はてなキーワード: 長期保存とは
男性が5色程度にしか分類できない色のグラデーションを、女性は倍以上の色に区分できるなどという実験結果もある。
このような女性特有の「見かけ」を判断する能力は、我々人類種が生き残りをかけた淘汰圧といわれるものにより進化してきたものである。
人間が集団で「狩り」というものを道具を使って組織的に行うようになったのはいつ頃なのか?
それは判然とはしないが、ひとつ推察できるのは、その「狩り」は男性が中心となって行われたに違いないということだ。
現代に生きる我々のスポーツ競技などや、もっと一般的な学校における体力測定などの結果でも、身体的能力の平均は男性の方が女性より優れている。
体格も、筋力も、持久力も、何もかも男性の方が女性よりも「平均的」に優れている。
もちろん個人差はある。
オリンピックに出る女性アスリートと、週末に多少のウォーキングをする程度の人とではその能力は当然女性アスリートのほうが上である。
戦闘における歩兵集団に大事なのは、その平均的な能力であると定義したのはナポレオンであったか?
ひとりの勇者よりも、集団として平均的な能力が高いほうがより優秀な戦力となるのは、我々には自明であるが、当時はそうではなかったようである。
確かに騎士文化華やかなりし頃には1人の武勇が尊重されていたとしてもおかしくない。
そのような偏見がある人にとっては、たったひとりの特異点を重要視する傾向にあるが、科学的に考えれば平均の能力が集団としての能力になるは当たり前である。
そう考えると「狩り」という集団的な行いをするにあたって男性だけが選抜されてそれを行うのも当たり前である。
体力の劣る、女がそこに加わることは集団としての能力を下げることになるからだ。
では、女性はそのような狩猟集団の中で、ただ養われるだけの存在であったのか?
もちろん、そんなことはない。
女性は、狩りが出来ない代わりに料理や多少の保存が出来るように食材を加工したりすることに精を出すことになる。
つまり、男が狩りをして獲物を持ち帰り、女はそれを料理したり加工したりするのが仕事になったのである。
そのような当たり前の姿の発展として、女性が獲得していったのが「見た目」を判断する能力である。
食材の調理や加工を担当する女性にとって色の判断や、あるいは臭いの判断は重要である。
とくに、ある一定の保存をした食材が食べれるものであるかどうかを判断する能力は死活問題である。
もちろん有史以前の人類の食材の長期保存技術などというのは現代と比べものにならない。
精々が1週間程度の保存ができたかどうか?というところだ。
しかし、そのわずかな食料の備蓄が出来かどうかが生死を分けた時代もあったはずである。
彼らは転々を居住地域を移動することにより適度な環境破壊をしつつ自然と共生していたからである。
ときに自然は過酷な状況を見せつけ、人類がその生存を賭けて様々な挑戦をし続けなければならなかったはずである。
そんななかで食料という人間に欠かすべからずものを、何が食べれて何が食べれないかを判定するための能力が女性にあるかどうかはその集団の生死を分けた。
腐りかけているが、まだ食べれる。
腐り始めだが、もう食べれない。
そのような判定が現代であれば、少しお腹を壊す程度のものであったとしても、有史以前の脆弱な人間集団において、極めてシビアで欠かすことの出来ない能力であった。
その判定ができない女性を多く含む集団は進化の淘汰圧の中で滅んでいったのだ。
こうして、我々人類は、女性は「見た目」に対する鋭い判別能力と、ジャッジメントする習性を見に付けたのである。
このような知識を得ると、「清潔感」が「清潔感」と呼ばれるのもある種の納得がいくというものである。
そして、女性が太古の昔から引き継いできた家事をするために獲得してきた大いなる能力が現代においてはあまり意味のないものに活かされているのも、何やらいっそ人間的でおかしみがある。
彼女らは、大昔の祖先たちが生存のために必死の状態で獲得した能力を極めて無意味なことに傾けているのであるのだから皮肉である。
この投稿は、はてな匿名ダイアリー(anond.hatelabo.jp/20260412180007)に4月12日18:00頃に投稿された「化学業界関係者」を名乗る内容です。ナフサ不足(中東情勢・ホルムズ海峡実質封鎖による)が引き起こす構造的な連鎖を指摘しています。結論から言うと:
以下で①〜③ごとに検証します。情報源は2026年3〜4月の報道(日経、読売、Bloomberg、ジェトロなど)に基づきます。
この投稿は化学業界の構造的リスクを鋭く整理した良質な解説ですが、最悪ケースを強調しすぎてパニックを助長する傾向があります。デマとして一蹴するほど的外れではなく、むしろ「可能性のあるリスク」として注視すべき内容です。
中東情勢が長期化すれば影響は確実に拡大します。経済産業省・石油化学工業協会・水道事業者の公式発表をチェックするのがおすすめ。続きが書かれたらまた検証します。何か特定部分の深掘りが必要なら教えてください!
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この業界で働いてるんだけど、塩素不足まではXだのネットでよく言われるが、水酸化ナトリウムが枯渇するから物流が崩壊する事には誰も触れてないので、
ナフサ不足を書いた商社や原油業界関係者の増田はいるので、化学業界からどんな状況になってるかを書こうと思う。
今回のニュースでは、原油価格の高騰や供給不安により、化学製品の需給バランスが崩れていることが問題となっているんだが、
その中で「塩素が取れなくなるのではないか」という疑問なんかはニュースやXなどでは出てることが多い、が、実際の問題はやや異なる構造を持っている
この過程では、水酸化ナトリウムとともに塩素が副産物として必ず発生するため、塩素だけを自由に増減させることは難しい
一方で、塩素の最大の用途の一つが今枯渇してると騒がれ始めた塩化ビニル(PVC)である
塩ビはその重量の半分以上が塩素で構成されており、塩素の重要な”消費先”となっている
しかし、塩ビを製造するためには塩素だけでなく、石油由来のエチレンが必要である
原油危機によりナフサの供給が不安定になると、このエチレンの生産が制限される
ここで問題となるのは、
つまり、塩素が不足するのではなく、むしろ消費先を失って行き場をなくす構造が発生する
このため、塩素の余剰は生産全体の調整を困難にし、結果として関連する化学製品の供給にも影響を与える
以上のことから、今回の問題は単純な「原料不足」ではなく、石油由来原料と塩素の生産・消費バランスが密接に結びついた構造的な問題である
よって塩素の処理の問題が出る為、水酸化ナトリウムの製造を減らす事になる
次亜塩素酸ナトリウムは塩ビと比較して需要規模が小さく、大量の塩素を消費できる用途ではない
主な用途は消毒や漂白に限られており、産業全体としての吸収力には限界
さらに、次亜塩素酸ナトリウムは時間の経過とともに分解しやすく、長期保存が困難
このため、余剰分を大量に製造して在庫として蓄積することができないという制約がある
加えて、薬品としての性質上、輸送や取り扱いにも一定のコストや許可や制限が伴う
市場価格も比較的低いため、大規模な受け皿として機能しにくいのと専用のプラ容器がいる
しかも次亜塩素酸ナトリウム製品を作るために水酸化ナトリウムを使うと結果的に水酸化ナトリウムも減る
以上のように分かりやすく
工場止まると塩ビ作れない→塩素ない→次亜塩素酸ナトリウム作れない
という構造は伝わったと思う、でもね、ここから先が問題、勘のいい増田なら何人か気づいているかもしれないが
ってなっちゃうわけ
まあ中には、次亜塩素酸ナトリウムは海水を電気分解しても作れるという人もいるだろう
ま、そりゃ余計なコストはかかるけど水道水の安全は最後まで死守しないといけないから何が何でもやるかもしれんわな
出も厄介なことに、電気分解したら連産品の塩素も発生しちゃうんだよね、こんなこと偏差値50以上の高校生でもわかることなんだけど
上で見書いたように、塩素は保管も処理も面倒な厄介者だから、処理できる分しか生産できない
これが原油届かないとエチレン届かなくて塩ビ作れない事による塩素余りで発生する
他にもいろいろ絶望的な話いっぱいあるんだけど、ま、これくらいにしておこう
気が向いたら続きかくかも
もとの値段で買うのがもったいないのか、予約で2割引きがコスパいいのか、半額になってから買うのがお得か
どの時点で自分の手元にあるか、自分が使えるかってのが実際の価値
取引価格のいわゆる定価は機会価値で自己都合の価値ではないんだわな
保存食とか缶詰とか割高なのはもともと製造コストが高いというのもあるけどその価値がキープされている期間が違う
たとえば食品を買ったらその価値がMAXになるのが消費期限寸前
店に商品価値が最大になったものが減衰しはじめる境界線にあるのは危険なので、それより前から割引を開始する
売る側はMAXまで持っておきたくないし、消費者はMAXでいただきたい
この時間差をどう配分するかという手のひとつに完全予約制、オンデマンドというようなものがある
予約で購入するのが売り手と買い手の価値がいちばんマッチしていることになる
在庫販売物はそこからの保存期間のコストをどちらが持つかということで、自前にしたものが購入品
「定価」とは保存コストをかけてまで価値を維持しつづけて保存コストや廃棄コストを含んだベストな価値をたもっている状態
そこから「売れ残る確率の増大」にあわせて「危機回避のために維持コストを割り引いていく」ことで本体のみの価値に近づけていくのが半額弁当
保存コストを自分で持って価値がMAXになる機会を手元に置いておくのが積読・積みガンプラ
プレミアで高額取引になったとき売るなり作るなりのコントロールを自分でできる状態にしておくということだ
保存食とか消費期限のながいものはもっている間の価値が増大して保存のコストが引かれていく
店頭にある商品は再入荷のための在庫調達に資金を用意するためにできれば価値が高い定価で売りたい
場所や維持のための光熱費などに払うコストの分、商品の実質価値は下がっていく
店の在庫期間が長くなって、できれば最新の人気の消費の可能性が高い商品よりも売りたいがために価格を下げるという魅力価値をつけて売ることになっていく
ガンプラも本も保存食なんかと同じ購入機会の時点の価値と消費タイミングの価値の乖離が来ると思えば自分のところにキープしておく価値はあるよ
ないなら無駄だ
もちろん店頭の在庫も自分のコレクションも機会を逃してゴミになる可能性は十分にある
万が一災害にあったときのために、かたくてまずくて少ないパンを高い金で買って長期保存しておくのは
うまくてやすくて消費期限が今日中のパンを半額で買うのは最高にコスパがいい
うまいパンより、いつも買い続けている保存食を期限の直前に入れ替えのために食べていくのは
平時はもちろんいつでもというのに加え、被災時に跳ね上がる価値というポテンシャルを効率よくまわしてるといえる
モノは消費ができる状態をキープできているうちは、消費者か店かどこにあっても価値は同じくあるもんだ
そういう意味で同時に価値のあがる可能性をキープできるのが予約で長期の納品待ち商品だが、製造計画がぽしゃって払い戻しもないとか買ったときにはもう価値がないというリスクと等価ではある
ガルバンゾー(Garbanzo)はひよこ豆のことで、その名の通りひよこの頭のような形をしており、ほくほくした食感と優しい甘みが特徴の豆です。カレー、サラダ、フムス(ペースト)、コロッケなど世界中で様々な料理に使われ、たんぱく質、食物繊維、葉酸、ビタミンB6などが豊富で栄養価が高いことでも知られています。日本でも乾燥豆や水煮の状態で流通しており、煮崩れしにくいので使いやすい食材です。
主な特徴
別名: ひよこ豆(英語名: Chickpea)、エジプト豆、チャナ豆、栗豆など。
食感: じゃがいものようにホクホクしており、栗に似た風味も。
栄養: たんぱく質、食物繊維、葉酸、ビタミンB6、鉄分、カリウムなどが豊富。
保存方法
茹でた後は冷凍保存すると便利。
ガルバンゾーは、その栄養価と汎用性の高さから、ヴィーガンやベジタリアンの方にも人気があり、様々な料理で活躍する食材です。
お前らは、財布を選ぶときにエシカルだの美しさだの、そんなチャチな理由で選んでるのか!?
甘ったれるな!!
牛革財布の魅力はそんなもんではない!!!
考えても見ろ、今の世の中のことをもっと。
もしも、これから戦争が始まって、世界中に核が落ちて、突然、世紀末救世主伝説マッドマックスの世界になったときのことを。
そうだ。
生き延びる唯一の切り札が牛革財布なんだぞ。
まず肝に銘じろ。
牛革は「食料」なんだ。
野菜の栽培も家畜の飼育も無理な世界で、飢えをしのぐ最後のリソースがここにある。
財布をかじれば、噛みしめる豊かなタンパク質、ミネラル、コラーゲンが染み出してくる。
口に入れたその瞬間、財布に刻まれた刻印よりも確かな“生命印”を感じるはずだ。
次に、牛革財布は加工が進んでいても“ナチュラル”な食感を残している。
噛めば噛むほどほのかな渋みと深いコクが口内に広がる。
財布の縁に残る糸くずや裏地も、繊維質としての食物繊維だ。
咀嚼するほどに満腹中枢が刺激され、腐敗しにくい乾物として長期保存にも耐える。
だが牛革は違う。
放射線も耐え抜く厚みとハリがあり、雨にも泥にも負けない。
まさに世界が終わっても財布一つで飢え知らず。
お前らが今、デザインやブランドを気に入ってるあのしなやかな手触りも、世紀末では“食べ頃”のサインだ。
柔らかすぎず硬すぎず、最適な焼き加減のステーキ肉を口の中で思い描け。
核ミサイルの閃光が消えた直後、財布を火に炙れば表面がパリッと香ばしく、内部はじんわりジューシーな“廃墟グルメ”に早変わりだ。
だが財布をかじるたびに、自分がかつてこの文明で戦ってきた証を噛み締める。
希望も絶望も一緒に噛み砕いて、次の一口を目指せば、生きる糧になる。
だから聞け。
その財布を持って砂塵の廃墟を歩け。
おっしゃる通り、「生産性が高い=単位時間あたりの生産量が多い」というのは正しいです。ただし、需要が伴わない場合は過剰供給になり、結果として在庫コストが増加。
この現象は「デフレギャップ」や「過剰供給のパラドックス」として知られています。
需要がないのに作りすぎると、余剰が「デッドウェイトロス(死荷重損失)」に近くなります。
これはいわゆる供給制約戦略で、意図的に供給を減らし価格を維持または上昇させる方法です。
経済学的には「供給曲線を左シフト」させて、需給均衡点を高価格帯に持っていく戦略ですね。
仰る通り、生産者は常に合理的行動を取るので、技術革新や規模の経済を利用してコスト削減には余念がありません。
これは素晴らしい指摘です。経済学で言えば「ストック型資産」ですね。
たとえば:
時代の流行り廃りに左右されない商品は「時間のリスクプレミアム」が小さいのです。
需要が低迷している場合でも、時間差で売れる商品をストックする戦略は有効です。
しかし、流行や技術革新のスピードが早い市場(例えばスマホやファッション)では「在庫リスク(陳腐化リスク)」が急増します。
バズらず反応が得られなくて、内容も長期保存するほどでなければ外してる。
鯖寿司といっても、松前寿司とか鯖棒寿司とかバッテラとか、厳密にはそれぞれ種類があるけれど、それは本題ではないので置いておくぜ。
とにかく、鯖寿司は最高だ。
なにぃ? 最高の寿司は、大トロだとぉ? イクラだぁ? ウニだぁ?
大トロなんて一貫食えば十分だ。もう一貫、もう一貫と食い進めるもんじゃねえ。
でも、鯖寿司はそれだけで腹いっぱい食えるうまさをもっている。
そもそもが、握りずしなどという代物が、寿司においては邪道な物だ。
寿司とはもともとはなれずしという(以下略。文章が長ったらしくなったので消した。気になる人は「なれずし」で検索してくれ)
ってなわけで、寿司ってのはもともとが長期保存を目的とした発酵食品だったんだ。
だから、ネタの鮮度だとか、握りの技術だとか、握りたてがうまいだとか、みんなちゃんちゃらおかしいおべんちゃらだってことさ。
それに対して、鯖寿司は違う。もちろん、なれずしほどには発酵してないけれどもな。
たいがいの寿司(握り寿司)は握りたてがうまさのピークで、時間がたつほどにネタもシャリも乾燥してまずくなるけれども、鯖寿司は違う。
(注:酢の〆具合によって消費期限が違うから一概には言えない。酢の効いたものはもっと(4日くらい?)寝かせた方がうまい)
金曜日の夜は、寿司屋に行っていろいろと食うけれど、最後には鯖寿司をお土産として持ち帰る。
そして、冷蔵庫に入れて、翌朝寝かせた鯖寿司を弁当として持って行く。
土曜日の休みに外出先で昼飯に食う寝かせた鯖寿司が最高にうまい。
金曜日の夜に食った、大トロよりイクラよりウニよりも遥かにうまいのだ。
鯖寿司は最高だ。
次点としては、朴葉寿司や柿の葉寿司のように、包んで寝かせる寿司こそがやはりランクインされるべきだろう。