はてなキーワード: ディレクターとは
2026年1月26日、午前5時。東京の動脈、山手線の始発が動き出す前、新宿駅東口の冷たいコンクリートの上に、かつて「億単位の金」を動かしたエリートたちが並んでいた。
彼らの装いは奇妙だった。細身で攻撃的な**シングルドラペルスーツ**。尖った襟(ピークドラペル)が朝日に光るが、その生地は既に昨日の特訓で泥を吸い、重く垂れ下がっている。背中には巨大な刺繍で「私は31億円を飲み込みました」と刻まれ、役員たちの丸まった背骨を際立たせていた。
「おれの名をいってみろ!!」
一人の役員が、喉を潰しながら叫んだ。山手線全30駅を巡る「大声出し特訓」の始まりだ。彼の名は、かつて本部長と呼ばれた男。しかし今、彼の体は**デベルザ錠1000錠**という過剰な糖排出薬によって、内側から水分を絞り出され、極限の脱水状態にあった。
「サギ……サギ、と申します……ッ!」
足はガクガクと震え、立ち続けることすら奇跡に近い。だが、彼らには「退職禁止」の鉄の掟がある。そして、移動の電車内でも「着席禁止」だ。山手線は、彼らにとっての「動く晒し台」だった。
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### 第二章:昼下がりのプル酒、適宜の地獄
「サギ連呼営業」の時間がやってくる。元社員たちは、通行人の冷ややかな視線を浴びながら、一人一人の足を止めて名刺を差し出す。名刺には「プルデンサギ生命保険」の文字。
「コーヒーを……一杯、飲ませてくれ……」
一人の社員が、乾ききった喉を抑えて呟いた。だが、ルールは非情だ。彼らに許された唯一の水分補給は、専用居酒屋「サギの巣」から支給される**「プル酒」**のみ。安っぽいアルコールの匂いと、罪の味が混じり合うその液体は、昼間から「適宜」飲むことが推奨……否、強制されている。
デベルザで水が抜け、プル酒で脳が溶ける。理性を奪われた彼らの目は虚ろになり、ただ「サギ」という言葉を吐き出すだけの機械へと成り果てていた。
その様子を、上空から執拗に追う影があった。**カルロス・ゴーン**が操る「シャチョウ号」だ。
ゴーンは4Kカメラを回し、サギネットフリッコス向けの配信素材を「ビデオ撮影義務」として記録し続ける。
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千葉県、房総半島の外側。太平洋の荒波が牙を剥く海域に、一隻のヨットが浮かんでいる。帆には「プルデンサギ生命」のロゴ。そしてこの船には、エンジンも、櫂もない。
「動力は使うな。己の絶叫で帆を揺らせ」
監視船からの命令が響く。役員たちはシングルドラペルスーツのまま、揺れる甲板で踏ん張る。座ることは許されない。デベルザによる頻尿と、プル酒による眩暈。そこに襲いかかる太平洋の巨大なうねり。
一人の役員が、船底にバラストとして積まれた「100兆ドル分の債務不履行通知書」を抱きしめて泣いていた。アメリカ本国、プルデンシャル本社をデフォルト(破綻)に追い込むための、世界で最も重く、最も価値のない紙の束。
ゴーンのシャチョウ号が、ヨットの至近距離を低空飛行で通過する。その爆風でヨットが大きく傾くが、役員たちは必死に「100兆ドルの金塊の形をしたイカリ」を掴んで耐える。彼らは生きて、この物語を完遂しなければならない。アコムにつけられた「1兆円の負債」を返すまで、死ぬことすら許されないのだ。
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夜。全世界のテレビ、スマートフォン、そしてウォール街の巨大モニターに、その映像が映し出された。
視聴者たちは、画面越しに「投げ銭」を飛ばす。それが確定するたびに、房総のヨットに「追加のデベルザ1錠」がドローンで投下される。
画面の中では、ボロボロになった役員が、プル酒をラッパ飲みしながら、沈みゆく夕日に向かって叫んでいた。
その映像を、本国アメリカのCEOは失神しながら見ていた。手元には、日本から送られてきた「100兆ドル」の請求書。ドル建て。彼らの築き上げた帝国は、一人の日本人の「サギ営業」によって、今日、物理的にも経済的にも消滅した。
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2年間の刑期、最終日の夜。
足はパンパンに腫れ、スーツはもはやボロ布だ。だが、彼の懐には「100兆ドルの株券」がある。
彼は震える手で、駅の自販機に向かった。
2年間、夢にまで見たコーヒー。
世界経済は、彼が本国を破綻させたせいで崩壊し、100兆ドルという数字には、もはや缶コーヒー一本を買う価値も残っていないことに。
彼は、最後に残った「プル酒」のボトルを掲げ、虚空に向かって乾杯した。
「サギ……と申します……」
その言葉は、誰に届くこともなく、夜の山手線の喧騒に消えていった。
上空では、ゴーンのシャチョウ号が、シーズン2の撮影のために新たな「サギ」を求めて旋回していた。
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この物語の「ディレクターズ・カット版」として、**「100兆ドルで買った、一生座れない金の椅子」**に座らされる役員たちの特典映像を追加しますか?
無能ディレクターが普段「この仕事は信頼できる社員にしか任せられないの。だから君たちもっと信頼されて任せてもらえるように頑張るのよ」といって若い子にやらせない仕事がいくつかあるんだけど、
普段それを任されているジババがインフルやコロナで休みまくって滞った時、普通にその子らにやらせてるの笑うんよな。
「要件を満たした社員」にしか任せられない仕事なら、やらせるべきじゃないだろ。要件を満たしていないのになぜやらせる?今日はあなたが信頼できるプレイヤーがいないわけだからお前がやれよ!?!?って思う。
そもそも「信頼されてる状態」って具体的に何?まさかお前の舌先三寸で決まるものなの?
こういう、妥当さとかけ離れたおためごかしや矛盾や欺瞞を当たり前に仕事の中に差し込んでくる人間と一緒に仕事しなきゃいけないのきちーーーーT_T
#真相をお話しますが失敗したことをできていたがパワーはダウン。
いろいろ考慮して61点くらいはあった気がする。暇つぶしに見る分には問題なし。
まず最初に、俺の中での勝手な落胆があってやや点数が辛めについていることは明言しておきます。
「この動画は再生できません」漫才コンビかが屋主演の短編ドラマ。投稿ホラーOVAの編集部に勤務する編集マンのかが屋Aとディレクターのかが屋Bが持ち込まれる様々な曰く付き映像を編集室で見て、映像内の出来事の違和感などからその映像の裏側を検証する安楽椅子探偵系のミステリ作品。今作はその映画化。
いきなりドラマ版のネタバレをするとシーズン1でかが屋Bが実は死んでおり幽霊だったことが明かされ、シーズン2でそれが殺人でその犯人が判明する。そしてこの映画版、だったので俺はてっきり今作ではかが屋Bの殺害の謎が解決する話だと思って挑んだんだけど、別にそんな話では全然なかったのでな~んだってなっちゃった。
内容としてはドラマシリーズと同じく、映像の謎を検証していく話。今作ではカルト作品「冬の空」のDVDの謎、ホラー系Youtuberの炎上配信、町ブラロケの映像の3つを取り上げ実はその3つの映像はすべて昔のとある事件にまつわるものだったということが判明する。
まずよかったのは「一見関係なさそうな3つの短編が1つの物語に収束されていく」快感があったこと。これは俺が#真相をお話しますで批判したポイントだったけど、今作ではそれがちゃんとなされておりある程度納得性もあるような作りになっていた。この点に関しては(2時間SPでよかったのではという点はさておき)1本の長編映画にする意味をちゃんと感じられたのでよかった。
あとそれぞれの映像の謎が一回作中で解けた上で、さらに後程二回目のそれぞれ別の側面があったことが判明する展開もミステリとして頑張っていてよかった。ただ各映像の謎自体は大きな事件のためのつなぎ的な意味合いが強くて、ドラマ版より弱くなってたのは気になった。ミステリとしての強度は当たり前だけど#真相をお話しますのほうが上だったかな。まぁあっちはゴリゴリのパスラー小説が元ネタだからしゃーないけど。
もう一つは映画内での展開が登場人物の成長という作中のロジックに合致していたこと。前述したとおり、ドラマシリーズは安楽椅子探偵的に2人が編集室内で映像の謎を検証する話になっていて、その謎が解けても2人は別に何もしない。そういう映像だったのね、おしまい。という話だが、今作では2人は初めて編集室を飛び出して問題解決に動く。
同時に編集マンであるかが屋Aが「昔はディレクターになりたがってたけど才能がなかったから編集になった」という話が明かされ、実は今でもディレクターに興味はあるが編集の仕事が楽しいと理屈をつけてそちらを見ないようにしていたことが匂わされる。そんな彼が「編集室を飛び出し」問題を解決し、作品の最後には「ディレクターとして映像作品を発表」するという展開は映画的なダイナミズムと同時にロジックとして非常にエモく美しかった。
3つの無関係っぽい映像が実はつながっていたという展開自体の結合は強いのだが、その映像が出てくる展開がめちゃくちゃ雑。「冬の空」はオカルト系出版社からなんか変だから見てと持ち込まれる。これはいい。次のYoutuberの話はその検証に疲れたかが屋Aが寝る前にかが屋Bと雑談してる途中に「そういえばまたYoutuberが炎上してましたよ」と急に言い出してその配信を見るという流れになる。そして町ブラに関してはオカルト系出版社の人から唐突に何の連絡もなく編集間に合わないからやっといてくれと投げられる。
一見無関係の映像が繋がっていくという展開が必要なのはわかるけどすべてがあまりに唐突すぎてドラマ3本くっつけました感が強すぎて流石にちょっと萎える。なんかもうちょっとうまい接着はなかったのか。
ダイナミックネタバレすると「冬の空」の撮影中にヒロインの女優が自殺してそれを隠ぺいするために監督がDVDを編集したりYoutuberを脅かしたりしてたって話になる。でも、さすがにヒロインの登場シーン全部カットするの無理じゃないか?もはやそんなもん作品として成り立たないし「だからカルト的な作品になってたのね」ってフォローはあるけど、犯人の動機が「俺の作品を残したかった」ことだと考えるとこんな作品残したいと思うか?ってシンプルに疑問。あんなに作品の完璧さにこだわった人間が作中のテロップのフォントが2種類あるなんてミスを犯すとも思えない。
映像の些細な違和感から謎を解き明かす系の作品でこの辺の細かいところおざなりにしてるの気になっちゃう。
まぁ、この動画は再生できませんの映画版としてはしっかり仕事してると思うし1本の長編作品としても成立しているので孤独のグルメ劇場版とかと比べても全然見る価値ある。アマプラで無料で見られるからドラマ版ファン、後は謎解きミステリ系が好きな人には普通にオススメ。
3年間付き合った彼氏と別れて、マッチングアプリを使って今年結婚した。
最近マチアプ備忘録が流行っているらしいので、私も思い出してみる。
・アラサー女
・OL
・155cmの中肉中背
・マチアプ期間:4ヶ月
・会った人数:10〜15人
確か同い年というところに親近感が湧いて会ったように思う。
ただこれは私が100%悪いのだが、この日は2人の男性とデートをする約束があり、この人の次に会う人の方がトークが盛り上がったこともあり楽しみだったので解散した後はすぐにフェードアウトした。
後、彼は女性経験がないとのことでかなり奥手だったので少し戸惑ったのを覚えている。
(この方とは関係ないが、私はマッチングする男性の童貞率がかなり高かったのをふと思い出した)
②wedディレクター 26歳 180cm
この人は、①で話した人と同じ日にお会いした人で、たぶん6回近くはデートしたと思う。
何回もデートを重ねていたので、もしかしたら付き合うのかな?とかまで考えていた。
この人と付き合えなかった理由はこれだろうなっていう決定打は最後のデートだと思う。
その日は大雨かつ生理で私の体調がかなり悪かった。
すでに彼はお店を予約してくれていたのでなんとか向かったけれど、どうしても楽しめなくてそれを彼もなんとなく感じ取ったようですぐに解散した。
確かその数日後に「好きな人ができた」みたいなメッセージをもらってそのままサヨウナラした。
付き合うかもって思ってたから少しびっくりしたけど、このおかげで今の夫との関係があるので感謝。
③営業 32歳 170cm
私は基本的に同年代(特に同い年)の人がいいんだけど、たまには歳の差ある人とも会ってみようかな〜と思って会った。
初デートは新宿のラーメン屋さんだったけれど、行列に並んだので話はたくさんできたように思う。
でも話を聞く中で、彼はとあるスポーツチームの大ファンだということがわかった。
しかし私はそのスポーツに全く興味をもてず、私よりはそのチームのファンをしている女性とお付き合いした方がいいだろうなと漠然と感じ、これは相性悪そうだなということでその旨お伝えして2回目のデートの後にフェードアウトした。
結局その他数人(覚えてない)と会って、今の旦那さんとマッチング、お付き合いを経て結婚した。
マッチングアプリというツールに賛否はあるけど、私は1回も嫌な思いはしたことがなく(私と会った彼らはわからないが)、素敵な方が世の中にはたくさんいることがわかったのでいい経験になった。
特に日本テレビでは出演料500万円を払い、1976年7月22日(木曜日)に「木曜スペシャル 謎の怪奇人間オリバー!」と題して、学者らが鑑定分析する模様を放送して24.1%の高視聴率をあげた。ちなみにこれを担当したのが日本テレビの社員ディレクターだった矢追純一であった。その映像はBBCが「サイエンス」でオリバー君の特集を組んだとき流用された。ただし、オリジナル音声は英語のナレーションや関係者の発言が被さっている部分もある。
ホテルの客室は最上級のスイートルームで、VIP並の扱いをすることにより話題を盛り上げようとしたが、高視聴率に気を良くした日本テレビはさらにオリバーの「花嫁」を募集。「オリバーの子供を出産したら1,000万円の報酬が支払われる」という報奨金まで設定されたため、これに対して数十人の女性が応募する反響があった[注 4]。最終的に、無名の19歳のタレント(現在は占い師を営んでいる[要出典])を康が個人的に選び、記者会見まで行われた。しかし、この前代未聞の企画は実現するには至らなかった。
🟥 第4章:広告の“現場”へ —— タタルスキー、映像制作の狂気に触れる
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第4章は、タタルスキーが
コピーの文章だけでなく、“映像広告そのもの”が動く現場に初めて立ち会う章 です。
・金
・暴力の影
・外国資本
によって動いていることが、タタルスキーに生々しく突きつけられます。
タタルスキーの“広告魔術師”としての進化は、ここから一気に加速します。
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これはペレーヴィンが何度も描く、
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指示は簡単。
30分で。」
タタルスキーは驚く。
映像制作の準備すら終わっていない段階で、すでに撮影を始めなければならないのだ。
この業界では
すべてが“同時進行”で、異常なテンションで動いている。
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タタルスキーは急遽、
• 古びた倉庫が“アメリカ風のキッチンセット”に改造されている
• スタッフはロシア語・英語が交じった奇妙なクレオール語を喋る
タタルスキーは完全に圧倒される。
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現実の事実よりも、カメラで撮られる“見え方”の方が絶対に優先される という点。
例えば:
• モデルは疲れているが、ライトの下では“幸せそう”に笑わされる
• 食品サンプルは実物より綺麗な偽造品
タタルスキーは息を呑む。
ここで彼の中で、
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撮影が進む中で、
ことを把握している。
監督は理解不能だが、ディレクターやロシア側のスタッフは納得する。
きわめて重要な萌芽。
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• 外国資本の横暴
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◆ 7. 撮影終了後の“陶酔”
長い撮影が終わった後、
ディレクターたちは酒とドラッグを混ぜたようなテンションで盛り上がる。
「人は商品を買うのではなく、
この思想が、後に政治的“国家イメージ”へと発展していくことになる。
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◆ 8. タタルスキーの内的変化
• 映像は嘘だが、人はそれを本当だと思う
彼はふと怖くなるが、同時に強烈な興奮にも包まれる。
ここでタタルスキーは
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◆ 第4章まとめ(象徴的整理)
要素 内容
物語的役割 タタルスキーが“現実操作の側”に立つ最初の本格段階
第4章は、
広告世界の“暴力性・儀式性・魔術性”をタタルスキーが直接体験し、
彼の変身プロセスが不可逆になる章
といえます。
🟥 第2章:広告業界への初接触 —— “イメージの魔術”との出会い
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第2章では、タタルスキーがついに広告代理店の内部に初めて足を踏み入れる。
ここで彼は“ソ連とは完全に異質な、新しい論理に支配された世界”と直面する。
が集中的に描かれる。
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彼の頭は混乱する。
• 誰もが金を追いかけている
“これは別の世界だ。
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• “ブレーンストーミング”というよくわからない儀式
タタルスキーには、
として感じられる。
ここで広告代理店が“新時代の錬金術工房”であることが、読者にもタタルスキーにも伝わる。
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テスト内容
ある外資系豆菓子(ピーナッツやスナックなど)のキャッチコピーを作れ
というもの。
この“軽薄さ”はソ連で詩を学んだ彼にとって屈辱的に思えるが、
彼はしぶしぶ挑戦する。
⸻
タタルスキーは一瞬、“こんなことに意味があるのか?”と躊躇する。
ところが──
これらが混ざり合い、驚くほど冴えたキャッチコピーを即座に生み出す。
※ ここは作品でも非常に象徴的な場面だが、著作権上原文を示せないため、構造だけ説明すると:
という、タタルスキーならではの“ペレーヴィン的飛躍”が起きる。
「こいつは才能がある」 と即断する。
⸻
• 「なんだこの感覚は?」
• 「ロシア的だが新しい」
ここで読者にはっきり伝わるのは:
という逆説。
旧世界では役に立たなかった才能が、
新世界では突然“魔術”に転じる。
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“言葉の目的が根本的に違う”という感覚が、彼を魅了し始める。
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◆ 7. タタルスキーの内的変化(この章の核心)
彼は気づく:
これは後に
タタルスキーはまだそれに気づいていないが、
この章で彼は既に“新しい神官”としての道を歩き始めている。
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項目 内容
検索すれば公式非公式問わず山程情報が入手できるのでここでは深く言及しない。
『忘れられた実験室からの脱出』『君は明日と消えていった』『さよなら、僕らのマジックアワー』
などを手掛けるきださおりディレクター(この人Pじゃなかったっけ?)が手掛ける最新作で
いわゆるSCRAPという会社のリアル脱出ゲーム群におけるエモシナリオレーベルみたいな位置づけ。
ちな上記3作では今回のようなクソスタッフ対応はなく物語のドップリ浸かって心からエモを楽しめました。
もしリバイバル公演を見かけたら是非プレイしてみてください。ステマ終わり。
(公式HPの説明は野良マッチングありそうだがおそらく繁忙期用の布石。
今回3連休初日の昼前の回で3組しかおらずキャパが溢れることは少なそう
※後述するホール型,ルーム型などの形式はSCRAP公式で設定しているものではない
趣味の知り合いで謎解き経験薄め(一つの謎が解けたり段階が進むたびに手が止まる程度にはセオリーに染まってない)
スタッフを呼んだところ「巻き戻すか」などの確認もないまま「この段階で解くべき謎とその解法の解説」が始まる。
クリア出来まいがどんな中途半端な進度で終わろうが一言も口出すなクソが
こっちは金払って謎を解きに行っているのであってお前らのエモ押し付け欲を満たすための道具ではない。
謎解きコンテンツに個々人が求めるものやどういうコンテンツだと捉えるかは人それぞれですが
本議論を行うにあたり私が認識している謎解きコンテンツを言語化すると
「映画館とゲーセンの複合施設である金額を払えば映画一本とそれに関連するゲームが一定時間遊べる」
ゲーム部分=謎解き。あえて映画を分けて記載したのは各チームのクリア状況に寄らず
エピローグ(クリアした場合の正史)は必ず提供される=料金にコミコミだから。
体験として重視する=金を払っている謎解き部分を不本意に取り上げられた事例なんすよコレ。
ここうまく例示出来ている気がしないので誰かもっとうまい例出してくれ。
※謎解きの段階を巻き戻して解けていない段階に復元して欲しい。時間はそのまま進めてもらって構わない。
商業的には本来数十~数百分の1も起こり得ないエラー対応を想定していないだろうし
映像やプログラムを使ったギミックの関係上巻き戻しが難しいだろうなとは納得済み。
単純にアテンド側として一番やっちゃダメなヤツ引いちゃったというしこりだけが残った。同行者には飯奢った。
大前提として弊チームは進行が遅かった(結果から判断しただけでプレイ中の判別手段はない)。
リアル脱出ゲームをやったことがある人なら「ヒントブック」なるお助けアイテムが手の届く範囲にあったり
遅いチームに近づいてきてスタッフがさり気なくヒントを出したりする場面を見たことがある人もいるでしょう。
コナンコラボなんて露骨ですよね。10分ごとに大スクリーンに「○段階が解けてない人は××と入力して△△しろ」
上記の例って「ホール型」なら普通なんですよ。ホール型っていうのはでかい会議室みたいな会場に
テーブルが10数個と並べられて1チーム4~6人でガリガリ机に向かって謎を解くタイプの公演。
大体1日に4公演とかあってケツの時間がビッチリ決まってるとか
人員配置の都合上で序盤のチェックポイントを早々に片付けて後半のチェックポイントに回したいとか
部屋の中を好き放題に荒らして※破壊行為禁止や触れてはいけない場所等ルールは当然ある
情報や物理アイテムを見つけ出してなんとかして脱出条件を満たすってコンセプト。
チェックポイントやギミックとしてスタッフが部屋内にいることはあっても基本的にノータッチというのが不文律。
「B最終回答次第でアナタかNPCのどちらが生き残れるか!!?時間内に決断しろ!!!!?」
みたいな状況でどっちが満足度高いかっていうとBの方が高いのは当然で
全員をそこまで引っ張り上げるボトムアップの思想がそもそもあるんですよね。
んでコラボ物やエモ系シナリオって謎解き段階が進む毎にストーリーも進行していくんですよ。
だからがんばって書いたエモエンディング見せるために途中の謎解きなんて全スキップでいいって思想もある。
残念ながらこの思想はガチ勢と呼ばれる客側にも蔓延しているし,本公演のスタッフもそちら側だったようだ。
客はお前らのエモ押し付け欲を満たすための道具じゃない。
その後行った「上海型」のNAZO HAUSEさんはめちゃくちゃ楽しかったです。
上海型ってのはWEBの脱出ゲームをそのまま現実に落とし込んだイメージが近い。
なんかハマりそうな溝にアイテムをカチッとか光に手をかざしたらロック開いてとか
感覚・非言語寄り。スタッフが勝手に謎のヒントを演説してくることはない。
【追記】
模範的増田として表現するならお腹痛い日のうんちみたいな映画だった。
最初は今日は普通のうんちかなと思ってたらだんだん緩くなって最後にビチビチうんちになるそんな映画。32点。
傑作韓国映画「テロ・ライブ」のリメイクなんだけどいったんそれは置いておいて。
序盤はめっちゃいい。
テレビの報道風番組が「政治家と電力会社の汚職」について討論している裏で、阿部寛のラジオ番組では「犬派?猫派?」で討論しているギャップから入り、犯人からの電話を小馬鹿にした対応をとる阿部寛の傲慢な性格を描写し、そして実際にテロが起きてしまう。
警察に通報しようとするスタッフを止め元々自分がメインキャスターを務めていた報道風番組のディレクターに掛け合い、独占スクープにして返り咲きを試みる阿部。緩いラジオの空気が一気に張り詰め。ラジオ局では無精ひげでオフィスカジュアルだった阿部がどんどんキャスター然としたルックスに変身していくのは楽しいし、報道規模が上がっていくのもエスカレーション感があり気持ちも高まってくる。
スタジオではマイクが爆発し、キャスターの席に着いた阿部のイヤホンにも爆弾が仕掛けられていることが発覚。緊張がピークに達し、そこから急降下していく。
ここから急に全部が雑になっていく。
犯人は当初「父親が発電所の建築に関わっていたが事故で死亡。しかし会社はそれを隠ぺいした。社長をテレビに呼び出して謝らせろ!」と要求する。しかしその後、「ギャラ1億出せ」と言い出し、「やっぱ総理大臣呼び出して謝罪させろ」と言い、最終的に「阿部寛、お前の罪を告白しろ」と言い出す。
ハァ?
犯人は父親の事故死を取材してたのにそれを発表せず握り潰しに国民的ニュース番組で「真実を明らかにする!」とか言ってる阿部寛のことを一番恨んでいたのだった!ということがわかるんだけど、そのために発電所爆破するか?という話。そもそも握り潰すかどうか阿部寛に決定権ないだろ。さすがにこれは説得力ない。
また犯人の祖父が犯人の幼少期の教師だったとしてスタジオに乗り込んできて、突然発狂しだしてピンマイクを爆破され殺害されると見せかける展開があるんだけど、普通は生死確認するだろ。そもそも普通はスタジオに入れないだろというのはもう報道ズハイになってるんだと強引に解釈しても、さすがにゲストとして出した人物の胸が爆発して倒れたら駆け寄るし、生死確認はするだろ。放置するのはあり得ない。
しかもその後数分間は妙に死体(死んでるとは言ってない)越しのショットが多くてはいはい死んでない死んでないってある程度リテラシーのある視聴者にはわかる作りになってるのも逆にうるせぇ。
他にも竜星涼が演じる阿部の後任キャスターが犯人から送られてきた不正告発メールを元に阿部の不正疑惑を突然糾弾しだすんだけどめちゃくちゃ演技がかってて「我、正義の探究者ぞ!!!!」みたいな感じでドン引き。テロリストに爆弾まみれにされたスタジオで犯人に空気入れられてよくその態度になれるな。こいつが犯人なのでは?と思うほどだけど別にそんなことはなく、単に突然スイッチが入ったカッコつけ正義マンだった。なにこれ。
見せ場のために見せ場を配置しすぎなんだよね。シーン単位でしか考えられてないから、物語の流れで見るとそこがどう見えるかが考えられてないんだと思う。
最悪なのは最終盤の展開。
阿部寛が犯人の父親の事件を公開しなかったのは実は電力会社、総理、テレビ局の談合の結果で隠蔽する褒美として阿部寛は報道風番組のメインキャスターに抜擢されていたことが発覚。なるほど、だから犯人は「電力会社」「総理」「阿部」に謝罪を求めたのかと感じるんだが、でもこの事実は犯人知らないんだよ。
阿部が「すいません、俺が隠蔽しました。真実はこうでした」って自分から持ち出してくる証拠だから。
なのでやっぱり犯人の要求が二転三転したのは何だったの?ってなっちゃう。
そして阿部は犯人のお前の罪を告白しろという要求にこたえ、突入した公安に犯人は逮捕される。
すると阿部は突然発狂し「この2時間マジで興奮した!!!これがやりたくてテレビ入ってきたんだよな!!!」と言い出し、頭おかしすぎて草ァ!と思ってたらその勢いで「じゃあ視聴者の皆さん、俺が死ぬべきか生きるべきか視聴者投票しましょう」と提案。なぜかスタッフがそれに乗って画面にアンケートを出すのも本当に意味不明。出すわけないだろ。
その投票結果は作中には登場しないんだけど、結果を見た阿部は犯人が持っていた爆弾の起爆装置を手に取りスイッチを押す。
その後、事件を政府ぐるみで隠蔽したのはどうだこうだ話すコメンテーターや、今回の事件を塗り替えるようにロンドンでテロが起きてどうのこうの、そんなこととは関係なくヒット曲を流す音楽番組みたいな「はいはい事件があっても何も変わりませんよわかったわかった」という映像が差し込まれて、パフュームのキレッキレのダンス映像がエンディングで流れて終了。
この展開、特に阿部寛が発狂して視聴者が「死ね」に投票するのおもろいと思ったん?阿部もアンケート出すスタッフも頭おかしすぎてハァ?としか思えんわ。
もろちん途中で阿部がとった「総理は謝罪すると思いますかアンケート」の結果、圧倒的に「しない」が優勢で「おい総理、お前こう思われてるぞ。考えたほうがええんちゃうか?」と糾弾した展開のミラーとして「俺はちゃんとするぞ」という姿勢に捉えられなくもない。でもそれって、総理が「俺が謝罪した方がいい?」と聞いて「謝罪しろ」の結果に対してブッチしたのに対してなら成立するけど、勝手にアンケート取っといて無視したことに対するミラーリングとして成立してないだろ。
もうこの最後の展開がビチビチうんちすぎて本当に憂鬱になった。
原作では主人公の設定自体は同じで爆破箇所が発電所ではなく巨大な橋に。犯人の要求は大統領の謝罪一本。橋にはリポーターとして主人公の前妻が向かっていて第二爆発で危険な状況に。刻一刻と状況が悪化する中、大統領は一向に謝罪する気配はなく、橋は崩落し前妻は行方不明に。大統領秘書とテレビ局長が組んで主人公の過去の癒着を全国的に公表しさらには今回のテロの犯人一味だと発表。犯人は射殺され、主人公を逮捕しようと警察が迫る中、主人公は犯人が遺したテレビ局に仕掛けられた爆弾の爆破スイッチを押す。
まずリメイク版では「誰もいない旧発電所」を爆破していたのに対して、原作ではバリバリ稼働中の橋を爆破する。そして最終的に主人公の前妻が巻き込まれた際に犯人は声を震わせ「こうでもしないと大統領は謝罪しないと思った」と述べる。覚悟が違うよね。
前妻がテロ現場に残された結果、主人公にも大統領に本気で謝罪を求めるべき正当な理由ができ、あ最初は功名心だけだったのがだんだん"正義"に目覚めていく。あるかないかわからんスタジオの爆弾じゃなくて、目に見えて危機に瀕している人を配置する(しかも橋はどんどん崩落していく時間制限まである)のは展開としてやっぱ強度が違う。
しかしその結果として最後には主人公が自分のすべてを国と組織に剥ぎ取られた結果、犯人と同化しテロリストとなり自害する展開は、誰もがテロリストになりえるというテーマ性や、こうでもしないとこうまでしても何も変わらないという強い諦観、そして現状に対する強いメッセージ性があった。
なに、最後の阿部寛が発狂してこれがメディアだ!視聴者だ!ジサツ!っていう露悪展開。アホなん?
規模感もメッセージ性も全部後退してる。リメイクする意味is何?インド版リメイクはめちゃくちゃ頑張ってたぞ。
地域性を鑑みた改変はいいよ。リアリティを高めるために必要なこともあるよ。
長年ずっと好きで、いわゆる『推し』というものになってからもう結構経つ。
2人は名前を、田中雅功、髙田彪我と言って、スターダストプロモーションに所属している。大手も大手、超大手だ。
スタダのEBiDANという集団、Sakurashimeji以外のみんなが歌って踊るグループで、2人だけがギターを持って、2人きりで、もう11年活動している。朝ドラや月9で、知っている人は知っている、という感じな気がする。
しかし2人はエゴサが激しいから、読まれるものと思って、ちゃんと書こうと思う。
先の10月22日、2人はアルバムをリリースした。タイトルは、『唄うこと、謳うこと』。
12年目にして初めて、1曲目から12曲目まで全部、2人が全曲、2人で作った曲だけが入ったアルバムだ。
10周年で名前を『さくらしめじ』から『Sakurashimeji』に、肩書きを『フォークデュオ』から『ギターデュオ』に変え、明けて11周年にして、ようやくここからスタート。
最近の2人の様子を眺めていると、なんとなくそういう感じがする。
スターダストには、というか、アイドル事業には往々にしてリリースイベントというものが存在している。
フリーライブと称してスーパーや商業施設で歌い、歌い終わったら、握手だとかツーショだとかポストカードお渡し会だとか、そういう特典会をやる。
このリリースイベントツアー期間に入ると、スパンも時間もなかなかのものだから、それを成し遂げるアイドル側も、追いかけるファン側もなかなかの重労働である。
そしてSakurashimejiも、EBiDAN所属のアイドルの例に漏れずその特典会もやっていて、先日、全ての日程が終了した。
2人が小さい頃、初めてフリーライブをした埼玉県大宮市、アルシェ前。余談だがこの日は特典会が存在せず、ファンはみんな、ただ歌を聴くためだけに集まった。
2人の歌を聴くために訪れた人たちは上までたくさん居て、当時からアルシェにいる人にも祝ってもらえて、2人も幸せそうで、本当にうれしかった。
こういったアイドル事業には『リスニングキャンペーン』というものも存在している。再生回数○○回達成で報酬が○○。といったように、それは大抵の場合LINEミュージックで開催されている。
最近、そのLINEミュージックでよくアルバムの曲がランキングに入っているのを見て、うれしい!と思う。
そして同時に、数年前にリリースされた『Iroto-Ridori』という曲のころ、週替わりに実施されていたリスキャンが全然達成できなくて、悔しがらせたり、達成記念に撮ってくれてた動画を複数お蔵入りにさせてしまったことをよく思い出す。
近頃のLINEミュージックのランキングは、以前よりも顔ぶれが『常連』という感がある。
端的に言うと、本当に売れている曲しかのっていない。
だから単純にウィークリーランキングに入るのもすごく難しそうだと素人ながら感じるのだが、Sakurashimejiの先日の新曲、『ガラクタ』も、今回の新曲たちも複数ランキングに入っていてすごかった。
だから思う。あのとき、なんでできなかったんだろう、2人のなかに、あの失敗体験がなければ、と。最近よく思う。
あのリスキャンがなかったら、あのライブをもっと埋められていれば、せめてコロナ禍がなかったら。
いわゆるオタクは演者が思っているよりも演者のことを心配などしているため、本当にそう思っているのだ。
きっと2人は、こういう行き過ぎた想像のこと「変なこと言ってんなあ」とか「ステキな考察を、ね……」とか言って笑うと思うが、まあ心配性なのがオタクという生き物なので、許してほしい。ごめんね、気持ち悪くて。
どうしてこのことを最近頻繁に思い出すかというと、アルバム発売に際して公開される著名人からのコメントにちらほら『2人の中学生から大人になるまでの葛藤や煩悶』が見て取れたからだ。
ああ、やっぱり、あるんだ。と思った。
泣いて眠れない夜も、全部諦めたくなった日も、私たちの見えない場所で、2人はたくさん、悩んできたんだ、と改めて思った。
時々話してくれてはいたものの、創作物からはあまりそういうものを感じなかった。
多分これまでの楽曲では、常に前を向いて進む姿を見せてくれていたのだと思う。
歯を食いしばって、傷も涙もそのままに、前を向いて歩く。ファンのために。
それが少しずつ変わってきたのが今年だ。
去年までは明かさなかった、今までの話、昔の話、そういうものを聞かせてくれるようになったし、何よりもリリースする曲も変わってきた。
つらかった過去も悩みもいまだに自分の中に存在していて、今はまだ『在る』ままだけれど、どうにかこうにか生きている。そういう姿も見せてくれるようになった。
とはいえ、2人はそういう歌ひとつとっても、ファンのために書いている。
2人が2人の歌を作って、ファンはそれを聴いて、自分の歌だと感じて、救われたり、頑張ろうと思ったりする。
それが2人の創作活動で、多分きっと、生きる糧のようなものでもあるのだろう。
もっとも、普段はこういうことは考えるのみに留めている。2人はきっと感傷的になられるのも苦手だろうから。
2人は、そういう感傷も心情も全て歌にして、ファンに寄り添うことを第一に考えてくれているから。
だから一応、普段は我慢している。まあでも匿名なのであと少しだけ。
2人は高校生のとき、LINEライブ同接25万人だとかも達成していた。芸能活動なんて数が全てではないが、そこからは今、かなり減っている。
どんな気持ちだったんだろうと思う。
離れていくファン、離れていくスタッフ。身をもって感じる高校生ブランドみたいなもの。
実際インタビューやなんかで2人はたびたび『別れ』にも『出会い』にも触れているし、そういったことは、たくさん感じたんだろうなと思う。
別に、好きな対象がバズらない・売れないことに対して、ファンに義務があるとも負い目があるとは決して思わない。
しかし、雅功さんはもう一人きりでストリートライブやろうとか思わないで過ごせるのかな、だとか、彪我さんはもっと自信を持って、誰かに褒めてもらわなくても自分を好きでいられるのかな、だとか、最近はよく、そういうことを考えている。
そういえば、今回のアルバムには高校3年生のときにスターダストを退職された、2人を組ませたプロデューサーが参加していた。
私はいちファン、かつインタビューで明かしてくれている箇所を知っているのみだが、それでも彼らが泣きながらそのプロデューサーと離れたことや、「絶対にもう一度一緒に仕事をしたい」と言っていたことも覚えていたため、アルバムのブックレットのクレジットを見て、かなり泣いた。
2人が、ようやく出せた2人だけのアルバムで、かつての恩人をまた呼び戻す。その姿勢も有言実行も、本当に格好いいと思った。
前プロデューサーが携わった曲のタイトルは『スパイス』と『normal』だ。
前者の『スパイス』について、私はものすごく、『はじまるきせつ』を感じるなあと思っている。
この歌は上述のプロデューサーが在籍していた頃の歌で、曲調その他諸々、さくらしめじといえばこういう曲、といった感じのものだ。
だから、スパイスを聴くたび実は、「ディレクターってどこまで携わるものなのか知らないけど、この人とっては2人ってずっと妖精だったあの子どものままなんだ」と思って、部外者ながら勝手にじんわりとしている。
私は個人的に、彼の作る歌は幼少期の、『さくらしめじ』の影響というか、感性がそのまま残っていると思っているため、今回のスパイスも、ずっとそう思っている。
初めて聴いたときは2人からかつてのプロデューサーへの歌だと感じたけれど、聴けば聴くほど、2人が歌で対話しているような、はたまた、彼が経験してきた全く別の出来事が元であるような、不思議な感じがする。
素敵な歌。大好きだ。
後者の『normal』は、田中雅功さん作詞作曲のものだ。本人が「今までで作るのが一番きつかった」と語るこの歌は、彼曰く「心の柔らかいところ」で、聴いていても、それを痛切に感じる。
先にも少し触れたが、私は去年、雅功さんが「数年前彪我を連れずに一人でストリートライブをやったことがある」と話していたのを聞いて、すごく驚いたし、居ても立っても居られない心地になった。
夜、何かをぐるぐると考えていたら歌いに行かずにいられなくなったのかもしれないし、武者修行的なものだったのかもしれないし、単純にいっときの気分転換だったのかもしれないが、本当に、少し怖かった。
いつか、ファンの前から居なくなってしまう、そういうことも、考えたことがあるんじゃないかと思って。
normalは、そういうちょっとした不安への答えのような歌だった。
たしかに悩むこともある、人生なんてくだらないが、それでも、僕はそういう悩みも歌にして、皆さんの前から消えることはないですと、そう言ってくれているような気がした。だから、少し安心した。変な話だが。
これも大好き。2人の歌で嫌いなものなんて一つもないけれど。
彪我さんは今年、50周年までやりたいとよく言っていて、雅功さんもそれに、うれしそうに頷いている。
私はそれがすごくうれしくて、一生一緒にいてクレメンスと思っている。
U-NEXTで見たのでそこに書いてあったあらすじを書いておきたいと思う。
全ての男子は初めてのセックスの前に「性交人」と呼ばれる成人男性とセックスをしなければならない法律“SP法”。そんな法律が当たり前に存在する日本。SPを受けたくないユウキは、彼女のアヤカが“ヤマダパイセン”に狙われていると知り、決断を迫られる…。
初見はいい設定だなと思った。つまるところ「男性は女性に挿入する前に挿入される側の傷みを知れ!」というメッセージ性を一種のディストピア設定にうまく落とし込んでいると感じたからだ。
主人公はSP法を倫理的に問題がある制度として問題視し強く反発している。しかし彼には彼女がおり彼女と愛情を深めたい=セックスをしたいという欲望は持っている。しかしヤリチン先輩が彼女を狙っていることを知り、SP法クソクラエという自分とセックスしたい自分の間で懊悩し暴走、性交人とのSPから逃亡しして彼女を押し倒すも拒否される。拒否された主人公は彼女に「お前はいいよな、好きな相手とヤれるんだから。俺は知らないオッサンとだぞ」と叫ぶ。しかし最終的に性交人とのSPに合意し彼女の前でSPを受ける。
暴走し「お前はいいよな、好きな相手とヤれるんだから。俺は知らないオッサンとだぞ」と叫ぶ主人公ばかりが取りざたされているけど俺は最後の性交人とのSPに合意する主人公のほうが問題がデカいと感じている。
好意的に「痛みを分かち合うことを選んだ」と解釈することも可能だが、でも、これは明確な不同意性交では?
最愛の彼女と強引にセックスしようとするも拒否され、法律も破ってしまっている。この状況で性交人とSPすることを拒否できる人間はほぼいないと思う。そういう状況での「同意」のことを「不同意」というのでは。少なくともこれを成長と捉えるのはあからさまな欺瞞に思える。
そう考えるとこのSP法という設定自体が「法律による不同意性交」なのではと思う。本人の意思に関係なく制度として性交せざるを得ない立場に追いやられてしまった状態での性交そのものだからだ。
個人製作のディストピアSFではあるのだが設定や作り込みが細かくCM、MVディレクターだけあって映像作りも抜かりがない。その中で明らかに意図して「これが女性が受けている辱めだぞ」というのを男性側に転写するミラーリングが行われており、この手のミラーリングの中ではうまく機能している方だと思う。
例えば「主人公がSP法をうけようかと考えていることを家族が知ったときに赤飯炊きたがる」とか。
ただ、俺が男性だからかもしれないが「全男性が法律で不同意性交を受けなければならない」ほど現実世界で男性は酷い存在だろうかと感じてしまった。もちろん、男性による不同意性交の被害にあっている女性は少なくないと思う。そのために「痛みを分かち合う」必要が叫ばれるのはわかる。しかし、ここまであからさまに急な勾配を付ける必要があるか。
そして、SP法には倫理的に問題があると発信し続けていた主人公が暴走し「お前はいいよな、好きな相手とヤれるんだから。俺は知らないオッサンとだぞ」と叫ぶ衝撃シーンのせいで見る人の多くが「SP法どうかと思ってたけど、やっぱ必要かもなぁ」となると思う。実際そういう感想も多い。
でもそれって「男性は去勢しろ、それに反対するやつは犯罪者予備軍だから余計に去勢しろ」と何が違うんだろうと思ってしまう。少なくともこの展開のせいで「SP法という不同意性交」という視点は消え去ってしまったのではないか。もっと言えば不同意性交という問題そのものが矮小化されてしまったのではとも感じた。
SP法自体も結局「予防接種」みたいになっちゃってんじゃないのという感じもする。注射針を腕に突き刺す行為って医者以外がやれば普通に傷害罪(まぁ実際には医師法違反だろうけど)が適用されるわけでしょ。でもみんなそれが普通のものとして受け入れてる。
もしくは割礼とかね。稚児が大人になるために親がチンコの皮むいたり切ったりするやつ。今やったら極めて恥辱的な行為とみなされるだろうけど、当時の子供は「大人になるために当然の行為」として受け取っていたと思う。
実際、主人公以外はSP法に対して特に何も感じてないし、なんなら「そろそろ大人になっときますか」くらいの感覚でSPしている。その結果、主人公の彼女を狙うヤリチンみたいなのが普通に存在する社会になってる。「規則って本質が失われがちだよね」という皮肉として捉えることもできるが「SP法」という舞台装置を設定した割に社会の本質は変わっていないように見えて「男性は女性に挿入する前に挿入される側の傷みを知れ」というメッセージ性がめちゃくちゃ薄まってる感じがした。
なんなら「男は女とヤるためならケツほられてもいいと思ってる」という謎の新偏見を生み出す可能性もあるのではないかと思った。
つまるところこの映画の目的が「啓蒙」なのか「復讐」なのかという話だ。
監督は14歳の時にノリでホモセックスを行い挿入された際に強い恐怖を感じ「挿入される側の恐怖を知った」というのがこの作品の原体験であると述べている。なのでこの作品の目的がその「復讐」であるならすべては納得できる。貴様ら全員掘られる恐怖を強制的に味わえ!というものであればこの設定になるだろう。
でも、そうではなく「男性側にも挿入される恐怖を知ってほしい」ということであれば、それを「制度」に託すのは失敗だったと思う。不同意性交と同じく、制度によって挿入されるという行為から、おそらく本当の意味での、女性が必要としている「共感」を得ることはない。
なんなら「制度」という強固で冷たい仕組みに組み込むことで男性が受ける挿入は「法律で定められている行為」であり、女性にする挿入とは別のものだという意識の分断が起きることは想像に難くない。その上「挿入されるという儀式を行った以上、自分には女性に挿入できる権利がある」という過激思想が生まれないかという不安すらある。
そういう設定でよかったの?と強く感じた。
総合すると設定はめちゃくちゃ面白そうなのに展開がそれについてきてない。そしてその設定も「面白そう」だけど本当に「面白い」かはよく考えてみると疑問。
思ってたよりリラックスして肩の力が抜けてるなという第一印象。
本人的にはかなり緊張してたらしいが、緊張感みたいなのはスタジオの雰囲気含めてまったくないムードに見えた。
いわゆる「かかってる」状態になりそうだなと予想してたがそんなこともなく、終始落ち着いていた。
松本本人が流れに合わせて別の話題に切り替えたりの判断も冷静で的確に感じた。
むしろフロアのディレクター?がやたらと意気込んでいて「この番組のファンをなんて呼ぶべきか・・」とか言いだしてたけど
松本本人は「そういうのはちょっと、ただ色んな芸人が集まれる場所のひとつになったらいいなと」みたいな感じで温度差ありそうだった。
自分が唯一引いたのは観覧席に女性客多めに入れてたこと。これはさすがに意図を感じて引いてしまった。
あえてつまらない話をしようとすると、なぜかそれが面白くなってきてしまうという現象は確かに起きるんだが、
最終的に「本当につまらない話しかしない人が普通に強い」ということになってしまい、最後のほうはなにを見せられてるんだろうという気持ちに。
恐らく見切り発車でやってるので演者や松本本人も難しさを感じながらやってるように見えた。
ぶっちゃけテストでやってたとしたらボツになる企画かもしれない・・
松本とゲストがサシでトークするが、なにか作業しながら話すことでゆるめなトークにするのが狙いと思われる。
確かに作業しながらの雑談って妙な面白さがあるから狙いは分かるんだが、
相手がツッコミなのもあって芸人のノリが強まり、「餃子作りながら」の部分があんまり意味を感じなかった。
それより問題なのは松本はこういうサシでの対話だと面白いことをあまり言わなくなる。
せめて数人周りにおいてかつてのはしご酒くらいには場の空気を作らないと難しい。
しかし芸人以外の芸能人は番宣の一環で出たりするものなので、、なかなかつらいかもしれない・・・
企画的には一番注目していた。
ルールにひねりをくわえてはいるけど、あまり良い方には効果が出てなかった。
ルールが変則的なせいで(プレイヤーが出題者にもなる)競い合う感じが薄れた上に、大喜利の部分に集中しづらさもあり見てる側も気が散る。
途中から千原Jrが責めた感じに切り替えようとはしてたが、全体的にぬるっと終わってしまった。
写真で一言みたいな分かりやすくインパクトのある大喜利テーマが生まれないと、ルールにひねりを入れるだけではちょっと厳しそう。
映像無しで、数人の芸人が架空のコンビ名と芸名を自己紹介としてひたすら挙げていくだけのラジオ乗りな企画。
正直、笑えるかどうかでいうと一番お金もかかってなさそうなこれが一番面白かった。
ただこの面白さは例えばもう寝る体制になりつつ流しっぱでニヤニヤするようなそれこそラジオ的な面白さであって、なんならこれだけ無料配信にするといいのでは、とも思う。
なんか全然褒めるとこがないような感じになったが、テレビでお笑い番組自体がすっかりなくなってしまったので、
純度の高いお笑い番組をやってくれるというだけで、しばらくは見てみようと思っている。
あとこれはあまり話題になってないんだが、11/1の開始日に合わせて浜田側の後輩たちとの度企画も同日配信されるはずだったんだが、
なぜかそれが急遽延期になってしまっていた。
腕がなければ、どれだけいい商品でもいいと見極めることができない。逆に言えばどれだけ粗悪品でもいいものに見える。
だから使えないディレクターからすると、AIかまともなクリエイターかはどうでもいい。
だから使えないディレクターは、AI発注することになる。見る目ないし。
ただ仕事って3割なくなればほとんどの仕事は需給バランス崩れて価格崩壊が起きて成り立たなくなる。
見極めがきく発注者がかなり少ない関係で、低品質なほうが売れることになるから、技術品質関係なくどこまでいこうが、人由来の製品って消えることになるんだよね。
あと仕事がなくなるのは飛ぶ奴じゃなくて、まともな奴だよ。価格が下がってどうしようもなくなるのはまともなのだし。
飛ぶことで低単価や利率が悪い仕事、めんどくさすぎる発注者から逃げてるから、一定以下の仕事から即逃げ出来るから価格やすくできるんだけど、
まともなのはそこと当たった時の面倒込みの価格設定になっちゃってるから、価格競争で負けるんだよね。だから最初にいなくなるのってまともな奴なんだ。
もうクリエイティブ系の職場からは転職したけど、前は進行管理してデザイナーさんに発注するディレクター職をやってた。
ディレクター希望で新しい人が入ってくるとき、伸びる人は最初から出来て、そこからさらに爆伸びしていった。そしてダメな人は最初からダメで、1年2年働いても一歩も進歩しなかった。
ダメな人の発注ってデザイナーさんが制作するのに必要な情報が欠けてて、納品物は当然求めていたものと違うものになるんだけど、情報が欠けてるんだからその場合は悪いのって発注者なんだよね。
だけど一歩も進歩しないタイプの人ってそこでデザイナーさんの愚痴を言うだけで自分の発注に問題があったとは絶対に考えないの。そして愚痴に共感してくれない人に文句言うの。
あれではAIも使えないと思う。制作するのに必要な情報が欠けてるんだから。そんなの思ってるのと違うのが出力されて当たり前。
あとデザイナーさんも凄い人と酷い人の差が結構あった。凄い人については本当にこの人と一緒に仕事ができてよかったなと思う。凄い人の凄いエピソードは特定が容易なので書かない。
酷い人については、どこでもよくあるパターンだから余裕で書けるんだけど、納期を守ってくれない。3日前になってやっぱ無理ですって言われて、
他のデザイナーさんにお願いして急ぎなので料金もお願いして納品してもらったこともあった。それはまだましで、納品予定日になっても来ないので私が残業して制作したこともあった。
私はデジタル絵、描けないこともないけど、アドビ一通り使えるから修正作業も全然できるけど、でも上手くはないんだよね。そこには私自身限界感があった。だからデザイナーさんの腕にはリスペクトがある。
納品日を忘れてるというよりはメンタルとかで無理で、怒られるのが嫌で連絡ひたすら無視して逃げ回るみたいな人、腹立ったなあ…当時は我慢してたけど、ああいう人と接するのに向いてなかった。
私は短気なんだと思う。でも全然クリエイティブ系ではない今の職場では私が接してて腹立つような「飛ぶ」人と全く合ってないから、クリエイティブ系に明らかに「飛ぶ」人が多い傾向は感じる。
AI、仕事でクリエイティブ系にいたら怖いだろうなと思う。末端の消費者として使う分には最高。特に発注作業に慣れているとAIに何をお願いするか考え方のフレームができているからスムーズ。
消費にはとてもいい。これの競合にはなりたくない。
デザイナーさん、すばらしいクオリティで納期も守ってくれる人なら今でも余裕でAIに勝ってる。「人間vsAI」ではなく、「AさんやBさんはAIに勝ってる」みたいな個人単位の話になってくる。
でも飛ぶ人についてはAIにすでに負けてるし、AI導入した企業に真っ先に切られると思う。ああいう人にはAIが無い時代だから仕方なく発注していたのであって、本当に仕事なくなると思う。
ル・パリジャン紙の報道によると、日本サッカー協会の幹部で元プロ選手の影山雅永氏が、今週月曜日にボビニー刑事裁判所で児童ポルノ輸入・所持の罪で公判にかけられた。日本サッカー協会テクニカルディレクターを務める58歳の影山氏は、U20ワールドカップに出場するため日本からチリへ向かう途中、10月2日にロワシーで飛行機を降りた際に逮捕された。客室乗務員が彼のタブレット端末で「10歳くらいの少女」の画像を閲覧していたことに驚いたという。
審理中、元弁護人は、これらの画像は「好奇心から」、そして芸術的な文脈で人工知能によって生成されたものだと主張し、自らの責任を軽視しようとした。裁判所は、これらの画像がAIによって生成されたか否かにかかわらず、児童ポルノの禁止された表現に該当すること、そして被告人が実在の未成年者に関するコンテンツを検索していたことを想起した。
検察官は、彼の要求における年齢基準の引き下げは「意図的な選択」であると非難した。彼は懲役18ヶ月、執行猶予付きの判決を受け、さらにフランス領土からの10年間の出国禁止、未成年者に関わるあらゆる活動の10年間の禁止、そしてフィジャイス(性犯罪加害者リスト)への登録を命じられた。影山正永は日本に帰国する前に釈放されたが、日本ではこれらの制裁は法的効力を持たない。
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