はてなキーワード: 物言いとは
https://hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20260505/1777906800
◎自陣には悲しくならないんだなあ?
◎違う話ですが似たような例として。
激烈な排外叫んだり街宣とかやってますよね。(地元民はごく少数例しかいない)
https://b.hatena.ne.jp/entry/4786981704473658274/comment/Gl17
◎選挙以外は一切の政治発言・活動するなと言い出す定番の自称リアリスト、
自分は野党への物言いというより中傷が酷いのもまた定番。要は単なる政治活動の自由への否定だし。
https://anond.hatelabo.jp/20260411200021
https://anond.hatelabo.jp/20260411215248
https://anond.hatelabo.jp/20260411225500
https://anond.hatelabo.jp/20260501185346
https://anond.hatelabo.jp/20260503031943
https://b.hatena.ne.jp/entry/4742477410485629295/comment/worris
◎最近は法華狼さんがエントリを上げると即座にブコメを付けに来る
ratepuroika さんの仲間がずいぶん増えたな。
そのうちロンクハラライスがどうのこうのと書くようになるのだろう。
「モテたくてオシャレするんじゃない。自分をアゲるためにオシャレするの」みたいな女性の物言いがこれまで今ひとつピンと来てなかったんだけど、突然わかって来たかも。
もともと「別にモテたくてオシャレしてるわけじゃない」みたいな話の方はわかってたんだよ。理屈として。でも自分のテンションが上がるみたいなのはよくわかんなくて。異性にモテたいわけじゃなくても、仲間内に「イケてる自分」みたいなものを見せたい、違う種類の自己顕示欲なんじゃないの?みたいに感じていたわけです。
それが意識が変わった。きっかけは、自分はずっと短髪で通して来たのだけど、少し髪を伸ばそうとしたこと。そうするとたまに寝癖が酷いときがあって、水とドライヤーで直していたんだけど、夕方にもなると朝に直したときと印象が変わっちゃう。なんかそれがイヤだなと。
で、20何年前の高校時代ぶりに整髪料を買ってみたの。それでセットしたら、印象変わるし、夜まであまり崩れない。崩れても直せる。
そうやって自分の中にある自分のイメージが保てていると、不思議と気分がよくて。「あ、これか」と思ったわけです。異性の目はもちろん、他人の目でもなくて、とにかく自分にとってのこうありたい自分でいられるのって気持ちいいなと。
この新鮮なおどろきを記録したくて書いてみた。
あ、あと、これは本題ではないけど、最近のヘアワックスって、モノによっては落としやすいのね。高校のときに整髪料を買ってみてすぐ懲りたのって、なかなか洗っても落ちなかったからだったんだよね。2回くらいシャンプーしなきゃダメで、それで髪が軋みまくるのが嫌だった。最近のは普通に一回で落ちる。これなら普通の洗髪と変わらないから、負担がなくていいや。技術の進歩ってすごい。
note記事(「例のBL漫画家の声明を見たいち腐女子の感想|Xeby」)の主な主張を、論理的に以下の5点に整理します。
著者(Xeby/sim_mah)は腐女子の視点からBL漫画家の声明を批判的に読み解き、「性的表現」と「性的搾取」の混同を最大の問題点として指摘しています。
「性的搾取」とは、金銭・立場などの不均衡な力関係下で実在する人間を性目的で利用する、または基本的人権を侵害する極めて重い言葉。
一方、非実在の架空キャラクターの煽情的な描写は単なる「性的表現」に過ぎず、「搾取」という言葉を使うのは誇張的・不適当。創作は商品であり、消費者(読者)の性的消費を目的とするもので、人権侵害ではない。
2 BL漫画家の声明の問題点(用語の誤用とダブルスタンダード)
作者はアニメ化要請で「女子生徒や女性キャラを性的搾取するような描写を避けてほしい」「下品な描写を修正して誰でも見れる表現に」と述べたが、これは「性的搾取」という重い言葉の誤用。
声明のきっかけは未成年男子生徒と成人男性教師のカップリングへの批判だったのに、女性キャラの描写だけを「搾取」と問題視するのはダブルスタンダード。BL作品自体がシスヘテロ女性によるゲイ男性の性的消費(インモラルな内容を含む)であることを無視している。
BLはマジョリティ(女性)がマイノリティ(ゲイ男性)を性的消費するジャンルで、監禁・強姦などの性暴力肯定が多い。
一部腐女子(特にラディカル・フェミニズム寄り)は女性キャラの描写を「搾取」と批判する一方で、BLの男性キャラ消費は正当化するダブルスタンダードを抱えている。ミサンドリー(男性嫌悪)やゲイ差別的な言動もあり、歴史的にゲイコミュニティを荒らした罪業を自浄していない。
フィクションの性的描写が現実の性的搾取を助長するという主張は「相関と因果の混同」。
作者の声明は他作家の表現を暗に規制する効果を持ち、創作の委縮を招く。表現の自由は等しく守られるべきで、創作物を現実の人権侵害と同列に扱うべきではない。
5 結論
声明は論点をずらし、炎上を再燃させた欺瞞。BL消費の自己矛盾を露呈した。真にリベラルな立場なら、腐女子自身がダブルスタンダードを改め、表現の自由を守る責任を負うべき。
特になんばりょうすけ氏の意見が記事に対して強い対立を示しています(記事は「用語の誤用」を強調するのに対し、なんば氏は「比喩的・社会的な懸念として理解可能」と再解釈)。
意見の出典・要点
@heros_1101
「性的表現」は「性的搾取」ではない。搾取は実在の人権侵害・力関係を伴う重い言葉で、架空キャラの描写は表現に過ぎない。
(ほぼ一致)
ほぼ一致。記事はこの主張を基に展開しており、対立はほとんどない。むしろ記事はこのポストを引用・援用して自分の議論の出発点にしている。
記事(note)が意味わからん。作者の避ける理由は「未成年犯罪の多さ」以外詳細不明だが、不謹慎・エンタメとしての不適切さや、現実の性的搾取の凄惨さを隠蔽する懸念もあり得る。
記事は「作者が表現そのものを搾取と呼んで誤用した」と断定するが、なんば氏は「作者は搾取そのものとは言っていない。現実犯罪を鑑みた不謹慎さや隠蔽懸念が理由」と別の解釈を提示。記事の「誤用」批判を「意味わからん」と感じている。
直球ポルノなら「ファンタジーです」と言い訳しやすいが、一般作品だと必然性のないお色気描写が「自然であるかのように錯覚させる」ため問題。
記事は「性的搾取という言葉自体が不適切」と表現内容を擁護するが、なんば氏は「一般作品でのお色気描写が現実を軽く扱うように機能する」と、社会的影響を懸念。記事が「フィクションは無害」とするのに対し、現実への間接的影響を認める立場。
「性的搾取するような描写」とはキャラのお色気描写のこと。「それは性的表現で搾取ではない」という反論は意味が通るが、搾取的というのは作者・読者とキャラのメタな関係(作者が読者媚びてキャラを見せ物にする状況)を指す比喩表現。
記事は「搾取」という言葉を文字通りの人権侵害として重く扱い、比喩使用を「誇張・不適当」と否定。一方、なんば氏は「比喩的なメタ状況(作者と読者の関係性)を指している」と再解釈し、記事の「物言いがズレている」と指摘。
女性キャラの必然性のないお色気描写がお約束的に描かれることは、現実の女性搾取に対する肯定的イメージを助長する懸念がある。だから作者が「与したくない」という立場は理解可能。
強い対立。記事は「フィクションが現実搾取を助長する主張は因果混同」と切り捨てるが、なんば氏は「肯定的イメージを助長する懸念は現実的で、作者の避ける理由として理解できる」と肯定的に評価。記事の「ダブルスタンダード批判」に対し、なんば氏は作者の「社会配慮」を擁護している。
記事の核心:BL漫画家の声明は「性的搾取」という言葉を文字通り誤用しており、腐女子としての自己矛盾(BL消費のダブルスタンダード)を露呈した、という用語批判・文化批判。
なんばりょうすけ氏の核心:BL作者の意図は比喩的・社会的配慮(現実犯罪への不謹慎さ、現実女性搾取イメージへの影響、メタな作者-読者関係)として理解可能。
表現そのものを擁護するより、作者の「避けたい理由」に共感を示す。
根本的なズレ:
記事は「言葉の正確性」と「BL文化の欺瞞」を重視するのに対し
なんば氏は「作者の意図の多義性」と「現実社会への影響懸念」を重視。
記事が「誤用!」と断罪する部分を、なんば氏は「比喩として妥当」「理解可能」と再文脈化しているため、記事を読んで「意味わからん」と感じたと率直に述べてます
仲岡しゅん弁護士のポスト(最初のもの)これは明らかにやり過ぎです。akakuroさんのポストは、確かに感情的で「生得的女性」云々という表現が出てはいますが、根底にあるのは**「自認の性」を無制限に優先すると、生物学的女性の安全・公平性・プライバシーが損なわれるのではないか**という、国際的にも何年も議論されている現実的な懸念です(女性刑務所、スポーツ、DVシェルター、更衣室などの事例は枚挙にいとまがない)。それに対して仲岡弁護士が取った対応は、**「タレコミがありましたよ」「わいせつ事件で前科のあるオッサン」**という、根拠が極めて薄い(少なくとも公に立証されていない)個人攻撃+中傷です。さらに「文句があるなら訴えてこい、匿名だから大した金額にならない」「むしろ身元を割る手間が省ける」と開き直る発言まで重ねている。これは弁護士として致命的に不適切です。
たとえ自分がトランス当事者として日々攻撃を受けていて苛立っていたとしても、法の専門家が「タレコミベース」で人を犯罪者呼ばわりし、匿名性を逆手に取って攻撃するのは、品位を著しく欠く行為です。結果として大阪弁護士会から戒告処分を受けたのは、極めて当然の帰結だと思います。2. 小田垣和弘司法書士の懲戒請求ポスト(2番目)こちらは内容としてはかなり的確に問題点を指摘しています。「タレコミ」という怪しげな根拠で重大な名誉毀損レベルの暴露をしたこと
匿名アカウントだから何を言っても許されるような物言いをしたこと
それが弁護士という公的資格を持つ人間の発信であることの影響力の大きさ
これらは全部正当な批判ポイントです。小田垣さんは「トランス差別には反対だが、こういうやり方はダメだ」という立場を取っていて、そこは筋が通っています。懲戒請求自体も、感情的な報復ではなく、弁護士倫理の観点から書かれている印象を受けます。全体を通しての私の考えこの一件は、典型的な「正しさの独占」と手段の正当化の問題を露呈しています。トランス権利を擁護する側(特に当事者)は、自分たちが「正義の側」にいるという強い確信から、相手を「ヘイター」「差別主義者」とレッテル貼りし、議論そのものを人身攻撃にすり替える傾向が強い。
その結果、「匿名ヘイターには何を言ってもいい」という危険なロジックが生まれる。
しかし言論の場において、匿名であろうと実名であろうと、事実に基づかない中傷は許されない。ましてや弁護士がそれをやるのは論外です。
生物学的性(sex)と性自認(gender identity)は違う概念です。後者を前者と完全に同等に扱う政策が、女性の権利や子供の保護、スポーツの公平性などに現実的な弊害を生んでいる事例は、世界中で積み上がっています。この点を「差別」として一刀両断するのではなく、データと現実を直視した上で、どうバランスを取るかを真剣に議論すべきです。仲岡弁護士はトランス当事者として苦労も多く、権利擁護に尽力してきた面もあるでしょう。しかし、**「自分たちが被害者だから手段を選ばなくていい」**という態度は、結局自分たちの立場を弱めるだけです。小田垣さんのような「味方内からの指摘」こそが、運動の健全性を保つために重要だと思います。要するに、
「批判が無くなるとダメになる」「批評が無いと成長しなくなる」みたいな話、みんな好きだけど(anond:20260421182930 これとか)
プロ(編集者、同業者、プロの批評家)ならまだしも、一般の消費者の批判・批評がそこまで重要な意味をもつと思うのは、ちょっと流石に思い上がりじゃないかな?
「大衆」がどうの、「流行」がどうのと言うけど、君たちがそもそも「大衆」の一部でしょ(流石に「自分は大衆とは違うんだ、特別なんだ」みたいな自意識は中学生で卒業していると思いたい)
で、大抵の創作物は作る際にまずターゲットを想定するんだよ、そのターゲット層の感想や批判なら参考にする事は有るけど、君たちは本当にその作品のターゲットなの?
ターゲットの方を見ず、ターゲット外の批判や批評を気にして作品を曲げるのは基本的にやっちゃいけない事だよ
「誰かが批判して、それを作者が受け入れ、作品を改善する」という単純なストーリーを好んでいる人が多いようだけど、
それが成立するためにはまずその批判が適切で的を得ている必要がある、でも、そんな批判、批評、本当に出来てるつもりなの?
そもそも「正しい批判」「正しい批評」なんてあるのかな? それはどのようにして定義され、何によって基礎づけられる? ……みたいなこと考えたことある?
「誰かが批判して、それを作者が受け入れ、作品を改善する」という単純なストーリーを好む人ほど、実はそこまで深く考えたことが無いし、批判・批評に対するメタ意識が無かったりするんだよね(だからこそ単純化しすぎたストーリーを無邪気に信じられる、という話でもある)
あと実作者としての目線で言うと、そもそも作品制作のプロセスで「批判・批評」を参考にする工程が入る事ってやっぱりあんまり無いんだよね
例えば新人賞を取ってデビューする新人の作品って、そもそも君たちの目に入る前に完成してるよね。つまりその時点で批評・批判による改善のはいる余地は無いし、
つまり初心者からプロとしてデビューできるレベルまでに至る過程に君たちの批判・批評が入る余地はないわけだ
で、デビュー後にしても、正直あまりプロ以外の「批判・批評」を参考にする工程が入る事はあまりない、編集者の言う事は聞くし参考にするよ? でもそれはプロの意見だからだよね(勿論ここは人によるけど)
また、そもそも人気作であればあるほど、感想・批評は多くなる。例えば1000の感想・批評がある場合、あなたの感想・批評は全体の1/1000という事になるんだけど、これは意識できてるかな?
創作の経験がない人にありがちな誤解だけど、プラスしかない「改善」なんてほぼあり得ないし、作品にある要素を付け加える「だけ」ということはほぼ無いんだよ
あるものを加えることはあるものを捨てることになる。ただ要素を増やすだけでも「要素が多い」というのがマイナスに作用する事は多いから実質上そこでは何かを捨ててる
つまりあなたの考える「こうしたらいいのに」って改善案にも何かしらのデメリットはあるし、それを選ばない理由もあるかもしれない、ということ
では何を基準にどう「改善」するか選べばいいのか? その指針のひとつが「ターゲット」だ
その作品は誰に向けたものなのか? 誰にどう思って欲しい作品なのか? そこが重要な基準になる。だからこそ「ターゲット」を踏まえない非プロの意見はそのままでは利用できないんだよ
そもそも、君たちは君たちの批判・批評が作品にどの位影響し、作品の何%くらいを占めることになると思う? 滅茶苦茶大雑把でいいから具体的に考えてみて欲しい
自分の実感としては1%くらいじゃないかなぁ? と思う。もちろんこれは人によるし、もっと多い作者も居ると思う
で、改めて考えて欲しいんだけど、「批判が無くなるとダメになる」「批評が無いと成長しなくなる」みたいなのって、これ何%を想定してるの?
どう考えても1%とか5%の寄与率の話じゃないよね? その程度の寄与率で「ダメになる」「成長しなくなる」はいくらなんでも大袈裟すぎだよ
かといって寄与率が50%とか考えてるとしたら、まぁ思い上がり過ぎだってのは今までの話で分かるよね
要するにこういう物言いは、自分達の批判・批評の作品に対する寄与率を具体的に考えたことがないから言えるんだよ
まとめると、君たちが「批判が無くなるとダメになる」「批評が無いと成長しなくなる」みたいな事を何でいえるかって言うと、
よく考えず、雰囲気で口当たりのいい言葉、自分にとって気持ちのいい言葉、自分に都合のいい言葉(大衆、流行、媚び、数(という他者の矮小化とそれによる自己の特別化)、等々)に耽溺しているから言えることなんだよ
作品のターゲットや、批判・批評に対するメタ視点、具体的な「創作」や「改善」のプロセス、全体の中の割合、具体的な寄与率、そして「あなたは特別ではない」という現実などを考えていればぶつかるはずの壁にぶつかったことがないから言えてるんだよ
ま、もしそれでも「批判を受け入れて、改善する」というプロセスを信じたいなら、
まずはこの文章を受け入れて自分を「改善」してみたらいいんじゃないかな?
(ちなみに蛇足だけど、プロの批判・批評は参考にすると書いたけど、プロの批評家の場合は微妙な場合もあるね。というのはプロの批評家の批評というのはそれ自体一つの作品であり、そこには作為や色々な「工夫」が含まれてたりするからね。
批評家は批評の中である「ストーリー」を構築し、それに沿うように話を作ったりする(その中で沿わないものは捨象したり曲げたりする事もある)し、まず批評家は批評の中で自身をブランディングする必要もあったりする。
そういう訳で意外と「批評」というのは純粋な「批評」ではないし、それらを踏まえた上である程度距離をとって加工して受け止める必要があったりする)
「日本には女性作家が活躍できる文化があった」という話に清少納言や紫式部を持ち出すのはちょっとズルだろと思わないでもない
その「女性作家が活躍できる文化」が平安時代から連続しているわけじゃないだろ、などと思う
明治頃の女性の文筆家の事情を無視した物言いなんじゃないの、とも
「日本には"紫式部の時代からずっと"女性作家が活躍できる文化があった」のように言うのがズルなんじゃないのか、と思う、ということだな
外国メディアの取材で「女性クリエイターとしてさぞ苦労してきたでしょう...どう乗り越えてきましたか?」と聞かれ「特に苦労も差別も無かった」と答えて記事にならなかったことがある - Togetter を見て思うこと
タイトル通りである。MBTIが分からない人は分からないまま読め。
私はF型である。
あまり裏表が無く、自分の感情の機微に聡く、悲しい時に泣き、楽しい時に笑い、時に相手を喜ばせたいあまりに、キャパを超えて付き添う。相手が喜んでくれたら嬉しい。後悔はしない。
そんな私が頭を悩ませている相手がいる。
初見こそ、明るくテンションを合わせてくれて、一緒にはしゃいでくれて、凄く気が合う等と浮かれていた。
後に気づく。
これ気を遣われているだけだな????
しっかり現実を歩んで学習したT型は、俗に言われる、人の感情を理解できず、気遣えず、論理的に間違っていることを問い詰める、といったステレオタイプとは程遠い。
会話のパターンを学習し、相手がどういった返しが喜びそうか判断し、こちらが褒めて欲しそうであれば褒めて、間違いを指摘してほしそうであればズバッと指摘する。
そんな高度に発達したT型が、ワイワイ大好きF型に出会うとどうなるだろうか?
そう、F型の行動を完璧にエミュレートしてくるのである。 褒めて欲しい時に褒めてくれて、合わせて欲しい時に合わせてくれる、とんでもない気遣いを発揮させてくる。
すごく 困る。
例えば、私が服が似合わない気がして困っているとする。すると、相手は(まあ、この程度のことであれば本当に困っていることを察して的確に良いか悪いか言ってくれるような気がするが~)私が繊細である為に 似合わない と言うと傷つくことを察して 大丈夫! と言ってくれるだろう。
もう一つ、私が寝ずにお喋りしたい!と思った時、相手は(この場合でもそれなりに早寝を匂わせる発言はされるだろうが)それなりに付き合ってくれるだろう。
本当は、早く寝た方がいいだろ…と思っていても。
このように、T型のF型エミュレートは、その属性の反対さ故に、悪い意味で『本音を隠す』『演技』になってしまう。
演技の理由は、消して『角を立てるのが面倒くさい』『不機嫌にしてしまうのが怖い』などではない。
正真正銘、『私を喜ばせる』 為に演技してくれている。言うなればT型なりの愛であろう。
頭では理解している。
しかし、どこまでいっても『演技』であるので、私の感情と相手の感情の温度感が大きく異なる。
とはいえ、友達に気を遣わせるのは、こちらとしても本意ではない。友達といる時ぐらい、自然体で居てもらいたい。当然である。
というよりも(こちらは完全に私の傲慢さであるが~)私を傷つけない為とはいえ、本音を出してくれないというのは、本音を出さずに浅い付き合いのままで終わらせるつもりではないのかと、物凄く虚しく感じてしまう。
もっと仲良くなりたい。
T型の 本当に配慮しなくなった物言いにも傷つかない心が欲しい。
でも私は傷ついてしまうのだろう。
そして、相手に『こいつには本音ぶつけられないな』と思わせてしまうのだろう。
やはりT型とF型は相容れないのだろうか?
T型と仲良くなりたいF型
完
なんか気が大きくなりすぎて
ぐらいの視座でコメントする人多いやん
こう言うと
「いや!そんな風に思ってない言ってない」
って言うかもしれんけど、言ってるのよ
ちらっとでもお前の自我が出ると(今ちらっとじゃなく出し過ぎの奴だらけだからな?)
仲間以外の聴衆は「いやどう考えても高市の方がおめーよりいろんな能力高いし場数踏んでるっしょ」ってなってしまうから
「こうしてって言ったのにしてくれないから不支持!」でいいじゃん
(というか意識がリングに上がってるからそういう物言いをするんだが)
そうすると「え?でもお前って高市よりショボくね?」ってなってしまうんよ
これ俺みたいにここまで言う人間は少なくても
「こいつは政権批判が気に食わないからこんなこと言うんだ!」みたいなね
それって優先順位が逆でしょ?
お前という卑小な体は政権批判や民主主義という大義を支えるのであって
お前個人のだらしない人格や不始末という垢を大義の旗で拭うなよ
主従が逆だろ
「我々を嫌いになっても平和活動は嫌いにならないでください!」
って言ってみろよ、みんな一目置くよ
でも左翼のやったのは逆だろ
だらしない左翼、だらしない左翼のカリスマ爺、だらしない左翼高校が
だらしない行動をして安全軽視事故起こして子供の命奪ったってだけなのに
「我々は間違っていた!理念は間違ってない!」って申し開きすべきところ
左翼はその逆をやったので、世間からああこいつらはただのだらしないクズなんだとみきられた
「あれほど移民問題に取り組むと言ってくれたから期待したのに高市さんは裏切った」
「小野田議員も口ばっかりで実際は全く頼りにならない、失望した」
つってる
ここには切実な願いだけがあって
「高市より俺の方が知能が高い」「小野田より自分の方が高潔」みたいな
うだつの上がらない自分を権力者より上に据えて肯定するって言う
自意識慰撫の自慰行為を神聖な政権批判の中に混入してるんだよね
「じゃあ何を支持しているの?」に続く言葉が「まさか戦争を起こす側を支持しているの?」だとしたら、とんだ藁人形論法で、「そんな物言いしてるから馬鹿にされるんだよ」という呆れと残念な気持ちしか浮かんで来ない。
「平和がいい」「戦争は嫌だ」なんていう価値観は、ほとんどの一般市民が共有してんの。
問題はその価値観を追求し、実現し、維持できる、具体的かつ現実的で実効性を期待できる手段が何かということなんだわ。
昔はそれが、自由貿易と国際化の推進による戦争ROIの悪化・抑制だった。
だけど、資本主義のもたらす非一過性の経済格差が、権力者視点での戦争ROIを上昇させる結果になってしまい、それを直感的だが数理的に不合理な選挙制度(および選挙制度そのものを統制するのが選挙制度で選ばれた者という脆弱性)が後押ししてしまい、今日の安全保障情勢は極めて不安定なの。
で、問題なのはそのような経緯を踏まえた上で「世界の戦争止められないけど、せめて周辺の国の権力者が“あそこの国とドンパチやると危険 or ウルトラ面倒な泥沼化が必至で赤字確定だから、やめとこ”と思うくらいに軍備を強化しておく」というよりも強く・広く一般市民を説得できる言説を誰も出せてないことなの。
この状況で「戦争に反対してる人を馬鹿にするなんて、まさかあなた戦争賛成派!?」とか言ってたら、そら馬鹿にされても仕方ないんだわ。
以下引用
「
mak*****
19時間前
非表示・報告
外国人と一緒くたにするのではなく、特定地域の特定外国人による犯罪として分析したら全く違う様相になるかと思われるし、最近は特にベトナム人による犯罪の増加と多様化は目に付くばかりである。
埼玉県でも問題となっている川口市においても、最も多いのが中国人で全体の60%弱となっており、実際、実行部隊のベトナム人に対し、闇バイトや特殊詐欺や不法就労の元締めとなっているケースも散見し始め、確かに件数は一見少なくなっているように見えるものの、1件当たりの被害額を考慮すれば拡大しているように見受けられる上に、今や各出身国の経済圏が出来上がり、各種犯罪自体を把握できるのも限られているため、そうならざるを得ない状況かと思われる次第で、いずれにせよ一見減少傾向にあるからと言って、安心できる状況とはとても言えないかと思われるし、首長が開き直るかのような物言いをするのだから尚更である。」
引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/779acc49a22f38a5373435cedfc8a35ca5aac5ec/comments
ベトナム人が悪いみたいな言い方をするのはよくないな。ベトナム人全員が悪みたいなことを国籍別統計データを元に作ろうと思えば警察や行政は作れるけど、わかりやすい暴力的な犯罪というのは体力がある人例えば若い人が実行犯としては多くなるんじゃないかなと。若い人を連れてきているのは日本政府や雇用元の日本企業ではないのか・・。それよりも日本語を使った特殊詐欺とかの方が影響力が大きいと思うが。
昨日の夜、一人で退社しようとするとまたおじに出待ちされていた
最近同僚女性とずっと一緒だったし、おじの前では常に忙しいフリをして距離を明確に取るようにしており、あまり絡まれなくなっていたのですっかり油断していたのだが、同僚女性が有休のタイミングで、会社を出たら暗がりから「お疲れ。待ってたよ」とおじが出てきた
しかし私ももはや限界を超え、悪い評判流されようが不機嫌になられようが私には関係ねえ、もうこの職場近々病めるし、というところまできていた
職場に波風を立てることを恐れていたこれまでの私とは違うのである
一切足を止めることなく、会話の意思を見せず、「無理ですー!」と一言告げてその場を立ち去った
その後は振り返っていないのでどうなったのかわからないが、電車に乗り諸々寄り道もしたので尾けられたりはさすがにしてないだろう
はじめておじを撒けたのである
「足を止めるな。交渉の余地があると思わせるな」はchatGPTにもよく言われていたが、私はその度に「同じ会社の人間に対してそんな真似できるわけないんだから不可能な提案するなよ…」と思い込んでしまっていた
しかし違うんだな
私が付け込まれていたのはまさに、そういう罪悪感や気の弱さの部分であったのだ
「せっかく待ってたのに」とか「用事ないならいいでしょ?」というおじからの押し付けや恩着せがましい物言いに対して、「確かにそうなんですけど…」とか思わず、「うるせえ、知らねえ、頼んでねえ、私が嫌だと言ったら嫌なんだわ」と堂々と思って良いのだ
そもそも自己評価の低い人間なので罪悪感を感じやすい上に、最近はおじにつきまとわれて病んでいたために「自分の対処が悪かったのかもしれない…」と、自責してさえいた
その自責の念にすらおじは「おっ?これはいけるな?」みたいに漬け込む隙だと考えていたのだから、マジモンのカスだ、徹底的に私の意思を無視し、自分の事しか考えてない
お前な、そうやって女の「マジの嫌」を感じ取れないから一生モテねえんだよ
そんなくだらねえおじに煩わされるのはもうや〜めた!!!!だってこの会社辞めるからね!!!!
しかし私は私の環境からそういう選択になったが、住んでいる地域の雇用の少なさや、諸々の事情によって、誰もが気軽に転職できるわけではないので、おじアタックやセクハラに悩んでいる人に対して「転職すればいいじゃん」というのは、クソほど想像力のない、たとえば持病や障害などで家事すら困難な人に対して「自炊すれば節約できるんだから努力が足らない」などと言うような、頭スッカラカンの発言でしかないので、マジでやめとけと思う