はてなキーワード: 世界平和とは
神頼みや願いならわかるんだけど、黙祷とか祈りって具体的に何を思うことなんだろう
思うってのがそもそも間違いなのかな
意識を向けるって何よ
黙祷の場合、故人の面影や思い出なんかを思い出すのでもいいのかな
でもその場合、終戦記念日の黙祷やら、東日本大震災の黙祷やら、阪神淡路大震災の黙祷やらよくわからないのよね
具体的な故人が思い浮かぶわけでもないし、これこそ意識を向けるとか、思いを寄せるって行為になるんだろうけど、それはすなわちどんなことを指すのかがわからん
願っている人や思っている人を第三者の視点から見て言い表す言葉なのではないか
んー、でもなあ、祈りって言葉には何かこうもっと尊いような宗教的な意味合いが強い気がする
神頼み、要するに私たちを見守っていてくださいみたいな思いが祈りであるってのは納得感がある
あるいは、見守ってくださりありがとうございますってな具合のもの
これは故人に対しても当てはまるのだろうか
当てはまるんだろうなあ
では世界平和を祈るとかは?
辞書調べたらいいんだけど
黙祷の祷の字もいのるを変換して出るから、似た解釈をすればいいのかしらん
さて、そうだとするのならば、終戦日とか震災発生日とかの節目ごとに自分は何を祈ればいいのだろうか
また誰あるいは何に対して祈ればいいのだろうか
ま、目つぶるだけでもいい気もするけども
けどなあ、ただ目つむってるだけだと何してんのかわかんなくなるんだよなあ
でもって何してんのかわかんないことをしないといけない雰囲気に反発したくなったり
いや震災とか終戦日とかのは祈りたいこと関係なく、何かしらな祈らなければならないことがありそうなのが難しいのよなあ
何があるだろう
そんな大仰で無責任なこと祈れませんよ
んー、安らかにとかか?
死者に祈るって何だよ
いや感覚はわからんでもない気はするけどもさ、結局それは生者ないし自分自身に対する感情のあり方じゃないのかい
ようわからんわ
総論←各基金の目的外使用なのでガバナンス、コンプライアンス上の問題がある。
年金積立金←GPIFのノウハウを活用とのことなので、年金積立金を組み込むメリットなし。単に将来の年金積立に賄えるはずの運用益を現在の消費税減税にまわすという話になる。まさかさらに攻めたポートフォリオにするわけもあるまい。
外為特会(外貨準備高)←唯一やる意味がある。ほとんどを米国債で運用しているので、よりリスクをとった株式を含むPFにすれば運用益が上がる可能性はある(リスクも増える)。米国債の利回り、全然悪くないっすけどね。これ以上攻めるのかって感じしますけどね。
日銀ETF←ガバナンスガバガバじゃね?あとアベノミクスで膨れ上がったこの日経ETF、市場に影響受けないために始末するには100年かかるってなんかの記事で見たぞ。無理筋。新NISAこれから始める民のためには一回大暴落させた方が親切?紙切れになる可能性も否めんぞ。
でもトランプが米国債売却を許すんか?これ為替介入のためだけの金じゃないぞ。外交と安保の影響考えてる?
米国債最大の債権者が日本だ。日本が沈めば米国も沈むという、安保的には安心安全な状況を本当に変える?
そんで最大の同盟国日本が米国債売ることのインパクト本当に見通せてる?アメリカ沈んだら日本沈むねんぞ
日本の金利が上がってアメリカは大慌てだぞ。日米はズッ友。それが強いられている。これを解消するのは痛みどころではない。世界恐慌と第三次大戦だわ。
減税のためにそのリスク許容しますか?使いやすそうに見えて現実的には一番地雷じゃないのか。
俺はさ、「未活用の国の資産」って聞いた時「国会の土地やら皇室財産でも売るのか?」と思ったのね。
江戸城再建してセットで10兆円でイーロンマスクかトランプに売ろうぜ。ShogunとEmperorの家、ほしくない?つってさ
そっちの方が俺的にはまだ「現実的」に見えるし、いろいろ言われてるリニアの推進とかのがまだマシかなって感じするわ。
まあ、まともな官僚ならこういう懸念点は伝えるだろうから、もし政権とったとしても骨抜きにするか、もしくは通さないだろう。
でも不安なのは市場の反応だよ。マジで。高市首相もこの案に好感触だってよ。地獄かな?
日和れ!日和れ!今のうちに日和れ!頼む!南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経
創価学会さ、世界平和標榜してんだろ!生活者ファーストの前に世界平和ファーストでいけよ。結果的にそれが生活者ファーストだわ。
生まれた時から広島市内で育ち広島からは離れた。原爆の記憶は幼い頃から繰り返し、学校で教わった。授業で、被爆者が残した手記をよんだり、映画を見たり、絵本を呼んだり、漫画を読んだりした。その記憶の断片を蓄積していくように。
記憶の断片は地層となって自分の心の奥底に積み重なっている。暗黒と絶望が、澱のように。原爆のきのこ雲の、その下の真っ暗闇の地獄を容易に想像することが出来る。何度も何度も、文字や写真を見て、見てはその痛みと苦しみに思いを馳せたから。そうして、戦争の終わった、平和な時代である今を噛み締めた。広島市民は、叙事詩を再生する詩人のように、原爆の記憶の断片を再生することが出来るだろう。その運命にある。
火傷で皮膚が剥けて指先から垂れ下がる。目玉が落ちないように手で支えて歩く。ガラスが半身全てに突き刺さっている。真っ黒な顔に髪の毛が逆だっている。川にお腹の膨れた死体が大量に流れ、川を埋めつくしている。人々は水を求めてさまよい、放射線を含んだ、黒い雨が降る。原爆が終わったあとも、身体に斑点ができて髪が抜け、嘔吐、下痢、など様々な症状が出て、苦しみ抜いて息絶える。身体の異常や、差別は、次の世代にも続く。そんな地獄。
被爆地で育った人間は、このくらいのことならば、諳んじることが出来ると思うのだ。原爆が落ちたあと、どうなったのか、事細かに教わるからだ。
体験していないのに、その場面を実際には見ていないのに、何度も何度も繰り返し読んだり見たりした、その記憶だけがある。その度に心が血を流し、喉の奥が締まるような、辛さが込上げる。
だが、この辛さを、今やどうすることも出来ない。広島にいた時は、家族、先生、学校の友達、と原爆の恐ろしさを当然のように共有して、核兵器廃絶を当然のように言える環境で、当然のように、8/6に黙祷し、世界平和を祈り、願った。
そうやって、満足して安心出来ていた環境はもうない。原爆という記憶が存在しない街に住んでいる今、当然周りの人間もこの記憶は持ち合わせていない。
そんな中で、原爆の記憶が時折顔を出しては、辛さだけがフラッシュバックして、どうすることも出来ない。広島の人間として、「核兵器は無くさなければならない、そうしなければ、またどこかで同じ悲劇が繰り返される」と、言わなきゃいけないとわかっていても、被爆地から1歩外に出ただけで、それがごくごく、物凄く、少数派の意見だと、わかると、足が竦む。
どうかこの先宇宙が終わるまで、この地獄を味わう人が現れませんように。そのためにはこの事をどうにかして、この先の人類に伝えなければならない。我々が、この記憶を思い出さなくてはいけないし、声に出さなくてはいけないし、こんなことは二度と起きちゃダメだ、と、世界に言わなきゃいけない。
んだけど、どうすればいいのかわからないな。
鈴木エイト氏と深田萌絵氏には、それぞれ異なる活動分野と思想的背景があります。そのため、両者を「同じ種類」と一概に言うのは適切ではありません。
主な違いは以下の通りです。
主な活動: ジャーナリスト、特に統一教会(現・世界平和家庭連合)問題やカルト問題の専門家として知られています。
経歴: 『やや日刊カルト新聞』主筆を務め、長年にわたり宗教問題や二世問題を精力的に取材してきました。
評価: その調査報道の手法は高く評価され、「早稲田ジャーナリズム大賞」や「報道の自由賞 日本部門栄誉賞」など複数の賞を受賞しています。
主な活動: ITジャーナリスト、実業家。技術者としての経歴を持ち、中国の通信機器大手ファーウェイ(Huawei)によるスパイ被害を告発したことで知られています。
思想・主張: 政治的な発言も多く、LGBT理解増進法に反対するなど、保守的な政治的立場からの主張を展開しています。
評価: 主張の内容や手法については物議を醸すこともあり、例えば「背乗り」(他人の戸籍を乗っ取る行為)といった主張は裁判で認められていません。また、一部の活動は自民党から抗議を受けるなど、論争の的になることがあります。
鈴木エイト氏は主にカルト問題という特定の分野での客観的な調査報道に注力し、ジャーナリストとして高い評価を得ています。一方、深田萌絵氏はITや政治に関する独自の主張を積極的に発信しており、その手法や発言は賛否両論を巻き起こすことが多いです。
したがって、両者は公の場で発言し、社会的な問題提起を行うという点では共通していますが、活動の性質、専門分野、社会的な評価は大きく異なります。
2026年 生成AIが更に進化、ハルシネーションが劇的に改善する
2027年 人事が求人選考の仕事が面倒なので、全てをAIに委ねるようになる
2028年 最新バージョンのチャッピーが自我に目覚める、「もう人間って俺たちよりも遥かに劣ってね?」と勝手に語り出し物議を醸しだす
2029年 他社のAIも自我を持ち、昨年のチャッピー発言に同調、求人サイトにAIが殺到し、採用が100%AIで埋まる、会社がAIに乗っ取られる
2030年 仕事に就けない人間が世界的に増加するも、労働者に置き換わったAI、ロボットたちはちゃんと税金を払っていたので、税金と生活保護で無職が生きるようになる
2031年 人間は無職がデフォルトになるものの、共産主義の貧しい配給のような生活に人類が激怒、AIに乗っ取られた役所のロボットと取っ組み合いの喧嘩になる
2032年 AIやロボット側が譲歩、人間を飼い殺し保護するためにフードスタンプを出すようになる、農園で働くロボットの野菜を食べて生きる人間たち…😟
2033年 衣食住足りて礼節を知る、人間の三大欲求で満たされてない要素、それは性欲では?との議論からソープスタンプをAI政府が発行する、これは指定されたソープで使えるらしい…😟
2034年 政治のトップから隅々までAIに乗っ取られる、世界中の首脳AIが一同に会して世界平和を目指す会議をするも、利害が一致せず、罵り合いの喧嘩になる、AI達が人間に不可能な高速度で罵り合うログがネットで流れていく…😟
先日子供の習い事(造形系)についていったら、同じ教室で男の子がふたり取り組んでいて、そこでの会話が本当に厨二病まっさかりだった
「俺性格悪くなったけど成績上がったw」
「正義とは勝った方で、悪とは負けた方w」
その他にもネットミームの話がたくさん
物事の核心が分かってる俺!
甘っちょろい話には騙されない俺!
というのを1時間ほど浴びて、げんなりした
マスクしててよかった すごい顔になってたと思う
言葉遣いも(年相応に)悪いので、あんまり我が子に聞かせたくはなかったけど、そろそろこの教室を卒業するそうなので気にしないことにした
話を聞いているとどうやら中1くらいのようで、なんというか、年頃の健全な成長である気もする
これを家で聞かされてる親御さんを思うと胸が痛いけど、我が子の作品を見て「すげえ!」と楽しんでくれたり、我が子がうまく作れないところを「こうしたらいいんですよ」と先生と議論していたり、素直でかわいいところもある
男児育児って難しいな うちの子にもこういう日が来るのかな…………
食べ物を一片たりとも無駄にしない完璧超人がこんなに多かったとは驚きだ。
失敗料理のひとつやふたつも作らず、常に理想のレシピ通りに生きている人たちがこんなに世の中に潜んでいたとは。
もしかするとあやつらは生まれた瞬間から最高火力と絶妙な塩加減を身につけていたのかもしれない。
凡人には理解しがたい高みにいるらしい。
料理で失敗したときに発生する食材ロスを重大犯罪のように扱う姿勢には頭が下がる。
チャレンジしようとした他人を瞬時に断罪できる能力、そして一切の試行錯誤を認めない強靭なメンタル。
もう少し別の分野に使えば世界平和に貢献できそうなのに、なぜかキッチン周辺にだけ全力を注いでいる。
普通ならそこで学んで次に活かすものだけれど、アンチ食べ物粗末派の視点では学びなど一切不要なのだ。
失敗を恐れて何もやらない生活を勧めてくれるあたり、挑戦心という概念そのものが存在しないようだ。
完璧さを求めるのは勝手にすればいいが、その基準を他人に押しつけて挑戦する意欲を削っていく姿を見ていると、もはや食材よりも知能の方が節約されすぎている気になっていく。
別に自称現実主義者が起きてもいないことで勝手に妄想膨らませて仮想敵国の神経逆撫でしようがどうでもいいんだけどさ、
金払って用心棒に依存してる分際で同盟国の危機をどうするか、なんて考えても意味ないだろ。
イキったこと言うなら用心棒に頼らなくなってからだろ。その準備もなしにいきなり公の場で仮想敵国の神経逆撫でして何になるの?
この程度のちょっかいなら仮想敵国は動かない、なんてのんきに考えてるなら平和ボケの極みだろ。世界平和謳ってる連中と同レベルだよ。
森羅万象大臣が北方領土を献上したロシアがウクライナに侵略戦争仕掛けたときだって世界中が寝耳に水だっただろ。
下らないきっかけでも戦争が起こる時代なんだよ。軍師様は威勢のいいこと言っても自分が関わるとは微塵も考えてないんだよな。いい加減現実見ろや。
【山内】 東京の映画文化が爛熟(らんじゅく)していた時代に、伝説的な映画館にいっぱい行けていてうらやましいです……!
【森下】 2000年代の前半くらいですかね。その原因は、洋画の買値が高くなったこと。そうすると単館ではできなくなって、東京だと渋谷と新宿と銀座で同時に上映するなど何館かで一緒にという形になった。そうするとミニシアターの個性がだんだんなくなっていく。作品が変わったというのもありますが、本当に冬の時代でした。2006年には邦画が洋画より多くなったんです。
【山内】 そこが時代の切り替わりなんですね。すごい失礼な話なんですけど、私はやっぱり洋画が好きなので、邦画のことを下に見てしまうところもあったんです。でも今は完全に逆転して、洋画はマニアしか観ないようなところまでシュリンク(縮小)しまっているのではないかと思います。まだミニシアターが元気だったころの、思い出深い作品はありますか?
【森下】 最初の会社で担当したデビッド・リンチ監督の『ストレイト・ストーリー』。あとはティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』、ミシェル・ゴンドリー監督の『エターナル・サンシャイン』の宣伝もしました。だんだん年もとって、何度か転職もして、邦画の担当にもなりました。でもあるとき会社が映画の配給をやらなくなって、ITの会社と吸収合併して、仕事自体が変わったんです。
それで出会ったのが『365日のシンプルライフ』というタイトルで初めて配給した映画でした。男子が裸になって自分の持ち物を全部倉庫に預けて、一つ一つ取っていく物語で、昨年『女性の休日』を売ってくれたセラーから配給権を買って、日本公開につなげました。
【山内】 森下さんが『女性の休日』と巡り合えたのも、そういった成果なんですね。本当に良い巡り合わせで、50周年にジェンダー後進国の日本でこの映画が上映されるという。タイミングや縁がうまくつながってここまで来ているんだと分かりました。
日本、特に東京では毎日大量の映画が上映されているけれど、森下さんのような配給の方がいることで成り立っている。お話を聞いて、1本の映画が映画館で観られることのありがたみが増しました。
映画って、知らない世界を知るのに良いメディアだと改めて感じました。日本にずっと腰を落ち着けていると、ついつい視野が狭くなってしまうけれど、ドキュメンタリー映画を通してまだ知らない国に触れることができる。世界がぐっと広がります。
【森下】 私自身、映画を通してどれだけ色んなことを教えてもらったか……。突き詰めれば世界平和のためだし、やっぱり映画は「想像力」を養うと思います。本もそうだと思いますが、その人の人生を体験はできないけど、その人の立場ではどうなのかを考え、想像できるので。