「シャープ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: シャープとは

2026-05-12

シャープが作ったかシャーペンではなくて、シャーペン作ったかシャープになったんだね

シャープペンシルを作る→大ヒット→社名をシャープにする

なんだって

知らなかった

「そんなの常識すぎて草」という声が聞こえてきたので逃げます

2026-05-09

スターフォックス日本アニメ会社で何か作ってくれんかな

マリオギャラクシー映画、64リメイクとここ最近再プッシュされてるスターフォックスだが、もし上手くいったら、日本アニメ会社で何か作ってくれんかなあ


エッジランナーズとかジークアクスみたいに、近年SF作品シャープ作風の所がやってヒットする例が増えてるので

仕事簿記で使いやす計算機

オラはこれを使ってるぞ!

シャープEL-N732K

https://s.kakaku.com/item/K0000309603/

これがタッチした感触とか、キー配列が好き!

会社備品もこれになってる

2026-04-30

オレンズ(0.2)を買ったがクルトガ(0.3)とさして変わらないように感じる

どうやら私は0.1mmの違いを理解できない ぐぬぬ

でも鉛筆シャープ(1.3)が明らかに太ってぇのはわかったからよしとしよー

2026-04-23

dorawii@新刊発売(予定)

特定増田について書いたときどの増田に書いたかを明示するのにURLを張り付けるのは普通の発想だと思うが、「増田について書いたことがたとえメインの論旨でなくちょっとした例で挙げただけでも」今の増田システムではそれだけでトラバ扱いになる。

増田ではトラバは返信として受け取られる可能性が高いが、上記場合でただブクマカのように思ったことを述べているというスタイル場合にはそれは都合が悪い。

具体例として複数URL書いただけでその全員に自分日記確認時に「自分宛ての返信か?」と思われるかもしれないとか、煩わしい以外にない。

末尾シャープ等で回避できるがこれは知ってる人にはいかにもわざとらしく予防線を張るのと同じような印象を抱かせ得る弊害がある。

はてなanond:数字、の形式以外はトラバとして処理しないよう改善しなさい。

dorawiiより


-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE-----
Hash: SHA512

https://anond.hatelabo.jp/20260423145532# 
-----BEGIN PGP SIGNATURE-----

iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaem0VQAKCRBwMdsubs4+
SOzTAP4muNYdMBukBUgvr7fX7sQhAgKLMIbMiMKBAlbVppg3kQD+P8/vtX0aSUWO
7oVZElZSBjRMSMJ7VJ4IyZxfxCmK/A4=
=Vaou
-----END PGP SIGNATURE-----

2026-04-08

女だけど女の尻が好き

男の尻はよっぽど鍛えてるの以外は好きじゃない

ブラジルのお尻コンテスト画像など永遠に見ていられる

贅肉だけではそうはならないからこそ、丸いお尻は健康的で躍動感があり、生命エネルギーを感じる

下半身筋肉も好き

ダンサースポーツ選手の、前だけが張っているのではなく大腿四頭筋ハムストリングスの筋繊維が分厚く骨格を支えているような太く張りのある太もも

さらシャープ筋肉を感じるふくらはぎ

陸上動物下半身のシルエットの完成度というのは素晴らしい

しかし同性の友人の尻をむやみに触ったりなど当然しない

尻とはその気高さゆえに、尊いものであり、持ち主以外がみだりに揉んだり下世話な目で眺めたりするものではないからだ

自分の尻は鍛えるのも揉むのも好きなだけできるので、スクワット10年続けている

2026-04-04

マッチングアプリ婚活する限界加工シングルマザー46歳の末路

プロローグ彼女はまだ「選ぶ側」だと信じていた

2024年マッチングアプリ世界残酷なほど透明だった。スワイプひとつ人間市場価値可視化され、「いいね」の数がそのまま需給バランスを映し出す。

だが、彼女——バツイチ・子持ち・46歳の恵美(仮名)——は、プロフィール写真を加工アプリに通しながら、こう思っていた。

「私はまだまだイケる。」

Snow で撮った写真の中の自分は、確かに35歳に見えた。

これが、すべての歯車が狂い始めた瞬間だった。


第1章:加工という名の詐欺未遂

恵美のプロフィール写真芸術作品だった。

目は1.3倍。肌はファンデーション3層分の陶器仕上げ。顎のラインシャープ補正され、ほうれい線は跡形もなく消えている。光の加減で首のシワも見えない。背景はカフェのぼかし。角度は上から15度——これは「奇跡の角度」と呼ばれている。

写真の中の恵美は、確かに魅力的だった。問題ひとつだけ。その人物は、現実には存在しない。

サブ写真は3枚。旅行先での全身写真2019年撮影、当時41歳)。手料理写真(実際はデリバリーを皿に盛り替えた)。愛犬との写真(友人の犬)。

プロフィール文にはこう書かれていた。

「年齢よりかなり若く見られます趣味ヨガカフェ巡り。穏やかで誠実な方と、人生の後半戦を一緒に歩みたいです。」

子どもの有無の欄は——空白だった。

「未入力」は嘘ではない。聞かれたら答える。でも自分からは書かない。恵美はそう自分に言い聞かせていた。マッチングアプリにおいて「子どもの有無:未入力」は、男たちの間では「いる」の同義だと、とっくに学習されていることを知らずに。

そしてもうひとつ。「年齢よりかなり若く見られます」——この一文もまた、写真を信じるな」の同義だと、男たちは知っていた。


第2章:「いいね」という麻薬

アプリを始めた初日、恵美のもとに「いいね」が殺到した。

200件超え。

恵美は興奮した。「やっぱり私、まだイケるじゃん。」

女性無料というだけで、これだけの数が降ってくる。だが内訳を見るべきだった。58歳の自営業。62歳の「投資家」(プロフィール写真ゴルフ場)。55歳の「経営者」(従業員1名=本人)。写真なしの50代が大量。そして明らかにヤリモクの32歳が数名。200件の「いいね」の正体は、恵美が選びたい男からの「いいね」ではなかった。

だが数字は人を狂わせる。「200いいね」というバッジは、自分が上位にいるという錯覚を与えた。

恵美が「いいね」を返したのは、爽やかな笑顔の43歳・大手メーカー勤務・年収800万の男性だった。

マッチングした。メッセージが来た。会話が弾んだ。デート約束が決まった。

恵美は美容院に行き、新しいワンピースを買い、当日の朝にはフルメイクに2時間をかけた。

だが、彼女がどうしても準備できなかったものがある。

写真との差分を埋める方法だ。


第3章:初デートという名の本人確認

表参道イタリアン。恵美が店に入った瞬間、相手男性の目が一瞬だけ泳いだ。

0.5秒。だがその0.5秒に、すべてが詰まっていた。

「誰だ、この人。」

男性はすぐに笑顔を作った。大人から社会人から。だがその笑顔は、マッチングした日のメッセージにあった「お会いできるの楽しみです!」の笑顔とは、明らかに別物だった。

食事中、会話は弾まなかった。いや、恵美の側は弾んでいた。男性の側は、相槌の間隔がどんどん長くなっていた。

そして地雷を踏んだのは、男性の何気ない一言だった。

「そういえば、プロフィールにお子さんのこと書いてなかったけど……いらっしゃいます?」

恵美は一瞬、目を泳がせた。「あ、はい。娘が一人。もう高校生なので。」

男性の箸が、0.3秒だけ止まった。子持ち欄を空白にしていたことが、この瞬間「未入力から「隠していた」に変わった。写真の加工に加えて、子ども存在まで隠していた。信頼がふたつ同時に崩れた。

デザートの頃、男性スマホを見た。

「あ、すみません明日朝早いので、そろそろ……」

20時43分大人の男が20時台に切り上げるデート意味を、恵美は理解しなかった。

翌日、メッセージを送った。「昨日はありがとうございました! また会えたら嬉しいです😊」

既読

返信は来なかった。

3日後、彼のアカウントを見たら、「最終ログイン:3時間以内」になっていた。アプリはやめていない。恵美が切られただけだった。


第4章:「写真と違う」というレビュー

恵美は知らない。

だがマッチングアプリ男性側には、目に見えないネットワークがある。同じアプリを使う同僚同士で、地雷情報を共有するのだ。

「〇〇ってアプリで恵美って人、マッチングした? あれ写真詐欺から気をつけろ。」

男たちの間で「写真と違う」は最も致命的なレッテルだ。料理が不味い店に二度行かないのと同じで、一度「写真詐欺」の烙印を押された人間に、二度目のチャンスはない。

恵美の「いいね」は初月の200件超から、2ヶ月目には80件、3ヶ月目には30件に減った。

アルゴリズムも敵だった。マッチング後にブロックされる確率が高いアカウントは、表示順位が下がる。恵美のプロフィールは、男性スワイプ画面の奥底に沈んでいった。

恵美はこう考えた。「このアプリユーザーの質が低い。」

アプリを変えた。写真はそのままだった。


第5章:スペック表という残酷な鏡

3つ目のアプリを入れた頃、恵美はようやく現実と向き合わされる。

このアプリ検索条件が細かかった。年齢、年収学歴身長婚姻歴、子どもの有無。フィルターひとつで、候補が絞り込まれる。

恵美は試しに自分希望条件を入力してみた。

該当者は表示された。だが恵美が見落としていたのは、相手もまったく同じフィルターを使っているということだ。

年収600万以上の40代男性が設定するフィルター。年齢:〜39歳。子ども:なし。

恵美は、検索結果に表示すらされていなかった。

存在しないのと同じだった。


第6章:「ありのまま」が届かない理由

友人に勧められ、恵美は写真を撮り直した。今度は加工なし。自然光。等身大自分

いいね」は目に見えて減った。月に15件。しかほとんどが50代後半以上。

恵美は泣いた。「加工しても叩かれる。素の自分でも見向きもされない。じゃあどうすればいいの。」

この問いには、残酷だが明確な答えがある。

「見た目」で勝負するステージに、もう立っていないことを認める。

マッチングアプリルッキズムの闘技場だ。写真第一印象で、プロフィール文は添え物。そのルールの中で、46歳・シングルマザー20代30代と同じ土俵に立つのは、素手ボクシングリングに上がるようなものだった。

だが恵美はリングを降りなかった。降りることが「負け」だと思っていたからだ。


第7章:アプリ掛け持ちという無限ループ

女性基本無料。だからこそ、恵美は課金の代わりに勝負した。

Pairs。Omiai。with。tapple。東カレデート

5つのアプリを同時に回す。朝の通勤電車でPairsをチェックし、昼休みOmiaiの「いいね」を返し、夜は東カレデートで新着を物色する。

写真は全アプリ共通プロフィール文も基本コピペ。子持ち欄は、もちろん全アプリ空白

アプリを増やすたびに「いいね」の総数は増えた。だが内訳は変わらなかった。50代60代の大量の「いいね」。たまに来るハイスペックマッチングしても、デートで会った瞬間に空気が変わる。写真と違う。子持ちを隠していた。同じパターンの繰り返し。

恵美のスマホスクリーンタイムは1日4時間を超えていた。うち3時間マッチングアプリだった。

5つのアプリを回して、月に会えるのは2人。2人とも2回目はない。

それでもアプリを消せなかった。消したら、自分には何もない」という事実と向き合わなければならないからだ。

アプリは恵美にとって、婚活ツールではなくなっていた。自分がまだ「市場にいる」と確認するための装置だった。


第8章:目が覚める者、覚めない者

ここで分岐が起きる。

パターンA:目が覚めた場合

娘が言った。「お母さん、最近ずっとスマホ見てるけど、楽しそうじゃないよ。」

その一言が刺さった。

恵美は5つのアプリを全部消した。そしてしばらく、誰かに選ばれることではなく、自分生活を立て直すことに集中した。

地域ボランティア活動に参加した。料理教室に通い始めた。「出会い」を目的にせず、ただ自分世界を広げた。

半年後、料理教室で知り合った同年代男性食事に行くようになった。彼は年収800万ではなかった。身長は168cmだった。だがアプリ写真では絶対にわからない——一緒にいて、呼吸が楽だった。

恵美は気づいた。自分が本当に欲しかったのは、スペックの高い男ではなく、隣にいて安心できる人だったのだと。

写真を加工しなくていい関係が、いちばんしかった。

パターンB:目が覚めない場合

恵美はアプリを6つに増やした。写真さら進化した。もはやAI加工アプリを導入し、別人レベルの仕上がりになっていた。子持ち欄は相変わらず空白のまま。

初デートの「あ、写真と違う……」を20経験しても、恵美は学ばなかった。

「見た目で判断する男がレベル低いだけ。中身を見てくれる人はきっといる。」

その「中身」を見てもらう機会が、写真詐欺によって永久に失われていることに気づかないまま。

50歳を過ぎた。6つのアプリの合計「いいね」が、月に10件を割った。ほぼ全員が60代だった。

娘は大学卒業し、家を出た。リビングに一人、恵美はアプリプロフィール更新していた。

年齢欄を「49歳」に書き換えた。サバ読みはついに実年マイナス3歳に達していた。

通知音は鳴らなかった。


エピローグ市場感傷で動かない

この文章は、シングルマザー婚活否定する話ではない。

自分を偽ることの代償についての話だ。

加工した写真は「いいね」を集める。だが集めた「いいね」の先にあるのは、偽りの自分を前提とした出会いだ。そして現実自分が現れた瞬間、そのすべてが崩れる。

加工は自信のなさを隠さない。しろ増幅する。加工した自分しかいいね」がつかない現実が、等身大自分への自信をさらに奪っていく。

最も危険なのはアプリでもない。加工でもない。

「誰かに選ばれること」でしか自分価値確認できなくなることだ。

選ばれなくても、あなたはすでに、誰かの母親で、誰かの友人で、誰かの同僚だ。その価値は、「いいね」の数で測れない。

だがアプリを開いている限り、その事実永遠に見えなくなる。

通知音の沈黙は、あなた価値沈黙ではない。

それに気づけるかどうかが、分岐点だ。

2026-04-02

anond:20260402160436

さすがイエローキャブ異名を持つ人種は主張の根拠シャープ過ぎてちぎれそうなほどか細いですね

2026-03-29

anond:20260329184923

ダイヤモンド半導体ってよく知らないけど、そんなに高集積化とかの劇的な優位性があるもんなの?

現状の半導体プロセスが(プロセスルール名はともかく)数nmとか行ってるのを大幅に改善するほどシャープポテンシャル障壁を作り出せるってこと?

物理的に想像しづらいんだよな。

2026-03-21

昔はとにかく儲かっていた日本

核心はここです。

1. とにかく儲かっていた

不動産株価が上がり続ける

本業が多少非効率でも問題なし

2. クビにできない文化

終身雇用絶対

余剰人員を抱え続ける

3. 評価曖昧

成果より「年次・在籍」

頑張らなくても給与が上がる

👉 これが「働かなくても給料出る」印象の正体

④ 実際どれくらい“働いてなかった”のか

ここは誤解されがちですが、リアルはこうです。

全員がサボっていたわけではない

忙しい部署普通に激務

ただし

ヒマな部署は本当にヒマ

社内で格差が極端

例:

「午前中新聞読んで終わり」

会議だけで1日終わる」

仕事は月末に少しだけ」

👉 こういう人が一部にいたのは事実

⑤ その後どうなったか

バブル崩壊後:

銀行リストラ統合ラッシュ

メーカー赤字転落

シャープ経営危機2010年代

結果:

成果主義シフト

人員削減

“ぬるさ”はほぼ消滅

昔のシャープ半月働かなくても満額給料が出ていたというのは・・

かなり誇張された表現です。ただし、当時のシャープを含む大企業労働環境が、現在とは大きく違っていたのは事実です。

バブル期1980年代後半〜90年代初頭)の日本では:

業績が非常に好調で、企業資金余力があった

終身雇用年功序列が強く、社員は「守られる存在」だった

労働生産性よりも「在籍していること」自体価値が置かれる面があった

その結果として:

実質的仕事量が少ない部署や時期が存在した

有給休暇の取得や、比較的ゆるい勤務管理でも給与が減らないケースがあった

ボーナス高水準で、年収全体が今よりかなり厚かった

こうした背景から、「あまり働いていないのに給料はしっかり出ていた」という体験談が語られやすくなっています

ただし重要なのは

公式に「半月休んでOK」という制度があったわけではない

技術職や現場などは普通にしかった

部門個人によって差が大きい

まり、「制度としての楽さ」ではなく、「景気と雇用慣行による余裕」がそう見えただけ、というのが実態に近いです。

現在は同じシャープでも:

成果主義の導入

事業再編(特に2010年代経営危機以降)

グローバル競争の激化

などで、当時のような余裕はほぼありません。

もし興味あれば、「どの業界会社が一番ぬるかったのか」とか「実際どれくらい年収違ったのか」も具体的に整理できます

2026-03-20

銀のマッチョ

雨のコンビニ前。

小雨が銀の肌を叩く音だけが響く。

俺はスイムキャップとゴーグルを被ったまま、全身銀色で立っていた。

水泳選手限界まで鍛えたような、シャープで長い筋肉。肩から背中流れるライン、腹の薄い割れ、腿の内側まで銀が光ってる。

素顔はイケメンだけど、俺はこの姿——顔が完全に隠れて、ただの「銀の水獣」になった瞬間——が一番美しいと信じて疑わない。

自分身体を、他人に見られるための「物体」に変える快感

それが俺の全てだった。自動ドアが開くと、白い光が銀を直撃。

ヤンキー5人(金髪リーダー格を中心に、みんなガラ悪い)が一瞬固まった。「うわっ、マジで銀の裸水泳マッチョwww

「スイムキャップ+ゴーグル全裸とか頭イカれてんじゃね?」

「体は水泳選手みたいにスッキリ筋肉なのに、チンポ銀色でビンビン立ってるぞクソ変態リーダーがニヤニヤ近づいてくる。

「寒くねえの? この雨の中で」

俺、フル勃起の銀チンポを晒したまま、震える声で答える。

「……この姿が……一番好きなんだ……」その瞬間、爆笑の嵐。そこへ小学生男の子集団ジュースを買いに飛び込んできた。

子供たちは俺を見て大歓声。「うわー! お兄ちゃん銀色だー! プールのお兄ちゃん?」

「ゴーグル被ってるよ! チンチン出してる! 変態ー!」

「銀チンポ勃起してるー! きもーい!」ヤンキーたちが子供たちを煽る。

「ほら見てみ? この銀マッチョ水泳選手みたいな体してるのに露出狂なんだぜ」

「ゴーグル越しに目がエロすぎだろ。自分から勃起させてコンビニに来てんだよ」

「銀塗ってスイムキャップ被って、雨の中でチンポ振り回してる変態だって!」子供たちの無邪気な罵倒ヤンキー残酷な笑いが混じり合う。

変態!」「お巡りさん呼ぶよ!」「銀のチンチン恥ずかしいー!」

俺の心が、音を立ててバキバキ割れていく。

ナルシシズムの核「この銀の水獣は美しい」が、子供たちの指とヤンキー嘲笑で粉々に砕かれる。

なのに、チンポは痛いほど硬い。

痛みと羞恥が、なぜか奥から熱を呼び起こす。「……ごめん……なさい……」

俺、膝が崩れて全裸土下座

コンビニの冷たい床に額を擦りつけ、銀の背中を震わせて泣きじゃくる。

「俺……変態で……この姿が……好きで……ごめんなさい……」ヤンキーたちは興奮MAX

土下座したwww マジで壊れた銀マゾ!」

そのまま俺を引きずってアダルトショップへ。店内で梁型、ローション、コックリングを買うと、レジ前で即犯し開始。

ローションをぶっかけ、梁型をケツに一気に突っ込まれコックリングを根元でカチッと固定。

「うぐっ……あっ……!」

店員おっさん激怒

「てめえら! 警察呼ぶぞ!」俺は梁型を刺したまま土下座して泣きながら叫んだ。

「違うんです……俺が……頼んだんです……いじめじゃない……俺が変態で……この銀の身体を……壊してほしいって……お願い、警察呼ばないで……」店員呆然としながら、結局追い出すだけだった。夜の公園。雨が本降り。

暗いベンチ裏に俺は押し倒される。

ヤンキーたちが本気で暴行を始める。

顔を地面に押し付けられ、銀の胸を蹴られ、ゴーグルを掴んで首を捻られ、梁型を奥まで抉られる。

「銀マッチョの雌穴、緩すぎだろ」

水泳選手の体で土下座してんじゃねえよ」

「ゴーグル被ったまま泣いてる顔、最高にキモいわ」殴る、蹴る、髪を掴んで引きずる。

痛みが全身を走る。

心はもう粉々。

「俺は美しいはずだった……銀の水獣だった……」

そのプライドが、暴力のたびに削られていく。

なのにチンポは一度も萎えない。

コックリングで締め上げられた銀チンポが、痛みのたびにビクビク跳ねる。

ケツの奥を梁型が抉るたび、熱い波が背骨を駆け上がる。

「あ……あんっ……」

女みたいな声が漏れる。最初は拒絶だった。

「痛い……やめて……俺は……」

でも痛みが繰り返されるうちに、何かが溶け始めた。これは……苦痛じゃない。

これは……俺がずっと欲しかったもの

スイムキャップとゴーグルで顔を隠した瞬間から、俺は「見られるための物体」になりたかった。

美しい銀の水獣なんかじゃなくて、ただの「雌の肉」。

強いマッチョプライドなんて、最初から偽物だった。

子供たちに笑われ、ヤンキーに踏まれ、梁型で犯され、雨に打たれるこの屈辱——

これが、俺の本当の美しさ。心の奥底で何かが「カチッ」と音を立てて落ちた。

ナルシシズム最後の欠片が、完全に崩壊する。

代わりに湧き上がってくるのは、甘くて熱い喜び。

もっと……壊して……」

俺は自分から腰を振り始めた。

地面に顔を押し付けられたまま、銀の身体をくねらせ、

あんっ……んんっ……雌の……マッチョ……にして……」ヤンキーたちが気づく。

「は? お前……感じてんじゃんマジで

「銀マゾ、完全に雌落ちしたぞ」その言葉で、俺の頭の中が真っ白に染まる。

もう抵抗なんてない。

痛みは快楽に、羞恥は悦びに、暴力愛撫に変わった。

スイムキャップの下で、ゴーグル越しに雨が見える。

この姿——銀の水獣が、雌に堕ちた瞬間——が、俺の人生で一番美しい。「……もっと……犯して……この銀の身体を……雌の奴隷に……壊してぇ……」俺は泣きながら、何度もイキ散らした。

心はもう、完全に雌落ち。

銀色水泳マッチョは、雨の公園で、ヤンキーたちの玩具として、

永遠に喜びに目覚めたまま、震え続けていた。

2026-03-15

ジムに通って一年が経った。色々書く。

タイトルの通り。誰かの参考になればいいな、と思う。

 

ちなみにジム契約した人が一年継続する可能性は4%らしい・・・

体感そんな希少ではないのでは、と思う。

 

概要

自分スペック

 30歳男性。既婚。子なし。

 175cm/80kg(筋トレ前)→77kg(現在)

 デスクワーク中心のエンジニア。やや社畜残業は平均55時間くらい。

 

ジムについて

 町の小さなショッピングモール内のジム契約

 月額3000円くらい。若者は少なくて中年~老人が中心。24時間とかでもなく、22時には閉まる。

 器具は他ジム比較すると多分いまいちフリーウェイエリアダンベルとベンチが置いてある場所)も2人分しかない。

 ただトレッドミルランニングマシーン)は充実していて、埋まってるということはまずない。

 スタッフはいるが、あまりトレーニーとのコミュニケーションは活発でない。

 器具の使い方を教えてくれる人、という認識

 

トレーニングについて

 週2~5回と、その週によってバラバラ。月単位で数えると、10~14回くらい通ってるみたい。

 1回のトレーニングは平均2時間くらい。仕事帰りか、休日に出かけるかのどちらか。

 

 トレッドミルラットプルダウン、プッシュアップ、レッグレイズスクワット各部疲れたら切り替える感じでやる。

 ぶっちゃけ自重が多め。あまり追い込みすぎず、負荷弱めを満遍なく。

 大きな筋肉とされる足、背中、胸を中心に鍛えるようにしている。逆に前腕と腹筋は行ってない。

 

継続のコツ】

環境作りがめちゃくちゃ重要

 契約するジムは自宅から近くて、かつ通勤経路にある安いジムにした。

 それだけでも継続率に大分差が出ると思う。

 

 タオル水筒シャツと短パンリュックの中に常備したり、会社の引き出しやロッカーに入れておくとよい。

 洗濯の頻度が増えることになるが、自分ドラム式洗濯機のお陰で洗濯が苦にならなかった。

 

 仕事通勤家事時間は当然少ないに越したことはない

 通勤時間はドアtoドアで20分くらいと短めで、残業も加味して考えるとこれくらいが平日中に通える限界なんだと思う。

 家事ドラム洗濯ロボット掃除機+食洗器で省時間化。

 食事時間を掛けないに越したことはない(もっとも、これは人による)

 自分社食スーパーの総菜が中心。あとは肉や卵を焼いたり、プロテインバーを食べたり、時たま外食したり。

 

カレンダーに実績を記録する

 ジムに行ったらGoogleカレンダーに目印を付けるようにした。

 トレーニング内容まで書こうと思ったこともあるが、記載が面倒でサボる可能性を考えて自分はできるだけ簡易にした。

 今のところはジム通いとカレンダー記入も継続できている。

 

ジムの良いところ】

トレッドミルが神

 ジムに行かないと気付けなかったが、ただのランニングマシーンがこんなにありがたいとは!

 逆に外で走ると雨、風邪日光信号車などモチベ減少の要因がそこかしこにあって、継続が大変なんだ。

 

 加えてスマホ動画が見れるのもめっちゃいい。

 これも外だとまず無理。気づいたら1時間経っている、ということもザラ。

 

 負荷の調整がしやすいのと、消費カロリーが出るのも嬉しいポイント

 

ラットプルダウンが神

 背中トレーニングって自宅トレだとちょっと難しい。

 (懸垂バーの購入も検討したが、場所を取るのがちょっと嫌だ。それと続かなかったときに置物になるのも嫌だ。)

 ラットプルダウンはお手軽かつ体感効果が大きいため、やっていて楽しい器具

 いつかフルスタック10回3セットできたら良いな、と思っている。

 

・自室を汚さずに済む

 ジムに行く前は自宅で筋トレをしていたことがあったが、汗が垂れたり臭いや湿気の籠りを微妙に感じていた。

 今はジムトレーニングをするので、家では洗濯物が出るくらいで済む。

 

人間関係の煩わしさが少ない

 ジムに通う前は社会人スポーツサークルに入っていたが、人間関係の維持と頻度の調整に大分苦労した。

 が、ジムはその辺の面倒が一切ないため、自分にとっては楽だった。

 

一時的に通うのを辞めたときのバフ効果が超強力

 個人的重要ポイント

 資格試験残業80時間ダブルで重なったときがあって、その時はジムを1ヶ月休会した。

 その時に、可処分時間と体力がしっかりセーブされていて、そのお陰残業勉強もなんとか乗り切れた。

プラス効果

・食べても太りづらくなった

 学生時代運動部所属しており、基本的に食う量は多め。

 社会人になり数年経っても食事量の限界が想定以上に衰えなかった。

 ジムに行く前は食べるとその分ダイレクト腹や顔が膨らんでいたため、食べることに罪悪感があった。

 それが低減されたのは大きい。

・見た目上、ほんのり痩せた

 上半身ガチっとした。アゴシャープになった。

 背中筋肉が盛り上がり、陰影が付いたのは嬉しかった。

 ただ一年継続たにしては思ったより痩せなかった。腹は出てはいないが割れてもない、くらいのレベル

 食事改善必要なのだと思うが、うまくコントロールできていない自覚がある。

 

姿勢改善され、肩こりが無くなった

 背中トレの効果が大きいようで、姿勢が良くなった。肩甲骨を寄せる動作大事なんだなと。

 

【気になるところ】

別にそんな痩せない。逆に辞めたら太らないか心配

 

・思ったよりも人間関係希薄

 ほぼ会話が無いため、ちょっとだけ寂しい。

 モチベ維持のために人と交流する機会がもう少しあれば・・・と思うことも。

 

臭いキモイ人がいる

 ジムに入った時点でその人がいることがわかるくらい臭い

 フリーウェイトを占領するタンクトップナルシストスマホ休憩長すぎおじさん

 女性スタッフやトレーニーにダル絡みする男性

 ナルシストおじさんもその一人。

 自分がそうならないように気を付ければそれで良いや・・・と達観できず、やっぱり見かけるとイラつく。

 

・我に返るとジムの無機質な運動無意味さを感じる

 わざわざお金を払って運動して、食べてまた運動して、洗濯して、次いくために支度して・・・という営みに虚しさを感じることも。

 筋肉付けても仕事で使わないし、意味無いんじゃ、と思ったりもする。

以上です。

2026-03-09

anond:20260309095508

なるほどありがと

かに看板電柱あたりがキーになりそうですな

2000年前半の高画質一眼とかかな

Geminiにも聞いてみた

結論

右の黄色英会話看板も含めて、「看板デザイン印刷雰囲気」はかなりデジタル(少なくともDTP以降)っぽく、看板自体1990年代後半〜2000年代以降に新調された可能性が高いと思います。一方で、建物本体意匠80年代(あるいはそれ以前)でも十分あり得るので、「古い建物+新しめの看板」が同居している、と見るのが自然です。

看板デジタルっぽい理由

黄色英会話看板は、ベタ塗り黄色に高彩度ロゴ文字がのっているタイプで、色の発色がかなり均一かつ派手です。これは手書きペンキより、インクジェット/シート貼り/デジタル入稿印刷の質感に近いです。

ABCB側の緑地看板も、地色がムラなくフラットで、文字のエッジがかなりシャープです。80年代でもシルクスクリーンやカッティングはありましたが、「英会話ロゴと併せて同じ業者がまとめて出した感」があり、平成以降の匂いが強いです。

2000年前後から地方駅前でも「サイン屋がPCで版下を作り、大判インクジェットやカッティングプロッタで出力する」スタイルが一気に広がっているので、その波に乗って付け替えた看板、という解釈がかなりしっくり来ます

建物との年代ギャップについて

建物は、タイル貼りの柱・アルミサッシ・1階にやや奥まったエントランス、という構成で、70〜80年代雑居ビルによくある造りです。

こうしたビルはそのまま何十年も使われるので、「建物は70〜80年代築のまま、テナント看板けが90〜2000年代にどんどん入れ替わる」というのが現実的パターンです。

したがって、

建物80年代でもおかしくない

看板:見た目は2000年前後以降が自然

というあなた感覚はかなり妥当で、「建物の古さ」と「看板の新しさ」が同居している写真、と理解してよいと思います

2026-03-07

厄介人

なぜだか私はひとの話題にされる。疑ってそうなんじゃなく、おまえのことを話した、と言われる、本当に。

じじつ私はすこし変なひとなのは認める、話題になるんだから、どこかが平凡じゃない。べつに良い話題でそれでも、悪くいってそれでも、ふしぎなふうに話していても、どのみち、話す人がそのていどの人間だということ、つまり、私より基本的おもしろくないから、私のことを話すしかないし、その人の考え方で言葉を選ぶのだから、私はそういうの、愚かなことだと思う。

それにしても、気分が悪いときにそれを思い出すと、普通にしんどい

そういうとき、そのひとらを恨むけど、これは逆恨みではないよね、だって、また聞き代表者がそれを勝手にしてるんだから。この私がどこかおかしくても、他人のことふらふら話すなんて、それがおかしいんだから

ということで、私もそのひとらについて話してみよう。

ーー

まず、アベというのだが、こいつはあからさまに私のことをバカにしてくる。

そのひともたいがいで、私がどれだけこのひとに譲歩して会話をしているのか、なんだか本人はわかっていない。私は、正直なことをほとんど言わない。相手が何か疑問じみた話題をしてきて「こうなんじゃない?」と「いや、それが~なんだよ」私は「じゃあ、これがああで、それなのかも」とか、いっしょにかんがえて、最後に「考えるの疲れた」「思考放棄」とかマジに言ってきたり、

かに「いやあ、人間ってむずかしいねえ」とかすり替えたり。おかしくね? そっちが疑問を与えてきてるんだから、いちおうの落としどころをいれないでどうしてそんなことを言うのだろう? それで私が言ってみてもつまるとこそいつキャバ嬢なんで、くだらん人間との間をつなぐのに適当にゆがんだ認知で私らしいやつのことを話すのだろうから、私はそいつと話すときは、そいつ想像していそうな私らしいやつが言うだろうことを言っている。

 おまえのことを考えると、私はまだマシだって思えると言われたけど、あっちは別になんも秀でた才能(名刺のような、これを言っておけば全国でわかるというもの)もなくて、くよくよしては、寂しいと私に話しかけてこれなんだから、なんなのと思うし、へえ、そう、と私は私に得なものだけはもらっておく。こいつに「おまえが何を考えてるのか全く分からない」と言われたことがある。

ーー

 それで次がハルというのだが、こいつはおかしい。

やっかいなのがずっとXにはりついてるところで、そのX的な文句理解して、いないのにそのふりをしている、正真正銘だ。

 こいつはほんとうに…、どう話していてもパラノイア他責な(本人がそう言ってる)ので、ほんとうにおかしいやつ。または狂っている。狂うとかい言葉も好きじゃないんだが、こいつは狂ってる。というか、狂い続けている。「ああ……」と思うのが、そのおかしい点を自覚したとして、自分相手を傷つけたと自覚してもはっきりと謝らない、恩返しか目をつむってくれなのか、恩のように何かをプレゼントしてくるのだけど、それは、恩着せがましいと言う言葉がぴったりで、そう謝罪気持ちなんだろう、と貰ってはいい感じの反応をしていると、金を返せと言ってくる、まったく、おかねという制度は、こういう歪んだ人間、なにも持っていない人間のためにあるんだなって、深く思える、あとなんか時間を返せとか言うけど、じゃあもう私と関わらないで消えてほしい。

何年こいつと触れ合っているのかわからないが、暇つぶしにはちょうどいいし、本人はおもしろいと思っているらしいこと、Xしぐさみたいなのを送られてくると、ほんとうにセンスのかけらもないので、へえ、と思っている。

それでいて、よう顔をSNSにのせてはいるけど、このひともこのひとで、特に何かすごいところはない、その上、音大受験に遅れて専門にいったけれど、そこでも幾らかの人間関係などで脱落し、とはいってもその間、なにか活動してたわけではなく、知りそめのとき、私は音大と聞いていたので、プロコフィエフってなんであんなに変なんだろう、と話したら「誰?知らない、どこの人?」といわれて驚いた。しかカリキュラム的にはそこで優劣をつけることはしちゃいけない。けど、それにしたって、すくなくともヴァイオリンを習って音大を目指していたのだから、と思うが、その人はきらきら星を弾いて、それしかできなかったというのだ、こぼした言葉によると、音大偏差値が低いから、習ってたし、それで、というのだ。もちろん音大受験のそれを知った後はまた習い始めたのだが、これもおかしく、ピアノを習い、いそいで学ぶためミクロコスモス課題にやっていたそうだが、全くわからなかったと、今でもダブルシャープダブルフラット意味が分からないという。それで私も一応はクラ(中高)とピアノ小学から習い事)ができて、聴音のだいたいは早くに身に着けたので、そして演奏はあまりきじゃないか作曲科に行った。Youtubeなどをみているとへきえきする、そんなことをこいつに話したら話を露骨に変えてこいつもキャバほか身体接触が許されないていどの夜職を転々としては、追い出され晒され、体験入学がどうのとかを話してバニラはどうだのバニラよりこっちのがだのと私に話してきて、正直どうでもいいし、そもそも聞いてない、そんなこと全く聞いていない、というところなのだ

 夜職、と書いたが、それが悪いということではないし、私のいちばんながく、ふるい友人もそれで、別にこいつはウタというのだが、そんな仕事のあれこれは話してこないし、お金はあるから趣味バイク電子楽器)に費やしていて、私もたまにお邪魔して、おーおもしろいと思っていたり。ウタはウタだけど、歌うのは好きじゃないらしい。私も好きじゃない

あとさっきのひとは、私が心臓をやってしまってそれから半年くらいで数日家に帰ったとき通話を寄こしてくるのでとりあえず出たら、ずっと、延々とその次の職はどうしよう、どれなら身バレしないだろう、とかずっと話しかけてきて、そういうのは詳しくないから、まず、悩み事と考え事、それを踏まえた判断総合しよう、とゆっくり話していたのに、延々そのことをはなされ、もうどうしようもないから詳細を聞いて一緒に考えてみた。

そうすると、AがBでA-cはいやだからなあ、と言うので、じゃあBだけのものを選ぼう、と提案すると、いや、AはA-dがあるからよくって、でもB-xは捨てがたいなあとか、さっき話された内容じゃ全く分からない、知らない、その内通者じゃないとわからない、ネットで調べられるものじゃないキータームをだしてくる。それで、「へえ、へえ」と聞いていて、夜が明けてきたので、これは大事からって、こう考えようね(あなたのその考え方ちょっとおかしいよ)と話ししばらく黙るもんで、なにか気分悪くした?と聞くと、「この界隈で働いたことないくせにずけずけ言ってくんのイライラする」と。

それを言ったきりで、通話を切って、私がトークで謝っても「うっさい」とか「嫌い」「さよなら」とか言うんだって。はあ。私、一応まだ入院中で外界に触れて大丈夫かの経過観察でアパートに帰ってきてるのに、本当、私はどうしてこんな人と性別超えて付き合ったのだろうとめちゃくちゃ悲しくなるし、底なく虚しく感じた、空はよどみながらも青く見えた。その日は少し泣いた。

こういうやつ。こういうやつが私の話をするのだから私はまるで自分が鏡のように感じる、つまり相手の歪んでいる様様を映すという。

このひとにも「何考えてるか全くわからない」と言われた

本当に困った。なんというか、もう消えてほしい

2026-02-22

鉛筆楽しいいいいいいい!!

アラサー女だけど、我が子が今年の4月から小学生になるから鉛筆を久しぶりに買った

元々私は文房具オタクなので、自分の分も鉛筆を買った

鉛筆削るの楽しい

鉛筆の種類たくさんあって楽しい

文房具メーカーも色々、鉛筆の芯の硬さの種類も色々

サンスター、クーリア、サンエックスディズニーみたいなファンシーグッズ出してる会社可愛い鉛筆を使うのも楽しい

三菱鉛筆トンボ鉛筆サクラクレパスのような筆記用具、画材を売っている国内メーカーの使い心地の良い鉛筆を使うのも楽しい

ちなみに使い心地は前者よりも、後者鉛筆の方が使い心地は本格派

三菱鉛筆ハイユニっていう高級鉛筆が気になっている

ちなみに私は色鉛筆も好きで、いつかプリズマカラーの150色セットを買いたい。数万円する

黒の鉛筆限界までちびちびになるまで削って使ってやりたいし

我が子が使い終わって短くなってもういらなくなった鉛筆コレクションしたい

なんなら、私が限界まで使って、鉛筆の役目を果たさせたい

子供鉛筆は名入れのものを注文した

届くの楽しみだー

今日赤色鉛筆子供名前を書いたよ

子供の通う小学校青色鉛筆はいらないみたい

もし、私が過去に戻れたら、中学でも高校でも鉛筆を愛用しちゃうかも

ってか鉛筆っていうアイテム小学校卒業するには惜しい存在だったんだな

文房具オタクからシャープペンも好きだけど、もっと鉛筆にも目を向ければよかった

これから鉛筆たっくさん使いたい。文房具屋で一本ずつ色んな鉛筆を買いたい

2026-02-09

anond:20260209205414

URLの末尾に半角のシャープを付けると、引用元トラバが飛ばないから、ツリーがごちゃごちゃしなくていいよ

2026-02-02

もともと10スパンぐらいだしな買い替え需要

ついでにNHKがウザすぎで効果的にダメージ与えてた感じある

2026-01-20

ソニーお前もか

ソニーグループテレビ事業を分離 中国TCLとの合弁に承継

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC208HZ0Q6A120C2000000/

ソニーグループ20日テレビ事業を分離し、中国テレビ大手TCLグループ合弁会社設立すると発表した。出資比率TCLが51%ソニーG傘下でエレクトロニクス事業をてがけるソニーが49%となる。テレビホームオーディオなどの開発・設計から製造販売物流までグローバルで一貫して運営する。

テレビなんて祖業みたいなものじゃないか

シャープも、東芝REGZA)も、みんなどこへいった

もう国産で残ってるのパナくらいか

2026-01-18

PC履歴(~1999年

フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分PC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。

特に面白いものではないけども。

私のパソコンHistory

なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのであるプログラムを組んで実行できる最初マシンは、高校ときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくま電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。

パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。

これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲーム感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?

そもそもの始まり

小さい頃から電気電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックトランジスタ抵抗などが入っており、ブロックボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;

アマチュア無線免許なども取ってみた。

因みに、私がアマチュア無線免許を取得したのは、小学生ときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。

当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオ製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。

まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。

カシオ FX-502P

そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオプログラム電卓FX-502P」である

これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。

プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプション必要だが(買った)、普通ラジカセなどを使ってカセットテーププログラムを記録するのである

あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである

因みに、このFX-502Pは未だに現役で動いてます

NEC PC-8801MA

学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。

で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MAである

当時は、既に16ビットパソコンPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?

それは、パソコンゲームがしたかたかである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである

とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。

その中で、印象深いゲームを、記憶を頼りに書き綴ってみよう。

マイト・アンド・マジック

何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのであるしかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在であるソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである

世間では、「クソゲー」との評価一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのであるストーリーは、最初は与えられず、発見したものけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコン時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである

アンジェラス

ドラクエシリーズで有名なエニックスアドベンチャーゲーム(AVG)。

不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。

水龍士1,2

今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的ダンジョンとはひと味違うのである

ストーリーも大変感動的なもので、キャラデザも秀逸であった。

ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。

1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。

今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。

カオスエンジェルス

かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである

このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスター女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである

このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム特にグラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。

そんな中で、この「カオスエンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。

また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンス雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。

しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。

うる星やつら」のゲームタイトル忘れた)

当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターものゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラゲームを続々と発売していた。

このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画うる星やつら」をゲーム化したものである

ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。

マルチエンディング時間概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。

リップスティックアドベンチャー

フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。

フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後どんでん返しが強烈でした。

そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…

番外:世紀末美少女伝説

これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである

ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。

これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストッキーゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。

そして、NECの8801,9801シリーズパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタ印刷することができる。

なんか、「流行から適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。

PSON PC-286VE

…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコン時代へと、大幅に突入したのだった。

そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;

パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)

先ずメモり。1MB(!)のメモリを積んだ。

今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクト収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。

それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。

そして、ハードディスク。奮発して40MB(!!)を買った。

これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。

でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。

あと、このマシンからパソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから

当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像ダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。

このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。

このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。

マイト・アンド・マジック

上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスク書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっとしかったが。

プリンセスメーカー

いわゆる「育てゲー」の元祖存在

なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。

ドラゴンナイト1~5

これもELFのゲームで、RPGである

「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。

「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。

同級生

これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しか大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビア時間概念。所持金の存在も内容に深みを与えています

さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲーム破綻しないものだ。

そして、何より高校最後夏休みという、絶妙のセッティング

とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的ゲームでした。

このゲームは、マニュアル本見ない方がいいと思う。

後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(2) | 12:53

2026-01-14

anond:20260108122025

なんか知らんけどシャープ下りがウザくて嫌いになったわ

キオクシアは東芝死産した一縷の望み

anond:20260113152944

東芝って何やっても絶妙に上手くいかない、何故なら技術力は高かったのにそのパッケージマーケティング、要するに売り出し方が悪かったからだ。どうすれば一般膾炙されるかを考えなかった。今じゃREGZAハイセンスタイムシフトマシンギリギリ残しているだけ、REGZAフォンは秒殺だし、Dynabookシャープ、Aulexブランドを持っているのにワイヤレスイヤホンの波に乗れずCDプレーヤーの新型などを作っている。

ところが東芝メモリ、コイツらはギリギリ持ち堪えた。しかし親の東芝が倒れそうになっている。このまま一緒に倒れさせてはいけない。故に東芝の冠を外し、キオクシアとして船出を遂げた。沈まないと良いなと思っている。

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