■ 上のカテゴリーに定着できると・・・。J2からJ1であったり、JFLからJ2であったり、カテゴリーが上がるとクラブを取り巻く環境も一変する。注目度がアップして、サポーターの数が増えて、観客動員数が増えて、スポンサーの数も増える。こうなると、よりレベルの高い選手を獲得できるチャンスが増える。カテゴリーが上がって、上のカテゴリーにある程度以上の期間、定着することができると主力メンバーが様変わりするのは自然なことである。
より良い選手を保有できるようになることはクラブにとっては好ましいことである。クラブが着実に前進している証と言えるが、一方で寂しさも募る。J2でも下位だった時代、あるいは、JFLや地域リーグ時代からクラブのために頑張って来た選手を契約満了で放出せざるえなくなったとき、出場機会がなくなって功労者自らがクラブを離れる選択をするとき、(避けては通れない道ではあるが、)何とも言えない喪失感が伴う。
近年、J2に昇格してきた熊本やFC岐阜、岡山や栃木SC、北九州や長崎などは、JFLを戦って昇格を勝ち取った頃とはメンバーが様変わりしている。「J2昇格を成し遂げたときのメンバーは誰もいなくなった。」というチームもあると思うが、2006年にJ1初昇格を果たした甲府はやや異なる。10年近くが経過しようとしているが、DF山本英、MF石原克、DF津田、MF保坂の4人は甲府の初昇格の味を知っている選手である。
32歳のボランチのMF保坂は2009年はJ2に昇格したばかりの岡山でプレー。主力として活躍したが1年で甲府に復帰した。34歳のCBのDF津田は2008年に愛媛FCに移籍したが、シーズン途中に甲府に復帰した。36歳のMF石原克は甲府一筋のプロ15年目。順天堂大学から甲府に入団したのは2001年。J2でも下位に沈んでいた時代を知っている。(※ 1999年・2000年・2001年は3年連続でJ2の最下位だった。)
■ 甲府に移籍して13年目のシーズン長らく、甲府でキャプテンを務めるDF山本英は市原ユース育ち。1999年から2002年まで市原でプレーしたが、4年間で4試合の出場のみ。2003年にJ2の甲府に移籍したが、以後、ずっと、甲府で主力とプレーしている。16節の清水戦(A)で記念すべきJ1・J2通算の400試合出場を達成。J1初昇格を果たした2006年以降は毎年28試合以上に出場しており、大きな怪我が無い点もプロとして誇れる部分になっている。
2013年途中に当時の城福監督が「3バックを本格的に導入する。」という決断を下したが、これ以降、ほとんどの試合で3バックの中央でプレーしている。「ボランチ陣の出来があまり良くない。」というチーム事情から今シーズンは何度かボランチでもプレーしているが、彼が最終ラインの中央にいると引き締まる。ボランチとしても気の利くプレーができるが、3バックの中央は彼に合ったポジションだったと言える。
身長は175センチ。最終ラインの中央でプレーする選手としてはJリーグの中ではもっとも小柄な部類と言える。最低でも180センチは無いとプロの世界でCBとしてプレーし続けるのは難しいが、抜群の読みと正確なフィードでチームに多大な貢献をしている。城福監督の最終年だった2014年は34試合で31失点のみ。素晴らしいパフォーマンスを見せた。彼が2014年のJリーグの優秀選手に選ばれなかったのは謎と言える。
■ 3人の中でもっとも抜けたら困る選手統率力やリーダーシップがある点も選手としての価値を高める要素である。2014年は右ストッパーでプレーすることが多かったDF青山直がタイのムアントンUに移籍して、左ストッパーでプレーすることが多かったDF佐々木翔はJ1の広島に移籍。「鉄壁」と言われた3バックを構成した左右のストッパーを同時期に失ったのは大きな痛手だったが、DF山本英がチームに残ったことはクラブにとっては幸いだった。
「最終ラインのレギュラーのうち2人が抜ける。」というのはどう考えても厳しい。甲府のような(J1の中では)資金力が乏しいクラブはなおさらである。非常事態だったが、「3人の中でもっとも抜けたら困る選手」と言えたDF山本英が残ったのは不幸中の幸運。今シーズンはDF畑尾、DF渡邉将、DF野田紘、DF土屋、DF津田、DF新井涼など様々な選手がストッパーでプレーしているが、DF山本英がしっかりとまとめている。
「守備的なポジションの選手を評価するのは難しい。」と言われるが、DF闘莉王やDF中澤佑のような圧倒的な高さを持った選手はまだマシである。こういう選手の凄さはスタジアムでもTVでも伝わりやすいが、DF山本英のような選手は高さや強さでアピールすることは難しい。スポットライトが当たりにくい選手と言えるが、ポジショニングの良さ、読みの鋭さ、ボールを奪った後のフィードなどは一級品である。
試合の中で意識的に見ないと見過ごしてしまいがちであるが、そのプレーを意識して鑑賞していると、その凄さを感じ取ることができる。甲府のリーダーのDF山本英とはそういう選手である。インテリジェンスはJ1の中ではトップクラス。「インテリジェンス」は分かりにくいサッカー用語の1つであるが、DF山本英はインテリジェンスが極めて高い選手の1人である。プレーの選択を誤るケースはほとんどない。
チームが発展していくとき、長い間、クラブを支えて来た愛着のある選手がクラブを離れるのはごく自然なことである。クラブとして健全に前進していることの証とも言えるが、甲府にはDF山本英だけでなく、MF石原克も、DF津田も、MF保坂もいる。クラブの歴史をサポーターと一緒になって作って来た選手が今なおクラブに在籍しており、かつ、J1の舞台で輝いている。これは誰にとっても幸せなことである。
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