■ 圧倒的なポゼッション力残念ながら決勝トーナメントの1回戦でスウェーデンに1対2で敗れてベスト16で大会を去ることになったが、吉武監督の作った「96ジャパン」は興味深いチームだった。フィールドプレーヤー(18人)のうち、2/3に当たる12人が160センチ台の選手で、180センチを超えているのは、東京ヴェルディのユースに所属するFW中野とDF三竿の2人だけ。稀に見る小柄な選手が集まった代表チームだったが、観る側にいろいろなことを訴えてくるチームだった。
最初に着目したいのは、圧倒的なポゼッション能力である。本大会では4試合を戦ったが、ボール支配率は、初戦のロシア戦が62%で、2戦目のベネズエラ戦が69%で、3戦目のチュニジア戦は66%で、決勝トーナメントの1回戦のスウェーデン戦は、何と75%だった。この支配率75%という数字は、おそらくすべての年代の日本代表の試合の中で、世界大会においては歴代最高の数字だったと思うが、2点ビハインドで迎えた後半はずっと日本がボールを保持していた。
2年前のU-17W杯でベスト8に輝いた「94ジャパン」もポゼッション能力の高いチームだったが、「94ジャパン」の支配率はどうだったか。調べてみると、初戦のジャマイカ戦が61%で、2戦目のフランス戦が62%で、3戦目のアルゼンチン戦が50%で、決勝トーナメントの1回戦のニュージーランド戦が60%で、準々決勝のブラジル戦が51%だった。もちろん、対戦相手は異なるが、「94ジャパン」の時と比べても、ボール支配率はかなり高かった。
■ 本職のDFがゼロだったチュニジア戦しかも、「ボールを持たされている。」という感じではなくて、4試合とも、相手チームは「日本からボールを取れなくてどうしようもない。」という感じになっていた。結局、すべての試合で支配率が60%を優に超えているが、ボールをつなぐ意識を極限まで高めたとしても、なかなかここまでの数字にはならない。今回の「96ジャパン」というのは、ボールをつなぐ能力に関しては、異次元レベルだったと言える。
中でも目を引いたのは、GLの3戦目のチュニジア戦のスタメンである。CBにはDF中野とDF鈴木徳を起用して、右SBにはDF会津、左SBにはDF三好を起用したが、最終ラインに本職のディフェンダーはいなかった。試合後のインタビューで『支配率80%を目指した。』と吉武監督は語っていたが、以前、コメントしていた「フィールドプレーヤーの10人全員がボランチ」という言葉を体現するような実験的な要素満載の面白いスタメンだった。
「ずっとボールを持っていれば、失点することはない。」というのは、サッカーの世界ではよく言われることであるが、実践するのはほとんど無理である。「確かにそうだけど・・・」という感じで、不可能に近いことだと思われているが、これを限りなく高いレベルで実現させようとしたのが「96ジャパン」であり、その中でも、GLの3戦目のチュニジア戦というのは「突き抜けた面白さ」があった。
■ 技術レベルの著しい向上ベースになっているのは、若年層の選手の技術レベルの著しい向上である。かつて、牧内ジャパンや布ジャパンなども「つなぐサッカー」を標榜したが、結局のところ、アジアレベルでも実践できなかった。ちょっとプレッシャーをかけられると「フィードのできるCB」と評価されている選手であっても、前にボールを蹴り出すだけで、「フィードのできるCB」を使っている意味がほとんど無かったが、「96ジャパン」ではそういうことはない。
若い選手たちの技術力の高さを痛感したのは、去年の秋に行われたU-16アジア選手権のときである。イランで開催されてお世辞にもピッチ状態が良好とは言えないスタジアムで試合が行われたが、こういった劣悪な環境でも、流れるようなパスサッカーを見せた。U-17W杯の本戦が行われたUAEのスタジアムは芝も整備されているので、芝の問題が話題に上がることはなかったが、この世代の選手は「ボコボコのピッチ」でも同じようなサッカーができる。
五輪代表やフル代表などが、中東などアウェーで試合を行うときは、ボールコントロールに戸惑って、「ピッチコンディションが良くなかったこと。」が苦戦の理由に挙げられることが多い。観ている側も「ピッチ状態が悪かったので、日本らしいサッカーができなかったのも仕方がない。」と擁護することが多いが、「96ジャパン」が劣悪なピッチで見せたサッカーを思い出すと、擁護してはいけないのではないか?という気もする。
また、「仕掛ける」ということがどういうことなのかについても、考えさせられるチームだった。一般的には、「仕掛ける」というと、ドリブルで仕掛けるプレーがイメージされる。もちろん、「96ジャパン」の中にも、FW杉本、FW小川などドリブルで仕掛けることができる選手が何人もいたが、彼らにしてもドリブルは要所で用いるだけで、基本はパスワークで崩すサッカーである。そして、1試合の中で何度も完ぺきに相手の守備網を崩して決定機を作っている。
■ 考える要素満載のサッカー正直なところ、「96ジャパン」というのは、最近のいくつかの世代と比較するとタレント的には恵まれていなかった。特に、両ゴール前で力を発揮するストライカーとCBは人材を欠いていた。1つ前の世代となる「94ジャパン」には、DF岩波(現神戸)、DF植田(現鹿島)、MF南野(現C大阪)といった「誰か見ても凄いと分かる選手」が何人かいたが、「96ジャパン」にはそういう飛び抜けた選手はいなかった。
そして、MF宇佐美(現G大阪)、MF柴崎(現鹿島)、FW宮市(現アーセナル)らがいた4年前の2009年大会(=池内ジャパン)と比べても、個のタレント力で劣っているのは否めない。もちろん、FW杉本、DF石田、DF宮原など、有望な選手は何人もいるが、「将来、絶対にフル代表に選ばれる選手になるだろう。」と断言できるほどのタレントはいない。アジア予選で敗退していたら、「狭間の世代」と呼ばれる可能性もあっただろう。
当然、スペシャルな選手が生まれてくる土壌を用意することの重要性も感じるが、その一方で、飛び抜けた才能がいなくても、ここまでのサッカーができたというのは、日本サッカー界に携わっている多くの人たちの自信につながるだろう。ビッグネームがいなくても、誰か1人の力に頼らなくても、世界大会でこれだけインパクトを与えるサッカーができたというのは、これからの日本サッカーの方向性を考える上で大きな出来事だったと思う。
能力がありながら、吉武監督のサッカーにマッチできなくて、メンバーから漏れてしまった有力選手もたくさんいたと思うが、15歳や16歳や17歳の段階で自分で考える要素満載のサッカーを経験できたことは、サッカー選手として大きな財産になると思う。「96ジャパン」の活動は終わってしまったのは残念であるが、このチームについては、「スペシャルな選手はいなかったが、スペシャルなサッカーを見せてくれたチーム」と記憶することになるだろう。
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