感想片思いの連鎖
段々とわかってきましたが、この作品は片思いをする3人に焦点が絞られてきました。
千葉さおりは二鳥修一が好き。
二鳥修一は高槻よしのが好き。
高槻よしのは…
という感じでキャラの想いは一方通行で終わってしまっている現状です。
この作品のせつなさ・叙情性はまずこの片想いのすれ違いから
発生するものだと思っています。人に自分の本心が伝われない・叶わない。こうした悲しさが作品世界を彩っているのだと思います。
余談ですがこうした片想いの連鎖で物語が進行する作品は他に
「ハチミツとクローバー」が該当します。
二鳥修一の振る舞い方
さらにややこしい事に、さおりは修一を男として見て、彼の事を好きなようです。
ただその修一は、よしのを自分の中にある女の子的な魂(アニマ)から
よしのを男として見ることで、よしのが好きなようです。
つまり、修一は男としてさおりに想われ、女の子としてよしのを想っているです。
こう考えると二鳥修一は、千葉さおりと接するときは男として振舞わざるをえず、
逆に高槻よしのと接する時は、女の子になってしまうわけです。高槻修一は一つの人格の中で揺れ動く二つの性的な魂を抱えながら、
中学生という多感な時期も重なり戸惑いながら、生きている存在なのです。
ただ、揺れ動く修一を今回さおりがその修一の問題を明確にしてくれた事で
修一はよしのにロミオになってほしい、自分はジュリエットになると告白する事ができました。
(よしのの返答はともかく)
確かに、修一の背中を押した意味では、本作で一番物分りの良い有賀誠が言うように
「千葉さんって可愛い人」という台詞が生きてきます。可愛い服を着たいというのは、女の子への第一歩
今回、修一というキャラを見るときに関しての重要な台詞は
「自分自身で決めて、女の子になりたい」「女の子の服を着たい」という発言でしょう。
修一自身は女の子そのものに憧れていて、自分のアニマにも自覚的です。
だからこそ、やよいを男として見て、片思いし続けています。
でも修一は、まずは女の子みたいな服を着たい事を、彼はまず一番の動機付けにしました。
人間は外見が9割とか、纏う衣服によってその人の人格がわかると言葉があるように
女の子らしい服を着たいという事は、すなわち女の子になる第一歩だと思います。
そして彼は人の為にではなく、自分の為に女の子になるといいます。
一方でやよいのお母さんが言ってた
「体なんてどうにでもなる」という発言も示唆的です。
この作品お性差を打ち破る可能性を秘めている発言です。
現実社会において性差が逆転しての恋愛が成立するのか、成立しないのか。
正直、私にはわかりません。
ただ、一ついえるのは性の分化が始まるギリギリ前の中学生だからこそ、
性差をはらんだ恋も含んだ幻想を描けるのだと思います。千葉さおりさんの憂鬱
今回、一番活躍していたのは間違いなく彼女です。特に
「感情のコントロールができないみたい」という台詞がとても印象的です。
大人っぽいながらも、まだ幼い中学生なんだなぁと感じさせる台詞です。
今回の彼女は迷っている二鳥が嫌だったのでしょうね。だから、女の子と男の子の区分をつけるような発言を修一にしたのでしょう。
しかし、どんなに修一の為にがんばっても、修一のとなりにはまだ届かない。
その為に最後はさおりの名前を交換しようと言います。これは相当すぎる決断です。
中学生で人を好きになるのに、ここまで頑張らないといけないのでしょうか。
そして、さおりも修一に好かれる為に、女の子と男の子を交換するのでしょうか。
修一を諦めきれないさおりの憂鬱と葛藤は今後も続きそうです。価値観の相対化
現実はいつも自分の味方になってはくれません。
同様にこの作品も、に修一の価値観だけで動いてはくれません。
それは修一の価値観を相対化するキャラとして姉の真穂がいるからです。
例えば今回、よしのと名前交換後、修一はお風呂で
「僕の名前はよしの」って言い、
続けて
「僕の名前は…」と言おうとした時、真穂からお風呂を上がるように言われます。
そして
「男が長風呂するな」と真穂に言われます。
ここで、修一が「よしの」という名前をもらった事で
修一の中にある女の子(アニマ)の喜びが最高潮に達しているのに
この真穂の突っ込みが良い意味で全てを台無しにしています。
変な話、あそこでお風呂に入っていたのは修一という「男」ではなく
よしのという「女の子」だったのですよね。でも真穂には知る由もありません。
ただ真穂のようなキャラがいないと、作品世界に突っ込みを入れて
世界を広げる存在がいないので、とてもバランスの上で重要な存在です。
また修一は変なストラップをもらった自分を
「気持ち悪い」という自己評価も行いますが、
こうした台詞も修一の価値観を見事に相対化させてくれます。
正直、この作品の価値観を全て受け入れられない自分にとっては
真穂のような存在や「気持ち悪い」という発言は
作品をとても見やすくしてくれる清涼剤になります。
作品を成立させるには、色々な価値観がせめぎ合せる必要がある中で、
真穂のような存在や自分を引いた目線もとても重要になります。
まとめ
やよい・さおりが名前の交換を行う、とても重要な場面が描かれました。
ロミオ=ジュリエットの舞台劇を織り交ぜながら、三者三様の心の模様を描れました。
名前の交換は確かに性の逆転を一時は感じさせますが、やはり幻想です。
でも、名前の交換はそれでも性を超える何かがある。そんな事を感じさせてくれました。
このアニメは元々原作にほれ込んだあおきえい氏が、
アニメ化したいとAICの社長にお願いしたのがが企画の発端のようです。
(監督が全員、望んでその作品をやっているとは限らない現状があります)
それだけに気合が入っているつくりなのが毎回伺えます。
という事で、次回に期待です。