前に書いた記事と重複する部分もあるが
「Gのレコンギスタ」はロードムービー、もしくは旅番組のような作品なのかもしれない。
ベルリとアイーダが中心となりメガファウナに乗って地球と宇宙の様々な所に赴く。
ベルリはアメリア、トワサンガ、そしてビーナス・グロゥブといった各場所へ訪れ
そこで人々と出合いながら、自分が知っていた世界が狭く、
育ての母親から教えられた事やスコード教だけではない世界があることを知る。
アイーダもまた、カシーバミコシに行けばトワサンガ、
トワサンガに行けば金星へ行くと言い、アイーダは一つ何かを知っては
また新しい真実を知るために新しい場所へ向かおうとする。
その旅行先では国家があるものの、複数の派閥に分かれている。
そうした状況下でベルリ達は各勢力とロボットプロレスを行い、
戦いを通して人々の考えや人となりを知っていく。
宇宙旅行を通して、世界や自分の境遇の真実を発見していく構造になっている。
それが「リアルは地獄」であるかもしれないのだが。
そして旅行とはいいつつ、各勢力の争いを通して、エネルギーや宗教といった問題、
宇宙と地球の関係などを盛り込みつつ、人間はなぜ戦争を起こしてしまうのか、
戦争に突き進んでしまう全体主義がどう起こってくるのかを描いているのかもしれない。
人種や諸勢力の壁を越えるメガファウナというグランドホテル
そして興味深いのは、ベルリとアイーダの旗艦であるメガファウナは
新しい場所に訪れるたびに、新しいクルーを増やしていることだ。
まず3話のラストでアイーダに連れてこられたベルリとノレドとラライア。
次に10話以降はキャピタルガードのケルベス。
そして捕虜となったトワサンガのリンゴもメガファウナに協力。
またトワサンガのレジスタンのロルッカ、ミラジ、フラミニアもメガファウナに協力した。
(※フラミニアはスパイでもあったが)
各勢力の人々がメガファウナという一つの船に乗って旅をする。
そして彼らは属する勢力は別でも一つの船で同じ目的のために動く。
あくまで印象論だが、それは強制ではなく彼らの自由意思のようにも思える。
そもそもメガファウナのクルーはベルリ達がやってくる前から
バラエティーな人々が搭乗していた。
ハッパ、アダム・スミス、ステア、ギゼラetc。
服装も肌の色も違う、つまり生活習慣や常識感覚も違うであろう彼らが
一つの船で働き、生活している土壌が元々あったからこそ、
ベルリ達も寛容に受け入れたのかもしれない。
こすいた一つの大きな場所に様々な人々が集まり物語が展開する方式は
グランドホテル形式といえるし、この方式は「機動戦士ガンダム」からの
富野作品の大きな特徴ともいえるだろう。
まとめ
旅行をしていきながら、新しい仲間を増やしていく。
ロードムービーであり、グランドホテル形式でもあるのが
「Gのレコンギスタ」の骨子のひとつではあると思う。
見たことがない場所を見て感じる旅そのものの楽しさ、
旅しながら増えていく仲間、そして自分とは違う考えを持つ人々との出合いを通して
ベルリ・ゼナムは世界の真実を知ることになるのだ。
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