はじめに
ちょぼらうにょぽみさん原作のあいまいみーは、理屈を飛び越えるアニメだ。
前後のつながり、キャラクターの行動動機といった
整合性や辻褄合わせは、この作品に限っては無意味であり
全ては面白さに奉仕するためにキャラクターは存在し行動する。
最終回では、こうしたあいまいみーイズムが爆発。
そこで最終回を通して、理屈を超え、生死を超えたあいまいみーの魅力について語る。
絵柄を合わせない
今回はミイが、三途の川を渡って死んでしまうかもしれないという所からスタート。
まず、上記の二つの絵を見比べると、ミイの絵柄がまったく合っていない。
髪の描き方、影のつけ方。おそらくカット単位で雰囲気に合う絵柄を選択したからだろう。
また、二つの絵はいまざきいつきさんが作画しているのにも関わらず、この絵柄の違い。
つまり絵柄の統一感は、あいまいみーでは意味を成さない。もしくは優先度が低い。
一つのキャラに対して一つの絵柄に囚われない作画。
この描き方が、あいまいみーの世界を自由にしているのだ。
前後の繋がりを感じさせない展開
次にミイが倒れてしまう経緯が描かれる。
ミイはツナをダブルで・・・言い、ミイをサンドイッチの神と評する麻衣。
そして突如、獅子舞で踊りだすミイという流れでカットが繋がれる。
文章で書くと全く意味がわからない。そんな飛躍した繋ぎ方。
この場面には理屈などは存在しないだろう。
その場、その場で、面白いことを数珠繋ぎしていく形のギャグの見せ方だ。
例えるなら、立川談志が提唱したイリュージョン落語の世界に近い。
これがあいまいみーの世界なのである。
またミイが倒れてから、病院へのシーンに同ポ的・同じカメラアングルで繋いでいくのも凄い。
三途の川の世界と現実世界がシームレスに繋がる瞬間。
これが今後の生死を超える布石にもなるだろう。
ちなみにここでも絵柄の統一は全くなされていない。
全く意味がないルーカスの存在
そんな危篤のミイの前にやってくるのがルーカス秋本。
病室に入り「おでん食いたい~」と言い、新作の「すり足」を披露する。
ルーカスの行動には全くもって意味がなく、シュールな空間を醸し出す。
ひょろっとしたルーカス秋元の絵柄もまた面白さを引き立たせる。
そしてこのシュールさに輪をかけるのが、絵柄の不統一感。
・ルーカス秋本
・愛たち
・看護婦
・老医者
以上の四つで絵柄のレベルが全く違うために、一つの画面で四層の絵柄が存在しているのだ。
これが画面の混沌さによる、可笑しみが生じる。
さらに
ミイから愛を見るようなカメラアングルに切り替わった際には、
俯瞰で病室を映したカットでは存在した、カルテを書いている看護婦がいない。
愛・麻衣の後ろにいるルーカスのすり足を、違うアングルで見せたい為に消されたのだろう。
面白さの為に、さっきまで存在したモブキャラすら容赦なく消す。
生殺与奪が平然と行われるのもあいまいみーの世界の魅力だ。
ルーカス秋本の元ネタ?
閑話休題。このルーカス秋本の元ネタかもしれないものを紹介する。
それはダウンタウンのごっつええ感じの
「お見舞い」「スター」「経て」といったお見舞いシリーズだ。
(ダウンタウンのごっつええ感じの「お見舞い」から)
入院中の浜田のもとに、
松本扮する世界一位やグランドチャンピオンを名乗る男がやってきての
意味不明なことを言うだけ言って帰るのが、基本パターンのコントだ。
ルーカス秋本との共通点は、素性が知れない、シュールな行動、病室のやり取り。
という三点だが、ふとルーカスの存在で頭によぎったのは
ダウンタウンのこのコントだったので、参考までに紹介させて頂く。
生死を超越するあいまいみーの世界
ついにミイが死んでしまう瞬間。
ミイが事切れて、愛が絶句するシーン。相変わらず絵柄が自由だ。
(何気に復活している看護婦)
そこにぽのか先輩が現れる。
ぽのか先輩は、ミイをツボに入れると、
「健康最高!」と共にミイがツボと共に復活。ミイは世界中を飛び回りながら本編は終了。
このシーンを見て「あいまいみーは生死を超越した」と改めて思った。
生も死も全て、笑い/ギャグのためにある作品なのである。
そこには理屈は全く存在しない。作り手(原作者とアニメスタッフ)の感情があるのみである。
おわりに
以上のようにあいまいみーは、絵柄の統一感・前後の展開・キャラクターの生死からも
自由に解放され、笑い/ギャグのために無尽蔵のパワーを開放した作品だったと思う。
端的に言えば、あいまいみーは全てが面白さを表現するために存在しているのだ。
こうした理屈や理に囚われない作品の作り方は、
いまざきいつきさんが作画から演出までほぼ一人で手がけたからだろうし
そもそもの原作の面白さがあって、その原作をいまざきさんが咀嚼し加味したからであろう。
理屈を突き詰めた作品も面白いが、理屈を飛び越えた作品もまた面白い。
中盤以降は、ただただ毎週毎週楽しみで仕方がなかったが、終わってしまい寂しくもある。
今はただ、楽しく面白い時間を過ごせた事に感謝して、結びとしたい。