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はてなキーワード: 分別とは

2026-05-05

気は優しくて力持ち

ゴミ分別ちゃんする

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-21

対立がこじれる原因って、

「全部あっちが100%悪い」って断定しちゃう人がいることだと思うんだよな。

今回の件でも

アメリカイスラエル100%悪い」とか、

逆に「ロシア100%悪い」とか、

歴史遡って「大日本帝国100%悪い」とか、

平気で言い切る人いるけど、

そんな単純な話になるわけないじゃん。

どんな問題でも、

経緯や利害や相互作用が積み重なって起きてるのに、

そこ全部飛ばして“悪者一人に集約”した時点で、

もう理解する気ないでしょってなる。

で、その単純化した認識同士がぶつかるから

そりゃ分断も深まる。

そして一番怖いのは、

そういう偏りや分別のなさを

本人が自覚してないことなんだよな。

自分ちゃんと見えてるって思い込んだまま、

極端な断定で他人を裁き続ける。

そりゃ話も噛み合わないし、

対立が解消するわけもない。

2026-04-20

anond:20260420011416

掃除はこの時間迷惑だな

ゴミ分別だけにしとけ

ごみ集めるだけでもちがうだろ

2026-04-19

自分の中の子供っぽくて恥ずかしい自分。そういう存在けが自分を何処か別の場所へと連れて行ってくれる

そういう自分は恥ずかしく未熟で馬鹿馬鹿しく愚かで間違った行動をする。

でも、そういう存在けが自分をいまとは違う別の世界へと連れて行ってくれる切符役割をしてくれるんだ。

から僕はそれを隠そうとしないし、そいつがむくむくと何かをやりだそうとしたときにさせるままにしてる。

とても恥ずかしんだけどね。

そんな分別は、ゴミ箱に捨てる

2026-04-16

anond:20260416123127

でも中高年おじさんってたいがい体幹も体型も知識分別バランスを崩していますよね?

2026-04-14

anond:20260414185926

いや分別ついてる姿見せろなんて言ってなくね?

友達カブトムシ取りにでも行ってこいよと思ってるだけ

anond:20260414185527

仕事で顔あわせるのでもキッツいのにか?

家で子供のやる事に口出ししてくる親はうっとうしいし、親だってそういう役割りやってるだけの歳とったガキなのに分別ついてる姿を見せ続けなきゃいけないのに、か?

独りでいろいろ愉しむのがいちばんよな!

2026-04-13

Wリーグファイナルインタビュー

私はわりと高田選手すきなのだが、ただ、最近分別ある発言というか、前もって用意した人生訓のようなことをインタビューでながながとはなすのはどうなんだろうと思う。

もっとなんというか作ってきたような作文ではなくて、実感のこもった話をしてほしかったけど、まあアナウンサー技量もあるから、というところかな。

でも昨年は3勝してからあと逆転されたりして、そのあたり今年はどうだったのかとか聞いてほしかったなあ

それにしても高田選手がすごいのはセンターでケガがないことですね。国際試合まで出てるわけだからほかのプレーヤーよりも圧倒的に休む時間などはないはずだけどケガがないのはどういうことか。

おそらく空手での鍛錬は役だっているのではないだろうか。

2026-04-09

高齢者歩きスマホはこれから増える

歩きスマホといえば若い人の迷惑行為というイメージだった。

ところが最近になって身の回りで顕著に中高年から高齢者歩きスマホが増えていると感じる。

しかも、若者よりも注視時間が長く歩行も遅いので迷惑度合いが非常に高い。

これまでは若者はまだ分別が足りないだけで大人なら常識的に考えて歩きスマホ迷惑であることがわかるから少ないと思ってきたのだがどうもそうではない。

ただ単に普及率が低かっただけの話だったのではないだろうか。

とうとう3G回線が止まって、各メーカー負の遺産となりつつあるガラケー製造を止めたいという流れの中で、一気に高齢者にもスマートフォンが普及する段階に来た。

その結果がこれである

いままで歩きスマホをする若者常識のないガキだとバカにしていた中高年どもが、いよいよ自分スマホを持ってみたらまんまと歩きスマホの虜になってしまうというのだから滑稽である

歩きスマホ中に衝突したら歩きスマホしてた側だけ脳内爆弾が爆発するようなシステム国民強制できないだろうか。

歩きスマホ同士で衝突して対消滅してくれたら世の中どれだけ快適になるか。

じわりじわりと保有率を増やして脳機能の低下とともに人を歩きスマホへといざなうスマートフォンは、いわば現代ゾンビウィルスだ。

早急なショットガン保持の合法化が待たれる。

2026-04-07

anond:20260407223728

増田、目の付け所は悪くないのう、わらわもサブスク全解禁ができればデレマスはまだ伸び代があると踏んでおるのじゃ♡

なぜ効くかを端的に挙げてやろうかのう:

    • 海外展開に強いのじゃ。SNSの切り抜き→即サブスクで“その曲”に着地、が最短で実現するのじゃ♡

    とはいえ権利の壁は侮れぬのじゃ。特にデレステ実装コラボカバーはここが厄介じゃ:

      増田の挙げた『恋が咲く季節』、ESTiの筆致がユニゾンと転調で開花する佳曲で、入口曲に据えるには実に強いのじゃ♡ そして高垣楓の『鳥の詩』、三船美優の『モザイクカケラ』、的場梨沙の『トウキョウシャンティランデヴ』のようなカバー群は、元曲ファンを引っ張れる“橋”として極めて優秀ゆえ、解禁できれば波及効果は大きいのじゃ。ただし前述の許諾設計もっとも重い領域ゆえ、“全部一気に”は現実的でなく、まずは期間限定地域限定ショート配信先を絞るなど段階的に攻めるのが落としどころになりやすいのじゃ

      運営側への実務的アプローチ案も授けてやろうかのう:

        ファンとして増田が効かせられる圧もあるのじゃ:

          結論として、土台(オリジナル曲の整備と見せ方)を固めつつ、カバーは条件の軽い所から段階解禁――これが最短で“盛り返す”現実解じゃ。増田推し三曲は“橋頭堡”として申し分ないゆえ、まずは公式導線を太らせつつ、解禁の声を絶やさぬことじゃ♡

          さあ、増田はわらわの言う通りプレイリストを組んで再生を回すのじゃ。動いた者から世界線が変わるのじゃ

          anond:20260407223728

          増田、目の付け所は悪くないのう、わらわもサブスク全解禁ができればデレマスはまだ伸び代があると踏んでおるのじゃ♡

          なぜ効くかを端的に挙げてやろうかのう:

            • 海外展開に強いのじゃ。SNSの切り抜き→即サブスクで“その曲”に着地、が最短で実現するのじゃ♡

            とはいえ権利の壁は侮れぬのじゃ。特にデレステ実装コラボカバーはここが厄介じゃ:

              増田の挙げた『恋が咲く季節』、ESTiの筆致がユニゾンと転調で開花する佳曲で、入口曲に据えるには実に強いのじゃ♡ そして高垣楓の『鳥の詩』、三船美優の『モザイクカケラ』、的場梨沙の『トウキョウシャンティランデヴ』のようなカバー群は、元曲ファンを引っ張れる“橋”として極めて優秀ゆえ、解禁できれば波及効果は大きいのじゃ。ただし前述の許諾設計もっとも重い領域ゆえ、“全部一気に”は現実的でなく、まずは期間限定地域限定ショート配信先を絞るなど段階的に攻めるのが落としどころになりやすいのじゃ

              運営側への実務的アプローチ案も授けてやろうかのう:

                ファンとして増田が効かせられる圧もあるのじゃ:

                  結論として、土台(オリジナル曲の整備と見せ方)を固めつつ、カバーは条件の軽い所から段階解禁――これが最短で“盛り返す”現実解じゃ。増田推し三曲は“橋頭堡”として申し分ないゆえ、まずは公式導線を太らせつつ、解禁の声を絶やさぬことじゃ♡

                  さあ、増田はわらわの言う通りプレイリストを組んで再生を回すのじゃ。動いた者から世界線が変わるのじゃ

                  2026-04-06

                  anond:20260404145914

                  こういうのって

                  物事分別してからバケツの数を語るんじゃなくて

                  先にバケツの数を決めてから物事分別してるよね

                  なのになぜかそれで、バケツがこんなに少ないのはおかしい!みたいなこと言う

                  ジャプの解体欲は異常

                  おそらくゴミ分別知識持ちすぎたせいだろう

                  2026-03-31

                  anond:20260331141033

                  洗濯槽に1回で収まらいくら洗濯物があるとする。

                  1ラウンド目、洗う。

                  脱水機に移して脱水する。

                  同時に2ラウンド目、洗う。

                  脱水し終わった1ラウンド目を取り出し、2ラウンド目を脱水する。

                  洗濯槽を水にして、1ラウンド目をすすぐ。

                  脱水し終わった2ラウンド目を取り出し、1ラウンド目を脱水する。

                  2ラウンド目をすすぐ。

                  1ラウンド目を干す。

                  2ラウンド目を脱水し、干す。

                  こんな感じで実家ではマワシてた。

                  洗濯をするときは、1ラウンド目で洗うか、2ラウンド目で洗うかを分別する作業最初にあった。

                  2026-03-29

                  anond:20260329062403

                  自身とお子さんの命を救ってくれた医療現場へ恩返しがしたい、医療物資の不足で困る人を少しでも減らしたいという切実で強い思い、とてもよく伝わってきました。

                  自身で考えられたリストも拝見しました。どれも「医療プラスチックの原料となる石油や、製造物流にかかるエネルギーを、家庭レベルで少しでも節約して必要なところへ回す」という視点に基づいており、その行動力当事者意識は本当に素晴らしいと思います

                  いただいたアイデアへのフィードバックと、さらに「今すぐ個人で出来ること」を現実的視点(少し冷静な事実も含めて)から整理してみました。

                  1. ご自身アイデアへのフィードバック

                  * 政治に声をあげること

                  * 事実対策: 医療物資の安定供給は、個人努力だけでなく国レベルサプライチェーン管理が不可欠です。デモへの感謝や怒りの感情はごく自然ものですが、より効果的に動くのであれば、「パブリックコメント意見公募)」への提出や、地元議員へ「医療物資国内確保・安定供給政策を最優先してほしい」と直接メール手紙を送るといった、冷静かつ具体的なアクションが非常に有効です。

                  * 家庭での省エネ・脱プラスチック電気、ガス、石鹸の利用、箒での掃除など)

                  * 事実対策: シャンプーボトルクイックルワイパーのシートなど、日常プラスチック消費を減らし、電気やガスの使用量(発電にも化石燃料が使われます)を抑えることは、限りある資源節約として非常に理にかなっています

                  * 現実的視点: 一方で、日本原油消費量のうち、プラスチックになる割合は全体の一部であり、さらに「医療用」として使われるのはその中のごくわずかです。そのため、家庭の節約が「直接的に」医療プラスチックに変換されるわけではありません。しかし、社会全体で「限りある資源の使い道を見直そう」という機運を高める、大切な第一歩になります

                  2. さらに「今」できる具体的なアクション

                  資源節約に加えて、医療現場社会システムを間接的・直接的に支えるために、以下のようなアプローチもあります

                  * 正しいリサイクル分別を徹底する

                  * 現在出回っている家庭用プラスチックをきれいに洗って正しく分別リサイクルに出すことで、国内資源循環が高まります結果的に、新たに輸入しなければならない化石燃料への依存度を少しでも下げることに繋がります

                  * 医療機関や関連団体への「寄付

                  * 医療プラスチック製品注射器、点滴の管など)は、感染症対策観点から使い捨てディスポーザブル)」であることが命を守る絶対条件です。これらを病院が安定して調達し続けられるよう、医療機関や、医療物資支援を行っているNPO団体などに寄付を行うのも、非常にダイレクト支援になります

                  * 献血に行く

                  * プラスチックとは直接関係ありませんが、「医療現場を助ける」という目的において、個人ができる最も確実で、今すぐ必要とされている行動の一つが献血です。血液は人工的に作れず、常に不足しています

                  * 冷静な情報発信と啓発

                  * SNSなどで「医療プラスチックを守るために、日用品プラごみを減らそう」というポジティブな発信をすることは意義があります。ただし、不安を煽って特定製品の買い占めなどが起きないよう、冷静に「優先順位を考えよう」と呼びかけることが大切です。

                  社会の大きな動きに対して個人ができることは小さく見えてしまい、もどかしく感じることも多いと思います。ですが、日々の生活石鹸や箒に切り替え、その浮いたお金医療機関への寄付に回すなど、ご自身アイデアを発展させることで確実な支援に繋がります

                  まずはどこから手をつけてみたいですか?例えば、「地元議員への意見の届け方(書き方)」や、「安全寄付できる医療関連団体の探し方」など、ご希望があればさらに具体的に教えてくださいね

                  2026-03-28

                  日本にはリサイクルプラがある

                  おれが食べ終わったスーパーの値引き弁当パッケージからなかなか剥がれないシールを頑張って剥がして洗剤で綺麗に洗って指定した曜日に出しているリサイクルプラ日本中人間毎日苦労して分別しているリサイクルプラ

                  これはもう都市鉱山ならぬ都市油田と言っても過言ではない。

                  日本プラスチックの原料に不足することなんてあり得ないんだよ。

                  それでも足りなければ、お前らの積んでるガンプラを供出すればいい。

                  2026-03-26

                  anond:20260326182238

                  具体的なこと言えないアホが一生この詳細はよそでみたいなのやってるよな。

                  無数にある既存意見のどれをお前が採用してるかはお前が示す以外で他人は知りようがないのに

                  そういうとこ分別つかない精神発達ってことなんだろな。

                  2026-03-18

                  anond:20260318173658

                  そりゃ分別が付く前なら気にしないだろうけど、「ダサい」みたいな概念理解し始めたあとはどうかなあ

                  自分だったら生まれた頃から親が自分ジョジョって呼んでたら相当嫌だわ

                  理解したあとは過去まで遡ってすげえ嫌になると思う、ジョジョにするためにこの名前にされたのかよってとこも含めて

                  2026-03-16

                  注意無視した子どもボールをゲットした件、子を持つ親たちほど憤って欲しかった。

                  あの会場にはきちんと自席に座ってチャンスを狙っていた子どもたちもたくさんいたはず。

                  なのに褒められない行為をした親子が得をした。

                  親は確信犯だろうし子ども分別はついてたはず。

                  自分たちの子どもがモラルある素敵な大人に成長する未来に、やったもん勝ちの教えを受けてきた大人蔓延ってるなんて最悪すぎるでしょ。

                  例の親子への苦言は妬みとかじゃなくて、ルールを守る人ばかりが損する世の中が加速するのを憂いたり懸念してる人が大半だと思う。

                  https://media.finasee.jp/articles/-/18230

                  「止められた。分別は守ってるって言ったのに、『会員じゃないなら使わせられない』って」

                  玄関に戻されたのは、誰がやったか言ってた?」

                  「分からない。でも……たぶん、あの人だと思う。だから嫌いなの。町内会なんて」

                  柏市はいまだにゴミ袋の中身をチェックするところあるんだよな。

                  やくざ宗教団体がすぐ近くにいるせいか非加入者でもゴミ捨て場を使わせないようにしてることはないけど…。

                  チラシの裏

                  町内会暴力団から町内会費を貰ったら、暴力団排除条例に違反する可能性がある。

                  から暴力団町内会に加入させることはできない。

                  ちまに、自治体によっては町内会に様々な理由補助金を出してることがあって、この補助金が間接的に宗教団体のためにも使われたとなったら、

                  「〇〇町内会宗教団体であることわかっていながら加入させた。〇〇町内会には補助金が〇〇円交付させている。〇〇町内会宗教団体人間イベントに呼んだ。イベントでは〇〇円使われた。この行いは憲法宗教分離の禁止違反している」なんて理由住民監査請求とか起こされて、あとから補助金を返せと言われる可能性あるにはある。

                  から宗教団体町内会に加入させるわけにはいかない。

                  2026-03-10

                  未成年だというだけであらゆる非難を免責されて甘やかされてきた人間が、成人になった途端に思慮分別が付いたりする訳ないじゃん…。

                  これは男でも女でも。

                  2026-03-08

                  ・18歳は日本では成人では?それともその国では違うのか?

                  大人同士だろうとカトリック聖職者なら性行為しては駄目なのは一緒では?わざわざ年齢を持ち出す意味ある?

                  そもそも原文でも「子ども」と言っていたのか?単に「若かった」の意味ではなく?

                  あお🥨女医育児

                  @DrAoko_blue

                  教皇選挙』で、30歳の時に18歳の少女関係を持った枢機卿が「自分たち子どもだった」と弁解したのを、主人公が「子どもだったのは彼女だけだ(てめーは分別ある大人だったろ)」って一蹴してた。そんな当たり前のことが、まだ日本には広まっていないのかと思うニュースが山ほどありますね。

                  https://x.com/DrAoko_blue/status/2030404811498414283

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