はてなキーワード: お土産とは
本当ならば今頃は家族で北海道旅行をしてお土産でも食べながら楽しかった思い出話をしていたと思うとら冗談抜きで泣けてきて辛い
普段から現場を引っ掻き回したりせっかくまとまってた商談に横槍入れて揉めさせたりしてるクソ上司
抱え込んでいた案件でとんでもない不備が発覚し、対応可能な人間が限られてるから、
木曜に出発して、その日の夜に急遽旅行先から一人帰らざるを得なかった
肝心の上司は、連絡だけして「家族がいるんで~」で、連休中はずっと休みだった
いっつもこうだあのクソ女
小さい子ども(確か、上が中学生で下も小6ぐらい)がいるからって、平気で仕事押し付けて定時ダッシュ
普段中々家にもいられないから、たまの休みぐらい家族サービスしなければと思って
何ヶ月も前からきっちり予定も立てて自分の仕事も何とか収めて、連休は旅行で、となったらこれだ
旅行中ですって断ったけど「あんたしか対応できる人がいないの!!」でガチャ切り
これで無視したら会社での居場所はすぐ無くなるから従わざるをえない
家族もいるから、上司がクソだからとすぐ退職して転職するって訳にもいかない
もうこっちも良い歳だし
「父さんが働いているから僕らが美味しいご飯食べられるんだから、気にしないで」なんて
子供にまで気を使わせて、心底情けなくなる
妻と子供だけで旅行は続けて貰ったけど、気を使ってるのか、北海道でどうだったのか全然言わないんだよね
俺が聞いたら楽しそうにしてくれるけど
なんで上司の為に、俺の家族まで肩身狭い思いしなければいけないんだ
連休も全部吹っ飛んで、対面した上司は一言「あれ!終わった!?」
進捗を告げると「ふーん」で終わり
フォローすらまともにしない
多分他では「部下(俺)がミスして必死でリカバってたw」とか吹聴するんだろうな
以前も似たような事あったし
本当性根が腐ってるというか、育ちが悪いと思う
増田三莉音ちゃんのブログに棲息するグラスりょう(大手生保勤務の三留26歳)同じ日に2個怪文書送ってるときもあるのヤバすぎ
https://x.com/xlll_death_rev/status/2048312382263644212
https://www.nogizaka46.com/s/n46/diary/detail/104518?ima=4512
例のコメント
NO.4
2026.04.26 13:42
みりねちゃんへ。
グラスりょうやで。
みりねちゃんとライブで会えるかもしれないことや、モデルとしての新しい姿を見られることを考えると、みりねちゃんにも明るい気持ちで読んでもらえる気がしてる。
だから今日は、少し先の楽しみをたくさん詰め込んだコメントにしたいなって思った。
まず一番伝えたいのは、やっぱりライブでみりねちゃんに会いたいってこと。
アリーナ席指定も普通の指定席も両方申し込んだから、今はほんまに当たってほしい気持ちでいっぱい。
福井公演が当たったら、みりねちゃんをライブで直接見る初めての機会になると思う。
ミーグリで話すみりねちゃんももちろん大好きやけど、ライブで踊っているみりねちゃん、曲に合わせて表情を変えているみりねちゃん、ステージの上で遠くまで気持ちを届けているみりねちゃんを、ちゃんと自分の目で見たい。
グラスりょうは最後に乃木坂のライブに行ったのが2024年の神宮で、9月2日から9月4日まで全部行ったのが最後やねん。
そこからずっとオンラインのイベントやミーグリが中心やったから、久しぶりに乃木坂のライブの空気を感じられるかもしれないと思うだけでもすごく楽しみ。
しかもその久しぶりのライブで、みりねちゃんを見つけられるかもしれないって考えると、今からかなりわくわくする。
会場に入った時の空気とか、開演前の高まりとか、ペンライトが広がる景色とか、曲が始まった瞬間の一体感とか、そういう全部の中にみりねちゃんがいると思うと、それだけで特別な時間になりそう。
福井って、海の幸とかソースカツ丼とか越前そばとか、いろいろおいしそうなものがあるイメージやし、恐竜博物館とか東尋坊みたいに有名な場所もあるから、ライブ以外にも少し楽しめそうな場所やと思ってる。
もちろんライブが一番の目的やけど、せっかく福井に行けるなら、その土地の空気も少し感じたいなって思う。
みりねちゃんがもし福井に行ったことがあるなら、思い出とか印象とか聞いてみたいし、初めてなら、何を食べたいかとか、どんな場所が気になるかとか、そういう話もミーグリでできたら楽しそうやなって思う。
まだ生で見たことはないけど、配信や映像を見ていても、みりねちゃんはステージでかなりかっこいいタイプなんじゃないかなって思ってる。
普段のやわらかくて優しい雰囲気もすごく好きやけど、曲に入った時には目線が変わって、表情が強くなって、見る人を引き込む空気が出るタイプやと思う。
ミーグリでは近くで言葉を届けてくれる魅力があるけど、ライブでは言葉を使わなくても伝わる魅力があると思う。
ダンスの角度とか、手先の動きとか、表情の切り替えとか、立ち位置での存在感とか、そういう細かいところまで見てみたい。
自分がまだ足りないと思うところから逃げずに、少しでも良くなりたいって向き合える人やと思う。
ダンスもきっとたくさん練習してるやろうし、ライブに向けて覚えることも多い中で、どうしたらもっと良く見えるかとか、どうしたら曲の雰囲気に近づけるかとか、いっぱい考えてるんじゃないかなって思う。
完璧に見せようとすることだけじゃなくて、そこに向き合ってきた時間が見えるからこそ、人は惹かれるんやと思う。
みりねちゃんにはその力があると思ってる。
あと、優しいところも本当に好き。
乃木坂のメンバーはみんな優しいし、気配りができる人ばかりやと思うけど、その中でもみりねちゃんの優しさは、すごく丁寧でまっすぐな優しさやと思ってる。
自分だけが前に出るんじゃなくて、その場にいる人や、見てくれている人にちゃんと気持ちを向ける感じ。
そういう優しさがあるから、ミーグリで話していても安心するし、ブログを読んでいても言葉がやわらかく届く。
みりねちゃんの優しさは、ただ雰囲気がやわらかいというだけじゃなくて、相手を大切にしたいという気持ちが行動や言葉に出ている優しさやと思う。
特に印象に残ってるのは、SEVENTEENの専属モデルとして初めての撮影現場に密着した乃木坂配信中の企画。
あれを見た時、みりねちゃんの礼儀正しさとか、周りの方への感謝とか、緊張しながらもちゃんと一つ一つ向き合おうとする姿勢がすごく伝わってきた。
まだ高校1年生なのに、挨拶も受け答えも丁寧で、スタッフさんや関係者の方に対してもすごく礼儀正しくて、見ていて本当にすごいなって思った。
初めての現場で緊張もあったと思うけど、その中でも周りへの感謝や敬意を忘れずにいる感じがして、そこにみりねちゃんの人柄が出ていたと思う。
ああいう姿を見ると、応援していて本当に誇らしい気持ちになる。
SEVENTEENという場所はすごく大きなブランドやし、そこで専属モデルとして活動していくことは、本当に大きな挑戦やと思う。
でも、みりねちゃんはその中でどんどん変わっていける人やと思ってる。
普段のかわいさとはまた違う、モデルとしての表情や立ち方や服の見せ方があって、写真や映像を見るたびに、こんな雰囲気も出せるんやって驚くことがある。
いつものみりねちゃんはもちろんかわいいけど、モデルの時は美しさとか透明感とか、少し大人っぽい空気が強く出ていて、本当に別の一面を見ている感じがする。
服の着こなしも、メイクの雰囲気も、表情の作り方も、これからどんどん上達していくと思う。
最初の頃の緊張感もかわいいし、慣れてきた時の自然な表情もきっと素敵やと思う。
ファッションやメイクって、その人の魅力を新しい形で見せてくれるものやと思うから、みりねちゃんがこれからいろんな系統に挑戦していくのがすごく楽しみ。
かわいい系も似合うし、清楚な雰囲気も似合うし、少し大人っぽい服も似合いそうやし、アニメ好きな一面と合わせた個性的な雰囲気も絶対に魅力的やと思う。
これからモデルとしてどんな表情を見せてくれるのか、ゆっくり見守っていきたい。
言葉選びを大切にしているところも、みりねちゃんの大きな魅力やと思ってる。
この前のミーグリでも、みりねちゃんが言葉選びを大事にしているっていう話をしてくれたけど、それを聞いて本当にすごいなって思った。
言葉って、相手を大切に思えば思うほど簡単には選べなくなると思う。
適当に言えば早いけど、ちゃんと届けたいと思うと、どういう言い方がいいか、どんな順番で伝えるか、相手がどう受け取るか、いろいろ考えることになる。
みりねちゃんがブログを書くのに時間をかけているのも、きっとそういう理由があるんやろうなって思う。
でも誰かを不安にさせたり、傷つけたりしないようにしたい。
その両方を大事にしているからこそ、言葉に時間をかけられるんやと思う。
グラスりょうも言葉選びはかなり大事にする方やから、みりねちゃんのその感覚にはすごく共感する。
相手のことを大切に思うほど、言葉は慎重になるし、何回も考え直すことがある。
コメントを書く時も、どうしたら重くなりすぎずに気持ちが届くか、どうしたらみりねちゃんが読んで少しでもうれしくなるか、かなり考える。
だから、みりねちゃんがブログに時間をかけているということは、ファンのことを本当に大切に思ってくれている証拠やと思う。
文章に時間をかけることは、ただ遅いということじゃなくて、気持ちを丁寧に整えて届けようとしているということやと思う。
そこが本当に素敵やし、みりねちゃんの文章が心に残る理由やと思う。
笑顔もたくさん褒めたい。
みりねちゃんの笑顔は、本当に周りの空気を明るくする力があると思う。
いつも自然に笑っているように見えるけど、笑顔でいることって実は簡単なことじゃないと思う。
しんどい日もあるやろうし、思うようにいかない日もあるやろうし、緊張する場面もたくさんあると思う。
それでも、番組や配信やミーグリで笑顔を見せてくれると、見ている側はすごく安心する。
その笑顔に救われている人はたくさんいると思うし、グラスりょうもその一人やで。
みりねちゃんの笑顔は、作った感じじゃなくて、ちゃんとあたたかさがあるところが好き。
笑顔って、その場にいる人だけじゃなくて、画面の向こう側にいる人にも届くと思う。
配信中や番組を見ていても、みりねちゃんが笑っていると、画面越しでも空気がやわらかくなる感じがする。
それってすごい才能やと思う。
だから、みりねちゃんには自分の笑顔にもっと自信を持ってほしい。
いつも笑顔でいてくれることに感謝しているし、その笑顔は本当に大きな魅力やと思う。
明るくする笑顔。
また会いたいなって思わせてくれる笑顔。
そういう力があると思う。
次にしてほしいものとしては、やっぱりヘアピンが見たいなって思ってる。
ミーグリだと画面越しでも分かりやすいし、ちょっとした変化でもすごく印象に残ると思う。
最近はおしゃれなヘアピンも多いし、シンプルでかわいいものも、少し個性的なものも、みりねちゃんには似合いそう。
特にアニメが好きっていう話もあるから、アニメに関係する小物とか、さりげないキャラクターっぽい雰囲気のヘアピンとかも絶対かわいいと思う。
リゼロが好きって言ってたし、そういう好きなものを少しだけ身につけてくれたら、話題にもなるし、ミーグリでもめちゃくちゃ盛り上がりそう。
推しに推しがいるっていう感じもすごく尊いし、みりねちゃんが好きなものを楽しそうに話してくれる時間は絶対に楽しいと思う。
5月10日のミーグリで、もしできそうならヘアピンとか、アニメに関係する小物とか、そういう少し分かりやすいものを見せてくれたらうれしい。
もちろん無理に用意してほしいということじゃなくて、もし持っていて、気分が合ったらで大丈夫。
でも、みりねちゃんが自分の好きなものを身につけてくれたり、好きな世界観を少し出してくれたりしたら、それだけでめちゃくちゃうれしい。
そこからアニメの話もできるし、リゼロの話もできるし、好きなキャラの話もできるし、みりねちゃんの推し活の話も聞いてみたい。
みりねちゃん自身が乃木坂で応援される立場でありながら、アニメの中に好きな存在がいるっていうのが本当にいい。
推しを応援する気持ちを知っているからこそ、ファンの気持ちにも寄り添えるのかなって思うこともある。
ミーグリで話すなら、ライブの話も、モデルの話も、言葉選びの話も、笑顔の話も、ヘアピンの話も全部盛り上がると思う。
福井が当たったら、その報告もしたいし、福井で何を食べたいかとか、どんな景色を見たいかとか、ライブでどの曲の表情を見たいかとか、いろいろ話したい。
モデルの話では、撮影で一番緊張したこととか、服を着た時に気分が変わる瞬間とか、メイクで新しい自分を見つけた感覚とか、そういう話を聞いてみたい。
言葉選びの話では、ブログを書く時に一番時間がかかる部分とか、書き出しから悩むのか、最後の締め方で悩むのか、そういう細かい話も聞いてみたい。
笑顔の話では、最近一番自然に笑えた瞬間とか、逆に笑顔で救われた出来事とか、そういう話も絶対に素敵やと思う。
ヘアピンの話では、どんな系統が好きかとか、アニメっぽい小物を普段使うことがあるかとか、聞いてみたいことがたくさんある。
ライブの話をしていたら努力の話になるし、努力の話をしていたら言葉選びやブログの話にもつながるし、モデルの話をしていたら表情や服やメイクの話にもつながる。
そういう広がり方があるから、ミーグリで話す時間がすごく楽しいんやと思う。
それはみりねちゃんが、相手の言葉をちゃんと聞いてくれているからやと思う。
だからこそ、また話したいなって毎回思える。
今回のコメントでは、昨日のことはほどほどにして、これからの楽しみを中心に書いたけど、結局どの話題も、みりねちゃんの魅力につながってると思う。
ライブで会いたいのは、みりねちゃんのパフォーマンスを見たいから。
福井の話をしたいのは、みりねちゃんと新しい場所の話で盛り上がりたいから。
努力家なところを褒めたいのは、みりねちゃんが見えないところで積み重ねている姿勢を本当に尊敬しているから。
優しいところを褒めたいのは、ミーグリでもブログでもその優しさがちゃんと伝わってくるから。
モデルの話をしたいのは、みりねちゃんの新しい魅力がどんどん見えてきているから。
ヘアピンの話をしたいのは、みりねちゃんの好きなものとかわいさが合わさったら絶対に楽しいと思うから。
全部、みりねちゃんと話したら楽しいと思えることばかりやねん。
これからも、みりねちゃんにはたくさんの場所で活躍してほしい。
乃木坂のライブで輝く姿も見たいし、モデルとして誌面や撮影で新しい表情を見せる姿も見たいし、ミーグリでやわらかく話してくれる姿も見たいし、ブログで丁寧に言葉を届けてくれる姿も見たい。
どれか一つだけじゃなくて、全部がみりねちゃんの魅力やと思う。
やさしいところ。
努力家なところ。
笑顔が素敵なところ。
好きなものを楽しそうに話すところ。
周りへの感謝を忘れないところ。
モデルとして美しくなっていくところ。
ステージでかっこよくなっていくところ。
そういう全部をこれからも見守っていきたい。
ここからさらに、みりねちゃんのブログについても少し触れたい。
みりねちゃんのブログって、毎回ただ出来事を書くだけじゃなくて、今自分がどう感じているのか、どこに迷いがあって、どこに嬉しさがあって、どこに感謝があるのかがちゃんと見えるところが好きやねん。
特に、自分の弱さや不器用さも隠しすぎずに書いてくれるところがすごくいいと思ってる。
全部を完璧に見せようとするんじゃなくて、今の自分の歩幅をちゃんと見せてくれる感じがあるから、読んでいる側も応援したくなる。
自分の気持ちを書いているのに、読んでくれる人がどう受け取るかまで考えている感じがして、その優しさが本当にみりねちゃんらしいと思う。
ブログを書くのに時間がかかるっていうのも、りょうはすごく良いことやと思ってる。
早く書けることだけがすごいわけじゃなくて、時間をかけて考えた言葉だからこそ届くものがあると思う。
たとえば、何かをありがとうって書く時でも、ただありがとうって書くだけならすぐにできるけど、誰に向けたありがとうなのか、どんな気持ちのありがとうなのか、今どういう温度で伝えたいのかまで考えると、やっぱり時間がかかると思う。
だから、読む側もただ流し読みするんじゃなくて、ちゃんと受け取りたくなる。
そこが本当にすごいし、みりねちゃんのブログが好きな理由の一つやねん。
あと、モデルの話に戻るけど、みりねちゃんがSEVENTEENの現場で見せていた緊張と一生懸命さは、これから先のすごく大事な原点になると思う。
初めての現場って、何をすればいいのか分からないことも多いし、周りの人たちはみんなプロで、緊張して当然やと思う。
その中で、みりねちゃんが丁寧に挨拶して、説明をちゃんと聞いて、撮影に向き合っている姿は、本当に立派やった。
大事なのは、分からないことをそのままにせずに、ちゃんと吸収しようとすることやと思う。
みりねちゃんにはその姿勢があるから、これからモデルとしてどんどん伸びていくと思ってる。
服の雰囲気に合わせて表情を変えたり、メイクに合わせて空気を変えたり、誌面の中でどう見えるかを考えたり、全部が表現の仕事やと思う。
ライブでは曲に合わせて表情や動きが変わる。
だから、みりねちゃんがライブでもモデルでも成長していく姿を見られるのは、本当に楽しみやねん。
見た目の雰囲気はふんわりしていて、話し方も優しくて、笑顔もかわいい。
でも、その内側には、もっと良くなりたいとか、ちゃんと届けたいとか、周りの人に感謝したいとか、そういうまっすぐな気持ちがある。
そのバランスが本当に魅力的やと思う。
ただかわいいだけじゃない。
ただ優しいだけでもない。
かわいさの中に努力があって、優しさの中に強さがあって、落ち着いた雰囲気の中に熱がある。
そこがみりねちゃんのすごく好きなところ。
ライブで見たいのも、まさにその部分やねん。
かわいい曲で笑顔を見せてくれるみりねちゃんも見たいし、かっこいい曲で目線を決めるみりねちゃんも見たいし、少し切ない曲で表情を変えるみりねちゃんも見たい。
曲ごとに違うみりねちゃんを見つけられたら、本当に楽しいと思う。
ミーグリでは言葉や表情で近くに感じるけど、ライブではステージ全体の中で存在感を感じることになると思う。
その違いをちゃんと感じたい。
アリーナ指定で当たったらもちろんうれしいし、普通の席でも会場に入れたらそれだけでうれしい。
でもやっぱり、できれば少しでも近くでみりねちゃんの表情を見たいなって思ってる。
ライブで行く場所って、その日の思い出と一緒に残るから、福井がみりね Permalink | 記事への反応(0) | 16:45
土星に行く。
ブレーキが全く効かない。
27分で土星に着いた。
「何でお前ここにいるの」
「お前も来てるだろ」
大根が売り切れた人、好きな人に送るLINEを7回下書きで消した人、靴ひもが何回結んでも解ける人。
途中で猫が来た。3年前に逃げた俺の猫だった。
猫は久しぶりという顔をして、俺の膝の上に座った。
それで急に泣きそうになったので、帰ることにした。
猫は何も言わなかったけど、お土産に星の欠片を一個くれた。
家に帰って電気をつけて見たら、ただのグレープガムのカスだった。
もしあなたの人生で、何もかもどうでもよくなる時期がきたら、適当なママチャリに乗って土星に行くといい。
坂はずっと下りになってる。
ブレーキは効かない。
27分で着く。
タバコを吸ってるおじさんが座ってる。
あなたが探していた猫もきっとそこにいる。
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
[#改頁]
瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
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扇風機や一部の場所にはヒーターがあるが、工場施設備え付けの冷暖房機がなく夏は含浸加工のお湯の熱さも重なりとても暑く体力的にキツい時もある。
冬はシャッター付近は特に寒く近隣から枯れ葉が飛来しその掃除をしなくてはならない。
始業時間は8時からで終業は17時だが仕事の準備で含浸加工処理を行うラインの人は6時過ぎから来ていて他の人も始業時間よりも1時間から30分は早く出社しなければならずその分の手当は出ない。
会社は早く来るのは任意だと言うが含浸した製品も7時40分過ぎには出てきて製品を出しエアー吹きをしカゴに次に含浸する製品を入れるので早く来ないと遅いと怒られ実質的に強制的で朝早いのが苦手な人は向かないと思う。
通常の就業時間内に仕事が収まらないのは会社の責任だが、個人的には7時30分始業にして9時間拘束で16時30分を過ぎる場合は残業扱いにすればよいと思う。
この件について私の在職中に労働基準監督署には報告したが、是正されることはなかった。
昨今、残業代の未払いについてより厳しくなっているのでコンプライアンスの面からも気を付けた方が良く退職した人を含め全員に支払うべきだと思う。
私は自宅からこちらまで遠く時間がかかり、会社に着いてすぐに仕事に取り掛からなくてはいけなかったのでキツかった。
※補足
Googleでこの口コミを書いた後に更新された求人には7時40分始業で休憩70分で16時50分終業と変更され、これまでは休憩時間を抜かし7時間50分勤務だったのが8時間勤務になり拘束時間が10分増え、私が残業代未払いの件を指摘したので変更したのかと思うが始業よりも早く来て準備をしなけなければならないのを改善しなければ意味がない。
変更された就業時間内で業務が収まるとは思えず、残業代は30分毎に付き例えばこれまで通り7時10分過ぎや17時過ぎにタイムカードを押すと残業代は付かず余程残業代を払いたくないのかと思う。
休憩時間は午前と午後で10分づつ、昼は50分あり2グループで交互に休憩を取っている。
夏季は水分補給で午前と午後にそれぞれもう1回づつ10分休憩があるが給与は変わらない。
休んだり休日出勤に出られなかったり早退や残業時に定時で帰る時などは直接関わりのない人も含め、現場の従業員全員によろしくお願いしますと声をかけなければならない。
事情で数日休んだときは迷惑をかけて申し訳なかった、という意味合いで皆で食べて貰うように会社へお菓子を買っていくという風習がある。
昔は有給が取りづらかったようでその名残だと思われるが、身内が亡くなりその葬儀で3日程休んだ人がお菓子をいくつも買ってきて気を使っていた。
それらはお互い様のことだと思うが、休む人や定時で帰る人にそこまで気を使わせる必要はあるのかと思う。
お土産でお菓子を買ってくる人もおり、社長が買った日持ちしない法多山の厄除け団子を他の人に勧められるがままに食べると社長から「1人で食べ過ぎだ」と数日にわたり注意を受けた事もあった。
1〜2時間残業がしばらく続くこともあり、祝日は出勤日で土曜日は会社のカレンダーでは連休前以外では基本的に休みとなっているが、取引先の都合で午前中の半日休日出勤が比較的多く直前にならないと出勤になるのかわからず土曜日の自分の計画が立てにくい。
都合がつかなければ一応断ることもでき、出られない人は休憩室のカレンダーの休出日に自分の名前を書いているがその際に出られない理由を聞いてきたりする人がいてプライベートな理由でも詳細を聞いてきたので不快に感じ、一番最初にカレンダーに休みだと書いておいてもお前が休むのかと不満そうにしていたり、ぐだぐだ文句を言う人もいて気を使う。
同じ仕事内容をしている人には自分は家庭の都合で出られないのでその日は出来れば私は出勤してくれないかと言われた。
他の会社では連休前日の就業時間内に大掃除をする所が多いが、こちらは連休の入口の初日(主に土曜日)は出勤日となり、午前中は大掃除で午後は有給消化扱いで休みとなるため、有給が無い場合は欠勤扱いでその分給与は付かない。
連休が多い所の他社と比べると半日分少なくなり強制的に有給休暇消化をさせられるので、こちらも連休前日の就業時間内に大掃除をして翌日から会社を休みに出来ないのかと思う。
これまで在籍した会社ではゴールデンウィークやお盆休みは1時間程掃除をしし、年末年始は2〜3時間程仕事をしていたがこちらも普段からそれなりに掃除していれば年に3回も半日かけて掃除する必要はないのではないかと思う。
求人に「皆勤手当は有休を使用しても欠勤が無い限り支給いたします。」とあるがそれは当たり前の事で、上記のよう会社の都合で欠勤扱いになりその分の給与や皆勤手当が付かない事が問題である。
経営側の学歴についてああだこうだ言うつもりはないが、もっと労働基準法について勉強してほしいと思う。
仕事が少ない時は有給が多く残っている人を優先的に午前中で帰らせ、午後は有給消化としていたが私は一度しか帰らせてもらったことがなかった。
健康診断は毎年10~11月に行われるが他社のように会社に健診車は来ず、各自で決められた日に有給で健診センターへ行く形であるなど、会社の都合で有給休暇を消化させられることがある。
雇入れ時健康診断は、入社後3ヶ月以内に受診する必要があるようだが、3月に入社した私はその年の検診を受けさせてもらえず翌年ようやく受診出来て、その前の職場で受けた健康診断から2年2ヶ月程空いてしまった。
しかし翌年2月に入社した人はその年の健康診断を受けることが出来て不可解だった。
ちなみにその前の職場では4月入社でその年の9月の健康診断を受け、現在の職場には12月に入社し翌年4月の健康診断は受けることが出来た。
健診へ行く時間も有給を消化する形となり大抵午前中には終わるが、ほとんどの人は1日有給を取っている。
現在の職場は健診車がきて就業中に検診を受けることができるが、希望者は近隣の病院で検診を受けることが出来、午前中は就業扱いになり午後は出社するか半休の有給を使用し休むか従業員本人が決めることができるが、健康診断は義務なのでこちらもそのような形にしたら良いと思う。
嘱託の従業員は自分の仕事が終われば17時の終了前に帰ることができ、元々フルタイム契約のはずのパートの方は仕事量で日により会社に呼ばれず午後から出社したり定時前に帰らされまるでスキマバイト状態の人もいる。
終業時間になり誰かまだ仕事をしていたら皆で手伝って終わらせる方針で早く帰りにくい時があった。
親が亡くなった時の忌引きは2日間である
(以前の職場で祖母が亡くなった時の忌引きは3日間で遠方で会社の配慮で4日間だった)。
講習を受けておらずフォークリフトを運転したり、クレーン操作している人もいる。
自分の考えが絶対に正しいと主張し受け入れられないと機嫌が悪くなる人もいる。
他の人の指示で社長に怒られてもその指示した当人は素知らぬ顔をしている事もある。
昼休憩で食堂に向かう階段で後ろから「昇るのが遅い」と煽る人もいる。
口が悪く気が短く突然怒り出たり話の長い方もいる。
フォークリフトで製品の入ったパレティーナを煽るように持ってくる方がいて危く早くどけ、今あるものを早くどかせ、早くどかさないともう持ってこないぞと言われる。
常にこちらの動向を見ていて気に入らない事があると「意味がわからない」と細かく注意され、指示されても話し声が聞き取りづらく誤解して間違えると汚い言葉で罵倒されるので聞き直すと「さっき言っただろ」「俺は手足が出るからな」とどのみち怒られる事があり仕事が非常にやりづらく会社が何回注意しても直らずそれが原因で揉め口をきかなくなったり辞める人もいる。
気に入らない従業員に対して「こいついらない」などと平気で人が傷つく事を言い私も入社数ヶ月目にその方と揉め、「辞める」と言うと「社長がいる時に言えよ」や「すぐに辞めるなよ」と言われたが、後で「辞めるのを考え直してみない?」と言われた。
しかし本人は何度もそのような事があっても改心せず、創業当初からいるようなので会社も辞められるのが怖いのか強く言えず、コンプライアンスやパワーハラスメントの面でも会社が何も対策や改善が出来ずにそのままになっているのは如何なものか。
善意でやってくれたのかと思ったら「お礼がない」と突然ブチギレる人もいるのでとにかく気を使う。
休んだり休憩時間中に私用の電話をしていると理由を詮索される。
休憩時間中に仕事の話をしてきたり、SNSを覗き見してわざわざそれを言ってくるなどプライベートの事を詮索してくる人もおり、うっかり投稿にいいねを押してすぐに消したアカウント名がその人っぽくて気持ち悪かったのでブロックした。
帰る時に離れた所に社長がいても必ず近くまで行って挨拶しないと後に挨拶がなかったと言われる。
社長の話が長く話しかけられるタイミングが休憩時はゆっくり休めず帰り際はなかなか話が終わらず困る時がある。
早出残業代が付かないのに朝早くから来て早く帰られないのはたまらない。
なので皆はつかまらないうちに早く帰りたがるがそれを社長が気に入らない様子の時もあり、自身で気が付いていないのかなと思う。
仕事がうまく出来ないと社長に「何か病気か?」と言われたが、作業中に仕事に関係のない事でも周りの空気を読めずに従業員に話しかけ続け、気に入らないことがあると怒り続けて皆の手を止めさせて作業が滞り、仕事が捗らず負担をかけているのもおかしい。
立場上社長には誰も言いづらいと思うが、迷惑をかけている自覚を持ってほしい。
他の従業員の仕事ぶりについて他の人に逐一ああだこうだ愚痴を言う方もいる。
自分は仕事が終わればそそくさと帰るが先輩の人がまだ残っていると「お前が先に帰っていいのか?」と言う自分勝手な人もいる。
仕事が出来ない新人を補佐にあてがわれ、こちらが何も教えていなかったり指示していない事ややり方を勝手にされ、こちらがちゃんと見ていないからだと責任を問われた。
現場の人手が足りず休みの人がいると慌ただしくなり、役員が現場に入る事もある。
朝礼の当番は週替わりで、毎日挨拶をし仕事で使う軍手を洗濯機で洗い週に3回のゴミ捨てや週の最終日にはトイレ掃除も行う。
夏季は休日に役員や従業員が来て半日工場内の換気を行う当番があり、それは後日半日分の振替の休みとなる。
退職の際は退職希望日の1ヶ月前には申し出る事や、仕事が忙しい時は退職日を伸ばしてもらう可能性もあるとの事だったが、実際は退職の意向を伝えて2週間後には退職でき、会社の都合で退職日を延ばす事は本人の同意なしでは強制できず仕事量が収まらないのは会社の責任でそれを従業員に求める事はおかしい。
近くに同業他社がなく入社前は内容が掴みづらく仕事が合わないと精神的や肉体的にキツく入社してすぐに来なくなったり、突然辞める人もいる。
カゴへの製品の詰め方やエアーの吹き方や検査のやり方など色々と覚えたりやらなくてはいけない事が多く、焦るなと言われモタモタしていると早くやれと言われ焦ってしまい失敗するので、要領が良かったり落ち着いて冷静に判断できたり気が強い人でないと難しいと思う。
また重い物や大きな物もあり、アルミ製品は傷が付きやすいので体力があり慎重に扱える人が向いていると思う。
Googleでの口コミにもあったように会社の目の前の道にて社用車で一時停止せず飛び出して危なく交通ルールを守っていないとあったが、会社外においても注意を払った方が良いと思う。
誓約書は入社時と退職時に渡され署名を求められ、口コミサイトへの書き込みや同業他社への転職を禁止している。
しかし書き込み禁止は強制力を持たず、会社が従業員に退職後の就業制限を課すことは、日本国憲法22条1項によって保障される「職業選択の自由」との関係で違法となる場合がある。
それよりも上記にあるように会社の外で印象が悪くなるような事が起こらないように気を付けた方が良い。
こちらは毎年3月末に業績により決算賞与が支給されることがあるが2023年度は支給日の10日前に入社したばかりだったので私には支給されず、2024年度末は業績によってなのか決算賞与自体がなかった。
現在の職場では今期は苦しかったようだが、入社4ヶ月目の私にも支給され嬉しかった。
人手不足で常に求人を出しているが応募があっても連絡がつかなかったり、面接に来ない人もいる。
従業員が面接に来た人を外見でああだこうだ言ったり、面接した役職者が従業員に履歴書を見せながら、この人はどうかと聞いている時があるが人事権を持たない人が「こいつは合格」や「こいつは駄目」と言っていた。
こちらの求人の応募の年齢制限が以前は35歳以下で私の応募時は45歳以下で、現在は40歳以下になっているがニッチな仕事なので年齢に関わらず合わないと難しいと感じ、実際に若くて資格の保有数や経歴で期待され入社しても期待に添える事なく数ヶ月で辞めた人もいたのでこれからも合う人が来るまで求人を出し続けていくのだろうと思う。
現在の職場は社長がお昼の時にお茶を入れてくれるが、こちらでは昼休憩でお茶は用意してくれないので自販機で買うか、持参する必要がある。
時折社長が就業時間中にタバコを吸いながらだったり、コーヒーを飲みながら従業員が作業している様子を眺めていることがある。
ハンドリフトをキックボードのように乗り回している人が役職者も含め数人おり危険だ。
私もこれまでの会社でハンドリフトを使ってきたがそのように扱う人は誰もおらず、そんな発想すらしなかった。
誰かがやり始めて蔓延したのかと思うが、本来注意すべき役職者まで一緒になってやっているのは如何なものか?
安全面からもそのように扱うのは常識的にもおかしく、私がスキマバイトで行っている事業所ではそのような行為を禁止している。
そんな欠如が上記にもあるように会社の外で交通ルールを守れずに第三者からも印象が悪くなるのだろう。
身内で庇い合うよりも色々な問題を1つずつ改善していった方が良いと思う。
他にもいくつかあり就労関係で会社側がとんでもない提案をし、従業員からの反発がありその案が立ち消えた事や個人間のことはこちらではあえて書かないでおくが役員や役職者に言いづらい雰囲気が不満を大きくしていっていることに気づいてほしい。
Googleでの口コミに第三者と思われる方から会社が口コミを消すのに奔走していると書かれているが、最後に三原工業の関係者向けにこちらのリンクを張っておく。
・辞めた社員が口コミサイトで悪評を書いたとき──人事が絶対に避けるべき5つの行動
今朝出社して、3階の女子トイレに入ったら、3つある個室の一番奥で座り込んでる人がいた。
掃除の人かな?と思いつつ、こちらも用を足したしたかったので、一番手前の個室に入り、一応急いで出た。
やはり彼女は具合が悪かったらしく、
と言われた。
ああ、やっぱりそうだったか、先に声かけずにごめんなさい!と思いつつ
「何階ですか?」
「2階です。」
「分かりました!呼んできますね!」
と走って2階の厨房へ。
しかも増田は厨房に入る仕事ではないため、初めてその場に足を踏み入れた。
厨房はいくつかの部屋に別れていて、名札がついているところもあったが、〇〇は名札が出ていなかった。
(焦っていたので見落とした可能性もある)
でも、取り扱っている商品は知っていた、しかも好きなお店だったので、窓から除いて厨房で仕込みをしてる人を見つけられた。
「すみません!〇〇の方が3階のトイレで倒れられてて、呼んできてくださいと言われて、女性の方です。」
いきなり来た見知らぬ女があばばばと話しかけてきたので、相手の男性もびっくりしたようだが
「分かりました!」とついてきてくれた。
階段を駆け上がりトイレに入ると、ぐったり座り込んだままの彼女。
男性が声をかけて、
話はできるようだけど、体が動かない様子。
と聞かれた。
「社員さん!おはようございます!すみません、トイレで具合悪い方がいて、その、どこに連絡したらいいか分かりますか?」
と尋ねた。
数分して、他の女性社員さんや食品部門の人もトイレに駆けつけてくれた。
「救助に来てくれるそうです。ありがとうございました。」と社員さんが言ってくれたので
しばらく仕事をしてると、最初に助けを求めた社員さんと駆けつけてくれた方が2人で私の席に来た。
「見つけてくれて、ありがとうございました!」とお礼を言われ、あわあわ、ぺこぺこしてしまった。
「いえいえ!いえいえ!」くらいしか言えなかった。
(いえいえおじさんみたいだったな)
また汗かいた。
ちょっとでも役に立てたなら良かった。
ほっとした。
初めてのことで本当に焦った。
でも彼女は無事だったようで何より。
そしてその〇〇は私も家族もファンでしょっちゅう買っているので、なんだか更に応援したくなった。
ていうか、食べたくなった。
なぜなら、人が怖いからだ。もう少し踏み込んで説明すると、「他人に自分の存在を見定められ、価値がないことに気づかれ、人がみんな自分を避けていく」のが死ぬほど耐えられないからだ。とにかく自分の存在を評価されたくない。できることなら、最も人の記憶に残らない、普通で平凡な存在になりたい。排斥されたくないし、自分の価値もつけられたくない。就活や婚活のような、人間を商品のように品評し、見定められ、価値を測定されることはなるべく、いや、絶対されたくない。もしも人間に初期アバターがあれば、その姿で一生生きていたい。自分の存在が他人から全く見えないようになって欲しい。でも、誰かに愛されたい。傲慢だが、そういう根底の欲求だけがあるのが苦しい。産まれた時から、集団に入るたびに虐められ、排斥されてきたから、「人に自分の価値を計られる」ことに非常に強い拒絶反応が起きる。
圧倒的に人間社会で生きるのに向いていない。だが、自殺もできない。自分は子どものころから極度に怖がりで、ジャングルジムも怖くて登れなかった。だが、子どもの頃はまだ人が怖い存在だということに気づいていなかったから、見境なく話しかけては嫌われるを繰り返していた。それを繰り返していくうちに、周りから人が誰もいなくなり、「自分は異常で、人から避けられる存在だ」という学習をした。それからは、集団に適応しようと、自らを嘲笑の対象にしてもらうことで集団に入れてもらっていた。確かにひとりで孤独でいるよりは、どんなにバカにされても集団の中にいることで安心感を得られた。だが、中学に入ってからは、それも通用しなくなり、「完全なる孤独」に突入した。それでも部活は毎日かかさず行っていたが、「一緒に剣道部を見学しにいこう」と言われて、何となく見たことがあるが関わりはほとんどない人たちがいて、「知ってる人がいるから安心だ」と思い、そのうえ、母親から「運動部に入りなさい」と言われていたので、ちょうどいいと思い、剣道部に入ってしまった。剣道部は過酷で、個人競技で順位付けされ、その結果でカーストも決まる、非常に厳しい場所だった。俺は臆病だから大きい声を出すこともできなかったし、人を竹刀で叩くことにもためらいがあった。結局最後まで俺は弱いままで、試合では出して貰えず、後輩が代わりに試合に出ていた。後輩から毎日バカにされ、同級生や上級生は腫れ物扱いで、存在を無視された。一度、同級生に「お前、ウザイんだよ。やる気がないなら部活来るな」と校門の前で言われ、殴られた。それを見ていた誰かが先生に言ったらしく、先生と話し合いをした。それも影響あって腫れ物扱いされていた。週末に色んな学校に練習試合に行かされ、どこの学校の人も野蛮なやつが多く、その上、教師もまるで競馬を見てるおっさんのように試合中の生徒に暴言をぶつけていた。1回宿泊もできる施設で、有名な先生の元で練習ができる機会があったのだけど、「目が悪く、剣道用のメガネも持っていなかったので、どこに行けばわからなく、ウロウロしていたら、その有名な先生に目をつけられ、全員が集まった集団の中で自分とその先生の学校の人、合計2人が立たされ、「面を受ける」という合法的な体罰を受けた。剣道では、面というのは素早く竹刀を動かすため、気持ちのいい音を出すために、できるだけ最小限の力で面を打つのだけど、その時は違った。力いっぱい竹刀で頭を何度も殴られた。非常に痛かったし、集団の前で晒し者にされたことが非常にショックだった。今でも強烈に覚えている。「人間って怖いものなんだな」とその頃に徹底的に記憶に植え付けられた。部活では、定期的に先輩後輩関係なく、練習試合をさせられ、順位もつけられた。いつも自分は負けてばかりで、後輩以下で、いつもバカにされていた。自分の無能さを毎回そこで味わった。後輩に毎日バカにされ、メガネを取られて壊されることもあった。部活外では、いつもひとりだった。中学に入った時に、小学生のころ地域の子どもたちで集まって登校したり、遊びに行ったりしていたんだけど、そのメンバーの女性がいて、「こんにちは」と話しかけられるから、ヘラヘラ笑いながら返事をしていたら、ある時、上級生の友達が「なんであんなやつに挨拶してるの?」と聞き、「挨拶を返す時の顔がえろいこと考えてる顔みたいでキモイから」と言っているのが聞こえてしまい、挨拶されても返さなくなった。そうしていたら、上級生の女性が「いつも挨拶してるのに返されない!あの子は酷い!」と広めたらしく、上級生とすれ違うと「キモイ」とか「宇宙人」とか言われるようになった。親が仲良いので、ディズニーランドのお土産を貰ったんだけど、リトルグリーンメンのストラップを貰った。「宇宙人」というメッセージだと思っている。風呂上がりに、外の風景を窓から見るのが好きだったから、風景を見ていたら、上級生に見られ、「きもちわるっ!なんで裸なの!w」と大声で言われた。小学生の頃に転校生に執拗に「友達になろう」と言ったら「君とだけは友達になれない」とか、仲がいいと勝手に思っていた同級生に嫌われ、エンガチョをされたこともある。
このあとも、学生時代は常にいじめ、もしくは腫れ物扱いの対象となっていたが、人と関わる気力が失われた決定的な時は中学生時代だった。
その後、高校で黒いスーツをきた集団に嫌がらせされてると思ったり、バッグや体操服に体液のようなものが付いていたこともあり、障害が悪化した。手洗いが酷く、「ヤバいやつ」と何度も言われた。高校時代はいつもマスクをしていて、水泳の授業の時に「誰!?」とコソコソ言われたこともある。明らかに異常者として扱われ、全く人が寄ってこなかった。めちゃくちゃ頭が悪かったが、虐められたくなかったので、進学コースを選んだら、なんでこいつが?と何度も言われた。ある先生のことを北朝鮮のスパイだとおもっていた時もあった。Fラン大学に入ってからは、暇が増えたので精神病はある程度良くなった。今日は昔のことを思い出して、疲れた。
28歳男性、生活保護、Fラン大学中退、最終学歴高卒、障害者手帳2級、障害基礎年金2級、医者から言われた診断名はASD、ADHD、社交不安障害、強迫性障害、躁鬱傾向あり。クエチアピンやリスペリドンを出されているので、統合失調症もあるのかもしれない。今はクエチアピンがよく効いて、今まで常に不安だったけど、不安が結構ましになった。職歴はFラン大学時代の5年間(留年した)新聞配達、それとB型作業所、A型作業所。A型作業所に適応できなく、鬱や被害妄想が悪化した。具体的に書くと、「呼吸が浅くなる。震える、大勢に指を刺されているような感覚になる、文字が怖くなる、悪意をぶつけられているような感覚になる、音に敏感になり、音が怖くなる、攻撃的なSNSの投稿が怖くなる、布団に入り猫の動画を見ると良くなることがある、デパスを飲むと良くなることがある、リスペリドンは効かない、音がすると怒られそうな気がする、隣の人が怒ってないかがすごく気になる、音が大きく感じる、鳥の鳴き声などが闇の組織の通信音に感じる、周りの人が人間とは思えず、なにか自分に危害を加えたり、悪意をぶつけることしか考えてないように感じる、死んだらこれが収まるなら死にたいと考えてしまう、寝て起きると良くなる、睡眠不足の時が多い、ゲームからも悪意を感じてしまうのでプレイが続行できない、文字の点々が特に怖い、思考してる時に頭に浮かぶ文字も怖い、人が恐ろしくて仕方ない、鬱の時のようななんとなく死にたいではなく、突発的な死にたさしか出なくなる。」という症状が出てきた。仕事を休む日が増え、クビにされたので現在は無職。ここまで書き出せたのはきっとクエチアピンのおかげだと思う。もっと早く出してくれていれば、もう少しはましな人生になっていた気がする。今日は昔のことを思い出しすぎて非常に疲れたので、デパスを飲んで寝るつもりだ。おやすみ
夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった…
同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。
今でも疑問に思います。
〜〜〜〜
夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。
リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。
日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。
日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。
夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、
と聞きました。
日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、
本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。
ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。
成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。
なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか?
わたしは、夫の問いに
「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」
と答えるのが、やっとでした。
翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。
IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に
戻ったのだそうです。
しかし、その後、
後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。
山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。
オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。
そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。
越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。
一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。
夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。
このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。
夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。
この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。
事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。
原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。
その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。
話は戻ります。
「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。
夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは
「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」
と言われました。
とお応えしました。
玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。
夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。
夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。
帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。
「病室ではテレビを見ないでね」と、
高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。
数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、
「見た、信じられなかった…」
そのときの夫の顔を忘れることができません。
わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原尚之財務官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。
夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。
安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。
〜〜〜〜
「こどもたちを頼む」
昭和の定番土産に対する評価、非常に共感できる部分があります。現代はコンビニスイーツや地方の美味しいものがお取り寄せで簡単に手に入るため、昔ながらの重たい甘さや食感のものが相対的に「微妙」に感じられてしまうのは無理もありません。
ご提示いただいたお土産と、白い恋人が今なお支持される理由について分析します。
ういろう、ハーバー、赤福、ちんすこう、鳩サブレーは、どれも「甘さが強い」「食感が独特」「個包装だがボリュームがある」という特徴があります。
あんこの甘さが強く、日持ちがしないため新鮮さが命。現代の低糖質志向とは逆行する。
素朴でバターやラードが重く、現代の洗練された食感(サクサク、軽い)と比べると「喉が渇く」と感じられやすい。
白い恋人は昭和40年代からある定番ですが、令和のいま食べても高く評価されます。その理由は、当時の流行の最先端を行く「洋菓子」要素の強さにあります。
創業当時からこだわった、バターの風味豊かなホワイトチョコは現代の高級チョコレートにも引けを取らない。
今、支持されているのは「素材にこだわった軽い食感」「個包装の洗練」です。
しかし、挙げられた「微妙」な銘菓も、温めたり(鳩サブレー)、冷やしたり(ハーバー)、牛乳と一緒に食べる(ちんすこう)など、令和の食べ方で再評価されることもあります。