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熱量あるセリフ回しと演技-戦姫絶唱シンフォギアG10話 

戦姫絶唱シンフォギア10話。

展開も佳境に入り、盛り上がりを大いに感じさせる中、
今回は各キャラの台詞回しが良かった。

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ドクター「愛ですよ」

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ナスターシャ「なぜそこで愛?」

未来をシンフォギア装者になれたことについて語る二人。
愛という言葉の仰々しさと、
ドクターとナスターシャの顔のアップの仰々しさが見事にマッチング。
画面の見栄え的に濃い映像展開がハマっている。


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響「死んでも未来を連れて帰ります。」
師匠「死ぬのは許さん。」
響「じゃぁ死んでも生きて帰ってきます。
それは絶対に絶対です。」



私は矛盾があるもしくは矛盾を抱える状態や感情が好きだ。
人が生きることは常に矛盾が潜んでいると思うからだ。
だから、この死んでも生きるという矛盾に満ちた響の台詞は好き。
とにかく未来を助けたい、響の想いがガツンと伝わる。


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司令「勝算はあるのか?」
響「思いつきを数字で語れるものかよ。」

1期で司令が言っていた台詞を、ここで響が司令に返す。たじろぐ司令。
響の変化、そして司令からの影響を感じさせる言葉。
もっといえば、響の格が司令の域に近づいているという事の証明でもある場面。
二人のキャラクターの格のせめぎあいが見られるシーンも個人的には好き。


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未来「離して」
響「嫌だ。離さない。もう二度と離さない。」

人も世界も繋がれる、そして繋がることを恐れないのがシンフォギア。
二人が再び繋がる瞬間。この瞬間がシンフォギア。今回のクライマックス。
 
まとめ

今回の台詞回しは金子彰史さんの手によるものだと思うが、
金子さんの言葉遣いは、個人的に心地いい。ハッタリが効いている。
またこうした台詞を実際に表現する声優さんの演技も素晴らしい、

特に悠木碧さんの絶叫気味の演技は心地いい。
叫び気味の挿入歌と相まって感情的に何度も揺さぶられる。

今後の展開が待ち遠しい。
これは毎回、引きが見事なのが大きい。
クリスがどう動くのか、マリアさんに活躍の場が訪れるのか。
響の身体はどうなってしまうのか。来週が楽しみ。
 
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[ 2013/09/07 07:25 ] シンフォギアG | TB(8) | CM(0)

シリアスとユーモアの関係から見る 戦姫絶唱シンフォギアG 9話 

今回は、まずこれ。

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まさか英雄故事(映画「ポリスストーリー 香港国際警察」のテーマ曲)が聞けるとは。
アクション映画が好きな司令らしい、選曲だ。

それ以上にこういう選曲と修行シーンを挟むのが、シンフォギアらしくてとても好きだ。
1期の修行シーンの延長線上に今回の修行シーンがあるわけだが、
こういうある種の変さをも許容できるのが、シンフォギア世界の魅力だと思う。

また、構成的な面から見てみると
行方不明の未来が生きている証拠が掴んでからの修行シーンであることがわかるが、
響達の絶望感からの開放、そして楽しい修行という流れが見ていて気持ちがいい。
話の流れ的にも繋がっていて、シーン単体で浮いていないのがいい。
何よりユーモアあるシーンで見ていて楽しい。

私はシリアスを活かすには、
どうユーモアを巧みに織り交ぜていくかという点が大切だと思っている。
端的にいえば、ユーモアがシリアスを引き立たせると思っている。

このシリアスとユーモアの面から見ても
ここでユーモアある修行シーンを挿入して来た事が、次の展開ですぐさま生きて来る。

それは、

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捕らえられた未来が、シンフォギア装者(?)になってしまったこと。
修行シーンのユーモアからのこの落差ある展開。痺れる。

未来は虚ろな瞳を見る限り、操られている感じなのだろうか。

まとめ

今回の流れをシリアスとユーモアの流れで見るならば

未来が行方不明→絶望(シリアス)
未来が生きている→可能性・希望の広がり(シリアスからユーモア)
未来を救うために修行→今回のベストハイテンション(ユーモア)
未来が敵に→なんてこったい(シリアス)

以上のように
シリアスの間にユーモアを挟み込んで、両者の緩急をつけていることがわかる。
物語の中盤で、ユーモア(修行シーン)を入れたことが、
ラストの未来登場(シリアス)にインパクトを与えていることがわかると思う。

それにしても、響と未来が敵味方に分かれるのは
待ちに望んだ展開だが、それを平然とやってのけるシンフォギア。

2期は物語的に何ができるのだろうと思っていたのだが、
予想以上に物語的に盛り上がっていて、ファンとして嬉しい限り。
このまま突っ走って欲しい。
 
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[ 2013/08/31 06:49 ] シンフォギアG | TB(11) | CM(0)

日笠陽子の息、アニメの生(いき)-戦姫絶唱シンフォギアG 8話 

はじめに

アニメーションは生命のない動かないものに命を与えて動かすことを意味する言葉だ。
この命のないもの、生のないものに。、命や生を感じられるから面白いのである。

そんなアニメーションにおけるキャラクターの生を
我々に感じさせる要素は、作画(光)と声優の演技(音)である。

今回のシンフォギアはこの部分、特に声優の演技(音)について
とても感動した箇所があったので触れてみたい。

マリアの歌と息切れ

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感動したのはマリア(日笠陽子さん)の歌と
歌い終わり息切れした上記のシーン。

まず、マリアの歌について。
ナスターシャは米軍と講話しようとしたが、
米軍に裏切られマリア達は窮地に立たされる。
しかしウェル博士のノイズ召喚によって、マリアはピンチを脱出。

そしてマリアは変身し「烈槍・ガングニール」を歌いながら、ノイズや米軍と戦い続ける。
このマリアの歌いぶりにまず感動。

シンフォギアの劇中歌に関しては毎回アフレコで録り下ろしているとの事。
だから毎回歌い方が違っている。

そして今回はマリアの歌い方に
フィーネを背負いきれない自分自身への怒りや状況に対する苛立ちなど
マリア自身が抱える様々な感情を、戦いで払拭するかのように
極めて強く激しく「撃槍・ガングニール」を歌う。
感情の強さの裏には悲壮感さえ伝わってくるマリアの歌いぶり。心が震える。

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マリアの苛立ちを象徴する、足で破片を砕く描写。

こうしてただ挿入歌を流すわけではなく、
キャラクターの心境に合わせてアフレコ時に歌うのは
物語を否応なく盛り上げる効果がある事にとても感動した。

生きることは息すること

次にマリアの息切れについて。
米軍達と戦い、歌い終わったあとに、マリアが「はぁはぁ」息切れをするのだが、
この息切れにこそ、私はアニメの生を感じることができた。

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それは、ダジャレに聞こえてしまうかもしれないが
生(息)きることは息することだからだ。

マリアが息切れしているのは、それだけ激しく動き、息を使っているからだ。
動き(作画・光)と歌う事によって生じた息切れ(演技・音)が、
キャラクターの生と生き様を見事に表現する。

マリア役の日笠さんもここまでのシーンに辿り着く前に
強く激しく歌っていたのだから息切れを起こしてもおかしくはない。
こうした白熱の演技も相まって、息切れによってキャラクターは生を獲得する。
少なくとも私はそう感じた。

シンフォギアGは、おそらく響の命と問題と
マリアの生き方/戦い方の問題が物語の二大軸になっていくだろう。
その意味でも、今回のような演技でマリアのキャラクターが立つのは良いことだと思う。

ということで、アニメにおける生を考える上で
マリアの描写はとても心打たれた。

今回のコンテは若林あつし(厚史)さん。4話に続いての参加。
4話では、マリアと翼の大白熱した戦闘シーンが印象深いが、
今回もマリアに比重を置いた展開だったので、
マリア=若林さんというイメージが徐々にできつつある。

おまけ~響と未来

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1期のシンフォギアの8話は、
響が未来とスマホでノイズに気づかれないようコミュニケーションを取りながら
最終的にはピンチを脱し、二人の絆が深まる名回だったが、
2期のGの8話でも、前期を踏襲するかのように響と未来の描写に重きを置いた展開だった。

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響を救いたい未来。
しかし心では繋がっているはず手は無情にも引き離される。

手を繋ぐことの意味を強く伝え続けているシンフォギアで
最も濃い友情関係を見せている二人の手が離れてしまうのは、
その後の二人に振りかかった展開を含めて、見ていてとても辛かった。
未来の泣く表情を見て、心がグッと持っていかれる。

1期のOPのラストカットのように二人は再び手を繋ぐことができるのか。
今後の展開を期待したい。
 
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[ 2013/08/24 08:26 ] シンフォギアG | TB(16) | CM(1)

手を取り合うこと、拳で戦うこと-戦姫絶唱シンフォギアG 6話 

シンフォギアは手を取りあう事を訴え続ける作品だ。

それは、1期OPのラストのカットが
響と未来が夜空の下で手を取り合っているのがアップで映し出されていることでもわかるし、
他にも本編ではクリスと未来なども手を取り合う描写なども行ってきた。

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さて前回5話で、大事な手(腕)をもがれてしまった響。
物理的なショック以上に、手を取り合えない/繋げない意味で
この描写の意味は大きかったと思っていた。

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しかし、「暴走」という人を踏み外した状況に陥ったことで腕を取り戻してしまう。
腕を取り戻すの早いなぁと思ったが、裏返せばそれは前回の引きのうまさでもあるのだろう。

ただ人の道を踏み外して、腕を取り戻したこと。
そして響の体が危険状態であり、人から逸脱し始めている事がわかったことで、
手(腕)を再生させた奇跡は、サブタイトル通り「奇跡-残酷な軌跡」なのだろう。

響が人に戻れるのか、人からはみ出してしまうのか。
この部分が今後の展開のポイントになっていくだろう。
そして今後も手(腕)は重要なキーワードになっていくはずだ。

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ただ手は繋ぐだけではなく、突き放す為の手段にもなる。 
翼が(真実を知ったが故に)響を手で突き放した描写は衝撃に感じた。
翼が響を思い余っての行為だが、響にはどう映ったのだろうか。

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一方で調と切歌が手を繋いでいるシーンを見ると、希望はあるのかなと思う。
いつか響達とも手を繋ぐ、という未来への期待を抱かせた描写。

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そして響はノイズと戦い続けなければならない。
人の身でノイズに拳で触れても、大丈夫なほどに響の身体は変わっている。
溜内もなくノイズに触れたところをみると響は自身の変化に気づいているのかもしれない。

そして響は腕を失おうが、腕が再生されようが、その腕でノイズを倒し、
その手を使い、世界に手を取り合うことの大切さを身をもって訴えていくのだろう。
響が翼やクリスのように武器を使わずに、腕一本で戦い続ける理由が再確認された回だった。
 
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[ 2013/08/10 09:05 ] シンフォギアG | TB(20) | CM(0)

戦闘と日常のシンフォニー-戦姫絶唱シンフォギアG4話 

戦姫絶唱シンフォギアG 4話を視聴。心が震えた。
今回は期待値以上の仕上がりで、びっくりするぐらい感動した。
今年見たTVアニメの中でも、屈指中の屈指だった。

正直な話、シンフォギアは1期でやりきった作品だと思っていて
2期で何ができるのかがちょっと不安ではあった。

そんな2期はアクションのパワーアップや音響を豪華にするという
極めてオーソドックスな側面から果敢にアプローチしていて
その成果が完璧に結実したのが4話だと思った。

何よりAパートの戦い、Bパートの日常のそれぞれのパートで
本作のテーマである「響くこと」を貫いていたのが良かった。

Aパートの見事な若林アクション

まず今回が面白かったのはAパートのアクションが最高だったこと。
この要因は絵コンテが若林厚史さんだったことに尽きる。

NARUTO-ナルト-の30話・71話・133話で
松本憲生さん、井上敦子さん達と一緒に魅せた
若林厚史アクションがシンフォギアで炸裂。

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まず、マリアさんのこのカットから、日笠陽子さん歌のイントロが始まる。
このダッチアングルがたまらない。

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よく動く動く。動かすことになんの躊躇いも感じさせないアクション。
カット割りのタイミングも、カメラが被写体を追いかける演出も本当に気持ち良い。
後は歌いながら戦う、挿入歌という音の側面が否応なく展開を盛り上げる。

後は2話も同様だったが、基本的には翼は画面の右側、マリアは左側にポジションを置く。
この辺りはシリーズ通しての演出のルールのような気がする。
※戦う中で入れ替わりも多々あるが、止まっている時はこの配置が多い。

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またマリアのバリアなマントを破るために
武器を脚にしまい、足蹴り戦法に切り替える翼。
しかし脚に激痛が走り、隙とみたマリアが攻撃に転じる。
ここでしまった武器をまた取り出すのだが、
武器の入れ出しをきちんと描いていたのが、戦いを大いに盛り上げていた。

何より感動したのが、月読調の禁月輪非常∑式!

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なんと機動戦士Vガンダムのアインラッドを彷彿とさせる武器。
Vガンダムが放映20周年記念というタイミングも相まって素晴らしい。

ちなみに月読調のアクションでもう一つ。

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彼女の動きは装甲騎兵ボトムズのローラーダッシュのようであり、
その意味で本作のアクションディレクターであり
ローラーダッシュの本家、アニメアール出身の光田史亮さんの匂いを感じる。
このローラーダッシュも良かった。

ただ悔しいのだが、静止画ではこのアクションの良さを伝えられない。
ぜひ動く彼女達の姿を見ることで感動を味わってほしい。

それにしても若林さんコンテのアクションは素晴らしい。
Aパートは戦い・アクションを描き抜いて終了する。

戦闘のAパート、日常のBパート

Aパートが戦闘なら、Bパートは日常だ。
戦いから離れ、3人の学園生活が描かれる。
3人の学園生活が描かれるのは2期の特徴だろう。

ただ普通の日常よりは、特にクリスが歌うシーンは派手なお祭りだ。
その意味では、Aパートの劇的な戦闘に拮抗させる意味で
Bパートにクリスの歌うシーンを持ってきたのだろう。

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そしてクリスの歌のシーンが始まるが、いつものクリスの顔が違う。
ただ可愛いし、歌うシーンの作画も演出も良い。

これはどうやら沼田誠也さんの仕事のようだ。


本人もこう発言しているし、クレジットにも明記している。

ここではクリスの歌に潜入していた敵側の2人も感動している描写は良かった。
1期では「壊すことしかできない」と言っていた彼女が、
ここでは「人をそれも敵すらも感動させる側になった」意味でも、
今回のクリスの歌った意味は大きい。

まとめ

とにかく、戦闘シーンも、歌うシーンも素晴らしく、
両方が極めて高いレベルで見せてきた意味において、今回の4話は傑作だったと思う。
若林さんがコンテを切り、沼田さんがEDのコンテを切り演出・作監をする。豪華だ。
シンフォギアG4話は、若林さん・沼田さんというスタッフの布陣も
お互いを響かせるという意味でのシンフォギアである事を見せてくれた回だった。

戦いも、歌も、何かを響かせながら行うもの。
その意味で、戦う事と歌う事は違う部分はあるだろうが、
何か同じな部分で繋がっているのかもしれない。

それはシンフォギアで何度となく語られているように
今回でも風鳴指令が言っていたように

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「通じないなら、通じ合うまでぶつけてみろ。言葉より強いもの。知らぬお前たちではあるまい」

戦うことも歌うことも、このぶつかり合い、響くことそのものであり、
この響きこそが自分を世界を変えるという話なのだろう。

戦いも日常も両方1話で描いたシンフォギア。素晴らしかった。
これが私の見たかったシンフォギア。 
シンフォギアにはアニメの夢が詰まっている事を再確認できた。
 
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[ 2013/07/27 09:08 ] シンフォギアG | TB(19) | CM(0)

戦姫絶唱シンフォギアG 2話のキャラ配置の上手・下手演出の考察 

戦姫絶唱シンフォギアG 2話のアクションシーンの演出が良かった。

特にBパートの風鳴翼とマリアがバトルする展開からの
上手・下手を使った、キャラクター配置の演出が上手かった。
今回はこのキャラクター配置について書いてみる。

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まずは、風鳴翼が上手、マリアが下手の配置から一連のバトルがスタート。
主人公側が上手、敵側が下手というのが基本ベースにあるようだ。

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アップ時でも、二人の立ち位置は上手・下手のポジションが確認できる。

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二人が互角に戦う。しかしマリアが通信に気を取られ、
その隙に翼の必殺技、風輪火斬が炸裂。この決め絵はかっこいい。

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この必殺技によって翼が下手側に、マリアが上手側に配置されるという配置の逆転が起こる。
すかさず下手側から上手側に向かいマリアを攻撃しようとする翼だが…そこへ…
そして、ここからが面白いのがシンフォギアG。

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上空から月読調が翼よりもさらに下手側から攻撃。
翼は上手側から下手側に振り向き、調の攻撃を防ぐ。

ここで翼=下手、マリア=上手の状況から、
読が乱入することで、調=下手、翼=上手という
新たな配置が生まれることで調の乱入感が強調されている。

さらに水樹奈々の挿入歌から、突如、調の挿入歌へ変わる点でも
音響面においても乱入感が表現され、映像と音の乱入感のシンクロがなされている。

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さらに暁切歌も翼より下手側から攻撃。
2対1という形勢不利な状況が作られる。

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調と切歌の下手側のW攻撃で翼が倒れる。
この追い詰められる展開は上手・下手がめまぐるしく移り変わりながらも
規則正しく機能している為、納得のいく画面作りになっている。

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形勢不利になった翼。
そんな翼視点からのマリア達に見下ろされているショット。

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次に第三者視点的な客観的にマリア達が翼が見下ろされているショット。

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このマリア達に見下ろされる翼という構図を
翼からの主観ショットと、客観的なショットからそれぞれ見せておいて

「貴様みたいなのはそうやって、見下ろしているばかりだから勝機を失う」

ここで前もって見下ろす構図を2弾構えで見せることで
「見下している」という翼のセリフが完璧に機能し引き立てられる。上手い。

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その後にクリスと響が翼の援護に駆けつける。
ここでもクリスと響の登場は下手側、マリア達よりも下手側であり
先ほどの調・切歌の乱入感をリフレインさせる画面作り。

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そして最後は、響が翼を抱きかかえながら、クリスと共に上手側に移動。
ここで、それぞれが仲間を加えながら最初の翼=上手、マリア=下手の位置関係に戻る。
また、敵側が味方側を見下ろす構図は変わっていない。
翼達の形勢不利な状況は続いているのがこの構図からわかる。

まとめ

主人公側と敵側の上手・下手が幾度となく変わりつつも、
基本的には主人公=上手、敵側=下手を基本にしながら
仲間が乱入する時は、一番下手側から登場するという
法則性を持たせることで、画面作りの秩序と盛り上がりを演出していると思う。

言いかえれば、翼VSマリアからの調と切歌の乱入、
追い詰められる翼、そこへ助けに来るクリスと響という
規則的でもあった彼女達の一連の動きの流れこそ、
シンフォニー(交響)を奏でていたという言い方もできるのかもしれない。

よくシンフォギアは細かいことはいいんだよ、ノリ重視みたいな言い方もされ、
確かにそういわれてしまう側面もあるかもしれないが、
こうしたノリを支えて面白くしているのは、
以上のようなキャラクターの配置や登場位置を
演出的にしっかり押さえているからだと思う。
 
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[ 2013/07/15 11:01 ] シンフォギアG | TB(1) | CM(0)

戦姫絶唱シンフォギアの作品構造-G2話の響の想いが相手に響かないことについて 

シンフォギアG2話。最高に最高に面白かった。
2話では響の想いが他者に響かない困難が描かれた。
響かない事、それはシンフォギアの作品の構造にも直結する問題だ。

主人公:立花響は、響という名前が示すように、
彼女の想い「手を取り携えることの大切さ」という想いを
生きる中で、シンフォギアとして戦う中で響かせてきた。

そんな響の想いは、天羽奏の死で心を閉ざしていた風鳴翼の心を響かせ、
両親の不遇な死により世界に絶望していた雪音クリスの心を響かせてきた。
さらに響の想いはフィーネにすら響かせ、了子として生を全うさせる。
この事は、最後の落下する月を響・翼・クリスが手を取り携え、
歌い合い(交響)ながらくい止めたのが際たるものだろう。

つまりシンフォギアとは、響の想いが人を世界を巻き込んで
響かせる、シンフォニーさせる作品なのである。
さらに作品の響きがファンの心にも響いたからこそ2期がある。

そんな響の想いが他者に届かなかった、響かなかったのがG2話の真骨頂。
それが以下のシーン。

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立花 響「やめようよこんな戦い。今日出会った私たちが争う理由なんてないよ。」

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月読 調「そんな綺麗事を」

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暁 切歌「綺麗事で戦う奴の言うことなんか信じられるものかです。」

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立花 響「そんな。話せばわかりあえるよ。戦う必要なんか…」

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月読 調「偽善者。この世界にはあなたのような偽善者が多すぎる」

自分の想いが通じない、響かない。響にとっては辛かった展開。
また響達を画面上において下側に、マリア達を上側に配置することで
響の言葉が届かないような演出的配慮もされているのもポイント。
これによって、響が調に偽善者と見下されている構図が生まれる。

戦いの終わりに響は想いが届かないことに号泣する。

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偽善と言われたが、響は様々な経験から他者の痛みも知っていると自認していただろうし、
そして世界は手を取り携えれば、良くなっていくことを信じていたはずである。
それを真っ向から手を取り合うことすら完全否定されてしまった。

一方で調は若く幼いながらも早く心を閉ざしてしまったことが
響の態度が気に入らないのかもしれない。

今後、響は彼女たちを響かせることができるのか。
前期の翼やクリスも含めて、響の想いは1回で他者に響いたわけではない。
何度も何度も想いをぶつけて(言葉でも物理でも)、相手を響かせてきた。
この展開を踏まえて、響は調や切歌そしてマリアとどう接して響かせていくか期待したい。
※マリアは翼が受け持ちそうだが。
 
繰り返しになるが、シンフォギアは想いをぶつけることで相手の心を響かせる物語である。
この点に今後も着目して見ていきたい。
  
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[ 2013/07/14 17:35 ] シンフォギアG | TB(13) | CM(2)

戦姫絶唱シンフォギアG1話を1期の1話と比較する 

戦姫絶唱シンフォギア1話を視聴。

シンフォギアがとても好きだった事もあり、期待を交えつつ視聴した。
そんなGの1話は、まず1期の1話を振り返りながら見るのが面白いと思う。

物語の構成について

さて物語の構成について1期とGを比較してみたい。

1期の1話の構成は

翼と奏のライブシーンと戦闘、そして奏絶唱により死亡が前半の展開。
響の日常シーンからのノイズ遭遇によるシンフォギア覚醒が後半の展開。

さて2期のG1話は

響とクリスの戦闘シーン(ソロモンの杖を守るミッション)が前半
そして翼とマリアのライブシーンからの、マリアの宣戦布告が後半の展開。

こう見ると、1話におけるライブシーンの配置が、
1期では前半、Gでは後半であることがわかる。
※Gはマリアの歌うシーンが所々で挿入されるが…
このライブシーンだけを見ると、1期2期で対称的な位置関係に置かれている。

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(ノイズとの戦いを受け入れ、邁進している事が伝わるG1話のAパート)

また主人公の響の扱いで見ると、
1期では主に後半の登場機会が多く
逆にGは前半のバトルの展開での登場がメインだった。

この意味は、1期は不意にノイズに襲われ、
シンフォギアに覚醒することで、多くの人とは違う生き方に突入する響が
Gではノイズと戦うことを当たり前の事として生きている事がわかる意味でも
1期からGへの響の変化が印象づけられた構成だったと思う。

そしてG1話は1期1話を踏まえて、
構成的には対称的に置かれている面があることがわかる。

新キャラのマリアについて

G1話の最大の目玉は、新キャラのマリア(日笠陽子)の存在だろう。

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ノイズを率いて、フィーネの名を掲げ、世界へ宣戦布告するマリア。
彼女はもう1人のガングニール装者。敵になるのか?

そしてそれ以上に重要なのは
おそらくマリアは、奏から翼、翼からマリアへという系譜に位置する存在だからだ。
こう感じたのは、以下の1期とGのカットの比較でわかる二人の位置関係。

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(1期1話)

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(G1話)

おそらくこの二つは1期1話とG1話を繋げるあるカット。

そしてこの両方を見ると、1期1話だと右が奏。左が翼。
G1話は右が翼。左がマリア。という位置関係がわかる。

1期では奏(右)から翼(左)に想いが託された引き継がれた展開を思い返すと、
Gでも翼(右)からマリア(左)へ想いが託される可能性はあるだろう。

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また声優のキャリアと歌手のキャリアから見ても
水樹奈々>日笠陽子であり、
1期の奏(高山みなみ)から翼(水樹奈々)の継承劇があったように
Gでも翼(水樹奈々)からマリア(日笠陽子)の継承劇的な作劇が行われることを
上のカットから予感させた。

キャラデザ・色味・ビジュアルなどの比較

ビジュアル的な意味合いでいえば、
淡い色合いだった1期よりGの方が色味的なコントラストが強調され、
光と影がくっきりした、より今風な画面に仕上がっている印象を受けた。

これは1期が、色彩設計が斎藤麻由さん、撮影監督が尾崎隆晴さんだったのに対し、
Gは、色彩設計が篠原愛子さん、撮影監督が岩崎敦さんに変わった影響なのかもしれない。

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(1期1話)

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(G1話)

またキャラクターデザインの面を見る為に、
響の1期とGのデザイン面での違いを上げてみる。

1期は頬から顎の顔のラインが丸み、ぷにっとしているのに対し、
Gは、頬から顎にかけてのラインがより鋭角、スラッとしているのがわかる。
また目の位置も1期より、顔の上部に配置し、おでこの面積が変わっているのがわかる。
これは、より大人になった響の成長をデザインで表現したものなのかもしれない。

まとめ

最大に気になる点は、監督が伊藤達文さんから小野勝巳さんへの変更だろう。

小野さんは遊☆戯☆王5D'sやビーストサーガの監督など
キッズ層主体の作品の監督をしてきた。
伊藤さんもしゅごキャラの監督をしている面も含めて、
シンフォギアはキッズ向けで蓄積がある演出家を監督に据えたい意向があるのかもしれない。

1期は伊藤さん、安田賢司さん、下田正美さんといった
監督クラスの方がメインでコンテを切っていたが
Gでも腕の立つコンテマンが参加してくれる事を期待したい。
 
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結論としては、G1話は作劇的には1期1話の展開を踏まえつつも
ビジュアル面ではより今風にブラッシュアップさせた印象を受けた。
そして本作で大事な音楽は様々な曲を投入して、ゴージャス感を引き立てていた。

何にしても、新しいシンフォギアの物語は開幕した。
一ファンとして、この新しい物語の経緯と結末を見届けたい。
 
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[ 2013/07/07 19:07 ] シンフォギアG | TB(17) | CM(1)

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