はてなキーワード: アーティストとは
https://x.com/kentarotakahash/status/2013591715991695703?s=46&t=m0EXJSjLezh3AQX5_uZarQ
kentarotakahashi
@kentarotakahash
他に考えられます?
最初の訴訟会以前に、元弁護士 vs 伊藤詩織以外で、「許諾」問題に関して伊藤さんと「齟齬」があった「関係者(全方位)」って。
⸻
minako
@cXjvalBLJOcU2ug · 1時間
それでも従わなかった伊藤詩織さんだからBBDの映画上映を止めるために記者会見が決行されたと言う流れか?
不義理ってそう言うこと?…
⸻
⸻
minako
@cXjvalBLJOcU2ug · 19分
無いです。😭悲しいが、そうだろうと思いました。
⸻
kentarotakahashi
@kentarotakahash · 29分
関係あるような、関係ないような話ですが、私個人の経験では、作品を製作中のアーティストに対して、え?前はこう言ってたじゃん?え?オレのここまでの働きは?え?そりゃない、幾ら何でもそりゃないよ!と思ったことは何度もありますよ。そんなもんですよ。
//
昨日のリリスクの解散報告はけっこうかなり大大大ショックだったんだけど、
キムさんの文章読むにメンバーやモチベの問題ではなく、持続可能ではなくなってしまった…と言う風に読めて、
どちらも所属レーベルがビクターエンタテインメントなんだよね…
こうなると、要するに稼げてないアーティストの活動費が出なくなった、とかそういう話なんかなって思ってしまうわい。
N=2でなにか結論づけるなよ、というのはもちろん、仮にそうだったとしてもビクターも商売でやってるんで
その点を恨むって話ではございませんが。
オリコンの歴代ランキングにおいて、男性ソロアーティストのアルバム首位獲得作品数は、長年 氷室京介 と 長渕剛 がトップを争ってきました。
2016年に氷室京介がベストアルバム『L'EPILOGUE』で首位を獲得した際、長渕剛の持つ12作の記録に並び、それ以降この二人が歴代1位タイで並んでいます。
その他の主な記録(2026年時点)
福山雅治(11作): 氷室・長渕の記録に迫る歴代2位(タイ)のポジションです。
堂本剛(11作): ソロプロジェクト名義を含め、福山雅治と並ぶ記録を持っています。
矢沢永吉(10作): 2025年10月に最新作『I believe』で1位を獲得し、自身の持つ「合算アルバム1位獲得最年長記録(76歳1ヶ月)」を更新しました。
長渕剛と氷室京介は、それぞれ1980年代から2010年代にかけてコンスタントに首位を獲得し、男性ソロとしての金字塔を打ち立てています。
氷室京介と長渕剛は、特定の時期にリリースするアルバムがほぼ確実に1位を獲る「連続首位」の勢いが非常に強い時期がありました。
氷室京介: 1988年のソロデビューから1990年代にかけて、オリジナルアルバムだけでなくベスト盤も高確率で初登場1位を獲得し、短期間で作品数を積み上げました。
長渕剛: 1980年代後半の『LICENSE』から1990年代の『JAPAN』まで、出す作品すべてが社会現象化し、1位を逃さない時代が長く続きました。
2026年現在のオリコン集計データに基づくと、アルバムの「通算売上枚数(トータルセールス)」では、氷室京介が長渕剛を上回っています。
アーティスト名 アルバム通算売上枚数 主なミリオンセラー作品
ベスト盤の爆発的ヒット: 氷室京介は1995年発売の『SINGLES』が130万枚以上、1998年発売の『Collective Souls』がミリオンセラーを記録するなど、ベストアルバムが極めて高い売上を記録しています。
ミリオンセラーの数: 氷室京介はオリジナルアルバム『Memories Of Blue』(1993年)でもミリオンを達成しており、90年代のCDバブル期の売上が非常に高くなっています。
長渕剛も『JAPAN』(1991年)がミリオンセラーを記録していますが、彼のキャリアは「シングル」のインパクトも非常に強く(『乾杯』『とんぼ』『しあわせになろうよ』など)、アルバムだけでなくシングル売上の比重も高いのが特徴です。
最新の売上動向やランキングの詳細は、オリコン ニュースなどの公式サイトで随時更新されています。
2026年1月現在のオリコンランキングデータに基づき、男性ソロアーティストのアルバムに関する「首位獲得作品数」「単体最高売上」「通算売上」の3項目でトップ5に入るアーティストの記録をまとめます。
単独のアルバム作品で最も売れたのは河村隆一の『Love』です。
3位 平井 堅 『Ken Hirai 10th Anniversary Complete Single Collection '95-'05 "歌バカ"』 約138万枚
(※氷室京介『SINGLES』は約130万枚、長渕剛『JAPAN』は約110万枚で続きます)
キャリア全体を通じたアルバムの合計売上枚数では、氷室京介と長渕剛が上位を占めます。
1位 氷室京介 約1,200万枚以上
3位 福山雅治 約700万枚〜
4位 平井 堅 約600万枚〜
5位 河村隆一 約500万枚〜
(※正確な数字は変動するため概算値です)
キタニタツヤの曲をこんにちは谷田さん時代から度々聞いていたのだが、ボカロに典型的な「生きずらさを感じてきたアーティストによる陰鬱ソング」だと自分の中でジャンル分けしていた。(これをボカロに典型的っていうの語弊があるかも。ごめん)
最近キタニタツヤとしてヒットするようになって、彼のルーツを耳にするようになったところ、「学生時代は超陽キャ」だの「東大出身」そういう話ばかり出てくる。
正直あまりキタニタツヤに詳しくないのだが、ファンの方的にはどういう成り行きでああいう音楽になっているのか分かったりするのだろうか。
いやまあ、属性に関わらず人それぞれの苦しみがあるというのはそりゃそうなんだけど、それにしてもああはならんだろという気持ちがある。
太宰治の、「裕福なのが辛かった」みたいなのにうーん…ってなるような、そんな感じ。
タイトルのとおり。
終わったあとに「自分は、いつまでこのライブを楽しめるんだろう」と思ってしまった。
今回のライブが最高で、楽しかったというオタクはこの記事を読まないことをおすすめする。
ただ、一人の古参オタクが歳を取ったことを認めたくなくて、ぼやいているだけというのが高いためである。
このままだと、界隈全体が緩やかに衰退するんじゃないかなと思った日記です。
■
まず前提として、自分は30代。
初音ミク歴は2007年のニコ動全盛期からで、つまり小6か中1の頃からどっぷり浸かってる。
ただ、ライブ歴は浅い。
マジカルミライが始まった2013年頃は受験や就活の時期だったし、昔は「高校生が一人で飛行機に乗って県外遠征」なんてハードルが高すぎた。
初参加は2016年の地方ツアー。そこから数年後、やっと金銭的に余裕が出てきたため、2023年からマジミラ札幌以降、2024年福岡マジミラ・地方ツアー、武道館(ミクフェス)、マジミラ仙台と通っている。
■
正直、「マジミラ」じゃない冠がついている以上、何か新しいことをやるライブだと思っていた。
結論から言うと、「焼き回しパレード」を見せられた気分だった。
今回のコンセプトがマジミラ2013年リスペクトだったのは分かる。
でも、それって「当時の感動を、今の技術で再構築する」から意味があるんじゃないのか。
(だいたい、2013年リスペクトを匂わせつつ、なんで兄さんだけ最近の曲なんだ?)
(探せばもっと当時の曲だってあるだろ!このへんの「とりあえずやっとくか感」にしか感じられなかった)
ステージを見ていて、新衣装のモデルと昔のモデルの映像の差がどうしても気になった。
解像度なのか、モデリングなのか、理由は分からないけど、チグハグな映像が流れるたびに現実に引き戻される。
モデルを変えないことが「愛」なのか?
私には「古くから参加している人に文句を言われないようにしている」ようにしか見えなかった。(言い方が悪くてごめんね)
一般のアーティストのライブと比べて、バックダンサーもいない、生身の人間がステージにいない分、視覚的な情報量が圧倒的に足りない。
我々大人がチケット代なんていくらでも払う。多少上げたっていい。
だから、「今のライブはこんなに進化しましたよ」というのを見せてほしかった。
※後から知った話だが、にじさんじのライブでは1年以上前に透過スクリーンをトロッコ移動させるものがあったらしい。
初音ミクのライブの方が「最先端」として走り出したのに、どこでこんな差が生まれてしまったのだろう。
■「今」のボカロはどこに行った?
一番キツかったのは、会場の空気だ。
アンコール、静かすぎないか?あれがライブ初参加の層が多かったからなのか、古参が「いつものね」と地蔵化していたのかはわからない。
でも、演者が休憩するタイミングが、過去の踏襲すぎて視野が狭まってないか?
ミクフェス(武道館)のときみたいに、DJ入れて繋ぐとか、飽きさせない工夫はいくらでもできるはずだ。
あんなアンコールを聞くくらいなら「休憩中」と途中札を入れてくれた方がまだマシだと感じるくらいには悲しい気持ちになった。
■
そして何より言いたいのは、「今の曲」へのリスペクトのなさだ。
ボカロは今も進化してる。YouTubeやTikTokでバズり散らかしてる新曲がいっぱいある。
ただ、まだライブでやられていない良い曲が山ほどある中で、なんでライブで流れるのは「いつもの曲」ばかりなんだ?
何度も見た曲がまた選ばれているのは、自分には「懐古」ではなく「惰性」にしか感じなかった。
いや、それならそれでいいけど、私たちは「2026年の初音ミク」を見に来てるんだよ。
新しいボカロPはどんどん生まれてる。新しい名曲も生まれてる。
それを取り込まずに、「昔はよかったね」だけで回すようになったら、それはもう新陳代謝が止まった「死」と同義なのではないか?(白熱してしまいましたね、失礼)
新曲で発表されてた「アイドル戦士」も「シアンブルー」も予習して、コール完璧にして行ったんだよ。
でも、周りの反応の薄さ。スペシャルシートですら、やや盛り上がりにかけるコールとペンラ振り。
(※スペシャルシートが外れたオタクは、涙のスタンド席だったけれど、周りでコールが聞こえることはなかった)
熱意を持って「新しいもの」を楽しもうとしている層は、どこに行ったんですか…?
懐かしい曲で盛り上がるのも悪くない。
隣に居た2010年のミクパ以来ライブに行ったことないオタクは感動していた。
そういう初見の人でもいつでも参加しやすいものであり続け、感動して帰ってもらう。それも大事だ。
ライブ、いつの間にか「惰性」と「安心できる行事」になってないか?
「いつもの曲」を聴いて、「いつもの動き」をして、「ああ、今年もミクに会えたな」と満足して帰る。
それはそれで幸せなことかもしれないけど、それって盆踊りや初詣と同じじゃない?
でも、初音ミクのライブって、そんな「伝統芸能」を守るための場所だったっけ?
テクノロジーと音楽の最先端を走って、クリエイターとただのオタクたちの架け橋を用意してくれて、度肝を抜くような「未来」を見せてくれる場所じゃなかったのか?
武道館のミクフェスにはそれがあった。ボカロPが登壇して、演奏して、DJがフロアを沸かせて、「これが今のボカロだ!ついてこれるか!」っていう熱気があった。唯一無二の体験があった。
今回のローソンライブには、その「ヒリつくような挑戦」がなかった。
※だからといってマジミラにあるかと言われたら、ギリまだあるくらい。
私はまだこれだけ文句を言いながら通う。
来月のDECO*27の単独ライブも行くし、ポケミクも行く。地方開催があれば旅行ついでに行く。
でも、もし本丸である「マジカルミライ」までもが、今回のような「安心安全な懐古イベント」であり続けるなら、わざわざ東京まで遠征するのをやめるかもしれない・・・。
「これでいいや」って思ったら、そこが衰退の始まりじゃないか?
我々には、金はあるけど、時間は有限なんだ。
とりあえず、スモーク焚きすぎてミクが見えなくなるのだけは、そろそろ改善できるんじゃないですかね…!
■追記
今回、TLがローミクライブについて、とてつもない賞賛のあらしだった。
それを見て、私は自分の感覚がズレているのか思った。 「焼き回しだ」「進化がない」と感じたのは私だけなのか? と。
ということを考えた時にひとつ考えに至った。
恐らく、今新曲を聞いている層は「プロセカ」にいるのではないかと。
今の10代〜20代前半のファンにとっての「リアルライブ」は、初音ミクのライブではなく、「セカライ」なのかもしれない。
・若者層: 「セカライ」で、自分たちの世代のヒット曲と演出を楽しむ。
・30代以上(我々): 「マジカルミライ」や「今回のライブ」で、過去の遺産を楽しむ
金払いのいい古参ファン(我々)向けにチューニングせざるを得ない。
その結果、会場は「同窓会」化し、新規が入りにくいガラパゴス化が加速していく。
私はプロセカもプレイしているし、新曲を追うために課金もしている。
けれど、私が好きなのはあくまで「初音ミク」という存在そのものだ。だからこそ、ゲームのライブではなく、マジミラに足を運び続けている。
しかし、TLの反応を見る限り、今のここのファンが求めているのは「未来」ではなく、安心できる「同窓会」なのかもしれない。
結局、いろいろ御託を並べたけれど。
周りが純粋に楽しんでいる中で、一人で腕組みして「進化がない」「未来がない」なんて文句を言っているのは、変化を受け入れられない老害の始まりなのかもしれない。
2年休職して元の職場復帰できる人間の割合は、公務員・大企業正社員の方がアーティストよりずっと多いまであると思う(元増田の言う、同僚から温かく迎えられるという縛りを入れたとしても)
中道に票を入れる理由って、正直いくらでも考えつくのよね(入れない理由の裏返しとも言えるが)。
何を当たり前なこと言ってんだと思うのかもしれないけど、世の中の多くの人は大した理由もなく投票しているのよね。
いや、正確に言うと、ちゃんと言語化すれば誰にでも理由は存在するのだけれども、本人も言語化できてない「なんとなく」で投票している人が圧倒的に多い、という話。
それでいうと、中道には「なんとなく」で入れづらい雰囲気がある。現時点では。
なんというか、ネーミングにしてもバックグラウンドにしても、「君たちはここに票を入れる覚悟があるか」とふるいにかけられているような感じがある。
簡単に言えばポップさが足りないのだ。
2020年代に入り、特にコロナ禍を経てからのポップスのコード進行や楽曲構造の複雑化には、目を見張るものがあります。
コロナ禍で物理的なセッションが制限されたことで、アーティストが一人でPCに向き合い、情報量の限界に挑むような楽曲制作に没頭した影響は非常に大きいと感じます。
なぜこれほどまでに複雑化したのか、いくつかの視点で整理してみます。
かつての作曲は楽器を持って「手」の癖でコードを探していましたが、現在のDAW(音楽制作ソフト)上では、ピアノロールという画面を見ながらパズルを組み立てるように音を配置します。
非直感的な音の配置: 楽器が弾けなくても、画面上で半音ずらしたり、テンションノートを積み上げたりすることが容易になりました。
有名な複雑な進行(例:丸サ進行やIV-V-iii-viなど)をテンプレート化し、そこからさらに「裏コード」や「分数コード」をパッチワークのように繋ぎ合わせる手法が一般的になりました。
コロナ禍でリスナーの音楽視聴スタイルが「じっくり聴く」から「SNS(TikTok等)で秒単位で消費する」へと加速しました。
わずか2〜3分の曲の中に、転調、拍子変更、激しいコードチェンジを詰め込むことで、脳に強烈なフックを残そうとする「ハイパーポップ」や「ボカロ文化」の影響がメインストリームに逆輸入されました。
ライブでの再現性を無視できる環境だったからこそ、人間が弾くには難解すぎるジャジーで複雑なボイシングが多用されるようになりました。
特にJ-POPにおいては、Official髭男dismやKing Gnu、Vaundyといった、ブラックミュージックの素養を持ちつつDTMを駆使するアーティストが覇権を握った時期とも重なっています。
切なさを強調する和声が好まれ、さらにそこにブルーノートやテンションが加わることで、かつての「J-POP=王道3コード」という図式は完全に過去のものになりました。
アーティストが「内省」と「実験」に費やした時間 コロナ禍で外の世界との繋がりが断たれた結果、多くのクリエイターの関心は「自分にしか作れない、極限まで磨き上げた緻密な世界観」に向かいました。それが結果として、1曲あたりのコードの数や、予測不能な転調の多さとして表れているのは、音楽史的に見ても非常に興味深い現象です。
俺も少し前まではCDアナログレコードで音楽聴くのがイケてると思ってた。サブスクなんて音楽を軽く見てる若者が使うサービスだと馬鹿にして何年もサブスクに課金しないでCDとレコード聞いてた。ディスクユニオンに通い詰めてジャズの中古CD買い漁ってた。休日のディスクユニオンで新しいCDに出会うのが人生の楽しみだと思ってた。でも違ったわ。サブスクで無限に世界中の楽曲を聴ける環境を楽しめる人間が本当の音楽好きだわ。
自分がCDレコード派からサブスク派に変わった大きな理由の一つは レコードCDがいくら素晴らしかったとしても金は有限 だと気づいたから。
とんでもない大金持ちで無限にレコードCD買えるならレコード最高と言う権利はある。(実際にそういうガチの金持ちの年配の方もおられるだろう)でも大半は限られたお金の中でCDやレコードを買う。それだと出会える音楽の幅はどうしても狭くなるのよ。サブスクになると月1000円で無限に聴けちゃうのよ(ただしジャニーズの一部のグループはアルバム解禁してない)
なのに「俺は音楽を大事にしたいからちゃんとお金を払ってレコードやCD、配信を曲ごと購入で聴くんだ」という言い分はさすがにただのファッションじゃね?と思ってしまう。というか本当に音楽好きなら無限に聴けるサービスに飛びつくはずじゃん。飛びつかない人は何なの?CDレコード配信を曲ごとに購入で未だに聴いてる俺かっこいいというナルシストなの?もしくは限られたジャンル、アーティストしか聴かない人間か。だとしたらその時点で本当の音楽好きと言えるのかという疑問が出てくる。ちなみに年配のオーディオオタクの方々はとっくの昔にネットワークオーディオに移行してます。逆に若者のほうがファッションでレコード聴いてる人多いかもしれない。(若いと言っても年配の人と比べての話だが)
さーすがにサブスクで聴ける楽曲が増えてきたのでもうCDアナログレコード派はただのファッションと言い切って良い時代来てるよ。あの人種はレコードで音楽聴いてる自分に酔ってるだけです。まぁせめてサブスクは月3000円くらいに値上げしてアーティストに還元したほうがいいのではとは思う。
曲自体は3年前だけど最近もヘビロテということで Yem の "About 10 Hours of Doubting Myself"
https://soundcloud.com/styemmy/about-10-hours-of-doubting-myself
ピアノは「いりす症候群!」というフリーゲームの「10時間くらい天井を見ている」からのサンプリング。
https://www.youtube.com/watch?v=p3ETPa88EOk
曲自体最近の、ということであれば同じく Yem で "all of my tears, all of my hope" と "Glass Sky jungle" を
https://soundcloud.com/styemmy/all-of-my-tears-all-of-my-hope
https://soundcloud.com/styemmy/glass-sky-jungle
最近は yem, 4evrx, mindvacy, hkmori, kiyosumi, eslxst, TOKYOPILL, rehirable あたりばかり聞いてる
(要するにブレイクコアばっかり聞いてる)
eslxst と言えばやはり ...see you to_no_more がマジで狂おしいほど好きですが、なぜか直近で Youtube Music から曲が消えてまた別で登録しなおされるというのが起きてビックリした
(プレイリストに入れてた eslxst の曲が一斉に視聴不可能になった。たぶんチャンネルが変更になったっぽい?)
https://open.spotify.com/intl-ja/album/4cy4wLG7KtZQ9BWa0Rog53
サウンドクラウドのアカウントも無くなってるっぽい…一体何が……と思ったらreddit にスレ立ってた https://x.gd/la3LT
要約すると
・去年12/12ごろにYoutrubeやSpotifyなどから楽曲が削除された
・理由は不明ながら、アーティスト活動を停止したとか、イスラム教へ改宗したためだとの真偽不明コメントも
ってことだが、本当であればショックすぎる…
とはいえ現時点で Youtube Music に ...see you to_no_more を含め何曲かアップロードしなおされているので、Soundcloud 等はまだだけど徐々にではあるが復帰ということでいいのかな。だといいな。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7035ffcc5ae79242ff54cf12b370392cfedf4a28 | 長嶋一茂 ハワイで恐怖体験!? 早朝公園を歩いていると後ろに「2メートルくらいの黒人男性が」(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/51387154302087542f5d1d9125deb99ab7de8f49 | 壁の中の遺体は28歳女性看護師 49歳男が経営するバーに“宿泊”目撃も(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/7e203d965c7bdaa7fa0bb83d3fc193a0c3daea07 | 「久しぶりに見た井上真央」39歳の姿にネット二度見「え?」「びっくり」「変わった」「すっかり…」(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/448ca9b4b49ddd29f4b236e371ff93ecacb46938 | 「金与正が核ボタン押す」金正恩、マドゥロの“二の舞”にはならず(高英起) - エキスパート - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/20a8ce389933370c7138c0275587476ed99a6081 | 米国に突破された「ベネズエラ防空網」は中国製…技術流出の危機に中国「騒然」(中央日報日本語版) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/dfb1b91bcb0ad38a81aaee6e8eafad0ce80be6d2 | 「センターは私」金正恩を脅かす、偏愛する娘の"強烈な自我"の目覚め(高英起) - エキスパート - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/d86486621f8aff739cbd8af0a3645b8e516a496f | 有吉&綾瀬&今田の「ウソ臭い司会」に、若者の「不自然な鼻筋と二重まぶた」が目についた『2025年紅白』 一方で“聴き惚れた”アーティストは(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/722df9c83a000895b1056dfc71dd65c517ddb8b2 | 「さすがにマナー違反」「レベル低すぎ」大相撲初場所、人気力士の熱戦に“水を差す”残念な行為に批判相次ぐ(ABEMA TIMES) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/540d77067f1e9babad92e7be2f9b698f27c2986d | 自宅の掃除中に発見した「謎のプラスチック片」 まさかの正体に「なんでわかるんだよ」「AIより凄い」(LIMO) - Yahoo!ニュース
私もそうだ。
「奇跡とか軌跡とかね(笑)言葉遊びかよ(笑)やかましいわって感じだよね(笑)」
とか冷笑してたら、運動部を熱心にやってきたような友人に「捻くれすぎてるよ。やかましいわとか思ったことないよ」と言われたことがある。
でもなあ、アーティストとしての価値を下げるのは無理があると思う。
キャッチーで耳に残るメロディ。気持ちのいい曲の進行。意外に芯を食ってる歌詞(私には刺さらないけども)。
おまけに歌唱力がとんでもなく、テレビ番組でのパフォーマンスにも強い。
そりゃあ、売れるべくして売れてるアーティストだ。
人の好みってのはあるから、曲調も歌詞も、何もかも好きじゃない人はそりゃいるだろうけど。
でもそれは、その人の好みから外れていたというだけでしかなく。大衆から支持されてるというのが答えではないか?
ミセスを大したことがないアーティストだという人は、そういう大勢のファンをどう受け止めてるのだろうか。
バカな大衆が群がってると?それで、音楽の価値が分かる自分の感覚が正しいと思ってるのか?
本当に?
葬送のフリーレンの二期主題歌『lulu.』、すごくよかった。
二期の1クールでやるのは、おそらく黄金郷編の直前まで、じわじわと伏線を張っているあたりだろう。
フェルンの一級魔法使い合格によって、冒険の舞台が広がり、魔族との争いが過酷になってくる。
曲調が壮大すぎてフリーレンに合ってないという声もあったが、一期ならそうだけども、この辺りの話をやるなら割と妥当ではないだろうか。
フリーレンのヒンメルを思う気持ち、人々の故郷を思う気持ち、葬送のフリーレン全体に漂う切なさ、それらを上手い感じに表してると、個人的には思う。
私は、自分の人生をミセスの楽曲に投影させることはできず、日頃共感できないのでミセスを聞かないのだけど、何かのコンテンツへの楽曲提供として聞くミセスは結構好きなのかもしれない。
『BURRN!』という音楽雑誌がある。ハードロック/ヘヴィメタルの専門誌で、1984年に創刊された歴史ある雑誌だ。
私は1980年代のヘヴィメタル・ブームにこのジャンルに目覚め、1989年頃から欠かさず買うようにしていた。
当時はまだネットで情報が入手できる時代ではなかったので、誌面中央に掲載される海外ニュースや巻末のレコード・レビュー、
そして間に挟まるレコード屋の広告に載っているレア盤の情報などは、どれも貴重な情報だった。
雑誌の発売日は毎月5日。
いつもその日を心待ちにしていたが、近所の小さな本屋が発売前日の夜8時頃には棚に並べるのを発見してからは、4日がその楽しみの日になった。
雑誌を買って帰ると、表紙から最後の編集後記まで2〜3時間かけて熟読する。
そして、新譜情報や特集で紹介された過去の名盤のタイトルとアーティスト名をメモしてCDショップに買いに行くのだった。
渋谷のタワーレコードの試聴機でチェックしたり、WAVE、ディスクユニオンなどを巡って毎月10枚以上買っていたと思う。
西新宿の輸入盤店を巡ったりもした。あの頃、私の音楽の情報源の中心には間違いなくこの雑誌があった。
あれから40年近くが過ぎた。いい年していまだにヘヴィメタルは好きだが、最新のニュースやレビューはウェブで入手できるようになり、
『BURRN!』の発売当初は500円だった定価も、今や1,200円となり、ページ数は最盛期の190ページから145ページになった。
紙質が変わったので物理的に薄くなった気はしないが、情報量的には薄くなった気がする。
巻末の編集後記を見ると、かつて9人ほどいた編集部員も今や3人なので無理もないことだろう(顧問の伊藤政則氏を入れると4人)。
表紙を飾るのは相変わらず1980年代に活躍したアーティストで、巻頭インタビューや中綴じのポスターも当時の顔ぶれだ。
そして、かつては5ページはあった海外ニュースが今や1ページに凝縮され、そこで目にするのは馴染み深いアーティストの訃報ばかりだ。
最近は国内の女性バンドが多く取り上げられるようになったのが目立つ変化だろうか。
あんなに時間をかけて読み耽っていた雑誌が、今では10分ほどでページをめくり終えてしまうようになったのは寂しいことだ。
これから先も70〜80年代のアーティストの訃報は続くだろうし、編集部の世代交代を含め、雑誌としての持続性にも一抹の不安を覚えてしまう。
休刊するその日まで付き合い続けるという選択肢も考えたが、生活習慣や支出を見直す中で、どうしても優先順位を下げざるを得なかった。
何よりジジイになり、小さな活字を追うのが辛くなってきたという切実な理由もある。
これほど長い間、購入を続けた雑誌は他にないので、『BURRN!』には本当に感謝しかない。
お気に入りのアーティストつながりで新しいバンドを発見する喜びや、過去の作品群を掘り下げる探求の楽しみなど、
この雑誌がなければ私の音楽人生はこれほど豊かなものにはならなかっただろう。
思えば、かつてはパソコン雑誌も発売日を指折り数えて待っていたものだ。
それらも次々と姿を消し、今や「紙の雑誌」をめくる高揚感そのものが、ひとつの贅沢になりつつあるのかもしれない。
かつて愛読した雑誌を棚で見かけたら、その時はまた、気が向くままに手に取ってみようと思っている。
自分が好きなものを批判されて怒るのは日本オタク文化のアホなとこ
前提として批判はOK。発表されてるからね。外界に形を持つ以上は批判は人民の当然の権利。批判自体と関係ない擁護はNG。これが言論のルール。よく覚えよう
アーティストを昔から知ってるか知らないかも関係なく批判OK。古参しか批判できない訳がない。
ルッキズム思想を批判するのもOK。外界に形や影響を持つものとして現れた以上、そこから思想や影響を読み取られて批判されるのは当然
気持ち悪いのは多分、無知ゆえにオタクの発言を内面化した結果だろうけど、彼らはそもそも専門家ではないのでメチャクチャなことを言っている。トマトはキュウリだと言ってる人がいても別にキュウリにはならない