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2026-04-28

anond:20260428172530

ドローン体当たり動画見て「すげー!ほんとにゲームと同じように人殺せるんだ!」という感動があった

anond:20260428122609

クソフェスだったぞ!!

もっと大騒ぎして全員が天上天下唯我独尊ロックフェスこそが求められてんだよクソが!!

殴ったり蹴ったり体当たりしたりがロックモッシュなんだよクソが!!

そんでダイブしてそこらへんの女どもをもみくちゃにしてやんのが楽しいんじゃねーか!

クソ東北田舎フェスじゃそれもねえままごとしかやってねえ

何が即退場だバカか!クソが!!!

そういうことじゃねえんだよ!

ロックフェスっつーのは!!

もっともっと簡単に死傷事件おこって暴動おこってパニックになって全員が狂気で戦うのをもとめてんだよ!

ロックなめんじゃねえぞ!

クソフェスがぁ!

2026-04-02

anond:20260402122348

この前とか適当なことばかり言いやがって

体当たりするのは老若男女みんなだろ

新宿人間はとまらない!

なぜもっとゆっくりしない!

もっとわきまえんか!

「取り越し苦労はしたくない」

去年の夏と秋の間くらいに、年に2〜3回くらい会っていた友達が、自分意思天国へと旅立った。自分意思で選んだ人は天国には行けないとかそういうのは一旦置いといて。これは表現として。

それを受けて自分は、友達がその選択肢を選び取らないようにもっと何かできたことがあったんじゃないか結構思い悩んで、しばらく泣いて過ごした。かなり嫌だった。後悔をした。

そこから数ヶ月後、年単位でかなり長いこと仕事を探している別の友達が、あまりにも仕事見つからいからもう死んじゃおっかな、とか言い出した。いや言うてるだけでしょと思う一方で、ほんとに旅立っちゃった方の友達の顔が浮かぶ。例えばここで話を聞いて、一緒に仕事を探したり、見つかるように何か協力したとして、自分には一切の利益が無い。自分時間を人のために使うことになるし、完全ボランティアだし、大変そうだしむしろ損だ。しかし前と同じ後悔をする可能性に、胃が痛んだ。二度と後悔したくなかった。できる範囲で少しだけ、仕事探しに協力することにした。

求職中の友達は、かなり狭い範囲職種仕事を探していて、他の仕事はできないしやりたくないとのことだった。かなり昔にその職種で働いていたが、なんやかんや色々あって仕事が全て無くなって、今の状況に至っている。そして同じ業界内(割と狭い)で同じ職種(かなり絞ってる)で仕事を探している。言い方はアレなんだけど、一度失敗してることに対してノープラン体当たり再チャレンジをしようとしている形になる。そんな無防備な事やったこと無いからわからなかったけど、頭を絞った。それはなかなか難しいとは思うけど、どうしてもってことならせめて作戦立てようぜ、と提案した。

友達は、ここ数年は社会福祉で生きており、自分ではほとんど働いていないそうだ。しかしゆくゆくは自分の足で立って歩いていきたいとのこと。そこで、求める職種人生一発逆転を狙うのではなくスモールステップを踏んで、まずは簡単アルバイトでもしてはどうか、いきなりちゃんと働いたら骨を折るんじゃないか、準備運動した方がいいのでは、と話してみた。

すると、アルバイトをするとその分保護費が減るからアルバイトとか意味無いんだよね、と言われた。「取り越し苦労はしたくない」とも言った。

この会話は、友達書類選考の際に提出するための資料を、そういうのが得意な自分が3時間くらいかけて一人で整えている最中に行われた。本来は完全に本人がやるか、人にお金を払って依頼するべきやつだ。仕事だったら相場的にたぶん3万円ちょっとは稼げてた。

繰り返すが、この友達仕事が見つかろうが見つからなかろうが、自分には関係無い。少なくとも利益らしい利益は一切無く、時間気持ちを割いたり頭や手を動かしている分、損ですらある。しかし最悪の後悔だけはしたくないと思ったからやっている。これはあくまで後悔したくない自分のためで、自己満足から、正直何を言われたってよかったはずだった。しかし、この「取り越し苦労はしたくない」を聞いた瞬間思った。俺いまめっちゃ取り越し苦労してんなあ、と。

自分の足で立って歩きたいという最初言葉を信じて協力したけど、本当の意思はそれじゃなかった。こっちがどれだけ仕事が見つかるようにがんばったって、本人がこれじゃ仕事が見つかるはずが無い。だからこれは取り越し苦労だ。意味いから。取り越し苦労を一切せずに、最初からずっと好きなことだけして自力で生きてる人ってこの世に何人くらいいるんだろう。取り越し苦労を繰り返していろいろなものを積み上げた結果が今立っている場所なんじゃないのか。自分自分の足元見てみてここじゃ嫌だと思うなら、自分で積み上げるしか無いんじゃないか。今好きなことだけして生きてるように見える人たちだって、そこに至るまでにかなり色いろんなものを積み上げてきたんじゃないか自分はこうやって生きてきちゃったから、一切の取り越し苦労をせず最初から好きなことだけして自力で生きていく方法は、正直本当にわからない。申し訳無いけど、これ以上は力になれないかも、と思った。誰かを助けようとするって、生半可な気持ちじゃできないみたいだ。

提出書類を整えてあげる、というのは自分で言い出したことから、それはしっかり最後までやり切った。できたよと言ったが「うん」しか言われなかったので、こういう時はありがとうって言うんだよと言うと、「言い慣れてないから…」と言われた。

この友達に協力を申し出た理由は、自分が後悔したくないから、という完全な自己満足だった。完全に自分のためだ。しかし途中で逃げた。この無意味さは正直無理だった。もしもこの先最悪の事態がまた起きたら、きっとまたかなり後悔すると思う。起きないでほしいまじで。あの時もっと付き合っとけば、仕事見つかるまで一生話聞いとけば、とか、できもしないこと思うかもしれない。わかってる。でもできなかった。何があっても後悔しないほどやり切ったかと言われたらやっぱり全然で、後悔の可能性を残す方を自分で選んだ。たぶん友達という関係性、距離感とはまた違う関わり方をしてしまったんだと思う。ほんとはもっとやり方があって、その選択自分が間違えたんだと思う。また違う友達にこの話したら、お前それやってることほぼ福祉だよ、と言われた。そうだよな。ただ、最悪の事態、今回に関しては起きないとも思うんだよな。だって無理に仕事しなくても生きていけるわけだし。仕事見つからなくていいんだよ。俺たくさん働いて納税するからさ、もうそれ使って生きててくれよ。俺がお前にできるのそれくらいかも。そんでたまに話聞くよ。それくらいかも。ごめん。自分で始めた物語なのに逃げちゃったから、とにかく生きててくれなんて言える立場じゃないんだけど。でもめちゃくちゃ願ってるよ。それくらいかも。ごめん。

追記

取り越し苦労って言葉の使い方が間違ってたらしい。バカでごめん。首括ります

2026-03-19

anond:20260319155213

ちゃんと躾けろよ

ガキを騒がせるな

ガキと出かける時は小学生6年生までは抱っこして動かないようにしとけよ

絶対にな

前に体当たりされたのに親が謝罪もしねえから因縁つけてんだこら!

って怒鳴ってやっと謝りやがった

ガキはすぐぶつかってくる

少しでも触れたらそれは因縁つけてきてるってみなして怒鳴るから

親も管理できないなら外に連れ出すなボケって親子仲良く躾けてやる

思い出した。私は小学生の頃難聴の人に体当たりされ、授業中1時間ぐらいずっと中指立てられ続けたけど。誰も注意してなかった。

なぜかというとその人は口の動きを読む意外、意思の疎通ができなかったから。教師も友人も注意ゼロ

補聴器つけてたけど

声だけでは全く理解できてないようで

口頭での指示は難しい

しかもすべての口の動きが読めるわけじゃなくて、読みやすい口の動きができるお世話係の子の口しか読めない。

本人は話しはするけど耳で修正できないのでほぼうめいてるみたいな音

公立小学校に行くのは無理があると思った

ていうか他害してストレス発散しないでくれ

 

どんな背景があっても

他人を傷つける行為制限されるべき

 

今の小学校でもこういう配慮という名の放置やってんのかな?

2026-03-15

「ぶつかりおばさん」という言葉に感じるモヤモヤ

渋谷スクランブル交差点の「ぶつかりおばさん」の動画SNS拡散されている。

人通りの多い交差点を歩いている中年女性が、すれ違う人に次々とぶつかっていく動画だ。

観光客らしい中国人グループにもぶつかり、小さな子どもにもそのまま体当たりするように通り過ぎていく。

動画自体はかなり衝撃的だった。

正直、見ていて「これはひどいな」と思った。

ただ、その動画についたコメントを見ていると、どうしてもモヤモヤする。

「ぶつかりおばさんもいるんだな」

更年期イライラしてるんじゃない?」

いかにも非モテ独身って感じの顔してる」

迷惑行為批判しているというより、「おばさん」という属性のものを観察して面白がるような空気があった。

もちろん、投稿している人の多くはそこまで深く考えていないと思う。

単に「変な人がいた」という出来事を共有しているだけなのだろう。

でも、「ぶつかりおばさん」という言葉がついた瞬間、その話は少し性質が変わる気がする。

それは単なる迷惑行為の話ではなく、

「おばさんという存在ネタとして観察するコンテンツ」になる。

もし同じことをする人が男性だったらどうだろう。

若い女性だったらどうだろう。

たぶんここまで「キャラクター化」されない気がする。

「おばさん」という言葉がついた瞬間、

それは迷惑行為の話というより、「安全に笑える人物像」になる。

もう一つ、気になっていることがある。

もし本当に、理由もなく人にぶつかる行動を繰り返している人がいるのだとしたら。

それは単なるマナー問題というより、何らかの精神的な問題可能性もあるのではないか、ということだ。

もちろん、そうだと決めつけるつもりはない。

ただ、少なくとも「普通社会的行動」からは明らかに外れている。

それでも、その行動は動画として撮影され、SNSに上げられ、コメント欄で共有される。

「ぶつかりおばさん」

というラベルと一緒に。

もし相手が本当に精神的に不安定状態だったとしたら。

それは「面白い人」ではなく、「困っている人」なのではないか

少なくとも、動画を撮ってネットに流し、みんなで笑うような話ではない気がする。

もちろん、ぶつかられた側が不快に感じるのは当然だ。

危険でもあるし、迷惑行為であることは間違いない。

ただ、その不快さを処理する方法

「ぶつかりおばさん」という言葉でラベル化して消費することなのだとしたら、少し引っかかる。

それは本当に迷惑行為批判なんだろうか。

しろ私たちは、

「おばさん」という属性安全に笑える対象として消費しているだけではないか

2026-03-03

anond:20260302225147

中学生という、まだ大人から社会から守られるべき年齢の子どもが、見ず知らずの男に体を触られ、きっと咄嗟抵抗もできなかったであろうことを思うと、どんなにか怖く、ショックを受けたことだろうと思う

もし私にタイムリープができたならその男増田に手を出す前に全力でタックルしに行きたい

増田安全尊厳を傷つけられた記憶を、謎の女が通りすがりの男にいきなり体当たりして警察連行されて行ったという意味不明記憶に書き換えたい

私自身も昔自転車に乗った男からいきなり胸を掴まれたことがある。なんならその事を書こうと思ったら先に増田のこの投稿を見つけた

私は当時成人であったが、路上でしばらく呆然とした後、「これ被害届出すやつ…?」と戸惑いながらも最寄りの交番に行き、「あのー、今向こうの道のとこで、自転車に乗った男にこう、掴まれまして…」と、中年男性警察官に説明することになった

男性に面と向かって「胸を揉まれた」と言うのが恥ずかしく、どうにかこうにか言葉ごまかしたが、警察官は「あ〜…」と、すぐ思い当たったようだった

最近よく出るんですよね〜」

そんだけ???と拍子抜けするほど、なんだったら財布の落とし物を届けた時の方がまだ真剣だったというくらい、警察官は退屈そうな様子だった

被害届を出してもいいが、どうせ捕まらないだかなんだか、あまりおすすめしないような事を言われ、「とりあえずパトロール増やしまから」みたいな落とし所で帰された

それが15年くらい前のことだ

それから3年くらいの間に、もう一度、今度は自宅の前で抱きつき痴漢に遭った

全力で追いかけたが逃げられ、その時も「よく届出があるんですよねえ」と男性警察官に言われた

いや、よく出るのになんで捕まってないんだ?

捕まえる気あんのか?と不審に思いながらも、その時は被害届を出した

被害届を出しておけば捕まった時に知らせがあるという話だったが、そのような連絡はないままだ

それからさら10年以上経ったある晩、自宅の前で女性悲鳴が聞こえた

何事かと外に出ると、別の家の女性がすでに悲鳴の主の元に駆けつけており、動揺した様子の女性に代わって、「痴漢に襲われたって…」と説明してくれた

しばらくすると警察が来て、その中には女性警官もいたようだった

被害を受けた彼女が、以前の男性警察官のような「痴漢なんてしょっちゅう出るんでね〜」みたいな態度を見ずに済んだことを願うしかない

痴漢というのは本当に卑劣行為

相手自分より力の弱い女であること、なんだったら子どもであることをわかった上で、抵抗できない状況で相手わいせつ行為を行うというカス所業である

コソコソ隠れ、その場から逃げ去り、見え透いた言い訳をする恥知らずである

ある小説で『恥じるところのない人ほど恥辱に苦しみ、実際に恥ずべき行いをする奴は恥の意識を持たない』というような文章があったが、痴漢というのはまさしくそれで、恥ずべき行いをしているのは加害者であるにも関わらず、被害者はどこまでも無力感恥辱に苦しむのである

それでも時代は少しずつ変わったなと思ったのは、今から5、6年ばかり前のことだった

また別の場所露出系のちんぽしごきおじさんに遭遇して通報したのだが、駆けつけた20代そこそこの男性警察官はかつての交番警察官とは違い、「同じ男として恥ずかしいですよ」と憤りの言葉をかけてくれ、私が「お忙しいのにこんな程度のことですみません」と恐縮すると、もう一人の女性警察官は「“こんな程度”ではないですよ!犯人が捕まらなかったら、この辺りの人も安心して出かけられないでしょう!」と力強く言ってくれたのだった

犯人は逃走していたが20分と経たずに捕まった

警察官に問い詰められると「立小便してただけ」と言い訳をしていたらしい

 

色々脱線してしまったが、アクタージュの原作者報道を見た時に思い出したのはこういう一連の体験であったし、読んでいた漫画の作者が「得体の知れない加害者たち」の一人であったのはとんでもない衝撃であった

そして今、『星霜の心理士』は、マンガワンの中で二番目くらいに更新を楽しみにしている作品だった

物語はとても丁寧に作られており、痛みと回復過程がじっくり描かれている

精神病理を扱うに当たって、ちゃん公認心理士の監修もついていた

それが、「執行猶予期間を終えた元加害者」の作品だと、つい今日知ることになったのだった

良い作品だと思ったのなら、更生したという前提のもとに応援すればよいのかもしれないが、それは被害者の受けた傷を軽視することになるのではないかという葛藤がまずある

加害者の更生、社会復帰は処罰以上に大事なことだが、我々は何をもって加害者反省し、更生したと見なせばいいんだろうか

法によって与えられた刑を全うしたって、現実再犯を繰り返す人間はいるのである

得体の知れない性加害者たちのうちの一人」と、「才能あるクリエイター」と、「加害に至る傷つきや歪みを抱えた一人の人間」という、三つの顔を、どのようにとらえていいか私はまだわからない

とりあえずマンガワンで星霜の心理士のページを開いてみたが、エピソードを読み返す気にはなれなかった

2026-03-01

家の裏のたぬきケンカについて

家の裏にいるたぬきのおでかけを見たのだが

結構頻繁にケンカしている

大体2匹くらいで前と後ろに並んで進む

そこで一本の木が前にある

すると前のたぬきが左へ進み

後ろのたぬきが右へ進む

さてどうなるか

木に沿って進むのだが

狸🌲狸

こうなったあと

合流して

ぶつかる

ぶつかるんだよこいつら

別れたと思ったらクロスしてぶつかるの

そしたらケンカしだすんだよ

なんでお前そこにいるんだアホ!

みたいな感じで

クォークォー!!ってめっちゃどっちも怒ってる

体当たりとか噛みつきあう

で、最後両方がお互い絡み合ったあと動けなくなんの

おい邪魔だどけみたいに

でもどっちも唐突に動きがストップする

ぼーっとしだす

1分、2分と観察する

5分くらいずっと2匹でくっついたまま

無量空処か?ってくらい何もしない

で15分くらいすると動き出す

しょうきにかえったようだ

いそいそと

また前と後ろに並んで

何事もなかったかの様に一緒に動き出す

今度は前のたぬきがいきなり止まる

後のたぬきが前のたぬきのおしりにぶつかる

前のたぬき唸り声あげる

後ろのたぬき何食わぬ顔で前に出て走り出す

前にいたはずの後ろになったたぬきも走り出す

横一列に並走

そうして過ぎ去っていった時の中で

また無駄な物を眺めてしまった

と、自分は一人東北田舎でぼーっとするのだった

2026-02-26

映画PERFECT BLUE を見た

あー、もうめちゃくちゃだよ!63点。

 

3人組の売れないアイドルユニットの1人である主人公ユニットを脱退、アイドル卒業女優の道へ。しかし端役しかもらないうえにレイプシーンにヘアグラビアと"体当たり"コースまっしぐらネット上では絶妙実在感のある架空自分サイト更新されるし、どんどん病んで夢と現実区別がつかなくなってくる中、ドラマ脚本家やらカメラマンが死んだりてんやわんや。はたしてドラマは完成するのか、犯人は誰なのか、何が現実なのか。

みたいな話だった気がする。

 

主人公女優転身一発目の1行しかないセリフあなた誰なの」にすべてが集約されている、コギト・エルゴスマナイみたいな感じで自分とは何なのか、自分が思う自分自分なのか、自分自分自分他人、といった自我についての映画だったと思う。

現実のうまくいかない女優仕事架空理想アイドルという自分の間で板挟み(ダブルバインド主人公が出演するドラマタイトルでもある)になって精神的に病み自他の境界が合間になっていく。マネージャーのデヴは元アイドルマネジメントする主人公たちに自分投影しているがその道を外れて汚れていく主人公に強い絶望を感じ自分理想主人公に成り代わっていくし、アイドルのおっかけのキモ警備員人生をかけて主人公を信奉しているがその理想が崩れた時に偽神を立てて偽りの自己を保とうとする。誰もが本当の自分——あなたが誰なのかに迷い、失い、壊れていく。

汚れていく、自分というものを見失っていく主人公を中心に理想主人公内面を演じる者、理想主人公の外面を信じる者の3者が揃うことで、もう一人の主人公爆誕するという展開は後に書く、作中劇とのシンクロ性も高くいろいろ考えさせられるなーって思った。自分自分が思うから自分なのか、自分他人の中にしかないのではないか、とか。

それを圧倒的に難解で複雑な物語展開に落とし込んで表現している。現実かと思ったら夢だったり、夢かと思ったらドラマの中の出来事だったり、現実かと思ったらドラマだったり。違う衣装で同じカットのシーンが何度も繰り返され、見ているとどんどん混乱度合いが増していく。その仕組みが明かされる部分もあれば、これ何の話?というまま放置されるところもある。この映画初見理解できる人はいないと思うし、何回見ても理解はむつかしいだろうと思う。俺もぜーぜんわからんかった。

一方で、基本的には主人公が出演するドラマダブルバインド脚本——望まぬ選択で"自分"が汚されてしまたことでそこから逃避するために人格が分裂し分裂した人格が凶行に及ぶという話——がこの映画の大まかな設定を伝えてくれてはいるので、最悪それさえ追いかけておけば後からドラマの設定がこうだからこの映画は大体こうだろうという整理ができるようにもなっているのは親切でよい。

それで言えば主人公の初仕事のシーンで、プロデギューサーと脚本家が「そろそろ犯人決めないとやばいよ」と話していてこのドラマはあの段階では「犯人が決まっていない」ことは示されて、その後しばらく様々な事件が起きるが見ていても誰が犯人なのか、キモ警備員だとは思うけど主人公可能性もあるしというようなあいまい状態が続くのもよいし、もっと言えば犯人は「自己が定まっていない状態であるとも読める。

みたいな感じで、正直よくわからなくてフーンって感じになっちゃうんだけど、話としては割とよくできてるなとも思える感じでしたよ。

あとはmetoo20年も前にこの映画とってたの偉いなーって思う。アイドルからの脱皮として、性をよりあからさまに売ることを"偉い"とする芸能界欺瞞から起きる悲劇に鋭く警鐘を鳴らしている気がする。主人公は「いやだなんて言えない!」とか言うてたけど、俺は嫌なら嫌って言えと思うがそれは俺が男性からだろう。

 

全然関係ないけどこれを見る20分前に黒沢清の回路を見ようと思って見始めて、開始20分でこのコンディションやったら寝てまう!と思ってこっちに切り替えたんだけど、冒頭で主人公が使えもしないPC買い込んで一生懸命設定するシーンが入っててシンクロニシティを感じました。あとダーレン・アロノフスキーコノエイガスキーすぎるだろと思いましたよ。

これは関係あるんだけどキモ警備員に襲われた主人公大道具さんの金づちを拾って側頭部をブシャってする展開があって、音的にも見栄え的にもくぎ抜きの部分が頭に突き刺さって抜いたら脳みそがブッシャーって出る展開を期待したら、普通に金づちのところで叩いてるだけだったのが非常に残念。

 

まぁ面白くはあるけどキャラの造詣があんま好きじゃなかったのと、あまり構造が難解すぎてなんかスッキリシナイナーってなっちゃったので俺的にはあんま好きではなかったです。キャラはら同じトレス江口原案でも老人Zのほうが圧倒的に好きだったかな。サイコホラーサイコスリラー、入り組んだ話が好き、暗いアニメ好きって人は一回見てみるといいと思います

anond:20260225171745

分かる、オレなんて反応ほしいからわざわざ怒りを買いそうなネタで怒りを買いそうな人になりきって書いてるわ。

ミソジニストミサンドリスト体当たりおじさん擁護or批判共同親権擁護or批判女子擁護or批判、いろいろあるよね。

結局コミュニケーションに飢えてるオレらにとってのエンタメなんよね。

コミュニケーションに飢えてる人を満たすことができれば社会の分断は確実に減るんよな。

2026-02-22

みんなたぬき好きなのか

家の裏のたぬきの話を書いてただけなのだ

たぬき動画で見たいとかそこまでなのか

でも家を特定されそうで怖いのでやめる

なお東北に来れば実際たぬきはたくさんいるぞ

そのへん歩いてても穴掘ってたり林の中からでてきたりする

そのくらいの辺境なんだうちは

家の裏には大体平均して8匹くらいはだらだらいるし

ちゃんっぽいたぬき野球ボール当てられて

クォーーみたいに何度も泣いて

子供2匹に何度も体当たりしてた

多分キレたんだと思う

そういう情景が見れるだけだぞ

本当面白みはない

2026-02-17

自作ビリヤニを密かに狙っている増田寿丸医てっらねに過疎ひをに槍魚籠サジ(回文

おはようございます

フライパンに乗せて使えるお手軽簡単蒸し料理しろ簡単すぎるような気がする蒸し網好評使い中なんだけど、

あれフライパン満載にして蒸すと一気に量できちゃうので、

今の生成AIよろしく生成AIの生成物が多すぎてもはや人間の目でチェックできない物量で迫ってくる感じがして白菜が食べきれないのよね。

幸い今はまだそんなに暖かくない気温なので、

まあなんとか2日は大丈夫な気がするわ。

2日目の寝かせた白菜

一晩寝かせたカレー級に急に美味しくなることはないけれど、

まあ食べられないことはないので、

おつまみにして食べちゃうのよ。

あとあれね、

まりにも蒸し蒸すのが簡単すぎて

調子に乗って魚買いすぎるってこと。

これじゃまた銚子港の港の縁から落っこちちゃうぐらいに調子に乗っちゃうわ。

魚買いすぎ問題しかり、

まあこれも食べるラー油デビュー戦を果たした私にとっては、

いとも簡単に平らげられる味変という新たな球種を学んだのよ。

だって今までは

直球一直線勝負だったじゃない!

味の決め手は素材の味だー!って

豪語していた時代があったけれど、

いくら味濃く蒸し上がった野菜といっても

野菜味に変わりはないのよね。

から最近は楽しく食べられるように食べるラー油登板回数が増えてきているのよね。

登板から豆板醤も行けそうなのかしら?って思う半分、

あの中華食材名前の分からない醤油みたいな塩辛味の濃いい黒い豆みたいなのない?

一粒食べればあれ醤油玉食べてるみたいなやつ。

あれは一粒の破壊力が強すぎて私にはまだ持て余してしまいそうなのよね。

そんなこんなで蒸しライフは一応には充実しているのよね。

そんで、

最近思うのが私もバスティライス自分で茹でて食べてみようかしら?ってことを実践してみたい遂に自作ビリヤニに挑戦しちゃう?って言うほど

乃木坂46の40枚目のシングルビリヤニの噂は

ここのインドの山奥までもう到達してこない、

あのブームは何だったの?って気がするの。

でもさ

バスティライスってどこで買えばいいのかよく分からない、

私の行くマーケットはいくら華麗に飛び込み前転を決めようとも上手く逆立ち直立できても売ってないのよね。

あれって独自自主流通のお米なのかしら?って

どこを目がけて飛び込み前転して入店していいかお店が分かんないのよね。

とはいえ

素敵なインターネッツで入手しても、

あれどうやって炊くの?茹でるの?って

そこでまたイチからニューゲームバスティライス体当たりしなくちゃいけないのよね。

でも一度習得すればもしかして自動的自分でもビリヤニが作れる可能性を秘めているので、

これは研究のし甲斐があるってもの

ついに私も自分ビリヤニを作る日が来るとはね。

本当にあの乃木坂46の40枚目のシングルビリヤニブームは何だったのかしら?

乃木坂自体にもなんだか無かったかのような感じになっているような私のような外野から見た感じになっちゃってるのは気のせい?

耳を蕎麦だててもバスティライスだてても聞こえてこないのよね。

そんなバスティライスのことを考えていたら

旧正月中国連休っていうじゃない。

私も音も出しにシンニャンクワイラーってピンイン打ち込むのが面倒だったので、

音声入力して私の中国発音レベルスマートフォンで試してみたらちゃん日本語で言うところのあけおめことよろ的な新年快楽って漢字が出てきたので、

無事旧正月をおめでとうって伝えることができたわ。

ふと思ったけど、

多分絶対に近所にある中華食材のお店にはバスティライスはないわよね?

一応亀ゼリーうついでにカワバンガしてくる?って思っているところだけど

お出かけするのは億劫だわ。

春になれば亀のごとく冬眠から明けてお買い物したい気持ちも強まるってものよね。

松たか子さんの「明日、春が来たら」とか

矢野顕子さんの「春先神戸に!」って

関西の旅へ心誘う気持ちもまた高まっちゃうわ。

そんな曲とかが流れてきたら春の訪れ待ったなしだと思うので、

冬眠も明けていいアーバンベアビックリするぐらいよね!

最近ニュースないのはパンダ日本からいなくなっちゃたからの影響なのかしら?

あんまりニュースで飛び込んでくる速報が無くなったような気がするし、

多分声に出して言いたい日本語今一番のミラノコルティナオリンピックに夢中なのよ。

それに今しか言えないしねミラノコルティナって。

アーバンベアしかりよ。

でも本当にあの一瞬の旋風だった乃木坂46の40枚目のシングルビリヤニ旋風はなんだったのかしら?って。

いつもランチビリヤニを食べているときそう思うのよね。

まあ私がまたランチビリヤニを週一で求めるようになった功績だけはあるのかしら?って。

私のバスティライス炊いてみたい欲を掻き立てていることは間違いないわ。

私も自分でつくる声に出して読みたいチキンビリヤニ!って上手に作れるように鍛錬してみようかな?って思ったわ。

うふふ。


今日朝ご飯

納豆巻きにしました!

久しく存在をその存在を忘れていたわ!

だって棚の陳列棚には

表のパッケージ納豆巻きって見えない方向にひっくり返っていて陳列されていたので、

めくったとき

神経衰弱で2つ揃ってないのに納豆巻きだ!って!

ちょっと納豆巻きに出逢えて即ゲットの今日朝ご飯ってわけ。

納豆の美味しさいいわねー!

納豆存在をすっかり忘れていたことを噛みしめるわ!

デトックスウォーター

今日

そんな寒くもなく暑くもなくだったけど、

ホッツ白湯ストレートウォーラーが恋しかったので、

ちと温めて飲みつつの温まった身体がホッツになる瞬間を捉えたわ!

今日も頑張れそう!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-02-13

呪術廻戦のアニメが分かりにくい

敵に体当たり攻撃をされるシーンとか、敵が見えて次のカットでは体当りされて吹っ飛んでるシーンになっていて、当たる瞬間は省略されてる。

頭のなかで補間が必要気持ちよく見れない。

そんなんが多い。

2026-02-09

anond:20260209003655

息子がではなく自分がだけど桜花に乗って敵艦に体当たりして死ぬとか何だろうなあとは思う

2026-02-07

anond:20260207131122

お前が知らねえだろクソ人間

ひめゆりがあとかとっこうたいがあ!とか言ってるだけ

特攻隊のどこが陸戦なんだよ

大体特攻隊がどうやって始まったかとかお前何にもしらないだろ

あれはやむにやまれ空母の甲板に突っ込んで相手の進撃を止めたのが最初なんだよ

ちなみにアメリカ軍体当たり攻撃はしてて英雄になってるから

お前が便所特攻して便器の水で窒息してしんどけ寄生虫

お前が生きるほど俺の税負担が増えるからなるべく早くな

2026-01-05

トイレ内のいじめ動画、ぼーっと突っ立ってんなよって思うけど

あんなふうに出入り口も人がおると逃げ場所がないもんな

1F、2F程度なら窓から逃げれそうだけど、そのへんは動画的にはよーわからん

まず未経験だと相手の人数と喧嘩になる雰囲気に飲まれて動けなくなる

一番大事第一関門

そこが抜けれたら、腰目掛けて体当たりして転がしてから逃げるかなぁ

ボクシングしか経験がないか体当たりが思った通りの結果になるかわからんけど

相手一発目に右だしてきてるけどかなり適当で当てられた方も全然体が揺れてないけど

次が足があんだけ上がって頭に当てれてるからなんかやってる人なんかな

ちょっとわからん

とりあえず一発目の右がへなちょこすぎてあれだと構えた瞬間にこっちが当てれそうだからその隙に逃げたい

まあでも反射的にまずは左手出して距離を作ろうとしてしまいそうだから試合になりそう

あのスペースだと回りながらの攻防なんかできんし掴まれたらどうしていいのかわからんので

喧嘩で役にたつの空手総合なんかな

打撃も関節もあるし掴み合いの攻防も日常的だろうし

知らんけど

2025-12-29

騎兵突撃って実在するの?

騎兵」は実在し、しか突撃けが本質”ではありません

> ①機動(偵察・遮蔽・追撃) ②“乗って運ぶ/降りて戦う”=騎乗歩兵ドラグーン) ③条件が整った時だけの衝撃騎兵突撃、の三本柱でした。

歴史実像(超凝縮)

いま話題の「現代での騎乗

「馬突撃は非合理では?」への答え

——最近報道で見えるのは、この“機動・補給の苦肉策”の側面です。

コスト

騎兵本質

騎兵の“本質”は衝撃力よりも機動力(側面展開・追撃・攪乱・偵察・遮蔽)で、正面から体当たりは条件が整った時にだけ狙う“例外技”でした。

——つまり機動で態勢を崩してから刺すのが王道です。

まとめ

> 余談:有名な「ポーランド騎兵戦車突撃」はプロパガンダに近い誤解。実際は対戦車突撃ではありません。

2025-12-26

anond:20251226135716

一回本当にトイレに閉じ込められたことがある。原因は例のサウナ事故と全く同じでドアの取っ手が回らなくなった。アニメドラマでよく見る、体当たりや足蹴りで突破を試みるも、木製のドアなのにビクともしないのね。人力でドアは破れないことを身をもって知った。その時は実家だったから家にいたオカンから定規つかって開けてもらえたから事なきを得たけど、あれから数十年たってもトラウマ一人暮らしし始めて20年以上経つけど、いまだにトイレのドアは閉めたことない。

2025-12-22

動けないデブ害悪

職場に動けないデブがいて、人に仕事押し付けまくる

相手に頼みに来ることさえしない

自分仕事より楽な仕事を先に押さえて、本来仕事である大変な仕事はやりませんという顔をして押し付けてくる

すげえ根性

図太い神経が体型に反映されてる


押し付けてくる仕事は大体、デブにとって体の負担が大きい仕事

動き回ることが多いとか、屈まなければいけないとか

実際、デブやらせるとミスがすごいから尻拭いするくらいなら…と引き受ける人も多い

そうやって甘やかされたんだろうなという体型をしている

ワガママボディのワガママってそういう?


デブ、「私は太ってるからテキパキ働けないの」って面をしてるのがムカつく

不可抗力みたいな顔すんじゃねえ、痩せろ

自分仕事自分がやり遂げるという責任感がないし、肩代わりしてもらって当然という面をしている

そら太るわな、動かんもの


通路に立ってるだけで後の人が通れなくて邪魔になっている

こんな感じだが、今の職場に来てからさら肥大化しているらしい

すげえよ


歩くのも一苦労なのか、若干目線を上げ気味にののし歩いている

ドアを開ける時なんかはもう、体当たりに近い

体当たり反動でドアの向こうにあった物がズレたりするんだけども、直すどころか振り返りもしない

ぺんぺん草も生えねえ


こんな有様だが、本人は仕事ができると思っていて

周りにダメ出しや粗探しをするのだけは得意

自分ダメ出しするのは苦手

そんな性格なのは体型が物語っている


やっぱ動けないデブダメ

世代の中では遅くファッション面で自立し、服やら靴やら小物やらを自力で選び始めて早8年、ようやく頭を使わなくても小綺麗にまとまるようになってきた

年数を重ねるごとに似合う服の系統自分の好みが分かってきたり、手持ちの服が増えたりして合わせやすくなってきている

それで思ったけど、これはソシャゲキャラ育成やカードゲームデッキ構築によく似ている

手持ちが増えれば増えるほど、自然と取れる戦略も増えてくる。戦略が増えると様々なシーンに対応できるようになる。今日暑いし支度がめんどくさいかラフな薄着で行こうとか、今日気合が乗ってるから髪のセットをしっかりしてオシャレな格好にしてみようとか

それから自分のしたい格好の系統に応じて力を入れる箇所や抜く箇所についても固まってくる。たとえば自分は靴にはあまりこだわらず、鞄やアクセサリー類の充実を重視している。また髪型はセットしやすいがセットしなくてもそれなりに見えるように切ってもらっている

こういう積み重ねがあると、明日服装を考える時にだいぶ楽になる。裏を返せば、まったくの初心者だった頃は髪型も小物も服装も全て体当たりでかなりキツかった

最近は服を捨てる前によく似た服を買うことで、お気に入りの型が崩れないようにすることも覚えた。今後は基本ラクできると思うと嬉しいこと限りない

2025-12-13

純愛をしていた頃の思い出

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※この物語フィクションです

登場人物団体名は(一部を除いて)架空のものです

実在人物団体とは一切関係ありません

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はてなに書いてみたいと思った。

純愛というか、若い頃はそんな時期があった。今の私は不惑

の子とは長年連絡を取り合ってなかったが、実は先日、親戚付き合いの時に出会った。祖父方にあたる親戚の家のダイニングで。

その時に思う事があって、増田をしたためることにした。増田はたまに短文を書くくらいである。



の子と初めて会ったのは、私が21才の時だった。当時は茨城県にある大学電気工学を学んでいた。夏休み帰省である実家は、(秒速5センチメートル聖地)隣の栃木県にあった。

ある夏の帰省時に……その実家から、ほどなくの距離にある親戚の家に行ったのだが、玄関に入った時に、はとこに当たる子がいた。

当時は「はとこ」という単語は知らなかった。誰がどの親戚筋にあたるとか、そういうことにも興味なかった。ただ「女の子がいるな」としか思わなかった。

その、はとこに当たる子なのだが、『野乃花』ということにする。プリキュアの方ではない。野乃花(ののか)は玄関口で私と目が合って、「こんにちは」と言ったのかな。それは覚えている。

帰省時に親戚の家に行っても、一応成人である私は暇を持て余していた。子どもの頃から何度も行ってるが、その時みたいに居間でくつろぐことが多かった。周りは子どもばかりである

親戚の子どもたちは皆ゲームをしていた。スマブラというゲームだった。大乱闘スマッシュブラザーズ

私は任天堂キャラをほぼ知らなかった。ピンク色のあれがカービイって言うのはわかったけど、あとは知らないキャラだった。ピカチュウも辛うじてわかったくらい。

ゲームを一切しない子どもだった。家にスーファミPS2もなかった。家の近くにある里山に出かけて、危険であろう山奥まで踏み込んで、昆虫トカゲを捕まえて飼育するのが好きだった。日本にいるはずもないチンチラがいないか探そうとしていた。

親戚の子ども達は居間ゲームするだけじゃなくて、子どもらしい身体を動かす遊びもしていた。外での運動だった。まさにスマブラ

居間でも、廊下でも、玄関でも、これでもかというほど広い庭でもそうだった。私は成人男性だったけど、元気のいい彼ら小学生相手をすることもあった。

野乃花は、大人しい子……でもなかった。わーきゃー言って水鉄砲を打ったり、私に体当たりをしてゴロンとひっくり返っていた。溌剌な子だった。

野乃花はその時、7才だったはず。14才差なので。小学校に上がった年である。いい頃合いの年齢ということで、(私から見て)遠い親戚の人も、野乃花を本家筋の実家に連れてきたのだろうか。

それはそれとして、大学であるというのに私は、毎年夏や大晦日になると……その親戚(本家筋)の家に行っていた。小学校中学校の頃は、それこそ年に何度も。

うちの母親が私や兄弟を連れて行くと、祖母漏れなく一万円をくれるのだった。うちの母親は、ことあるごとに其処に行っていた。子どもを連れて。ある種の集金システムである

私は子どもながらに察して、祖父母にあざとくした。可愛い子だと見られようとした。今思えば浅ましい考えかもしれないが、毎回寄るだけで一万円をくれるのだから、それくらいは当然と思っていた。

中学生高校生になると、親戚の家に行くことはなくなっていた。

しか大学に進学すると、また急に行く頻度が増えた。私と祖父が同じ大学出身で、学群も同じ(祖父時代学部)だった。お気に入り度が上がったのだと思う。

20才になる年に入ると、祖父のとっておきの日本酒や焼酎を飲ませてもらった。あの頃はおいしい酒の味がわからなかった。モンテローザ系列の味に慣らされた舌には、明らかに上の味だったけど。

話が脱線している。あの日々が懐かしすぎるのが悪い。

え、野乃花?あの子は、、、私が22才、23才、24才になる年も、毎年ずっと会い続けた。親戚の家に行く度に必ずいた。ほかの子はいないこともあったし、来なくなる子もいたのだが。

今思えば、懐いていたと思う。よく会話をしたし、ごっこ遊びにも付き合った。

夏休み冬休み宿題を私が教えることもあった。「増田くん。あたまいー!」とよく言ってくれた。私は漢字に弱かった。今でも書き誤りをすることがよくある。

野乃花に、「こないだの発表会でね、その旨(うま)をまとめて発表します」と読み間違えた話をしたが、さすがに理解してくれなかった。

ある日、曇天で雷が鳴っている時に、雷を素早く動いて躱せるのかという話になった。私が「雷はね。上から落ちてくるんじゃなくて、下から上に昇ってるんだよ」と伝えると、「うそ。ほんとー。今度試してみる」と言った。「絶対に試したらダメだよ」と釘を刺した。

野乃花について、はっちゃけ雰囲気の子想像するかもしれないが、実際は年齢に見合わない利発な子だった。理屈っぽい私の話を、「へえ」と面白がってくれる唯一の人間だった。

夕食の時は席が大体隣だった。誕生日プレゼントをあげた時は抱き着いてきた。年齢差はあったけど、会話が弾んだ。

親戚の大人達が家にいない時だと、2人きりになることがあった。かくれんぼとか、鬼ごっことか、ノートPCヤフーポータル画面を開いて、いろんなことをググったりした。(ほかの親戚と一緒に)花火大会にも行った。水族館にも。遊園地にも。

彼女は明るくて溌剌としていて、私みたいな陰キャラとは違った。いわゆる"いい子"だった。はてなブックマークでいうと、女性ブクマカトップコメに入りがちな、快活な方々がおられると思う。あんな感じの、知性やユーモアを伴った明るさである



25才の頃は、新卒で入った茨城県にある電機メーカーに勤めていた。

親戚の家に行くのは、年に2回ほど。祖父は、私が社会人になっても毎年お小遣いをくれた。「早く技術士になれよ、期待してるぞ」って、行く度に祖父が言ってた。それから十年もかかったが、祖父と同じ電気分野で技術士試験を通った。

それくらいの年齢になっても親戚の家に行ってたのは、野乃花のことが頭にあった。私に懐いてくれる女性というのは、それまでの人生彼女しかいなかった。私はモテなかった。はてな語で言う弱者男性

ある年の夏だった。自家用車で一人でその家に行くと、玄関口の廊下に野乃花がいた。靴を脱いで、家の廊下に上がったところに古い掛け時計があった。ずっと昔からあって、玄関に上がる時は時刻を見るクセがあった。

廊下に立っていた野乃花に近づいていって、野乃花の両肩に手を置くと、野乃花が唇を突き出した。キスをした。口にする方だった。

私は別にロリータ同人誌アンソロジーを持ってたわけじゃない。そういうR18コンテンツに触れたこともない。当時の私は、社会人としての勤めや、理工学勉強の日々の傍らに、読書をしたり映画鑑賞をする男だった。年少への性癖はない。ただ、孤独への性癖があっただけだ。

野乃花とのキスというのは、その時が初めてじゃない。鮮明でない記憶だけど、初めての時は、私が22~23才くらいの時だった。野乃花が8~9才くらい。

親戚の家の中ほどにある居間で、2人だけになってる時に、身体が不意にくっついて……その流れで、人生で初めてキスをした。少し大人になれた気がした。

それからは、2人になる度に、親戚の目がない時にキスをしていた。唇を合わせるだけの簡単なやつを。一日に何度も。別に理由はなかった。私も野乃花も、ただしたかっただけだと思う。

野乃花が小学校卒業する年の2月だった。初めて2人だけで外に出かけた。それまでは、親戚付き合いの中で、花火大会とか水族館とか、飲食店などに一緒に行っていた。それが、野乃花が親に携帯電話を買ってもらい(青っぽいガラケー。私はスマホ)、LINEでやり取りするようになった。

デート場所茨木駅周辺だった。茨城ってぶっちゃけ鳥取島根クラスに何もないところだけど、大きい駅の周辺では、ショッピンググルメ自然文化体験など色々楽しめる。野乃花のいる栃木でもよかったけど、『秒速5センチメートルごっこになってしまうのでやめた。積雪電車が止まるかもしれない笑

その日は、夕方まで一緒に何時間も過ごした。最後美術館に行って解散した。帰りの電車賃は社会人だった私が出した。それ以外の、食事代とか入館料は割り勘だった。出そうとすると、野乃花が嫌だと言った。

電車が出る時間になってホームで別れる時、「楽しかったね」と私が言ったら、野乃花が「今日、一緒にいられない?」と聞いてきた。潤んだ瞳だった。吸い込まれる瞳ってどこかの小説地の文があったけど、あれは作者の実体験だったんだと感じた。

仕事あるからね。また今度ね」と言うと、野乃花は俯いて電車に乗った。最後に手で肩に触れて、「バイバイ」ってお互いに言った。野乃花は泣いていた。



ここからは閑話。読み飛ばしを推奨する。

あの頃は、年齢差のことを考えることがあった。私と野乃花の年齢差は、年度でいうと14年分。一番最初に会話した時は、小1と大3だった。

(以下閑話)※当時のメモを参考

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年齢差についての関数

年数をxとして、お互いの年齢の比をf(x)とすると、f(x) = (a+x) /(b+x)となる。年数xを経る毎に0<f(x)<1で単調増加で1に近づく(極限操作)。

お互いの年齢比が0.5になるときの経過年数は、式変形によりx=2a-bで表現できる。この比率もっと一般的表現すると……。上記f(x) = (a+x) /(b+x)を微分すると、商の微分でf`(x) =(a-b) /(a+x) ^2

f`(x) =0になる極値は……?と考えると、残念ながら存在しない。

元の関数f(x) = (a+x) /(b+x)というのは、式変形すると、f(x)=1+((a−b)/(b+x))となる。これは、f(x)=a/(b+x)という直角双曲線をグラフ平面において平行移動させたのみである

直角双曲線は微分可能であるが、極値がない。正負の値を関数に入れると、グラフ上で左右に分かれて存在することから、右極限と左極限が一致しない。

方程式 f`(x) =(a-b)/(a+x) ^2において、a−b=0が成り立つのは、a=bの場合のみ。導関数ゼロ。定数関数であり、傾きはない(定数関数微分可能かどうかは流派による)。a≠bだと、導関数ゼロになるxの値が存在しない。

年齢算という算数を扱っている以上は、関数の形状はシンプルである。一番知りたい特定の値に向かって方程式に数値を入れるのみ。私は複雑な答えを求めたが、その行為自体が適切でなかった。つまり、二人の年齢差というギャップは、数学的には永遠にまらないという無慈悲証明けが残った。

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(閑話終わり)



野乃花が中学生になった年だ。私は茨城県にあった電機メーカーを辞めて、他業界IT企業転職した。広島市営業所があるメガベンチャーだった。

仕事に忙しい日々だった。距離があるので関東に帰ることも無くなって、それで……野乃花とはそれっきりになった。LINEメッセージも、いつの間にか途絶えた。既読無視をしたのは私の方だ。

もう結構な年齢である

今は独立して、都内IT関係下請けをしている。フリーランスだ。ハイクラスエンジニアでは決してない。うだつが上がらない日々だけど、いつかは1人社員株式会社にしたいと思ってる。今の自営業屋号は、結構厨二が入っている。実年齢よりも幼い人間なのだと感じる。

なぜ、この日記を書こうと思ったか正月に野乃花と会ったのである。もちろんあの親戚の家で。あそこに行くのは久しぶりだった。

其処に行く途中の車内で、母に聞いた。あの家は祖父祖母も亡くなっていて、今は叔父夫婦が住んでいるだけ。跡継ぎはいない。子どもはいたが、みんな自立したらしい。大きい家なのに勿体ないって、そんなことを思いながら親戚の家に着いた。

玄関を上がって、あの時の古い掛け時計が別のに変わっているのを見て、それから台所(兼ダイニング)に行くと、親戚が何人か座っていた。その真ん中あたりに……野乃花がいた。

野乃花と会うのは約15年ぶりだった。

私と目が合うと笑顔になった。ダイニングの隣にある小さい居間では、親戚の子達が皆で一緒にタブレットアニメを観ていた(私はここ数年アニメを見てない)。少年の時、ボードゲームをしていたのが懐かしい。あの頃より人数が減っている。

話は変わるけど、もし『グノーシア』のボードゲームや、人狼ゲームがあったらやってみたい。一生叶うことはないだろうけど――もしアニメ化もされたら観てみたいと思う。

野乃花を見た後で考えた。

まだ夕方ですらなかった。これから何をしようか、どうやって暇を潰そうか。スマホ操作するだけでは勿体ないし、懐かしいその辺りを散歩しようと思った。

本当は野乃花と話したかったけど、連れていくわけにはいかないし、話せるだけの心の余裕もなかった。それに、野乃花は夕食の準備を手伝っていた。



近所の散歩が終わって、台所ダイニングで豪華な夕食を食べて、ビール瓶を何本も空けて、親戚連中の大人(あの頃の子ども達)とたくさん話をして、トイレに行ったり、親戚の子の遊びに付き合ったり、お年玉(※宿泊費)を払ったり、十数年ぶりの親戚の家は懐かしい。野乃花はずっと飲み会を手伝っていた。

飲み会の後、ダイニングでスマホをいじっていると、深夜が近づくにつれて親戚の数が減っていった。「そろそろ寝ようか」と思ったところ、廊下から野乃花が入ってきて、こちらに歩いてきた。私の隣の席に座った。結婚指輪はしてなかった。

「久しぶりだね」

と私が声をかけると、

増田くん元気そうだね」

と返ってきた。

面影がすごく残っていて、懐かしい感じがした。

子どもの頃の就寝時間は午後十時だった。今は大人から、あと一時間は起きていられる。野乃花と喋ってから寝ることにした。

思ったより多くの会話をした。卒業した学校とか、就職先とか、今の趣味とか、好きな本とか、最近観た映画とか。私はサブカルが好きだけど、野乃花もそうだった。アニメだと『ブルーロック』の話をした。エゴの塊みたいなキャラの話で盛り上がった。漫画小説の話もした。吾峠呼世晴の初期短編集は2人とも読んでいた。

でも、野乃花が不意に言ったのだ。

「私、増田くんと結婚するんだって思ってた」

心臓ドンって叩かれた。この時まで、悪いことしたという思いはなかった。

でも、この時になって、私があの頃、どういうことをしていたのかって、そういう思いが一瞬で頭の中を駆け巡って、後悔が襲ってきた。

「迎えにきてくれると思ってた。連絡がほしかった。私は増田くんに会いに行けないのに」

野乃花を見ると、涙を拭っていた。鼻もすすっていた。

それから沈黙が続いて、「ごめんね」と言った。そしたら確か、「増田君は結婚したの?」と聞いてきた。

結婚どころか、離婚まで経験していることを話すと、野乃花は爆笑していた。机に突っ伏して、本気で笑いを堪えている様子だった。話を続けると、野乃花も一度離婚経験していた。

なんだか変な雰囲気になって、それからまた、さらに笑える話を(お互いに)続けて、そうこうしてると午後11時になった。LINEの連絡先を交換して寝室に入った。



読者の方は察してるとは思うが、私はいわゆる発達障害である。診断済みだ。

メガベンチャー転職をして地方都市引っ越した後、仕事人間関係で苦労することがあった。明らかにおかしいと思い、精神科医に診てもらったところ、様々なテストの後に、そういう診断が出た。子どもの頃からの行動傾向を見てると明らかだった。

ある情報によると、発達障害精神年齢というのは……実年齢×0.60~0.70らしい。青春期の、精神が最も発達する年代に脳が発達をしてくれない(脳発達のピークが30代にくる)。

一方で、一般的女の子は、男の子よりも数才精神年齢が高い。ということは、最後に野乃花と会った時の精神年齢は……私だと26才×0.60~0.70≒15~18才ということ。野乃花が実年12才+2~3才とすると、14~15才ということだ。

あれ、なんだこれと思った。そういう視点で考えると、野乃花との年齢差があっても話が通じたことの合点がいった。

私と野乃花は、あの瞬間、確かに「同級生」だったのだ。

話は以上である

我ながら恥ずかしい執筆体験だった。私の言葉で思い出を表現できてよかった。理屈っぽくて読みにくかったとは思う。

でも、言葉にしたかった。あの時、親戚の家のダイニングで、20代後半になった野乃花と再会した時の衝撃とか、それよりずっと前の、野乃花との楽しい日々の思い出とか。ここで、こうして吐き出すことができてよかった。

明日からは、また一人のはてなユーザーである。みんなの面白日記を、また読ませてほしいです。ここまで読んでくれた人、ありがとうございました。

2025-12-04

玉城デニー知事10月24日記者会見のおいて、尖閣諸島周辺で中国艦船地元漁船の漁を妨害して漁民不安が広がっていることについて、「安心安全領域で漁が営まれることのほうを選択されたほうがよろしいのではないか、と個人的には思う」と述べた。

これは尖閣諸島での中国艦船パトロールを黙認しているような発言であり、また地元漁師尖閣諸島周辺での漁をやめさせようとも受け取られかねない発言だ。

海上保安庁国土交通省管轄です。武装した漁船体当たりされても親分の国交大臣親中派公明党が長年占めてるんですから海保もどうしようもありませんでした。

ようやく公明党政権離脱してくれたのですから海上保安庁も今までのように悔しい思いをせずに頑張ってもらいたい。

2025-11-29

自分能力の「市場価値」を安く見せて他人に尻を拭かせる者は、恥を知れ

・隷従は、第二の本性となった「習慣」から起きる

圧政者の共犯者となって悪事をはたらき民衆を隷属させる実行部隊隊長は高々4, 5人

臣下を飼い慣らすやり口〉

ペルシャ王は遊戯によって民を腑抜けにした

ローマ圧政者たちは饗宴によって民衆を買収した上で「護民官」を名乗った

エジプト初期の王は小道具を使って自分権威神秘性を与えた

エペイロスの王は奇跡や驚異を「捏造」した

まり、「圧政者どもは、自分地位を確たるものにすべく、民衆服従ついで隷従の状態に慣れさせ、ついには自分を『崇拝』するに至らせるべく、弛まぬ努力を重ねてきた」

さらに、

万年野党として反発するその実、民衆ブレーキ役として圧政者と阿吽の呼吸で手を握り、旨みを噛み締める輩がいる(「証拠」を出せ!)

とはいえ

戦車体当たりしても轢かれるのがオチなので、自分の「何」が圧政者の利益になっているかを見極め、それを手札に使う。ただで「それ」を与えないということ。

Étienne de La Boétie自発的隷従論」より

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