はてなキーワード: 意志とは
これを単なる「放課後のスポーツや文化活動」と解釈しているうちは、日本社会の本質を捉えることはできない。部活とは、教育という美名の下に偽装された、日本独自の「空気」の醸成機関であり、極めて強固な「小宇宙」としての共同体なのである。
西洋的なスポーツの概念では、それはあくまで個人の「楽しみ」であり「技術の向上」を目的とする「遊び(Game)」である。しかし、日本の部活においては、それが「野球道」や「剣道」といった具合に、容易に「道」へと転化してしまう。
ここで言う「道」とは、論理的なルールを超越した絶対的な規範である。そこには、外部の人間には到底理解しがたい、以下のような特質が見て取れる。
儀礼の絶対化: 挨拶の角度から、道具の手入れ、グラウンドへの一礼に至るまで、機能性とは無関係な儀礼が最優先される。
「連帯責任」という戒律: 一人の部員の不始末が部全体の活動停止に繋がる。これは近代的な法治主義(個人責任)ではなく、村社会の「縁座」の論理である。
山本七平が喝破した「空気」の支配が、最も純粋な形で現れるのがこの部活という空間だ。
例えば、真夏に水を飲まずに練習を続ける(かつての常識)、あるいは怪我を押して出場するといった行為が「美談」とされる背景には、生理学的な合理性など存在しない。そこにあるのは、「ここで水を飲んではいけない」「休んではいけない」という、その場を支配する「空気」への絶対服従である。
この空気(臨在感的把握)に抗う者は、非国民ならぬ「非部員」として、共同体から事実上の追放(シカトや疎外)を余儀なくされる。ここでは「個」の意志は、共同体の維持という至上命題の前に、完全に抹殺されるのである。
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このシステムを維持する「司祭」の役割を担うのが、教師(顧問)である。
彼らは本来の職務である教科指導を二の次にしても、部活動の指導に没頭することを「徳」とされる。土日を返上し、無給に近い状態で奉仕するその姿は、近代的な労働者のそれではなく、一種の宗教的情熱に突き動かされた修道者のそれである。
生徒もまた、その「自己犠牲の精神」を空気として吸い込み、「先生がこれだけやってくれているのだから」という情緒的な絆によって、さらなる規律へと縛り付けられていく。
それは、日本社会という巨大な「空気の組織」に適合するための、高度な精神的訓練所なのである。理不尽な上下関係を、論理ではなく「身体的感覚」として受け入れ、組織の論理を個人の論理に優先させる――この「日本教」の洗礼を、彼らは多感な思春期に徹底的に叩き込まれるのだ。
この「珍妙な制度」が温存されている限り、日本人が真の意味で「個」として自立し、論理的な組織運営を行うことは、おそらく今後も至難の業であろう。
929 :優しい名無しさん:2026/04/22(水) 08:05:11.29 ID:f5M8s7Jv0.net[1/2]
どうかなんだそうだ
つまりこれは自分が生まれて親やまわりの人にあなたが生まれてきてくれて
これがある人は大人になっても生きやすいない人は生きづらくなるらしい
930 :優しい名無しさん:2026/04/22(水) 08:15:40.22 ID:f5M8s7Jv0.net[2/2]
生きるのは難しいね
子供の頃当たり前のように身に付けた人には敵わない
935 :優しい名無しさん:2026/04/22(水) 17:48:41.47 ID:Av3w+2qq0.net
わかりすぎる
私も色々自己肯定感をあげるために色々やってきたけど
ある研究で孤児院で幼児達にみんな全てにおいて平等にお世話をしたらしい、一見良い事のように思えるのに、その子達はのちに精神疾患や病気がちになったって事だった
幼児期のうちに自分だけが特別っていう感覚を持てないとダメなんだよね
自己肯定感ってそういうことだよね
今は体からのアプローチで神経系を作り直して自己肯定感もどきを作ってるよ
あと人種が違うのに、同じ毒親育ちの一つの言葉でまとめるのは無理すぎる
954 ::2026/04/24(金) 22:40:08.58 ID:ABm52RoX0.net
そういうフラフラした態度や行動が、
968 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 17:12:11.14 ID:WyuwxsMD0.net[1/5]
だから、子どもを安心させようとする意思がないというよりは、おそらく子どもが不安を感じていることに気づいていない
969 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 17:33:03.33 ID:WyuwxsMD0.net[2/5]
つまり、子供のことは何でも把握していると思い込んでいるのは親本人だけ
973 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 18:13:43.40 ID:WyuwxsMD0.net[3/5]
NPDの特徴のひとつとして、恥を極度に恐れるというものがある
嘘を吐いたことが子どもにバレることは、親にとっては耐え難き恥だ
976 :優しい名無しさん:2026/04/25(土) 18:36:58.64 ID:tHXKAYR20.net[2/3]
とんでもなくバレバレの嘘を言って来る時あったな
どんなに指摘しても「知らない」「やってない」しか言わない
987 ::2026/04/25(土) 21:27:08.02 ID:ZlBuafRI0.net[2/2]
ガチ虐待親の場合、早めに救済が入るし、子供の中でも区切りを付けやすい。
https://youngchampion.jp/series/9bfd786c099f4/
なんかこう全体的にキャラクターの内面についてリアリティがない感じがあるよね。
漫画的な面白さ重視でデフォルメしてるって感じでもなく、「こういう人はこういう感じらしいよ」って噂話ベースだけで組み上げられたようなペラペラのキャラばっかり。
普通はドラマや漫画のキャラでも自然と持ってるような血の通いがないっていうか。
中身がとことんまでにフワフワしてる感じでなんか怖い。
特にキャラの内面が出てくるタイプのシーンの奥行きのなさにぞっとする。
作者がこういうキャラをこういう風に動かしたいですって意志表明だけしかないっていうか、そういうキャラクターにしたいならどういうエピソードを固るかって肉付けがない。
よく言えば「こういうキャラのこういう話なんです。はい次はこういうキャラです。コイツはこうです」ってドンドン進んでいってタイパがいいんだろうなって気はする。
つまる所、『ポルノ』なんだよな。
この漫画って凄い『ポルノ』何だと思うし、だから今の時代に受けたんだろうな。
一時期はやったAVの「出会って◯秒で合体シリーズ」みたいな感じかな、アレコレ装飾してリアルっぽくするの全部放棄して、「とにかくこういうポルノで気持ちよくなりたいよね!」で全部進む。
要するに普通の作品がドラマを積み上げつつその中にメッセージやテーマを織り交ぜてる中、こういったポルノ漫画は読者が楽しみにしてる分だけずっと続くんだ。
そういうのが好きな人、そういうのが読みたいタイミングって確かにあるんだと思う。
饅頭じゃなくてアンコだけ大盛りでひたすらムシャムシャ食べたいような気分の時とか。
そんな時にこの漫画は皮のないむき出しのアンコがタップリ出てきて、そのアンコの中で粒あんだったり白あんだったりの変化がある感じで、とにかく脳にガツンと気持ちよさをぶっ刺されたい人には最高なんだろうな。
まあアイスクリームとかだってただひたすらバニラ味の甘い塊を延々にそれだけ食ってるわけだから、そういう嗜好品があるのは何もおかしいことじゃないと思うし、そういうのを「変なコンテンツ」だとは思わない。
「こういうのが嬉しいんだろ!」ってのだけ延々と出されてもそれはそれで退屈っていうか、あんまりこっちが気持ちよくなるだけのドラマじゃ段々飽きてくるというか。
つまる所、刺激に緩急が欲しいんだろうな。
ずっとアクセル全開だと結果的にメリハリを感じなくなるというか、いつまでも最高速で走り続けるジェットコースターは結果的にそれを当たり前のものに変えてしまうというか。
ましてそのスピード感を生み出すためにキャラや物語の味付けをひたすら濃いものばかりにされると疲れるし、それが面倒な人間関係の話に偏ってるといよいよずっと同じポルノの連続で読み手がダレてくるっていうか。
もっとこう全体のバランスとかトータルの後味とかそういうのを大事にしたコンテンツを求めてるんだろうな。
https://x.com/Alzhacker/status/2050225236294156455
イタリアのファシスト刑務所で、アントニオ・グラムシは一つの逆説に直面していた。なぜ労働者たちは自分たちを搾取する体制に自ら同意するのか。
伝統的な権力論は「警察と軍隊が人々を従わせている」と答える。しかしグラムシは見抜いた。本当に強力な権力は見えない。 学校、メディア、宗教、家族という日常の中に潜み、「これが自然なことだ」と人々に思い込ませる仕組みこそが本質だと。
これをグラムシは「文化ヘゲモニー」と呼んだ。支配階級は暴力ではなく、知的・道徳的リーダーシップによって大衆の「自発的な同意」を獲得する。特定の階級の利益を「国民全体の利益」に見せかける物語を、教育や報道を通じて浸透させるのだ。
この理論の核心は「統合的国家」という概念にある。国家とは政治社会(警察や軍隊)と市民社会(学校や教会、メディア)の総体だ。暴力装置は背後に控えつつ、日常的に機能するのは同意を生産する市民社会の側である。
この同意の心理的メカニズムを解く鍵が、「コモン・センス」と「グッド・センス」の区別である。
コモン・センスとは、支配階級の世界観が長年の伝統や格言として染み込んだ、無批判な現実認識のこと。「給料が上がらないのは景気のせいだから仕方ない」「いじめられる方にも原因があるんじゃないか」――こうした信念は、支配への同意を内部から支える。
これに対してグッド・センスとは、労働や生活の現場から生まれる批判的で実践的な知恵である。「時間厳守でサービス残業はおかしい」「週5フルタイムで働いてるのに生活不安」。これらはまだバラバラだが、本質的に支配の論理と矛盾する。
ヘゲモニーとは、このグッド・センスをコモン・センスの中に封じ込め、人々が自らの矛盾した意識のまま行動し続けるように仕向けるプロセスに他ならない。
ここでグラムシの戦略論が生きてくる。「機動戦」と「陣地戦」の区別だ。ロシア革命のような機動戦は、市民社会が未発達で国家が裸の暴力で立つ社会でのみ有効である。西欧では市民社会(学校、メディア、教会など)が強固に機能しており、その機能は現在、支配階級への同意を日々生産する方向に働いている。
必要なのは「陣地戦」である。教育、メディア、宗教、文化といった市民社会の各要塞を、何年もかけて一つずつ奪取していく長期的な闘争。これは選挙やストライキではなく、人々の「良識」を組織し、新たな「コモン・センス」を構築する文化活動である。
現代のネオリベラリズムはこの理論の完璧な実例だ。市場原理は「競争が唯一の合理的な原理である」というコモン・センスを世界中に普及させた。人々は市民ではなく「自己責任の起業家」となり、失業や貧困を個人の失敗と感じる。「これ以外に選択肢はない」という発想そのものがヘゲモニーの勝利である。
デジタル時代はこの構造をさらに精緻化した。アルゴリズムは「新しい有機的知識人」として機能する。私たちの関心や不安を学習し、パーソナライズされた現実を提示することで、同意を自動的に製造する。フィルターバブルは大衆を分断し、「共通の国民的意志」の形成を妨げる。
しかし希望はある。グラムシは「対抗ヘゲモニー」の可能性を説いた。支配階級が自らの有機的知識人(経営者、技術者、ジャーナリスト)を持つように、従属階級もまた大衆から生まれる有機的知識人を育てねばならない。
彼らは学校なきところで学校を創り、メディアなきところでメディアを運営し、いまあるコモン・センスを解体する別の語彙を生み出す。これが「近代的君主」すなわち革命的集団の役割である。単なる抗議ではなく、新しい道徳的・知的リーダーシップを社会に提供する文化事業として。
結局、権力の最も深い場所はバリケードではなく、私たちの頭の中にある。ある社会秩序が「当然」と思われる瞬間、その秩序は勝っている。逆に言えば、その「当然」が揺らぐとき、歴史は動き出す。グラムシが刑務所で書き続けたのは、まさにその「当然」を解体するための思考の道具だった。
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Douglas C. Youvan(研究者)
『The Architecture of Consent: A Comprehensive Analysis of Antonio Gramsci's Theory of Cultural Hegemony, Intellectual Leadership and Modern Power Structures』
ロシアという国を思い浮かべるとき、そこには広大さと同時に、拭いきれない不安がある。ナポレオンに踏み込まれ、ドイツ軍にも侵入された記憶は、モスクワが決して安全な場所ではなかったことを静かに物語っている。
あの厳しい冬でさえ、外からの意志を完全に遮ることはできなかった。ロシアは土地を守るというより、「侵入されうる場所にいる」という感覚とともに生きてきたのだろう。
ソ連崩壊のあと、資本主義という別の道が現れた。しかしそれは、単なる経済の仕組みではなく、西側に主導権を握られる可能性を含んでいた。その経験や予感は、ロシアの中にゆっくりとした不信感として沈殿していった。
中国のように流れを利用しながら距離を保つ器用さを持てなかったロシアは、結局その道に深く入ることをためらう。そして外へ向かう。中心を守るために周縁を広げるという、少し古風で、しかし切実なやり方だ。
それは戦略であると同時に、「脅かされ、裏切られてきたかもしれない」という感覚から生まれた物語でもある。静かな部屋でそのことを考えると、それはどこか人間の振る舞いに似ている。過去への不信を抱えたまま、距離を取りながらしか世界と関われない、その不器用さに。
あのね、安楽死の議論なんて聞いてるとさ、なんだかお部屋のお片付けの延長線上にあるみたいで、私はおかしくてしょうがないんだよ。世の中みんな断捨離がお好きでしょ? いらないモノを捨ててスッキリしましょう、なんて。そのうちいらなくなった自分までゴミの日に出しちゃいそうな勢いなんだも〜ん🗑️🏃
最近の安楽死論議っていうのはさ、要するに人生のタイパを最後まで追求しましょうって話でしょ。そんなに急いでどこへ行くのよって感じなんだけど、みんな大真面目なんだね?笑
みんな「自分の意志で死ぬのは権利だ!」って鼻息荒くしてるけどさ、この国で「権利」なんて言葉が使われる時は、大抵「みんながそう言ってるから」っていう流行語大賞みたいなもんなんだよ?
死ぬ権利が公認されたら、お役所や世間様はニコニコしながらこう言うに決まってるじゃない。「あら〜、まだ閉店しないんですか? お得な死後プラン、用意してありますよ」ってさ。これ、権利じゃなくて、単なる忖度の強要だろ。
今の日本っていうのは、自分を「一、十、百、千……」って数値化しないと安心できない病気にかかってるんだよ。システムの側からすれば、税金を食うだけでリターンを生まないお年寄りや病人は、帳簿上の不良債権なわけ。
で、その不良債権が「自ら消えてくれる」って言い出したら、そりゃあ拍手喝采よ。「なんて慈悲深い、合理的な選択でしょう!👏」なんて。でもそれさ、要するに「お荷物は自分で片付けろ」っていう、ケチな会計士の論理じゃないの?そんな冷え切ったソロバン勘定に、自分の命を預けていいのー??こわいねヒエー😨
3. ポカンとしたまま死なないで
みんなさ、自分を動かすための独自の掟を持ってないでしょ。だから、外から「こうするのがスマートですよ♡」ってマニュアルが降ってくると、すぐにインストールしちゃうんでしょ。
「生きる意味が見つからないから、とりあえず死ぬという解決策を選びます!」なんて、夏休みの宿題が終わらないから学校を爆破しますっていう子供の理屈と同じなンだよ!
魂が空っぽになっちゃったところに、全体主義っていう得体の知れないOSが「効率的な死」っていうアプリを勝手にダウンロードしてくる。こわっ!!
あのね、生きてる人間っていうのは、本来システムにとっては邪魔なノイズなんだよ。食べれば出すし、理屈に合わないことで泣き喚くし、とにかく効率が悪いしな?
でもね、その効率の悪さこそが人間の手触りってやつでしょ。それを「綺麗に、論理的に、ご迷惑をかけずに」お片付けしましょうなんて、そんなの人間扱いじゃなくて、ただの在庫処分だよ!
すべてをハックして、数値化して、最後は死をもって完勝したつもりになってる社会。そんなの、ガサガサに乾ききった、ちっとも色っぽくない世界、つまんな!
だからさ、そんな死の合理化っていう小ぎれいな誘惑には、あっかんべだよ😛
「私は理由もなく、ダラダラと、システムの邪魔をしながら生きてやるんだ!」っていう、その居直り。それこそが、一番パンクで、一番ウィットに富んだでるんだいー!
「私生活でのストレスが溜まってつい食べすぎてリバウンドしちゃいました」「頑張れないので目標変更します」「甘いもの食べられないのがストレスで続けられないのでチートデー設けます」みたいな意志弱いのが特に好き。
自分は無能な怠惰なのだが、唯一の取り柄が全然太らないことだから、このようなデブ達をみて優越感に浸っている。自分も同じように怠惰なのに「私生活でストレスが溜まると食事が喉を通らないor食べるのがめんどくさくて食べなくなる」「甘いもの好きじゃない」「揚げ物好きじゃない」「食べすぎるとすぐ下す」「そもそも食べるのがめんどくさい」という体質というだけで、女の痩せが賞賛される社会ではなんかちゃんと体型管理してる感じに思われてありがたい。食糧難になったらすぐ死にそうだけど。私も逆に健康な体重になるためにデブエットしろって言われたら、食べるのめんどくさくて食べない怠惰ですぐ逆リバウンドするだろうしね。怠惰同士なのに体質が逆なだけで大変そうだなと眺めてる。
後のちの月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。幼い訣わけとは思うが何分にも忘れることが出来ない。もはや十年余よも過去った昔のことであるから、細かい事実は多くは覚えて居ないけれど、心持だけは今なお昨日の如く、その時の事を考えてると、全く当時の心持に立ち返って、涙が留めどなく湧くのである。悲しくもあり楽しくもありというような状態で、忘れようと思うこともないではないが、寧むしろ繰返し繰返し考えては、夢幻的の興味を貪むさぼって居る事が多い。そんな訣から一寸ちょっと物に書いて置こうかという気になったのである。
僕の家というのは、松戸から二里ばかり下って、矢切やぎりの渡わたしを東へ渡り、小高い岡の上でやはり矢切村と云ってる所。矢切の斎藤と云えば、この界隈かいわいでの旧家で、里見の崩れが二三人ここへ落ちて百姓になった内の一人が斎藤と云ったのだと祖父から聞いて居る。屋敷の西側に一丈五六尺も廻るような椎の樹が四五本重なり合って立っている。村一番の忌森で村じゅうから羨ましがられている。昔から何ほど暴風が吹いても、この椎森のために、僕の家ばかりは屋根を剥がれたことはただの一度もないとの話だ。家なども随分と古い、柱が残らず椎の木だ。それがまた煤やら垢やらで何の木か見分けがつかぬ位、奥の間の最も煙に遠いところでも、天井板がまるで油炭で塗った様に、板の木目も判らぬほど黒い。それでも建ちは割合に高くて、簡単な欄間もあり銅の釘隠しなども打ってある。その釘隠しが馬鹿に大きい雁であった。もちろん一寸見たのでは木か金かも知れないほど古びている。
僕の母なども先祖の言い伝えだからといって、この戦国時代の遺物的古家を大変に自慢していた。その頃母は血の道で久しく煩っており、黒塗りのような奥の一間がいつも母の病褥となっていた。その次の十畳の間の南隅に、二畳の小座敷がある。僕がいない時は機織場で、僕がいる間は僕の読書室にしていた。手摺窓の障子を開けて頭を出すと、椎の枝が青空を遮って北を覆っている。
母が長らくぶらぶらしていたから、市川の親類で、僕には縁の従妹になっている民子という女の子が、仕事の手伝いや母の看護に来ていた。僕がいま忘れることができないというのは、その民子と僕との関係である。その関係といっても、僕は民子と下劣な関係をしたのではない。
僕は小学校を卒業したばかりで十五歳、月を数えると十三歳何か月というころ、民子は十七だけれど、それも生まれが遅いから十五と少しにしかならない。
やせぎすであったけれども顔は丸い方で、透き通るほど白い皮膚に赤みを帯びた、まことに光沢のよい子であった。いつでもいきいきとして元気がよく、そのくせ気は弱くて憎気の少しもない子であった。
もちろん僕とは大の仲よしで、座敷を掃くといっては僕のところをのぞく、障子をはたくといっては僕の座敷へ入ってくる。私も本が読みたいの、手習いがしたいのという。たまにははたきの柄で僕の背中を突いたり、僕の耳をつまんだりして逃げてゆく。僕も民子の姿を見れば来い来いと言って、二人で遊ぶのが何よりおもしろかった。
「また民やは政のところへ入っているな。こら、さっさと掃除をやってしまえ。これからは政の読書の邪魔などしてはいけません。民やは年上のくせに……」
などとしきりに小言を言うけれど、その実、母も民子を非常にかわいがっているのだから、いっこうに小言がきかない。民子は「私にも少し手習いをさせて……」などと、ときどきだだを言う。そういうときの母の小言も決まっている。
「お前は手習いより裁縫です。着物が満足に縫えなくては、女一人前として嫁に行かれません」
このころ僕に一点の邪念がなかったのはもちろんであるが、民子の方にも、いやな考えなどは少しもなかったに違いない。
しかし母がよく小言を言うにもかかわらず、民子はなお朝のご飯だ昼のご飯だと言っては僕を呼びに来る。呼びに来るたびに、急いで入って来て、本を見せろの筆を貸せのと言ってはしばらく遊んでいる。その間にも母の薬を持ってきた帰りや、母の用を足した帰りには、きっと僕のところへ入ってくる。僕も民子がのぞかない日は、何となく寂しく物足りなく思われた。今日は民さんは何をしているかなと思い出すと、ふらふらっと書室を出る。民子を見に行くというほどの心ではないが、ちょっと民子の姿が目に触れれば気が落ち着くのであった。何のことだ、やっぱり民子を見に来たんじゃないかと、自分で自分をあざけるようなことがしばしばあったのである。
村のある家に瞽女が泊まったから聴きに行かないか、祭文が来たから聴きに行こうのと近所の女たちが誘っても、民子は何とか断りを言って決して家を出ない。隣村の祭で花火や飾り物があるからとのことで、例の向こうのお浜や隣のお仙などが大騒ぎして見に行くというのに、うちの者まで民さんも一緒に行って見てきたらと言っても、民子は母の病気を言い訳にして行かない。僕もあまりそんな所へ出るのは嫌いであったから家にいる。民子はこそこそと僕のところへ入ってきて、小声で、「私はうちにいるのが一番面白いわ」と言ってにっこり笑う。僕も何となく民子をそんな所へやりたくなかった。
僕が三日おき四日おきに母の薬を取りに松戸へ行く。どうかすると帰りが遅くなる。民子は三度も四度も裏坂の上まで出て、渡しの方を見ていたそうで、いつでも家中の者に冷やかされる。民子はまじめになって、「お母さんが心配して、見ておいで見ておいでと言うからだ」と言い訳をする。家の者は皆ひそひそ笑っているとの話であった。
そういう次第だから、作女のお増などは、無性に民子を小面憎がって、何かというと、「民子さんは政夫さんのところへばかり行きたがる。暇さえあれば政夫さんにこびりついている」などとしきりに言いはやしたらしく、隣のお仙や向こうのお浜などまであれこれ噂をする。これを聞いてか、嫂が母に注意したらしく、ある日母は常になくむずかしい顔をして、二人を枕元へ呼びつけ、意味ありげな小言を言った。
「男も女も十五、六になれば、もはや子どもではない。お前たち二人があまり仲がよすぎると、人があれこれ言うそうじゃ。気をつけなくてはいけない。民子が年かさのくせによくない。これからはもう決して政のところへなど行くことはならぬ。
わが子を許すわけではないが、政はまだ子どもだ。民やは十七ではないか。つまらぬ噂をされると、お前の体に傷がつく。政夫だって気をつけろ……。来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」
民子は年が多いし、かつは意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついたか、非常に恥じ入った様子に、顔を真赤にして俯向いている。常は母に少し位小言を言われても随分だだをいうのだけれど、この日はただ両手をついて俯向いたきり一言もいわない。何のやましい所のない僕は頗る不平で、「お母さん、そりゃ余り御無理です。人が何と云ったって、私等は何の訳もないのに、何か大変悪いことでもした様なお小言じゃありませんか。お母さんだっていつもそう云ってたじゃありませんか。民子とお前とは兄弟も同じだ、お母さんの眼からはお前も民子も少しも隔てはない、仲よくしろよといつでも云ったじゃありませんか」母の心配も道理のあることだが、僕等もそんないやらしいことを云われようとは少しも思っていなかったから、僕の不平もいくらかの理はある。母は俄にやさしくなって、「お前達に何の訳もないことはお母さんも知ってるがね、人の口がうるさいから、ただこれから少し気をつけてと云うのです」色青ざめた母の顔にもいつしか僕等を真から可愛がる笑みがたたえている。やがて、「民やは、また薬を持ってきて、それから縫いかけの袷を今日中に仕上げてしまいなさい。政は立ったついでに花を切って仏壇へ供えてください。菊はまだ咲かないか、そんなら紫苑でも切ってくれよ」
本人達は何の気なしであるのに、人がかれこれ言うのでかえって無邪気でいられない様にしてしまう。僕は母の小言も一日しか覚えていない。二三日たって民さんはなぜ近頃は来ないのか知らんと思った位であったけれど、民子の方では、それからというものは様子がからっと変ってしまった。民子はその後僕の所へは一切顔出ししないばかりでなく、座敷の内で行き会っても、人のいる前などでは容易に物も言わない。何となく極りわるそうに、まぶしい様な風で急いで通り過ぎてしまう。よんどころなく物を言うにも、今までの無遠慮に隔てのない風はなく、いやに丁寧に改まって口をきくのである。時には僕が余り俄に改まったのを可笑しがって笑えば、民子も遂には袖で笑いを隠して逃げてしまうという風で、とにかく一重の垣が二人の間に結ばれた様な気合になった。それでも或日の四時過ぎに、母の言いつけで僕が背戸の茄子畑に茄子をもいでいると、いつのまにか民子が笊を手に持って、僕の後にきていた。「政夫さん……」出し抜けに呼んで笑っている。「私もお母さんから言いつかって来たのよ。今日の縫物は肩が凝ったろう、少し休みながら茄子をもいできてくれ。明日麹漬をつけるからって、お母さんがそう言うから、私飛んできました」民子は非常に嬉しそうに元気一杯で、僕が、「それでは僕が先にきているのを民さんは知らないで来たの」と言うと民子は、「知らなくてさ」 にこにこしながら茄子を採り始める。茄子畑というは、椎森の下から一重の藪を通り抜けて、家より西北に当る裏の前栽畑。崖の上になっているので、利根川は勿論中川までもかすかに見え、武蔵一円が見渡される。秩父から足柄箱根の山々、富士の高嶺も見える。東京の上野の森だというのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立っている茄子畑を正面に照り返している。あたり一体に静としてまた如何にもはっきりとした景色、我等二人は真に画中の人である。「まあ何という好い景色でしょう」民子もしばらく手をやめて立った。僕はここで白状するが、この時の僕は確かに十日以前の僕ではなかった。二人は決してこの時無邪気な友達ではなかった。いつの間にそういう心持が起っていたか、自分には少しも判らなかったが、やはり母に叱られた頃から、僕の胸の中にも小さな恋の卵が幾つか湧きそめていたに違いない。僕の精神状態がいつの間にか変化してきたは、隠すことの出来ない事実である。この日初めて民子を女として思ったのが、僕に邪念の萌芽ありし何よりの証拠である。民子が体をくの字にかがめて、茄子をもぎつつあるその横顔を見て、今更のように民子の美しく可愛らしさに気がついた。これまでにも可愛らしいと思わぬことはなかったが、今日はしみじみとその美しさが身にしみた。しなやかに光沢のある鬢の毛につつまれた耳たぶ、豊かな頬の白く鮮かな、顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟や花染の襷や、それらがことごとく優美に眼にとまった。そうなると恐ろしいもので、物を言うにも思い切ったことは言えなくなる、恥ずかしくなる、極りが悪くなる、皆例の卵の作用から起ることであろう。ここ十日ほど仲垣の隔てが出来て、ろくろく話もせなかったから、これも今までならば無論そんなこと考えもせぬにきまっているが、今日はここで何か話さねばならぬ様な気がした。僕は初め無造作に民さんと呼んだけれど、後は無造作に言葉が継がない。おかしく喉がつまって声が出ない。民子は茄子を一つ手に持ちながら体を起して、「政夫さん、なに……」「何でもないけど民さんは近頃へんだからさ。僕なんかすっかり嫌いになったようだもの」民子はさすがに女性で、そういうことには僕などより遥に神経が鋭敏になっている。さも口惜しそうな顔して、つと僕の側へ寄ってきた。「政夫さんはあんまりだわ。私がいつ政夫さんに隔てをしました……」「何さ、この頃民さんは、すっかり変っちまって、僕なんかに用はないらしいからよ。それだって民さんに不足を言う訳ではないよ」民子はせきこんで、「そんな事いうはそりゃ政夫さんひどいわ、御無理だわ。この間は二人を並べておいて、お母さんにあんなに叱られたじゃありませんか。あなたは男ですから平気でお出でだけど、私は年は多いし女ですもの、ああ言われては実に面目がないじゃありませんか。それですから、私は一生懸命になってたしなんでいるんでさ。それを政夫さん隔てるの嫌になったろうのと言うんだもの、私はほんとにつまらない……」民子は泣き出しそうな顔つきで僕の顔をじっと見ている。僕もただ話の小口にそう言うたまでであるから、民子に泣きそうになられては気の毒になって、「僕は腹を立って言ったではないのに、民さんは腹を立ったの……僕はただ民さんが俄に変って、逢っても口もきかず、遊びにも来ないから、いやに淋しく悲しくなっちまったのさ。それだからこれからも時々は遊びにお出でよ。お母さんに叱られたら僕が咎を背負うから……人が何と言ったってよいじゃないか」何というても子供だけに無茶なことをいう。無茶なことを言われて民子は心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中でごったになって争ったけれど、とうとう嬉しい方が勝を占めてしまった。なお三言四言話をするうちに、民子は鮮かな曇りのない元の元気になった。僕も勿論愉快が溢れる、宇宙間にただ二人きりいるような心持にお互いになったのである。やがて二人は茄子のもぎくらをする。大きな畑だけれど、十月の半過ぎでは茄子もちらほらしかなっていない。二人でようやく二升ばかりずつを採り得た。「まあ民さん、ご覧なさい、入日の立派なこと」民子はいつしか笊を下へ置き、両手を鼻の先に合せて太陽を拝んでいる。西の方の空は一体に薄紫にぼかした様な色になった。ひた赤く赤いばかりで光線の出ない太陽が今その半分を山に埋めかけたところ、僕は民子が一心入日を拝むしおらしい姿が永く眼に残っている。二人が余念なく話をしながら帰ってくると、背戸口の四つ目垣の外にお増がぼんやり立って、こっちを見ている。
民子は小声で、「お増がまた何とか言いますよ」「二人ともお母さんに言いつかって来たのだから、お増なんか何と言ったって構いやしないさ」一事件を経る度に二人が胸中に湧いた恋の卵は層を増してくる。
機に触れて交換する双方の意志は、直ちに互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮は確かにその機であった。ぞっと身震いをするほど著しい徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られて見苦しい様なこともせず、顧みて自らやましい様なこともせぬ。従ってまだまだのんきなもので、人前を繕うという様な心持は極めて少なかった。僕と民子との関係も、この位でお終いになったならば、十年忘れられないというほどにはならなかっただろう。
親というものはどこの親も同じで、我が子をいつまでも子供のように思っている。僕の母などもその一人に漏れない。民子はその後ときおり僕の書室へやってくるけれど、よほど人目を計らって気兼ねをしながら来るような様子で、来ても少しも落ち着かない。先に僕に嫌味を言われたから仕方なく来るのかとも思われたが、それは間違っていた。僕ら二人の精神状態は、二三日では言い表せないほど著しい変化を遂げている。僕の変化は最も激しい。三日前には、お母さんが叱るなら自分が責任を負うから遊びに来てくれとまで無茶を言った僕が、今日はとてもそんな気持ちではない。民子が少し長居をすると、もう気がとがめて心配でならなくなった。
「民さん、またお出いでよ。あまり長く居ると人がつまらぬことを言うから」
民子も気持ちは同じだけれど、僕にもう行けと言われると妙にすねだす。
「あなたはこの前、何と言いました。人が何と言ってもよいから遊びに来いと言ったじゃありませんか。私はもう人に笑われてもかまいません」
困ったことになった。二人の関係が密接になるほど、人目を恐れるようになる。人目を恐れるようになっては、まるで罪を犯しているかのように心も落ち着かなくなる。母は口では、男も女も十五六になれば子供ではないと言うが、それは理屈の上のことで、気持ちではまだ二人を子供のように思っている。そのため、民子が僕の部屋に来て本を見たり話をしたりしていても、すぐ前を通りながらまったく気に留める様子もない。この間の小言も実は嫂が言うから出ただけで、本心からではない。母はそうだったが、兄や嫂やお増などは盛んに陰口を言って笑っていたらしく、村中でも「年上の娘を嫁にする気か」などともっぱら噂しているという。それらのことが次第に二人にも伝わり、僕の方から言い出して、しばらく距離を置くことにした。
僕はズボン下に足袋裸足麦藁帽という出で立ち、民子は手指を佩いて股引も佩いてゆけと母が云うと、手指ばかり佩いて股引佩くのにぐずぐずしている。民子は僕のところへきて、股引佩かないでもよい様にお母さんにそう云ってくれと云う。僕は民さんがそう云いなさいと云う。押問答をしている内に、母はききつけて笑いながら、
「民やは町場者だから、股引佩くのは極りが悪いかい。私はまたお前が柔かい手足へ、茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、いやだと云うならお前のすきにするがよいさ」
それで民子は、例の襷に前掛姿で麻裏草履という支度。二人が一斗笊一個宛を持ち、僕が別に番ニョ片籠と天秤とを肩にして出掛ける。民子が跡から菅笠を被って出ると、母が笑声で呼びかける。
「民や、お前が菅笠を被って歩くと、ちょうど木の子が歩くようで見っともない。編笠がよかろう。新らしいのが一つあった筈だ」
稲刈連は出てしまって別に笑うものもなかったけれど、民子はあわてて菅笠を脱いで、顔を赤くしたらしかった。今度は編笠を被らずに手に持って、それじゃお母さんいってまいりますと挨拶して走って出た。
村のものらもかれこれいうと聞いてるので、二人揃うてゆくも人前恥かしく、急いで村を通抜けようとの考えから、僕は一足先になって出掛ける。村はずれの坂の降口の大きな銀杏の樹の根で民子のくるのを待った。ここから見おろすと少しの田圃がある。色よく黄ばんだ晩稲に露をおんで、シットリと打伏した光景は、気のせいか殊に清々しく、胸のすくような眺めである。民子はいつの間にか来ていて、昨日の雨で洗い流した赤土の上に、二葉三葉銀杏の葉の落ちるのを拾っている。
「民さん、もうきたかい。この天気のよいことどうです。ほんとに心持のよい朝だねイ」
「ほんとに天気がよくて嬉しいわ。このまア銀杏の葉の綺麗なこと。さア出掛けましょう」
民子の美しい手で持ってると銀杏の葉も殊に綺麗に見える。二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開いてる。タウコギは末枯れて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。民さんこれ野菊がと僕は吾知らず足を留めたけれど、民子は聞えないのかさっさと先へゆく。僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。
民子は一町ほど先へ行ってから、気がついて振り返るや否や、あれッと叫んで駆け戻ってきた。
「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれたら、私ほんとうに野菊が好き」
「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。
「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」
「さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
「それで政夫さんは野菊が好きだって……」
「僕大好きさ」
民子はこれからはあなたが先になってと云いながら、自らは後になった。今の偶然に起った簡単な問答は、お互の胸に強く有意味に感じた。民子もそう思った事はその素振りで解る。ここまで話が迫ると、もうその先を言い出すことは出来ない。話は一寸途切れてしまった。
何と言っても幼い両人は、今罪の神に翻弄せられつつあるのであれど、野菊の様な人だと云った詞についで、その野菊を僕はだい好きだと云った時すら、僕は既に胸に動悸を起した位で、直ぐにそれ以上を言い出すほどに、まだまだずうずうしくはなっていない。民子も同じこと、物に突きあたった様な心持で強くお互に感じた時に声はつまってしまったのだ。二人はしばらく無言で歩く。
真に民子は野菊の様な児であった。民子は全くの田舎風ではあったが、決して粗野ではなかった。可憐で優しくてそうして品格もあった。厭味とか憎気とかいう所は爪の垢ほどもなかった。どう見ても野菊の風だった。
しばらくは黙っていたけれど、いつまで話もしないでいるはなおおかしい様に思って、無理と話を考え出す。
「民さんはさっき何を考えてあんなに脇見もしないで歩いていたの」
「民さんはそりゃ嘘だよ。何か考えごとでもしなくてあんな風をする訣はないさ。どんなことを考えていたのか知らないけれど、隠さないだってよいじゃないか」
「政夫さん、済まない。私さっきほんとに考事していました。私つくづく考えて情なくなったの。わたしはどうして政夫さんよか年が多いんでしょう。私は十七だと言うんだもの、ほんとに情なくなるわ……」
「民さんは何のこと言うんだろう。先に生れたから年が多い、十七年育ったから十七になったのじゃないか。十七だから何で情ないのですか。僕だって、さ来年になれば十七歳さ。民さんはほんとに妙なことを云う人だ」
僕も今民子が言ったことの心を解せぬほど児供でもない。解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、民子は真に考え込んでいる様であったが、僕と顔合せて極りわるげににわかに側を向いた。
https://www.youtube.com/watch?v=TCBYrMVIVLA
これをオタクの友人とさっき見た感想。それから50分ぐらいでががーーって書いたので誤字脱字はすまん。
0:45~
文字で説明かよクソがっ!って文句言ったら友人「スターウォーズと同じやろにわか乙」って言われて落ち着く
1:31~
2:06~
スパイファミリー劇場版でアーニャがトイレするシーンの方がよほどすごい
これ劇場作品の冒頭かつWeb公開を想定したヒキの必要な場面だよな?
なんでこんなにしょぼいんだ?
ここでガッツリバレエの演技見せてバレエってすごい!!ってするほうがよくない?
主人公はバレエに見てトリップする異常体質だからって話なのか?
2:31~
2:45~
全部説明してくれる!親切!止め絵で全部会話文使って説明してくれる!
省エネ!まあ退屈!
3:13~
薙刀おじおば出てくる
写真撮影、ロング、歩きながらのアップ、アップ、自己紹介とつながるけど
無意味にスケッチ落とした後のカットがハイアングルのロングだけど使用用途が不明すぎる
こういうのは状況説明とかキャラクター同士の距離感を見せるのに使うんだが、今いらんやろどっちも
事前のカットがわかりにくかったからこういう説明を入れたのだと思うけど、客を信頼してなさすぎるのか
ここまで、とにかく必要な情報のピースを紙芝居的につなげてるだけになってる。冒頭文字説明したことも含め、
とにかく導入は捨ててでも、すべての客に背景情報を叩き込むという強い意志を感じる。
ここから見えるのは、谷口はとにかく観客を信頼してないし、1から10まで説明しないとダメだと思ってる。
4:03~
壁掛け写真の前でヒロインが困惑みたいに見えて、実は左下の写真に気付いて注目してるカット。
クッソわかりにくい。これいる?
4:08~
スーパーオーバーアクトメガネが中心になってすごくすごく丁寧にいろいろ説明するシーン
4:32~
からの~パリの写真のアップ、ハイアングルのロングでヒロインが写真を凝視してることがわかる。
一番ゴミな部分。
これ入れて「10000 Years later・・・」みたいな演出なんだろうけど、だったら一旦建物の外のカット入れるんじゃなくて、
パリの写真のアップのところで、大人の会話の音のフォーカスを外して、パリに思いをはせる主人公の妄想カットでも入れろや
クッソベタだけど今のすげえテンポ悪い映像より一億倍マシだろ。客信頼してないならベタなカットの方がましだしな。
ていうかこのシーンずっとカメラが外にあって外部記録の羅列ばっかやってんのなんで?バレエ鑑賞のシーンでチープながらも主人公の内面にカメラ持って行けてただろ?
5:06~
手提げを取りに行って、薙刀ヒロインのラジオ体操を目撃するシーン
ここもダサい。
一目見て惹かれたってのはわかるけど、カメラはヒロインの肩越しから始まって、すぐに回転してヒロインのアップ、
そのあと舞台にカメラを戻してずーーーーーーーとロングで書いてる
まずいきなりアップでヒロインの顔映すな。俺らは薙刀ヒロインのラジオ体操しかみとらんのだが?何に惹かれたか教えろ。
で、ジブリ絵でやってるから余計そう思うんだけど、情報量が圧倒的に足りてない
ジブリであればこうしたロングショットでも、少女のスカートの裾の揺れや足元の重心移動あるいは舞台の木の床の質感とか
そこにそれがあるっていうリアリティをガッツリ描き込むけど、このシーンにはにはそうした情報量が圧倒的に足りてない。
ただの平坦な背景にキャラクターがバレエのまねごとをしてるだけって感じ。しかも3Dトレスっぽい退屈な作画。
5:48~
ここで挟む妄想シーン、4:32~で写真からのシーンに挟んでおけば、もっと自然なつながりになったのでは・・・?
なんでここなんだ。意味不明。
あとはまあ、わかりやすく女性差別書いてたりと退屈なシーンが続くので割愛
思ったのは谷口は本当に客を信頼してないんだろうなと思う。
ストーリーをすべて劇中で説明するし、退屈なシーンをガッツリ入れてでも状況説明を1-100まで全部やる。
フローチャート演出ここに極まれりという感じだし、わくわくするようなカットも映画的な呼吸も何一つない。
でもこれによって観客は物語をきちんと理解することができるし、物語の評価がSNSという作品と一段離れたところで、
観客というフィルタを通して行われる現状では、こうした作品の方があっているのだと思う。
というのは知っていたが、軟弱なぼくは欲望に負けて10代で早々にリタイアしてしまった
だから、強い意志を持って30歳まで耐え抜いた魔法使いの皆さんに聞きたい
どんな魔法が使えるようになったのかを
部署移って昼はお弁当を作っていたのに、いつの間にか毎日ケバブを喰わされている。350円で安くて旨いから弁当忘れた日のお昼食べていたら、いつの間にかトルコ人店主に捕捉されていた。近隣の学生で混んでいてもサラリーマンイソガシイネ!と指定の時間に作り置いてくれるvip対応。帰り道にオツカレサマデス!と声を掛けられる日々。絶対に逃さないという大いなるケバブの意志を感じる。
本来の理論的な話をすると「市民の政治参加」の一環であることがデモの意義。
議会制民主主義の選挙というのは、多数決=少数派の意見を切り捨てる作業だ。
それに、だれを選ぶかはも全体的な判断なので、単一のテーマについての意見はめちゃくちゃぶれやすい。
つまり、選挙というのは、国民の声そのものを政治に届けるのには向かない、絶対に取りこぼしが発生するプロセスになる。民主主義の意義・目標というのは、国民の意思を政治に反映させることであるから、その意志の取りこぼしが前提で存在することは民主主義的に本末転倒である。
選挙以外の方法での政治的声が世の中に存在することが重要だ。それによって、選挙では取りこぼされた声を、改めて議会や内閣に届ける。民主主義の欠陥を補える見込み、というか、それをしないと民主主義は不完全ですよと、政治理論的にはなっている。
ただ共産系のやつらがアホなのは、国民の声を届けることが目的になってないからね。
デモに人があつまらないとしたら、それ自体が国民の声なのだ。「日本人がアホだからデモをしない」とかではない。奴ら自身こそが、デモの意義とか意味を分かってないところがある。
結婚願望はあるけど、そもそも恋愛盛りの10代〜20代前半で何も無かった人間に、今さら結婚してくれる人が現れるわけないと思ってた。
高校のとき好きだった人にフラれたとき、一生結婚できないんだと思ってた。
そもそも職場の男性もほかの男性も恋愛として見れない。同年代の異性が多い職場だけど、びっくりするくらい何もなかった。
と思ってたのに。
本当に唐突だった。それより前は恋愛のれの字もなかったのに、その日、突然。
彼との繋がりはゲーム。ただ、直接(それもまあdiscordでだけど……)話したのは1回きりだった。
ある日、ゲーム後にまったり話してると、他の参加者がいなくなって彼とふたりきりになった。
なんとなく人と話したい気分だったので、そのまま退室せずに話していると、恋愛の話になった。
そこで、お互いが恋愛に困っていること、マチアプ合わないこと、でも結婚したいし子供が欲しいこと、私が1番に求めてる条件をその人は満たしていること。色んなことが分かった。
その日は「お互い30になっても相手いなかったら付き合いませんか?笑」くらいで解散した。
翌日、改めて考えてみた。
今からマチアプでまた色んな人とやり取りして会って相手のこと知っていって……ってしないといけないのかって。
年齢も近く、考え方も似ていて、趣味に理解があって、私が求める条件を彼が満たしていて、彼が求める条件も私が満たしていた。
ということで、「昨日のことについて改めて話したいです」と連絡。
通話をして「マチアプで失敗するの待つより、お互いわりと相性良さそうな感じだし、いっそもう付き合いませんか?」って言ったらOKされて。
記念日にしたい日が数日後にあったから、そこでちゃんと告白すると言われ、それまでの間に価値観のすり合わせを行った。
びっくりするくらい価値観が合った。
そして告白予定日に告白してもらい、私もOKして、正式にお付き合いすることが決まった。
ちなみに、彼は20代前半のときに数人お付き合いしたことはあるけど、もうしばらく恋愛はしてこなかったらしい。
あまりにもトントン拍子すぎて、どこかで転んでしまわないか怖かった。
ゲームでの繋がりなので、家は別に近くない。新幹線の距離。でも月1〜2回会って、discordでの通話も週3〜5くらいはしてて。
気軽な雑談から、将来子供ができたらどうしたいかとか、自分の弱点とか、ありとあらゆることをお互い全てさらけ出した。
私はお金がないこと、発達グレー、休職中、その他もろもろ自分のマイナスポイントをあげた。
彼氏のマイナスポイントはなかった。ガチでない。今思えば頑固すぎるところはちょっとムカつくときもあるけど。
話せば話すほど、相性が良い。この人となら人生最後まで添い遂げられるかもと思った。
私の中で決定的な「価値観の一致」はだいたい以下の通り。
・付き合うなら、最初から自分の求めるものをお互いに話し合って、将来のビジョンについても聞いてから決めたい
・お互いの趣味には口出ししない、彼は付き合いでパチンコにたまに行くけど何も言わないし、私も推しの現場で色々お金を使うけど何も言われない
・隠しごとをしない。自分に不利なことでも全部赤裸々に話してくれる。月収とか貯金とか資産の生々しい話もぜんぶ素直に話した
と、まあざっくり挙げられるくらいには本当に価値感が似てて。
付き合って2ヶ月くらいで、脱喪で興奮状態だったのが落ち着き、恋人がいるという実感が湧き、充実して幸せな時間を過ごせるようになっていた。
そのきっかけは
②私が嫌いな生き物について力説した日
③性生活に対するすれ違い
私はジャ務オタだ。幸い自担はまだ結婚していないが、自軍は既に既婚者がいる。
で、「既婚者がアイドルとか意味分からない」って話したら「そもそもなんでアイドルって恋愛しちゃダメなの?アイドルだって人間だよ」なんてド正論をかまされたので、何故アイドルは結婚してはいけないのかを2時間くらい話し込んだ。
しかしそれでも結論は出ないというか、双方考え方が変わることなく終わった。
②そのあと、私が世界で1番消えて欲しい生き物について、こんなにも嫌いなのか色々と教えた。
きっかけは私が「嫌いすぎて何も考えてない日はない」、「頭に滑り込んでくる」って言ったら「そんなに考えるなんて逆に好きじゃん!」と言われたこと。
あれを好きな自分が想像できなさすぎて、気付けば号泣してた。1時間くらい泣いたと思う。
彼の言動で泣いたのはこれが初めてだった。
うっかりとは言え、彼はそのあと私がどれだけそいつを嫌いなのかをじっくり聞いてくれた。
あと、そいつの生態を知っておきたいけど調べることができなくて困ってたから代わりに調べてもらったりもした。
初めて泣かされた(?)のに、とても優しかった。
③プロ喪女だったので、当然処女だったし、相手も付き合ったことはあるけど学生の恋愛の延長だったからそういう行為はしたことないと言っていた。
ここで声を大にして言うが、私は性欲がかなり強い。
そして彼は、性欲はもちろんあるのだが、それよりもおでかけデートやハグや手繋ぎで充分満たされるタイプ。
なのでまあ、私が求めすぎて、何度も「今日は疲れてるから」とか「明日早いから」とかで断られたけど、なんだかんだ最終的には致してた。
先日のデートでも同じことが発生。
「眠いからもう寝させて」と言いつつも「きみはどうしたいの?」と聞かれる。
いや、そりゃ、したいよ。私は元気だし。
でもそこで「したい」って言うと、彼の体調を気遣わない人間になってしまう。
ベッドでふたり寝転がってそんな話をして、彼は目を閉じてたから、寝るんだなと思って
「じゃあ私お風呂入ってくるね?」と言って抜け出そうとする。
すると、ぎゅっと抱きしめられて身動きがとれなくなった。
それならしようよってなって始めたものの、時々、彼の動きが止まる。何も言わない。私も声をガマンした。無音でただ触られるだけの時間。
私はなんだか悲しくなって布団にくるまると、本格的にBADに突入した。
やっぱり私は女としてダメなんだ、私に性的魅力を感じてないんだ、と自虐モードに突入。号泣。
寝落ちたことに対しては謝ってくれたけど、性生活についてすれ違いがあることが明確になって、もやもやが解消されることなくその日は寝た。
④この間のデートでは私の家に泊まって、私が昼過ぎから予定あるからそれまでに解散という日程が組まれた。
私の予定は13:30からだったので、お昼は一緒に食べると思ってた。
けど、彼はこっちの方に住む別の友人と昼食べる約束をしたと言った。私の予定が12:00からだと思ったらしい。
その友人というのが、同じゲームサーバーに入ってて私も知っている人だったもいうこともあって、相手方に聞いたら私も来ていいよと言ってもらえた。
そこまでは良かったんだ。
夕方頃、私の用事も終わったし、彼もその友人と遊び終えてご飯に行く時間になった。
「ご飯一緒に食べたいなー」って送ったら、友人が私に対してこんなこと言ってたよと返信。
「もう来れるの?」
「うん! どこで食べるの?」
「〇〇」
「あ、駅かあ」
と送ると、電話がかかってきた。
ウキウキで出る私。
ちなみに、私の家は最寄り駅までそれなりに距離があるので、時短のために先に移動を始めていた。
「え、ほんとに来るの?」
「ん、だめ?」
「え、先入ってていいよ、私途中で合流するし」
「あれ、もう外いる?」
「うん!」
「(呆れ口調で)いいよ? でも、この件についてはまた話しよっか」
「……は? それって来て欲しくないってことじゃん」
「そうじゃないよ。来たいなら来てもいいよ。でも、そしたら友人を1時間待たせることになるよ。だからあとで話しようねって」
「……行きません」
「来ていいよ。俺たち待っとくから」
「行きません、もう帰ってます」
私が合流してから食べに行くなら、無関係の友人を1時間待たせることになる。
その上で「行きます」なんて言ったら、友人の都合も考えずに自分の意志を突き通す自己中になってしまう。
私に選択肢が与えられているのに、実質選べるのは「行きません」でしょ?
別に私は無理して行きたいわけじゃないのに、声が完全に呆れモードで、人に迷惑かけようとしてる人間を諌めようとしてた。
「この件に関してはあとで俺が話しておくから」と友人に言ってた。ダメな彼女をちゃんと叱っておくからという風に聞こえた。
アウターもスマホも叩きつけた。そして大声で泣きながらヒスった。
「今ちょっと怒ってるよ」とLINEが来ていた。意味が分からなかった。
支離滅裂な文章を送り付け、その度に冷静に正論を言われ、私が傷ついた理由を言っても理解されず、私を人に迷惑かける自己中扱いで怒ってきた。
今までにないくらい口調が荒れ、彼が帰宅してから通話をすることにした。
その通話でも、
「こっちに来るってことは友人を待たせることになるけどそれは理解してるよね?」
「いや、待たせるなら行かないし。ラーメン屋に行くと思わなかったから声かけただけなんだけど」
「なんでラーメンじゃないって思ってたの?最初に何食べるとか聞いたら良くない?」
「居酒屋でもパスタでも定食屋でも、友達とご飯食べるなら1〜2時間は駄弁ること多いから、わざわざ聞かないだろ」
「でもラーメンなんだよ?」
「ラーメンの情報そっちしか知らないだからそっちから「ラーメン食べる予定で、待たせちゃうから今日はダメ」って断れよ」
なんてなったり
「なんでもう動いてたの?家出てるって知ったら帰れって言いにくいじゃん」
「どこで食べるにしろ最寄り駅に行くのは確定だから、タイムロスを減らすために動いてただけだよ。帰れって言われたら帰るよ」
「でも私が行くっていったら好感度下がるでしょ?既に答えの出てる問いかけをしないでください、私が自ら「行かない」を選ばせることを選んだんでしょ」
おおよそ、これで「結婚しよう!」にはならないようなやり取りが続いた。
でも私は、このやり取りがあったからこそより彼と結婚したいと思った。
私も彼も、かなりの頑固者だ。
子供のためを思うなら厳しく接するのもまた優しさだとか。
相手のことを、信頼出来る。
一連のやり取りは確かに、決定的に相容れない考え方の違いが分かった。
でも、相容れないからこそそれを話し合って納得できる落としどころを見つけられることが分かった。
人生を添い遂げるにあたって大切なのは、価値観が完全に一致することじゃない。
価値観をすり合わせ、どうにも合わないところはお互いが納得できる落としどころを見つけられること。
ムカついたとか、ここが嫌だったとか、察してくれるはずなんて思わずに、自分の感情を赤裸々に言って受け止められること。
私の求める結婚相手は「相性の良い人」じゃなくて「話し合いができること」なんだと再確認した。
今も私と彼の仲は良好だ。
このまま結婚すると思う。
28年も喪女やってきて、まさかこんなに良い人に出会えるなんて思ってもなかった。
今後も、彼と話し合いをしながら幸せな日々を過ごしたいと思ってる。
▲▲▲▲▲▲▲
なんかAIってコメントついてるけど、これはAIでも承認欲求でもなくシンプルに彼のことが好き!っていう惚気を言語化しただけです。
anond:20260308095803 何で労働者が子供を作ってんだろう? anond:20260309063533 少子化を解決したがる庶民ってなんでなの? anond:20260310012908 個人投資家じゃない人ってなんでなの? anond:20260312082104 労働者ってなんで被害者面するの? anond:20260313024910 自分の意志で労働者やってんのに不満いう奴は何なの? anond:20260314054024 何で金持ちじゃないのに子供を作ってんだ? anond:20260314174327 労働者で子供を作っている奴って虚しくなんねぇの? anond:20260316125604 何で優れてないのに子供を作るんだろう? anond:20260322235146 労働者って生きてて何が楽しいの? anond:20260406112558 労働している奴って何でなの? anond:20260409162802 何で労働者なのに子供を作っちゃうんだろう? anond:20260410225739 何でそんなに子供を産みたがるの? anond:20260411211547 何で真面目に労働なんてするの? anond:20260420020929 労働者ってなんで労働してるの? anond:20260423035605 労働者なのに子供を産んじゃう人って何を考えているの?