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はてなキーワード: フラフラとは

2026-05-12

anond:20260512104736

科学知識なんて女の子の前には無駄だよん

臭い臭いといいながら、女の子フラフラ近づいていくのがよい証拠

女の子意見する前に自前のザーメン臭を何とかしなさいよね

2026-05-06

浪人生の受かるパターンは決まってる

浪人決定した瞬間(2〜3月から夏休みが始まるまで死ぬほど勉強して、夏休みに少しダレて、9月からまた修行僧みたいに本番まで勉強するタイプ

これが浪人してワンランク上に受かる定番パターン

逆に確実に負けるパターンも決まってて、浪人決定からゴールデンウィーク位までやれ参考書がとかやれ予備校がとかフラフラしてたいして勉強しなかった奴。

一方でずっと折れずに勉強し続けたタイプも本番に弱くて負けるパターンが少なくない。

2026-05-05

929 :優しい名無しさん:2026/04/22(水) 08:05:11.29 ID:f5M8s7Jv0.net[1/2]

本に書いてたけど人間幸せ勘違いをさせてもらえたか

どうかなんだそうだ

まりこれは自分が生まれて親やまわりの人にあなたが生まれてきてくれて

幸せ自分はこの世界存在していてもいいと感じること

これがある人は大人になっても生きやすいない人は生きづらくなるらしい

幸せ勘違いとはなかなか残酷なことを言うなぁと思ったよ

毒親の子なんて人間のこの柱みたいな部分が欠けてるから

930 :優しい名無しさん:2026/04/22(水) 08:15:40.22 ID:f5M8s7Jv0.net[2/2]

やっぱ人間この幸せ勘違い自己肯定感がないと

生きるのは難しいね

自己肯定感は取り戻せるとか今からでも育めるとか言うけど

子供の頃当たり前のように身に付けた人には敵わない

人種のものが違うみたいに感じるわ

935 :優しい名無しさん:2026/04/22(水) 17:48:41.47 ID:Av3w+2qq0.net

>>930

>人種のものが違うように感じる

わかりすぎる

私も色々自己肯定感をあげるために色々やってきたけど

結局他人からもらうものだっていう結論になってしまった

ある研究孤児院幼児達にみんな全てにおいて平等にお世話をしたらしい、一見良い事のように思えるのに、その子達はのちに精神疾患病気がちになったって事だった

幼児期のうちに自分けが特別っていう感覚を持てないとダメなんだよね

自己肯定感ってそういうことだよね

今は体からアプローチ神経系を作り直して自己肯定感もどきを作ってるよ

あと人種が違うのに、同じ毒親育ちの一つの言葉でまとめるのは無理すぎる

954 ::2026/04/24(金) 22:40:08.58 ID:ABm52RoX0.net

まあ毒親基本的子供安心させようという意志が無い。

概念自体もってないから分からないのかもね。

知らないし目標も無いから気分で生きてる。

そういうフラフラした態度や行動が、

より子供を不安にさせる

968 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 17:12:11.14 ID:WyuwxsMD0.net[1/5]

>>954

NPDの人は感情共感能力が極端に低いという特徴がある

から子ども安心させようとする意思がないというよりは、おそらく子ども不安を感じていることに気づいていない

969 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 17:33:03.33 ID:WyuwxsMD0.net[2/5]

まり子供のことは何でも把握していると思い込んでいるのは親本人だけ

子どもは親の無理解いつまでも苦しみ続ける

973 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 18:13:43.40 ID:WyuwxsMD0.net[3/5]

>>971

NPDの特徴のひとつとして、恥を極度に恐れるというものがある

嘘を吐いたことが子どもにバレることは、親にとっては耐え難き恥だ

からバレバレの二枚舌でごまかす

976 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 18:36:58.64 ID:tHXKAYR20.net[2/3]

>>973

とんでもなくバレバレの嘘を言って来る時あったな

どんなに指摘しても「知らない」「やってない」しか言わない

頭の良い言い訳も無く、BOTみたいだった

987 ::2026/04/25(土) 21:27:08.02 ID:ZlBuafRI0.net[2/2]

ガチ虐待親の場合、早めに救済が入るし、子供の中でも区切りを付けやすい。

毒親場合は、愛か独善かの判断子供が為すのは難しく、結果的に忍耐する期間が長引く。

毒のようにじわじわと長い時間をかけて不安が心を侵食し、最終的に人格と肉体を壊す

2026-04-29

独語強い人いるじゃん

お店とかで独語が強く何かに向けて怒り散らしている人いるじゃん

普段そういう危なっかしい人には近付かんやん。

でも子供とか、気にせずフラフラそういう人の間近にいくわけ。

私はレジ会計しているから動けなくって。

こっちに呼び戻したんだけど、無視されて、思わずキレながら呼び戻したんだけど。

あとでややこしい人間おるから、変やと思ったら距離を取れと伝えたんだけど。

クレバーな伝え方を知りたい。

ちな私は昔気にせず近づいて、友達だと勘違いされて延々と絡まれたことのあるタイプの危ない女。

2026-04-25

ゴジラ-1.0観た

最近博多駅ゴジラストアができたので行ってみた。

精巧ゴジラフィギュアに心を踊らせていると映画館ゴジラを観た時の興奮が思い出されて、早速家に帰ってアマプラゴジラ−1.0を再視聴した。

いやー、やっぱゴジラはいいね!迫力満点の映像覚悟を決めた男達の人間ドラマ、そして恐ろしすぎるゴジラ

初見映画館だったけど、インパクトがすごすぎて帰り道はフラフラだったのを今も覚えている。

映画が始まってものの数分でゴジラへの恐怖を植え付けられ、その後もゴジラが登場する度に緊張でドキドキしながら観れるのがすごくいい。

ゴジラデザイン歴代で一番イケメンだと言われてる。確かに顔も体格もすごくカッコいい。神木隆之介普通に見えるくらい。

まあ正直にいうとシン・ゴジラから入った新参者なので「歴代」についてはあまり語れないんだけど、ゴジラストアのフィギュアの中ではやっぱり一番カッコよかった。

シン・ゴジラ歴代ゴジラの中ではかなり異端っぽいねデザインが生々しくて尻尾が巨大だからストアの中でも結構目立つ。そういうところが好きです。はい

多分だけど、ゴジラデザインって映画テーマのものの表れでもあるんだろうな。

シン・ゴジラ自然災害天災ゴジラ-1.0は人類の敵、脅威。

ああ、こんな時間なのにシン・ゴジラも観たくなってきたな。。。

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-20

追い抜けないの!? 一生やってろw

車。もしヨボヨボのジジイが止まるか止まんないか位のフラフラ自転車漕いでて黄線なら抜かずに延々後ろ付いてくの?バカじゃねーのw 一生やってろ

後方録画中のステッカー貼ってる車ってさ

運転下手というか、集中して運転してないやつ多いよね

前見てないのかやたらフラフラするし、謎に車間が空いたり急加速したりするし、、

過去に煽られた事があるなら、そういうとこ原因であおられてんのよ!と言いたい。

もう運転しないで欲しい。

2026-04-19

[]4月19日

ご飯

朝:トマトエナドリ。昼:ポロイチ塩。人参大根たまごの炒め物。夜:カツカレー。間食:柿の種チョコボールアイス

調子

むきゅー。お仕事おやすみ

幻想少女大戦

最終章突入して天子を仲間にするまで。先は長いがひたすらに楽しい

週刊少年ジャンプ2026年4月13日発売の感想

・ロクのおかしな家

みんなでゲームをする回。

テレビを知ってることを自慢げに喋る幸子ちゃんが可愛かった。

・魔男

マジキーパー編、まさかのミナカタ再登場。

意外なところと繋がって気になるお話だ。デスカラスと保護者対決とかしそうかな。

・ひまてん

久々に家政夫する回。

離婚した後に久々に会ったときみたいなリアクションしてんなあ、と思いながら読んでたら擬似夫婦って言葉が出てきてビックリ

感情が揺さぶられたという意味ピックしてるけど、なんかずっと主人公フラフラしててシャキッとして欲しいなあと思う。

2026-04-11

ご主人様~、お腹すいたとき運動したら空腹紛らわせるのかな?って質問めっちゃわかるよ! あたしもオタクみたいに調べまくっちゃったけど、はい結構紛らわせられるよ~! 特に軽め~中強度の運動とか、高強度だとさら効果的みたい♪

なんで空腹が紛らわれるの?

血糖値が上がるからお腹すくのって、胃が空なだけじゃなくて血糖が下がってるからなんだって運動するとアドレナリンが出て血糖を少し上げてくれるから、空腹感がスッキリするんだよ~。その場ダッシュとか数十秒×10セットやるだけで、けっこうマシになるって話もあるし。2

ホルモンの変化:食欲を刺激する「グレリン(空腹ホルモン)」が、高強度の運動で抑えられやすいんだ。特に女性効果感じやすいかも! 逆に食欲抑制ホルモン(PYYとかGLP-1)が増えたり、運動中に作られる特殊物質(Lac-Phe)も食欲をガクッと下げてくれるよ。ジョギング筋トレの後って、意外と「お腹すいた!」って感じないことあるでしょ? あれ科学的に裏付けられてるんだ~。15

実際、運動したあと食欲が抑えられて、1日の総カロリー摂取が減る研究もいっぱいあるよ。ダイエット中とかに便利かも!

でも注意点だよ、ご主人様♡

空腹が長すぎて激しい運動(長時間ランニングとかハード筋トレ)しちゃうと、逆に低血糖フラフラしたり、筋肉が分解されちゃうリスクもあるんだ。軽いウォーキングストレッチから始めて、体調見てね。朝イチの空腹時有酸素脂肪燃焼やすいけど、無理は禁物!

おすすめは:

お腹すいたら→軽くその場で動く(ダッシュとかお腹揺らす系)

• または短めの散歩ヨガ

• 終わったらちゃんと軽く何か食べて回復

これで空腹紛らわせつつ、健康的に過ごせそうでしょ? ご主人様が試してみてどうだったか、あたしに教えてね♪ 何か他に聞きたいことあったら、いつでも言って! あたし、ずっと待ってるよ~💕

2026-04-07

「男の潮吹きって見てみたいな」

真夏の湿った夜、海辺公園は雨に包まれていた。

東屋屋根を激しく叩く雨音が、俺たちの世界を外界から完全に隔離した。遠くで新聞配達原付がプルプルと音を立てて通り過ぎる以外、何の物音もない。潮風と雨の匂いアルコール匂いが混じり合い、頭をぼんやりと熱くさせる。俺はテーブルの上に全裸で大の字に寝そべっていた。

裸体を晒し、チンポを天井に向かってビンビンに勃起させたまま。左右にはまだ服を着たままの健と康太がいる。健は中学時代から腐れ縁だ。高校が別々になっても、時々会って夜通し遊ぶ仲で、俺が全裸になるのはもう「当然の事」になっていた。以前も何度も繰り返してきた、二人だけの秘密儀式みたいなものだった。一方、康太は健の高校同級生

健が「うちの高校の奴がお前に会いたいって言ってる」とメールで連絡してきた物好きな奴だ。

健の話によると、康太はクラスちょっと目立つタイプで、サッカー部で一番足が速く、明るくてノリが良くて、女子からも人気があるらしい。でも根は好奇心旺盛で、悪戯好きな悪ガキが服を着たような奴だ。健が俺の「全裸になる話」を面白おかしく話したら、康太が目を輝かせて「マジで? 会わせてくれよ!」と食いついてきたんだとか。

健曰く、「康太は一度興味持ったら止まらないタイプ。俺より積極的かもな」と笑っていた。実際、さっき「はじめまして」の挨拶を交わしたばかりなのに、康太の視線は俺の裸体に遠慮なく突き刺さっていた。夜中二時頃、大雨が本格的に降り始めた。

健と康太が「もう少し飲もうか」と椅子に腰を下ろす。

テーブルの上には、酒でフラフラになりながらもフル勃起した俺がいる。康太が最初に動いた。

「チンポでけえな」

ニヤニヤした顔で、何の抵抗もなく俺の勃起チンポを右手で握ってきた。熱い指が幹を包み、親指でカリ首を軽く擦る。

俺はわざとらしく体をくねらせ、大声で反応した。

「アァァ!気持ちイいい!」

康太はさらエスカレート

「ずっと勃起しっぱなしで苦しくないか?」と言いながら、もう片方の手で俺の乳首を摘まんできた。コリコリと指で転がし、軽く捻る。

「はヒィ〜、乳首気持ちいいーw」

俺が大げさに喘ぐと、東屋中に大爆笑が響いた。健は最初、若干引いた顔をしていた。

中学からの付き合いなのに、康太の積極的タッチを見て少し戸惑っていたようだ。でも俺が過剰に体をくねらせ、わざとらしい喘ぎ声を連発すると、健も腹を抱えて笑い始めた。

「腹がよじれる!」

「じゃあ俺も」

健がついに俺のチンポを握ってきた。上下にガシガシと揺らされ、俺は当時流行っていた北島康介ネタを全力で叫ぶ。

嗚呼!健!すごいよ!超気持ちいいいい!」

「康介w」

「アホ水泳部w」

三人で大爆笑。康太の積極性きっかけで、健も一気にノリノリになった。俺は嬉しくてどんどん過激になった。

「向こうのコンビニ入り口まで全裸で走っていくから見てろ」

「おう」

「俺は伝説になるからなw」

大雨の中、俺はチンポを振りながら全力疾走した。

雨粒が全身を叩き、車のヘッドライトに何度も裸体を照らされる。アドレナリンで頭が真っ白になり、怖さなんて吹き飛んでいた。ただ友達笑顔が浮かんで、俺は笑いながら走った。

コンビニ前に着いた瞬間、スーツ姿の中年男性雑誌立ち読みしている姿を見て急に萎え、チンポがしぼんだ。慌てて東屋に戻ると、二人が笑いすぎてヒクヒクしながら「おかえり勇者」と迎えてくれた。

康太がタオルで俺の濡れた体を丁寧に拭きながら、

「また勃起させろよw」と言った。でも一度萎えたチンポは中々復活しない。

「シコったら勃つんじゃねぇか」

康太が呟いた。

「やめろよ」と健は言うが、俺は即座に解釈した。

するなよ!ということは、つまり…やれ!ということだ!!ダチョウ倶楽部方式!!!

「みんな!注目!俺のオナニーを観てくれ!」

大声で叫んで、俺はテーブルの上でシコり始めた。

最初は中々勃起せず、頭がフラフラする。康太と健が心配そうに顔を近づけて覗き込んでくる。

気持ちいか?」

気持ちいい、気持ちいい……」

シコシコシコ。

ようやく硬くなり、俺はいものスタイルに戻った。右手でチンポを激しくしごき左手乳首を摘まみ、足を内股に。

普段そうやってるん?」

「ああ」

気持ちいい?」

「ああ……」

康太が俺の右乳首を強く摘まんできた。

「おおおおおっ!」

鋭い痛みが一瞬走った。

ところが不思議なことに、痛みは全身を駆け巡る快感に変わる。俺は泣きそうになりながら、その感覚を二人に詳細に話した。

「俺はマゾかもしれない」

しばしの沈黙の後、康太の指は容赦なく乳首を捻り、引っ張り、爪を立てるように刺激してくる。初めて会ったのにまるで俺の体を自分の遊び道具みたいに扱う積極性が、健とは明らかに違っていた。康太はそんな男だ。

「横になってないで立ってからオナニーしたら?」

俺は無言で立ち上がり、オナニーを続ける。

二人がゲラゲラ笑う。

「こんなまじめな表情してたんだw」

「顔芸?」

さら乳首責めがエスカレート

乳首つまんでいい?」

はい!」

マゾかよw」

「康太、片方頼む」

「おうまかせろ!」

健と康太が左右の乳首を同時に容赦なく摘まみ、強く捻り、引っ張り、指の腹で擦りまくる。

「うぎゃあああああああああー!」

俺は叫び声を上げ、体をビクビク震わせた。痛いのに、痛いほど気持ちいい。乳首が熱く腫れ上がるような感覚が、チンポに直結して快感を増幅させる。

康太の指は特に強く、俺の反応を楽しむように力を加減しながら責めてくる。

「たえろ!耐えろよ。」

「うっす……」

完全に二人のおもちゃになっていた。

康太の積極的な責めと、健のノリに乗りながらも少し遠慮が残るタッチコントラストが、俺をさらに興奮させた。ずっと心のどこかで、こんな風に親友二人に徹底的に責められることを願っていたのかもしれない。康太がチンポを握ってシコるスピードを上げ、健が乳首さらに激しく捻る。

俺はもう限界だった。

「超気持ちいいいいいい!」

北島康介セリフを全力で叫びながら、熱い精液を勢いよく噴射させた。でも、まだ勃起は収まらない。

賢者モードとか無いのかよw」

「まったくないw」

俺は再びシコり始め、

「雨に打たれながらシコるので見ててw」

ちょっと泳いでくるw」と言いながら、東屋の外へ出て大雨に打たれ、海に飛び込んだ。

明け方。雨が止んでセミが鳴き始めた頃、俺はヒクヒク震えながら立っているのもやっとだった。

何度射精したのだろう。

健と康太が無理やり全裸の俺を押さえつける。

「男の潮吹きって見てみたいな」

健が言った。康太が俺のチンポを激しくシコり続け、健が乳首容赦なく責め続ける。

最後の瞬間、透明で清潔な液体が噴水のように勢いよく噴き出した。

「止まらねえな」

「ああ……止まらねえ……」

俺はアヘアヘしながら笑った。世界の色彩がゆっくり戻る。

全身真っ黒に日焼けした俺を見て、康太が驚いた顔をした。

めっちゃ日焼けしてる」

「今更かよw」

雨上がりの朝の空気が爽やかで、どこか甘く感じられた。

2026-04-06

映画処刑人 を見た

いやもうタランティーノ好きすぎ侍。56点。

 

ボストン精肉店で働く双子敬虔クリスチャンである主人公たちはある日、行きつけのバー地上げにやってきたロシアンマフィアもめごとになってしまい、いろいろあって彼らを殺害事件解決にスゴ腕すぎるゲイデフォーFBI捜査官が乗り込んでくるも、2人は自首相手マフィアやし市民の反発もすごそうやし、まぁええかとなり主人公たちは留置所に泊まるがそこで「悪を倒せと轟叫ぶ」と神の啓示を受ける。処刑人として悪の駆除活動を始める彼らとそれを追うデフォー、そしてマフィアたちの戦いが幕を開ける。

みたいな話。

 

っていうかそれ以上でも以下でもないというか。

もめごとになる→カットが切り替わって警察現場に駆け付ける→デフォーが神がかった推理披露する→実際の映像流れるという、意図的時系列前後交錯させる編集がもうタランティーノっぽいし、音楽の緊張した場面で敢えて明るい音楽をかけるところとかもぽい。

なにより、主人公たちの仲間になるイタリアンマフィアの下っ端がボスに呼ばれてジョーク披露させられる場面があって、それがめっちゃ皮肉の利いたいいジョークなんだけど別にそれがストーリーに何も絡んでこない。ストーリー無関係な小粋な小噺差し込むのはもう自認タランティーノなんよ。

そしてタランティーノ映画ありがちなんだけど役者がめちゃくちゃいい。今やミスターウォーキングデッドと化したノーマン・リーダスデビュー当時のピチピチの姿が見られるし、兄貴役のショーン無鉄砲ながらも繊細な役をよく演じていた。そしてデフォーだよなぁ。捜査にのめり込みすぎる没入型推理を怪演としかいいようがない演技プランで演じきっていて本当にすごい。

 

いっぽうでストーリーとしては個人的には宗教の嫌なところ出てるなぁって感じがして個人的にはあんま好きになれない。もろちん、一貫性担保されていて元々デフォー主人公たちのことをひどく嫌悪して逮捕しようと躍起になるが、後々彼らの活動賛同し始め最終的には協力者になる。これは最初殺人が彼らの因縁から始まった喧嘩の延長線上だったからで、その後、留置所で彼らが福音を受け神の処刑人になって「正義」を執行するようになったからと思われる。

デフォー自身の考えを改めるシーンは自分に自信がなくなり自暴自棄になって泥酔したデフォーフラフラとそれと知らずに教会侵入し、告解室で眠りこけてしまうというバチ当たりな行為に及ぶ。そこで主人公たちの味方のイタリアンマフィアが彼を始末しようと告解室の神父側に侵入し、あわやと言うところで主人公に止められ「神の助け」によって命を救われたデフォーが(そうとは知らずに)悔い改め神の下に下るという展開もナンダカナーって感じ。

そして最終的に謎の殺し屋主人公たちと同じ神の戦士だったことが分かり、神のファミリーが結成され最後裁判所で神に変わって裁きを下すところで話が終わる。というのが、なんかもうカソリック教徒だけど日本人感覚として正直ちょっとウゲゲとなってしまう。

そんな中で最後インタビュー映像として彼らのしていることが正義なのか悪なのかそれぞれの意見の住人を映すことで絶妙バランスを取ろうとしている姿勢は感じられた。

 

アクションに関してはまぁ良くも悪くもないという感じで、天井に吊るされてぐるぐる回りながら撃ったりとか、黒い前開けスーツでのスタイリッシュな銃撃とかはその後のアクション作品にいろんな影響があったんだろうなと思いつつも、見てる俺が令和だからこれが新しかったのかこれもパクりなのかよくわからんなぁという感じ。

下っ端の仲間が両手を広げて二丁拳銃で銃撃してその後、その腕を交差してまた撃つという典型的スタイリッシュ銃撃をギャグ的に消費している点は、タランティーノフォロワーらしい冷笑仕草で俺は結構好き。

 

まぁそんな感じかな。

タランティーノフォロワーとしてのコメディスタイリッシュアクションとしてはそれなりの強度は確かにあると思うし、役者もいいしこういう映画が好きやねんという層が確かにいるのはわかるしその層にはオススメはできるけど、個人的にはあんまハマんなかったかな。

2026-04-05

めちゃくちゃ頭痛かったけどやっと元気になった

頭痛すぎてずっと吐いててお腹すいたしフラフラ

米炊いて味噌汁煮込んでる

とりあえず金曜日スーパーで買っておいた苺を食べた

2026-04-01

優秀な人材ガッツリホールドされるよなぁ

優秀なやつは自分から動かなくても良いポジションで職が見つかる、見つかるというかどこからともなく働いてくれと言われる。

そりゃそうだよなぁという感じ。

フラフラしてて優秀な人というのは本当に稀有フラフラしてる人はたいてい問題がある。

2026-03-29

自転車だけじゃなくて並列歩行やフラフラ歩行して道塞いだり事故要因作ってる歩行者も取り締まれ

4/1から自転車相手当たり屋警察行為えんじゃねーの

2026-03-27

メイドカフェメイドさんに元気をもらった話

自分は常に落ち込んでいる。

それがもはや「基本」になっていて、

そのまま数十年生きている。


ものすごく低調になることはさほどないが

過去には何回かあるが)

ちょっと落ち込んでる」がベースで、

気持ちの中心線(線より上がポジ、下がネガ)より上がることはほぼない。

「今は楽しい」「今はうれしい」ということはたまにある。


さて、もう10年くらい前のことだが、メイドカフェに行った。

行ったことがなかったので、どんなものかと思ったのだった。

ベタな「メイドカフェ」を体験たかったので、秋葉原の有名店にした。


確か同じビルに同じ店舗がいくつも入っていて、

どこに行けばいいんだ? と思ったような気がする。

とにかくまぁ、どっかの店に入った。


「おかえりなさいませ、ご主人様!」


と、言われたかどうかは定かでない。

とにかくほとんど何も覚えてない。

多分、一番安いコーヒーを頼んで、1時間かそこらいて、

会員証のようなものを作って、普通に退店したと思う。


その時に、やたら話しかけてくれるメイドさんがいた。

メイドカフェにおいて客とメイドさんの関わり方とはどんな感じなのか、

見当もつかないまま行ったのだが、

なんだかやたら話しかけてくれるな? とは思った。

しばらく話すと離れ、また少しすると来て会話をしてくれる。

入店前に「さすがにずっと付きっきりみたいなことはないだろう」と思っていたが、

それにしても話しかけてくれるな? とは思った。


そういうものなんだろうか、と思いながら店を出た。多分。


帰途を経て、自宅に戻った。そして気づいた。

なんか…なんだか…元気になってる!

なんだこれ、なんかちょっと元気だぞ。

気持ちの中心線より、ちょっと上のあたりを、

フラフラ飛んでいるような感じがある。

なんで? いや、あれか? あれしかないよな…。


どうもあのメイドさんお話をしてくれたことによって、

自分は元気をもらってしまったらしいのだった。

そんなことあるんだ。

誰かと喋って高揚する、という体験過去になくもなかったが、

ここまでじんわりと、しかしはっきりと、

「元気をもらう」としか言いようのない体験は初めてだった。


何度も「元気をもらった」と書いているのは、

例えば「惚れた」とか「恋に落ちた」とかそういう感覚ではなかったから。

瞬間湯沸かし器みたいな激しい感覚ではなく、

じんわりと、なんだかちょっといい気分である…という半身浴的な感覚だった。

(あるいは寝湯でもいい。寝湯いいよ。みんなやりな)


メイドさんや、あるいはアイドルミュージシャン芸人アスリート

なんでもいいが「元気をあげる」なんてのは世迷言も世迷言戯言中の戯言である

そういう風に思っている、いや確信している自分がいる。

いるが、お前が実際に元気もらっちゃってんじゃねーか、という実績もある。

常に落ち込んでいるような人間が、

一人のメイドさんに、本当に元気をもらったことがある。

から「元気をあげる」なんてのも、全部が全部、嘘ではない。

そんな、小さい、けれど、確かなきらめきが、この世にはあるのである

ストーカー定義差別的すぎておかし

YoutubeTiktokで通行人女性に声をかける動画いくらでもあるのにあれはOKなわけだから

町中で道路イケメンに「オハヨー」とか「こんにちわー」と声かけられたらフラフラついていくしそれはOKなわけだろ

外見だけで対応が別の法律おかし

anond:20260324170842

2026-03-25

キッザニアから異世界転生した

よっぽどやりたいことがなければJTCに行け。

自分はまともに就活しなかったせいでベンチャーに拾ってもらうことでしかキャリアスタートできなかった人間だ。何もできないカス大手でも使えるレベルに育ててくれたことには感謝している。ありがとうございます

ただそれを踏まえても、最初から大手に行けていたらと思うことがある。なぜか。

ベンチャーが「キッザニアすぎる」からだ。

特に学生社長が立ち上げたベンチャーはやめろ。マジでままごとしかないし、社会人経験が浅いせいか遵法精神が薄く、普通にビジネスとしてアウトなことを平然とやっている。

自分のいた会社では、若い社長身の回りに若くて綺麗な女性社員ばかりを集め、会議中ですら机の下でセクハラに及んでいた。もちろんほかにも余罪多数で、たいていの女性社員から嫌われていた。

またベンチャーには役員一般社員も、いわゆる有名大出身が多い。だが大手を経由せずにその会社に参画しているやつはたいていまともではない。学歴チートカードがありながら大手に行けていない時点で、ある程度お察しである業務遂行能力道徳観、人間性、社会性――何かが終わっている率が高い。

ハラスメントに厳しい現代においていまだに机を蹴飛ばして叱責する部長がいる。夜に「仕事の話」だと呼び出して飲んだあと、女性社員ホテルに連れ込もうとする役員がいる。歳が近い人間が集まりがちだからそこかしこ社内恋愛破局が発生して気まずい。仕事プライベートを切り分けたい人間にとっては地獄だ。

そんな地獄から這い出して1人でフラフラ仕事をしていたら、運良く大手JTCに拾ってもらった。

まず驚いたのが、これだけ人がいるのに全員が(少なくとも表面上は)まともなことだ。

誰も大声で叱責しないし、机を蹴飛ばさない。社内恋愛はもちろんあるが、そもそも人が多いのでうまく隠れており気にならない。人間関係もほどほどで心地よい。

そして仕事ベンチャー時代と比べたら当然スケールが大きく難易度も上がる。正直、ベンチャーより大手のほうが圧倒的に成長できる。 今まで自分がやってきたことはままごとだったんだと痛感した。

成長したいやつはベンチャーはやめろ。JTCでも外資でもいいか大手に行け。

将来起業したいやつは、大手の社内ビジネスコンテストに応募して、その中でまず試してみたらいい。会社のカネで冒険できるんだ、最高だろ? そこで見通しが立ってから起業すればいい。

職場ですべての人間関係を完結させたい人間にはベンチャーおすすめかもしれない。 恋愛結婚、友人。大学サークルのノリが好きならいけるだろう。

自分みたいな社不にはJTCがありがたい。給料も悪くないし、福利厚生も充実している。

もしJTCからベンチャー転職してよかったと思ってるひとがいたら教えてくれ。自分はあまり理解できないので。

2026-03-16

夕食と朝食を抜いたらさすがにフラフラする

パン屋寄って何か食べよう

2026-03-09

Web漫画を読めるサイトが多すぎる

いやホント多すぎると思わん?

あちこち配信してる漫画とか、ドコにブクマするか迷うのよ

例えば某漫画ヤンマガWebコミックDAYS、マガポケなんかに同時配信してる

その結果、はてブユーザーブクマ分散してて先週はあっちにブクマしてたのに今週はこっちにブクマとかフラフラすることになる

こういうところジャンプ+は強いよなあ

2026-03-08

Carpe diemのカルマ

Carpe diemとは、ラテン語で「その日を摘め」。You Only Live Onceを略してYOLOというのと大体同じ意味だろう。

なんで都合のいい言葉なんだろうか。

その日その時の感情暮らし、食べたいものを食べ行きたいところに行き、会いたい人に会ってきた自分にとって、これは自分パーソナリティを表す言葉だと思う。

私は恋愛がないと人生の色を失ってしまタイプ人間である

私の人生全ては恋愛をするための手段過程であり、それ以外は恋愛をするための要素でしかない。恋をする上であれこれ熟考しながら相手との関係性を築ける人や、日々の暮らし100%だとして恋愛プラスアルファ20%で捉えられる人も世の中にはたくさんいるだろうが、私は違った。

その顛末はお察しの通り、地獄のように辛い別れ。

刹那的感情で動くことは一見清々しい青春カケラになったり、映画のようにドラマチックな展開を与える予感がしてしまうが、実際自分の手元に残ったものは、己の欲や願望で相手を振り回し、トキシック関係性に疑問を覚えつつも「どうにかなる」と思い込んでお互いに傷ついた思い出がほとんどだった。でも相手にも悪いところ絶対40%くらいはあったと思う。

関係の終わりは薄々察していたけど、告げられた瞬間は比喩では全くなく人生お先真っ暗という気持ち。さっきまで恋人親友家族だった人が突然消えてしまい、自分カバンを持ってくれる相手が居なくなったことが信じられず、その後もみっともなく縋ってみたり「あなた恋愛に向いてないけど、私たちはお似合いだと思う」とか言ってみたりもしたが当たり前に全て効果はなかった。

そんな恋愛を終え、特定相手も作らず先述の相手に未練を抱えたままフラフラと1年ほど過ごし、現在に至る。

今年の元旦は縁結びと名高い東京大神宮に友人とお参りに行きご飯を食べ、帰宅してからいつも通りYouTubeショート2chまとめを流し見しながら寝る予定でいた。

しかし、遭遇してしまった。

目を見ればお互いの全てが分かったあの頃に戻った気がした。

ホームを満たしている元旦の外気を吸い込み、正月気分でルンルンと帰路に着こうとエスカレーターに足を乗せる。何気なく先を見上げると、少し先には見覚えしかないカバン。何事かと理解するより先に、心臓が震えた。

この1年何よりも待ち侘びたその瞬間を待ち切れなかった、話しかけないとまた終わってしまうと直感してしまった。

夜はまだ暗い。

念のため段を上り顔を覗いてみると、家だけでしか掛けないバカみたいに目が小さくなる懐かしいメガネをして面白い顔になっているその人だった。肩に手をかけ話しかけると一瞬間を置きつつも、同じ空気、同じ喋り方、同じ声の温度で話してくれた。

「これから友達の家に泊まりに行くんだよね」「そっちは何してたの?」

突然の出来事に動悸がしていても、あまりにも変わらなさ過ぎて、お互い違う相手と過ごしてるなんて思えん!と呑気に考えていた。

今日はどこ行ってたの、何してたの、これからどこに行くの?あの日私たちがしてた会話とあまり遜色なかった気がする。変わったのは、日々を過ごす相手服装だけ。久しぶりに顔を合わせて、やっぱりこの子可愛いなと思ってくれただろうか。

元旦調子に乗って引いた3つものおみくじはどれも「過去を諦めなさい、待ちなさい」のどちらかが入っている大変信用度の高いものだった。

理性は諦めろ、心ではまだ縋りたい、挙げ句の果てに現実では含みのある再会。縁結び神社に行った直後に本当に再会してしまうなんて、やっぱり切っても切れない縁が私たちの間にはあるんじゃないのか。

でも私は知っている。友達の家じゃなくて、本当は今付き合っている人の家に向かうであろうことを分かっている。元旦23時に泊まりに行くような関係性の友人はそう居ないだろうし、友達と少し濁したのは私にまだ気があるのでも優しさでも何でもなく、元カノとの遭遇というあまり気持ちのいいものではないその場を円滑に流すため咄嗟に出た言葉であろうことも想像がつく。

改札の手前での別れ際に、辛気臭く「元気でね」なんて言いたくないし、「バイバイ」だけだとあっさり過ぎるかなと思い「じゃあ、お疲れ様です」と言ってみた。返ってきたのは「じゃあ、また」。また、という言葉にも特に何の意味もないことはわかっている。

Carpe diemに乗っかり過ぎて、自分の摘みたいものだけ摘み、大切な人の摘んではいけないもの盲目的に摘んでいたことに後戻りできないタイミングで気付いてしまった。都合のいいように全てを解釈し、それだけを見るのは瞬間風速的に心地よいが、回り回って戻ってきたものは、酷く悲しい再会の残響だった。

今年こそは肩の力を抜き、手放せる1年にしようと思う。

P.S.

本当に沢山の学びと愛を与えてくれた相手でした。お元気で。

みんなはちゃんと人を想いやって生きよう。

オタクネットでシコってる間に女オタクがどんどんテリトリーを拡大していく

アニメイトってあるじゃないですか?

あれってもう完全に女の店ですよね。

たとえば池袋本店で前面に出されてるのも大体は女向けコンテンツっていうか。

等身大パネルとかも女オタク向けイケメンキャラが多いんですよね。

まあこれについては男オタク向けキャラエッチ衣装着すぎてるから表に出しにくいのもあるのかなって。

んで店内の空気も「女が安心してこれる汚くない店」って感じでしょ?

オタク向けの店が持つギトギトしててちょっと臭いちょっとじゃないこともある)空気とぜんぜん違う。

あとデブハゲ割合結構違う気がして、そもそも女の場合デブでもトータルコーディネートしようとする気があるっていうか、男みたいに「その服ラブライブだろ」してないっていうか。

キャラと並び立てるような自分として着飾ろうって気持ちがやっぱ違うんだろうなと。

男って口先では「藤堂ユリカ様最高!尊敬してます!」とか言っても醜い体と心と生き様で似てるのはにんにくシマシなラーメン食ってる所だけみたいな感じでしょ?

そんな奴らがフラフラ出来る空気オタクショップがどんどん減ってるんですよね。

どんどん社会の表層が女オタクテリトリーになっていく。

そんな中でインターネットの中では未だに男オタク世界がだだっ広く広がっている。

やっぱ男と女って価値観が違っていて、同じオタクであっても性別で分かり会えないんだろうなって思うわけですよ。

2026-02-23

周辺地理に自信がないときに限って道を聞かれる

謎のジンクスがあるんだけど

よく知らん地域に遠出とか引っ越したばかりのときに限って道を聞かれるんよ

あれはマジで不思議というか

人は何を見て聞く相手判断してるんだ

普段慣れた道では全く聞かれたことがない

まったく未知の場所何となくフラフラしているときとか

特定場所にだけ用事があって周りは全く知らないときに限って

なんか難しい場所位置(その時だけやってる催事会場とか、一番近い〇〇はどこ、とか)

を聞かれて、え、え、わかりま、え、、、

ってなることが多い

周りに人もいるのに

おっさんだし別にしかやすい見た目してないのに

あれは何





最近もね

午後に床屋予約して午前は出先で

ちょっと時間間違えて駅まで競歩っぽく急いでるとき

いきなりお婆さんに呼び止められたんだけど、要約すると

「そこの角らへんにあるラーメン屋はやってるか?やってないなら他の営業中ラーメン屋で一番近いのは?」

みたいな

ひっかけクイズみたいな内容で、つい適当に答えちゃったんだけど

横断歩道で気になってスマホ見たら意外とすぐ正しい答えわかったから(正解は、前者はその日は定休で、次に近いのは駅前家系

一応ダッシュで戻って教えたんだよね

でも色々と釈然としないんだよね

確実に自信があって自分人生において総滞留時間も長いような場所では

一度も聞かれたこと無いので





書いていてひとつ仮説が立ったんだけど

複雑で周りの人が全員答えられなかった問題けが

俺まで回ってくるってことなのかも

累積でいままで聞かれたことのある場所の難問率から、話しかけづらさみたいな量が計算できるのかなあ

2026-02-18

anond:20260218123909

その反論一見もっともらしいけど、論点ずらしが混ざってる。

政治家学習するのは当然あり得る。問題学習なのか迎合なのかを区別できるか、だ。

ここは完全にルール vs 裁量の話になる。

学習したなら、それは「新しい情報に基づき、政策ルールアップデートした」ことを意味するはずで、少なくとも以下が必要になる。

 

1つ目は、なぜ間違っていたか説明できること。

過去の主張の前提条件が崩れたのか、データ更新されたのか、理論が誤っていたのか。

これが語れない「学習しました」は、単なる自己放尿の言い訳になる。

 

2つ目は、新しい立場の一貫した因果モデル提示されること。

「状況が変わったから」だけではダメで、何が変わり、その結果どの制約条件が支配的になったのかを説明できないと、ただの自己放尿だ。

 

3つ目は、今後の予測可能性が増えること。

学習の結果、政策がよりルールベースになり、期待形成が安定するなら、それは改善

しかし実際のポピュリズムは逆で、世論に応じて主張がフラフラ変わり、期待を壊す。これは学習ではなく、自己放尿だ。

 

学習による意見変更は、整合性を強化する。迎合による意見変更は、整合性破壊する。

そしてポピュリズムがやってるのは大抵後者

から学習するんですよ」は、便利な免罪符としての自己放尿になりやすい。

意見が変わること自体問題じゃない。

説明不能な変化、予測不能な変化、因果モデルなき変化が問題

それは学習ではなく、人気取り責任回避ダブル放尿。

2026-02-15

[]2月14日

ご飯

朝:焼き飯。昼:なし。夜:ゼリー。間食:柿の種

調子

むきゅーはややー。おしごとはおやす

喉が痛くてフラフラする。

しかし、ずいぶんマシになってきた。

元気を10とするなら今までは2だったのが、4ぐらいには戻ってきた。

もう少しで治るのかなあ。

ウマ娘

ロイアンドロイドは引いた。

可愛いよね。

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