも出かけるのは気分転換になるし、何しろ社外にいれば元上司と偶然出くわすことは絶対に無いので
・最後に付き合ったのは30代前半の時。2年付き合って関係がぎくしゃくし始めて、フラれるだろうなと思っていたらフラれた。メンタル病んだのは別れてから1年以上後だから直接の関係は無いと思う
・メンタル病んだ時に結婚は諦めた。また同じような事態になる可能性があるかもしれないのに、他人を養う責任は持てないと感じたから
・メンタル病んでから性欲が著しく落ち、恋愛への興味が皆無になった。SSRIの影響かと思いきや、30代後半の時に男性更年期障害の検査にも引っかかった
・メンタル病んでから貧困妄想っぽさもあり、お金を使わずに、貯金や投資に回してしまう。物欲も減り、必要なものでも欲しいものより安いもので選んでしまう
・もしアラサーで結婚して子供もいたら、年200万ぐらい生活費が増える一方で投資額が減り、その分の乗数効果も失われる。仮に乗数分含めて⁻3000万とすると、今頃資産は2000万ぐらいになってた訳か。アラフォー、2人以上世帯で金融資産2000万…うちマンションの頭金に1000万入れてたとすると、金融資産は1000万。平均値というか中央値というか、まぁそれはそれで妥当な人生か
・40過ぎて、社会人としても、人としても、もう折り返しなんだなぁ、と思うことが増えてきた。こちらは、やっとチュートリアル終わったんですが、って実感だよ。ブクマ勢からも指摘されてたけどこれからもう10年で、肉体的にも精神的にもさらにキツくなっていくんだろうなぁ。ただでさえ独身男は平均寿命短いみたいだから、さらにモヤモヤと考え込んでしまう。とりあえず金があれば悩んだ時の選択肢にはなるはずだから、今後も資産構築は続けていきたい
・それと、結婚していたらうつにならなかったのか、それとも家庭まで壊されていたのか、今となっては何もわからない。結婚していなかったことで、元上司の犠牲者が自分だけで済んだことを祝いたい
こんなに自民族の人間に害を与えるのが大好きな民族見たことない
カンボジアの詐欺団体って知ってる?中国人が運営して中国人を騙して詐欺を強要してまた中国人を詐欺して金を儲けて・・・なんと絶妙な自害ループ🔁だろう?
それと真逆に
など
裏山
↓
相手(健常者)がやんわり怒ったり不機嫌になる
↓
↓
相手(健常者)の我慢の限界が突破され、アスペルガーはめちゃくちゃ叱られる
↓
アスペルガー、怒られてるのは理解するが何が原因か分からず(なんなら自分に原因があったとすら思わない)「相手が急に怒り出した!」と認知する
+
↓
相手(健常者)の怒りを買い、ありとあらゆるお仕置きを受ける(共通の知人に暴露するなど)
↓
アスペルガー、訳もわからずコテンパンにされ「理由が分からないが急に怒られ急に嫌われ徹底的に排除された」という認知だけが残る
Xのアスペルガーアカウント(ほぼ男)はほぼこの認知を持っている
アスペルガーだから仕方ないと思われそうだが、最初から無礼な行動をしないように気をつけてるアスペルガーは色んな人から好かれるのでやはり無礼なアスペルガーは悪い
ここで本人が自分が他者に無礼な発言をして不快な思いをさせてることを自覚し、カウンセリングに通えばいいのだが
ほとんどのアスペルガーが本人は自分が悪い自覚はないので自分の行いを改めることはほぼない
この病気詰みすぎてるだろ
増田は診断済みASDだが常に反省してるため「怒られが発生した!」とかほざかないんだが、他人の顰蹙を買いまくってASD全体の評判をガタ落ちさせてる同族を見ると本当にゾッとする…
30代半ばだが、人生をある程度やったら、その結果が、生まれの差におおむね収束していくことに気づく。仕事、資産、配偶者、子ども、住居、趣味、その他。たとえば、大したことないと思えた人間がいつの間にか大きな成功を収めている(そして再会してもやっぱり大したことない気がする)、自然と選んだ配偶者の親の出自が似ている、どんなに努力して色々なスキルを身につけても社会的上昇はもう手遅れな感じになっている、など。
その理由についてGeminiと一緒に考えた。自分の意見とGeminiのまとめをいくつか繰り返して、以下のように整理している。
あなたが生き、上昇するために必要な資源(富、地位、機会)は、常にすでに他者(持つ者)が持っている。
資源をあなたが手にいれるには、持つ者から承認されて、与えてもらわなければいけない。
3 承認の獲得は、持つ者の好みに適合することを条件とする。
持つ者に気に入られること、持つ者の欲望にあなたが価値あるものとして配置されることが、あなたが資源を調達する唯一の経路だ。
持つ者は、自己の地位を脅かさず、自己の価値観をわかってくれる者のみを「同族」と認識し、資源を分配する。それを確認するための共通言語が存在する。これは「感じがいい」「面白い」「頭がいい」「機嫌を取るのが上手い」「容姿が美しい」などと重なりながらも正確には異なっている。
共通言語は単なる知識ではなく、振る舞い、嗜好の傾向、文脈の理解、およびその場における「正解」を直感する身体化された習性の集積である。権力者とその周辺に存在する世界で流通している常識とコミュニケーション能力。
幼少期から呼吸するように吸収された共通言語は、それが自然であるかがわかる(ネイティブ話者)。学習が遅くなれば遅くなるほど、努力では到達が難しくなる領域である。外国語と同じだ。
7 事実(あなたが実際に何ができるか、何を行ったか、何を生み出したか)かと、資源の獲得は直接的には関係がない。
あなたがとても優秀だったとしても、共通言語を持たなければ、権力者にとって「高機能な道具」に過ぎず、資源分配の優先権を持つ「身内」には昇格し得ない。
8 システムの安定は、この共通言語が、普通の人には見えないことによって保たれる。
末端の労働者(あなた)が「努力=資源獲得」という偽の等式を信じ続けることが、システム全体のエネルギー効率を最大化する。
9 蓄積した実力あるいは事実は、商品としての「価格」はつくが「価値決定権」は持たない。
あなたは市場で調達可能な汎用品として定義され、持つ者によって、生み出した価値を吸い上げられる。実力を磨くほどに、あなたは交換可能な高精度の部品としての純度を高め、持つ者からもっと強く支配されるようになる。別の場所に行けなくなる。
持つ者は、あなたが持つ者の言葉を話さないことを、「努力不足」や「自己責任」として片付ける。持たざる者(=あなた)は、自らの不遇を自己責任だと思い込み、システムを内面化し、自ら進んでまた努力し、再生産の歯車となる。この精神的服従こそが、持つ者の統治コストを削減する。
持つ者の共通言語は論理的ではなく、直感的に機能する。後天的に共通言語を理解し、模倣する者は、常に過剰な努力を要する。この「不自然な過剰さ」そのものが、天然の保持者にとっては偽物を見分けるための新たな共通言語として機能し、排除の網を二重化する。
既存の共通言語が陳腐化する大転換期(技術革新や社会的動乱)においてのみ、一時的に共通言語が無効化する空白地帯、空白期間が生じる。しかし、そこでの勝者が新たな資源を独占した瞬間、彼らは自らの地位を守るために新たな共通言語を制定する。世界では「共通言語の破壊」と「新しい共通言語の固定」が繰り返され続けている。
持たざるあなたがこの連鎖の中で平穏を得る道は二つしかない。一つは、偽物であることを自覚しながらも、死ぬまで持つ者と「同族」を演じ続け、基本的には敗北しながらも、マシな居場所を見つけて資源の滴りを享受すること。もう一つは、共通言語による資源分配のゲームそのものから降り、それが通用しない領域へと移動することである。なお、後者を選択した瞬間、あなたは社会的な死、あるいは永続的な孤立という代償を支払うことになる。
資源の所在および獲得経路に関する「生(なま)の情報」は、常に共通言語を共有する閉鎖的ネットワーク内でのみ流通している。あなたがアクセス可能な情報は、既に価値を失い、消費し尽くされた「情報の残滓」である。このアクセスの断絶により、持たざる者は常に市場の「後追い」を強いられ、資源の源泉に到達することを構造的に阻害される。
共通言語は時間の蓄積の産物である。幼少期に環境から適切な共通言語を付与されなかったあなたは、成人後にそれを自覚し、それを「学習」するために多大な時間を費やす。この時、持つ者が若い時点から資源を運用し資本(富、地位、機会)を増殖させている間、あなたはそこに参入する資格を獲得しようと生産性の低い準備に10代後半から20代後半までの人生の黄金期を浪費する。30代になる頃には決着がついている。この時間的ラグが、世代を超える格差の指数関数的な拡大を決定づける。
実力(実務遂行能力)は、技術革新や市場の変化によって急速に減価する流動資産である。一方で、共通言語は、時代に合わせて自己を更新し、価値を保存し続ける固定資産として機能する。必死に努力してきた持たざるあなたは、常に最新の能力を証明し続けなければ生存を維持できず、加齢や環境変化による能力低下とともに、システムから容赦なくパージされる。
持つ者は、自らが持つ資本を用いて、「高潔な志」や「芸術的営み」といった象徴的資本(名声・権威)へと容易に置換できる。特に子の世代でこれを強化しやすい。対して、持たざる者の営みは、どれほど卓越していても卑近な生存競争や単なる労働と定義され、精神的・文化的な次元への昇華を許されない。人間としての尊厳は階層化されている。
世界は、不当な排除を内包することで安定を維持している。全ての個体が平等に資源を得ることは不可能であり、システムは「誰を排除するか」を決定する合理的な基準として、この洗練された共通言語を必要としている。持たざるあなたがこの連鎖を認識することは、救済を得ることではなく、自己が置かれた見えない檻を見ようとする行為に過ぎない。
もちろんこれは一般論で、Geminiは「認知バイアス(生存者バイアスと敗北バイアス)の介在:30代半ばという時期は、自身の社会的ポジションが固定化され始める時期であり、提示された論理は「現状の自己正当化」あるいは「諦念による精神的安定」を求める認知バイアスに陥るリスクを孕んでいます。」という言い方で、この一般論の平均的な妥当性を私が過剰に評価し、自分を慰めようとしているとも言える。こうした自分自身では気づきづらいバイアスを指摘してもらうことは、AIが登場したことで得られたメリットのひとつだと思う。
もうね、種族の壁がある時点でエモさが確定してるんだわ。
設定として一番刺さってるのが、弱者男性族の少女 × 人間族の男。
でもその力のせいで「危険」「近づくな」って言われ続けてきた。
ただ「彼女を怖がらなかった」ってだけ。
それだけなのに、それが決定的な救いになる。
周囲は言うわけよ。
それでもさ、それでも一緒にいるんだよね。
あの「寄生獣」は俺達をモデルにしてどこかの誰かが描いたもんだ。
あるいは描いたのは俺達の仲間だったのかもしれない。
そのほうがわかりやすいだろうから寄生獣という名前を借りてるだけだ。
40年前、俺は「市川」の頭に入った。
いや、正確には「入った」というより「そこに居た」んだと思う。
眠くなったみたいな感覚の中で、急に「ここが俺」ってわかった。
最初の数日は、とにかく腹が減ってた。
本能とか、そういう高級な言葉じゃなくて、もっと根源的なやつ。
「何かを食わないと俺が成立しない」という、選択肢のない命令。
本人は「病気だろうか」とか思ってたと思うけど、違う。
で、食った。
何人か。数えてない。
でも、3か月後には「これはダメだ」と気づいた。
「このままだと、俺ら全滅する」って、本能的に分かった。
「人間のふりをする」という、一番シンプルで、一番人間らしい選択。
要するに、市川の人格をそのまま「宿主」として走らせて、俺は一段階深いレイヤーで、ただ「共存」することにした。
本能が「食え」って言うのに、それを無視して、人間と同じもの(食べ物ね)を口にする。
だけど、不思議なことに、30年も続けてると、その「人間の食事」でも、そこそこ満足するようになった。
社会生活も始めた。
会社に行って、給料をもらって、一人暮らしして、税金を払った。
妻が妊娠してるのを知った時、俺はマジで「これ、詐欺じゃね?」と思った。
俺は人間じゃない。妻は知ってるけど、社会的には完全に人間だ。
妻は「それでいい」と言った。
「お前が何かは、もう関係ない。10年一緒にいて、その間お前は誰も食わなかった。それだけで十分だ」と。
俺も「良かった」と思った。
でも同時に「これが一番危ないな」とも思った。
けど時々、妻が「お前の子だ」って言うことがあって、その時、俺は何を思ってるのか自分でもわかんない。
で、なんでこんなもん増田に書いてるのかって、それはさ。
40年やってて、一番気づいたのが「このままだと、誰にも知られずに死ぬ」ってことなんだよ。
妻も、子どもも、親友も、誰も「俺が何か」を完全には知らない。
ただ「何かがおかしい」くらい。
でも「何か」のまま、人間として一生を終わるんだろう。
死後、解剖とかされても「変な脳腫瘍があった」くらいで終わるんだと思う。
だから一度、匿名で「ここに、このままでは認識されない何かが、いたよ」って書いておきたかった。
駆除班に見つかることはもう多分ないと思う。
でもそれでもいい。
これを読んだ誰かが「あ、こいつのこと言ってるのかな」と思うことはあるのかもしれないし、全く思わないかもしれない。
でもどっちでもいい。
俺は、「ここに、いたよ」って書き残したかった。
それだけだ。
市川は、来月で45歳になる。
どっちも、普通に生きてる。