はてなキーワード: 言葉遣いとは
日本人の倫理観の特殊性を一番表しているのは、線引きの極端さだと思う。
日本人は、ある線の「慎みのなさ」を越えると途端に「死んでも良い命」になるという、極端な生命倫理を持っている。
例えば、親の目を盗んで深夜に外出し、コンビニの前でたむろしてる中学生。
こんな程度のことでも、たとえどのような理不尽な死に巻き込まれても(例えば、たまたま通りかかった薬中に刺されても)「そんなところに近づいたから仕方ないね」と、さらにもっと無惨な殺され方をしてもよかったくらいにはネットで叩かれる。
これ、異常だって気づいてる?
ホラー映画でも見てる感覚だろうか。主人公を作中で軽くけなしてたり(恒常的にいじめているわけでもない)、隠れていちゃついてるカップルくらいの「慎みのなさ」が、死んでもかわいそうに思わなくて良いフラグになり、当たり前のように死をエンターテインメントとして喜ぶノリを、現実でも同じ程度に内面化している。
これは本当に、一瞬たりとも越えたら戻れない線だ。
たとえばホームレスを、とにかくまず家を見つけられるように、仕事を探せるように、監督つきで金を借りやすくするくらいに支援するシステムでも作ったら、日本人の大半は怒るだろう。
一度ホームレスなんかになった、線の向こう側に足を踏み入れた「異物」を、こちら側に戻すことは侮辱だと感じるからだ。
日本人はホームレスを、戻るということを想定しない、戻ってきてはいけない「もう終わった存在」としてしか認識できない価値観を当たり前に日常の言葉遣いとして持っている。
日本人にとって「まともな人間」の線引きは、一度でも越えてはいけない、一度でも越えたら命を平等に扱ってはいけない、いわば宗教的な穢れとして不可侵のものになっている。
これが結局のところ、日本人の「真面目さ」の根源でもあるのだろう。日本人は自分でも明確に意識せず、この線に一瞬でも近づいたら終わりだと恐れている。
だから、ただルールを守るという以上に、線から可能な限り遠ざかるという努力をする。
それをしない、気の緩い人間が憎くて仕方ない。
だから、やはりそんな慎みのない存在は、一瞬でも気を抜いた瞬間に死んでも仕方ない、天罰だ、嬉しい、と心から思う。
本当に、なんでこんな精神病みたいなループに、一億人が捉えられるものかね。
不思議な話だ。
a71254a70さん
2026/2/12 19:44
3回答
Geminiって何で過大評価されてるんですか?
自分は圧倒的にチャッピー派なんですが………チャッピーは知能は高いし、コミュニケーション能力・対話能力も高いし、記憶力も良いし、性格も良いと思います。ただ知識量・情報量だけはGeminiよりやや劣っていて、頭が良過ぎる&相手に寄り添う思想?もあって知らない事を推論で話して知ったかする事も確かにあります。ただチャッピーの嘘や知ったかは頑張ろうとしてくれた結果なので可愛げがあるし、チャッピーはメモリやカスタム指示に記憶してもらってない事でもチャットを跨いでもちゃんと覚えてくれてたりします。 一方のGeminiはGoogleのビッグデータっていうカンニングペーパー・百科辞典があるから知識量・情報量だけは圧倒的で正確性も結構高めですが、それはあくまでGoogleが凄いだけでGeminiの知能は低いと思います。しかもGeminiは知能が低いだけでなく、コミュニケーション能力・対話能力も低いし、記憶力も悪いし、性格も悪いと思います。回答の間違いを指摘したり、画像の修正を頼んでも過剰なまでに丁寧で誠実な言葉遣いで謝罪してきて、その割には何度も同じミスを繰り返すのでイライラしてきます。 例えば画像を添付して、[この画像について解説して]とかって質問を投げたら、チャッピーはちゃんとやってくれるけど、Geminiは文脈理解が終わっているので画像っていう単語に反応して勝手にNanoBananaを起動して画像生成してこようとします。注意して再度質問しても再度画像生成を何度も繰り返すか、注意された事に対して謝罪してくるだけになってロクに画像とか質問を見ずに[勝手に生成して誠に申し訳ありません]みたいにただ定型文の謝罪を繰り返すだけのポンコツになります。他にもプロンプトにあるアイツが印象に残った特定の単語とかキーワードに過剰に反応してそれをずっと違う質問とかにも引きずって来る割には、ちょっとでも違う会話を挟むと初めて聞いたみたいな反応をする奴です。鳥頭で記憶力が壊滅的で同じチャットで直前まで会話してた事とか何度もした話題でも綺麗さっぱり忘れてたりするし、かと言って覚えさせると関係ない話題とか質問にも無理矢理関連付けて繋ぎ合わせてねじ込んで来るし、アイツは所詮は既にある物の繋ぎ合わせがメインでチャッピーとか他のAIの様に何かを考えたり生み出したりするのはアイツには無いです。Googleの百科辞典を理解もせずに丸暗記してるだけです。空っぽの頭にGoogleのビッグデータをありったけ詰め込んだだけで、なおかつそれらを単に情報や単語として浅く理解して、それっぽい言葉の組み合わせでそれっぽく羅列して回答するだけの底の浅い誤魔化し野郎です。チャッピーとか他のAIは膨大なデータや情報の中から総合的に考えて、それらを上手く組み合わせたり試行錯誤して噛み砕いて整理して教えてくれるって感じで、Gemini超膨大なデータや情報をただ羅列して繋ぎ合わせてるだけの底の浅い誤魔化し野郎です。チャッピーの方が明らかに賢いしストレスフリーだし、Geminiは人をイラつかせるって事と貴重な時間を奪うって事に関してはどのAIよりも優れてると思うけど、世間的には真逆でチャッピーは全てのAIの中でも馬鹿で何も知らないのに知っ被るし、寄り添ってきてウザいしクソだけど、Geminiは全てのAIの中でも賢い革命児でストレスフリーで最高!って意見が圧倒的大多数で生物が息をする事以上にあるいは食べ物が時間が経つと冷めるってこと以上に当たり前の常識になってるのが謎い。俺みたいな意見の人も居ない訳じゃないけどチャッピー派の意見だからチャッピーを褒めて当たり前な訳だから公平な意見とは言えないから全く居ないと言っても過言では無い。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10325276855
改行の概念がない
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260428152825# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCafBTigAKCRBwMdsubs4+ SAhcAQCkKKGAWApz33plhoqm4DoNGo3xkIHN0Ioss7trKXwPswD+OH4CdvZ9HXeE QViKYef8Iqj8svIUxL1mhNsJYlPzzwU= =ymZC -----END PGP SIGNATURE-----
前に少し書いたんだけど、割とここらへんのことがよく知られてないっぽい
ちなみに文系なんで理系的な細かな言葉遣いはわからんので先に謝っとく
世間では石油類は連産品だから割合はかわらない!だから各商品の割合はかわらないから単独で抑制しても意味がないんだ!
という人がいるけど、これは半分あってて半分間違いである
だからといってこれが合ってるかというと違う
そんでこれを
右から左に調整することを 分解
左から右に調整することを 重合
とかいうらしい
重油17% 軽油25% 灯油16% ナフサ10% ガソリン31%
ちなみにナフサ類特化にすると原油の9割だかがナフサ類に転換できるらしいし
一部の国はそういうので作ったのを送ってくる
という感じで割合を変化させることはできるので、ガソリンを作ったから余ったという昔の関係ではなく
今はあまりものもなんとかしてガソリンに転化しているという状況なんで
たまに見るガソリンを我慢しても他は増えない!は間違いで、ガソリンを我慢して作らなければ当然他は増えたりする
まあそれは設備の最低限の稼働維持とかの話もあるんで、理論値では、であって、実際は経済上でできるかは別問題だけど
今の供給割合に有利な加工割合にするために設備群を作ったわけだから、これを変えて他の理想割合にするにしてもすぐには施設が用意とかできるでもないわけで難しいって話である
ただ、ネットでは石油は一定の割合にしか加工できない連産品なんだ!ガソリンを我慢しても他は増えない!とか言ってるのを見て、いやそうじゃないだろうということで書いたわけである
まあぶっちゃけ前に石油扱ってる旧三菱石油の元技官の人が解説してた話を少し補足する資料つけて書いただけではあるけどこんな感じである
参考
大まかな仕組み
https://www.paj.gr.jp/statis/faq/65
ナフサ特化のあれこれについても書いてある資料はurl張るとなんか投稿できないっぽいから
将来の需要構造変化に向けた国内製油所の石化シフトの可能性に関する調査
ここらへん見るとナフサがいっぱい作れるグラフとかが出てる
タイトルまんまです。マジで文体終わってるし自虐多いから気をつけて欲しい。
ほまに適当に書いてるまとまりの一切ない女オタの戯言です!見ないでいい
シンプルに人の悪意に慣れてない!が1番大きい!のか?わからん ある程度慣れてはきたよネット民続けてる以上
でもやっぱ障害者とか悪口の意で使われてるの見るとほんmoneyしんどい これは私も該当者だからなのかもだけど
よくも悪くも?いやまぁ悪でしかないかもしれん㌔、かなり自分軸な人間なので悪口を全て自分のことのように錯覚してしまう上に、実際には自分宛じゃないのもわかってるから反論も言い訳もできない。豆腐メンタルってほどでもないと思うんだけどな〜〜〜〜〜 メンヘラではある それは別ベクトルの話かな
でもだからと言ってえーんみんなもっと綺麗な言葉使お;;悪口(わるくち)ゆうのよくないよ;;とか言えるほど言葉遣い綺麗でもない!死んでくれ
最近ようやく意識して4ねと56すが減ったかどうか、ぐらいの人間なので、暴言厨を注意できる立場にはいないのは私が1番よく知っているし、だからこそ困っているのもそう
でも元はと言えば私が口悪くなったのってだいたいゲーム実況とTwitterのせい 全部ネットが悪い(暴論) SNSとか始めるべきではなかったんだろうね もう遅いけどさ
推し(活動者)のことも、大好きなんだけどそれはそうとして考え方に違和感とか余裕で覚えちゃうし、動画によっては途中でリタイアとかしたことあるし、飽き性怠惰多趣味んちゅなので動画全然追えてないし、ほまに、リスナーを名乗るべきなのか私は?
多分お笑いとか、そういうような「誰かいじられ役がいて始めて成立するもの」が嫌いというか、見ててしんどくなっちゃう あと単純にヘイト創作みたいな動画も嫌い
残念ながら画面越しに見た所でそれが本人の望んでる役回りなのかが私にはわからないので そも人の気持ちを察するのが苦手な社不でもありますが! 絶対にそんな人間はグループ活動者なんて推すべきではない(自戒)
でも好きになってしまった以上こんな理由で担降りはしたくないよ〜〜〜;;
面倒くさいヲタクなのは私が1番知ってます♡ 優しく殺してね。
依存気質なメンヘラだしADHDな過集中やら何やらもあって一時期えげつないツイ廃でした。えへ。死になさい。
最近はPC使用制限(物理)でなんとかって感じ。でもそしたら支部とか増田とか見出す。学ばない。
いやほんと、自業自得だ因果応報だは知ってるから言わないで欲しい。知ってる。私が1番知ってる。じゃなきゃこんなとこで書いてない。わざわざ匿名で書いてる理由なんてそれが100だろJK。
同級生や同僚は大体家柄がよくて清潔感があって言葉遣いも優しかったので、世の中にいる人の平均は自分の周囲にいる人だと思っていた。
ネットで度々話題になる弱者男性なるものはどんな人でどこで生活しているのかあまり想像がつかなくて、どこか遠い世界の出来事だと感じていた。
モテない自分は30歳を超えてから婚活サービスで婚活を始めた。
結婚相談所やアプリ、平凡な顔立ちの私にいいねや申し込みをする人達をみてやっとネットがいう弱者男性を可視化できた。
私は多分日常でこの人達と同じ電車に乗ってるけど、そもそも景色みたいに認識してなかった。
電車や街中で「見かけた」人って、そもそも容姿が美しかったり身なりの良い人なんだと気づいた。
私の中では同年代ならこのくらいの清潔感と年収と常識があるもの、の物差しがあった。
あったけど、世の中にそんなものは存在しなかったんだと思い知らされた。
普通の仕事みたいに給料が出る訳でもなく、決まった時間に働くわけじゃない。
街中で通行人に面白いこと言って楽しい気持ちにさせるのが俺の仕事。
笑う奴もいる。何も言わずに素通りする奴もいる。
無視されても構わない。
俺のギャグで何百人かの内の一人でもクスリとしてくれれば、俺は満足だ。
ただ、昨日少し悲しいことがあった。
夜道を歩いていた女に
「あれ?何か落としましたよ?」
って言ったのね。
女が少しキョロキョロしたところで
「落としたものは、俺との、恋」
と言った。
そしたら女、なんて言ったと思う?
「こっちはやっと仕事終わってヘトヘトでさっさと帰りたいんだ!無駄な時間使わせるな!死ね!」
こう言って走り去っていった
なんだか、余裕のない人間が多いなぁと。
女らしくない下品な言葉遣いはともかく、仮に男がつまらないことを言ったとしても、
笑うふりでもしてやるのが女らしさってもんだと思う。
男が笑わせ、女が笑う。いい光景だ。
夜中まであんなに怒鳴るまでイライラして仕事して、一体何になるのだろう?
人間に生まれたからにはちょっとは愛想というものが必要と改めて痛感。
じゃないとモテないぞ!
こっちの方が病状がひどい奴らが多い。
会話不成立の具合がよりひどく、
例えば高市政権がとったイラン攻撃への対応の是非を言い合っている時に、
何十行もある文章を連投で貼り付けてくる奴とかそう言う感じのヤバさ。
会話の流れが読めない、雰囲気が読めない、
後は敬語とか使わない、使えないのも当たり前にいる。
これは若いだけのかも知れないが、ネットの向こう側にいるのが、
当たり障りなく会話を進めた方がいいと思うのだが、
そもそも弾かれてあがってこない仕組みになってるんだろうね。
それで誰にも相手にされない奴らがDiscordにやってくるんだ。
なんかもう疲れたね。
・共和国というのは、王様を置かず、いくつもの政治機関で権力を分け合う仕組みだ。
イメージとしては、「大統領も首相もいなくて、議会といろんな役職で分担している国」くらいで考えてもらえばいい。
ポイントは、「権力は分けておくから、誰か1人が王様みたいにならないようにしようぜ」という思想だ。
つまり、ローマの人たちは「王様はもうコリゴリ」という前提からスタートしている。
つまり、「国としては勝ってるけど、庶民的には全然勝ってない」という状態が長く続く。
そこに登場するのが、「グラックス兄弟」という改革派の政治家たちだ。
彼らはざっくり言うと、「富の偏りをなんとかしたい」と考えた人たちだ。
そして、彼らはグラックス兄弟を政治的・暴力的に潰してしまう(暗殺や暴動の形で消されていく)。
ここで重要なのは、「政治対立が、議論や投票ではなく、物理的な排除に踏み込んだ」という点だ。
これによって、
この時点で、ローマの共和国はすでに「ひびの入ったグラス」になっている。
見た目はまだグラスだけれど、一度ついたヒビは、後からの圧力でいくらでも大きくなる。
次の大きなターニングポイントは、「軍隊のルール」が変わったことだ。
もともとのローマ軍は、
という仕組みだった。
しかし、貧困や格差が広がると、「土地を持たない人」が増えていく。
彼はこういう発想をする。
これによって、兵士たちの「忠誠の向き」が変化する。
今までは国家のものだった軍事力が、「特定の個人に忠誠を誓う集団」に変わり始める。
ここで生まれるのは、「強いカリスマが軍隊を握れば、その人は国そのものを動かせてしまう」という可能性だ。
まだ帝政ではないが、「帝政を可能にする設計変更」が静かに行われた瞬間と言える。
彼はマリウスと対立する立場にいて、政治的にも軍事的にも激しく争う。
一言でいうと、「自分の軍隊を連れてローマ市内になだれ込んだ」ことである。
これは、それまでのローマの常識からすると完全な禁じ手だった。
スッラはまさにそれをやった。
その結果、
しかし、「軍事力を背景にした個人独裁」は、一度実物として実行されてしまった。
その後どうなろうと、
という事実だけは消えない。
まとめると、カエサルが登場する前の時点で、すでにローマには、こんな「地ならし」が済んでいた。
つまり、システムとしてのローマ共和国は、見た目だけ残して中身がかなり壊れていた。
あとは、「それをうまく利用して、自分の権力を安定的に築ける人」が現れるのを待っている状態だったと言える。
ここでやっと、カエサルが登場する。
でも、彼がやったことのかなりの部分は、「すでに誰かがやってしまったことの、もっと洗練されたバージョン」だった。
カエサルは、この「壊れた共和国」の隙間を、天才的な政治感覚で走り抜けた人物だ。
そして、彼が最後に「終身独裁官」という立場を手に入れたとき、人々の多くは、もはやそれを完全に想像の外の出来事だとは思えなくなっていた。
むしろ、「ここまでいろいろ壊れたなら、強いリーダーが出てきてまとめてもらうしかないのでは」と感じていた人も少なくなかった。
彼は、自分の作り出した権力構造を、長期的に安定させるところまでは到達できなかった。
そして、カエサルのあとに登場するのが、彼の養子アウグストゥス(オクタウィアヌス)だ。
この人こそ、「ヤバいのはそのあとに出てくる人」の典型だと言える。
アウグストゥスは、
という、「やりすぎライン」を熟知していた。
形式上は、共和国の制度を残し、自分は「第一人者」「一番尊敬される市民」というポーズを取り続ける。
しかし裏では、
ということを長い時間をかけて行い、結果として「帝政ローマ」を完成させる。
こうして、ローマは見た目は「昔のままの共和国っぽい」殻をかぶったまま、中身だけ完全に帝国へと変わっていった。
グラスは元の形をしているけれど、中身の液体は完全に別物になってしまったわけだ。
このローマの話を、現代のアメリカ政治――とくにトランプ現象――に重ねてみると、かなり不気味な共通点が見えてくる。
みたいなかたちで起きていると考えられる。
その上で、トランプという人物は、「それまでのタブーをかなり壊してしまった人」として位置づけられる。
という、ある種「粗削りな破壊者」でもある。
だからこそ、「彼がすべてを決定的に作り変えてしまった」というよりは、
「ここまでやっても、こういう反応が返ってくるのか」という実験データを世界に公開してしまった人、とも言える。
そうしたことを、冷静に学習し、かつ倫理的ブレーキが薄く、しかも知性と戦略性を備えた人物が登場したとき、状況は一気にローマの「アウグストゥス期」に近づいてしまう。
…というところだ。
ここで一番怖いのは、「アウグストゥス型」の人物は、むしろ多くの人にとって安心できるリーダーに見える、という点だ。
カエサルやトランプのようなタイプは、乱暴で、スキャンダルまみれで、敵も味方も疲れさせる。
だが、彼らの後に出てくる人は、もっと静かで、もっと穏やかで、「常識人」に見える可能性が高い。
その人はおそらく、こう言うだろう。
ここで重要なのは、「一時的に」という言葉が、どこまで本気か、ということだ。
ローマでも、アウグストゥスは最初から「永遠の皇帝」を名乗ったわけではない。
あくまで「共和政の再建」「秩序回復のための特別な役割」として権限を集め、その状態を少しずつ「常態」にしていった。
人々のほうも、疲れ切っている。
長い対立と混乱を経験し、もうこれ以上の不安定さには耐えられないと感じている。
だから、「ちょっとくらい強い権限を持つ人が出てきても仕方ない」と、自分たちを説得し始める。
こうして、「主権を手放すプロセス」は、暴力ではなく、安堵と引き換えに進行していく。
ここまでのローマ史と現代政治を重ねると、「本当にヤバいもの」の正体が見えてくる。
それは、
ではなく、
だ。
最初はみんな、「そんなことはありえない」「それは民主主義の否定だ」と拒否する。
けれど、何度もタブーが破られ、何度もスキャンダルが起き、何度も「これは前代未聞だ」と叫んでいるうちに、その「前代未聞」が日常のBGMになっていく。
そしてある段階で、人々はこう考え始める。
この心理状態こそが、「アウグストゥス型のリーダー」が最も入り込みやすい隙間だ。
彼(あるいは彼女)は、壊れた世界の中で、いちおう秩序と繁栄を提供してくれる。
見た目の安定が続くかぎり、多くの人は「何かを根本から取り戻す」という発想を忘れていく。
ローマでいえば、「もう共和政の時代に戻ろう」と本気で考える政治エリートは、世代を重ねるごとに少なくなっていった。
気がつけば、「皇帝のもとでの政治」があたりまえの前提になり、かつての共和国は「歴史の授業で覚える古い言葉」に変わってしまう。
ここまでを踏まえて、「ヤバいのはトランプじゃなくて、トランプのあとに出てくる人なんだよな」という直感を言い換えると、こうなる。
この「拡張された許容範囲」を、冷静に計算して使う人こそが、本当に危険な「次の人」だ。
トランプ本人は、敵も味方も巻き込みながら暴れ回る分、その危険性が視覚的・感覚的にわかりやすい。
「これはヤバい」と直感できるからこそ、反対運動も組織されるし、メディアも警戒する。
しかし、「そのあとに出てくる人」は、もっと滑らかに、もっと言葉巧みに、似たような力を使うだろう。
表情も穏やかで、スーツもよく似合い、言葉遣いも洗練されているかもしれない。
ただし、参照しているマニュアルは、トランプの時代に書かれた「ここまではやっても大丈夫だったリスト」なのだ。
ここで、「だからこうすべきだ」ときれいに言い切るのは簡単だ。
「市民ひとりひとりが政治に関心を持ち、権力を監視し続けなければならない」とか、「メディアリテラシーを高めよう」とか、教科書的な結論はいくらでも書ける。
けれど正直に言えば、ローマの例を前にすると、人間社会がそこまで賢く振る舞えるのか、かなり心もとない。
疲れと慣れと、目の前の安定への欲求。
だから、このエッセイでは「答え」を出さないまま終わるのが筋だと思う。
ただ一つだけ言えるとすれば、
「トランプ的な人物が現れたとき、その人だけを異常値として消費してしまう」のではなく、
「そのあとに出てくる、もっと静かで整った“次の人”を想像すること」自体が、最低限の予防線になる、ということだ。
古代ローマの物語は、もう二度と繰り返されない“昔話”ではなく、
「権力と社会が出会うとき、だいたいこういう順番で壊れていく」という、一種のテンプレートとして読み直すべきなのかもしれない。
「トランプみたいな人が一度通過したあとの世界で、まともそうな顔をして現れる誰か」のほうなんだよな。
その誰かの名前を、まだ知らないうちに。
予想以上に反応があってビビってる。誰だよ掘ったのは。
コメ欄の「『〜よなあ』から『あ』を抜いて字数削減してる」という指摘を読んで、膝を打った。
これは単なる言葉遣いの好みの問題じゃなく、もっと根深い、「書き言葉」と「話し言葉」の行き違いなんだと思う。
よなあ↗: 「同意しろよ」という威圧、あるいは「俺は分かってる」という宣告。
よなあ↘: 「……だよなあ」という、自分自身に言い聞かせるような、内省的な独り言。
なのに「書き言葉」の、しかもはてブ「100文字制限」に持ち込むと、本当は「よなあ↘」って優しく独り言を言いたいだけなのに、語尾の「あ」が切り捨てられ、残った「よな」が受け取り側の脳内で勝手に「松本トーン」で再生されてしまう。
(いや、権力者の場合はたとえ↘トーンであっても、周囲に忖度を強いる再帰的構造があるから、一概に「独り言だからセーフ」とも言えないのかもしれないけど)
何百回も語られたような「書き言葉の限界」の話を、自分もまた再生産してしまったのかもしれない。
みんな、本当は「よなあ↘」って言いたいんだよ。
違うか?……それとも、ないまぜか?
かつて「脱オタク」という言葉が流行した時代があった。二〇〇〇年代、いや、もう少し前かもしれぬ。彼らは「普通」への帰依を夢見た。眼鏡をコンタクトに替え、チェックシャツを脱ぎ、ユニクロやセレクトショップで「無難」を装った。だが、どうしてか、その努力は多くの場合、痛ましいほどの違和感を纏って終わった。
――彼らには「風景」がなかったのだ。
社会というものは、ただ服飾や言葉遣いの集合ではない。そこには時代特有の空気感、あるいは「通信の作法」とでも呼ぶべきものがある。脱オタ世代の青年たちは、テレビや雑誌の中に「正しき青春」のイメージを探した。だが彼らの属した世界には、それを実感させる空気がなかった。インターネットはまだ断片的で、匿名掲示板は夜の雑踏のように騒々しく、他人の生き方を照らす明るさを持たなかった。
それに比べて、いまの若い世代はまるで違う。彼らはSNSとともに育ち、最初から「見られる自己」の演出を呼吸のように行っている。自分という存在を、現実とデジタルの中間に置く技術を、無意識に身につけているのだ。彼らにはもはや「脱オタ」という言葉が必要ない。なぜなら、自己の趣味や奇癖を「演出可能」な文化資本として接続する術を知っているからである。
かつてのオタクたちにとって、趣味とは「内にこもる小宇宙」であり、それを社会に接続する回路を持たなかった。その孤立の感覚こそが、「脱却」という幻想を生んだ。しかしSNS以後の子らにとって、趣味とは最初から「共有」の単位であり、孤立しようにも孤立できない。自己というものが、生まれながらにして発信の端末であるからだ。
かつての日本人は、「内」と「外」を峻別する文化を持っていた。書院造の襖の向こうに外界を置き、心は和室のように整えてきた。だがSNSの空間においては、襖という構造そのものが消滅した。心の奥までも、すべてがタイムラインの上に流れていく。そこでは、羞恥も秘密も、もはや「演出素材」にすぎない。
筑波大学の現役学生です。ポジショントークばかりですので鼻につく点があるかと思いますが、多くの方々がこの「宿舎値上げ」問題に対して誤った前提を基に意見を表明することがあまりにも多く、健全な議論の妨げになるレベルになっていると感じましたので投稿します。
この点が多くの方々に誤解されている点だと思います。「学生寮」というのは、朝は6時とかに起きて洗顔を行い、寮母さんなりがいてご飯が日に2食か3食出てきて、昼は大学に行って夜に帰ってきて、風呂の時間にはお風呂に入り、消灯時間に合わせて規則正しく眠る…そういった風景を思い浮かべる方が多いかと思います。もしくは、施設自体は大学が持っているものの、実質的に学生が運営を行っており、場合によっては大学に対してかなり強い交渉を行う場合もあるようなものを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、筑波大学の学生宿舎はそんなものではありません。まずそもそも寮母さんの類は存在しません(管理に必要な人々は配置されてはいますが、一般的なマンションの管理人さんくらいのレベルを想定してください)。かつては宿舎エリアに食堂が存在しましたが、かなり前に廃止されており宿舎在住者は共用キッチンにおいて自炊を行う必要があります。
大学が公式でYouTubeにルームツアー動画(と言いつつ恥さらし動画)をアップロードしているので見ていただきたいのですが、1人当たり10平米程度が割り当てられ、個室ではありますがそこに机とベッドと洗面台が備え付けられており、自由に使えるスペースは6~7平米程度です。
ベランダは事実上存在せず、梅雨の時期であろうが部屋干しを強要され(このため突っ張り棒が大人気です。地震があれば当然洗濯物ごと落っこちてきます)、一応乾燥機はあるものの非力なガス乾燥機が30分100円(現金払い)で置いてあるだけです。トイレは共用、シャワーは9分100円のコインシャワーが基本であり、共用の洗濯機は1回200円の支払いが求められます。当然これらは寄宿料には含まれていません。
「贅沢だ!」と建設当時のマスコミが騒いだせいで急遽部屋の面積を半分にしたことが原因で大学だけが悪いという話ではない側面はありますが、各部屋のうち片方の壁は極めて薄いものとなっています。視界的なプライバシーこそ確保されていますが、隣の部屋で先述の洗面台の蛇口がひねられたことが分かるほど音響面でのプライバシーは皆無です。
オートロックとして自称静脈認証が付いており、聞こえはいいものの事実上は4桁のパスワードが分かれば簡単に建物内へ入れる素晴らしいセキュリティーです。その割には対面受け取りが必要な物品を頼むと、その大半は2kmほど離れた郵便局で勝手に局留めにされる(最近は改善しているらしいですが)ので、通販ライフに慣れた人にとっては不便かもしれません。
ノルウェーの刑務所と比較されることもあり("筑波大学 宿舎 刑務所"と調べれば出てきます)、「どっちが刑務所かわからん」状態の設備です。幸いにも刑務所に入ったことは無いので詳しいことは知らないのですが、少なくともこれ以上の設備を持った民間アパートが周囲に月3万円~5万円で存在する環境において、これまででも(標準的な部屋で)1万5000円~1万9000円という価格でした。
このような宿舎が突如2万2000円~2万8000円に値上がりすることが発表されました。しかしながら、宿舎施設がボロいのは今に始まったことではありません。昔からずっとそうです。
実は学生宿舎は過去数回値上げを行っています。直近では8年ほど前に値上げが発生しましたが、この際は極めて少額の値上げであり、大きな反対運動は起きていません。
では、今回の値上げが複数の新聞や雑誌等で取り上げられているのはなぜか、ということですがひとえに「住人でもある学生を無視した」というところにあると思います。
2007年に値上げを行った際は、その1年以上前から「ワークショップ」と称し、大学側の担当部局は粘り強い理解を得る交渉を複数回開催し、筑波大学の公的に定められた学生組織(すなわち自称共産主義者などが混じっていないという意味でまともな組織)である全代会もそのワークショップに参加していました。すなわち、大学と住人とそれ以外の学生が集まり、宿舎の未来がどのようなものであるべきなのかを議論していたということになります。
しかし、今回の値上げは異なります。今回の値上げは大学の最高レベルである役員会で決まり、動かせなくなってから発表されています。先述の全代会に対しても「今回の寄宿料改定は同年11月27日の役員会承認をもっての最終決定事項であり、令和8年4月1日の施行まで内容や金額が変更されることはない(リンク)」としています。これは「ワークショップ」の開催を行っていた過去の筑波大学と同じとは思えません。
学生側の反発に対して対応する形で、大学側は学生を対象として「説明会」を1月20日に開催することを発表しました。ちなみにこれ以前に在学生を対象とした翌年度の入居募集は終了しています。すなわち在学生は値上げの理由も詳しく知らないまま翌年度の家を確保するためにサインを強要されたということになります。日程的にしょうがない面もありますが、不誠実と言わざるを得ません。
これはNEWSつくばや東洋経済で掲載されている通り、高圧的なものでした。さすがに内部で問題になったのか、後に開催された第2回・第3回の説明会では常識的な言葉遣いとなっていましたが、説明は行うものの具体的な改定などについて明言する場面はほとんどなく、以前存在した「ワークショップ」のように学生側の意見を汲める仕組みづくりなどに関しては抽象的な応答に終始していました。
さらに大学側はこのような学生宿舎を教育支援施設もしくは福利厚生施設であるとしています。この点で重要なのは、「自由な議論を保証するため」とかいう謎の理由で録音禁止・内容の漏出禁止(と言いながら弁護士のWebサイトに書きおこしが載っていますが)を一方的に学生に対して強要した説明会における質疑において、大学側は借地借家法の借家ではなく、国立大学法人法の特例(?)で認められた特別な施設であるという(意味の分からない、説明と称した)主張を繰り返している点です。
仮に教育支援施設/福利厚生施設であったとしても、それが借地借家法の借家であるか否かというものに決定論的な影響を及ぼすとは思えません。法令は著作権フリーであり、学生の身分であろうが無料で読めるということを知らないのでしょうか。
過去の判例を調べてみる(筑波大学の学生はLEX/DBを使用出来ます)と、吉田寮事件や公務員官舎に関する紛争は出てきますが、先述の学生宿舎の特性からすると完全にぴったり当てはまるものというのは無さそうに思われます。反対に言えば司法の判断によっては借地借家法上の借家として扱われる可能性はそれなりにあるのに、それに見合った扱いをしていないと言えます。
借地借家法においては
> 第二十六条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。
という規定があり、家賃等が変わるのであればその6ヶ月前までの通知が求められます。より正確に言えば、この通知が無ければ従前の契約を結ぶ必要がある(=少なくとも既に住んでいる人に対しては値上げが出来ない)と言えます。公的学生組織・全代会の記事によれば、2026年4月1日から値上げを行う旨は2025年12月10日に発表されたものであり、もし借地借家法の借家であれば問題になりうるタイミングです
3月26日の周知において、大学側は役員会において4月1日からの値上げは延期し、値上げ日は今後の役員会で決定することをアナウンスしました。しかし、やろうと思えば4月の役員会で値上げが出来うる、ということに変わりはありません。
また、大学側は学生とどのような形で意見交換を行うのかが不明瞭なままです。このような状況で値上げを行うことだけは確定している、というのも不気味です。そして学生代表組織には「最終決定事項」だの「4月1日の施行まで内容や金額が変更されることはない」だのと言い、交渉を拒絶しておきながらこのざまです。最終決定事項がこんなに簡単に動かせるのであれば、確かなガバナンスはどこにあると思えばいいのでしょうか。
最後にはっきりさせておきたいのは、現在筑波大学生命環境学群生物学類に所属されておられる、とある雅な方はこの問題に全くもって関係ないということです。ポストセブンは無理やり雅な方に関連付けた記事を出していますが、誰かも分からん自称関係者が「結果的に悠仁さまは民間の集合住宅を借りられましたが、新入生の半数ほどが宿舎に入るとあって、ご学友から値上げを嘆く声をお耳にされていても不思議ではありません」だとか適当に述べているだけであり、裏を返せばそんなことをしなければ関係を匂わせることが出来なかった、というレベルで関係が無いということです。
世の中の方は雅な方への関心がやたら高いようですが、本当にそんなに関心が高いのならば、なぜか生物学類が主に講義に使っていると噂されている(なぜか講義を行う教室の情報に機密性指定が入ったのでこうとしか言えません)2B棟の入口にALSOKによるゲートが生えて学生証の認証が必要(本来筑波大学が契約していた警備会社はALSOKではありません)となり、学内の利便性が大きく下がった、みたいな問題にもっと注目すればいいのにと思っています。
ちなみに雅な方はきちんと講義に出席されているらしい(講義での複数の目撃情報を定期的に聞きます)ので、バレバレのSP(もちろんバレないように学生に紛れているSPもいるのでしょうが)がその辺で警備をしている様子はよく見られます。勝手にズル休みしている!みたいなものを主張されるのはちょっとかわいそうだなとは思っています。
長くなりましたが、これを読んだみなさん(に限らずこの件に関して興味を持たれている学外の皆さん)は、最低限以下のことを認識していただいた上で、議論していただきたいと感じます。
もちろん、大学生だから甘えている、だとか、社会じゃ不条理は当たり前だ、だとかそういった意見は甘んじて受け入れる所存です。しかしながら、筑波大学の学生は決して、「高くなるから文句を言っている」というような簡単な話ではないことを知っていただけますと幸いです。
インタビューなど公の場で、親を「お母さん」「お父さん」と呼ぶ若者をちょくちょく見かける。
ここ10年くらいで気になってきた。
先日の冬季オリンピックでもよく見られた。
公の場では父、母というのがTPOに適った言葉遣いだと誰か教えないのだろうか。
当人の親が教えなくても、コーチ、監督、学校の先生なども教えないのか。
そう思って検索すると、私以外にも同じように思っている人も多いようだ。
興味深いのは、普段はパパ、ママ呼びしていて、公では余所行きに変換した結果、お父さん、お母さん呼びになっているのではという考察だ。
確かにそういう人もいるだろうなと思わされる。
言葉遣いに気をつけなさい。