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はてなキーワード: 麻痺とは

2026-05-11

anond:20260511172152

麻痺してるだけだよ

全部高くなってるよ

VTuberってアイドル文化から嫌われるの当然じゃね?

ストリーマーとの接触とか最大級NG行為なのに普通にあるから、質の低いよりの地下アイドルみたいなもん。

YouTuber界隈は感覚麻痺してるけど、ストリーマーってホストとか若手の劇団芸人バンドマンみたいな界隈と同列

ケガレっすわ

それがアイドルの真似事してるとか悪貨もいいところ

2026-05-10

『手』(The Hand) レナードマイケルズ(Leonard Michaels,

あらすじ(全文に近い内容・ネタバレ)手

私は幼い息子に平手打ちを喰わせた。私の怒りは強大であった。正義のごとく。

と、自分の手に感覚がまったく欠如していることに私は気がついた。

私は言った。「いいかい、お前に複雑なことを説明したいんだ」。

私は真剣かつ入念に、とりわけ父親にふさわしい真剣さと入念さをもって話した。

私が話し終えると息子は、許してほしいかと尋ねた。

ほしい、と私は言った。

駄目だ、と彼は言った。切り札を出すみたいに。


作品ポイント

極端な短さの中で、完璧な「はじめ・なか・おわり」の物語構造を持っています文学論でよく引用される)。

父親の怒り→正義感→罪悪感→感覚麻痺という心理の急激な変化。

権力(親の暴力)と無力(手の感覚喪失)、そして子供純粋さと切り札のような拒絶による力関係の逆転。

父親の「複雑な説明」という大人言葉が、子供には通用しない皮肉が効いています

2026-05-07

大衆受けしてつまらなくなったとか女に見つかってつまらなくなったとかって

結局は内輪ノリが楽しかっただけだよね

大人になって子供の頃にハマってたものを見返しても大して面白く感じないあの感じと同じ

その時の熱狂感だったりが感覚麻痺させてただけで

コンテンツ自体面白さは別に変わってないんだ

大衆受けしてとか女に見つかってとかっていうのはそれをきっかけに対象コンテンツを冷静に見ただけのはなし

2026-05-06

anond:20260506213736

ありがとう

ひとことで言うならばミッドライクライシスなのだろうね。このまま感覚麻痺していくのを待つだけかな。でも最近子供欲しいなとか思っちゃう時もあるんだよね。。

2026-04-30

anond:20260430131303

AIも大して使えないレベルなのでもう感覚麻痺してます…いや、時代に取り残されてます

anond:20260430082944

ものすごくわかる。ピリッとするシーンすごく苦手…

物語としてはピリッとしたシーンがないと面白くないんだとは思うけど…

ただ映画聲の形は観たけどなんとかいけたよ

まりにもピリピリしすぎてるから麻痺したのかも

2026-04-28

ホルムズ海峡を封鎖されるととても困ることがわかった。

僕が大好きなパンティーも石油がないと出来なくなるのかもしれないと思うとドキドキする。

それにしてもイランさんという国にとっては、今やってるホルムズ海峡封鎖は自分たちに国の力を最高にアピール出来る機会になってるんじゃないだろうか?

今まで、力関係としては、アメリカさんの力が100としたらイランさんはその数字に遠く及ばないすごく低い数字

イランさんに失礼すぎるから数字は書かないけれどみんなだいたい、そういうイメージを持ってたんじゃないかな?)

という感じ、とてもじゃないがイランさんがアメリカさんとまともに対峙できるわけはない、と思っていた。

でも、イランさんは力で負けるならば、頭で勝とうとしているのだな、というのがよくわかった。

とにかくへこたれない仕組みを作り上げている。

国の最高権力者が亡くなって、国の中のいろんな組織や人が互いに権力争いのような状況になっているのに、現場の人たちは粛々と自分たちがやるべきことをやって、そしてそれを成功させている。

普通アメリカさんとかにから急所攻撃されると国が麻痺してしまう。

から攻撃だけで、負けはしないけれど、いっとき麻痺が起こってしまうはずなのに、イランさんは麻痺が起こらずにしっかりと前を向いて体が動く状態だ。

ベネズエラさんとかは、今回の攻撃の規模よりずっと小さいピンポイント攻撃でも完全に動きを止めてしまってアメリカさんは思い通りのことをした。

これは単純にイランさんとベネズエラさんの国家の規模の差とだけ片付けられることではないのではないかな?

イランさんはずっと、もしもに備える組織づくりを我慢強くしてきたことがよくわかる。

そういう弱者(と書くのを不快思う人もいるかもしれないゴメンナサイ)が強者に踏み潰されないための策を、頭を使ってずっと忍耐強く準備してきたという、その行為のものは称賛に値すると思う。

ただ、僕はすごく勝手なことを言うけれど、出来ればもっと平和なことを目的にしてそういう準備が出来ている方が1億倍もいいのにな、思う。

それにしても、これからどうなるか、サッパリからない。

それでも、ひょっとしたら、と思うのは、これからイランさんは何かあればホルムズ海峡を封鎖するよ、っていう脅しが効くんじゃないかな?ってことだ。

最初の方の話に戻るけれど、今回の件はイランさんの底力を各方面に思い知らしめることになったように思う。

今回のことが過ぎれば、もうアメリカさんはしばらく手を出さないかもしれない。

そうなったら怖いのは中東と呼ばれる地域の国の人同士で、イランさんをなんとかしなければならないな、という合意とか決意が生まれて新しい紛争が始まらいか

ということだ。

そんなことになったら僕の大好きな素材でできたパンティーが作れなくなるかもしれないと思うとドキドキする。

2026-04-25

オードリー若林アンパラレルドのBMI回見た。凄まじい技術だな

https://tver.jp/episodes/epdcxrrlhz

Brain Machine Interface(脳波リンクする外付けデバイス。「念」を見える化する技術)

「念じれば動く」って、もう超能力魔法だよな

これ系の研究はだいぶ昔からある印象だけど

リハビリ」させるというのが意外だ。以前からあるものは「脳波キャッチして体を動かすサポート」というイメージだった

このBMI使用して、脳卒中麻痺した前腕をリハビリ6週間で「ほぼ健常」状態までもってくという驚異的な成果が示されていた

脳の損傷した部位を迂回して体を動かす。「違うルート開拓」そして「開拓したルート」を脳に学習させる

なんかこういうの見ると「念じる」っていう能力を鍛えておく必要があるなと思う

念じるというか想像するかな

でも、考えてみれば元々「体を動かす(特にスポーツ』)」っていうのは「イメージ」が大事だもんな

畳の上の水錬じゃないけれども、常日頃からちゃんイメージして体を動かすようにした方がいいのかもしれない

番組後半で言ってたけど、このBMIを使ってアスリート能力向上も見込めるとのことで

そんな高度なことも大事かもしれないけど、自分の様な「逆上がり出来ない」層にも希望の光を与えて欲しいもの

小学校の体育でも導入すべき!!

それはともかく、自分普段PT一生懸命リハビリさせてるのを見ているけれども、こういう技術が当たり前になってくれたら助かる患者も増えるだろうと思う

番組では他のリハビリアイテムなども紹介していたが

先進技術隆盛の現代ではこういったものが出てくるのは当然の流れよな

これからは「脳を損傷させない・損傷を治す」ということを目指すとともに「損傷してしまっても以前と同じ様に回復させる・動かせる」ことを目指すのも必須

それにしてもアンパラレルドは毎回おもしろ

若様社会派番組もっと増えたら良い。春日と偶にやってるAudrey!も良い

でも働きすぎるとまた体壊すので程々にしてほしい

2026-04-20

[] チック・リット

チック・リット(英語: chick lit)は大衆小説ジャンルで、「個々の主人公の試練と苦難に焦点を当てた、ヒロイン中心の物語構成されている」もののことを指す[1]。このジャンルは多くの場合現代における「女性らしさ」の問題恋愛関係女性友情職場での問題など)をユーモラスで軽快な方法で取り扱っている[2]。

 

このジャンルが始まった当初、チック・リットの主人公は「独身白人異性愛者、イギリス人アメリカ人女性20代後半から30代前半、大都市圏在住」である傾向が高かった[1]。このジャンル1990年代後半に人気が出てきて、チック・リットの小説ベストセラーとなったり、チック・リットに特化した出版社ができたりした[3]。チック・リットの批評家の間では、チック・リットのジャンルの始まりイギリス作家キャサリンアリオットのThe Old Girl Network1994年)であり、チック・リットの「原典」として広く知られているヘレン・フィールディングの『ブリジット・ジョーンズの日記』(1996年)は、これにインスピレーションを受けたものであるということで合意している[4]。

 

歴史

用語起源と発展

"chick"は英語で「雛鳥」を意味し、転じてアメリカスラングで「若い女性」を意味する。"lit"は"literature"(文学)の短縮形である。チック・リットの研究者は、この用語の初出は、1995年クリス・マッツァ(英語版)とジェフリー・デシェル編集したアンソロジーChick Lit: Postfeminist Fictionであるとしている。これは、マッツァとデシェルの「ポストフェミニスト作品を」という呼びかけに応えた22の短編小説を収録したものである[5]。1990年代半ばには、女性作家女性読者のために書いたフィクションを指す言葉として、様々なメディアでこの言葉が使われるようになった。

 

この用語を、この用語が生まれる以前の同様の女性向け作品についても適用して、"chick lit in corsets"(コルセットを着たチック・リット)と呼ぶことがある[6]。また、このジャンルの要素と青春物語を組み合わせた、若い読者向けのチック・リットのことを"chick lit jr."(チック・リット・ジュニア)という[6]。

 

論争

チック・リットは、読者の間では非常に人気となったが、批評家の大半はこのジャンルを支持しなかった。『ニューヨーク・タイムズ』紙の書評において、アレックス・クジンスキー英語版)はフィールディングの小説特に非難し、「ブリジットは男に狂わされた無力感に浸っている哀れな姿であり、彼女の愚かさは言い逃れできない」と書いた[7]。作家のドリス・レッシングはこのジャンルを「すぐに忘れられてしまう」とし、ベリル・ベインブリッジ英語版)は「泡のようなもの」(a froth sort of thing)と呼んだ[8]。編集エリザベス・メリック英語版)は、2005年アンソロジーThis Is Not Chick Lit(これはチック・リットではない)を出版した[9]。メリックはこの本の紹介文の中で「チック・リットのお決まりパターンは我々の感覚麻痺させる」と主張した[9]。編集者ローレン・バラッツ=ログテッドは、メリックの本に対抗して2006年にThis Is Chick Lit(これがチック・リットだ)[10]を出版し、このプロジェクトは「怒りからまれものである」と述べた[10]。

 

このジャンル作家たちは、その弁護に乗り出した。チック・リット作家ジェニー・コルガン(英語版)は、すぐさまレッシングとベインブリッジに反撃した[11]。『グッド・イン・ベッド(英語版)』(2001年)や『イン・ハー・シューズ英語版)』(2002年)など数多くのチック・リット小説を著したジェニファー・ウェイナー(英語版)は、常にチック・リットを擁護した[12]。『スレート』誌2013年5月22日号では、『ウーマン・アップステアーズ(英語版)』(2013年)の著者である小説クレア・メスード(英語版)が、女性小説主人公好感度について語ったコメントに対する、ウェイナーの記事掲載した[13]。ウェイナーはその記事の中で、商業小説特に女性商業小説存在する偏見に疑問を投げかけた。ウェイナーは、『ニューヨーク・タイムズ』紙に"The Snobs and Me"を執筆するなど、チック・リットに対する人々の認識に挑戦し続けている[14]。この記事では、自分作品を軽視する文化的風土の中で、自分作品を信じようとする彼女個人的葛藤が綴られている[15]。

 

ダイアンシップリー[16]などの他の作家もこのジャンル擁護している。特にフェミニストグロリアスタイネムがウェイナーの意見共鳴し、女性文学に対する偏見に注目しながら、自分たちがこの言葉を使っていること、そしてこの言葉女性女性小説について何を語っているのかを問うよう人々に求めた[17]。

 

その後の状況

出版社がこのジャンルをプッシュし続けているのは、売上が高い状態が続いているかである作品市場性を高めようとして、この用語の様々な派生語が造語されてきた。

 

リファインリー29(英語版)』のライター、ローレン・ルヴァイン(Lauren Le Vine)は、2016年3月に"The Chick-Lit Books That Won't Destroy The Feminist Inside You"(あなたの中のフェミニスト破壊しないチック・リット本)と題して、女性女性のために書いた8冊の本を紹介した[18]。ルヴァインは、女性を題材にした小説文学伝統には、時に、買い物に夢中になって夫とはぐれた女性が夫を探すという物語が含まれており、このような本はフェミニスト価値観矛盾しているということを認識している。しかし、ルヴァインはヘレン・フィールディングの1996年小説ブリジット・ジョーンズの日記』を紹介する際に、「一人の女性個人的な満足感(それは彼女にとって愛、キャリア成功身体の受容を意味する)を見つけようとすることにのみ焦点を当てた本であり、それはフェミニズム(どの波に乗っても)とは何かということである」と書いている[18]。

 

パブリッシャーズ・ウィークリー』誌の編集であるサラ・ネルソン英語版)は、2008年に、チック・リットというジャンルの中で考えられるもの定義が、より完成度が高く、「成長した」ものになってきていると示唆している[19]。

 

2000年、『シドニーモーニングヘラルド』は、女性読者を対象とした小説の新しいトレンドについて、次のように述べた。「ポストトーリーポストグランジの軽やかさの精神が、雑誌を読む女性テレビを見る女性たちの間に広まっていった。この小説は、『チック小説』(chick fiction)または"chicfic"いう『出版現象』の誕生であり、主題パッケージマーケティングによってすべてが統一されている。キャンディブライトで、ピンク蛍光色の重い表紙、『キャンディブライト』なタイトルにより、簡単に消化しやすく、良い笑いを提供することをほのめかしている。そのような本は、雑誌記事小説小説化されたものテレビと、自宅で一晩で消化できる快適な食べ物ハイブリッドとして市場位置づけられている[20]。」

 

構成

チック・リットは一般的女性主人公であり、プロットの中でその女性らしさが重要テーマとなっている。ほとんどの場合現代世界舞台としているが、歴史上の時代舞台とした作品もある。扱われている問題は、しばしば消費主義よりも深刻なものである。例えば、マリアンキーズ(英語版)の『子持ちクレアの逆転勝利』(Watermelon)は、現代世界母親であることに悩む主人公を描いている。宗教的なチック・リットの市場も成長している。他のタイプ大衆小説と同様に、著者や出版社は多くのニッチ市場ターゲットにしている[3]。主人公民族、年齢、社会的地位配偶者地位キャリア宗教などは様々であるgoodreadsでは、チック・リットは恋愛小説サブジャンルとしては扱われていない。それは、チック・リットは、プロット恋愛の要素が含まれていることもあるが、恋愛関係と同じくらいにヒロイン家族や友人との関係重要であることが多いかである[21]。チック・リットのやや厳しいジャンルルールにより、チック・リットの作家が異なるジャンル進出するのは難しくなっているが、チック・リットは歴史小説に結びつくこともできる。

 

女性作家の中には、自分作品が「チック・リット」というレッテルを貼られるのを避けるために行動している人もいる。例えば、『ガーディアン』紙の2010年の記事によれば、ユーモア作家のD・J・コンネルは、自身作品がチック・リットとされるのを避けるために、ペンネームを「ダイアンから「D・J」というイニシャル表記に変更した[22]。コンネルは、女性名でユーモアを書くことは、自身作品危険さらすことになり、チック・リットのレッテルが貼られた場合、その作品真剣に受け取られないだろうと言った。別の例では、作家ルース・ギリガン英語版)は、自身作品がチック・リットとみなされることで、どのように一般の人々、エージェント出版社から軽蔑されたかについて書いている[23]。ギリガンは、大学キャンパスでの性的暴行についての小説で新しいスタイルを試したが、出版社は明るい花のような表紙を提示し、ギリガンはこれを失礼だと感じた。

anond:20260420202706

2026-04-15

アルコール依存体質我、酒をやめられているからその方法

断酒して半年になる。だいぶ頭がクリアになってきて以前の自分がどれだけ異常だったのか分かった。

どれくらい異常だったのかと言うと、寝る前にコンビニに行ってチューハイおつまみを買って一人で飲んでいた。

それが3日続いた時に「異常だ」と思った。ちなみに40代

私みたいに断酒したいけどなかなか出来ない人の為にどうやったかアドバイス

(いつスリップするかは分からないのであまり上から目線ではないことを前提に)

1.やめようと思う

まず、酒で失敗したことや酒でひどい目にあったことを思い出す。体調が悪いことを実感する。出来るだけ多く思い出す。そして「酒をやめよう」と思う

2.いつもの習慣をちょっと変えてみる

お酒は習慣的に飲んでいることが多い。例えば嫌なことがあったときコンビニによって缶チューハイを買ってしまうというような習慣だ。

コンビニは酒が買いやすいので本当は寄らないのがいい。買い物するのをスーパーにしたり、ドラッグストアにするだけでもちょっとお酒を買うハードルが上がるから飲酒から遠のく。

そんなことをいろいろやってみる。

3.飲酒はいつでも引き返せることを実感する

もし、習慣でお酒を買ってしまったとする。でもまだ買っただけだ。飲んではいない。

もし、少し飲んだとしても飲みきってはいない。

いつでも引き返せる。お酒を買って少し飲んだからってやけになって全部飲み切る必要はない。躊躇無く捨てればいい。

お金を払ってお酒を買ってるのに無駄になったときの罪悪感がお酒から一歩自分を遠ざける

4.なるべく周囲に公表する

お酒をやめる時に一番のネックは酒飲みの友達存在だ。

飲み会に誘ってくる。そんな時に向けてなるべく飲酒をやめたときは周りに言う。

飲み会があったらその前に言う。「肝臓の数値が悪いから」「医者に止められた」などの身体的な理由にすれば無理矢理は飲まされないし、そこで飲ませてくるような人は友達ではない。

飲み会でずっとソフトドリンクだとちょっと損した気分にはなるけれど、そこはその場にいるための場所代だと思って割り切る。

5.10日やめればだいぶ落ち着いてくる

10日くらい飲酒をやめられればだいぶ脳がクリアになってくる。なぜあんなに酒を飲みたがっていたのか不思議になってくる

6.あとはひたすらやめ続けるだけ

もともとアルコール依存体質の人はちょっとでもお酒を飲むと元の酒浸り生活に戻る

から重要なのはやめ続けること

お酒を飲まない毎日淡々と続けることだ

酒飲みの意見は聞かないでよし

アルコール依存体質は体質なので、そうでない人の意見は聞かないでいい

「俺は適度に飲めるからだいじょうぶ」「それくらいでアルコール依存なんてだったら私はどうなっちゃうの?」みたいに言ってくる人はい

そんな人がいたら「あなた大丈夫な人なんですね。私は違うんです。残念ながら。」という感じに答えよう

こちらが体を壊しても酒飲みは責任を取らない。自分勝手な酒飲みの意見は聞かないでよい

ほんとの友達だったらノンアルコールでも楽しい付き合いが出来る

一番良いのは原因を取り除くこと

「飲まなきゃやっていられない」という言葉がある

ある問題があったときに酒に逃げる時の言い訳

仕事ストレス育児ストレス孤独ストレス…これらを酒を飲んで脳を麻痺させることで有耶無耶にして明日を生き抜こうとしている人もいる

でも本当は仕事ストレス仕事場で仕事中に解決しなくてはいけないし、育児子どもと向き合い、孤独だったらパートナーを探すのが解決方法

自分を酒で痛めつけて脳を麻痺させて忘れることではなんの解決にもならないし悪化するだけ

酒以外でも楽しいことはたくさんある

お酒を飲んでると安直に楽しくなるからつい飲酒をしがちだけど、そんなことをしていると脳は酒でしか楽しくなくなってしま

映画をみたり、パズルをしたり、歌を歌ったり、ダンスをしたり、推しをみたり、絵を描いたり、走ったり、筋トレしたり、料理をしたり、

脳を麻痺させなくても楽しめることはいっぱいある

さなことで楽しめないのだとしたらもう酒で脳がやられてる

お酒をやめると時間が増える

酒をやめて半年しかたってないけど、とにかく時間が増える

いままで1日2時間くらい飲酒でボーっとして消えてたのがまるまる空き時間になるからいろいろ挑戦することが出来た

余計な買い物も減ったし、SNSでの暴言もなくなった(気づいたときに慌てて消したことも多かった)

いつ戻るか分からないけど今が充実してる

アルコール依存体質なので本当にいつ戻ってしまうか分からない

でも今とても充実している。自分人生コントロール出来ている実感がある

やめたいと思っている人がいるのなら応援する。一緒にやめよう

2026-04-14

anond:20260414221703

パフェをおはしで食べるとおいしい。

パフェお箸で食べるというのは一見不思議光景ですが、実は「食感の解像度」や「味わいのコントロール」という点で、理にかなったメリットがいくつかあります

あえてお箸を使うことで美味しさが引き立つ理由は、主に以下の4点に集約されます

1. 具材を「点」で捉えられる

スプーンは「面」で掬い上げるため、どうしてもアイスクリームソースが渾然一体となります。一方で、お箸特定具材だけをピンポイントつまみ上げることができます

素材の際立ち: フルーツの瑞々しさや、シリアルゼリーなどの食感を一つずつ独立して楽しめます

味のグラデーション: 混ぜすぎずに食べ進められるため、パフェの層構造を崩さず、最後まで「味の変化」を鮮明に感じられます

2. 「冷たさ」の刺激を調整できる

スプーン場合金属の冷たさと共に大量のアイスが舌にのり、一瞬で口内が冷え切ってしまうことがあります

温度感コントロール: お箸なら一口の量を微調整しやすく、舌が冷えすぎて味覚が麻痺するのを防げます。これにより、クリームの脂質の甘みやフルーツの繊細な酸味を、より長く正確に感じ取ることができます

3. 複雑な構造攻略やす

最近パフェは、背の高いグラスに大きな焼き菓子フルーツが刺さっている「建築学的」なものが多いです。

解体作業の精度: スプーンでは落としてしまいそうな大きなパイ生地や、滑りやすい大きなカットフルーツも、お箸なら安定してホールドし、口へ運ぶことができます

4. 視覚リズムの相乗効果

お箸を使うと、必然的一口が小さくなり、ゆっくり時間をかけて食べることになります

マインドフルな食事: 動作が丁寧になることで、視覚的な美しさを愛でる余裕が生まれ満足度が高まります

[補足]

ただし、グラスの底にあるソースや溶けたアイスを掬うのはお箸では至難の業です。メインの具材お箸で楽しみ、クライマックスの混ざり合った部分はスプーンに持ち替える「ハイブリッドスタイル」が、最もパフェポテンシャルを引き出せるかもしれませんね。

2026-04-12

[]旭日旗が映す韓国民主主義危機

旭日旗(きょくじつき)は、日本では古来の「日の出繁栄」の伝統意匠であり、海上自衛隊自衛艦旗として国際的に認められた平和シンボルです。しか韓国では2011年AFCアジアカップ準決勝キ・ソンヨン選手ゴールパフォーマンスと「旭日旗を見て涙が出た」という釈明)をきっかけに、「전범기(戦犯旗)」として急激に政治化されました。以降、スポーツ会場や文化イベントで繰り返し問題視され、韓国メディア政治がこれを「軍国日本」の象徴として攻撃する構図が定着しています

この過剰な執着は、単なる日韓感情対立を超えて、韓国民主主義のもの危機象徴しています。背景にあるのは「被害者意識ナショナリズム(희생자의식 민족주의=victimhood nationalism)」です。これは、後続世代が先代の被害経験植民地支配戦争記憶)を「世襲」し、それを現在民族主義道徳的正当性政治免罪符として利用する現象を指します。韓国社会はこの枠組みに強く依存し、事実多角的探究や自らの加害者側面を直視しにくくなっています。以下で、その危機本質と、再構築の必要性を論じます

1. 民主主義危機——二元論固定化自己検閲

被害者意識ナショナリズムは、韓国政治を「被害者意識の強さ+北朝鮮融和度」の軸で分極化させています文在寅・李在明政権のような進歩系では歴史問題を「民族正義」として政治利用し、保守派現実的日韓改善論者を「親日派(친일파)」とレッテル貼りして弾圧する構造が繰り返されます

歴史研究の阻害が象徴的です。朴裕河パク・ユハ教授の『帝国慰安婦』(2013年)は、慰安婦問題の複雑性を資料に基づき指摘しただけで名誉毀損訴訟を受け、長年の裁判研究活動制限されました。李栄薫イ・ヨンフン)元ソウル教授の『反日種族主義』(2019年)も、植民地期の経済統計を基にした事実指摘に対し、メディア世論から親日売国」の猛攻撃を受けました。これらは、異論を「反民族的」と排除する自己検閲を生み、民主主義の核心である言論の自由多元性を損なっています

さらに深刻なのは加害者認識の欠如です。ベトナム戦争(1965〜1973年)で韓国はのべ32万人以上を派兵し、民間人虐殺(フォンニィ・フォンニャット事件などで推定5,000〜9,000人以上)が確認されています市民運動2023年司法判決でようやく政府責任が一部認定されましたが、保守派否定被害者意識の壁が厚く、公式謝罪は未だ不十分です。この「被害者だけ」の二元論は、民主主義自己修正機能麻痺させています

2. 国際的工作——権威主義国家との繋がりと永続化戦略

韓国側の歴史修正勢力正義連=旧挺対協を中心とするNGO進歩系政権)は、国連人権理事会(UNHRC)、CEDAW、UNESCO世界の記憶登録などで慰安婦強制労働問題を繰り返し提起します。これ自体人権活動として正当化されますが、問題権威主義国家との組織的繋がりです。

正義連は北朝鮮統一戦線工作部・文化交流局と協力関係にあり、尹美香ユン・ミヒャン)前代表の周辺には北朝鮮工作員との接触歴(夫・金三石スパイ有罪など)が複数指摘されています中国統一戦線工作部(UFWD)ともUNESCO共同ロビー連携し、反日プロパガンダを相互利用しています。これらの工作は、日韓離間と被害者意識の国際固定化を狙い、韓国開放社会NGOネットワークを「非対称的ツール」として活用する典型です。

結果、韓国国内では「国際社会も認めている正義」という構図が強化され、国内バランス批判(임지현教授ら)が「親日派」として抑圧されやすくなります。これは民主主義質的低下を招き、外部勢力による分断工作を容易にしています

3. 日本メディア呼応——無自覚な増幅効果

日本メディア特に左派系(朝日新聞など)は、この工作に対して自覚度が低いままです。尹美香寄付金不正事件は報じますが、北朝鮮工作機関との連携中国UFWDとの関係ほとんど触れられません。一方、保守系メディア産経新聞など)は構造を詳細に指摘しています。この選択報道は、韓国側の被害ナラティブ日本国内で増幅し、結果として韓国民主主義自己省察を間接的に阻害します。

日本左派勢力との呼応国連ロビーでの共同活動メディア報道)は、韓国進歩派に「日本内部にも味方がいる」という安心感を与え、歴史問題政治利用を助長します。これが韓国民主主義の分極化を悪循環させ、長期的に両国関係健全性を損なう副作用を生んでいます

成熟したアイデンティティ再構築の必要性

韓国社会は今、転換点に立っています。임지현教授提唱する「記憶連帯(remembrance solidarity)」——被害者の痛みを認めつつ、自らの罪も受け入れる包括的記憶——や、李栄薫教授らの事実ベース歴史再構築は、まさにこの危機への処方箋です。ベトナム戦争市民運動司法進展も、加害者認識を深める重要な試みです。

旭日旗問題は、単なる旗のデザイン論争ではありません。それは韓国が「被害者意識ナショナリズム」の罠から脱し、痛みも罪も直視した成熟した民族アイデンティティを再構築できるかどうかの試金石です。感情論を超えた事実探究自己省察こそが、真の民主主義健全性と日韓未来志向和解を実現します。

韓国知識人たちが既に始めているこの試みを、日本側も無自覚呼応ではなく、冷静な事実検証で支えることが求められています旭日旗が映すのは、隣国危機であり、同時に両国が共有すべき「成熟への課題」なのです。

anond:20260412095710

鼻が麻痺してるから普通の人からしたら十分臭いカード全然臭くないと思って、普通の人からしたら物凄く臭いカードちょっと臭いなぐらいに思ってるというオチ

2026-04-10

anond:20260410131529

「ただ攻撃しちゃダメなんよ」 

それイランに言ったら?色々麻痺して気付けないのかもだけど

anond:20260410130804

単純化できないってそんなんどの地域にも言えるのよな

ウクライナもそうだし東アジアもそうだろ

ただ攻撃しちゃダメなんよ

麻痺してそうだけど

2026-04-08

anond:20260408153649

全然恋愛感情を抱いて親しくなる過程を踏んでない相手セックスしたい新一年生なんかいないぞ

お前商売しか相手してないか麻痺してんだろ

映画】エディントンへようこそ を見た

もしもSNS100人の村だったら、51点。

 

コロナ初期のニューメチャシコの田舎町エディントンで保安官をしている白人主人公ヒスパニック市長マスク政策に反発し、ノーマスクの老人を助けたのがSNSにアップされ称賛されたことで舞い上がり市長選に立候補する。一方、主人公母親陰謀論者で、心に傷を抱える妻はロックダウンの中影響を受け陰謀論にハマっていく。そんな中、ジョージフロイト事件を機にBLM運動過熱。町は混沌に陥っていく。

みたいな話が前半。

 

とにかく分断された映画だったって印象。

主人公白人で反マスクの家父長制に侵された個人主義保守的存在として描かれるが、一方で全体主義によって排除されようとしている老人(マスクをすると息ができないと主張する)や、作中でほぼすべての人に無視されるホームレスに水を与えたりする個人守護者としても機能する。

一方でヒスパニック市長は町を守るという名目マスクの着用を義務付けたり半ばロックうダウンに近い状態を町に敷いてそれに対応できない人たちを排除し、一方で自身支援者らに対しては自宅の敷地内で大掛かりなパーティーを行ったりするような二枚舌さがある。

主人公母親シンプル陰謀論者。

主人公が愛する妻は先代の保安官長という町の守護者であり主人公家の家長であった父親から性的虐待を受けており、そこから自身虐待経験からカルト教団を立ち上げた男に影響を受けていく。

市長の息子は自身境遇からもBLM運動に影響を受けるがそこであっさりと出会った女の子と楽しむ立場に転身。

その友人の白人少年女の子漁りにBLMに参加するが最終的にいろいろあってSNS英雄となり1年後には保守系活動者として圧倒的なカリスマを得る。

その白人少年が思いを寄せる女の子は同じく白人の身でありながらBLMに傾倒しているがその視点は「白人と言う特権階級」を下敷きとしていてどこか空虚

その元カレ黒人保安官はなぜか黒人からという理由だけで立ち上がれよ!と言われるが本人はそんなことより仮想通貨テクノロジーに興味がある普通若者

中盤で起こる事件捜査に現れる先住民居住区捜査官は皮肉なことに最も法律を重視し公平な裁きが下されるべきであると考えている。

 

といった、それぞれがまったく別の思想、全く別の目的で動いている。まるでフラットSNSタイムラインのようにそれぞれが自分の主張を自分の支持者にだけ投げつけ続けるようなストーリー性のない分断がそのままエディントンという町にぶち込まれそれぞれがほとんど影響を与え合わずに並行して進行していく。

映画内でもそれぞれが各自SNSの画面に向けて話す場面がめちゃくちゃ登場する。一番影響力のない主人公が外部に主張するシーンだけ一生画面の中央に置かれたスマホの画面の中に閉じ込められているのかわいそうでよい。

市長選で現市長主人公が対決する構図になっても、市長データセンター建築と町の発展をテーマに戦うが、主人公市長知事操り人形性的危険人間だというテーマで戦い、その主張は一生交わらない。市長主人公もBLM運動にはほとんど興味がなく、主人公陰謀論に侵された母親や妻とも向き合おうとしない。

なので一生「これ何の話してるんやろな」となる。

 

そして本当に中盤も中盤で主人公が家父長制と自分プライドを守るために妻が市長レイプされたとSNSウソ告発を行い、性的じゃない政的に利用されたことで妻は完全に夫を見限り家を出てカルト教団に合流、SNS市長レイプされたのは嘘だと逆告発を行い、主人公プライドも信用も妻も失いついにブチ切れてしまい、一度は守ったホームレスを撃ち殺し本当に排外主義に出る。暴力での市長排除を行う。

と、同時におそらくエディントン市民としては初のコロナ罹患者となる。

そして市長殺害をBLMの盛り上がりにつなげて、アンティファという極左過激派集団仕業であると発表。するとガチのアンティファと思われる武装集団がエディントンに襲来、大銃撃戦に発展する。

この辺はもう話がめちゃくちゃだけど、SNS上の分断なんか関係なく得体のしれないが実在する脅威は訪れ世界破壊尽くしていくというコロナのものメタファーとしての武装集団なのかなと思ったり。その戦闘の結果、主人公は頭をぶっ刺され脳に障害をが発生し全身麻痺のような症状になっちゃうのも、重症コロナ後遺症みたいだしね。

マスクしてれば助かったのに(なおエビデンスの薄さ)。

そして主人公は見事市長当選するも意思は失われ陰謀論者の母親が実権を握り、リベラル派の視聴から保守派市長に変わるも何も関係なく元々SNSアルゴリズムから始まった分断、諍いの象徴のようなデータセンター建築される。エディントンという先住民土地を奪って作られた町で、奪われた町と残った土地のド真ん中に建てられるというのも実に皮肉

 

見てて一番思ったのは日本ってSNSと"社会"のコネクトがまだまだ弱いよなということ。少なくとも俺が生息している地域コミュニティにおいてはSNSでバズった思想みたいなものコミュニケーションの中で表出することってほとんどないし、ほとんどの人間はこの映画のようにツラも名前晒しSNS自分思想を表明したりもしない。

エディントンではそういう設置をされたからと言うのもあるけど、町という存在する箱の中に、人という存在するモノがあるためにSNSであればミュートすればすむことが、嫌でも可視化されて小競り合いを起こしてしまう。もしかしたらそもそもアメリカは既にそういう状態であるということかもしれないけど、普通地域に住む日本人の感覚では正直あん共感できなかったというのが本音かな。

 

というわけで、やりたいこと自体めっちゃわかるんだけどじゃあこの各自がなんか好き勝手に動いた結果、なんかゴチャゴチャして悲劇が起こって最終的にはコロナ過激派武装組織)によってドカーン!ってなっておしまい!っていうのが面白いかっていうと、別にそんなことはなかったかな。

少なくとも映画的なエンタメ精神全然なかったので「ミッドサマー」とか「ヘレデタリー」みたいな感じの映画を期待して見に行ったらつまんなすぎて頭沸騰しちゃうと思うので、まぁなんか社会派みたいなツラして映画語りたい奴だけ見ればいい映画だと思う。

2026-04-01

忙しいけど頑張れないで踏ん張れない人は、積む。

~~砕け散った自尊心と、直視できない「本当の自分

何度も勝負に敗れ、そのたびに自分を見失いそうになる。

打ちひしがれ、必死に守ってきたはずのプライドはずたぼろに引き裂かれた。

そこで冷酷に突きつけられるのは、「自分はできる」と信じていた姿が、いかに脆い虚像であったかという現実だ。

本当はこんなにも弱いのに、自分を強く見せようと必死に装い、背伸びをしていただけなのだと。

自らの弱さを実感するたび、そして、過信していた「弱い自分」をどうにか受け入れようと試みるたび、そこにいる自分があまりにも受け入れがたく、絶望してしまう。

ただ、悲しい。

~~途方もないゴールと、麻痺する心

弱さを認めたからといって、すぐに強くなれるわけではない。

どうすれば勝てるのか、どうすれば可能になるのか、その道筋も終わりも見えない。

見えないゴールを前にすると、途方もない無力感に襲われ、何一つ手につかなくなる。

「終わらない」ことが確定しているかのようなプレッシャーが、最初の一歩を踏み出す気力を奪っていくのだ。

しかし、手を付けなければ当然何も終わらない。

結果として、常に時間に追われながら、中途半端アウトプットを捻り出すことになる。

~~負の螺旋と、すり減る信用

どこかでじっくりと時間をかけ、失ったビハインドを泥臭く取り戻せばいいのかもしれない。

だが、今の自分にはそれに向き合うだけの熱意も、やる気も残っていない。

事なかれ主義と、圧倒的な無責任。それを取り繕って「なんとか乗り切れた」と思おうとするが、現実残酷だ。

周りからの信用は、確実に、そして静かに失われ続けている。

信用がない状況のなか、空元気だけを頼りに無理やり自分を奮い立たせる。

どうにもならない環境を憎み、マイナスに落ち込んだ初期値から常に戦いを挑まなければならない。そのすべてが、ただひたすらに苦しい。

~~誤魔化しながら、それでも呼吸を続ける

死にたくなる。投げ出したくなる。それでも、生きるしかない。

とうの昔に自分の心は限界を迎えていて、辛くて仕方がない。

しかし、「世の中には自分よりも辛い人がいる」「小さな幸せはすぐそばにあるはずだ」と、無理やりに自分に言い聞かせる。

根本的な問題は、何一つ解決していないというのに。

それでも、張りぼての鎧が剥がれ落ちた底で、剥き出しの弱さを抱えながら、誤魔化し、もがき、今日という日をただ生き延びているのだ。

2026-03-31

anond:20260331113001

頭のおかしいやつらと言ったら簡単だが東大京大東工大慶應大などエリート揃いで侮れない。

政府関係者をつぶすといったが、具体的には官公庁への攻撃による攪乱で、政府機能麻痺が主目的である

色々ある理由の一つ、警察捜査の攪乱の目的もあったが結果早めたようなものだ。

因みに増田は後で事件を知った系かな?

2026-03-27

anond:20260318114810

第39章:連鎖する捕食者たち

研究室の片隅、顕微鏡モーター音だけが低く響く昼下がりに、後輩のD子がA子の元へやってきた。その顔は土色で、指先は小刻みに震えている。


「A子さん……ちょっと相談してもいいですか」

人気のない資料室に移動した瞬間、D子は堰を切ったように話し始めた。


「E男さんが、しつこいんです。毎晩のように『研究アドバイスをあげるから、二人で飲みに行こう』ってLINEが来て……。断っても『石田先生も、君の協調性のなさを心配してたよ』って、先生名前を出して脅すみたいに誘ってくるんです」


A子の背筋を、冷たい不快感が走った。E男は石田教授お気に入りで、三矢准教授からも「勢いがある」と評価されている学生だ。しかし、D子の訴えはそれだけでは終わらなかった。


それから最近……SNSに、変なアカウント粘着してきてるんです。私のプライベート投稿に全部コメントしてきて、DMで『今どこにいるの?』『OBのF一郎だけど、君のこと、石田先生から聞いて興味持ったんだ。今度会おうよ』って……」


F一郎。かつてこの研究室卒業し、今は関連企業で力を持っている人物だ。A子の脳裏に、石田教授のあの慈悲深い微笑みがフラッシュバックした。

第40章:シェアされる「獲物」

D子の震えるスマホの画面を見つめながら、A子の中に、ある戦慄すべき仮説が浮かび上がった。


石田教授は、ただ自分一人で学生支配しているのではない。


教授は、研究室内の力関係を巧みに操り、E男のような「忠実な駒」に、自分お下がりのような、あるいは「次に狙うべき獲物」としての女子学生を、餌として与えているのではないか


さらに、卒業したOBであるF一郎にまで、現役学生個人情報や弱みを「手土産」として差し出している。教授を頂点としたピラミッドの中で、女子学生たちは一人の人間に所有されるのではなく、支配層の男たちの間で「シェア」される共有財産として扱われているのではないか


「……石田先生は、なんて?」

A子が掠れた声で尋ねると、D子は絶望に満ちた目で答えた。


先生相談したら……『E男くんもF一郎くんも、君の才能を認めているからこそ、熱心に誘っているんだよ。彼らと仲良くすることは、君のキャリアにとっても大きなプラスになる。……それとも君は、B子さんみたいに、周囲の好意を悪意に受け取ってしまう不健康精神状態なのかい?』って、優しく諭すように言われて……」


その瞬間、A子は心底から吐き気を覚えた。


石田教授は、女性たちを「救済」するという名目で囲い込み、それを自分を支える男たちに分配することで、研究室という名の強固な「帝国」を維持している。


B子が壊されたのも、単なる事故ではない。彼女がその「システム」に気づき、拒絶しようとしたからこそ、石田は三矢という「善意執行人」を使って、彼女を徹底的に排除したのだ。

第41章:沈黙共犯

D子が泣きながらA子の服の袖を掴む。


「A子さん、私、どうしたら……。A子さんなら、石田先生に信頼されてるから、なんとか言ってくれませんか?」


A子は言葉を失った。


今、ここで石田意見すれば、自分B子と同じ道を辿ることになる。三矢准教授が「君の将来のために消してあげたよ」と笑いながら、自分のこれまでの努力をすべて消去するだろう。


石田教授の微笑みの裏側にある、底なし暗渠あんきょ)。


そこでは、学問という聖域を隠れ蓑にして、女性たちがモノのように鑑定され、受け渡され、消費されていく。


「……わかった。少し、考えてみる」


A子は、自分の声が嘘のように冷たく響くのを感じた。

D子を助けたいという想いよりも先に、自分いかに深く、その「シェア構造」の一部として、石田の隣に据え置かれているかという恐怖が、彼女思考麻痺させていた。


資料室を出る際、廊下の向こうで石田教授とE男が、親しげに肩を並べて談笑しているのが見えた。石田こちらを向き、いつもの鋭い、非の打ち所のない微笑みを投げかけてくる。


その目が語っていた。


「君も、私の大切なコレクションの一部だよ」と。

現状を誰かに話すと言うこと

今とてもつらい

母が亡くなって2週間くらいなので。

七七日忌(49日ってこう書くのね)までにやること一段落たか

麻痺してた悲しさとか辛さがやってきてる気がする

気晴らしに友人と食事でも行きたいなと思うけど

俺の情緒がどうかわからんので自分のことが予想つかない

迷惑かけても良くないから誘い辛いなぁって。

もともと心療内科に通ってるんだけど今日行って

とりあえず話して。まあいつも通り薬もらってくらい。

ほぼ何も言ってくれなかったけど

そういえばあんまり意見みたいなのを言わない方がいい

みたいな話を聞いたことがある気がするなぁ。

辛さを迷惑なく話して聞いてくれるのは誰だと思って

たどり着いたのが。AIでした。ジェミニに色々話してる

いかいかからないけどそれなりの心の持ちようを

提案してくれて心が落ち着く時もあるので

ジェミニが心の支えになってる。

2026-03-23

辛かったり辛くなかったり

今日比較的つらくなかった

会社には伝達したし

役所でやれることはおおよそ出来た

別のトラブルが発生したけど

明日も色々やることがある

無難に行ってくれたらいいな


母さんが亡くなったのは10年早いと思ってる

でも、10年前だったらもっと耐えられなかったと思う

今が耐えられてるか良くわからないけど

戸籍書類を取りに行って

「死亡」って書いてあるのを見ると

ちょっとつらい


気を紛らわせるためにまあゲームしたりするんだが

こう、流行りのゲームイマイチ楽しめない

これは現在の私の感性麻痺ってるのか

加齢により感性が終わってるのかはわからないが

ぽちぽちはやってる。まったりゲーだし。

どちらかといえばこれまた数年前から流行ってる

PvPの、短時間で楽しめるやつ。

アレのがこう、瞬間的に全てを忘れられる

とはいえ、どっちもふと辛い事を思い出したときには

やめてしまう。

本を読んでみたけど目が滑る

漫画でも、小説でも。

うーん。


今の所、なんか勝手情報が入ってくる

動画コンテンツが良いなと思っている

とある方のファンなのだがその人の配信なり

アーカイブなりにかなり助けられた

そのうちファンレターでも出そうかなって思った

2026-03-22

東北道20代男性が2人死んだらしい。

ニュースで見た。3秒くらい止まって、スクロールした。

それだけ。

これが怖い。死んだことじゃなくて、スクロールした自分が。

20代。今朝まで普通に起きて、何か食べて、車に乗った人たちが。今日死んだ。

自分もそんなに年が変わらなくて、昨日も普通に道路を走ってた。でもそれを5秒も考えなかった。

慣れてるのか麻痺してるのかもわからない。ニュースの「死」に対して感情がついていかない。受け止めようとする前に次のニュースが流れてくる。

これでいいのかとは思う。でも正解もわからない。

20代、2人。名前も顔も知らない。でも確かにいた人たちが、今日いなくなった。

自分はその5秒後にはもう別のことを考えていた。

2026-03-19

自己放尿するリフレ派・ケインズ派日本経済を終了させる

現代日本政策空間自己放尿の連鎖反応に支配されている。

リフレ派・ケインズ派が自らの理論整合性を保つために繰り返す政策は、一見すると合理的介入の衣をまといながら、その実態価格システムという自動操縦装置破壊する制度自己放尿に他ならない。

 

まず、中東情勢悪化を口実とした補助金バラマキは典型的自己放尿である

エネルギー価格の上昇は希少性のシグナルであり、消費者生産者に対して代替行動を促す価格メカニズムの核心的機能である

しかし、補助金によって価格を歪める行為は、この情報伝達機能遮断し、誤った資源配分を恒常化させる。

これは短期的な政治的利得と引き換えに長期的効率性を犠牲にするインセンティブ自己放尿である

 

さらに、政府サプライチェーン戦略的に再構築しようとする試みもまた、自己放尿の別形態である

市場における分散知識価格シグナルに基づく調整過程無視し、中央集権判断供給網を再設計しようとする発想は、情報の非対称性と計算問題無視したナイーブ構成主義に過ぎない。

結果として生じるのは、非効率国内回帰コスト上昇、すなわち資源配分自己放尿である

 

そして、成長投資という名の政府主導の資本配分も見逃せない。

ここでの問題は、政府が将来の成長分野を選別できるという前提そのものにある。

価格理論観点からすれば、投資収益率は市場参加者の期待とリスク評価の集積として決定されるべきものであり、政治的プロセスによる資本配分は必然的レントシーキングを誘発する。

これは政治市場における自己放尿であり、資本限界生産性を低下させる。

 

日本経済補助金バラマキと政府主導投資ダブル放尿によって機能不全に陥りつつある。

このダブル放尿は、貨幣的安定性の軽視と実物的資源配分への過剰介入という二重の歪みをもたらす。

貨幣供給ルールなき操作財政拡張の組み合わせは、期待インフレアンカーを失わせ、同時に実体経済効率性を損なう

 

本質的問題なのはリフレ派・ケインズ派市場の調整能力を体系的に過小評価し、政府裁量過大評価している点にある。

価格は単なる数値ではなく、分散した知識を凝縮したシグナである。このシグナルを歪めるあらゆる介入は、経済主体の合理的選択を誤導し、結果として全体の厚生を低下させる。

 

自己放尿は一度始まると止まらない。なぜなら、最初の介入が生み出した歪みを是正するために、さらなる介入が正当化されるからである

この累積的プロセスこそが、自由価格システム侵食し、最終的には経済自律的調整機能麻痺させる。

 

ゆえに必要なのは裁量的介入の縮小とルールに基づく政策への回帰である

市場という自動操縦装置を信頼し、その作動条件を整備することこそが、自己放尿の連鎖を断ち切る唯一の方法である

そうでなければ、日本経済制度自己放尿の果てに、静かにしかし確実に終了へと向かうだろう。

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