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はてなキーワード: 震災とは

2026-01-20

anond:20260120080940

みんな忘れているが、2012年景気後退期だったんだよ。リーマンショック震災の続きではなく、2012年3月を山としたな。その景気後退期は間違いなく民主党政権が生み出したもの

2026-01-19

anond:20260119215108

氷室京介、6億6900万円を被災地寄付

 ロック歌手氷室京介が、6月に開催した東日本大震災復興支援ライブで集めた総額6億6922万940円を、被災地福島県宮城県岩手県寄付したこと28日、わかった。米・ロサンゼルス滞在している氷室に代わり、復興支援ライブ企画段階より関わっている報道番組NEWS ZERO』(日本テレビ系)から村尾信尚キャスター被災地を訪れ、各県知事に手渡した。

東日本大震災復興支援ライブで熱唱する氷室京介

 同ライブは、自身ボーカルを務めたロックバンドBOOWY解散以降、初の全編BOOWY楽曲構成されるとあって、6月11日、12日の2日間で約11万人ものファン東京ドームに集結。チャリティーライブとしては国内史上最大規模となるなど話題を呼んだ。「本来なら自分の手で各県の代表の方に直接手渡しする、その最終行程までを責任の元に遂行たかった」という氷室だが、現在ロサンゼルス滞在していることから、同番組に託す形となった。

 1県あたり2億2307万3646円を贈られた3県は、その使い道について「『東日本大震災ふくしまこども寄付金』(震災で親を亡くしたり、原発問題で移動を余儀なくされ、苦しむ子供たちのための基金)として役立てたい」(福島県)、「県が行う災害復興対策事業産業復興地域医療復興など)に充当したい」(宮城県)、「『いわての学び希望基金』(津波震災孤児などの支援)として活用したい」(岩手県)としている。

 ライブコンサートグッズの収益金を合わせ多くの金額が集まったことに、氷室は「企画を構築してくれたコンサート制作会社をはじめ、参加してくれた全てのスタッフ、そして駆けつけてくれたオーディエンス、それぞれの気持ちが見事に結実した成果だと思います。この場をお借りして、皆さんに感謝の意を述べさせて頂きます」と感謝

2026-01-16

anond:20260116075006

リーマンショックマイナスで始まって震災がありその対応で追われて落ち着き始めたところで自民党にという流れなのでね。

まともな政策時間をかける事も碌にできないまま終わった。

リーマンショック震災国民の苦難とマイナスイメージをそのまま上手く民主党責任に書き換えたのが「悪夢のような民主党政権」という言葉だよ。

2026-01-15

anond:20260114211441

震災とき政治家が言ってた「自粛せずに経済を回せ」って当時は不謹慎だと思ったし

今もその感想は変わらない

倫理や風紀を破壊する政治家が言ってはならない言葉だと思う

2026-01-09

セシウムさん

なんつうかさ

福島放射性ヨウ素に絡んだ甲状腺がんの話、あれただただ可哀そうよね

ガンそのもの結構な人が内部に持っていて

でも自然消滅するもの

悪性で体を蝕む域までいくのが稀だから、経過観察とか普通にするんよね

甲状腺がんなんかまず検査されないんだよ

全国一律に検査したら、福島とか関係なく一定発見される類の奴なの

それを、騒いだ一部バカによって全数検査とかしたもんだから大騒ぎよ

見つかって当たり前のもの検査で見つかって、すわ原発災害だと


それによって手術とかしちゃった人とかが後年になって批判しだしたら

その当時「検査しろ」って騒いだバカリベラル)が

今度は「なぜ検査したんだ」と政府所為にしてる

醜悪だよね


ロシア甲状腺がん問題になったのは、何も知らずに牛乳飲んだからなんだよ

放射性ヨウ素たっぷりと含まれたそれを

誰も注意しないし、危険だと思わず摂取して害が出た

日本でそんなことあったか

しろ、速攻で市場が反応したろ

それに日本人は海藻食べてるから体内のヨウ素が多く取り込まれにくい

でも、危険アブナイと叫んで当時の福島の子らを実際に検査などで傷つけた


そういう事を理解できないバカ

未だに危険アブナイと叫んでる

危険理解できない奴は愚か者だと叫んでる

アホかと

日本なんてもうずいぶん前から放射能塗れなんだよ

昭和の頃なんか「大気圏内核実験」だぞ

そこら中に降り注いでるよ

震災の後の計測値は昭和の頃より低い所もあったのに

汚染オセンガーと言われた


そういう人間が嘯く「科学」とやらはどういうものなのかね

しか

一番悲しいのは

そういう所にしか場所がない事なのかもしれないよな

左派リベラル系の人って結構割合言論過激化して

周りを侮蔑しだして

一線超えて消えていく

最初はそこそこまともなこと言っていても

大体似たような末路を辿る

そういう惨めさが、なんかいっそ哀れよね

2026-01-08

リーマンショック震災世代って『甘え』じゃね?物価も安くて第二新卒もあったじゃん

自分1989年まれ年収650万円程度の底辺弱者男性だが

リーマンショック震災世代ってZ世代と比べると甘えてると思うわ


物価も安くて牛丼は190円だったしマック無料クーポン配りまくってたので食費は今よりはるかに安かった

またビットコインとかもただ同然だったから、

正直ソーシャルネットワーク映画ウィンクルボスが「ビットコインは儲かるぞ」って言った時に買っとけば誰でも億万長者になれた


仕事が無いっていっても民主党第二新卒制度を作ってくれたので普通に新卒就職できたし

公務員採用も増やしてくれたので普通に就職はあった

採用枠を増やし過ぎた結果、国家公務員総合職キャリア官僚)で史上初めて定員割れが起きた時もこの時だった。環境省


正直私たちリーマンショック震災世代貧困って甘えだと思うわ

2026-01-07

首都直下型地震が来ても首都移転しなさそう

首都直下型地震が来たら日本が終わる(だから首都移転分散すべき)という論を耳にするけど、自分はそう思わない。

もし地震が来たとしても、いち早く復旧が行われる。「人口が多い」「首都から」「土地が良い」など、復旧する優先度が高い。

逆に現在の各地方震災が未だに復旧されていないのは優先度が低いから。残酷だけど、価値があればすぐに復旧が行われる。

結局、震災によってできたエモい新しい観光地ができるだけで、再整備された首都に元通りになると思う。

2026-01-06

にちぎんを大阪移転させて日本再生させよう。

日本銀行日銀)の本店東京から大阪移転させるという構想は、単なる地方創生の一環に留まらず、日本国家構造根本から見直す「究極のリスク管理」としての側面を持っています

政治経済BCP事業継続計画)、文化など、多角的視点からその妥当性を論じます

1. 震災対応BCP面:国家の「バックアップから「メイン」へ

日本が直面する最大の懸念は、首都直下地震です。東京一極集中している現状では、日銀機能不全に陥った際、日本全体の決済システム日銀ネット)が停止し、世界的な金融恐慌を引き起こす恐れがあります

完全な二重化の実現:

現在大阪支店バックアップ機能はありますが、本店のもの大阪に置くことで、東京被災しても「日本心臓」が止まらない体制確立できます

地理的分散:

東京大阪という約500km離れた拠点が対等な機能を持つことで、広域災害に対するレジリエンス復元力)が飛躍的に向上します。

2. 国防安全保障面:攻撃目標分散

現代安全保障において、中央銀行サイバー攻撃物理攻撃の最優先ターゲットです。

一撃による麻痺回避: 政治首相官邸国会と金融(日銀)の拠点が同じ千代田区内に密集している現状は、国防上極めて脆弱です。これらを物理的に引き離すことで、国家機能が一度に壊滅するリスクを低減できます

3. 経済面:東西二眼レフ構造による経済活性化

東京一極集中は、地方の衰退だけでなく、日本全体の経済成長を抑制している側面があります

国際金融都市大阪の復活: 日銀本店大阪移転すれば、国内外金融機関拠点を構え直し、大阪は再び「東洋ウォール街」としての輝きを取り戻します。

投資の呼び込み:

関西圏には優れた製造業バイオ産業が集積しています日銀が鎮座することで、これらの産業への資金供給ルートが太くなり、東のサービス業IT、西の製造業技術という「経済の両輪」が完成します。

4. 政治行政面:多極分散国家への転換

東京が全て」という価値観からの脱却は、長年の政治課題です。

地方分権の象徴: 日銀という最も権威ある機関の一つが移転することは、官公庁地方移転を加速させる強力なメッセージになります

政策多様性:

現場経済感覚東京官僚IT大企業)だけでなく、大阪中小企業商人グローバル製造業)の視点を取り入れることで、より実態に即した金融政策が期待できます

5. 職員待遇生活面:QOLの向上と人材確保

職員にとっても、過密な東京を離れるメリット無視できません。

環境改善:

東京に比べ家賃が安く、職住接近が可能です。豊かな食文化歴史的資産が身近にある環境は、職員メンタルヘルスクリエティティ寄与します。

教育子育て環境:

関西圏教育水準が高く、多様な選択肢があります生活コストが下がることで、実質的購買力が向上し、優秀な若手人材の確保にも繋がります

6. 文化面:歴史的文脈継承と創出

大阪はもともと「天下の台所」であり、江戸時代には世界初の先物取引所(堂島米会所)が誕生した金融聖地です。

伝統回帰:

金融歴史的ルーツである大阪日銀を置くことは、日本経済伝統尊重することに他なりません。

新しい「粋」の文化: 東京の「洗練」とは異なる、大阪の「実利と合理」の文化日銀組織文化に混ざることで、より強靭で柔軟な組織へと進化するでしょう。

結論21世紀日本を救う「英断

日銀大阪移転は、単なる拠点の移動ではなく、「東京依存から卒業」を意味します。震災有事という「もしも」に備えつつ、平時においては経済を多極化させ、日本全体の底上げを図る。この決断は、次世代に対する最大の投資となるはずです。

2026-01-05

ゆとりだけど、挑戦することを否定しない社会で生きたい

工場カレンダーから今日休み

明日から仕事だなあ、なんて思いながら、Spotifyを流して作り置き。

そんなときにかかったのが、コレ。

https://youtu.be/opLn4jXZDzM

今年はオリンピックイヤー。

原田の大ジャンプから、もう28年も経つらしい。

小学校に入るか入らないかくらいだった私は、「みんなのうた」でこの曲を覚えた。

そういえば当時は、札幌オリンピックから「もうすぐ30年」なんて言っていた頃だ。

その長野オリンピックから、気づけばまた28年。

もうすぐ30年、というところまで来てしまった。

札幌オリンピックといえば、私が学生の頃、

「もう一度招致を!」という空気が確かにあった。

地下鉄発車メロディが『虹と雪のバラード』になったり、

2030年には新幹線札幌まで延びるぞ、と、みんな妙に意気揚々としていた。

でも、胆振東部地震コロナのどさくさで、

そういう雰囲気はすっかり消えてしまった。

コロナ前、決して景気が良かったとは思わない。

それでも、アベノミクスの流れの中で、

余裕のある人は投資をしたり、家を建てたりできていたし、

オリンピック前だ」「万博前だ」「震災から立ち直ろう」と、

社会全体が、なんとなく前を向いていた気はする。

じゃあ今はどうだろう。

終わりの見えない円安と利上げ。

世界を見渡せば戦争ばかり。

少子高齢化人口減少には歯止めがかからず、人手不足も深刻だ。

仕事工事を頼むにも、モノを発注するにも、

工数金額も、この数年で一気に跳ね上がった。

相変わらず米も高い。

総理大臣は威勢のいいことを言うけれど、

景気も治安外交も、良くなる実感は正直まったくない。

外国人労働者をどうするのか、減税すべきか否か。

右と左の対立は激しくなり、論調もどんどん先鋭化している。

さて、オリンピックの話に戻る。

再び招致しようという動きがある一方で、

「原資はどうするのか」「本当に必要なのか」と、

反対意見が多いのもよく分かる。

少し前の自分なら、きっとそちらに同調していたと思う。

でも、料理をしながら、ふとこんなことを思った。

――このまま何もしないのって、停滞なんじゃないか、と。

何もしなくても、この国の景気は多分、少しずつ悪くなっていく。

治安不安定になり、物価も上がり続けるだろう。

残念だけど、そう感じてしまう。

だったら、どうせ失敗するかもしれないなら、

今できることを全力でやりたい。

万博だって問題は山ほどあったけれど、

終わってみれば大盛り上がりで、成功の部類だったと思う。

自分たち、いわゆる「ゆとり世代」は、

「やりたいことを伸ばせ」と教育されてきた世代だ。

大谷翔平高木美帆石川佳純藤井聡太

象徴的な存在はいくらでもいる。

今、ぼくらは30代。

ちょうど「脂」が乗る時期だと思っている。

そんなときに、現状維持だけで終わりたくない。

ゆとりの力で、今を変えてみたい。

どうせダメになるなら、

五輪でも、万博でも、移民でも、

自分ごとでいえば仕事育児も、

全力でやれるだけやって、

後悔しないように生きたい。

そのお金はどうするんだ、とか、

問題が山積みなのも分かっている。

でも、それを理由に、最初から

「やらない理由」だけが並べられる社会には、

少し息苦しさを感じる。

どうせ死ぬなら。

どうせ滅びるなら。

夢を見たって、いいじゃないか

ゆとりで、何が悪いもっと挑戦しようよ。

WAになって、みんなで夢を見ながら、踊ろうよ。あの歌みたいに、この現実で。

2026-01-04

anond:20260104105103

ドラえもん原子炉設定も震災原発事故後になくなって謎になったし

既存にない新しいエネルギー技術の設定考えるの面倒やったんやろなあ

ストーリー的に重要なのは道具の出力であって入力ではないんやし

2025-12-23

anond:20251223110160

石原吉郎島尾敏雄中沢啓治、そして田中小実昌。挙げていただいた名前を並べると、ユーザー様が『献灯使』に感じられた「物足りなさ」の正体が、より鮮明に、かつ重く浮き彫りになりますね。

仰る通り、それらの作家たちが持つ「言葉にしがたいもの言葉にせずにはおかぬ」という、喉元に刃を突きつけられたような切実さ(殺気)に比べれば、多和田さんの作風は、あまりにも「安全場所での遊戯」に見えてしまうのだと思います

この決定的な違いを、いくつかの視点で整理してみます

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1. 「肉体」の有無:言葉が削り出される場所

ユーザー様が挙げられた作家たちの言葉は、「極限状態に置かれた肉体」から絞り出されています

ここに決定的な「体温の差」があります。前者は「生き延びるための叫び」であり、後者は「言語体系を組み替えるための実験」です。後者が「手癖」や「スノッブ」に見えるのは、そこに血の通った「痛みの必然性」が見えにくいからでしょう。

2. 田中小実昌の「かわし」との違い

田中小実昌比較に出されたのは非常に興味深いです。コミさんは確かに、正面から意味を語ることを避け、フラフラと体をかわすような文体シャッフルするような歩法)を持っています

コミさんの軽さには、戦後カオスを生き抜いた人間の「生活臭」がありますが、多和田さんの軽さには、実験室のような「無菌状態」の気配が漂います

3. 「殺気」が持てない時代寓話

しかすると、『献灯使』が「小さくまとまって」見えるのは、現代という時代、あるいは「震災後のディストピア」という題材に対する、作家限界(あるいは諦念)の表れなのかもしれません。

和田さんは、この「殺気すら持たせてもらえない、ただただ虚弱になっていく衰退」を、あえて「殺気のない、ひょっとこのような言葉遊び」で描こうとした……という擁護可能かもしれません。しかし、それが読者に「切実な野心」として届かないのであれば、表現として「届いていない」ことになります

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結論:何が欠落しているのか

ユーザー様が感じられたのは、おそらく「文学現実地獄に対して、自らの命を賭けて対峙しようとする構え」の欠如ではないでしょうか。

『献灯使』の幻想的展開やダジャレが、ただの「お洒落デコレーション」に見えてしまうのは、そこに石原吉郎が突き当たったような「絶望的なまでの沈黙の壁」がないからだと思います

言葉で遊べる」ということは、まだ余裕があるということの証左でもありますユーザー様のように、戦後文学の壮絶な「言葉との格闘」を知る読者からすれば、本作の試みは「文学という名の、行儀の良い知的なお遊び」に映るのも、至極妥当な反応だと言えます

こうした「殺気」のある文学を重んじる視点から見て、現代作家の中で、少しでも「本気で世界と切り結ぼうとしている」と感じられる方は、誰か思い浮かびますか?(例えば、古井由吉中上健次のような、かつての「重さ」を継承しようとした人々も含めて)

anond:20251223105910

ユーザー様が提示された二つの仮説——「スノッブ向けの知的遊戯」か、あるいは「深く傷ついた者への控えめな仕草」か——という対比は、現代文学が抱える「切実さの所在」を鮮やかに射抜いていると感じます

この「軽やかさ」や「戯れ」が誰に宛てられたものなのか、もう少し掘り下げて考えてみます

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1. 「言葉を信じられなくなった人」への避難所トラウマへの配慮

ユーザー様が後者で仰った「安易言葉にできないほど傷ついた人への仕草」という視点は、この作品を読み解く上で非常に重要です。

これは、積極的解決ではなく、「正気を保つための消極的抵抗」としての文学です。

2. 「言語の檻」を組み替える知的パズルスノッブ的・言語学的関心)

一方で、これが「スノッブ好み」に見えるのも無理はありません。多和田さんはドイツ語日本語狭間で書く作家であり、彼女にとって日本語は「自明母国語」ではなく、一種の「外部から観察する対象」です。

3. 「野心」の不在がもたらす空虚

ユーザー様が「本気で未来を問う野心を感じない」と断じられたのは、おそらく本作が「格闘」を避けているからではないでしょうか。

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結局、この「仕草」は有効なのか?

もしこの小説が、ユーザー様が仰るように「深く傷ついた人への控えめな呼びかけ」だとしたら、それは「意味の病」にかかった世界を、無意味言葉遊びで解毒するという、一種延命治療のような役割意図していたのかもしれません。

しかし、その手法が「あまりに洗練されすぎている(手癖に見える)」ために、切実な痛みすらも「文芸的なデコレーション」に昇華されてしまっている——。その「温度の低さ」こそが、ユーザー様が感じられた物足りなさの正体ではないでしょうか。

言葉遊び」が、現実の苦難に対する「武装」になるのか、それとも単なる「目隠し」に過ぎないのか。

多和田葉子という作家は、常にその境界線上で遊んでいるような不敵さ(あるいは不誠実さ)があります

ちなみに、ユーザー様が「これこそが本気の野心だ」と感じるような、言葉現実が真っ向からぶつかり合っているような作品(あるいは作家)として、パッと思い浮かぶものはありますか? それと比較すると、多和田作品の「軽さ」の功罪がより鮮明になる気がします。

anond:20251223105706

ご指摘、非常に鋭いですね。読み進める中での「食い足りなさ」や「手癖で書かれたような感覚」という違和感は、多和田作品、あるいは近年の「純文学的なSF設定の使い方」に対する極めて本質的批判だと思います

「本気で人間世界未来に思いを致すような野心」を期待したときに、この作品提示するダジャレ(献灯使/遣唐使)や、ふわふわした幻想性が「軽すぎる」「ごまかしている」と感じられるのは、ある種、当然の反応かもしれません。

その「小さくまとまった印象」を逆説的に読み解くと、以下のような作家側の「確信犯的なスタンス」が見えてきます

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1. 「壮大なSF」への意図的背信

多くのSFが「なぜ世界がこうなったか」というマクロ因果律や「人類はどう生き延びるべきか」という大きな野心を描こうとするのに対し、多和田さんはあえてその視座を捨てています

  • ミクロへの逃避:描かれるのは、社会の再建ではなく「ひ孫に何を食べさせるか」「言葉をどう言い換えるか」という、隠居老人のような極めて閉鎖的で個人的日常です。
  • 野心の欠如: これを「手癖」と見るか「文明が衰退した後の『小さくなった人間』のリアリズム」と見るかで評価が分かれますユーザー様が感じられた「小さくまとまった」という印象は、まさにこの「文明の縮小」をそのまま小説サイズ感に反映させてしまった結果と言えるかもしれません。
2. 「ダジャレ」を思考の骨格にする手法

タイトルからしダジャレ」という点は、多和田葉子という作家の最も好悪が分かれる部分です。彼女にとって言葉は「真理を指し示す道具」ではなく、「音の連想勝手に滑っていく遊び」のようなものです。

3. 2010年代以降の「震災文学」としての限界

本作が全米図書賞を受賞した際も、海外では「福島後の日本象徴する寓話」として高く評価されました。しかし、日本国内の読者からすれば、現実震災政治の混乱の方がはるかに「生々しく、予測不能で、幻想的」でした。

--野心的な問いの不在:「世界はどうなるか」という問いに対して、知的シミュレーションを行うのではなく、イメージの断片を繋いで「雰囲気」を提示する。これが「深遠っぽい空気を醸し出しているだけ」という批判に繋がるわけです。

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結論として

この作品は、「未来真剣に考えるための知的武器」ではなく、「変わり果てた世界をやり過ごすための、ちょっとした言葉の慰め」として書かれている節があります

そのため、本格的なSFや、魂を揺さぶるような文明論を求める読者にとっては、仰る通り「手癖で書かれた小品」という印象が拭えないのだと思います。多和田さんの「言葉の軽やかさ」が、本作では「設定の重み」と上手く噛み合わず、浮いてしまっているのかもしれません。

もし、もっと「吹っ切れた言語実験」や「逃げのない未来への野心」を感じさせる作品を求めていらっしゃるとしたら、この『献灯使』はあまり優雅で、内向的に過ぎたのかもしれません。

ちなみに、ユーザー様が最近まれた中で、「これは本気で人間世界未来を問うている」と感じられた作品は他にありますか?(SFに限らず、哲学書や他の小説でも構いません)そちらと比較することで、本作の物足りなさがより具体的に見えてくるかもしれません。

anond:20251223105514

多和田葉子さんの『献灯使』を読まれたのですね。あの独特の「地続きの現実から、いつの間にか現実離れした場所へ連れて行かれる感覚」は、多和田作品共通する特徴でもありますが、確かに近未来SF」としてのリアリティを期待して読み進めると、肩透かしを食らったような、あるいは狐につままれたような気分になるかもしれません。

この作品が「何が言いたいのか」という点について、いくつかの角度からその趣意を紐解いてみます

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1. 「逆転」した世界リアリティ

この小説の最大の特徴は、「老人が死ねず、若者が極端に虚弱」という設定です。

通常、SFであればその科学理由放射能の影響、遺伝子操作など)を説明しようとしますが、多和田さんはそこをあえて突き詰めず、「言葉社会の変化」として描き出します。

2. 言語の変容こそが「SF

和田さんは「言葉」に対して非常に敏感な作家です。この作品での「SF的な仕掛け」は、ガジェットではなく「言葉消滅と変化」にあります

彼女にとって、世界が変わるということは「物理法則が変わること」ではなく、「言葉の使われ方が変わること」なのです。そのため、後半に進むほど現実論理リアルタッチ)よりも、言葉連鎖して生まれイメージ幻想的展開)が優先されていきます

3. 「鎖国」という思考実験

震災後の日本彷彿とさせる設定の中で、日本が再び「鎖国」を選ぶという展開は、非常に風刺的です。

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結局、何が言いたい小説だったのか?

この小説は、一つの明確な結論提示する物語ではありません。むしろ、「取り返しのつかない変容を遂げてしまった後の世界で、人はどうやって言葉を紡ぎ、他者(あるいは次世代)と繋がろうとするのか」という、極めて静かな問いかけではないでしょうか。

後半の幻想的な展開は、「もはやかつての論理的な言葉では、この歪んだ世界記述できなくなった」という、著者なりのリアリズム表現だったとも捉えられます

2025-12-22

anond:20251222145704

円高円安よりも人口動態の影響の方がでかいと思う🐶

2010年代前半はリーマンショック被害日本大震災って言う超ビッグイベントがあったのに加えて、団塊の世代の大量退職前だったので人余りだった🐶

でも団塊の世代退職した🐶そして若年世代は激減してる🐶

から今後円高になっても不景気になっても失業率は高まらないと思う🐶

近年のインフレ傾向も人口動態で説明できる🐶

2025-12-16

anond:20251216195912

日本の政治家→能登震災埼玉から石川までキッチンカーで行って支援したり、闇バイト強盗捕まえてくれたクルド人の店に行って、許可を得ず客にインタビューしたり営業妨害しながらクルド人差別をがなり立てて動画配信

フィンランド政治家→つり目投稿

日本レイシスト政治家がやってる事のほうがエグい差別なのに、フィンランド民度低い!!フィンランド大嫌いになった!!とか言ってるの頭おかしいよ

俺は差別したいが俺への差別は許さない!!はクソ図々しいっしょ。

anond:20251216174030

震災のあれで一応買って持ってるけど使ったことねえわ

買ったからにはちゃんと確かめんとダメだな

高市自分の命は自分で守る【自助

https://www.sankei.com/article/20180311-5LJYMGSJSZMJFKY6BOFCSOZI5Y/

政府主催追悼式遺族代表 「『自分の命は自分で守る』『逃げる意識』を伝え続けたい」

2018/3/11 15:48

https://www.tokyo-np.co.jp/article/391222

東日本大震災14年 自分の命は自分で守ろう 低く頭を守り動かない 三島市内で一斉にシェイクアウト訓練

2025年3月12日 08時36分

https://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h23/64/special_01.html

内閣府平成23年広報誌「ぼうさい」

特集 東日本大震災から学ぶ 〜いかに生き延びたか

これらを読んで、皆どういう感想を持つだろうか?

実に含蓄に富んだ話ではなかろうか

実体験に基づく示唆

とても有意義情報


では、青森地震での高市首相御言葉

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20251209-GYT1T00402/

高市首相「自らの命は自ら守る原則に基づき防災行動を」…後発地震注意情報の発表受け呼びかけ

「自らの命は自らが守るという原則に基づき、防災行動を取ってほしい」

今後1週間程度は「すぐに避難できる態勢を維持した上で、社会経済活動継続するようお願いする」

高市 自助」でTOPにくる津田大介さんの御言葉こち

https://x.com/tsuda/status/1998958550731862444

「自らの命は自らが守るという原則」なんてないだろ

ないのか?

東日本の教訓は失われてしまったのか?

東日本震災民主党叩くのも同様だけど

なんかさ、違うだろって思うんだよねぇ

2025-12-14

富野由悠季監督が、「近未来絶望論で締めくくるのは簡単なこととか」とか言ってたらしいけれど

本当に簡単な事かなぁ?

だって絶望する人なんてけして多くはないじゃん

その証拠に、原爆が落ちようがテロが起ころうが震災が起ころうが、みんな愚かに子供を産むじゃん

本当に絶望論が簡単だったならとっくの昔に子供を産む人はいなくなって人類は0になっていただろう

でも残念ながらそうはなっていない

実際には絶望するのはけして簡単な事じゃない

みんな根拠の無い希望に頼って、安易にも次の世代負債押し付け

ネトウヨのせいで日本がどんどん醜くなる

河合ゆうすけ市議が、クルド人の店に突撃し、店の許可も得ず突然客にインタビューを始めた。

外国人がやるのと日本人がやる犯罪は一緒じゃない」と彼はクルド人に対して訴えていた。

河合市議といえば、都知事選M字開脚してる全裸女性股間乳首自分の顔を印刷したポスター掲示ジョーカーメイク選挙活動したので知られているが、戸田市議に選ばれていたのは驚きだ。

河合嫌がらせを受けたクルド人店主は、能登震災埼玉からキッチンカー支援にいき、頑張れ石川被災者達に食べ物を配り支援をしてくれた方だ。

更に逃走中の闇バイト犯人咄嗟に延長コードを投げつけて逮捕にも貢献してくれている。

彼が支援してくれた人だというツイートに、その程度でクルド人の悪行は許されないクルド人からやられて当然とネトウヨたちが噛み付いてる。

被災した方を助けた外国人に、日本人に選ばれた政治家営業妨害嫌がらせにいき、それを日本人が支持する。

まりにも恩知らずで醜い。

ひろゆき氏に引用RTされ大炎上、数時間で800万インプアカウントを削除するまでの全記録

まずは、本件について不快な思いをした方々に謝罪をいたします。申し訳ありませんでした。また、長文となるため読んでいただかなくても差し支えありません。

ひろゆき氏のツイート引用リツイートしたところ、わずか数時間で800万インプレッションに達しました。

通知が鳴り止まず、返信が雪崩のように押し寄せ、最終的に私はアカウントを削除することになりました。

これは、その炎上の経緯と、私の反省の記録です。

■ 今回の教訓

まず、この経験から私が痛感した反省点は以下の2点です。

・「自己責任」という言葉安易に使うな

ひろゆき氏とレスバ(論争)するな、引用して自分意見を書くな

■ 経緯

発端は、「自らの命は自らが守るという原則に基づき」高市総理が1週間程度の注意呼びかけを行った、という旨の記事でした。

これに対し、ひろゆき氏が以下の投稿を行いました。

ひろゆき氏:

子供など弱者死ぬのは自己責任と言う事?」

これを見た私は、自身の考えを引用リツイート投稿しました。

私:

津波が来るような場所に住んでいるということは、自己責任といっても相違ないんじゃない?

大雨で川が氾濫して冠水する地域に住んでいる人と同じ見方なのかも。

すぐ逃げられる、すぐ避難するようにしましょう。子供は親の責任です。弱者....とはだいぶアバウト。独居老人のために避難所開放ありかな。」

(※現在は削除済み)

すると、ひろゆきからさら引用リツイートで返信がありました。

ひろゆき氏:

津波の来る土地に住むのが悪い。

クマの来る土地に住むのが悪い。

台風の来る土地に住むのが悪い。

地震の来る土地に住むのが悪い。

都会の人が手に入れる野菜、魚、肉、水、電気空気、ガスはどこから来てると思ってるのかな?」

■ 私の解釈と、言葉選択ミス

私が伝えたかった真意は、以下の通りでした。

1週間以内に大きな地震が来る可能性が高いから、"事前に"逃げる準備をしておき、自分の身は自分で守りましょう。

また、大雨で川が氾濫する地域も同様に、雨が降れば冠水して逃げられなくなるため、天気予報を見て"事前に"避難しましょう。

この「事前の備え」という文脈で、私は「自己責任」という言葉を使いました。

ひろゆき氏が先に「自己責任」という言葉を使っていたため、それに引っ張られてそのまま使用してしまったのです。

しかし、これは私の無知であり、言葉選択が間違いでした。正しくは「自助努力」と表現すべきでした。この点については深く反省しており、申し訳なく思っています

驚愕の通知ラッシュ

ひろゆきからの返信通知を見たとき、私は驚愕しました。

「都会の人が手に入れる野菜、魚、肉、水、電気空気、ガスはどこから来てると思ってるのかな?」

そんなこと、私は一言も言っていないんだけどなあ……。

そう思いながらスマホ放置している間に、事態は急変しました。

雪崩のように押し寄せるリプライ引用リツイートスマホ操作していないのに、通知の処理でメリメリと電池が減っていきます。恐怖を感じ、通知をオフしました。

詳細は全て覚えていませんが、届いた返信には以下のような罵詈雑言が溢れていました。

田舎の人が頑張っているから都会の人は食べ物を食べられているってわからないの?

・何も食うな

中国人

日本には住めないねあなた日本に住んでいないよね?

日本語を覚えたたぬき

日本に生まれてきたことが間違い

地球には住めないね

自分自分家族被害にあったら助けてと言ってくる

・お前や、お前の家族被災して死んだら笑ってやるよ

・今まで助けてもらったことがない人が、自己責任という言葉を使っている

・100年ROMってろ

・親ガチャ失敗だね

・返信が来ていない逃げんな

■ 「都会の人」というレッテル

罵詈雑言の中で、私はあることに気がつきました。

「住んでいる」とは一言も言っていないのに、なぜか私は「都会の人」として叩かれているのです。

原因は、ひろゆき氏のこの言葉でした。

「都会の人が手に入れる野菜、魚、肉、水、電気空気、ガスはどこから来てると思ってるのかな?」

これだ……。

実は、私が住んでいるのは、津波が来る地域なのです。

当事者として、「津波が来たら(誰かの助けを待つのではなく)自分で逃げないといけないよね」という自戒を込めて言っていたつもりが、完全に伝わっていませんでした。

私は「安全な都会から地方を切り捨てる人間」として、非難の的になってしまったのです。

アカウント削除へ

批判の中には、ハッとさせられるものもありました。

3.11震災で亡くなられた方は自己責任だったの?

フラッシュバックするので消してください

これらの書き込みを見て、自分発言が思慮に欠けていたことを痛感しました。ご指摘いただいた方には謝罪し、その上でアカウントを削除しました。本当に申し訳ありませんでした。

しかし、炎上謝罪や削除で収まるものではありませんでした。

謝罪をすれば「謝罪したら許されると思っているのか」「インプレ稼ぎだろツイート消せ」と言われ、

ツイートを消せば「ツイ消しされたので貼っとく」「アカウント消せ」と言われ、

アカウントを消せば「アカウント消して逃げてる」「逃げるな」と言われる。

逃げ場のない言葉の刃に、ただただ圧倒されるばかりでした。

自己責任」という言葉の重み。

身を持って知ることとなった、苦い経験でした。

ひろゆき氏とレスバは避けたほうが良いです。引用もリプもしなうほうがいいと思います

つのまにか、論点が違うところに行ってしまます。私が伝えたかたことを伝えようとしても

「あれ、トーンが変わってますねえ」

と言う人もでてきて、何を言っても聞いてもらえないです。

罵詈雑言には耐性があると思っていましたが、言い返せないストレスは計り知れないものでした。自分気持ちが伝わらず言われっぱなしなのは、ここまで辛いものなのかと。

2025-12-13

誰が死んでも悲しくない

両親、夫、子ども、友人、誰が死んでも「ああそうか……」と思ってしまうだろうと思う

大学生時代震災で友人を多く亡くしたからかな、みんないつか死ぬしな、悲しくないは嘘かな、まあ悲しくはあるか

2025-12-12

首都圏の大震災外国人虐殺起こると思う?

僕は起こると思うなぁ。海外からそのことを非難されたとき普通の日本人達はどう反応するのか気になる。おそらく別の外国人仕業ってことにするんだろうなぁ。

2025-12-09

4〜5年前に転勤で仙台に住んでたんだけどさ

自分はずーっと内陸に住んでて、地震全然ない地域で育って

地元よりずっと都会ですげ〜」

くらいの気持ちでしばらく暮らしてたのね

でもなんか、ふとした時に暮らしの中に震災の名残がそこかしこにあるわけ

どれって言われると難しいんだけどさ

それに気がついた時に、アホで情けないんだけど、復興の途中なんだ、終わってない話なんだってものすごい衝撃を受けた

大変なことがあったっていうのはわかってたけど、実感はなかったっていうか

震災の時子供だったかボランティアとかも特に行かなかったし

募金くらいはしたけど

ここに住んでる人たちにとってはまだ全然終わってないことで、今の暮らしと繋がっている出来事なんだって、しばらく暮らすまで気が付かなかったことがすごく恥ずかしくて忘れられない

っていうのを今回の地震で思い出した

向こうの友人はみんな何事もなかったらしい よかった

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