はてなキーワード: 人生経験とは
某オンラインゲームをしてるんだけど、やけに相方を作りたがる主婦はやばいという法則が自分の中で成り立ってきている。
主婦全体の名誉の為に【客観的視点が働かない&結婚しても人生経験が不足している&精神的に未熟なままの人】がやっているとは言っておくが、主婦がこういったことをやりがちなのにはそこそこ厄介な理由があると自分は思っている。
なにせゲーム繋がりの女コミュニティにおいて"ゲーム内での固定相方"という存在は相当なマウンティング要素になるからだ。
「周りに自分が上手くいっている様を見せつけたい」という欲求が起因となるそれは、浮気するしないの素質以前にやる人はもう"”確実に"”やる。
相手探しに必死になるあまり人のことを「相方にできる/できない」でしか判断していないので、節操もなければ距離の詰め方もおかしく、このレベルの人は相方を手に入れれば家庭に問題も起こす勢いで執着する。
しかもトロフィー目的ともなれば男女問わず組めるので窓口が広い。
彼氏・結婚・出産・旦那のスペック自慢は非リア喪女の多く生息するオタクTLでは大きくマウンティングできる要素になり得たが、オンラインゲームではそうもいかない。ここではゲーム内で相方がいることがマウンティング要素であり、その相方の強さやルックス(キャラクリ)といったスペックが価値になる。もちろんどれだけ一緒に行動しているか、尽くされ(貢がれ)ているかどうこうも含めて。
また、恋愛的にも相方とオンゲー婚をするのは一発逆転を狙う非モテからすれば憧れにされやすく、周囲からも多く祝われる風潮があったりする。既に結婚した身からすればオンゲー婚なんてできないから新規に祝われる可能性もないのだが。
配偶者である旦那がそれらを担ってくれているなら健全だし大きいが、そうもいかないことが多い。
そんなこんなでオンゲー内での充実っぷりを自慢することが既婚にとって最大限の自慢ポイントになってしまう。
…のが問題だったりする。
ゲームに時間を費やす、相方を作ってゲームでニコイチに動く、恋人ごっこのロールプレイを楽しむ、オフ会に赴く…ゲームからリアルまで多岐にわたるネト充行動。
周りの人は一緒にVCを繋いでワイワイしているのだから自分もVCを繋いで遊び、周りに「今日は○○さんと一緒に○○をしました!」と報告をしなければまるでぼっちのように見えてしまう。
誰かが「明日遊べる人~」と言えば率先して手を挙げ、毎日何かしらの予定を詰め込む。
そうする為には子供と使うべき時間を削るしか選択肢がないので、そのうち「この人はずっと遊んでるけど育児放棄と何が違うんだ」みたいな主婦が誕生する。
オタ活充実させるのも本人的には大切なのだろうが、オフ会に頻繁に来る主婦のほうが心象悪いよ。
特に遊ぶ費用は旦那持ちってタイプの専業主婦が無敵感強くてやばい。
オンゲー費用、課金、遠征費、食事代…浪費は激しいし、下手したらこどおばと実態変わらん。
時間も金も使って遊びを充実させようとするから、旦那さんは奥さんをパートか何かに出して遊ぶ費用くらいは自分で稼ぐようにさせた方が精神衛生上いい。
いやもうマジで働かせてやってくれ。
「痛さも、個性だ。」
そんな“さまざまに痛いおじさん”46人で構成される新感覚アイドルグループ――
おぢ坂46が、ついに動き出します。
■ 応募資格
・どこかしら「痛い」と言われたことがある方
(例:武勇伝を語りがち、若者言葉を誤用する、ポエムを書いてしまう 等)
・夢をまだ諦めきれない方
・週末の予定がだいたい空いている方
✳️爺はお断りします
■ 活動内容
・SNSでの発信(時々スベる)
■ 待遇
■ 応募方法
履歴書(手書き歓迎)と「自分の痛さが伝わるエピソード」を添えてご応募ください。
動画審査では、渾身の自己PRまたは黒歴史再現を披露していただきます。
■ 締切
“まだいける”と思っているうちに。
■ 最後に
遅すぎるスタートなんてありません。
それでも輝きたいあなたへ。
たくさんのご応募、お待ちしております。
「他人と関わるのは大事だよ」なんて一般論は聞き飽きたかもしれない。俺はこういう一般論に含蓄されている意味をほどいて、言葉におきかえていく作業がそこそこ好きだ。経験科学(文系)の存在意義の一つだと思う。
他人と接しているとその人の人生経験や勉強してきたことが表に出てくることがある。人はスポンジであり水でもある。たとえば、自衛官であれば「根性」を重んじることがある。それは自衛官として彼ら彼女らが関わってきた人たちから吸収した言葉が生み出した一つの価値観なんだと思う。だから、根性という言葉のもとにあらゆる動作を忍耐強く遂行してる人たちがいる。
そういう「他人の人生の一部分」が透けて見えると、ちょっとおもしろい。多種多様な人と関わって、人のことを知ることはきっと勉強になる。
たとえば、まだ知り合ってまもない人が表面の浅い一部分だけ見て人のことを「あの人はこういう人だ!」と決めつけてる様子が伺えたら、げんなりする。彼らは専門的な勉強をしたわけでもないし、ただ組織で昇進して「他人を業務上の理由から評価できる立場」になっただけだ。
大学も勉強嫌いだから行きたくなかったけど周りが皆行くのでとりあえず行ったし
働きたくもなかったけど勉強とか研究の方が嫌だしニートさせてくれる環境もないからとりあえず就職はしてなんやかんや10年くらいぼーっと働いて
彼氏も特に欲しい気持ちはなかったけど学校の友達に人生経験として1回試してみればいいと言われてとりあえず付き合って、結局別れるのも面倒くさくなり大した喧嘩もしなかったからそのまま付き合い続けて
結婚もめんどくさすぎてお互いの親死んだらねとはぐらかしてきたが、ついにお互いの親死んだのでめんどくさい顔合わせとか両親からのチャチャも入らんから貴方がそんなに入籍したいならご自由にと入籍
とりあえず一緒に暮らしてるからには迷惑かけない程度に家事と仕事と両立して、不満もないけど特にやりたいこともない人生だなと思う
要所要所で周りの人との温度差を感じる
母親には昔からなぜ覇気がない、満たされすぎてるから求める物がないつまらない人生、と言われたことがあるがまあそうなんだろうな
学生時代から続けていた小説の執筆の再開を頭の片隅で検討している。以前と比べて、より自分を俯瞰した視点の追加。青年期の自己没頭ではなく、より突き放した姿勢での執筆。できるだろうか? ただし、酷評によって激しく挫折した行為を再開することは、傷ついた経験を必要以上に直視することになる。昔は数十万文字の長編を平気で書いていたのだが、今となっては短編を書くことさえ億劫だ(※余談:「創作意欲を復活させるには官能小説を書くいい」という示唆を見かけたので真面目に試したが、読者の欲望をコントロールするのがすごく難しいことがわかり、千文字くらい書いたところで挫折している。僕にはこの方向性は無理だった。別に官能小説でなくても、「好きなシチュエーションを詰め込みなさい」という意味ならまだ可能かもしれない。あえて読者のことを考えず自己満足でやれってことか?)。本気でやるなら、ゼロからやり直すくらいの気持ちでいたほうがいい。
それに、自分が何を考えて、何を求めているかを突き詰めるのには、小説よりもこうした記事のほうがより優れている。人と交流したいとか、ちやほやされたいとかなら創作に戻る手もあるが、他人から評価されることがそこまで幸せかどうかはわからない。逆に、創作での挫折から、文学へ愛憎混じった屈折した気持ちを抱えてしまっているのも、読書のペースダウンの一因かもしれない(なんか普通に面白い本を読んでライターズブロックの読者版を打ち砕きたくはある。漫画ならギリギリ読めるし)。
だが、結局、創作よりはこういう形で、己の内面を丁寧に観察し、その背景として価値観や意欲がどう変わったかを、仮説を立てて検討していく方が面白い。
そして今気づいたのだが、大量に読書をして、作家として認められたいという気持ちがあったのは、等身大の自分を認められずに、自分を大きく見せようとしていたからではあるまいか?
昔は沢山いろんな作品を鑑賞したかった。これぞ最高というものがどうしても欲しかった。限界まで知識を頭に詰め込みたかった。映画、ゲーム、いろいろな作品を味わいたかった。自分には何かが欠けていると感じていた。
だが、世界的な傑作であっても、そこから得られる喜びにはおのずと限界があり、さらには、他人の書いた物語をたどるよりも、自分の生きている人生に意味を与えていくことに、より深い意義を見出している。そして、文豪の作品という杖がなくても、自分の生きる実感に支えられて僕はちゃんと歩いて行ける。結局自分の人生がどんな作品よりも一番面白い。
多くの小説が読めなくなったのはそれが原因だろうか。さらに年を重ね、中年の危機や老人の危機が訪れたときのように、今ぶつかっていない壁に新たに当たったときに、読める本を探すことになるだろうか。
読まなくてもいい、だが読んだらそれなりに楽しい。趣味としての読書はそれくらいのゆるい付き合いに変わっていくのだろう。無理して月10冊を読むよりも、5冊に減らして人間関係を重んじるべきか。
今、まだ本が読めないので、この夏行きたい都市のガイドブックや、あえて漫画を読みまくっている。だが、漫画にしても、読む冊数を増やしたが、ドはまりはしていない。みんなみたいに熱狂できないのがちょっと寂しい。だが、熱狂できる作品に出会うためには、多読しないとダメだろう。そこまでの気力はない(あるいはみんな気晴らし程度に読んでいて、ネットで熱く語っているのはごくごくわずかな人だけなのか)。
ユーザーに一定の予備知識があれば、生成AIのハルシネーションによる危険はかなり防げる。大学教養レベルの水準であればかなり調査に役立つ。幅広くコンセンサスが取れている言語学の知識とかはそうだ(逆に単純な出典探しはまだまだ弱い)。
書籍に含まれる雑談によるランダムネス、あるいは著者自身の人生経験や偏見という良い意味でのノイズ(知識を得るためだけならノイズだろう)というアドバンテージはまだまだあるが、少なくとも自分にとって本を読むことの意義を再検討するときが来ているのかもわからない。
自分の小説が商業で売れることや、自分の今までの人生の苦しみ・障害のもたらした苦痛について語った文章が、広く読まれたり、出版されたりする空想は、なんというか、最終選考まで行って手が届きかけたからか、「たられば」を考え出すと焦燥感に駆られてくる。あまり幸せな考えではない。
それよりも、パートナーがどうすれば喜んでくれるかについて考えたほうがよほど幸せだ。たぶん、自分を大きくしようとするエゴに捕まっていると、苦しくなるのだろう。
知識欲が衰えた理由の一つとして、自己防衛をしなくてよくなったからだと述べた。だが、それ以外に、こうして自分だけが貪欲に知識を得て、エゴというか自分を肥大化させるself-absorptionの道だけでは、行き止まりだと、無意識に思っているのではないか。そして、自分が語った物語が他者から承認されることで、その物語で自分を縛ってしまうことになる。
※このあたりの議論を生成AIに食わせると、エリクソンの自己超越(Self-Transcendence)への移行期や、ユングの「人生の正午」、「エナンティオドロミア(反転)」などという表現を持ち出してくる。そして、「老年期の境地を、成熟した知性が先取りしてしまったことによる困惑」などという仮説を持ち出したが、これは怪しい。まだ四十歳じゃないんだから中年の危機にはちょっと早すぎないか。たぶんAIにユングについて議論した影響で、こんな概念を持ち出してくるに違いない。
ただ、自分は何が欲しくて、何がもういらないかを考え直す時期には来ているのだろう。無批判に知識を増やすのには限界がある。
それよりは旅先の何となくの身体感覚からの入力、肌をなでる風や日差し、足元の起伏などのほうがずっと幸せにしてくれる。
他者のために生きるにはいろんな方法があるが、自分の障害や人生経験をもとに、誰かに手を差し伸べるのもひとつの方法だ。こうした贈与的な側面から実現させることも可能だろう。さっき書いた自分の経験を広く読まれたいという気持ちにもつながっているが、つまるところ、エゴと非エゴは絡み合っており、厳密に定義できるものではない。友人から「障害がある人と接する上での心得を教えてほしい」と言われたときには数千文字の文章をすらすらと書けた。物語ではなく、事実ベースで文章を書く回路は生きている。バズるためだけではなく、友人の悩みにこたえるための文章ならまだ喜んで書ける。
つまるところ知識欲という、自分を磨き続ける自己中心性から、その知識で他者にどうやって手を差し伸べるか、だろうか?
僕の中で価値観は大きく変わりつつあるようだが、特に病的な物じゃなさそうだし、ここ数年の変化を見ながらのんびりやっていきましょう。
年末年始にまた、2026年に読んだ本についてまた何か書くかもしれない。そのときにドイツ語にまだ飽きていないかどうかはわからない。
先日同窓会みたいなものがあって、久しぶりに同級生と会ったけどマウントが酷かったな。
自分は地元に残っているけど、都市に出た人の偉そう感が嫌になる。
地元じゃできないような体験をしたとか、どこの店に行ったとかの話をされても響かない。
肝心な本人の感想が「まあ大したことない」「微妙だった」とか良くないものばかりなので、なんだかなと。
夢持って出ていったのなら、楽しめばいいのに。
それでいて「一度は都会に出たほうがいいよ」と言ってくるんだからよくわからん。地元を腐すために言っていたのか。
「田舎と都会じゃ人生経験に差が出るよ」とか言ってたけど、誰でも経験できる・していることを後追いしてもしょうがないんじゃない。田舎で暮らすほうが、希少価値はあるんじゃない。
これはほんとうにツライ話でさ。
ばか丸出しのわたしの人生経験でもダントツでトップ3に入るツライ経験だったよ。
何がってもう空間がそうでしょ?
ギッチリと詰まってるじゃない人が。
あと心も。
そんなところでさ少しでも漏らしたらわからないわけがないじゃない?
むかしまだ小さかった頃神戸のパレードで空に向けてパンパンってライフルを撃ってる人たちが怖くてお父さんに抱きついたら
「あれは空砲っていって弾が出ない音だけのやつだから大丈夫。花火より安全なんだよ」
って優しくお父さんに言われた思い出が咄嗟に思い出したよ、その瞬間。
そんな報告を仏前ですることになるなんて思いもよらなかった。
『鳴潮』3章3幕のエイメスのストーリーが泣けるとかって話題になってる。
それを見てオタクたちはわんわん泣いてて、感動したとか言ってる。
SNSで一体感を感じるためにそういうこと言って盛り上がってるのかなと思ったらどうもそうじゃないっぽい。
「こんなすごいストーリー見て泣けないやつは人生経験が足りない」とか「感動できないやつは教養がない」とかいろいろ言ってる。
でもこういう陳腐なストーリーで感動できる人ってあまり本読んだりしてないんじゃないかなあ。
読んでたとしてもなろう系とかラノベばっかりとか。
美少女の自己犠牲で悲しいですねえ、つらいですねえ、泣けますねえって、それ高学歴層には冷ややかに見られるタイプの物語なんだけど。
そもそも大学行ってたら感情移入して物語鑑賞するっていう作法は自然に捨てることになるわけだよね。
でも俺って頭いいですみたいなスタンスのオタクたちが美少女に感情移入して泣いてるんだから不思議だなって。
そういうお仕事だよね。
ご苦労さまです。
いろんな本をたくさん読んだり人生経験積んでたらこういう陳腐なストーリーで感動して泣くなんてありえなくない?
なんか既視感あるなあと思ったけど、これって「Fateは文学」「AIRは芸術」「CLANNADは人生」とかのあれだよね。
昔から陳腐な美少女ストーリーに感動してしまうオタクはたくさんいたけど、現代でもそうらしい。
しょうもない御涙頂戴で感動して泣いて、自分はすごい経験をしたんだって思うのはいいけど、そういうのは高校生までにしておきなよ。
推しキャラだから完凸しましたってさあ、完凸安いからっていうけどさあ。
なんかもう宗教みたいになってて怖い。
教養のないいい年したおじさんおばさんたちが美少女自己犠牲御涙頂戴ストーリーで泣いて10万20万と課金してる。
怖いよ。
怖い。
映画・ライブ・遊園地みたいな「そのコンテンツに対する消費時間が最初から決まっているもの」がデートに向いてるわけよ。
趣味がある程度似ていても、突き詰めればどこかに差があるわけで、そこでお互いに対して我慢を強いることになるのが明白なのが美術館。
片方がモネの絵をじっくり見たいと感じても、もう片方は印象派なんて興味がないかも知れなくて、そしたらそっちは相手がじっくり見てる間退屈しちゃうわけよ。
美術館には無数の作品があるから1日の間に何度もそういったすれ違いが起きるわけ。
「そういう時に察して早めに切り上げることが出来るかを見極めることが出来る!!!」みたいなサイゼリヤデート理論はあるかもだが、そもそもそういった人を試すような行為をする時点でもうセンスが終わってると思うわけ。
まあ美術館デートなんてする輩はそもそも教養がまともに育ってないから、美術館に複数人で行った時に何が起こるのかをいざデートに利用して始めて知るんだろうね。
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https://b.hatena.ne.jp/entry/s/373news.com/news/local/detail/229852
田舎で暮らしていると意識して多くのことを諦めていると感じる。
ブコメにあるような
「sevenspice 新卒にこだわるのやめたら?ブラックほど若いの欲しがる傾向強いけど人生経験少ないやつほどコントロールしやすいと思い込んでるのが透けて見えてて若い子はそう言うのしっかりわかるから転職するのだと思うよ」
「uunfo さすがに退職者が多すぎるのでよっぽど待遇が悪いか、異常な若者いびりが行われてるかのどちらかでは…/非婚化晩婚化少子化で子供で若い親を地域に縛り付けることができなくなった影響はあるかも」
「itotto 辞めてるのは20,30代が多いらしいので若い人が魅力を感じにくいのかも。採用はもう少し上の世代をターゲットにしたらよいのではと思う。若い方が長く働いてくれるという期待なのかもしれないけど結局辞めてるしね。」
と「鉄道会社の待遇が悪い」「若者が魅力を感じにくい」など、全部当たっている。当たっているけどそれを悪意とか怠惰だと言わないでほしい……。
過疎地域に生まれるという珍しい出自で、それを捨てたくなるような環境で、家族や地縁の人間関係で生きている。
田舎は無職が生きてられるような環境ではない。若い世代はより良い待遇を求めて出ていき、上の世代は適応しきって既に暮らしがある。
日本の足を引っ張っているだけの生産性の無い田舎かもしれないが、生まれたからにはここで暮らしていくしかない。
そういえば最低賃金が1000円を超えたらしい。感慨深い……。
前作の40歳なんちゃらと比べてなんか違和感あっておかしいなと思ったら作者が50歳になってから書いたとのこと
その割に1500円もするとか
でもフルカラーでもないし内容うすいしこれで1500円はないわー
こっちは1個だけ、8歳年下の編集者だかの男に振られた部分が気持ち悪かったな
サシで飲んだり、こんなこと相談できるの作者さんだけですとかって言われて舞い上がって、
男が結婚したら、自分はそういう話題の相談にはのれなくなるしサシで飲みに行くこともないし、みたいな
そもそもそういう関係でもないのに1対1で飲みにいってそういう思わせぶりな言い方する時点でろくな男じゃないと思うんだけど
内容薄いのもまあしゃーないんだろうな