2020-06-29(Mon)
先日種をまいた大根・はくさい・わさび菜・からし菜の芽が伸びてきました
気温もそこそこ高い日が多く雨も降っているおかげか、双葉の大きい事!
庭のオカノリも盛大に葉を伸ばし、そろそろ出荷できそうです!
花を付けた第一弾のわさび菜を食べてみたところ、味はわさび菜独特のわさび風味があり、こちらも出荷できそう!
トウが立つと固くなって食べにくい野菜も多いですが、わさび菜は全然問題なしでした
時間の許す限り玉ねぎ畑の草取りをしていますが、こちらはあと一日あれば終わりそうです
草を取った所は葉の色も良くなり、ピンと葉を伸ばしてきたので、今後の成長が楽しみです
烏骨鶏たち17羽も元気です
日々思い出す事ばかりですが、生きものの命は、どうする事も出来ません
ただ烏骨鶏たちにとって自分らは、生まれた時に初めて見た動物=親なので、みんなここで生きてて良かったと思えるよう、手を抜かないよう接して行きたいと思っています
1962年の今日、十勝岳が噴火したそうです
先日は火映現象も見られたりして、そろそろ噴火するんですかねぇ
いつ噴火してもおかしくない時期なので、食べ物と心の準備はしておこうっと
さて、明日も玉ねぎ畑の草取りです
自然栽培の玉ネギ、うまいですよ~
出荷できるよう、頑張ります!
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2020-06-27(Sat)
毎日草取りをしています
畑の作物を、立派に育てることが、今の自分に出来ること
そして子どもたちが健康に育つことが、何より大切なこと
烏骨鶏たちが、ここで生まれ育って良かったと思ってくれること
今出来ることは、それらに力を注ぐ事くらい
良い雨が降り、野菜も草も、一斉に伸びてきました
草取りをすると、ハコベの下は湿り気があるけれど、牧草の下はカラカラに乾燥していた
今日草取りをした場所には、玉ねぎが植わっている
玉ネギの根は、牧草の根の下に伸びている
そこの土は牧草に水分を吸われカラカラに乾き、ミミズすらいない土になっている
枯れてしまった玉ネギも1割位ありそうだ
今生きている玉ねぎを枯らさない為にも、急いで草取りをしなきゃならない
除草剤に頼れば、一発で玉ネギ以外の草を枯らす事が出来るだろう
でも除草剤を使えば、人も病気になり、自然も破壊される
楽に大量に経済的に急いで、を追求すれば、当然失う物も多い
だから除草剤には頼らない
健康の為に、美味しいものの為に、自然を壊さない為に、手間暇かけて草を取る
同じようにして育った去年の玉ねぎは、一年経っても腐ったりはしなかった
もし自分が畑仕事を辞めた時、除草剤に頼ったりしなければ、そこは一面の緑に覆われるだけだ
でも除草剤を使ったならば、草木は生えず、大地は風雨にさらされ流失し、未来の人々に美瑛の美しい地を残せなくなる
自分が死んだ後、そこがどうなってしまうのかを考え、道を歩むべきだろう
大きな富と引き換えに、大切なものを失っている事に、気付くべきだ
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2020-06-26(Fri)
ベロちゃんが旅立ってから四日目の朝
ヘタちゃんが、コケコッコーと力強く鳴いてくれました
昨日の朝までは明るくなっても誰も鳴かず、人が鶏小屋に近づくと鳴きはじめるだけで、自主的に鳴いたりしませんでした
ヘタちゃんはベロちゃんと同期で、ヒヨコの時から一番の仲良しだった
ヘタちゃんが同期以外の雄にいじめられそうになると、ベロちゃんが先頭に立って同期の雄たちを率い、ヘタちゃんを守ってくれるほどでした
ベロちゃんが闘病中に玄関にいる時に、ヘタちゃんも足が悪くて一緒に玄関で過ごしていました
夜の12時頃に玄関のベロちゃんがコケコッコーと鳴きはじめると、鶏小屋の雄たちも鳴きはじめ、1時間おきくらいに鳴いていたのです
その鳴く様子は、離れている仲間の無事を確認するかのように、何度も何度も、全員の声を確認するように続いていました
それなのにベロちゃんが旅立ってからは、誰も夜中にも、朝が来ても鳴かなかったのです
鶏は、知能レベルは人間の10歳とほぼ同じだと、研究で分かっているそうです
実際に一緒に過ごしていると、その能力が納得できるほど頭が良いのもわかります
感情もかなり豊かであるが為に、仲間を失ったその辛さも、相当なものだったに違いありません
人間で四日間は、鶏の寿命に換算すれば、およそひと月半
その間に烏骨鶏たちも、いろいろ想い考えていたのでしょう
悲しみは消えなくとも、必死にこらえ進んで行こうとしているような気がします
ヘタちゃんだけでなく他の烏骨鶏たちも、今まで甘えてこなかったような場面でもツンツンと抱っこをねだってつついて来て、抱っこをすると首を腕にこすり付けて甘えてきます
悲しくて、寂しくて、烏骨鶏たちも辛くてたまらなかったのでしょう
自分は、旅立たれた翌日からが辛かった
草取りをしている時、ベロちゃんと草取りをしていた時の事を思い出しては泣けて来たり
虫を捕まえては、食べる姿を思い出しては泣けて来たり
庭を歩いては、自分の前を小走りに走る姿を思い出しては泣けて来たり
玄関内の、誰もいなくなった隔離部屋を見ては泣けてしまう
もう戻らないのもわかっているけど、やりきれなくて
でも、今朝のヘタちゃんの必死に鳴く声を聞いて、姿を見て、少し元気をもらった気がします
先に進まなきゃ、と
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2020-06-22(Mon)
初めに生意気を言います
今日のブログを読んで、同情してくれたり、慰めの言葉を掛けてくれたりは、決してしないでください
ベロちゃんと一緒に過ごした人しか、この気持ちはわからないと思いますから
二年前の7月18日生まれのベロちゃん
飼っている烏骨鶏の中で一番若いベロちゃんが、今朝4時ごろ、死んでしまいました
ひと月ほど前、骨折の症状があったので玄関に隔離して療養していましたが、昨日は庭を元気に走り回り、段の上に飛び上がったりできる程に回復していました
一緒に畑に出ては、足をツンツンつついてきて、抱っこをねだったり
抱っこしてあげると、顔や首を腕にこすり付けて甘えて来たり
生のポップコーン(トウモロコシの種)が大好きで、見せると胸をせり出して「ホホホホッ」と声を上げて喜んだり
怪我をする前もリーダー的な存在で、雌鶏を襲ったりもほとんどせず、群れの中でも一目置かれている存在でした
療養の為に隔離した後も、夜の11時ごろから鶏小屋の仲間とコケコッコーと会話したり、みんなに好かれていたベロちゃん
昨晩は自分で隔離部屋の縁に止まって、そのまま寝られるほどに回復していたので、今週中には鶏小屋に戻せるねと家族で話をしていた矢先でした
午前3時ごろにコケコッコーと鳴いていたのは聞いていたのですが、次に気が付いたのは女房が異変に気付いて駆けつけた後
自分が見た時には、既に息絶えていました
元気になっていたので、高い場所から落ちてしまったのかもしれません
ベロちゃんは、生まれた時にベローシス(腱外れ)だったのですが、スポンジで矯正して完治した力のある雄鶏でした
喧嘩も強いけど、やたらといじめたりもしないで、時々いたずらをするひょうきんな性格でした
あとひと月足らずで2歳の誕生日だったのに・・・ただただ悲しいです
一番の末っ子が、一番最初に逝くなんて・・・
悲しい中で、いろいろ考えさせられました
突然こんな事が起こるなんて・・・いつ死ぬか、誰だってわからない
だから今を精一杯というのは当たり前で、後悔しない人生を送るのも当たり前、自分の道を進まないといけないと思いました
自分の考えた道を、成功しようが失敗しようがそんな事は構わない、妥協しないで胸を張って生きなきゃいけないと
そして悲しいからと立ち止まるのも良いけれど、そんな時間的な余裕はないのかもしれないとも
死んでしまった悲しみより、それ以上の幸せをもらえた事を大切にしたい
今、世の名がコロナコロナと騒がしい
密を避ける、距離を置く、消毒を徹底するのがエチケットで、それが新しい生き方だと多くの人が従っている
そんなバカげたことは、クソくらえと言いたい
ベロちゃんとのスキンシップの温もりは、今でもはっきりと覚えている
肌と肌のふれあいから、愛情は育まれるんじゃないのか
母親の肌のぬくもりや鼓動を感じて、子どもは安心するんじゃないのか
もし密を避けようものなら、温もりも感じない、距離を置いては会話も出来ない、消毒なんてしたら余計病気にもかかりやすくなる
それが人間同士、親子や友だちとのスキンシップでそういった温もりさえ感じられなくなってしまったら、愛情も友情もどれだけ芽生える事が出来るのだろうか
背中を見て会話も無く食事をして、それがどれだけ楽しいのだろう
咳エチケットなんてのは昔から当たり前で、それが出来ない馬鹿どもがいるせいで、おかしな世の中になったんじゃないのか
コロナで重症化するのは、主に生活習慣病はじめ身体の弱い人だ
世の中全体を隔離状態にするんじゃなく、隔離が必要と思う人だけ隔離すれば良い
ベロちゃんが死んでしまって、だんだん冷たくなって、硬くなって、それでもまだ暖かくて、また動き出してくれるような気もして
でも結局、仕事も普通にして、普通の一日を過ごした自分って、すごく冷たい動物の様な気さえしてしまいます
生活の為お金の為に、失くした命を顧みる時間さえない
やってる仕事は誰かの為になっているのか?自分の進むべき道なのか?
少なくとも今は、人と接する事はあっても、それが当たり前とでも思っているのか、感謝される事はほとんど無い
これが自分の道とも思えない
家族全員が揃ってから、ベロちゃんを土に還しました
あまりにも短い一生でしたが、自分たち家族に、たくさんの事を残してくれたと思います
一緒に散歩した記憶、ツンツンしてくれた思い出、抱っこした時に空中散歩して足をばたつかせた時の重かった事・・・
いろんな思い出を、忘れないでいたい
温もりを、忘れないでいたい
自分が死んだ後に、もしあの世ってモノが存在するのなら、また一緒に暮らしたい
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2020-06-21(Sun)
予定通り、大根・はくさい・わさび菜・からし菜の種まきを終えました
その他、過密状態だったズッキーニの移植
刈り取った草を畑に入れ、マルチに
玉ネギの草取りも始めました
玉ネギの草取りはちょっと出遅れて、生育に影響が出てしまいそうです
草の影になった期間が長すぎて、茎がひょろ長くなり、太くもならすに葉の緑色も濃くならず白っぽいまま
今週は晴れの日が増えそうなので、何とか草取りを終えたい所です
イチゴが初収穫!
ちょっと白さも残る二個だけですが、味は濃厚で美味しかったです
家族4人で、二個のイチゴを分けて食べました
これからは、二日に一回のペースでイチゴの収穫も始まります
そろそろハスカップも色付いて来たので、明日から収穫に
一週間後くらいからは、ブルーベリーも始まりそうです
まだ22時前ですが、疲れたし明日も早いので寝ます!
ちなみに今朝は、3時44分起床でした
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2020-06-20(Sat)
キャベツの移植が、やっと今日終わりました
もっと早くに終わる予定が、雨やら草刈りやら・・・で、今朝やっと終了
そうこうしているうちに、庭の畑はオカノリに占領されて、一面緑のじゅうたん
オカノリは生でもおいしいし、おひたし、てんぷら、鶏のエサ、何でも使えるので重宝しております
おまけにミネラル豊富でどんどん増える
野菜なんだけど草の様に逞しいので、我が家にピッタリ!
でも草勢強く野菜を陰にしてしまうので、どんどん抜いて土に還ってもらう物も
話変わって、新型コロナウィルスの制限が、全国的に解除になりました
まだ感染者が出ている状況で、解除
しかも、それと同時にみんな動き回るって、自分には理解できません
みんな新型コロナウィルスが怖くて、自粛していたんだよね
もし自分が感染者だった時の為に、他人に感染させるリスクを減らすために自粛してたんだよね
エチケットも徹底してたんだよね
それがどうよ、まだ感染者が出てる状況で、移動はするわ買い物行くわ、マスクしない人も増えるわで、今までの習慣はどこ行ったんだろ
何も考えてないとしか思えない
根拠あっての対応じゃなく、マスコミや政府の言いなりの行動ってのが良く分かります
操作されまくりの国民性、これだもの、経済社会・世界は良くならないはずです
このままだと、第二波は確実にやって来るでしょうね
どんな人が重症化するかもわかって来たので、自分にとってはたいして怖いものでは無いのは以前と変わりませんがね
そんな事より、花粉症ですわ
牧草が花粉をまき散らし始めて、庭仕事してるとくしゃみ・鼻水・咳までも出て大変です
もうちょっとひどくなると熱っぽくもなるので、新型コロナより大変な気がしてます
暖かくていい季節なんですけどね、花粉には参ります
明日は、今日刈り取った草を畑に入れ、マルチにします
それが終わったら、玉ねぎの草取り
ちょっと土が乾いたら、大根白菜レタスなどの種まきもする予定
真夏じゃないのに、休む暇がありません
運転の仕事を増やしたので、休み無しで大変だった去年より、更に大変です
マナーの悪いドライバーが激増しました
飛ばす、煽る、ウィンカー出さない、道の真ん中で止まる、携帯でしゃべってる、センターラインからはみ出す、ゴミを道路に捨てる
バカバッカ
またコロナで永遠に自粛になれば良いのに
そんなふうに思えるほど、ひどい状況ですよ
コロナの影響で観光での収入が無くなりましたが、そんな事より人が来ない方がよっぽどいいです
お金を稼げることよりも、心穏やかな田舎暮らしをしていた方が、はるかに快適で安心して暮らせていました
だって食べ物はあるのだから、とりあえず生きるだけなら、不自由はありませんでしたから
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2020-06-18(Thu)
種から地植えで育てた苗を、等間隔にちゃんとした畝に移植してます
普通はセルトレーやポットで苗を育てるのですが、強い苗を育てたかったのと、いちいち苗を立てるのが面倒臭かったので、今年は畑に直接種をまきました
育ったのは種の数の半分以下
でも100個以上のキャベツの苗が育っています
株間は、およそ10センチ
それをホラー(ポット苗を定植する時に土に穴を開ける道具)で移植します
まず移植先の畝にホラーで穴を開ける
開けた時の土は、とりあえずポットによけておく
苗をホラーで掘り取る
その苗を、移植先に開けた穴に落とす
これで一株移植完了!
再び移植する場所に、穴を開ける
穴を開けた場所の土は、苗を取った後の穴に落とす
移植する苗を、ホラーで掘り取る
その苗を、移植先の穴に落とす
二株移植完了!
これを延々と繰り返す・・・最後に開いた穴に、一番最初に掘り取った土を落とせば、全ての穴が塞がり、移植も終わる
この作業は、明日も続きます
そして明日からは、玉ねぎの場所の草取りも始めます
時間的な事と天候の感じから、二週間で終わるかどうか…
越冬用の大根や白菜の播種なども、ボチボチ始めないとです
それと昨日から、ニンニクの花芽欠きを始めました
沖縄の島ニンニクはまだ花が付いてませんが、北海道在来種は早くも花芽がのびのびです
雨が降ると一気に野菜が育つので、いろんな作業が追い付きません
まぁ、てきとうに。
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2020-06-16(Tue)
午前中は良く晴れていたけれど、午後1時ごろから雨が降り出した
キャベツの畝が草だらけだったので、草を抜きたくても水分が足らな過ぎて抜けない状態だった
もし草を抜こうものなら、乾燥しきった土が更に乾いて、キャベツまで枯れてしまう
それで雨を待っていた
朝の仕事から帰ってすぐ、草取りを始めた
烏骨鶏たちの世話を女房に任せ、お茶も飲まずにひたすら抜きまくる
二品種植えてあったのだけど、片方はほとんど草に負けて、もう片方は草と同じくらいに伸びていた
品種の違いで、これほど差が出るとは・・・
気温は高く頭がフラフラしてきたので、いっぷくに戻ると既に11時半
そのまま昼ご飯を済ませて、畑に戻る
雨の降る予定の1時ちょっと前、ポツラポツラと降り始めた
とほぼ同時に、キャベツの畝の草取りが終わった
今は午後7時半、良い雨が降り続いていて、野菜類は一回りも二回りも大きく育っていた
ブルーベリーも葉の大きさが倍くらいになり、ヒマワリも茎をのばし、じっと見ていたらぐんぐん伸びているのがわかるほどだろう
今日の雨は、ほんとに良い雨だ
でも午後、運転の仕事後の洗車作業で、ずぶ濡れになった
ずぶ濡れも、たまにはいいもんだ
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2020-06-10(Wed)
学校が始まったものの、一か月以上のブランクは大きい
ただでさえ時間が足りないと先生方はつぶやいていて、インフルエンザで学級閉鎖になるような状況でも、休みにせずに授業を続行したりしていた
それが良い悪いは別として、新型コロナウィルスの影響は学級閉鎖の比ではない
それをどうするのかと、国会でも議論がされていた
政府の言い分は、おおよそ次のような事だった(自分の記憶の中です)
・夏休みや冬休みを極端に短縮しない様にする事
・一日に8時間も9時間も授業をしない事
・大急ぎで授業を進めてしまわない様にする事
なかなかに面白い事を言う政府だなと思えた
今までは、たった一日休みになったって、その分の授業内容を取り戻すのさえ大変だったのだ
それが政府は上記のような事を、平気で言っていた
まるで現場をわかっていない発言で、他人事にもほどがある
この先どうなるのかわからないけれど、高2の子どもは、8時間授業なんてもんが実際に存在している
部活もろくに出来ず、家庭学習も大量にやらなきゃならない現状だ
身体を壊さないよう、ただただ見守るしかない・・・
そしてラヂオ番組でも、学校の授業についての特集が放送されていた
その中で、番組への投稿で次のような内容をツイッターで送信した人がいる
「子どもに必要な知識だけを教えればいいのではないか?これまで学校で教えている事は、全て必要な知識とは思えない。」と・・・
なかなか思い切った事を考える人だなぁと思った
確かに学校で教えている内容は、すべて必要なものだとは思いません。でもですね、それは全ての人が取捨選択する事なのです。
要るか要らないかは、人それぞれが進む道の中で、選んで行くもの
義務教育期間中は、全ての子どもに等しく教育をし、子どもたち自身の進路に必要なものを、使いこなせるようにしなければならないと思うのです
何が必要で何が不要かなんて、10代の子どもでわかる人なんて、そうそういるもんじゃない
「昔こんな事を教わったな」なんて思い出して、その道に進むかもしれない
何がきっかけになるかわからない人生において、その時に不要な知識は教えなくても構わない、そんな安易な考えは良くないと思います
子どもたちの可能性は、無限大にあるのです
その可能性を狭めるような事は、大人の都合でやっていい事じゃない
知識が無くたって経験があれば良い、そういうものもあるけれど、チャンスがある時には、そのチャンスを最大限モノに出来るように手伝うのが、大人の務めだろう
少なくとも自分の子どもたちには、その時に必要なものだけ教えれば良いなんて思わない
例えあなたに不要なもの(必要なもの)があるとしても、それが全ての人に当てはまるわけではない
だからこそ、子どもたちの可能性を狭める教育は、やってはいけない
未来は、子どもたちのもの
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2020-06-09(Tue)
夜
ブルーベリーの木を見に行った
昼間は蜂やら蝶やらやって来て、花の蜜を飲んだり集めたり
すっかり暗く、寒い夜には
同じ花に蛾がやって来て、蜂や蝶と同じように蜜を飲んでいた
蝶はあまり嫌われないけれど、蛾は結構嫌われ者だったりする
昼間に活動する者と、夜に活動する者の違い位しか、ないのにね
わざわざ西洋マルハナバチを導入しなくたって、自然界には同じ役目を果たしてくれる者たちがちゃんといる
人間が見ていようが、見ていまいが、そんな事は関係ない
それなのに、多くの蛾は嫌われ者
害虫も、益虫も、無いのだよ
持ちつ持たれつ、それが自然
一番の害虫は、人間だったりしてね
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