はてなキーワード: 美容師とは
剛毛多毛の星の下に生まれつき、髪のあれこれに悩む人生。生まれつきのくせ毛は何故か成長と共に改善したが(シャンプーのおかげ?老化?)、また再発するのが怖くてヘアアイロンは150度にしていた。これでもヘアアイロンの温度としては中の上くらいだ。
するとまあ髪が伸びない曲がらない、シルエットが変わらない。朝のセットが15時位には直線に戻る。クソッ、髪のオシャレは恵まれた髪質に生まれた者にしか微笑んでくれないのか…?!
美容院でカットの最後にセットしてくれる美容師さんの、鮮やかなアイロンさばきが脳裏によぎる。どうすればああいう風にやれるんだろうか。
心にカビを生やしながらグーグルでダラダラとネットサーフィンしていたら、「剛毛さんは180度でも大丈夫」「温度が低くて二度がけが必要になると逆に痛む」といった記述を発見。なんなら「180度〜210度」とか書いてあった。本当に?油の温度で言えば天ぷらがカラッと揚がっちゃうよ?きつね色になっちゃうよ?
とはいえ物は試し、私の手持ちのアイロンの最高温度である180度で巻いてみる。すると…おお!一発で形ができる!なんということだ。私は今まで一体何を…
それが今朝の出来事で、そして今この時間になっても形が残っている。なるほど、私の髪は最強の部類に入る髪質だったんだな、だから150度では太刀打ちできなかったんだな…と実感。ヘアアイロンは180度、私の考えも180度変わったできごとだった。
俺は32歳。つい数年前まで、典型的な「空気みたいな存在の陰キャ」だった。モテるなんて論外。女性からは「無害な人」という、一番屈辱的な評価を受けていた。
どれだけ仕事で成果を出しても、どれだけ趣味に打ち込んでも、自己肯定感は一向に上がらない。なぜなら、俺の心の奥底には、「俺は女性に選ばれない欠陥品だ」という、氷のように冷たい劣等感が常に張り付いていたからだ。
転機が訪れたのは、親友の結婚式だった。親友は昔、俺と同じくらいダサく、ファッションセンスもゼロの男だった。そんな彼が、キラキラと輝く美人な奥さんを連れて壇上に立っている。
その瞬間、俺の頭の中にあった「モテは才能。非モテは生まれつきの運命」という呪いが、音を立てて崩壊した。
もし彼ができたなら、俺にもできるはずだ。モテとは、遺伝子や運命論ではなく、単に「正しいスキル」と「適切な努力」を俺が今までサボってきた結果に過ぎない。
そこから俺は、「モテ」を「人生の最重要プロジェクト」と定義し、感情論を一切排除した、冷徹な攻略法を実践した。
非モテがまずやるべきは、服を買うことでも、ジムに行くことでもない。「モテ」を趣味や願望ではなく、「プロジェクト」として捉え直すことだ。
| 非モテのマインドセット(Before) | モテ攻略のマインドセット(After) |
| 感情: 「モテたい。どうせ無理だけど…」 | 目標設定: 「3ヶ月以内に3人の女性とデートする」 |
| 評価: 「相手に好かれたい」 | 評価: 「今回の会話で、相手の感情を3回引き出せたか」 |
| 原因: 「顔が悪い、背が低い」 | 原因: 「TPOに合わない服装、話が自己完結している」 |
モテを「確率論とデータ分析のゲーム」と認識し、目標と検証を繰り返す。これで、振られても「俺がダメ」ではなく、「このアプローチがダメだった」と冷静に次に進めるようになった。
非モテは、いきなり「攻撃力(オシャレ)」を上げようとするが、それは間違いだ。 まず、「防御力(生理的拒否感を与えないこと)」を最大化すべきだ。
それまでの俺は、1,000円カットで「無難」をオーダーしていた。無難は、女性から見て「手入れを放棄した証拠」でしかない。
これはモテのためというより、他人への敬意だと認識した。いくら服が良くても、笑った時に歯が黄ばんでいたり、鼻毛が出ていたりしたら、すべてが一瞬で台無しになる。
それまでの俺は、全身ユニクロ・GUの「制服」で、「無個性」という名の「風景の一部」だった。これを脱却するため、感覚ではなくデータに頼った。
ファッション雑誌を読んでも、自分に何が似合うのか分からなかった。プロの診断に金を払うことで、自分に似合う色(PC)と形(骨格)を科学的に特定した。
ユニクロ中心の着回しを止め、「この服を見れば俺だとわかる」という主役級のコートやジャケットを1〜2着購入した。
非モテ陰キャの会話の9割は、「知識のひけらかし」か「自己完結した質問」だ。
相手の話の内容(事実)ではなく、その裏にある感情を拾い、オウム返しで増幅させた。
スキルが整っても、「振られる恐怖」がある限り、最後の一歩が踏み出せない。これを克服するには、「実践と敗北」を繰り返すしかなかった。
俺が3年間の「モテ攻略プロジェクト」で投じた総費用は、年間約16万円(服、美容院、歯のクリーニング、書籍など)だ。
この金額は、「毎週行く飲み会代」や「年に一回の高級旅行代」よりもはるかに安い。
しかし、この投資によって俺が手に入れたリターンは計り知れない。
モテは、生まれつきの才能じゃない。俺は30年以上積み上げた「非モテ習慣」を、合計年間約16万円の投資と、3年間の地道な努力で「モテ習慣」に上書きしただけだ。
今、「どうせ無理」と諦めている奴がいたら、声を大にして言いたい。
「お前が非モテなのは、まだ『正しいスキル』と『適切な投資』を学んでいないだけだ。」
この攻略法は、特別な魔法ではない。単なる論理的な「自己啓発」だ。この費用と労力に見合う価値がある人生を、お前も選ぶべきだ。
お付き合いしていた元カレは明らかに非定型発達タイプだった。嫌なことはいつまでも覚えているのに、自分のミスはすぐに忘れる。
頭の中の記憶が時系列ではなく、どれだけ嫌だったかで整理されているので、時々知らねぇよと言いたくなるような昔の嫌な思い出話を急にして来ることがあった。
聡明な私にはすぐにわかった。それはトラウマというものである。
元カレの生育歴はあまり良くなく、その特性から人間関係も非常に狭く、親以外に定期的に話す相手もいなかった。そして、そのことに非常に劣等感を抱いていた。
人間関係とは大まかに分類すると恋愛、職場、友人になる。恋愛はダメだ。年齢=恋人無しで、職場の以外で女性と話す機会もない。
そして友人関係だが学生時代もその時には一緒に過ごす人は一人か二人の同類がいたけれど、就職後は音信不通であった。
そしてお次は、職場での人間関係である。ここは男子高校生がクラスで営んでいたヒエラルキー文化の延長線上でしかなかった。
その場しのぎの人間関係で生きてきた元カレはヒエラルキー上位に対してトラウマを勝手に抱いて拒絶し、精神的な距離を保ち続けていた。
さて、仕事関係で知り合った私達の関係性はある程度順調に進んだ。
しかし、彼の職場内におけるかカーストへのトラウマとストレス、それだけでなく生育歴の中で傷つけられ古傷が現実的な結婚等のステップに近付くと
「君は僕に逆らわないよね?」「今度は僕がヒエラルキー上位に立つからね」といった趣旨の発言に至った。
これは私との間でトラウマの再演は避けたいという希望なのではあるが、私は別に元カレに養ってもらって専業主婦になる予定もなかったし、何より彼のトラウマの整理に根気強く付き合ってきたつもりでさえいたのだ。
私にしてみれば、その発言はマジギレレベルである。どうかご理解頂きたい。そして交渉は決裂し、もちろん私は烈火のごとく怒り狂い、関係は終わった。
元カレは過去の人間関係で刷り込まれた負け犬意識を内在化して心の重荷にしており、成功体験が無いことのコンプレックスも含め、それらを私との結婚の主導権を握ることで払拭しようとしたのである。さすがに無理があるだろ。
ここからが40歳で狂う系男子の話なのだが、元カレを含めた多くの人は、深刻かつ、他人のケアを必要とするトラウマを抱えていないだろうか。
それも本人には責任がなく、集団の何となくの雰囲気に押し付けられた理不尽から発生したタイプのものである。
人にとって40歳前後は圧倒的に身体的衰えを実感し始める時期である。この時、自分の人生を振り返って発達についての特性に振り回され、恋愛や友人とのチャンスを避け続けてきた人生を後悔しているかもしれない。
私は元カレにも、元カレと属性を同じくする多くの人々にもそうして欲しくない。
孤独だから発狂するのではなく、理不尽の結果陥ることになった孤独への不満に耐えられるのは40歳前後が体力的にギリギリなだけである。
次の人生のステップとして、もっと街に出て楽しんで、楽しいという感情を見知らぬ人とも一瞬だけでもいいから共有し、生きることの孤独とそれに拮抗でき得る連帯も経験して欲しい。
人間の相互理解はそこからだから。その関係は必ずしも恋愛にはなり得ない。ただ、人間という生き物が共有する何かに参加する。そこは本当の意味での社会参加の始まりという重大な意味がある。
そんな抽象的な話、どうやってやるんだよと思う、40歳で狂う系男子の皆さん、まずは金の発生する関係性でもいいから自分の気持ちを言葉にする練習をして欲しい。
いい感じのお店に行けばお酒を対価に話を聞き励ましてくれる人は必ずいるが、初心者に夜の店はレベルが高すぎる。
まずは美容院で美容師にモテの為に変わりたいとからアドバイスが欲しいと言えばいい。ここでこの気持ちを理解してもらえなかったり、邪険に扱われたりしたら口コミに悪評を書いてリベンジして次の美容院を探そう。
髪が落ち着いたら、次はデパートの服売り場で同じことをすれば、ある程度のクオリティには達成できる。そして、自信が付いたらカウンセリング等に行って、正直に会話の練習に来たというしかない。
私はあくまで素人なので、これくらいしか安全に実施できそうなプランが思いつかない。
私は元カレには私を過去の痛みの辻褄を合わせるためだけの役割の女にされたくなかった。
未来を作り上げていく時に、タフで頼れるパートナーになれるとまで、私は自分を買い被ってさえいたのだ。
彼と連帯し、感情の共有を一番近くで、深く、たくさんしたかった。ただそれだけなのだ。
過去のトラウマを拭えないからといって、未来への希望を否定され、元カレから存在を不要とされた、それが私。
でも、本当は彼がとても恋しい。
この「点数式にしてくれ」ってのが多分本質で、相手の反応見つつ「なんか反応悪いな……ここをこう触るのは5点なんだな」みたいに調整していくものなので、そういう観察ができてないんじゃないかと思う
フェラ褒められる(射精も早めなので割と上手にできてるんだと思う)けど、触った感触、体液の出加減、相手の声とかでなんとなくわからん?
カリチョロチョロするとキモい声出すからこれ好きなんだなあとか、乳首あんま反応せんからもう触らんとこ、みたいな
美容師じゃないけど「触ってほしいとこある?」って聞くのもいいと思う
私は玉裏って聞くまでそこ感じるんだと認識してすらなかった
軽い言葉責めにもなるしね
それと急所をガンガン責めるんじゃなく、「恐れ入ります……」という気持ちでやわやわフェザータッチが基本
AVの乳首こねくりとか見ると痛そうでかわいそうになるからああいうのやめろ、当然ガシマンも
あとはもう反応したら「可愛い」「ここ好き?」みたいな言葉での責めも相手によってはありかもしれない
嫌いな人は逆にガン冷めだと思うけど
ここ数年、シャンプーとコンディショナーのセットで1500円くらいのものと、ダメージケアに良いとバズっていたオルビスのヘアミルクを使っていたのだが、少し前にドラストで期間限定商品が半額になっていたので、シャンコンセットで3000円台のものを使い始めた。
しばらくして、髪の手触りが明らかに良くなっていることに気づいた。
ツヤも出たし、浮き毛、アホ毛も減った。
加齢とともに強くなる縮れも目立たなくなり、見た目の清潔感が大きく向上した。
首も手足も短く顔がでかい、骨格から終わっているブスの中年でも、幸い髪は手入れすればそれなりになるし、髪の状態というのは印象をかなり左右するのだ。
「なんかしみったれた生活感が漂ってる女」と、「清潔感がある女」の差は、こういうところ──浮き毛やアホ毛、髪の質感、化粧の崩れ具合──に出てくる。
毎日風呂に入るだけでは清潔感があるようには見えないのは、女も同様なのである。
数年前の私は、放ったらかしにすることをナチュラルとはき違えていたのもあって、セットで700円しないような安いシャンコンに、洗った後はタオルで拭いて自然乾燥するだけだった。
使っていたのは百均のブラシ。
当然髪は摩擦その他で傷んで、カラーは退色して汚らしくなり、浮き毛が飛び出し、うねりと広がりもひどかった。
しばらくして1500円くらいのシャンコンを使うようになると、洗い上がりのきしみやパサつきが大分マシになり、何より香りがよく、「やっぱりシャンプーは少し高いやつの方がいいんだな」と思っていたのだったけれど、3000円台のシャンコンはそれよりもさらに良かった。
というか、700円と1500円はそこまで差がないが、1500円から3000円は明らかに違う段階に入った感がある。
シャンコンと同じラインのアウトバストリートメントを使い、ヘアアイロンでうねりを抑え、オイルで仕上げると、癖が強くなった中年の髪でも格段に柔らかく、まとまるようになった。
自然乾燥して百均のブラシで梳かしていたのと比べると、金も時間もかかり、果てしなく面倒だし、「本当にこんな面倒な事をみんな毎日やってるんすか」とも思ったが、習慣になればなんとかなるものだった。
というか、「こんな面倒な事を、コストをかけて毎日繰り返しやる」ということこそ、現代人らしい暮らしをするということであり、社会生活を行う大人であるということをわかりやすく表現する手段でもあるんだろう。
髪の調子が良いことに少し浮かれた後で、職場に出入りしている美しい既婚女性を見たとき、軽い絶望感があった。
独身賃貸暮らし持病持ちの私と違い、稼ぎの良い夫がいて、都内の持ち家に暮らす彼女の髪は、私と同年代にも関わらず、3000円のシャンコンを使ってそれなりにサラサラになった私の髪がみすぼらしく思えてくるほどに、サラツヤストレートの美しいロングヘアなのだった。
どんなに元々の髪質が良かろうとも、この年齢で自然にそうは「絶対に」ならない。
若い頃であれば元々のポテンシャルで手入れしていなくても美しいことはよくあるが、30も半ばを過ぎると加齢によるうねりや縮れ、そして白髪は避けられない。
彼女もまた同じはずで、白髪染め、年齢によるうねりと広がりを殺すストパーか縮毛矯正、それらによる傷みをケアする良いシャンプーとトリートメント、ヘアミルクやオイルに加え、ドライヤーやアイロンといった美容家電も高価なものを使ってるんだろう。
よく帽子を被っているので、日頃のUVケアも入念なのが窺われる。
シャンプーもセットで3000円どころかシャンプーだけで五千円くらいするやつを使ってるのかもしれない。
つまりは、そういう金の使い方ができる、ゆとりのある生活レベルであるからこその、優雅な美しさなのだ。
人間らしいと言うにはギリギリの暮らしをしている私には、大奮発して買った3000円(が半額で1500円)のシャンコンと17年前から使ってるナノでもイーでもない熱風しか出ないドライヤーでなんとかマイナスをゼロにするのが精一杯だが、もっと経済的な余裕のある人々は、使う物、消費する物の品質の良さによって、余裕とか、豊かさとか、美しさとか洗練だとかを手に入れ、見せびらかすことができるのだ。
髪に限らず、化粧品も私が使っているドラコスの安いやつじゃなくデパコスなんだろう。
どんなに「安いのにデパコス級〜」とバズった商品であっても、ガチのデパコスと比べると品質は明確に劣る。
庶民の下の方でも「清潔感」「社会性」まではドラストやユニクロといった普段の生活レベルの中でたどり着けるが、それ以上のものは、それ以上の生活レベルにならなくては手に入らない贅沢品なのだ。
まあでも、貧乏人であっても衛生に気を使い、人間らしい生活をするというのは、実際そんなに悪い事でもない。
私は髪以前に歯がボロボロで、それがひどいコンプレックスでもあったのだけれど、歯医者に行って虫歯を治した後、「保険診療でいくらにもならない虫歯でも医者は丁寧に治してくれるんだもんな……」という感謝の念が湧いてきて、せっかく治してもらった歯を粗末にはするまいと、熱心に歯磨きをするようになった。
自分のために自分を大事にしようとは思えなかったし、今でも思えないのだけれども、定期的に髪を切ってくれている美容師なり、歯医者なり、同僚なり、私の調子が良くなったり、歯や髪や、メンタルの健康や衛生を維持していると、わずかなりと「いい感じになった」と喜んでくれる人はいるのである。
必ずしも肉親や友人、恋人でなくともよいのだ。
豊かさを見せびらかすための壁を超える必要はないが、衛生状態を保つということは自分を大切にするということで、その変化はきっとQOLを少し上げてくれる。
いい美容師に当たってて草
それなのに髪がダサい。
普段は鏡でダサい髪見せられて「どうですか?」って聞かれても、苦笑いしながら「いい感じです」なんて言ってた。
でも今日はセットしてもらったにも関わらずダサい髪を指差しながら美容師に「この写真と全然違うんですけど、なんでですかね」って言ったんだよ。
「モデルと同じ髪にするには長さが足りない。頭頂部もサイドも前髪も全て短すぎるから完全に同じにはできない」
「このモデルの髪型はそもそもセットしなくていい髪型ではない。ちゃんとセットしてる。セットしていない状態では髪も目も全て隠れるくらいの長さがある」
「あなたが最初に言った『セットしなくても良くて、前髪が目に被らない感じで、この髪型で』は破綻した要望」
だって。
「このモデルさんはおそらくバームを使ってセットしてる」って言われたから、「じゃあなんでバームじゃなくてワックスでセットしたんですか?」って聞いたら「だから!バームでセットするには長さが足りないんです!今バームでセットしたら髪洗ってないオイリーな人みたいになるの!」って怒られたわ。
「じゃあどうすればいいんですか!」って聞いたら「次回からは頭頂部や前髪やサイドを梳かず切らず、ツーブロックもしないで、もみあげ、襟足、後頭部の伸び過ぎた部分だけ切る。それでしばらく我慢」って言われた。
「切る部分少なかったらその分料金安くなりますか?」って聞いたら「ならねえよ笑」って言われた。
ムカついたけど、美容師から「初回の安いクーポンで毎回違う店行って、その度に『さっぱりした髪型でお願いします』『セットしなくて良い髪型でお願いします』なんてやってたらこのままっすよ」って言われたから、同じ美容室で同じ美容師指名して来月の予約して帰ってきた。
最近だと
ふくよかな方で首詰まっててハチ張りさん、癖強、毛量爆盛、広がる→タッセルボブにしたい。
ダメージすごいのにブリーチしたい、縮毛矯正したい、デジパしたい。
そうしたい、なりたい背景があるのは分かるけどなんでもやってたら疲弊する。
清潔感について初めて意識したのは、はっきりしたイベントがあったわけじゃなくて、「なんか俺って、集合写真で一人だけ“汚い側”に分類されてないか?」と、じわじわ気づいていった感じだった。学生の頃の写真を見返すと、笑えるくらい一貫している。髪は伸びっぱなし、Tシャツは首が伸びてヨレヨレ、肌はテカりとニキビと青ヒゲ。別に全身が不潔というほどではないけど、「清潔感あります」と胸を張れる要素が一つもない、みたいな中途半端さ。
最初に殴られたのは、会社の健康診断のときだった。視力検査だの採血だのを終えて、最後に医者と一対一で結果を話す。そこで、内臓とかより前に「生活の乱れが、見た目にはっきり出てますね」と軽く言われた。髪と肌と体重のことだったらしい。具体的に説教されたわけじゃないけど、「あ、これは同僚にもそう見えてるんだろうな」と思ったら、帰り道ずっと気分が悪かった。
とはいえ、その一言で即座に人が変わるわけもない。僕は相変わらず、朝ギリギリに起きて、寝癖のついた頭のまま会社に行き、前日脱いだシャツをそのまま着ていた。たまに「さすがにマズいか」と思って鏡を見るが、そこでやることといえば、水で前髪を押さえるくらい。根本的な改善は何もしていなかった。
本格的に「これはまずい」と思ったのは、たぶん夏だったと思う。満員電車の中で、自分の汗とシャツの生乾きの匂いと、何かよく分からない脂っぽい匂いが混じった「自分のにおい」を、はっきり自覚してしまったときがある。汗っかきな自覚はあったけど、「男なんてこんなもんだろ」と思っていた。けれど、その日は隣の人がさりげなく一歩だけ距離を取ったのがわかった。あれは完全に、僕からの逃避行動だった。
そこからの変化は、「よし今日から清潔感を上げるぞ!」みたいな立派なものではなく、「とりあえずこの不快さだけ何とかしたい」という、その場しのぎの延長だった。制汗スプレーを買い、帰宅後すぐシャワーを浴びるようになった。夏場に限っては、これだけでもだいぶマシになった。清潔感とは呼べないけど、「自分で自分を無理だと思う瞬間」が少し減った。
髪に関しても似たような経緯だ。元々は千円カット派で、「短くしてください」「はい」終了、という感じだった。それを変えたのは、仕事で外部の人と会う機会が増えたことだったと思う。ある日、取引先に行ったとき、相手の若手営業がやたらと「ちゃんとして」見えた。顔の造形が特別いいわけでもないのに、髪型とスーツと靴が全部ちゃんと整っていて、「同じくらいの年齢なのに、こっちは学生バイトみたいだな」と妙に落ち込んだ。
その帰り道、勢いで駅ビルの普通の美容室に入った。雑誌を見せて「これにしてください」とかじゃなくて、「どうしたら普通になりますか」とほとんど泣きつきに近い相談をした。美容師さんは笑いながら、「前髪が目にかかってるのと、襟足がモサッとしてるのが“疲れて見える”原因ですね」と、具体的に教えてくれた。それ以来、「前髪が目にかかったら切る」「後ろがもたついてきたら予約する」という、最低限のラインだけは守るようになった。毎月きっちり、なんて立派なものではなくて、忙しければ二ヶ月くらい空くこともあるが、「自分の髪型を放置し続けない」という感覚は、そのときようやく身についた。
肌とヒゲに関しては、もっとズボラだ。最初は安い洗顔フォームでゴシゴシやって満足していたし、化粧水なんて「女の人のやつでしょ」と思っていた。決定的だったのは、会社のトイレの鏡で、自分の鼻周りがテカっていて、青ヒゲがまだらに残っているのを、ふと真正面から見てしまった瞬間だった。別に誰かに指摘されたわけじゃない。ただ、自分で見て「これはちょっと無理だ」となった。
そこからも別に、一気にフルスキンケアに移行したわけではない。最初は、剃刀負けしにくい電気シェーバーを買い替えた程度だ。それだけでも、「昼過ぎになると顎のあたりがザラザラしてくる」という現象が多少マシになった。しばらくして、「洗顔したあとに何も塗らないと突っ張る」という不快感に耐えられなくなって、ドラッグストアで店員さんに「男向けで、一番楽なやつください」と聞き、オールインワンのジェルを一本だけ買った。それを、毎日ちゃんと塗るというより、「風呂上がりに目についたら塗る」くらいの緩い頻度で続けていたら、ある日「あれ、前ほどテカってないかも」と気づいた。努力というより、面倒くさがりなりの「最低限の手入れ」が、時間をかけて効いてきた感じだ。
歯と口臭は、清潔感というよりは健康目的から入った。虫歯っぽい違和感が出て、仕方なく歯医者に行ったら、石みたいな歯石をごっそり取られて、その夜に口の中がやけにスッキリしていることに驚いた。それからは、定期検診のハガキが来たらとりあえず予約する、ということだけ守るようになった。ホワイトニングまではしていない。ただ、茶渋が減った状態を一度経験すると、「コーヒー飲んだら水くらい飲むか」「寝る前にフロスくらいするか」と、少しだけ行動が変わる。これも「意識高いケア」というよりは、「数秒で済むし、後が楽だからやるか」という怠惰由来の習慣だ。
服装は、一番時間がかかった。いきなりクローゼットを総入れ替えしたりはしなかったし、今もファッション誌を読んでいるわけではない。ただ、洗濯機から出したときに「これはもうヨレ過ぎてるな」と自覚した服を、何となくハンガーにかけずにそのまま処分袋に入れる、ということを繰り返していたら、数年単位で「明らかに古くてみすぼらしい服」が減っていった。買い足すときは、店員さんに「こういう服(今着てるやつ)と同じような感じで、もうちょっときれいに見えるやつありますか」と正直に聞くようにした。恥はかいたが、そのおかげでサイズの合ったパンツと、変なロゴの入っていないシャツが少しずつ増えた。
匂いの対策は、正直いまでも完璧とは言えない。汗のかきやすい季節は、朝シャワーを浴びるようになったし、ワキと足にはスプレーを使うようになった。冬場はサボってしまう日もある。それでも、「一週間に一度も風呂に入らない」みたいな時期が昔は本当にあったことを考えると、人間としてはかなり進歩したと思う。
こうして書くと、なにか計画的に一個一個の要素を攻略していったように見えるかもしれないが、実際は「何かのきっかけで一部分だけちょっとマシにする→それに慣れる→別の部分の粗が目立つ→しょうがないからそこも少し直す」を数年単位で繰り返していただけだ。毎月の目標なんて立てていないし、「この半年で激変!」みたいな劇的な瞬間もなかった。気づいたら、「昔の自分の写真を見ると『うわ』となるけど、今の自分はギリ見られる」くらいにはなっていた、という感じだ。
清潔感というのは、そういう「ちょっとだけマシにする」を何度もやった累積ポイントみたいなものなんだと思う。ちゃんとした人から見れば、今でも僕の清潔感は中の下かもしれない。でも、過去の自分と比べれば、だいぶマシだし、その差分が日常生活のストレスをかなり減らしてくれた。初対面の場で「まず見た目でマイナススタート」という感覚が薄れて、人と話すときに余計な自己嫌悪を抱えなくて済むようになった。
だから、本当にリアルなことを言うと、「毎月ひとつ取り組め」とか「この順番でやれ」という話ではなくて、「いま一番、自分で見てもキツい部分を、今よりほんの少しだけマシにする」「それを何回か繰り返す」というだけだと思う。僕はたまたま、髪だったり匂いだったり歯医者だったり、きっかけがバラバラに訪れただけで、どこから始めてもいい。
清潔感を手に入れたというより、「清潔感ゼロの状態から、徐々にマイナスを削っていったら、気づいたらプラス寄りに来ていた」というのが、実感に近い。立派なビフォーアフター写真はないけれど、昔の自分を知っている人から「最近、ちゃんとしてるよね」と言われたときにだけ、「ああ、あのとき健康診断で医者にチクッと言われたのも、満員電車で一歩離れられたのも、意味はあったんだな」と思う。
俺は32歳。つい数年前まで、典型的な「空気みたいな存在の陰キャ」だった。モテるなんて論外。女性からは「無害な人」という一番惨めな評価を受けていた。
でも、ある日、親友の結婚式で、昔は俺と同じくらいのダサさだった男が美人な奥さんを連れてきたのを見て、スイッチが入った。「モテは才能じゃない。スキルだ。俺はまだ、それを学んでいないだけだ」と。
そこから、俺は「モテの攻略」を人生の最重要プロジェクトとして、本気で取り組んだ。努力の結晶として、特に効果があった具体的な5つの行動と、それにかけた費用を赤裸々に公開する。
以前は全身ユニクロかGUで「無個性」の極み。 まずやったのは、「パーソナルカラー診断」と「骨格診断」だ(診断料:約2万円)。 これにより自分に似合う色と形をデータで知った。 結果、着る服の方向性が決まり、無駄な買い物が消滅。
それまで「安い、早い」が正義だったが、1回1万円の美容院に通い始めた。 担当の美容師に「モテる髪型で」とオーダーし、トリートメントも欠かさない。 髪は、顔の「額縁」だ。 ここを整えたら、それまで50点だった顔が70点くらいに見えるようになった。 モテへの最短ルートは、まず髪と眉毛だ。
非モテの時の俺の会話は、「○○って知ってますか?」という知識のひけらかし。 女性からしたら面倒な自慢だ。 モテる男の会話術を研究し、相手に「感情を表現させる」ことを最優先にした。
「それ、聞いてるこっちも悔しくなりますね!」
「わかります。その時の喜び、爆発しそうじゃないですか?」 相手の感情を拾って、自分の感情で増幅させて返す。これで会話は回る。
これは本当に盲点だった。 いくら服が良くても、笑った時に歯が黄ばんでいたり、鼻毛が出ていたりしたら、全てが台無しになる。
歯:毎日電動歯ブラシ。 定期的に歯科クリーニング(保険適用外のホワイトニングまで手を出した)。
鼻毛:バリカンを週に1回、風呂場でルーティン化。 これはモテのためというより、他人への敬意だと認識した。
一番の難関だった。モテるスキルを上げるには、実践練習が必要だ。 意識的に気になる女性をデートに誘い、ダメ元で告白した。 結果、当然のように振られまくった。 しかし、振られる度に「今回の敗因は?」「次はどう改善するか?」を分析し、「失敗を恐れる恐怖心」が消えていった。
今、「どうせ無理」と諦めている奴がいたら、声を大にして言いたい。
前髪メッシュ、インナーブリーチ、全頭ダブルカラーまで実に様々な子が割と普通にその辺歩いているけど理由は簡単、親族か知人に美容師がいる可能性が矢鱈と高いから。大体は母親か、そのご友人あたりであることが多い。
そもそも彼ら彼女らの保護者からしてハイトーンやビビッドカラーの髪をしている人が結構いる。子どもたちからそれとなく聞かされるところによれば、職業柄その辺りの融通が利く仕事をされている方々が多いのもやはり土地柄なのだろうか。
そもそも現代の子どもたちは派手な髪色の人間を怖がらないどころか寧ろ憧れ、好む。黒などの地毛暗髪でいる方が逆に「なんで染めないの!?」と謎にキレられるので厄介なくらいだ。
大人からすれば「そんなご家庭は〜…」「教育に良くない〜…」等と思う人もいるかもしれない。しかしたかが頭髪とかいう死んだ細胞の色一個で、その辺りの判断をする時代では最早なくなりつつあることを私は伝えたい。まあそれはそれとして、ブリーチ狂いの派手髪中毒者の一意見的に申し上げるなら、子どもは頭皮も髪もかなり繊細なので実際やるか否かは慎重に考える必要があるとは思うのだが。