はじめに
こうの史代:原作、片渕須直監督の「この世界の片隅に」を鑑賞。
あっという間に2時間が過ぎた至福の体験だった。
「この世界の片隅に」の原作は未読だが「夕凪の街 桜の国」は読んでいた。
「夕凪の街 桜の国」を読んだ時、重い題材とは裏腹の軽やかで繊細な筆致に
強烈な印象を受けたので、映画は腹を括って見に行ってきた。
また「この世界の片隅」はクラウドファンディングによって
資金調達した作品という点でも進展を興味深く見てきた。
参考:
片渕須直監督による『この世界の片隅に』(原作:こうの史代)のアニメ映画化を応援上記参考記事でもわかるように、難産を極めた製作だったようで、
完成に辿りついた事に素直に祝福したい。
感想
さて映画の感想。
まずこうの史代さんの繊細な筆致、独特の等身やフォルムといった
絵や線を再現したかのような柔らかいアニメーションに感動した。
主人公のすずのどこか抜けた行動が、柔らかい芝居で描かれ
映画をだんだんすずの行動を見守りたくなるような視線になっていくことを
自然に獲得できていいるように思えた。
またキャラの動き・芝居だけでなく、
暖かみの美術背景の描き方にも引き込まれた。
戦中の広島と江波と呉を描くという困難な課題にきちんと取り組み
まるであの街並みや風景が本当にあったのではと思わせる描き方に
時代考証・設定考証に積み重ねに舌を巻くばかりであった。
そしてすずを中心にして描かれる
炊事・洗濯・掃除・裁縫・家庭菜園etc。
特に目が行くのは、すずの炊事。
米の炊き方一つをとっても、同じ方法で炊かない。
その時々の材料や状況によって、作り方が変わってくる。
毎日行われる何気ない日常における炊事でも変化が必ずある。
その日常にある変化を特に炊事シーン、献立の変化、
北條家の面々の食べ方の違いを通して見せてくれた。
これだけ、ひとつの作品で映画で
炊事・食事、変化のある献立を見せてくれる作品も早々ないのではないだろうか。
こうした生活描写の一つ一つが丹念に描かれ積み重なることで
物語上での「当たり前に生きること」を描くことに繋がっていった。
また印象的なのは、外の場面でよく飛んでいた鳥たち。
最初はただ飛ばせていただけかなと思っていた。
ただ様々なシーンで様々な種類の鳥達が登場し始めると、
鳥たちにも意味があるのではないかと思った。
この鳥の解釈のヒントは押井守にあるのではないかと思う。
なんのためにそんな鳥をとばすのか?
鳥など飛ばさなくてもそこに空があるように、
世界は人間の物語などなくても確固として存在します。
映画もまた<物語>などなくても、
すでにそこに存在しているはずです。
出典:押井守「パトレイバー2」演出ノート
本作に度々出てくるキーワード「当たり前」「生きる」事と引用を繋げた時、
鳥達もまた「人間たちの世界とは別に生きている」存在であり、
人間以外に「当たり前に生きている」存在なのである。
四季折々に応じて、呉にいる鳥たちは違うことを表現することで
上述した食事シーンと同様、何気ない当たり前の日常でも
必ず変化はあるし、変化を受け入れて生きていくしかないことを
重層的に語っているようにも思える。
また鳥は人間以外の日常を背負う存在と見た時に
人間の日常を脅かす米軍の戦闘機の対比として見ることもできるだろう。
(仰ぎ見るように戦闘機の大群が空を埋め尽くすシーンは印象的だった)
何より本作を評価したい点はすずを通して溢れ出るユーモア性。
戦争、戦時中の貧しくなる生活とそこで起こる人の死。
重い題材だけに、見ている側も気分が重くなる。
しかしすずの間が抜けたユーモアがにじみ出てしまう行動に、
北條の家族だけでなく見ているこちらの気分まで救われる感じがある。
笑いがあるから辛くても「当たり前のように生きていける」のだ。
シリアスに傾きがちな作風を、すずのユーモアが光りシリアスを際立たせる。
シリアスはユーモアがあってこそより輝くと思うのだが、この事が際立っていたと思う。
(とはいっても晴美の死以降は、すずのユーモアも後退していくことになる)
まとめ
「当たり前のように生きること」が難しい時代に
すずを通して「当たり前のように生きる」ことを描いた作品。
戦争という題材を扱いながらも、あくまで物語は
戦争の是非についてより「生きる」ことに焦点を当てている。
ただ「生きる」すずが「こうしていれば」「もし~ならば」
という思いが心情や絵で描かれていく。
「当たり前のように生きていく」のであるが、
そのifについて思いを巡らせるときにすずの感情が高鳴り、
鑑賞者との気持ちと共有する接点となる。
こうのさんの絵と物語の紡ぎ方だからこそこの語り口語れる作品であり、
その語り口を見事にアニメーションに落とし込んだ作品だと思った。
どの時代でも、時代ごとに生きづらい面はある。
ただ特に戦時中は特に「当たり前のように生きる」のが辛かった時代であるのは確かだ。
そんな戦時中を通して「この世界の片隅」は「当たり前のように生きる」こと、
生活すること、人を愛すること、家族を守ることの意味を問う。
極めてシンプルであるが故に重いことだと思う。
「生きる」ことの意味を改めて自分に問いかけたくなる映画であり、
素晴らしい体験をさせてもらった。
最後に。
原作のこうのさん。
企画を主導し6年もの歳月をかけて制作した監督の片渕さん。
片渕さんを支えてであろうMAPPAの丸山さん。
クラウドファンディングを仕掛け製作を軌道にのせたジェンコの真木社長。
そしてファンディングに参加した3,374人のサポーターに感謝を申し上げたい。