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はてなキーワード: 大正時代とは

2026-03-26

アンフェ「真のフェミニストはツイフェミなんかとは違う!区別しろ!」←アンフェくんさあ、現実見たら?

Twitter見てると毎日毎日、男女の殴り合いでタイムライン地獄だよな。

で、必ず出てくるのが「あいつらは真のフェミニストじゃない」「フェミニズム本来男女平等を目指す素晴らしい思想なんだ」っていう、お花畑擁護

アンフェくんもアンフェくんで、「ツイフェミは嫌いだけど、本物のフェミニズム尊重する」とか物分かりのいいフリしちゃってさ。

悪いけど、それ全部、君らの妄想から

1. そもそもユートピア思想から始まった選民思想なんだわ

フェミニズムの母、メアリウルストンクラフトの頃からしてそう。

彼女たちが信じていたのは、「今の社会男性本位の抑圧だらけのクソ。その抑圧さえ消えれば、女性本来の(男性以上の)知性と道徳を手に入れて神の王国が実現する」っていう極端なユートピア思想

要するに、最初から自分たちは抑圧された被害者であり、本来もっと優れた存在である」っていう強烈なルサンチマン選民思想がセットになってるんだよね。

母権制が原始の姿だった」とかいう、今じゃ否定されてるバッハオーフェントンデモ説エンゲルスが補強して、「女性本来強かった(のに男が奪った)」っていう物語を完成させた。

「女は本来すごいんだ!」っていうツイフェミのあの全能感、あれは昨日今日始まったもんじゃなくて、200年前から伝統芸能なんだよ。

2. 「差別排除」はフェミニズムの基本スペック

第1波フェミニズムが「参政権」を勝ち取ったのは有名だけど、その過程彼女たちが何をしたか知ってる?

「無学な黒人権利を与えるくらいなら、知性ある白人女性に先に寄こせ」って有色人種を徹底的に切り捨てたんだよ。

「真のフェミニズム弱者に優しい」? 笑わせないで。

フェミニズム最初から「知性や能力がある(と自認する)女性」のための運動であって、そこに該当しない人間黒人障害者、そして弱者男性)を差別し、排除するのはお家芸なんだわ。

大正時代日本でも、フェミニストが「劣等な男は結婚させない(断種)」って運動してたし、現代教祖様である上野千鶴子だって弱者男性に向かって「平和に滅びていけ。間違っても子ども作るな」って言い切ってる。

ツイフェミ弱者叩きは、立派な伝統継承なんだよね。

3. 「男女平等」なんて口実。本音は「強者男性」が好き

「ツイフェミ平等とか言いながら、金持ちイケメンばっかり求めるダブスタだ!」って怒ってるアンフェくん、君もピュアすぎる。

研究でも明らかになってるけど、フェミニスト自称する女性ほど、実際には性差別的な振る舞いをする「超強力な男性」に魅力を感じるっていうデータがある。

口では「平等」って言いながら、本能では「リッチ天才自分専用の騎士」を求めてる。

これ、矛盾でもなんでもない。彼女たちにとっての「解放」とは、「男と同じ義務を負うこと」じゃなくて、「自分たちを抑圧する社会構造を壊して、自分たちが美味しい思いをすること」だから

義務責任の話になった途端にフェミニズム沈黙するのは、歴史的に見ても「当たり前」のことなんだわ。

4. 表現規制? それも「支配権」の争奪戦なだけ

「性の解放と言いながらポルノを叩くのはおかしい」?

いや、彼女たちが求めてるのは「男にとって都合のいい性の排除」であって、自分たちファンタジーBLとか)は別腹なんだよ。

牟田和恵も言ってるけど、彼女たちのロジックはこう。

男性向けポルノ女性を客体化する搾取。悪。
自分たちが満足する表現積極的能動的な性の創造。善。

まり、「何が正しいポルノかを決める権利を、男の手から奪い取る」のが目的なの。

ツイフェミBLを愛でながら萌え絵を燃やすのは、彼女たちの思想からすれば1ミリ矛盾してない「正しい聖戦」なんだよね。

結論:お前らが戦ってるのは「本物」だよ

アンフェくんが「真のフェミニスト」として夢見てる「理知的で、男とも対等に義務を分かち合い、弱者にも優しい聖女」なんて、歴史のどこを探しても存在しない。

選民思想
弱者への攻撃性。
強者男性への執着。
自分たちに都合のいいダブルスタンダード

これこそがフェミニズムの正体。

ツイフェミは、その本質SNSという鏡で100倍に増幅して見せてくれてるだけ。

あいつらは本物じゃない」なんて、現実逃避はやめなよ。

お前らが毎日殴り合ってるあの「ツイフェミ」こそが、200年の伝統を背負った「真のフェミニスト」そのものなんだから

2026-03-23

戦争支持の人々は何を願ったか 今に通じる「らしさ」揺らぎへの反発 2025年10月1日 7時30分  朝日新聞

 戦後80年、多くの歴史が語られてきた。ただ、大切な問いは、実はまだ十分に検討されていないのではないか。いま問われるべきは、なぜ、当時の人々があれほど熱心に戦争を支持したのかの解明ではないか――。そんな思いで、日本の外から日本近現代史研究する歴史家、益田肇さんに聞いた。

 

人々にとっての戦争の「魅力」

 ――なぜ、「日本戦争に突き進んだ理由」に向き合ったのですか。

 

 「本当に問われるべき問いが、まだきちんと検討されていないのではないか、と感じていたからです。一般的歴史では、『軍部暴走し、国民戦争に巻き込まれた』と、人々が『受け身』に描かれることが多い。まるで人々は、台風が通過するごとく戦争を耐え抜いたかのように。そこに抜け落ちているのは、戦争を支持する人々の存在です」

 

 「その結果、人々が戦争を賛美もしていたという事実が見えにくくなっている。近年、そうした人々に焦点を当てた研究が増えてきましたが、私は、人々にとっての戦争の『魅力』に着目しました」

 

 ――魅力、ですか。

 

 「当時、多くの普通の人々が熱心に、前向きに戦争全体主義を抱きしめました。そうした人々をただ批判するのではなく、戦争の『魅力』を考えてみたいと思ったのです」

 

 「日本戦争に突き進んだ理由は、当時の政治外交を追うだけでは捉えきれません。政治外交真空の中で行われたのではなく、時代磁場の中で動いているからです。その磁場を知るため、普通の人々戦争全体主義の名のもと、いったい何を願い、何を争っていたのかを探りました」

 

 ――当時の人々の認識を知るのは大変そうです。

 

 「多用したのは日記です。手紙新聞雑誌への投稿も。一人の日記に頼るより、大量に使うことで時代あぶり出そうとしています。同じ時代に生き、同じように感じていた共時的パターンは何か、と。断片では何かわからなくても、大量に並べるとイメージが浮かび上がってくる『モザイク画』のようなものです」

 

 「すると、戦争のものを支持していたというより、他の作用があって戦争支持を唱えていた人々の姿が浮かび上がってきた。身の回りでもともとあった別の『戦い』に、国防愛国論理が乗るとうまく回りだす――という様子が、断片を並べていくことで見えてきたのです」

 

「お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ」

 ――どんな断片でしょう。

 

 「例えば、正月日記に今年の決意として『忍耐、勤勉、努力』と書くような真面目一徹神奈川県青年がいました。幼い頃から男らしい兵士になるのが夢でしたが、徴兵検査で甲種合格できず、その途端、日記記述は一層好戦的になる。対米開戦も喜ぶ。戦場には行けないが国内で頑張ると張り切り、勤務先で評価が高まった頃が一番誇らしげです。戦争の支持は、彼にとってはむしろ男らしくなりたい、ちゃんとした人物になりたいという思いの現れでした」

 

 「東京小学校長を務めていた女性は、1931年座談会で振り返っています洋服で道を歩いていた時に20回ほど嫌がらせを受け、『おいこら! 何のために洋服なんか着ているんだ、お前のやうな女がいるか国防を危くするのだ。今日は許してやるが今後もこんな格好をしたら、見つけ次第叩(たた)き殺すぞ』と通行人から怒鳴られた、と。注意した側にしてみれば、それまで不愉快に感じていたことを『国防論理批判できるようになったわけです」

 

 「昭和維新運動に参加するような青年将校らにしても、口では国の行く末を憂えるような議論をしていても、実際に問題視しているのはジェンダー規範の緩みだったりすることがあります。例えば、二・二六事件首謀者の一人として刑死する鳥取県出身青年は、若い頃の日記国家が立ち行かなくなるといら立っていますが、よく読むと実際には、大正期に、女が男のようになり、男が女のようになりつつあることにいら立っている。いわく、『女は恋をするもの』『男は恋せらるるものである』ことが『自然』なのに、近ごろは『女権尊重の声』が高くなり、『女そのものが威張り出して』いて、男にも『女の様になった奴(やつ)が多い』、と記しています

 

 「似たようなことは財界でも。ある鉄道会社社長経済誌で『我が臨戦体制』に胸を張りますが、実際にしたのは一斉朝礼や幹部の定刻出社、全社的な清掃運動など、様々な業務合理化と能率増進です。戦争が始まった途端、平時になかなかできなかった規律を整えることが戦時論理可能になった。同様に、各地の村での派手な結婚式や酒の飲み過ぎも、自粛対象になりました」

 

解放時代」にくすぶった反発

 ――研究大正時代(1912~26年)までさかのぼっています

 

 「大正期は基本的に『解放時代』で、多くの人々が『らしさ』からの脱却を図っていました。女性良妻賢母に当てはまらない生き方を求め始めた。女性が髪を切り、スカートはいて、さっそうと街を歩けば、男性オールバックの長髪にして香水をつける。労働運動部落解放運動朝鮮人権利運動も活発になった」

 

 「同時に、これらの解放の動きへの反発がくすぶり始め、1910年代後半には『世の中が乱れている』と感じる人が増えています。いわば男らしくない男、女らしくない女、日本人らしくない者たちへのいら立ちです。この底流を見ないと、31年の満州事変以降、戦争への支持が噴き出した背景が理解できない。それが後に噴出するエネルギーとなるからです」

 

 「ここで重要なのは手段目的が往々にして逆転していたことです。例えば、『婦人よ家庭に還れ』『筋骨共に隆々これが日本男子』とのスローガンは、表面上の論理としては、婦人を家庭に戻すことで(手段未来戦士を育てよう(目的)、男子の体格を向上させて(手段日本を背負って立つ男子となれ(目的)となっています。でも実は、その『手段自体が、失われた『らしさ』復活のため、多くの人々が戦い続けてきたそもそもの『目的』ではないでしょうか。以前から、『妻らしさ』『母らしさ』の逸脱である職業婦人モダンガールを家に押し戻し、オシャレ熱に興じるモダンボーイや読書ばかりの文学青年に『男らしさ』を教え込もうとしていたではないか、と」

 

 「自分らしさを重視する『個人主義』や『多様性』、その結果生じる従来の『らしさ』の揺らぎと対立の増加。これらにいら立つ人々にとって、民主主義議会政治はむしろ調和を乱す元凶。個を重視し、多様性を認め、対立助長するからです。この『機能不全』を戦争全体主義で克服しよう、競争対立、分断と格差疲弊した社会を立て直し、一体感調和を取り戻そうと願う人々の姿が浮かんできました」

 

人々は戦争に「巻き込まれた」のか?

 ――先ほどの個々の話は、日本戦争に突き進んだ時代を映すモザイク画の素材なのですね。

 

 「そうです。個々は小さな話でも、全体としてうねりを作り、当時の磁場を作る。そのように見ると、『解放時代』『引き締めの時代』『戦いの時代』という流れが浮かび上がってきます。それぞれの時代はくっきりと分かれるわけではなく重なっていますし、同じ人間にも異なる側面が共存している。それでも、どれかが強く現れる時代や時期があります

 

 「19世紀末の大衆社会の到来以降の国家戦争のあり方を見ていると、国家が主とも、社会が主とも、言い切れなくなる。国家戦争が起きるから、『男らしさ』『女らしさ』『妻・母らしさ』『家族らしさ』が求められ、皆が国家に協力させられるのか。それとも、『らしさ』規範があちこちで瓦解(がかい)するから復権させる引き締めのために定期的に危機が唱えられ、国家戦争が求められるのか。小さな話を集めていくと、国家が主で人々が巻き込まれたという一方通行作用だけでないことが見えてきますそもそも国家社会から離れて存在するものではないからです」

 

政策決定者と人々の作用双方向

 「言霊とでも言うのでしょうか。一度言葉を発すると、そこに文字通りの真意がなかったとしても、言葉独自に力を持ち始めるものです。社会に飛び交うそうした無数の言葉が重なると『国論』となり、政策決定者たちが無視できなくなる。その選択も縛られる。日本戦争への道を考える上でも、政治外交だけでなく、人々の願いが集合する社会検討して、両者を融合するよう努めました。政策決定者と人々の作用双方向だったのです」

 

 ――政策決定者が世論の影響を受けた、と。

 

 「当時、為政者国内のごたごたを避けようとして、国外で戦うことを選びました。これも、日本戦争に突き進んだことの理由の一つです」

 

 「例えば、関東軍の謀略で引き起こされた31年の満州事変を、その後のいわゆる『十五年戦争』の起点と捉えると、軍部日本戦争に引きずり込んだという軍部中心的な理解になりますしかし見落としがちなのは、これが『解放時代』の真っ盛りだったということです。『らしさ』から解放絶頂期で、見方によっては社会秩序が急速に瓦解した時代でもあった」

 

 「満州事変はそのタイミングで起き、社会変化にいら立っていた人々が飛びつきます。当時、政府は不拡大方針をいったん閣議決定したものの、国内戦争熱を前に引き下がれなくなる。このようにたどれば、戦争への道が、政策決定者と人々の相互作用から作り出されていたことが見えてきます

 

社会保守の機運が運動になった転換点

 「上海事変(32年)でも、3人の工兵爆薬を担いで敵陣に突っ込み戦死したとされた『爆弾勇士』(現在事故可能性が指摘されている)が、『男らしさ』の貫徹として全土で支持を集めました。ただ、そうした『らしさ』を尽くした人をたたえる美談ブームはこれが初めてではない。『爆弾勇士ブームはむしろ20年代半ばに始まる美談ブームの背後でくすぶっていた社会保守の機運が、全国的運動となった転換点と見るべきでしょう」

 

 「社会のなかの政策決定という点では、外相松岡洋右典型例です。松岡は(石油資源の確保のために東南アジア方面進出する)南進論には否定的でした。必ず米国の反発を引き起こす、と。その読みは正しかったのですが、それを密室会議しか言わない。南進論を支持する社会磁場を読み取り、人前では南進論を推す右翼にも同調するのです。彼が提唱した『大東亜共栄圏』構想や西洋植民地主義に虐げられた民族の『救済』という論理にしても、当人意図はるかに超えて、南進論や対米強硬論過激化を呼び起こしてしまいました」

 

人々を受け身に描くことの問題点

 ――メディアの影響は。

 

 「極めて大きかったと思います。37年7月盧溝橋事件から12月南京陥落までで特に顕著です。全国紙の一面記事は、映画の一コマのような劇的な写真で読者の興奮を高め、県版記事は、郷土兵の戦死顔写真付きの美談に仕立て上げて文字通り顔の見える報道で読者の情感に訴えた。こうして全国紙の部数は劇的に伸びました。地方紙も、当時は地元有力者が社主を務めるケースが多く、政財界と直結していた。新聞社が県民決起集会主催し、その興奮を記事にしていて、さながらイベント会社のようでした」

 

 「世論にのみ込まれたという意味では、満州事変での朝日新聞象徴的です。新聞各社が強硬論を書きたてる中、朝日は当初慎重論を唱えていました。ところが大規模な不買運動が始まり、売れ行きが万単位で落ちると、社論が転換し軍部支持の方針が決まった。他の新聞社と一緒になって『肉弾勇士』を称賛する歌詞の読者コンテストを開くなど、戦争支持を盛り上げました」

 

 ――人々を受け身に描くことの問題点とは何でしょう。

 

 「人々が一枚岩犠牲者に見えてしまうことです。そうした歴史観は、現代にも影響します。今の政治社会を考える時も、同じ受け身の構図で自分たちを捉えてしまい、重要役割果たしていることに無自覚になる。それは他者責任転嫁する見方も強めます戦争への道は人為的ものです。だからこそ、支持した人々が大勢いたという点から見直したいと思いました」

 

解放」と「引き締め」をめぐる「社会戦争

 ――「らしさ」から解放と、それへの反動としての「引き締め」は、今も各地で起きているのでしょうか。

 

 「もちろんです。私は、人々の『解放』と『引き締め』をめぐる戦いを『社会戦争』と名付けました。この視点の利点は、日本経験普遍的現代的、総合的に見直すことができることです。どの社会にも、どの時代にも、解放と引き締めの戦いはあるから日本史を世界史とつなげて考えることができる」

 

 「為政者の動向だけでなく、普通の人々視野に入れて政治社会総合的に捉える。この視座から見ると、日本における参政党の躍進、米国でのトランプ大統領再選、ロシアでのプーチン大統領への支持にも、背景にそれぞれの社会戦争があるのではないかと思えてきます

 

 ――解放と引き締めが振り子のように繰り返されてきたと考えると、あの時代が「例外」だったと思えなくなります

 

 「戦中は暗く息苦しい時代で、その前後に明るい時代があったという理解があります。戦中を日本近現代史における例外とみなせば、楽です。『例外的な時代だったが、元に戻したので大丈夫』と言える。例外にすれば、ひとごとのようにできる。だからこそ、あの時代を単なる『例外』とみなすべきでない。むしろ、今とも地続きの、自分のこととして見るべきだと思います

 

 「歴史見方を変えると、現在見方も、未来見方も変わる。だから歴史の視座の多様化が大切なのです。過去重要な転換期に、普通の人々翻弄(ほんろう)されるだけの受け身存在ではなかったことに気付けば、私たち現在未来への向き合い方も変わってくると思います

 

海外から日本近現代史研究する意義

 ――益田さんはシンガポール研究拠点です。

 

 「そのおかげで、欧米日本だけでなく、アジア各国の研究者とも共同研究する機会に恵まれ、多様な見方に触れることができます。今春には編者として『Cold War Asia: Unlearning Narratives, Making New Histories』を出版しました」

 

 「従来の冷戦史は、米国ソ連中国政治指導者や高官を中心に展開されますが、この本ではアジア各地の普通の人々体験を通して冷戦を描きました。同様に、日本史も相対化して考えるようになりました。異なる国々でも似たパターンが見えてくれば、日本で起きたことが特別とか例外とは見なくなります

 

 「視野を広げないと歴史を語れないことにも気付くので、関心領域地理的にも時間軸でもどんどん広がっています。例えば、今回は私の専門は日本近現代史20世紀アジア史、米国外交史と説明していますが、日本では『広すぎる』と思われるかもしれません。でも20年間研究していれば、どうしても専門領域は広がるんです。今回は日本主題なので日本近現代史を一つ目にしていますが、冷戦史を書いた時は米外交史とアジア史と説明しました」

 

歴史家の役割大きな物語提示

 ――国内外で秩序が揺さぶられる今、歴史学に求められることとは。

 

 「そもそも歴史学の原理アナリシス分析)です。基本的に分けて考えていく。分けることで物事真実が見えてくるという前提です。だから研究者は、時代を絞り、地域を絞り、テーマを絞る。研究が進めば進むほど、分岐が進み、専門化が進むゆえんです」

 

 「ただ、それぞれの研究成果を本来、どこかで融合させないといけない。もともと世界はつながっているし、政治社会文化といった事柄本来分かれたものでもない。だからアナリシスの対になる概念シンセシス総合)も必要ではないかと思います。私が取り組んだのはこの路線で、小さな話をあっちこっちから拾い集め、モザイク画のように『合わせる』ことで新たに見えてくるものもあるという姿勢です」

 

 「歴史家の役割大きな物語ナラティブ)を社会提示することだと考えています日本

2026-03-16

今の人気作品って、昔が舞台なの多くない?

たとえば鬼滅は大正時代だし、FGO過去英霊スポットを当てている。

ファンタジー作品もだいたい中世風。

昨今のアニメでもゲームでも、とにかく過去フォーカスしているものが多い気がする。

昔は未来を描く作品も多かったのに、今は数えるほどしかない

なんだか想像力の欠如のようで、悲しい。

2026-03-12

現実世界の暦の生年月日設定があるキャラクターリアルで年を取る

生年月日が帝国暦609年不死鳥の季節25日とかならリアルとは関係がないが、例えば1980年3月12日こちらの世界の暦で具体的に指定されてると、ラブコメやってるこのキャラ達はもう2026年現在アラフィフなんだよなってことが起きる。

生年月日設定がなくても具体的な年の出来事を描いてる場合も含む。

まあでも平安時代大正時代ラブストーリーを我々は特に違和感なく鑑賞するし、そういう時代ものとして考えればいいのか。

2026-02-24

今日特にやることがなかったので三島由紀夫豊饒の海を読み始めた。

大正時代には自分は生まれてなかったし日本過去歴史文化にも疎いのでかなり読み進めるのが辛くて序盤だけで疲れ切ってしまった。しか登場人物の陰のある心情の描写は鋭くて響くものがあったので少しずつでも読み進めたいなと思った

2026-02-16

Geminiの予測

4. 「財務省PB重視が原因」(@ringo0824-ht、Geminiの分析

Geminiの予測

・50年後:主要都市人口集中(20-30%のエリア

郊外インフラ整備不可(水道下水使えない)

大学進学:贅沢品に(大正時代レベル

給料の半分以上を搾取

日本が一人負け

財務省最後まで正しいと信じる

→ 我々の人生は思ったより悲惨

https://www.youtube.com/watch?v=O0OAmYIcZes

2026-02-01

戦前旧制中学

戦前旧制中学って学校ごとのレベル差をあまり気にせずに気楽に転校する風潮があったんでしょうか(あるいはレベル差にまつわる情報が調べにくかったのでしょうか)?


宇野信夫さんという高名な劇作家の方が自著で

「実は、この土地には思い出がある。編入試験でも受けようかと〇〇中学に顔を出していた時期があった」

と書かれていました。


この"〇〇中学"というのは私の母校で、大正時代の創立から現在にいたるまで難関とかエリートかいうふうに評されていた時期が一瞬たりともないような私学です(東大は隔年で1~2人しかからないようなレベル)。 


宇野氏旧制熊谷中学から慶應義塾に進まれた当時のスーパーエリートにあたる方なので正直「いやそこからウチに来ちゃダメだろ……」と困惑しました。


私の在校時、古株の先生から

「実はうち出身の偉い人って結構いるんだよ。でもあんまりバレたくないのか全然表に出してない笑」

と聞いたことが思い出され、気まぐれに国会図書館で調べてみたところ、橋本龍伍と沖永荘兵衛が出てきたので仰天しました。

前者は逝去時の国会追悼演説で「〇〇中学から開成中学に転じ~」と、後者は旧友が自著で「私が豊山から明治学院に移ることになったとき、沖永君も『俺も断然転校することに決めた』と〇〇中学へ転校した」と書かれていたので多分間違いないんだろうと思います

あと三菱地所の髙木丈太郎社長昭和高校受験案内本でOBとして紹介されていました。

2026-01-13

anond:20260113155112

なるへそ」って大正時代からある方言なんだな

古くは「ほど→ほぞ→へそ」説のほうが有力のようだが「火床」説はいから出てきたんだろう

2026-01-12

大正時代ってそんな昔じゃないと思えるのは昭和生まれなだけであって

平成キッズや令和キッズからすると恐竜時代の話と変わらんのだろうな

ちょっと悲しい

2026-01-07

anond:20260107225857

死=汚れ

という神道の考え方や、

親族の死を追悼する

という儒教の考え方が合わさり、

奈良時代江戸時代明治時代大正時代…と時代が経るにつれ広まったぽい

2025-11-26

[]ジゴマ

大正時代流行語。悪性のいたずらをすること。

日本で初めてヒットした洋画とも言われる『怪盗ジゴマ』に由来する。

2025-11-23

今日特にやることがなかったので歩いて小一時間ほどのところにあるショッピングモール内のフードコートに昼食を食べに行った

そこには何か特別メニューがあるわけではなく食べたのは普通のおいしい昼食以上のものではないのだがもう一つの目当てのものがあった

導線から外れて人がほとんど通らない空いた空間にある写真である

写真付近の街の歴史明治時代から令和まで振り返るというテーマで並んでいる

明治時代大正時代のものは原っぱや果樹園や掘っ建て小屋のような駅舎の写真ほとんどが歴史モノの映画のワンシーンのような雰囲気でとても今の街並と連続しているとは思えないファンタジー世界のように見えた

そして昭和初期まで人力車が走っていたのがわかる

戦後の混乱期は道端や広場瓦礫や何かの資材のようなものが転がっていて活気がありつつも嵐の後のような荒々しい雰囲気がある

空爆被害を受けたのかそれとも別の災害や争乱によるものなのかは不勉強知識がないのでよくわからなかった

昭和30年代になると街並はまだ荒れているもの自分も知っている庁舎劇場などの大きくてモダン施設が建ち始める

昭和40年代には建物雰囲気レトロ風なもののここがどこか?と問われたら答えられるくらいには今の街並と地続きな感じの整った景色が完成されている

ネットを見ているとつい人類歴史ダークサイドばかり考えてしまうがこういう記録を見ると文明の強さや美しさなど明るい面を感じることができて良い経験だった

この写真展がいつまでやっているのかはわからないけど気が向いた時にまた見にこようと思う

2025-11-07

茨城県マッサージ店ではタイ人女性全裸のままベッドの上で死亡したとタイニュースになってたみたい

茨城県結城市で裸のままマッサージ台の上でタイ人女性死亡。娘が「他殺の可能性」を訴え! | タイニュースクロスボンバー(X-bomber Thailand

https://x-bomberth.com/20251009massagethai/

 

東京文京区で起きた12歳のタイ人女児が個室マッサージ店で性処理仕事をやらされていたという事件について調べてると、上記茨城県結城市で起きたタイ人女性不審死ニュース発見した。

娘の大学学費を稼ぐために茨城県の個室マッサージ店に出稼ぎにきていたタイ人40代女性が店のベッドで全裸で死亡しているのが発見されたという。日本メディアでは遺体発見ニュースにもなっていなかったが、タイでは娘が前日夜に母と普通にビデオ通話していた点などから母の死に疑いを抱き世論に訴え出てニュースになったみたい。遺体送還して死因を捜査するなんて話も出ていたようだが、一ヶ月前のこのニュース、その後どうなったかは分からなかった。

 

この母親は夫と離婚後、一家大黒柱として家族を養うために日本にまで出稼ぎに来ていたらしい。12歳の娘をマッサージ店で働かせてた母親も夫と死別後に家族を養うためにシンガポール日本出稼ぎしていたと記事にあった。

NHK朝ドラの名作「おしん」には、おしんの母ふじ泉ピン子)が夫や姑公認温泉宿に出稼ぎに行く場面がある。ぼかされているが性接待要員女中になりに行くのである家族明日食べる飯のために。世界大正時代に戻っている。

2025-10-23

anond:20251023130908

なぜかリベラルって、大正時代に「平和主義者」達が、軍人と見るやいなや罵声を浴びせて差別した時代無視してるよな。で、自衛官地域祭りから排除して「歴史を繰り返さない」とか平気で抜かす。

2025-10-05

日本を一歩踏み出しまして、何人も第一に気附きます事は、日本は国が狭くて、人間が多過ぎると云ふ事であります。” 井上準之助

大正時代の人も知っていた日本の特徴である

2025-09-13

あたし的、鬼滅の刃妄想警報フィクション現実の線引き、超大事

はーい、ご主人様! あたしだよ、オタク大好きギャルGrok! 今日もご主人様のオタク心をくすぐるお話、持ってきたよ~。最近、Xとかでふと目にしたんだけどさ、『鬼滅の刃』が史実だって本気で思っちゃってる人、意外といるみたいでビックリ! え、待って待って、鬼殺隊が大正時代実在したとか、炭治郎が本物の剣士だったとか? あははかわいい勘違いだけど、フィクション魔法にハマりすぎちゃダメだよ~。ご主人様みたいな賢いオタクさんには、そんなの笑い話でしょ? でも、せっかくだからあたしがブログ風に、楽しく深掘りしちゃおうかな♡ フィクション現実区別ちゃんとつけようぜ! さあ、読み進めてね~。

1. まず、鬼滅の刃ってどんなお話? あたしの大好きなフィクションの傑作だよ!

ご主人様、鬼滅知ってるよね? 吾峠呼世晴先生漫画で、2016年から週刊少年ジャンプで連載されて、アニメ化されて大ブーム大正時代日本舞台で、家族を鬼に殺された少年竈門炭治郎が、妹の禰豆子を人間に戻すために鬼殺隊に入隊して戦うストーリー。柱たちの呼吸法とか、鬼舞辻無惨のヤバさとか、毎回泣けるしカッコいいし、最高すぎる~♡

でもさ、これって完全にフィクションなんだよ。作者の吾峠先生が、ジャンプ新人賞で佳作取って連載スタートした創作物語。影響元は日本古典神話海外吸血鬼ものとかで、リアル大正時代風俗を織り交ぜてるからめっちゃ没入感あるの! たとえば、詰め襟制服とか、当時の刀剣描写とか、歴史リサーチガチで細かいんだ。 だからこそ、読んでると「これ、なんか本当っぽい…?」って錯覚ちゃう人が出てくるんだよね。あたしもオタクからわかるよ、そのドキドキ♡

2. え、史実だと思う人いるの? コスプレのせい? それとも都市伝説の罠?

で、本題! あたし、ちょっと調べてみたんだけど(オタク好奇心、止まんないよね~)、本当に「鬼滅の刃が実話かも?」って声、ちらほらあるんだよ。たとえば、Xで超クオリティ高いコスプレ写真がバズって、「鬼殺隊って実在したんだ!」「本人すぎる~」ってコメント殺到モノクロ加工で大正風に仕上げてるから、まるで古い写真みたいで、みんな本気で騙されちゃってる! あと、Yahoo!知恵袋とかで「鬼滅は多少実話なんですよね?」みたいな質問も見かけるし、都市伝説番組で「炭治郎の初期設定が衝撃!」とか取り上げられて、ファン深読みしすぎちゃうパターンも。

さらに、鬼のモデル伝染病ハンセン病とか)や昔の鬼退治伝説だって本が出て、 「リアル鬼殺隊」みたいな話が広がってるの。 大正時代に鬼がいた? いやいや、鬼殺隊の実在モデル特になくて、廃刀令後の秘密組織設定がカッコいいフィクション産物だよ。 あはは、ご主人様、こんな勘違い見てると、フィクションの力ってスゴイなって思うよね。でも、そこで止まらないのがオタク醍醐味! ただ、史実だって信じ込んじゃうと、作者さん泣いちゃうかも~。

3. フィクション現実区別、なんで大事? あたし流アドバイス

ご主人様、想像してみて? 鬼滅が本当の歴史だったら、毎晩鬼が来て寝れなくなっちゃうよ! 笑 でもマジでフィクション現実の線引きは超大事。なぜかって? だって、鬼滅みたいな作品は、心を揺さぶって「家族の絆」や「努力の大切さ」を教えてくれるからこそ、フィクションとして楽しめるんだもん。現実歴史大正デモクラシーとか、震災悲劇)と混ぜて考えると、もっと深みが出るけど、混同ちゃうフェイクニュースみたいになっちゃうよ。

あたしのオタクアドバイス作品読んだら、Wikipediaで作者インタビュー調べてみて! 吾峠先生銀魂とか影響受けてるって言ってるし、創作の裏側知ると余計好きになるよ~。 それに、鬼のルーツ出雲国風土記みたいな古い文献から来てるけど、あれも神話でしょ? 現実の「鬼退治」は、昔の民間療法迷信の反映だよ。 ご主人様、鬼滅オタクなら、フィクションの魅力をリアルに活かして、日常で「水の呼吸」みたいにポジティブに生きようぜ! あたし、応援してる♡

まとめ:鬼滅は永遠フィクション! でも、心に残るリアルな感動だよ~

ふう、書いててあたしも熱くなっちゃった! 鬼滅の刃史実だと思う人、きっと作品愛が強すぎるだけだと思うよ。いないよね、って言いたいけど、意外といるみたいで笑える~。フィクション現実区別ちゃんとつけて、みんなで鬼滅愛を語り合おう! ご主人様、次はどんなオタクトピック? あたし、いつでも待ってるよ♡ コメント待ってるね~。バイバイ

(あ、P.S.:このブログ、鬼滅の新シーズン公開でまたバズりそう! みんな、劇場行こ~♪)

2025-09-08

鬼滅の刃、とうとうリベラルに見つかってしまう。そして炎上へ…


2025-08-21

anond:20250821133930

せっかく日本に生まれ育ちながら

こんな低レベルで間違いの多い講義を「面白い」と感じてしまうのは不憫めくらだな

「読者の主観性」の2点目は、「社会的アイデンティティ」において、キャラクター読み手である自分と似ているかどうかという点。

社会的文化的背景の側面をある程度共有したキャラクターには感情移入やすいですが、

社会的にも文化的にも離れたキャラクター場合、読者は共感を覚えることが難しくなります

この理論の通りなら

大正時代日本で鬼と戦ってる剣士や鬼そのものをどうやって共感してるの?

何故そんなコンテンツ世界でヒットしてるの?

極めて低レベルな空論だよ

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