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「時は来た」と高市首相、憲法をどう変えたいのか 持論は「国防軍」
――戦後日本の社会と人々の暮らしを支えてきた憲法は、地に足のついたものになっているでしょうか。
憲法が示している戦後日本の基本原則は揺らいでいないと思います。平和主義や国民主権、人権の尊重を捨て去りたいという人はごく一部でしょう。ただ、気になる点もあります。憲法学者として人権や差別解消の問題に長く取り組むなかで、昨年出した『幸福の憲法学』ではこう指摘しました。
「本来は『人権』という言葉を使うべき場面で、それを避ける例もある」「『人権』という言葉は避けられている」と。
――80年近くを経て、憲法の価値観が空洞化しているということでしょうか。昨夏の参院選では外国人政策が急に争点化し、排外的な政策を掲げる政党や政治家が広く支持を集めました。
社会経済の先行き不安や怒りが広く存在するとき、人はその原因を何かに「帰属」させようとします。何が不安や怒りの原因かは目に見えるほど明確ではないので、その帰属先はしばしば操作されます。哲学者のスローターダイクは、中世のカトリック教会や共産主義が、人々の怒りの矛先を操作して自分たちのエネルギーにしたことを論じています。怒りや不安を人の属性に帰属させれば、差別の出発点となります。
例えば、外国人に見える観光客のマナーが悪かった時、その人の問題とするべきですが、外国人差別を煽(あお)る人は「外国人観光客全員」あるいは「在留外国人も含む外国人全員」の問題とする操作をします。
――メディアも、目に見える誰かのせいにして差別に加担しないようにしたいです。
差別を防ぐには、不安や怒りを安易に誰かのせいにしないという意味での「自己拘束」が必要です。メディアが、因果の流れを丁寧に説明する必要があるでしょう。例えば、原油高に伴う物価高のメカニズムを報じることは、日常のイライラを「外国人」に向けず、適切な対策を打たない政府や、戦争を続けるロシアやイスラエルの問題を意識させることにつながります。
――不安や怒りのはけ口を探して、誰かを標的にする。そうして自分の感情を操作された結果、差別に加担するのは嫌です。
憲法の掲げる人権や差別解消の理念は、憲法学が最前線で扱うテーマの一つ。最近の研究では、プライバシー権をめぐる議論も差別の問題とつなげながら掘り下げて考えています。
プライバシー権は、個人の尊重と幸福追求権を定めた憲法13条にもとづき、発展してきました。
プライバシー権は「一人で放っておいてもらう権利」に由来します。この権利は、他者に自分を標的として認識されない状態を守る権利とでも言いましょうか。あの人は、一人暮らしの女性だ、老人だ、と認識されると、犯罪に巻き込まれるリスクが高まり、緊張します。そう認識されないことで安心する。その安心感を守ろうというのが出発点です。
その後プライバシー権は、人に知られたくない個人情報を知られずに、隠したいことを隠すための権利として発展しました。さらに、性的指向や被差別部落の出身であることなど、被差別情報を隠す権利としてもプライバシー権が使われるようになってきました。
――混乱とは?
個人情報のなかには、裸や家の中など、①認知されるだけで苦痛な情報と、認知されることよりも、②それを使った違法行為や差別が心配な情報があります。
プライバシーとは、もともと①を隠すことだったわけですが、最近では、②もプライバシーにすることで違法行為や差別を防ごうという議論になってきています。
しかし、違法行為や差別に使われる情報のなかには、公開されているものもあります。例えば、大学や新聞社の電話番号は公開されていますが、「いたずら電話をしよう」という呼びかけとともにSNSに投稿されたら迷惑です。また、性別や肌の色は、隠されたプライバシー情報とは言えませんが、それを差別のために使われてはたまりません。
これらの問題は、プライバシーとは別の権利、つまり、違法行為を誘発する形で公表されない権利や、差別に使われない権利で対応した方が明快です。ところが、最近のプライバシー権の議論は、これらの問題も隠したい情報を隠す権利の応用で対処できるとして、プライバシー権の射程を広げて対応しようとします。
――プライバシー権とは別に「差別されない権利」があるということですか。
はい。隠したいものを隠すプライバシーという概念で対応しようとすると、性別や肌の色、出身地といった公開情報での差別は防げません。
「差別されない権利」なら、公開情報だろうが、非公開情報だろうが、それを不当に利用してはならないと議論できます。プライバシー権は、個人情報を「認知させない」権利だとすれば、差別されない権利は個人情報を不当に「使用させない」権利です。
肌の色や話す言葉など、公にされた情報で外国人かどうかを推測できることがあります。ここから、「外国人お断り」のような差別が生まれます。
「外国人お断り」をする人からすれば、公開情報を使っているだけだから、プライバシー権を侵害していないと思うでしょう。しかし、外国人だという個人情報を差別に使うことは、差別されない権利の侵害と捉えるべきです。
他にも、LGBTQの性的指向や性自認などを本人の許しを得ずに暴露する行為を「アウティング」と呼びます。こうした行為はプライバシー侵害だと言われてきました。ですが本来、性的指向や性自認は「隠したい恥ずかしい情報」ではなく、当人のアイデンティティーの根幹となる情報です。アウティングが問題なのは、恥ずかしい思いをさせたからではなく、差別をするかもしれない人に情報を開示して、差別を誘発する危険を作ったからだと考えるべきです。
プライバシー権のおかげで、私たちは他の人の個人情報を認知するときに慎重になれました。ただこれだけでは足りない。プライバシー権と「差別されない権利」を区別すれば、既に認知した情報でも、「この場面でこう使っていいのかな?」と使用の場面で慎重になれます。権利を知ることで、差別を防ぐ「自己拘束」ができるわけです。
――個人情報の差別的な使用とそうでない使用は、どう違うのですか?
個人の選択の結果を、国籍や性別に帰属させると差別になります。例えば、犯罪をするかどうかは個人の選択ですが、それを国籍や出身地のせいにするのは差別だと言わざるを得ません。
雇用の場面でも、「この人は女性だから辞職する可能性が高い」とか「外国人だからこういう行動をとるはずだ」と判断するのも、性別や国籍の情報の差別的な使用の例でしょう。不安やイライラを「外国人」のせいにしがちなトレンドを止めるには、「差別されない権利」の考え方を根づかせることが重要です。
■憲法に書き込む影響力
――そうしたトレンドの一つと言えるのかもしれませんが、高市早苗首相は4月12日の自民党大会で「時は来た」と述べ、改憲に意欲を示しました。
国会の憲法審査会などの議論は始まったばかりで、高市首相が目指す改正案はまだ示されていません。
自民党のものとしては、安倍晋三政権下の2017年に示した「改憲4項目」がありますが、いまなぜ改正が必要かという根本的な理由づけが希薄でした。参議院の合区解消には実務的な必要性があるかもしれませんが、残りの3項目、自衛隊の明記や緊急事態対応の強化、教育環境の充実については、現行の憲法や法律でも不足はない。仮にあっても、法律の改正で済むような話ばかりです。
日本への武力攻撃があった場合の防衛行政は、現行憲法でも禁じられていません。緊急事態に際し、あらかじめ法律の定めた条件の範囲で政令を出すことも、禁じていません。実際、災害対策基本法には、その例があります。
――自民党の狙いは改憲の実績づくり、いわば「お試し改憲」だとの見方もあります。
もともと自民党の方々は、憲法9条2項を削除して軍を創設すると言ってきました。自衛隊明記案というのは、軍創設案の支持が広がらないため、「現状維持なら実現しそう」と出てきた妥協案なのでしょう。新しい条項ができると、「これまでできなかったことができるようになったのだ」と解釈される危険が生じ、何が起きるか不透明になります。当たり前ですが、現状維持したいなら、現状を維持するのが一番です。
――それでも、少しでもよい改憲なら賛成するという人もいるのではないでしょうか。
憲法は国の最高法規。条文に書いていない要素を書き込むことによる影響を慎重に検討する必要があります。
例えば、明治憲法における都道府県の位置づけはあいまいでしたが、戦後の憲法92~95条に地方自治の原則が書き込まれ、そのことで地方分権が大きく進展しました。もしいま自衛隊を憲法に明記すれば、国家権力を執行する警察や海上保安庁などのほかの行政組織にはない強固な地位を得て存在感を増すでしょう。それでよいのかどうか。
――日本を取り巻く国際情勢は厳しさを増しています。災害救助だけでなく有事の切り札として自衛隊に期待する世論は高まっているように思います。
災害救助や国際貢献の面で自衛隊の活動を評価する世論のトレンドは理解しますが、慎重な分析が必要です。
憲法9条は、日中戦争や太平洋戦争の反省の下で外国の領土を侵略するような武力行使を制限する「自己拘束」です。
憲法制定から80年近くが経ついま、国際情勢が悪化していても、湾岸戦争やイラク戦争、ロシアのウクライナ侵攻、米国やイスラエルのイラン攻撃などの戦地に自衛隊を派遣すべきだという世論が国内で盛り上がる気配はありません。国連の平和維持活動(PKO)で自衛隊を戦闘地域外に派遣する道はありますが、世論も、武力行使には非常に厳しい態度をとり続けています。
9条改憲を長年目指してきた自民党の保守派でさえ、戦力の不保持をうたう9条2項の削除などではなく自衛隊の明記を目指す妥協策を打ち出すようになったことは、同項の平和主義の精神が改憲派にまで浸透したことを意味しており、「護憲派の勝利」とさえ言えるのかもしれません。
――心配性かもしれませんが、そうした日本の世論も台湾有事などの危機に直面すれば、大きく転換しうるのでは。
もし中国が台湾に武力侵攻した場合、在日米軍基地や自衛隊の基地も攻撃対象になるでしょう。必然的に、日本への武力攻撃事態となり、個別的自衛権の発動場面となります。台湾有事は、海外での集団的自衛権の行使とは違う事態だと考えるべきです。
――もう一つ気になるのは、自民党の日本国憲法改正草案(12年)や「創憲」を掲げる参政党の新日本憲法(構想案)(25年)のような全面改憲の可能性です。
憲法の基本原則、すなわち国民主権と平和主義、基本的人権の尊重を廃棄するような全面改憲ができるとは思えません。ただ、逆説的ですが、そうした憲法の価値観がしっかり浸透しているからこそかえって警戒心が薄れ、「自己拘束」の歯止めが利かなくなっていることが問題だと見ています。
――どういうことでしょう。
高市首相は4月21日、防衛装備移転三原則の改定を閣議決定し、武器輸出を全面解禁しました。これは、安倍政権による集団的自衛権の解釈変更(14年)や、岸田文雄政権が22年改定の安全保障関連3文書に盛り込んだ敵基地攻撃能力の保有、防衛費の国内総生産(GDP)比1%枠超え(23年度予算)などに続く出来事です。
憲法9条に、「武器を輸出してはいけない」とか、「防衛費はGDP比何%まで」と具体的に書いてあるわけではありません。しかし、9条からは、日本が紛争を煽らないようにする「自己拘束」の原理や原則を生み出し続けるべきだという規範が導かれると考えられてきました。武器輸出の禁止などは、そこから生まれたルールです。こうしたルールを守ってきたことが、政府や自衛隊の信頼を作ってきました。
こうした信頼の蓄積は、「このルールをなくしても、めったなことはしないだろう」という方向にもつながります。ただ、信頼を食いつぶしていけば、いつかは破綻(はたん)します。だからこそ、憲法9条の下で作られたルールは安易には手を付けない方がいいし、新しい状況に対応するために変える必要が生じたとしても、別の「自己拘束」のルールを作ることとセットで変えるべきです。現状の敵基地攻撃能力や武器輸出の解禁は、ただルールをなくしただけで、新しい「自己拘束」のルールや原則が示されていません。
――敗戦直後の日本が軍国主義の復活を警戒したのは分かります。でも冷戦が終わり、米中ロなど大国の横暴が目立つ21世紀の日本にとっても「自己拘束」は必要でしょうか。
イスラエルのネタニヤフ政権を見れば分かりますが、権力者にとって、対外武力行使は権力を維持する魅力的な手段です。どんな状況でも「自己拘束」が不要ということはないでしょう。
――防衛費のGDP比2%は、25年度補正予算で達成されました。高市政権は安保3文書改定にも乗り出しています。
憲法に具体的な数字が書き込まれておらず、準備すべき防衛装備に幅があるからといって何でもやっていいわけではない。
少なくとも、GDP比率に代わる新しい財政規律のルールを考えておくべきでしょう。武器輸出についても、内閣の裁量で変えられる政令から格上げして法律化し、対象国や対象品目を国会で決めるルールに変えるなどの対応は考えるべきでした。
また、近年の防衛政策は「経済安全保障」「デュアルユース(軍民両用)」といったキーワードに見られるように、防衛省・自衛隊だけでなく、企業活動や学術活動、SNSの通信など、様々な生活領域を防衛政策に巻き込んでいく特徴があります。ここでは、営業の自由や学問の自由、刑事訴訟における適正な手続きがおろそかにされる危険があります。実際、大川原工業の経済安
以下は、日本の内閣総理大臣(首相)経験者のうち、暗殺(または襲撃により死亡)された人物の一覧です。歴代首相経験者(約64人程度)のうち、7人が該当します。
暗殺された首相経験者(時系列順)伊藤博文(初代・第5・7・10代首相、1841-1909) 1909年(明治42年)10月26日、中国・ハルビン駅で韓国独立運動家・安重根により銃撃され死亡(当時は枢密院議長)。
原敬(第19代首相、1856-1921) 1921年(大正10年)11月4日、東京駅で青年・中岡艮一により短刀で刺殺(現職首相)。
浜口雄幸(第27代首相、1870-1931) 1930年(昭和5年)11月14日、東京駅で右翼活動家により銃撃され負傷。療養中に容態が悪化し、1931年8月に死亡。
ロンドン海軍軍縮条約関連の反発が背景(現職首相時の襲撃)。
犬養毅(第29代首相、1855-1932) 1932年(昭和7年)5月15日、「五・一五事件」で海軍青年将校らにより首相官邸で射殺(現職首相)。
高橋是清(第20代首相、1854-1936) 1936年(昭和11年)2月26日、「二・二六事件」で陸軍青年将校により自宅で殺害(元首相・当時蔵相)。
斎藤実(第30代首相、1858-1936) 1936年(昭和11年)2月26日、同「二・二六事件」で殺害(元首相・当時内大臣)。
安倍晋三(第90・96-98代首相、1954-2022) 2022年(令和4年)7月8日、奈良市内で街頭演説中に元海上自衛隊員により銃撃され死亡(元首相)。
補足
現職首相として直接暗殺されたのは、原敬・犬養毅の2人(浜口雄幸は負傷後の死亡のため含む場合あり)。
これらの事件は、大正デモクラシー期や昭和初期の政治的不安定(軍部・右翼の台頭)を象徴するものが多く、日本政治史に大きな影響を与えました。
戦後では安倍晋三元首相が初のケースで、それ以前の要人襲撃(例: 岸信介首相の負傷など)は死亡に至らないものがほとんどです。
それはちと違う。
b:id:f_d_trashbox「元老がいたほうが良かったというのは、民主主義よりも寡頭共和制のほうが優れているということなのかね?」
にしかならん。ちゃんと小見出しに「大日本帝国憲法の問題点」とつけてくれてるのを見落としちゃいかんだろ。
という認識(ごく普通の歴史解釈)で記述されてるのは一目瞭然。
なので、後の方の「今日への教訓」で
と微妙に奥歯に物が挟まった言い方してるのはご愛敬という感じだが、そこを正直に書くと
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kantei.go.jp/jp/content/20251010shokan.pdf
を見ても右や左の旦那様はそこを誤魔化した事にはほぼ言及してないようなので、ゲル様の作戦勝ちというか無難にまとめたと評すべきだろう。
https://anond.hatelabo.jp/20210822212233
改めて違和感覚えるほど、またより適する表現が求められるほど、家父長制という言葉がこんにち現役で使われてるかは疑問だが。
そういえば「それっぽいもの」はたくさんあって、普段はなんとなくそれらを一緒くたにしがち。
ざっと数え上げてみたらそんな感じかと思うが正確性は保証の限りではない。
うっかり家父長制って言いながら家制度の話してたこととか、自分もあるかもしれない。
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ところでいまWikipediaを見て明治憲法下の家制度の記述が面白かった。
家制度とは封建社会と近代国家を橋渡しするための暫定措置だったというのだ。
前近代における「家」は、あたかも莫大な権利義務を有する法人のようなものであった。家長個人は権利義務の主体ではなく、家の代表者として強大な権利を行使するかわりに、家産・家業・祭祀を維持する重い責務を負う存在にすぎなかった。ところが明治維新によって職業選択の自由が確保されると、このような生活モデルは崩壊する。諸外国の例を見ても、家族制度が徐々に崩壊して個人主義へ至ることが歴史の必然と思われたが、かといって未だ慣習として根付いている以上、法律をもって強引に無くすことも憚られた。そこで、近い将来の改正を前提とし、所有権と平仄を整え、戸主権の主体を家ではなく戸主個人としたうえで家産を否定し、戸主の権限を従前よりも大幅に縮小する過渡的な暫定規定を置くこととしたのである
踏み絵の禁止は、憲法上、信教の自由(20条)ではなく思想良心の自由(19条)の問題です。ちなみに、内心の自由は絶対的な自由と解されています。
思想・良心の自由が不可侵であることの第二の意味は、国民がいかなる思想を抱いているかについて国家権力が露顕(disclosure)を強制することは許されないこと、すなわち、思想についての沈黙の自由が保証されることである。国家権力は、個人が内心において抱いている思想について、直接または間接に、訊ねることも許されないのである。したがって、たとえば、江戸時代のキリスト教徒の弾圧の際に行われた「踏絵」、あるいは、天皇制の支持・不支持について強制的に行われるアンケート調査など、個人の内心を推知しようとすることは、認められない。
本条(引用者注:憲法19条)が,外界の行動や表現に現れない内心の自由を保障しているにとどまるのであれば,それは,本来,法の及びえない領域であって,サブリミナル(閾下)広告によって人々の行動を操作しようとするような例外的な状況を除くと,本条の保障する自由への侵害が直接に問題となる場面は,それほど多くはないとも考えられる。
本条への違反が独立に問題となりうる場面としては,①思想や信条の告白を強制する場合と,②特定の思想や信条を有することを理由に不利益を課す場合とが考えられる。
ちなみに、芦部142頁によれば思想・良心の自由の保障をあえて明文で規定するのは比較法的に珍しいようです。長谷部194頁によれば歴史的には宗教改革により対立する宗派の共存の必要から信教の自由が近代立憲主義が保障する権利の中核的地位を占めたのだそうですが、わが国では、明治憲法下において、治安維持法の運用に見られるように、特定の思想を反国家的なものとして弾圧するという、内心の自由そのものが侵害される事例が少なくなかった
(芦部143頁)ことから、思想・良心の自由を特に明文で保障する必要が意識されたのでしょう。
君は間違ってない。すごくえらいよ。
がんばれ!!
こうして萎縮した社会の空気が作られていく。「なんとなくヤバい」のは僕らではなくて、
この空気が生まれたのは大体60〜40くらいのおじいさんおばあさんの世代なのかな。こういう空気のおかげで最高権力者の国民が何も文句を言わなくなり、政治はどんどん腐敗して今に至っている。
どんなにサボって会社のお金を変なことに使っても、上司がおとなしくておかしいことにおかしいって文句を言う奴が特異だからって文句を言わなくなったんだから部下の政治家が好きなことするのは当然だよね。
日本国民は明治憲法のとき、神に等しい天皇にお使えする臣民という位置付けだった。全体主義って言うんだけどね。偉いのは天皇で、天皇のためお国のために滅私奉公を尊んでいたんだ
気軽に政治について話し、社会活動をし、政治批判をし、活動をし、自分たちで変えていく、社会の責任が全部国民にあるということを日本人はあんまりわかっていないんだよ。君を笑う人たちは正しくないし、教育がおかしいんだ。元々義務教育って国民の教養と生活水準のためじゃなくて、強い兵士を作るための軍事策だからね。字が読めて計算できて戦略を立てて連絡できることと国のために死ねることを大切にしたんだ。作った人はよい政治よい社会を作る授業は組み込まなかったんだ。
君は正しいよ。
自民党総裁選候補に絡んでネトウヨ的なものがTwitterでよく目に入るようになっている。
"夫婦別姓は、本当に、絶対ダメなんです!メチャメチャ丁寧に説明しますので!~夫婦別姓の恐るべき社会~" と題された竹田氏の動画、もう吐き気を催すほどに話し方も内容もひどいのだが、がんばってだいたい見てみたので、感想がてら考えたことをメモしておく。
https://www.youtube.com/watch?v=4RwRZpYyCas
「絶対ダメなんです!メチャメチャ丁寧に説明しますので!」と言ってるわりには、特にダメな理由など理由立てて話していないし、家制度と戸籍の関係や、明治憲法下の家制度と現在の夫婦の姓の問題の関係など、に触れもせず整理もせず「日本の伝統」でごり押ししているので、聞くに値しなかった。「選択的夫婦別姓は通称の拡大でなぜだめなのか」という問いについては「通称の拡大はなぜ選択的夫婦別姓でだめなのか」と対称に返されて終わりである。それに「日本の伝統」でごり押しでは議論にならない。もちろん、日本の家系が重要な文化であることは論を俟たない。特に地方の名士については、是非とも残し、引き継いでいくべきだと考えるし、そういった家の歴史の記録を国家が戸籍制度をうまく使うことで支援できるのならばよいことだと思っている。
しかし、(偽家系図が流行するなど家系というものに価値が置かれた)江戸以前から続くそれと、夫婦別姓の話は別であるということは、法務省のサイトでも、
Q5 夫婦が必ず同じ氏を名乗ることになったのは,いつからですか。
と掲載されている通りである。そんなに家の歴史が大事ならば、家の歴史を残す支援をすべきであって、明治以降に作られた国家管理の便宜的な仕組みである夫婦同姓を過剰に重要視し、個々人の尊厳の喪失と手間の増加を強いるべきではない。
一方で、個人的には「姓」というものにそこまでこだわるのもあまり共感できないので、
Q4 なぜ,選択的夫婦別氏制度の導入を希望する人がいるのですか。
…(1)代々受け継がれてきた氏を大切にしたいという感情を持つ人が増えていることから,一人っ子同士の結婚のような場合に,氏を変えることが事実上結婚の障害と…
みたいなのも、わかるようなわからないような。たまたま、元カノが2人くらい連続して(苗字のサーチサイトの言うことなのでそんなにアテにはならないが)全国で10軒以下で苗字を維持するのが条件ということだったので、母に「俺苗字を妻のものにするかも」と言ってみたら「長男なのに!」とえらく憤慨され、「は?」と思ったり、弟も最近似たような状況がありやたら(父より)母に反対され、まあ「自分が捨てたものを他人が捨てずに済むのが許せない」に近い感情であることは見て取れるのだが、どちらにするにせよ、この、元カノにしろ母にしろ、女性側がこだわるというのは、最近よく見る、よく体感する状況で、「問題にぶち当たる側がより強い感情を持つパターン」なのだと思う(これに名前ありますか?)。「日本人」のアイデンティティを日本からの移民の方が強く持っていたり、「科学とは何か」ということについて科学の実践者であるということが自他ともに自明視されている理系より境界領域や文系の人間の方がよく考えていたりするのも、似たようなメカニズムだと思っている。当の竹田氏もjawpによると著作『旧皇族が語る天皇の日本史』などで自身が「旧皇族である」と自称してのちに論争で「私がいつ皇族を自称したのか、その根拠を示してほしいです」と言っていた話が書かれているが、そういう微妙な立場にいるからこそ、家系に感情的なこだわりを持っているのだろう。(←「動機」の推測は議論においてなすべきではないが、これはどういうひとがどういうこだわりを持つかという「動機のメカニズム」について考えることで、自分の「動機の偏り」を明示するための段落である)
つまり、たぶん、男だから、皇族との関係など十分に薄いからというのもあるけど、そもそも「選択的夫婦別氏制度」反対側にも賛成側にも、感情的には「どっちでもええやん…。…まあだからこそ"どっちでもいい"ことを支持する"選択的"夫婦別氏制度を支持するけど」という気分で、私は「選択的夫婦別氏制度」にとりあえず賛成である。
途中、名前を毎日変えられたら犯罪し放題、みたいな関係のない話が差しはさまれているけれど、それは個人の犯罪歴をどのようにトラッキングし社会的に共有するかという問題である。姓の話と全くと言っていいほど関係がない。姓名がユニークIDとして機能しないのだから名前を犯罪のトラッキングに使うことには問題があるし、この苗字は日本人っぽくないとか誤謬をよくやらかしている界隈っぽい考え方である。どんな名前を使っていようが、契約をするときに相手の詐欺に関する犯罪歴が見れるとかは今後社会実装されてほしい。そして、家に迷惑をかけないということが犯罪の抑止力になると思っているのだろうが、そんなものは姓がどうとか関係なく常習的に犯罪に手を染める層ではとうに底が抜けているし、親が犯罪者であるからと不条理な偏見にさらされる人たちを見てマジで最悪な考え方だと思っている。
他に「根無し草」という言葉が出てきて、オルテガの déraciné あたりに由来しているんだと思うんだけど(それを YouTube のコメント欄で竹田氏のオリジナルだと思って称賛しているコメとかあった。そういう層が騙されるんだろう)地域コミュニティを「根」として考えたオルテガのそれと、日本独自の文化だと言っている家制度の「根」を同一視して喪失を問題にしているのは、日本には地域コミュニティなど再興しえないという意図なんだろうかねぇ(そんなに考えてないだろう)
cubed-l 怒られるかどうかでしか判断してないってことでしょ
2021/03/18
そうか?
怒りんぼランキングなら常にフェミニスト・表現規制派の優勝だと思うけど
怒りまくってるのに全然言うこと聞いてもらえてなくない?
unhappychoice_eunhappychoice_e
事実ではなく言う相手で態度を変えることの指摘に、そうです人間だから手のひらくるくるしますよ、
と言われても感 まあそりゃそうなんだろうけど 関係ないがそういう行動の積み重ねは差別とかにつながる気がする
2021/03/18
友好的な取引相手とクレーマーとで対応時ガードの高さを変えるのは不審なことや不当なことなのかな。
Hagalaz 別にこの件に関して問題は感じないけど、表現の自由が好感度で決まると言われるとそれはどうかとは思うな
2021/03/18
いや、彼等は明らかに好感度で出したり引っ込めたりしてますよ。
自由を自分の判断で引っ込めるのは各人の勝手だろうから私も問題は感じませんが。
agricola 二次創作表現の自由を制限するのはウマ娘公式もフェミナチ()も同じなのに
後者には「基準を出せ」前者には成り代わって「皆の衆エロ同人は全部ダメじゃ!」と非公式な基準を触れ回るのが無矛盾ですか(呆
2021/03/18
同じじゃないってことを相当長々説明したんだけどね。
ウマ:ふんわりしたお願い、具体的なアウトが不明ながら18禁レベルのモロなグロやエロがダメなのかなライン、根底は「馬主さんの手前行儀よくせーよ」
表現規制派:基準を示さぬ強い検閲、着衣&何ら性的行為してない宇崎もアウト判定、公的キャラが女の子なだけでもアウト判定、根底はオタク憎悪
今度は読めるかなー まあたぶん上の2行の文量もアグリんの脳には高負荷なんだろけど。
あとフェミナチ()が制限を目論んできたのは二次創作表現の自由ではなく一次の自由の方ではないか?
アグリん相手に複数の論点を提示するのは残虐なブレインファックに値するのかもしれないが気になった。
D_Amon 「「何がエロか」考えられるんですね」とあるように元ツイは「わからないふり」を皮肉っているのに、
増田は信頼関係の話にすり替えて反論している。ありがちな藁人形論法。「わからないふり」した不誠実を自省すべき
2021/03/18
18禁か否かはほとんどのキモオタは判断つくだろーし、つかないと言ったこともないんでねーか?
あんたらオタクヘイターによる無限の検閲欲に基づいた「性的」「環境的セクハラ」の範囲はキモオタでなくともさっぱりわからんけど。
それで「具体的なラインを示してください」って言われるとあんたらは自分達の基準の提示を避ける。難癖だからね。
rna 「線引きできない」が嘘で「お前なんかのために線引きなんてしてやるもんか」が本音じゃんって皮肉では?
あれほど言ってた「表現の自由」どこ行った?って話。それこそ「お気持ち」の話なら権利の話なんてするなと。
2021/03/18
同上。
フェミニストや表現規制派は何故自分達の線を示せないんだろう?
「線も理路も示さずズルズルと人の自由を制限していくことを楽しみたいから」のよーに見えるんだけど
違うってんなら行動で示せるよね?
あと「表現の自由どこ行った?」みたいな間抜けな泣き言はやっぱり非モテミソ男っぽいんですよね。
たとえば女性には気に入らない男を撥ね付ける地涌があるけど、それは気に入った男にOK出す自由を否定するものではないわけです。
自分を振った女が別の男には振る自由を行使しなかった、なんでなんでなんで~~~って泣き喚いてる感じ。
お前が好かれてないだけだよ。何度も言わせんな恥ずかしい。
kralica 「できないからやらない」と言っていたことが実際はできたという点に皮肉を言われていることに
最初から「お前の言うことに従う筋合いない」と主張すればよかった話。
2021/03/18
同上。
そういう次元での出来る出来ないの話なら、「フェミニストの靴を舐めて自殺しろ」という要求に従うことも出来たよね。
「あらゆる犠牲を払ったとしても物理的に不可能です」と言う意味ではなくて、
「あなたとwin-winの関係を築くことは出来ないようです」って言う意味なの。
フェミニストの人達の主観とオタクヘイトによって発動するアウト判定に対応をすることは出来ないっていうのも、
そりゃフェミニストの召使になる覚悟のある人になら「出来る」でしょうよ。
こういう言葉遣いの含意は社会のどこへ行ってもこのようなものです。
勉強になったね。
私はあなたたちに、煽りとか侮辱とかではなく真面目にちょっと、
認知やコミュニケーションに関わる何らかのトラブルの匂いを感じるんだけどね。
murilo 今まで二次創作放任してたサイゲがウマだけ釘刺したのは馬主や競馬ファンのお気持ちに配慮したからだろうに。
男社会に漠然とビビってんのかお気持ち揶揄大好きなオタク達が悪ノリ封印して粛々と従ってんの馬脚出てる
2021/03/18
キモオタ達は昔からコンテンツホルダーの好感度で態度を激変させています。
けもフレなんて1と2で態度が激変して、2ではスタッフや原案者を揶揄する二次創作すらバンバン出てました。
だから「著作権がすべて」「フェミは権利がないから」的な説明は私は疑問があるんですよね。
ただしキモオタ達がフェミニスト達に塩対応なのは別に不当でもズルいことでもないと思います。
逆にフェミニストの皆さんは、自分達に粘着質に嫌がらせをしてくる悪意丸出しの気持ち悪い奴にも好きな人に対するのと同じ態度で接するのでしょうか?
death_yasude そうやって挑発的な態度とってたらこれもう規制するしかないよねってなるわな
道理なんてふっ飛ばしてオタクへの嫌がらせを第一に活動始めるだけでしょう
2021/03/18 リンク
「道理なんてふっ飛ばしてオタクへの嫌がらせを第一に活動始めるだけ」←もう始まっとる!
あと、フェミニストや表現規制派の良心に期待してるキモオタなんて私は見たことがない。
kusigahama 増田がお気持ちの大切さに気付けて良かった
2021/03/18
mizul つまりお気持ち次第ってことね。もうお気持ち批判できないねww
2021/03/18
フェミニストの人達がよく「お気持ち」と言ってバカにされてるのは
人の自由に制限かけようとする根拠が「わたしの感覚」「わたしの気持ち」だけだからであって
あなたたちが何かの気持ちをもつことそれ自体が否定されてるんじゃないと思います。
「お気持ち」と言う批判の内容が理解できないフェミニスト勢の話は前にもあったので
https://anond.hatelabo.jp/20201029220350
等を参照してください。
quick_past フェミが言うから従う必要もない、権利関係者が言えば聞く。という党派性丸出しのトップコメ。
同じ問題を誰が指摘してもそれは同じはずだけどな。まあ、権利関係者が怒っても逆ギレしたケース、いくつも知ってるわ
2021/03/18
キモオタの行動を「著作権尊重」で説明するトップコメには私も不同意なんだけど、
それは「党派性」ではないと思うよ。
権利者の言うことには従う、権利のないクレーマーの言うことは相手しない、それって「党派性」か???
たぶんquick_pastさん自身が批判的に「党派的」「党派性」って言われてその言葉を覚えたんだろうけど
新しく覚えた言葉はあてずっぽで使う前に辞書を引こうよ。せっかくこないだなんか反省してたんだから。
そしてそういう権利の有無を脇においても、
「ウマ娘公式のおねがい」と「あなた達が欲望する検閲」は、動機も内容も少しも「同じ」じゃないよね。
dimitrygorodok 自民党に蔓延するネポティズムにも通じる思考。当然ながら他者はそれに突き合う道理なんて一欠片も無かったりするのだが。
夜郎自大も大概にして欲しいな。 ギャンブルGAMEコミックオタクせ:性ひ:表現これはひどい
2021/03/18
そうねおじいちゃん。ぜんぶアベが悪いわね。
zyzy とうとう「俺達は女子供とそれを守るフェミに対して差別とヘイトをしている差別主義者であって、強い者に媚び弱い者を叩きたいだけ!! 強い者は好感度が高く女子供は叩いて良い好感度が低い者」って自白してて笑う 考え方
2021/03/18
nanamino なんでそこまでフェミ叩きに熱心なの…?
2021/03/18
叩いてるように見えるのかなあ。
私はあの人達の特徴的な認知を結構理解しようとしてる人間だと思うけど。
amatat 正直この増田も、好感度とかの気持ちの問題に落とし込もうとしてるところとか、
オタクを代表してる感出してるところとか、人種的にはクソフェミと同じに感じられて自分には受け入れられなかった
2021/03/18
落とし込もうじゃなくてキモオタ観察の結果好感度だろうと推測している。
ChieOsanai 権利者だからでしょ。好意とか信頼とか的外れなこと言ってる増田も馬鹿。 増田
2021/03/18
キモオタ達が必ずしも権利者に服さないという実例は山ほどあります。
フェミニストたちをぶちのめすには「お前等に何の権利もねーよ」の方がシンプルでいいのでしょうけど
そういうのは私の関心とはちょっと違うというだけ。
rgfx 公式のお願いすら聞かないオタクが出てくるせいで毎日ウマ娘学級会やってるよなあの界隈。 まあがんばれ
2021/03/18
もしもウマ娘が艦これみたいに慢心運営で落ちぶれたらどんどんそういうのは増えます。
まあお願いの狙いは現状そうやってオタク内学級会で掣肘してくてるぐらいで達成されてるんだろうけど。
casm 著作権により強制力を持つ存在なので「ウマ娘公式のお願いなんて聞かなくてもいい」という増田の認識が誤り。
"表現の自由派"の多くは、実際には"法律の範囲内での自由"という明治憲法的人権観で動いてるのよ。
2021/03/18
その説明も一つの事実だしまるっきり否定しはしないけれどもそれでカバーしない部分があると感じてて
私の関心はそっちの部分なんです。
どうせ「複雑なことを認知するのが苦手な人」相手に説明するには適切かもしれないとしても。
z1h4784 外野にエロを規制する権限は無いがコンテンツホルダーにはあるので、
表現の自由という観点から言うとコンテンツホルダーの方により強く規制反対の声を上げないといけない。
2021/03/18
そして私は実はラディカル表現の自由戦士なのでそもそも著作権が表現の自由の上に立たないと思ってる。
ただ実際問題としては、
権限なんぞなくてもクレームや嫌がらせによって自由を抑圧する手段はいくらでもあるので、
まあ一番警戒されるのは日々オタクヘイト欲で過ごしてるフェミニストや表現規制派の皆さんと言うことになりますわよね。
fut573 はてブでの運営叩きのように関係構築の失敗やユーザーの質によってお願いが届かない公式は多い。/人気ブコメについては供給能力と規制能力を混同してるんじゃないのとしか。東京都健全育成審議会は同じことできん
2021/03/18
だよね。
hatebushine 「なんでカレーは食べるのにうんこは食べないんだ!」って言われてもなぁ、バカか?としか言いようがない
2021/03/18
簡潔にして気力ある言い分といい、きよらかなidといい、なんたる好漢か。
こういう人物に出会えるならはてなもまだまだ捨てたものではなかった。
最近チラホラと見かけるようになった「打倒家父長制」というキーワード、フェミニズムはついにここに切り込んできたのかという話だと思っている。
ただ、家父長制って、よくわからないんだよね。オレ男だけど。
http://www.city.kashiwa.lg.jp/sankakueye/3405/3408/4596/4599/p027033.html
千葉県柏市の男女共同参画センターが家父長制について書いている。公的に書かれたものだからこれが正解だろうと思って読んでみたらこれすごいのな。
まず、ラディカル・フェミニストが再定義した家父長制というのがあるらしい。いつの間にそんな事したんだよ。家父長制って要は、その家のお父さんが家のことについての権限を強く持っていて、「お父さんがだめと言ったらだめ」という礼のあれかと思ったら再定義されたものは全然違うのな。
この再定義された家父長制は、「つまるところ男性が女性の再生産能力を支配するもの」ということらしい。
ラディカル・フェミニズムってこういう構図大好きだな。何でも結局男性が女性を性的に支配する、というところに持って行きたがるんだよな。
だけど、日本の家父長制概念はこうじゃない、と言い出す。え?ラディカル・フェミニズムさん何しにきたの?
明治民法に家父長制が定められてて、家族に対していろんな権利が認められており、それが家督相続という形で長男に受け継がれるという制度だった。長男がとんでもないぼんくらだったら最悪だよな。
明治民法なにしに来たんだよ・・・家父長制は制度としては廃止されました。
家父長制とは、ラディカル・フェミニズムの分析によれば男性が女性を性的に支配するもの・・・ですが日本のそれは違っていて明治憲法の規定によっています・・・ですがそれは戦後否定されて制度上男女の立場は明確に平等になりました・・・ですが、男性のDVに象徴されるようにその支配構造は今も残っています。っていいたいのかな?