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2026-01-21

anond:20260121182022

「刑」と「殺」の時点で違いが決まるんやろ

薬物注射で(眠るように)殺していたとしても卑劣で悪質と言われうる

2026-01-18

母が亡くなったことを、やっと体感できた体験

1月18日、母が亡くなってちょうど2年になる。74歳だった。

会社で近くの韓国料理屋でランチをしていたとき家族グループLINEに通知が入った。

「母が倒れて病院搬送され、危篤状態

食事の味は、その瞬間からからなくなった。

急いで病院へ向かうと、一命は取り止めたとのことで、医師からは「大丈夫です」と説明を受けた。

自分はその言葉を疑わなかった。数日もすれば回復し、また家に帰ってくる。そう、当たり前のように思っていた。

しかし、その日の深夜、容態が急変した。

から届いたLINEは短かった。

「母、容態急変。至急病院へ向かう」

その文面を見た瞬間、体の奥から力が抜けた。

泣きながら流しのタクシーを拾い、お茶の水大学病院へ向かった。

病室で見た母は、顔面蒼白で足がパンパンに腫れ上がっていた。

医師から「これ以上、できることはありません」と告げられた。

母に抱きつき、「ありがとう」感謝を伝えた、その直後だった。

心拍モニターから、けたたましいアラート音が鳴り続けた。そして母は、そのまま安らかに眠るように息を引き取った。

あれから、ちょうど2年。

今朝、夢に母が現れた。

夢の中で実家にいると、母が帰ってきたのだ。鍵につけている、小さな鈴の音で分かった。形見として、いまも自分が持っている鈴だ。

「ただいまー」

くっきりとした、はっきりした声だった。

これまで夢の中で母に会うときは、「亡くなっていない母」だった。

けれど今日の夢の母は、亡くなっているはずなのに、確かにそこにいる母だった。

夢の中で、涙が止まらなかった。

「母ちゃん」と、何度も叫び続けた。

感覚としては、帰ってきたドラえもんに再会したときに近い。

子どもの頃、コロコロコミックでその回を読んで号泣した、あの感じだ。

同じように涙が止まらず、朝6時、泣きながら目が覚めた。

そして今日実家に集まり、母の墓参りをした。

2年経って、ようやく母の死を心の底から実感できた気がする。

母が亡くなったことを、やっと体感できた体験

1月18日、母が亡くなってちょうど2年になる。74歳だった。

会社で近くの韓国料理屋でランチをしていたとき家族グループLINEに通知が入った。

「母が倒れて病院搬送され、危篤状態

食事の味は、その瞬間からからなくなった。

急いで病院へ向かうと、一命は取り止めたとのことで、医師からは「大丈夫です」と説明を受けた。

自分はその言葉を疑わなかった。数日もすれば回復し、また家に帰ってくる。そう、当たり前のように思っていた。

しかし、その日の深夜、容態が急変した。

から届いたLINEは短かった。

「母、容態急変。至急病院へ向かう」

その文面を見た瞬間、体の奥から力が抜けた。

泣きながら流しのタクシーを拾い、お茶の水大学病院へ向かった。

病室で見た母は、顔面蒼白で足がパンパンに腫れ上がっていた。

医師から「これ以上、できることはありません」と告げられた。

母に抱きつき、「ありがとう」感謝を伝えた、その直後だった。

心拍モニターから、けたたましいアラート音が鳴り続けた。そして母は、そのまま安らかに眠るように息を引き取った。

あれから、ちょうど2年。

今朝、夢に母が現れた。

夢の中で実家にいると、母が帰ってきたのだ。鍵につけている、小さな鈴の音で分かった。形見として、いまも自分が持っている鈴だ。

「ただいまー」

くっきりとした、はっきりした声だった。

これまで夢の中で母に会うときは、「亡くなっていない母」だった。

けれど今日の夢の母は、亡くなっているはずなのに、確かにそこにいる母だった。

夢の中で、涙が止まらなかった。

「母ちゃん」と、何度も叫び続けた。

感覚としては、帰ってきたドラえもんに再会したときに近い。

子どもの頃、コロコロコミックでその回を読んで号泣した、あの感じだ。

同じように涙が止まらず、朝6時、泣きながら目が覚めた。

そして今日実家に集まり、母の墓参りをした。

2年経って、ようやく母の死を心の底から実感できた気がする。

母が亡くなったことを、やっと体感できた体験

1月18日、母が亡くなってちょうど2年になる。74歳だった。

会社で近くの韓国料理屋でランチをしていたとき家族グループLINEに通知が入った。

「母が倒れて病院搬送され、危篤状態

食事の味は、その瞬間からからなくなった。

急いで病院へ向かうと、一命は取り止めたとのことで、医師からは「大丈夫です」と説明を受けた。

自分はその言葉を疑わなかった。数日もすれば回復し、また家に帰ってくる。そう、当たり前のように思っていた。

しかし、その日の深夜、容態が急変した。

から届いたLINEは短かった。

「母、容態急変。至急病院へ向かう」

その文面を見た瞬間、体の奥から力が抜けた。

泣きながら流しのタクシーを拾い、お茶の水大学病院へ向かった。

病室で見た母は、顔面蒼白で足がパンパンに腫れ上がっていた。

医師から「これ以上、できることはありません」と告げられた。

母に抱きつき、「ありがとう」感謝を伝えた、その直後だった。

心拍モニターから、けたたましいアラート音が鳴り続けた。そして母は、そのまま安らかに眠るように息を引き取った。

あれから、ちょうど2年。

今朝、夢に母が現れた。

夢の中で実家にいると、母が帰ってきたのだ。鍵につけている、小さな鈴の音で分かった。形見として、いまも自分が持っている鈴だ。

「ただいまー」

くっきりとした、はっきりした声だった。

これまで夢の中で母に会うときは、「亡くなっていない母」だった。

けれど今日の夢の母は、亡くなっているはずなのに、確かにそこにいる母だった。

夢の中で、涙が止まらなかった。

「母ちゃん」と、何度も叫び続けた。

感覚としては、帰ってきたドラえもんに再会したときに近い。

子どもの頃、コロコロコミックでその回を読んで号泣した、あの感じだ。

同じように涙が止まらず、朝6時、泣きながら目が覚めた。

そして今日実家に集まり、母の墓参りをした。

2年経って、ようやく母の死を心の底から実感できた気がする。

2026-01-17

anond:20260117152027

眠るように意識が遠のいてそのまま死ぬのと死ぬレベルの激痛食らって死ぬなら後者のほうを味わってほしいなあ

自分の機嫌は自分で取るべきって思うけどクソ忙しくて睡眠削られて微妙体調不良普通に嫌なことも重なってて

ご飯食べるくらいしかストレス解消法がないけどそれで太って爆食もジャンクフードも逆にストレス溜まる

これ乗り越えたら泥のように眠るしかない

はあ

2026-01-15

規則正しい生活孤独 - 40歳を迎える

2024年2025年、私は自分健康に悩まされていた。

そして2026年、私はついに40歳になる。

病院に通うような生活はしたくない。

健康でいたい。できるだけ若々しくありたい。

けれど最近ひとつ気づいたことがある。

健康のための規則正しい生活は、とても孤独だ。

早起きするためには、早く寝なければならない。

7時間睡眠を確保するには、22時30分にはベッドに入るべきだ。

そのためには19時までに仕事を終え、ジムに行き、軽いトレーニングをする。

帰宅して、簡単な夕食をとり、風呂に入り、眠る準備をする。

それだけで精一杯だ。

調子がいい日でも、読書に使えるのはせいぜい30分ほど。

YouTubeを見る時間も、Netflixを見る時間もない。

その代わり、朝には確かなご褒美がある。

静かな散歩。数ページの読書

顔に当たる日差し。美味しいコーヒー

この生活健康的だ。

頭は冴え、仕事も順調に進む。

それでも、孤独だ。

仕事以外で、誰かと話す時間がない。

昨日読んだ本の話や、週末に観た映画の話をする相手もいない。

カロリーの高い、輝くような食事もない。

お酒に身を委ねる夜もない。

もしそれらを許せば、この慎重に保たれた生活は、一晩で崩れてしまうだろう。

から人は、パートナーを見つけ、

家族をつくるのかもしれない。

この静かな空白を埋めるために。

けれど、私にはその生き方は向いていなかった。

誰かのために生きることは、私の生活バランスを崩した。

そして、もっとも近くにいる人が私に関心を向けなくなったとき

私はより深い孤独を感じた。

ときどき、耐えきれなくなって、

強い刺激を求める。

日中意味もなくコンテンツを消費し、

酒をたくさん飲み、

よく知らない他人と、

よくわからない、ただ疲れるだけの話をする。

一瞬だけ、心が埋まったような気がする。

けれど次の朝、前よりも大きな孤独がそこにある。

愛した人に、愛されたかった。

そうすれば孤独は消えると、

本気で信じていた。

ないものねだりだと、わかっている。

それでも思ってしまう。

病気になったあのとき

なぜ私は、静かに死ねなかったのだろう、と。

きっと、そんなことを口にすれば、

治らない病を抱えている人に叱られる。

早く気づけて、健康に戻れたのだから

幸運だったでしょう、と言われる。

ねえ、もうすぐ40歳になるよ

寿命を考えたら、またこから40年生きるかもしれないよ

誰とも分かり合えないまま

健康的で規則正しい彩りのない生活孤独を抱えて生きるのだろうか、

ずっと?

2026-01-12

触れようとした髪が、誰のものか分からなくなった

35歳男。結婚8年目。子どもなし。

妻には大学から親友がいる。ここではAと書く。

Aは、うちによく来る。金曜の夜に3人で飲んで、そのままソファで寝ていく。妻は「家族みたいなもんだよ」と言う。たしかに、そういう距離感だと思っていた。少なくとも、1年前までは。

最初にAとそういう関係になった夜のことは、いまでもはっきり覚えている。

妻が仕事で帰れなくて、Aと2人で待っていた。いつものようにテレビを流しっぱなしにして、どうでもいい話をしていた。Aは酔っていて、いつもよりよく笑っていた。

終電がなくなった頃、Aが「今日はここに泊まってもいい?」と言った。

「いつも泊まってるじゃん」と答えると、Aは少し黙って、「ベッド、空いてるよね」と言った。

そのあとの細かいことは書かない。ただ一つだけ、今でも頭から離れない場面がある。

全部が終わったあと、Aがシーツを直しながら、ぽつりと言った。

「ねえ、いつも奥さんにしてあげてるみたいに、髪、撫でてくれない?」

その瞬間、喉が詰まった。

自分は、無意識に、Aの頭に手を乗せていた。いつも妻が疲れてソファ寝落ちしたときにやっているのと同じ動きで。指先が、Aの髪の生え際をなぞった。Aは目を閉じた。

「こういうの、ずるいよね」とAが笑いながら言った。

奥さんしかしないと思ってた」と。

その一言で、「ああ、自分はいま、本当にまずいことをしてるんだ」とやっと理解した。

それからパターンができた。

妻と3人で飲む

妻が先に寝る

Aがキッチンで片付けを手伝う

目が合う

そのまま、寝室に行くこともあれば、ソファで並んで眠ることもある。

行為自体の話はここでは端折る。問題は、その前後だ。

Aは、終わったあと、必ず同じことをする。

片手で、自分Tシャツの裾を掴んで、そこに額を押し付ける。

何も言わない。こっちも何も言わない。

その沈黙が、妻との沈黙とすごく似ている。

ある夜、Aが小さな声で言った。

「ねえ、奥さんにもこうやってくっついてる?それとも、もうしない?」

その質問に、うまく答えられなかった。

最近あんまりいかな」とだけ言った。

Aは「そっか」と笑った。笑ったけど、そのあと、ずっとTシャツから離れなかった。

翌朝、妻が起きてきて、Aに抱きついた。

おはよう、A」と言って、髪をくしゃっとする。

そのとき自分の手が勝手に動いて、妻の頭にも同じように触れそうになった。

あわてて手を引っ込めた。妻は何も気づいていない。

それ以来、「髪を撫でる」という、ごく当たり前のスキンシップができなくなった。

妻がソファで疲れて寝ていても、頭に手を伸ばせない。

伸ばそうとすると、Aがシーツの上で「奥さんにしてあげてるみたいに」と言った声が蘇る。

多分、妻がこれを読んだら、行為のものより、この部分で一番ムカつくと思う。

自分けが知っているAの顔。

自分けが知っているAの声。

そして、自分けが知っている「妻にしていたはずの手つき」が、別の人にもコピーされてしまっている事実

Aは時々、冗談のようにこう言う。

「ねえ、奥さんと私、どっちを撫でてるとき楽しい?」

答えられない。

どっちも楽しい、とも言えないし、どっちかを選ぶこともできない。

代わりに、「こういうこと聞くなよ」と笑ってごまかす。

Aは「ごめん」と謝るけど、そのあと、またTシャツの裾を掴んで黙る。

妻は、何も知らないまま、「Aがいてくれて良かった」と言う。

あなた仕事で遅いときも、Aがいてくれると安心する」とも言う。

そのたびに、胃の奥が重くなる。罪悪感だけじゃない。安堵もある。

今日も何もバレなかった」という安堵と、「今日も二人に同じ手つきをした」という嫌悪感が、同じ場所でぐるぐる回っている。

やめようと思ったことは何度もある。

Aに「もうやめよう」と言おうとして、喉のところで止まった言葉が、いくつもある。

Aの顔を見ると、その言葉が出なくなる。Aは何も言わない。ただ、Tシャツの裾を掴む。

たぶん、自分が一番怖いのは、「全部バレて終わること」じゃない。

このまま、何もバレないまま、10年、20年と続けてしま自分の方だ。

2026-01-09

深夜に帰宅して、ゾッとするとき!!

帰宅してから眠る前に、

せめて明日の準備だけしとこうと、

カバン中身の移し替えをしてたら、

鞄の底の隙間に見つからないように仕込まれてた、

GPSラッカーを見つけてしまったとき!!

2026-01-07

anond:20260107174853

眠る権利がない奴隷階級

dorawiiより

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2026-01-02

多重債務者アルコール以外で時間をつぶすことの重要

以前、多重債務に陥った親族の自立を支援したことがある。

複数親族、友人知人、会社の同僚などから借りた借金をどうにかして返せるようにするため、親族代表として私が支援した。


はじめたのは家計見直し

例えば、車をダウンサイジングするとか、高いドコモ契約をahamoにするとか、その他毎月かかる費用を抑えるためにカットすべき項目をリストアップした。

そこで激しく抵抗にあったのが、iPhone, 自宅WifiNetflixの3つ。


まあ、iPhoneはいい。サポート期間長いから、長い目で見れば得。安価SEだったし。

だが、自宅WifiNetflixは本当に必要なのか。これはぜいたく品ではないのか。

彼の仕事冷蔵冷凍倉庫での業務であり、いわゆるブルーカラー仕事で、業務でもほとんどPCを利用していない。

にもかかわらず、毎月数千円のWifiNetflixお金をかけるのであれば、その分をサラ金の返済に回すとか、債権者への返済に回すとかすべきではないのか。

しかし、彼はものすごい抵抗した。「それだけは削らないでください。私の唯一の楽しみなのです」という。


結局、WifiNetflixは削らなかった。

私が支援をいったん終えた数年後、彼は親族に共有していたのより、もっと多くの借金をしていたことが明らかとなり、結果債務整理へ。

我々債権者が受け取り返済額は15%ほどにカットされた。

腹が立つが、それはもういい。


で、今思い返したのは、彼は債務整理となり、大勢からの信頼も失い、信用情報も失ったのだが、自宅WifiNetflixのおかげでアル中にもならず、一応健康な体は残ったのだなと。

久し振りに会った彼は、精神的にはダメージを受けていそうで、自信も喪失していたが、体調はなんとか問題ないのだという。

もしこれが、自宅WifiNetflixがなければ、彼は仕事を終えて帰宅後に、現実逃避する時間つぶしにNetflixを使えず、おそらくアルコールに逃げて、人生破滅していたのかもしれない。

私もいくばくかのお金を貸し、大半が戻ってこないので、「良かった良かった」とは全く思えない。

とはいえ、彼の残りの数十年の人生を思うと、彼が仕事を終えて帰宅した後、眠るまでの時間Netflix時間つぶしできたことは、最良の選択だったのかもしれない。

いくら経済的に追い詰められていたとしても、適切な精神的逃げ道を設けることは大切なのだと知った。


かに役に立つ内容でもないが、ふと思い出したので共有。

トランス女性女性です

レイナタカシはい、どうもー! 「妄想特急」です!

タカシ: (客席を見渡し、深刻な顔で)俺は真実を知っている……! どうも、国士タカです。

レイナ: (スマホしまうフリをして)私は現実を生きている。どうも、リアルレイナです。

タカシ: 俺はな、お前らが「手術」とかを安易に考えてるのが許せんのだ! 「今日は気分で性別変えちゃおっかな〜」みたいなノリだろ!? 人体を改造するな!

レイナ: あのな、タカ性別適合手術ってなんぼするか知ってるか?

タカシ: 3000円くらい?

レイナ: 散髪か!数百万円かかるわ! しかも術後の激痛で何ヶ月も動けへんし、毎日ダイレーションっていうリハビリあんねん。お前の言う「ノリ」で数百万円払って股間にメス入れる奴がおるか?

タカシ: 俺の愛車の中古の軽より高い……。

レイナ: お前の全財産より私の股間の方が金かかっとんねん。覚悟の桁が違うわ。

タカシ: 金の問題じゃない! 言葉問題だ! 最近、俺みたいな普通の男を「シスジェンダー」って呼ぶだろ! あれは悪口だ! 差別用語だ!

レイナ: いや、あれは医学的・社会学的な分類の用語や。「右利き」と一緒で、悪口意図はないで。

タカシ: 嘘だ! 響きが悪い! 「シス」ってスターウォーズの悪役(暗黒卿)みたいだろ! 俺をダークサイドに堕とす気か!

レイナ: そんなカッコええもんちゃうわ。もしお前がシス卿やったら、ライトセーバー振り回す前にネット炎上して自滅してるわ。

タカシ: うっさいわ! 最後にもう一つある! 教育現場だ! お前らは子供たちを洗脳して、トランスジェンダーにしようとしてるだろ! 「トランス勧誘」をやめろ!

レイナ勧誘て。宗教とかマルチ商法ちゃうねんで。

レイナ: あのな、もし私に他人トランスにする特殊能力があるんやったら、真っ先にお前を美女に変えて、そのひねくれた性格矯正したるわ。

タカシ: お、俺が美女に? ……意外と悪くないかも……チヤホヤされるなら……。

タカシ: はっ! まさか俺の中に眠る乙女心!?

レイナ気持ち悪い目覚め方すんな。もうええわ。

レイナタカシありがとうございましたー。

2025-12-28

私的な内容の日記

・6:00〜

朝方に見た夢


私・父・兄・友人の4人で実家横の小道を歩いている。

どうやら、これから母方の叔父・叔母も加えた6人で、レストランご飯を食べに行くらしい。

友人は私から散々兄の悪口を聞かされているからか、兄への態度が刺々しく、私も兄には優しくできないので私・友人 VS 兄で口論のようになり、いきなり雰囲気が悪い。

そのうち、私・父・友人は先にレストランに徒歩で向かい

兄は、実家の片付けをしてくれている叔父と叔母に合流して、叔父の車に乗って後から来るということになった。


しばらく私・父・友人の3人でレストランへの道を歩く。

そのうち、空の雲行きが怪しくなる。傘を持って来ていないから焦る。

私は、3人分の傘を実家から取ってくるから、先に向かうよう父と友人に伝えて実家へと急ぐ。

実家への道の途中で、かえるくまのぬいぐるみが落ちているのを見つける。雨に濡れたらかわいそうだと思って彼らを拾う。


実家(マンション)の階段を登る。2階で叔母とすれ違う。「掃除ありがとう」と声をかける。

3階で叔父とすれ違う。「掃除ありがとう」と声をかける。


4階で、踊り場の壁に真っ白な包帯で括り付けられている女の子出会う。

迷ってから、やっぱり気になって「大丈夫?」と声をかける。彼女の右目を隠すように巻かれた包帯は少し血で汚れていた。

「そっちこそ大丈夫?」と私に聞いた女の子の声は優しかった。

「私は大丈夫……」

私が答えると、女の子は壁と一体化したままにっこり笑った。


「よかった。ねえ、あなたの好きな漫画映画になるでしょ」

「え?そうなの?知らなかったよ」

「ね、観に行きなよ」

「雨が止んだら観に行くよ」

そんなやり取りをして、バイバイと手を振って5階に向かう。


ドアの横の壁に兄がペンキを塗っていた。汗をかいている。

「傘を取りにきたよ。それと、このぬいぐるみ家に置きたい」と言いながら階段を登り切った瞬間に、家のドアが内側から開く。


ドアの向こうから、嬉しくてたまらないような笑顔を浮かべた母が出てきて、そのまま抱きしめられる。

私は両手にくまとかえるぬいぐるみを持っていたから一瞬困って、でもすごく嬉しくなってそのまま母を抱きしめ返す。

「どうしてここにいるの!?


どうして母がいるんだろう!?母はもう死んでいるはずなのに……。

兄は母がいたことを知っていたみたいで、何か事情説明してくれているけど、それどころじゃなくて話が全然耳に入らない。

ぎゅっと抱きしめてくれる母の体が温かい。嘘みたいに。


母は言葉を話さなかったけど、私が目を閉じている間だけ頭の中にゲームテキストウインドウみたいに母の言葉が流れ出す。

特別に今だけここにいられるの……』

『その特別な条件っていうのが……』

と、母も私に説明してくれようとしていたけど、やっぱりそれどころじゃない。

母を抱きしめて「ありがとうありがとう……」と言っているうちに目が覚めた。


・15:00〜

昼寝で見た夢


私は実家リビングソファーに座っている。

私は時間を朝だと認識している。確かに、部屋全体が明るくて暖かい

目に見える場所には誰もいないけど、私は何となく、家に母がいるように感じている。

私はそのままソファー眠る


目覚めると、私は両親の寝室にいる。

時間夕方だ。部屋全体が暗くなっている。

私はほうきとちりとりで、ベランダから部屋に入り込んだ土を片付けている途中みたいだった。

ベランダの方に向けていた体を後ろに振り返ると、2つ並んでいたはずのベッドは1つになっていて、部屋全体がずいぶんすっきりとした印象になっていた。

私はなんとなく、この家にはもう母はいない気がすると思った。


ベッドの上では、父が眠っている。


私は、ほうきで土を集めながら眠っている父に話しかけた。

「朝はここにママがいた気がするのに、今はもういない気がする。なんでだろう」

「なにそれ。そんなの、すごく悲しい」

父のその反応で、この夢の中でも、現実と変わらず母はもう死んでいるんだと理解する。


「夢にママが出てきたんだよ」

夢の中の私が、確かに現実の私が朝方に見た夢を思い出しながらそう言った。

「それは本当に夢のような話だ……」

まどろむように、少し寂しそうに父が言う。

半分眠って、半分起きているような父。

私は悲しくなって言う。

「本当は、パパももう死んじゃっているんだよ」


父は、何を言われてるのか分からないみたいにしばらく微笑んだまま首を傾げていた。

「パパが死んじゃった……」

私が、父が死んだことをなんとか伝えようとすると、父は何も言わないまま、眠たそうに笑いながらバイバイ、と私に手を振った。

それが悲しくて、私は泣きたくなりながら何度も、「もう頑張れない」とベッドの上の父に訴えた。


姿の見えない兄が、「母さんは本棚にいるんだ。住んでるんだ」とどこかで呟いているのが聞こえた後、目が覚めた。


・16:00〜

現実


今年父が死んで、それに伴う手続きや遺品の整理に忙殺されるまま年末になってしまった

家族が誰もいない、一人ぼっち正月を迎えるのはこれが初めてのことだから、少し前から寂しくて嫌だなと思っていた。

から会いに来てくれたんだろうか?


悲しいけど嬉しかたから、書き残しておく

2025-12-26

健全精神健全な肉体に宿るってのまじだよな

まじで肉体が不調だとメンタル終わるし

うんこが快便なだけで気分上々

ムカつくことがあっても寝れない日々でも

帰宅後に1時間くらい走って肉体を疲れさせると身体は肉体の回復を優先するからぐっすり眠れる

そしてぐっすり眠るとムカつくことも霧散する

たくさん食える胃腸と適度な運動に気を配ればメンタルは安定する

2025-12-25

酒飲んで寝る叔父を少し好きになった

俺は酒が飲めない。飲むと気持ち悪くなるだけだし学生の時に先輩に鍛えろと言われて飲み続けた事もあるけど結局強くならなかった。

俺は社会人になってしばらく叔父と一緒に暮らしていた。

叔父東京で一人で暮らしていてそこに居候させてもらっていた。

家賃的にも助かるし叔父は穏やかでいい人だったか日常で不満に思うことなどなかった。

ただひとつだけ叔父は酒飲みだった。

夜にほぼ毎晩晩酌していて酔っ払うと普段よりちょっと口数が増えて、グチっぽくなる感じ。あとよくわからない話も多かった。「俺もなあ もうわかんないのよ」とかぶつぶつ言ったり。

暴れるとか怒り出すとかまでいかないけど、普段めっちゃ穏やかなだけにギャップが強くてそれだけは好きじゃなかった。

この人は酒の力を借りないと心で思ってる事が口に出せないんだろうな、それってダサいなと思っていた。

言葉にするなら酔ってなくても言えることだけにしろよ、そうじゃないなら胸のうちにしまっておけよと思っていた。

その後しばらくしてずっと世話になるのも悪いので俺は叔父の家を出た。

俺は社会に揉まれて色々な経験を重ねていった。

だんだん歳を取るにつれ、仕事でもプライベートでも「言わないでおいたほうがいい事」が多いなと感じるようになっていった。

若い頃は自分の思いとか考えを誰かにぶつけることが大事だったし、失敗も含めて良い経験だったと思う。

だけどそうやって経験を積んで歳を取ってくると、今度はあえて言わないというポジションになってきたなと感じた。

ただ聞いてあげる。それが大事な場面がどんどん増えていく。

自分が「受け手」に回ることが増えていくと、夜寝る時に色んな事が頭をよぎるようになっていった。

若い時の不安になったり、焦燥感を抱く気持ちとは違う。

ただただ色んな人の思いみたいなのが自分の中に入り込んできてしま感覚だ。

この感じはどうやっても拭えなかった。解決する方法があるわけでもない。

そんなよく分からない感情をぶつける相手などもちろんいない。そもそも言語化することもできない。

俺はお酒を飲む人をどこかで軽蔑してるとこがあった。

酒は飲んでも飲まれるなという言葉があるように、ただ美味しいから飲んでるだけならいいけど

どちらかというと「なにかを忘れたくて飲んでる」人が多いように見えていた。

今日あったことをいったんもう忘れてしまいたい。

明日もあるからこそ今日有耶無耶にして眠る必要がある。

それは時に悪循環を生む怖さはあるけど、そうやって毎日を乗り切ってる人もいるのも事実だ。

記憶をなくすほど飲むわけじゃない、でも少し頭の中を麻痺させたい。

だって考えたって仕方ないことが多すぎる。

真面目な人ほど、心のなかにもやもやを抱えすぎて、酒を飲む。

俺の叔父もそういうタイプなんだと思う。

俺は夜に一人で晩酌して、酔っ払うと少しグチっぽくなっていた叔父の事を少し好きになった。

なんなら、ちょっとカッコいいじゃんとも思うようになった。

あんたのグチくらい俺が聞いてやるよという気持ちになった。

からたまに叔父の家に酒を持っていって、付き合うようになった。

1人夜な夜な晩酌して自分を誤魔化すようにして眠りにつく叔父

次の日はなにもなかったように同じように穏やかに真面目に仕事に向かう。

体壊さない程度になら呑んでくれていいよ、下戸だけど俺でよければ付き合うよ。

2025-12-21

安楽死資格制にする

安楽死制度導入のハードルの一つに周囲から強要危険性があるけれども、資格制にしちゃえばいいんじゃなかろうか。

自動車免許みたいな感じで、座学→効果測定と実技みたいな。もちろん実技といっても死ぬわけにはいかないので、ボランティア◯日とか社会奉仕◯日みたいにする。

そして試験や実技の合間にカウンセリングも設ける。具体的には強要されてないかどうかと、意思は変わらないか確認が主。

資格取得のための費用は50万円。頑張れば用意できないこともないくらい。強要してくる奴には「とりあえず50万くれや」で凌げると良い。

一応、安楽死強要は罪にする。まあそんな法律の隙間を縫って強要する輩も出るだろうけど、これは国家としての意思表示みたいなもの

こんなに手間ひまかけてようやく解禁されるものなので、当然安楽死は心地よくなければならない。眠るように死ねると良い。ここに魅力がないと自力安楽死勢(つまり自殺だね)が続出してしまう。

安楽死制度化に伴って、自力安楽死罰則化される。特に電車飛び込みみたいな周囲への損失が確実に発生するタイプのは厳罰。…厳罰一か八か死ぬかもしれない人に対する厳罰ってなんだろうか。ちょっと想像がつかなかったので保留。

そんなこんなで安楽死制度化し、海外から安楽死旅行も受け入れる。これは資格必要なし、1000万円〜1500万円くらいでいいんじゃないだろうか。

ちなみに国民が1500万円払うから資格取得の過程をすっ飛ばしてくださいって言うと、フカフカソファかベッドのある部屋に通されて長らく待機させられる。そのうち寝てしまって、起きると目覚めスッキリ。そう、ものすごく安眠性能の高いベッドに寝かされることで精神コンディションを強制的回復させられるのだ。それでも決意が変わらない場合、前金として50万円支払ってとりあえずカウンセリングを受けさせられ、それでも意思が変わらなければ権利が与えられる。ただし、1500万円払われるので多少は美味しいご飯とかを提供してもらえる。全ては「もうちょっと頑張って生きてみようかな」と思わせるために。

こうして死がある程度日常に迫ってくることで、むしろ心が安定したり、あるいは自分の内なる生きたい気持ちに気付いたり、そんな新たなパラダイムを迎えつつ日本は幕引きビジネス大国になっていくのだった。

anond:20251221170618

逆に明日に備えた方が総合的に有利

まずは早寝だ

とはいえ11時まで起きてたので実質+5hのアドバンテージといえる

からなんだかんだ23時くらいまで起きてても実質早寝だし

24時でもワンチャンおk

24:59になっちゃったけどまあ義理早寝だろ

なんか眠るのに失敗しちゃったな?

ふぅ・・・もう26時か

明日残業しないで早めに帰ろう・・・

俺だったら、妻と娘がSnow Manライブに行くなら、

俺は家でスノーマン絵本を読んで、

アニメを観て、

ウォーキング・イン・ジ・エアー聴いて、

号泣したところから

ナイトウィッシュカバーを聴いて、

ターヤ・トゥルネン時代ライブを観て、

忘れてしまいたい事や、どうしようもない寂しさに、包まれた時に男は、味噌汁を飲むのでしょう

飲んで、飲んで、飲まれて飲んで、飲んで、飲みつぶれて、眠るまで、飲んで

やがて男は静かに寝むるのでしょう…😟

2025-12-19

胃と大腸内視鏡検査を受けて来た。

最近食後や空腹時の腹痛が酷いので、それこそ希少がんなんじゃないかと怖くて仕方なくて先延ばしにしていた。

が、覚悟を決めて予約。ポリープがあったら検査中に取ってもらうように指定

病院に行き、内視鏡検査の前準備に思ったよりも時間がかかり、中止になるんじゃないかと焦りつつも何とかOKが出た。

食事については病院からは前日の注意しかされなかったが、ネットで調べたら本来は3日くらい前から気を付けた方がよかったらしい。

辛かったのは、検査室に案内されて寝かされてから検査が始まるまでの待ち時間。暇潰しするような本やスマホも持ち込めず、身体も動かせず、常にピーピーッと音が鳴っているのでうるさくて眠る事もできない。はっきり言って拷問を待つような気分だった。いや、マジで辛かった。

検査のものは鎮静剤を使ってもらったので痛みはなく、気が付いた時は終わり間際だった。

鎮静剤ってあんなに完全に意識を失うんだな。本当に意識がなかった。ちょっと怖い。てっきり歯医者麻酔みたいに痛みがなくなる程度かと思った。

意識の無い間に変な所に当たって穿孔が出来たりしていたら怖いので、次回受ける時には鎮静剤を使わずにやってもらった方がいいのかもしれない。

で、結果はとりあえずポリープ無し、胃にピロリ菌兆候もないらしい。一安心か。

しか時間が経つにつれ、見落としじゃないか不安になってくる。30代で末期の大腸癌になって亡くなったBL作家の人も、人間ドックで見落とされたらしいんだよなー。やたらとお腹が空くという症状も共通しているし。

でも記憶にある限りでは中学生くらいから割とこんな感じではあるんだよな。機能的な問題なのかもしれない。

痔になりました

痔になりました

人生2回目、およそ10年ぶり

本日昼頃のトイレのあとからだろうか。おしりのあたりに違和感を感じた。そこから「おしりここにあらず」といった感じで一日を過ごした。

一日の終り、風呂に入る。体を洗う。するとちょうどおしりの粘膜と皮膚が入れ替わりそうなところに小指と親指の爪を足して2で割ったような大きさの、プクッとしたデキモノを指に触れた。

「痔だ。」痔を知らない人間でもスグにわかる、まるでお手本のような痔だった。このドンブラコな痔は静かにそこに佇んでいた。

座り仕事だしな、考え事してトイレに長く座りすぎたしな、最近筋トレで力むこと多かったしな・・・

など聞かれてもいないのに頭の中で原因をぐるぐる考え始めた。

考え始めても何も解決しないのに、一通りそれっぽい原因を一巡したあと、さてどうしたものかと困り果てた。

とりあえずは"痔 直し方"と検索したりChatGPTに聞く。ありきたりなことしか言われない。

「痔に〜は、ボラギノール♪」突如として頭にメロディ流れる。痔とはほとんど無縁な人生だったもので、痔に関する情報はそれ以外持ち合わせていなかった。

刷り込みとは恐ろしいものであり、と同時によくできたものだなと感心する。

自分は痔について殆ど知らない。私の辞書には「痔: おしりにできるデキモノ。痛い。ボラギノールで治る」くらいしか登録されていないのである

さて、次にこのことを世界に発信するかどうか悩み始めた。普通に考えればシンプルに恥ずかしく、シンプルにとてもどうでもいい話だ。

自分にとっては10年ぶりの友人に再開したような感覚だが、他人にとってはよくわからん中年が痔になったことを告白する、とてつもなく気持ち悪い文書からだ。

ただ最近自分モットーがある。恥ずかしいことはどんどんオープンにしようというよく分からない信念。

どうせ痔ができたことなんて誰に言わなくてもバレない。誰も人様のケツ穴を覗き込んだりしてこないからだ。

ただここで痔を隠したら「痔を隠した中年」というタイトルを獲得してしまう。それはとても恥ずかしいことのような気がする。

昔、15年ほど前、「照英」を間違って「てるひで」と読んでしまい、なんとか誤魔化した過去経験がある。たぶん赤っ恥をかきたくなかったのだろう。

その場ではなんとかやり過ごせたが、その代償として夜眠る前にふとこの事を思い出して恥ずかしく惨めな思いをする。

あの時、赤っ恥をかいたことを正面から受け止めて「間違えた!今まで勘違いしてたよ!」とオープンに声を出せたら15年も悩まなくて済んだはずだ。

おそらくその場にいた人は誰もこんな事を覚えていないだろう。こういったパーソナルな出来事や恥ずかしさってなぜ消えないのだろう。

恥ずかしさっていつかは消えてしまものかなぁ。

痔も、痔の恥ずかしさもこの文書で必ずや、必ずや消えるはずだ。これはお祓いであり、祈りなのだ

2025-12-18

名古屋道路を走ったことあるか?


旅行先でレンタカー借りて街を走るのが好きだけど名古屋道路は明らかに異質、初見殺しも甚だしい。なんだあれ。

五車線ある指定道路左折したくてもも車線変更が間に合わない、意味の分からないところから出てくる謎の側道、三差路×三差路みたいな化け物みたいな交差点


カーナビの案内が間に合わず意味をなさない。

こんな道じゃ事故が多発するのは致し方ないと合点がいった。そしてぐったりした。

いわゆる名古屋走りと言われるものもこの複雑怪奇道路攻略するがために出現した現象なんだろうな。

日々あん修羅を潜り抜けてる名古屋ナンバーにはもう憐れみと労りしか感じない。


元々名古屋については異質さを覚えていた。


そして悪いけど名古屋バカ舌だと思ってる。

バカの一つ覚えみたいに赤出汁赤味噌トーストあんことか言うねるねるねーるねかよという組み合わせ、台湾と何にも関係ない台湾ラーメン、ここでしか見ない存在意義の分からない先割れスプーンフォーク?)、台湾ラーメンアメリカンに至ってはもはや意味不明。


創作意欲はあってもセンス小学生並みなので名古屋しかウケないものしか出来ない。


一次産業がないので土産物も食べずとも味の想像ができるスナックばかり。

ぴよりんがちょっとバズったくらいだろう。


名古屋嬢を買うなら長野雷鳥の里の方が100倍美味い。ゆかりはその辺のデパ地下で買える。きしめんもただのうどんういろうは食感がキモい現物食べる気にもなれない小倉トーストラングドシャなんか職場お土産に持ってけるもんじゃない。ハッピーターンは何味でもハッピーターンになるから妥協点。

唯一喜ばれそうな赤福三重県を手下に従えてるかのようなツラしてちゃっかり売ってるがお前んとこのじゃねーだろ。 日持ちしないし。

よって名古屋土産と胸を張って買って帰れるものはなにもない。

名古屋で美味いのはひつまぶし味仙べいだけ。


所詮伊勢神宮に行くための中継点。

快速みえ京急もびっくりの轟音&揺れで人生初の電車酔いを体験できる。

鉄道開通黎明期もこんな感じだったんですかな〜!とタイムスリップ気分味わいたい変態以外は悪いこと言わないから少し金出してでも近鉄特急に乗ろうな。


とにかく名古屋は全てが雑。整然さがない。

駅周辺のビルの造形が奔放だな…と気づいた時から名古屋の全てに違和感を覚えていた。

これが車で街を走ってすべて得心がいった。

悪く言えば雑、良く言えば自由なのだ名古屋は。


もう名古屋バカにするのはやめよう。

あそこはそういう都市なんだ。

ではその時になにをするか?

良いところを見つけようと努力するのが善き人間としての行いだと思う。


名古屋には世界最大のプラネタリウムを抱える名古屋市科学館がある。

ラジオ深夜便彷彿とさせる絶妙な味わいのナビゲーターの語りと適度にパーソナルスペースが確保されたリクライニングシートに眠ること必至。

子供が泣く本気のテスラコイル実験装置に舐めてかかると大人でも無言になる南極体験

ぎゃーぎゃーうるさいガキンチョばかりだが真面目に見て回れば科博にも勝るとも劣らない楽しさがある。1日では回りきれない。

あと近場で腹ごしらえしようと適当に入った香港料理屋かなんかが本気のシノワズリビビった。

そしてノリタケ資料館

言わずと知れた高級陶器メーカーノリタケの成り立ちからコレクションの展示を総覧できる。

いつからあるか分かんない謎のノリタケの平皿かカップが家に1セットくらいあるだろ。たぶん展示されてる。

「あ、これうちにある!」と見つけた瞬間突然ノリタケに親近感を覚えるだろう。

ガラス越しの蕎麦打ち職人よろしく絵付師たちが陶器の何たるかも知らない素人がウロウロしてる中で普通に仕事してる。

陶器製造技術が多角展開されてる旨のパネル面白いから理系絶対見ろ。

最後ショップに行くといい。アウトレットからガチの鑑賞用までここもまた見応えがある。

贅を凝らしたきらびやかノリタケ様の作品の数々にすっかり心が乙女になったお前は必ず何かが欲しくなる。


あとはトヨタ紡織資料館とか徳川美術館とか退役した砕氷艦係留がされてたりとか色々あるけどめんどくさくなってきたからあとはテメーらでやれ。

名古屋城と大須の話はするなよ。


いい加減名古屋民は自虐に走るのを止めろ。

道路意味不明なのとメシがマズイ以外は良いとこたくさんあるから

金はある?いつまでもトヨタに甘えてんじゃねえよ。

2025-12-15

anond:20251215120741

食事はいつも「腹八分目」。空腹感は無いが、まだまだ余裕で食べられる。

酒は飲まない。カロリー高すぎ。

ラーメンは週1-2回。カロリー高すぎ。

間食厳禁。

食事は昼こそメイン。定食屋でしっかり食べる。

運動は非効率なのでやらん。

文化部

眠る時は体を束縛しないように伸びる服をゆったり目。昼間は体フィットなやつ。

幼子を育てていると

夜中、ランダムタイミング子供が起きて体を親に擦り付けながら、ときにはグリグリと強く頭を押し付けながら眠る

親は苦しいという現象が起きる

これ、犬とか猫の親もこういうの耐えてるんだよな⋯と思う

人間の子供でもくっつかれるのはしょっちゅう

夜にグッスリ眠るのが難しい

2025-12-13

anond:20251210211739

彼氏とのセックスを諦めたら

全てが雪崩のようにダメになっていって

別れた者です。

どうしても嫌いになれず

別れて数ヶ月経った今でも大好きです。

ですが一方で、セックスレスになった辛さは

相手が目の前からいなくなった今も続いており、

ベッドで眠るとき、冷たくされた記憶

毎日よみがえります。とても苦しいです。

私に性欲さえなければと自らを責め続け、

虚無のような毎日を送っています

嫌いになれればどうってことないと思います

ずっと好きなので本当に苦しいです。

なので、わかります

私は女性ですが、あなたがおっしゃっている気持ち

とてもよくわかります

“わかる”と文面で言ったって

伝わりづらいかと思いますが、

わかります

2025-12-12

2人目の育児が辛すぎる

2人目の子供の育児が辛すぎる。

1人目の子の時は何もかもが初めて行うことだから新鮮だった。それが2人目になると同じ作業を繰り返してる気持ちになる。

多分病気なんだと思う。

泣いてるのを見たら前回のお世話内容を確認して授乳/オムツ/抱っこを繰り返す。

言語化すると単純作業の繰り返しが嫌なんだなって思う。

の子は3歳。

やれることが増え、出かけられる場所も増えた。

競馬が好きだから競馬場へよく上の子を連れて行く。

最近競馬場はすごい。

ポニーや馬車に乗ったり、遊具のある公園スペースあったり、ウルトラマンショーのようなショーがあったり、屋内で子供向けのおもちゃがたくさんあるスペースがあったり、暖かい時期は噴水で水遊びもできたり…

余談だけど保育園で「馬さんに乗ったの」って自慢しているらしい。親目線まだと可愛いけど保育園のお友達目線だとちょっとウザいなって思う。

でも新生児がいると行動範囲に限りが出てきてなかなか行けない。

夜は比較的よく眠るけど日中は寝ない。そしていつも泣いてる。

泣き声がうるさすぎてイライラする。

そしてわずかばかりの下の子が寝た時間は起こさないようにと物音を立てることが許されない。家事が進まない。

妻は産後2ヶ月でまだ重いものを持てないかゴミ捨てできないって言う。

でも4kgの下の子を抱っこできるからゴミくらい持てるんじゃないかなって思うのは言い過ぎ?

の子は15kgあるけど抱っこしてるなは見間違いかな。

朝ごはん作って、食べさせて、保育園に送って、洗濯して、夕飯の買い出し行って、夕飯の仕込みして、保育園のお迎えして、夕飯作って、食べさせて、お風呂に入れて、寝かしつけして

なんか自分時間が取れないんだよね。

そこにずっと泣く2番目の子

もう静かに寝て自分時間を取らせてくれと懇願してしまう。

やりたいことをやりたいタイミングで出来ない。

これは職場でもよくある。だから事前にできるだけ準備をしておく。仕事は大体それで解決できる。

でも子ども予測不可能。うんちして泣く、おしっこで泣く、眠いのに上手く眠れなくて泣く、自分のゲップ音に驚いて泣く、ママが良いのにママが上の子相手していて泣く、授乳して欲しいのにママのうんちタイムでお預けくらって泣く…。

時々こいつさえいなければ…と思う自分がいて何もかも嫌になる。

子育て楽しいって思える人が異常者だと思う。

でも世間から見たら自分が異常者なんだよね。それが余計に辛い。

この時間に起きてお世話してると気分が沈む。

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