はてなキーワード: アベノミクスとは
Gemini+Copilot+Chatgptで20分でつくってみた。
優しくて穏やかな日本か、こわくて強い日本か、といった分析ではあんまりなので
もっぱらAIに判断材料をもとめている。AIの急速な向上により、3、4年前と異なり、相当程度、事実に基づいた分析をするようになったと感じるが、所詮AIなので自分用メモ。
自民・維新連立: 成長の原動力を主として「企業の投資力」と「産業競争力の強化」に求める。日本経済の停滞要因を「規制の多さ」や「労働市場の硬直性」に見出し、半導体・AI・防衛産業への重点投資や、規制改革による民間活力の引き出しを重視。近年は賃上げ税制など家計への波及も意識しているが、あくまで「企業活動の活性化」が起点。
中道改革連合: 成長そのものは否定しないが、「企業利益が賃金や消費に十分回らなかった」過去の反省を重視。
教育・医療・人的資本など「人への投資」を成長戦略の中核に据え、家計の購買力(需要)と労働生産性を底上げすることで持続的な成長を促す「ボトムアップ型」のアプローチ。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | トリクルダウン(利益の波及)が起きるまでにタイムラグがあり、実感に乏しい。 | 教育や人的投資の効果が経済成長として現れるには10年単位の時間がかかる。 |
| リスク | 補助金競争による財政悪化と、利益が配当や内部留保に滞留し格差が拡大するリスク。 | 財源先行で投資を行う場合、成長の果実を得る前に財政や金利が悪化するリスク。 |
| 実現性 | [高] 経団連等の支持基盤があり、既存の省庁スキームを活用しやすいため実行に移しやすい。 | [中] 予算配分の抜本的組み替えが必要であり、財務省や既得権益層の抵抗が予想される。 |
自民・維新連立: 物価高を「外部要因(円安・資源高)」による一時的危機と捉え、補助金や定額減税などの「激変緩和措置」で対応。財政規律を重視するため、恒久的な減税には慎重姿勢。
中道改革連合: 物価高の痛みを「賃金の伸び悩み」や「社会保険料負担」という構造問題と捉える。消費税の時限的減税、給付付き税額控除、社会保険料の軽減、トリガー条項凍結解除などを通じ、制度改革によって「毎月の手取りを恒久的に増やす」ことを目指す。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 補助金の「出口戦略」が難しく、一度始めると既得権益化してやめられなくなる。 | 消費税減税は、システム改修のコストや「一度下げると二度と上げられない」政治的ハードルが高い。 |
| リスク | 財政支出が膨らむだけで根本解決にならず、円安是正や賃上げが追いつかないリスク。 | 大幅な税収減により、国債格付けの低下や長期金利の上昇(住宅ローン金利増)を招く恐れ。 |
| 実現性 | [高] 予算措置だけで即効性があり、政治決断として行いやすい。 | [低〜中] 財務省の強硬な抵抗に加え、社会保障財源との兼ね合いで調整が難航しやすい。 |
自民・維新連立: 少子高齢化による制度破綻を防ぐため、「持続可能性」と財政規律を最優先。
給付の重点化、医療・介護の自己負担見直し、制度のスリム化によって、現役世代の負担増を抑制しつつ制度を維持する立場。
中道改革連合: 社会保障を「生活の基盤(ベーシック・サービス)」と位置づける。
医療・介護・教育・子育ての自己負担を極力減らすことは、将来不安を解消し、結果として消費や経済活動を支える「投資」であると考え、公助の拡大を重視。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 高齢者層(大票田)の負担増に直結するため、選挙対策上、抜本的なカットが難しい。 | 「負担なし・フリーアクセス」の拡大は、医療需要の増大(コンビニ受診等)を招きかねない。 |
| リスク | 「医療難民・介護難民」の発生や、低年金高齢者の貧困化が進むリスク。 | 必要な財源が確保できず、結局は現役世代への増税や保険料アップに跳ね返るリスク。 |
| 実現性 | [中] 小幅な負担増は可能だが、維新が掲げるような抜本改革(積立方式等)はハードルが高い。 | [低] 巨額の財源が必要。高福祉高負担(北欧型)への国民的合意形成が前提となるため困難。 |
自民・維新連立: 防衛費増額や社会保障費の自然増を見据え、プライマリーバランスを重視。恒久減税には極めて慎重で、必要な税収確保を排除しませんが、時限的な措置は柔軟に行う。
中道改革連合: まず家計負担の軽減を優先し、経済回復による自然増収を狙う。不足財源は「金融所得課税の強化」「大企業の内部留保課税」「特別会計の活用」などで補い、応能負担(力のある所から取る)と再分配を強化。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 国民負担率(税・社会保険料)の上昇に対し、国民の不満が限界に近づいている。 | 富裕層や大企業への課税強化は、キャピタルフライトを招く懸念。 |
| リスク | 負担増が消費を冷え込ませ、デフレ脱却の腰を折るリスク(アベノミクス後の消費増税の二の舞)。 | 内部留保課税は「二重課税」との批判が強く、企業の投資意欲を削ぐリスク。 |
| 実現性 | [高] 財務省の方針と合致しており、政策決定プロセスにおいて摩擦が少ない。 | [中] 「金持ち課税」は世論の支持を得やすいが、株式市場への影響を懸念し骨抜きにされやすい。 |
自民・維新連立: 成長産業への労働移動を促すため、「労働市場の流動性」を重視。特に維新は、解雇規制の緩和(金銭解決制度の導入)を強く主張し、企業の新陳代謝と賃上げの原資確保を目指す。
中道改革連合: 雇用を生活の安定基盤と捉え、非正規雇用の拡大による格差固定化を問題視。最低賃金の引き上げ、非正規の正規化支援、長時間労働是正など、雇用の「量(流動性)」よりも「質と安定」を優先。
| 項目 | ||
|---|---|---|
| 課題 | 日本の雇用慣行(年功序列・職能給)とのミスマッチ。セーフティネット(再就職支援)が未成熟。 | 急激な最低賃金引き上げは、体力のない中小企業の倒産や、雇用調整(リストラ)を招く。 |
| リスク | 中高年層を中心に失業者が増え、再就職できない層が社会的不安要因となるリスク。 | 労働市場が硬直化し、生産性の低い企業が温存され、経済全体の新陳代謝が遅れるリスク。 |
| 実現性 | [中] 経済界の要望は強いが、労働者保護の観点から法改正には激しい抵抗が予想される。 | [中〜高] 連合などの支持基盤があり、「賃上げ」の社会的要請とも合致するため進めやすい。 |
特に物価高対策や税制においては、「手取りを増やす」という明確なスローガンのもと、与党が得意とする一時的な補助金(ガソリン補助金など)を「その場しのぎ」と批判し、「基礎控除の引き上げ(103万円の壁突破)」や「トリガー条項凍結解除」といった恒久的な制度改正を強く求めている。
この点において、財政規律を重視して増税も辞さない一部の自民・立憲勢力とは一線を画し、「家計減税による経済再生」を最優先する独自のアクセル役を果たす可能性が高い。
支持母体に民間企業の労働組合(自動車・電機・電力など)を持つため、産業競争力強化やエネルギー政策(原発活用など)では自民・維新に近い「供給側重視」の姿勢を見せる。
しかし一方で、労働者の権利保護も絶対的な使命であるため、維新が掲げるような「解雇規制の緩和(金銭解決制度)」には強く反対し、賃上げや人への投資を重視。
つまり、「産業には強く、雇用は守る」というスタンスであり、市場原理主義(維新)と大きな政府志向(立憲)の間を取り持つ現実的な調整点となる可能性が高い。
中道改革連合の一部に見られる「給付拡大(高福祉)」路線とは距離を置き、社会保険料の引き下げや医療制度の改革を通じて「現役世代の負担を減らす」ことに注力している。財政論においても「経済成長による税収増」を前提とした「高圧経済」を志向しており、緊縮財政的な発想には批判的。結果として、国民民主党は、与党案・野党案のどちらに対しても「現役世代のためになるか」という単一の基準で判断を下すため、キャスティングボートを握る「是々非々の実務的調整役」として振る舞うことが予想される。
今回の総選挙では自民党は票を伸ばすものの、中道の目新しさが手伝い、自民が圧倒的多数をとるほど票を伸ばすとは思えず、引き続き、野党との協力が必須となると想像している。その場合、国民民主がどのようにふるまうかによって調整型国会にも停滞型国会にもなりうるので上記のAI評価は参考になった。現状の国民民主の行動を見る限り、足を引っ張る政党
というより高い修正コストを要求する政党として定着してゆくだろうと思われる。
自民が参政と票が割れるなど圧倒的多数をとれないなか、維新は構造改革路線、一方で中道改革連合が伸び、国民民主が一定数存在、というシナリオを考えてみる。完全に停滞国会とは思わないが、決まるまでに時間がかかる国会になるだろうことが容易に想像がつく。
これは国民民主という個別政党の評価にとどまらず、今回の総選挙をどう読むかという構造的な視点と感じた。
第一に、有権者がどの政策軸(減税か再分配か、成長か分配か、防衛か生活か)を選ぶかと同時に、実際の政策の中身を決めるのは、選挙後の国会における調整次第ということなる。どの政策が勝つかという視点で総選挙をみるだけではなく、政策がどう決まる国会になるかを見据えた投票行動が大切だと思った次第。
【合意形成に対する態度】という軸で見ると、今回の高市首相による解散は「政策の是非」を問うというより、合意形成をどう扱う首相なのかを露呈させた行為として読める。高市首相の解散は、少数与党のもとでの調整(野党や党内リベラル派との妥協、段階的実施)を「足かせ」と捉えた結果に見える。
本来、少数与党状況は、政策を現実的な形に練り直す契機にもなり得るが、今回それを選ばず、選挙による一括承認を求めたことは、「合意形成を通じて政策を作る」よりも「高支持率を背景に、選挙で正当性を取って押し切る」スタイルを優先したと解釈できる。これは、解散の自民党内の根回しすらもなされていなかったことからも傍証される。その意味で、現時点の国会運営における限界、少なくとも調整型リーダーとしての適性の限界を示した面は否定しにくい。
そもそも高市内閣への高支持率の背景には「決断型リーダー」への期待や、保守的アジェンダの分かりやすさ、安全保障・国家像を前面に出した政治姿勢への評価が含まれていたはずだ。ただし、その支持は「自民が圧勝する」という前提と相性が良く、逆にいえば、接戦・中途半端な勝利となり、選挙後も調整が必要な議員構成になった場合には、調整能力が問われ、弱点が露呈する、という構図が再び浮上する。
「解散で意思決定基盤を盤石にする」という狙いと裏腹に、「圧倒的多数でなければ能力を発揮しにくい首相」であることを有権者に示してしまった面がある。したがって、今回の解散は、高市首相の政治的賭けであると同時に、【合意形成を通じて統治する指導者か/選挙による動員で突破する指導者か】という資質を選挙そのものの争点にしてしまった、という見方もでき、自民圧勝以外のシナリオでは、首相の統治能力そのものが試される構図となっている。
日経新聞が記事のタイトルで「サナエ・ショック」という言葉を使った意味は大きいと思う。
これまで、日本版トラス・ショックという言い方だったが、日本の一流経済紙が、高市早苗を「円安・債券安・株安のトリプル安」の原因だと名指したのだ。
「サナエ・ショック」起こさぬには? 消費税減税は財政計画とセットで - 日本経済新聞
選挙結果次第だが、果たして「サナエ・ショック」は来るのだろうか?
解散を発表した1月19日の会見で高市は現状を「行き過ぎた緊縮財政」と言ってのけた。これは怖い。現状認識が全くできていないからだ。
アベノミクスの結果、日本はインフレ・円安・金利高に陥ったわけだが、これは岸田元総理でも石破元総理でも、誰であっても解決するのが難しい問題であることは確か。
とはいえ「日本の財政状況はギリシャより悪い」と言った石破と違って、高市は全く現状認識が出来ていない。
「私まだ痩せ過ぎていると思うから、食べるのを我慢するのを止めて好きなだけ食べるようにするわ。」
「このままだと、死ぬぞ……」
と普通の人は思うだろう。
それでも、現在は金利が高くなったとはいえ、低金利時代に借りた国債のおかげで利払い費はまだ低いままで、円安になったとはいえiPhoneやSwitch2の価格を見ればわかるように、まだ完全には物価に反映されていない。住宅ローンは5年ルールのおかげで表面上の支払額は増えない。一方で株価や不動産価格は上昇し続けているので、富裕層の使えるお金は増えている。
いずれは、国債の利払い費が増えて国家予算が逼迫し、円安の為替レートが定着して物価が上昇し、住宅ローンが家計を圧迫する。そのときに、株価や不動産価格がピークを超えたら、どうなるか。高市がこのタイミングで解散したのは、これから経済が良くなる見込みがないという理由もあったと思う。
Open AIのキャッシュが尽きたら、AIバブルは自動的に弾ける。
金利高で実需が抑制されれば、タワマンは単なるババ抜きになって、買取再販業者の運転資金が尽きたタイミングでタワマンバブルは弾ける。
そうなった時に残るのは、円安とインフレ、破綻した国家財政だけである。
【はじめに】
本稿は、現代日本政治を一つの均衡状態として捉え、その内的論理を記述する試みに過ぎない。ここで描かれた「歪なリヴァイアサン」は、不正義でも愚鈍でもなく、ただ与えられた条件の下で最も合理的に振る舞っている存在である。
しかし、合理性は永続性を保証しない。均衡とは、あくまで外乱が加わらない限りにおいて成立する一時的な静止点に過ぎない。経済の衰弱、国際秩序の変動、技術による媒介構造の変化——いずれも、このキメラの前提条件を静かに、しかし確実に侵食している。
本稿の目的は、このシステムを擁護することでも、告発することでもない。ただ一つ、「なぜ変わらないのか」という問いを、「変わらないこと自体が合理的である状況」として再定義することである。
もし将来、日本政治がこの枠組みから逸脱するとすれば、そのとき我々は初めて「変化が起きた」のではなく、「変化を許す条件が整った」のだと理解すべきだろう。
日本政治を観察する際、我々は常に強烈な「違和感」に襲われる。
表面的には米国流の民主憲法を掲げながら、そのOS(オペレーティングシステム)はプロイセン流の官僚機構であり、さらにその深層では江戸時代の村落論理が駆動しているからだ。
「自民党一強」や「官僚内閣制」、「対米従属」といった既存の単一的な理論では、この怪物を説明しきれない。
本稿では、現代日本という政治システムを、「幕府の遺風(骨格)」、「明治の遺老(神経)」、「米国の遺産(皮膚)」という、本来互換性のない三つの要素が無理やり縫合され た「キメラ(合成獣)」として定義し、その構造的欠陥と強靭さを分析する。
日本政治の基層にあるのは、民主主義ではなく「封建制」である。
自民党は近代政党ではない。それは「現代の大名連合体」である。
派閥という名の「藩」:政治家にとっての忠誠対象は、国家よりも党、党よりも「派閥(オヤジ)」にある。
世襲という正統性:地盤・看板・鞄(カバン)の世襲は、まさに江戸時代の家督相続そのものであり、システム維持のコストを最小化するための合理的装置だ。
「根回し」の合意形成:国会審議は儀式に過ぎない。真の意思決定は、料亭や密室での「根回し」によって行われる。これは内戦を避けるための「封建的コンセンサス」の知恵である。
この層は、システムにおける「利益配分」と「動員」を司っている。
政治家が舞台上で演じる役者だとすれば、脚本を書き、演出するのは霞が関の官僚群である。彼らは明治維新以来の「指導的行政」の継承者だ。
無責任の体系:大臣は頻繁に交代するが、次官や局長は居座る。実質的な立法権と、法の「解釈権」は彼らが独占している。
解釈権という主権:法文そのものに意味はない。内閣法制局がいかに「解釈」するかが全てだ。これは一種の「神学政治」であり、官僚は唯一の解釈権を持つ神官である。
この層は、システムの「運用(オペレーション)」と「リスク回避」を司っている。
戦後、外から移植されたこの異質な器官は、平和憲法や日米安保として具現化している。
征夷大将軍としての米国:構造的に見れば、ワシントンは現代の「将軍」である。平時は大名(日本政府)の内政に干渉しないが、外交・安保という存立に関わる部分では最終裁定権を持つ。
「結界」としての憲法九条:保守派にとっての憲法は、足枷であると同時に、米国の過度な軍事冒険に巻き込まれないための「免罪符(盾)」としても機能してきた。
この層は、システムの「外部安全保障」と「国際的正統性」を保証している。
この三層構造は、絶妙なナッシュ均衡によって維持されている。この均衡を無自覚に破壊しようとした者がどうなるか。歴史が証明している。
小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と叫び、ポピュリズム(米国層の力)を借りて、自らの足場である「幕府層(派閥・郵便・土建)」を攻撃した。
結果、自民党という組織は「骨粗鬆症」に陥った。彼が去った後、求心力を失った自民党があっけなく下野したのは必然であった。
2009年の政権交代は、システムに対する致命的な挑戦であった。民主党は「幕府・明治・米国」のすべてを同時に敵に回してしまったのだ。
対「明治層」戦争:「政治主導」を掲げ、官僚機構を敵視した結果、サボタージュに遭い、行政機能が麻痺した。
対「米国層」戦争:普天間基地問題で「将軍」の逆鱗に触れ、鳩山政権は崩壊した。
(党内に派閥がなければ奇妙なことが起き、党外に野党がなければ独裁に陥る)。
自民党における派閥は、疑似的な政権交代機能(自浄作用)を果たしていた。しかし、「党内無派閥」を理想とした民主党は、内部対立を調整する「封建的知恵」を持たず、内ゲバで自壊した。
民主党の敗北は、無能だったからではない。日本の「国体(システム)」に対する免疫拒絶反応だったのである。
なぜ安倍晋三(第二次政権)は、憲政史上最長の安定政権を築くことができたのか。
それは彼が、小泉流の「破壊」も民主党流の「理想」も捨て、システム構造のハッキングに成功したからだ。
彼は「三層の矛盾」を解消するのではなく、「三層すべてを掌握する」ことで、この奇妙なキメラを飼い慣らしたのである。
民主党は官僚と「闘った」が、安倍政権は官僚を「飼い慣らした」。
その決定的な武器が、2014年に設置された「内閣人事局」である。
霞が関のエリートたちの人事権を官邸が一元管理することで、官僚たちは「抵抗者」から、官邸の意向を過剰に読み取る(忖度する)「優秀な参謀」へと変質した。
これにより、明治以来の「官僚の自律性」は去勢され、行政機構は完全に安倍一強体制の手足となった。
安倍氏は、対米自立を掲げるのではなく、逆説的に「対米従属を極める」ことで政権のフリーハンドを得た。
2015年の安保法制(集団的自衛権の行使容認)は、憲法解釈の限界を突破するものであったが、これは「将軍(米国)」に対する最大の忠誠の証であった。
将軍の信任を得た大名は、国内で多少強引な振る舞いをしても、外圧によって倒されることはない。彼は「外堀」を米国に守らせることで、内政に専念したのである。
「機動的な財政出動」と称されたアベノミクスは、経済政策であると同時に、高度な「封建的再分配システム」であった。
異次元緩和によって溢れ出したマネーは、株高を演出し、企業(経団連)を潤し、公共事業を通じて地方組織(農村・建設)を潤した。
かつて小泉氏が断ち切った「カネのパイプ」を復旧させることで、派閥政治の不満を封じ込め、党内の求心力を盤石なものにした。
それは、人事権で官僚を縛り(明治)、安保で米国を縛り(米国)、カネで派閥を縛る(幕府)という、「三層の完全縫合」に成功した、極めて洗練された「復古政権」であった。
日本という「歪なリヴァイアサン」は、内部からの革命では死なない。
「党外に党なし」――強力な野党が存在しないのではなく、安倍政権が完成させたこのシステムが、野党(代替案)の存在を必要としないほど強固な「安定」を提供してしまったからである。
このキメラが倒れる時があるとすれば、それは内部崩壊ではなく、宿主である経済が死ぬか、将軍(米国)が去るか、そのどちらかであろう。
総論←各基金の目的外使用なのでガバナンス、コンプライアンス上の問題がある。
年金積立金←GPIFのノウハウを活用とのことなので、年金積立金を組み込むメリットなし。単に将来の年金積立に賄えるはずの運用益を現在の消費税減税にまわすという話になる。まさかさらに攻めたポートフォリオにするわけもあるまい。
外為特会(外貨準備高)←唯一やる意味がある。ほとんどを米国債で運用しているので、よりリスクをとった株式を含むPFにすれば運用益が上がる可能性はある(リスクも増える)。米国債の利回り、全然悪くないっすけどね。これ以上攻めるのかって感じしますけどね。
日銀ETF←ガバナンスガバガバじゃね?あとアベノミクスで膨れ上がったこの日経ETF、市場に影響受けないために始末するには100年かかるってなんかの記事で見たぞ。無理筋。新NISAこれから始める民のためには一回大暴落させた方が親切?紙切れになる可能性も否めんぞ。
でもトランプが米国債売却を許すんか?これ為替介入のためだけの金じゃないぞ。外交と安保の影響考えてる?
米国債最大の債権者が日本だ。日本が沈めば米国も沈むという、安保的には安心安全な状況を本当に変える?
そんで最大の同盟国日本が米国債売ることのインパクト本当に見通せてる?アメリカ沈んだら日本沈むねんぞ
日本の金利が上がってアメリカは大慌てだぞ。日米はズッ友。それが強いられている。これを解消するのは痛みどころではない。世界恐慌と第三次大戦だわ。
減税のためにそのリスク許容しますか?使いやすそうに見えて現実的には一番地雷じゃないのか。
俺はさ、「未活用の国の資産」って聞いた時「国会の土地やら皇室財産でも売るのか?」と思ったのね。
江戸城再建してセットで10兆円でイーロンマスクかトランプに売ろうぜ。ShogunとEmperorの家、ほしくない?つってさ
そっちの方が俺的にはまだ「現実的」に見えるし、いろいろ言われてるリニアの推進とかのがまだマシかなって感じするわ。
まあ、まともな官僚ならこういう懸念点は伝えるだろうから、もし政権とったとしても骨抜きにするか、もしくは通さないだろう。
でも不安なのは市場の反応だよ。マジで。高市首相もこの案に好感触だってよ。地獄かな?
日和れ!日和れ!今のうちに日和れ!頼む!南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経
創価学会さ、世界平和標榜してんだろ!生活者ファーストの前に世界平和ファーストでいけよ。結果的にそれが生活者ファーストだわ。
アベノミクス定着してるわー国が言えた事じゃない
明日から仕事だなあ、なんて思いながら、Spotifyを流して作り置き。
そんなときにかかったのが、コレ。
今年はオリンピックイヤー。
小学校に入るか入らないかくらいだった私は、「みんなのうた」でこの曲を覚えた。
そういえば当時は、札幌オリンピックから「もうすぐ30年」なんて言っていた頃だ。
もうすぐ30年、というところまで来てしまった。
2030年には新幹線が札幌まで延びるぞ、と、みんな妙に意気揚々としていた。
コロナ前、決して景気が良かったとは思わない。
それでも、アベノミクスの流れの中で、
余裕のある人は投資をしたり、家を建てたりできていたし、
社会全体が、なんとなく前を向いていた気はする。
じゃあ今はどうだろう。
終わりの見えない円安と利上げ。
少子高齢化と人口減少には歯止めがかからず、人手不足も深刻だ。
相変わらず米も高い。
総理大臣は威勢のいいことを言うけれど、
外国人労働者をどうするのか、減税すべきか否か。
さて、オリンピックの話に戻る。
再び招致しようという動きがある一方で、
「原資はどうするのか」「本当に必要なのか」と、
反対意見が多いのもよく分かる。
でも、料理をしながら、ふとこんなことを思った。
――このまま何もしないのって、停滞なんじゃないか、と。
何もしなくても、この国の景気は多分、少しずつ悪くなっていく。
残念だけど、そう感じてしまう。
だったら、どうせ失敗するかもしれないなら、
今できることを全力でやりたい。
終わってみれば大盛り上がりで、成功の部類だったと思う。
今、ぼくらは30代。
ちょうど「脂」が乗る時期だと思っている。
ゆとりの力で、今を変えてみたい。
どうせダメになるなら、
全力でやれるだけやって、
後悔しないように生きたい。
そのお金はどうするんだ、とか、
問題が山積みなのも分かっている。
少し息苦しさを感じる。
どうせ死ぬなら。
どうせ滅びるなら。
夢を見たって、いいじゃないか。
ちなみにクルーグマンは、NYT執筆コラムを「リベラルの良心」と名付けたことから分かるように(cf. The Conscience of a Liberal - Wikipedia)、自他共に認める民主党系のリベラルである。それでもアベノミクスを支持する、というスタンスは、経済学者が独裁者を支持する時 - himaginary’s diaryで紹介した「ここで重要なのは、経済学は道徳劇ではない、ということだ。時には悪人が良い政策を実施することがあり、その逆もある。そして経済分析の仕事は、誰が実施したかとは無関係に政策を評価することであり、またそうあるべきである」という信念から来ている。
ここで言う「悪人」による経済政策の成功とそれによる政権基盤の強化は、喩えるならば悪人が国を豊かにする鍵を手に入れて権力を確立するという良くある童話のような話であるが、アベノミクスが良くある童話と違うのは、「悪人」はその鍵を何らかの悪辣な手段で手に入れたわけではなく、「公開鍵」になっていて賢人が頻りに指さしていたにもかかわらず「善人」が頑なに無視していたのを、普通にひょいと手にしたことにあるかと思われる。その点でこの話は立派な「道徳劇」になっているのかもしれない。
(なお、日本の経済学界の主流が反リフレ的であったことが安倍政権のリフレ政策採用の妨げにならなかったという点では、上の注で指摘した自民党(ないし清和会)の反アカデミズム的な傾向が怪我の功名のような効果を発揮した可能性もある。その点からも「道徳劇」としての教訓が得られそうである。)
A. ゼロ金利制約に非伝統的金融政策で対応しようとした、という点でアベノミクス(クルーグマン流に言えばクロダノミクス)は海外の主流派経済学の知見に沿ったものだった。その前から日銀は非伝統的金融政策を進めていたが、半身で進めている面が目に付き、本腰を入れたのがアベノミクス以降、と言える。その点について例えばDell'Ariccia et al.(2018)(H/T 伊津野英克氏ツイート)では
the unconventional monetary policy measures adopted by the Bank of Japan between 2010 and 2012 had a muted impact on inflation probably because the central bank’s commitment to deliver sustained inflation was undermined by decades of mild deflation. Stronger effects were associated with the unconventional monetary policy measures adopted in 2013 when Prime Minister Abe provided political backing for the Bank of Japan to provide aggressive monetary stimulus.
(伊津野英克氏訳)
日本銀行が2010年から2012年にかけて採用した非伝統的金融政策手段は、インフレ率へのインパクトが弱かった。おそらく、持続的なインフレを実現するという中央銀行のコミットメントが、数十年にわたる穏やかなデフレによって損なわれていたからであろう。2013年に採用された非伝統的金融政策は、安倍首相が日銀に積極的な金融刺激策を提供するよう政治的支援を提供したため、より強い効果をもたらした。
と述べている*9。喩えるなら、ねじを外そうとしたが本腰を入れて取り組まなかったので何度も失敗し、ねじ山を擦り潰してしまって、その後の試みがやりにくくなった格好である*10。
なお、クルーグマンは流動性の罠を根絶したはずの疫病に喩えていた*11。その疫病に対処するためにクルーグマンが提唱したのがリフレ政策で、いわば疫病に対して経済学者が処方したワクチンに相当し、実際にそれを本格的に適用したのがアベノミクスということになる。そうした政策に対して賛否両論あるのは自然なことだが、本物のワクチンに反対するいわゆる「反ワク」と同様、非科学的な批判も散見される。コロナウイルスに対応するmRNAワクチンについては長期的な影響を過大評価している批判が良く見られるが、現在の円安やインフレをすべてアベノミクスのせいとする批判もそれに類似している*12。インフレについてはウクライナ戦争やコロナ禍、円安についてはそれらの要因に加えて上述のような日本経済のより幅広い構造に起因する面も大きいと考えられるが、アベノミクスにひたすら責めを負わせる人はその点を無視してるように思われる*13。
逆に言えば、(政府はまだ宣言していないが)最終的なデフレ脱却はアベノミクスだけでは十分ではなく*14、コロナ禍とウクライナ戦争によるインフレを要したということであり、それだけ流動性の罠の脱出は大変、ということを今回の経験は指し示しているように思われる。その点は、米国において大恐慌の影響を払拭するのがニューディールでは不十分で、第二次世界大戦を要した、という議論*15と同様と言える。