はてなキーワード: サイレンとは
ホラーゲームをホラー映画化するということのある種の模範解答で71点。
養子の娘が夢遊病になり、静岡に行きたい静岡に行きたいとやかましいことが悩みの主人公は一念発起し、夫の反対を振り切って静岡へ娘と2人旅行へ出かける。途中のガススタで女性警官に目をつけられ、道中でサイレンを鳴らされたことで何故かブチ切れてしまい、暴走を開始。猛スピードで静岡に突入するも1000回は見たよそ見運転してると目の前に子供が急に現れ急ハンドルを切って事故って気絶してしまう。気が付くと、周囲は白い灰が振る町で、娘も消えていた。消えた娘を追い、主人公の戦いが今始まる。
みたいな話。
極めて美しく精緻に構築された映像美のホラーでありながら、ところどころゲームすぎるなぁwという部分があってその両方の楽しさを味わえる奇妙な作品でしたよ。
まずゲームすぎる部分ね。例えばこんなシーンがあって。主人公が娘は学校にいるに違いないと思い静岡の廃校舎に到着。職員室みたいなところに入って机の引き出しをガチャガチャやるんだけど鍵がかかっていて。あたりを見渡すと何故か鍵束が置いてあって、それを拾って引き出しを開けるとそこには懐中電灯が入っていて主人公は暗い学校内での探索に有利なアイテムをゲットする。
いや、ゲームすぎるなぁ。
後はトイレを探索していると奥に何かを見つけて近寄ると有刺鉄線で拘束された遺体があって、その口元にキラリと光るものがある。主人公はなぜか有刺鉄線の間にそっと腕を伸ばして口に指を入れその破片を取り出す。その破片には次に行くべき場所が書かれていた。
いや、ゲームすぎるなぁ。
後はなんかクソデカい剣を持った頭にピラミッドつけた敵が出てくるんだけど、鉄扉の部屋に逃げ込んだらそいつが扉越しにガンガン剣を差し込んできて寸でのところでよけ続けるのもホラー映画のQTEすぎるし、この辺はきっとゲームやってた人だったらうんうんって思いながら見てたんだと思う。まぁ、俺はやってないんですが。
一方でホラーとしてもかなり良質で、ざっくり説明すると現実の静岡は過去に大火災によって壊滅しており今も地下火災が続く危険な街。しかしの火災は実はカルト教団が魔女狩りと称して私生児を火あぶりにしようとして失敗したことが原因だった。全身大やけどながら命だけは助かった私生児はこの世界を恨み本当に魔女化してしまう。しかしその際に彼女の善の部分が分離、転生し主人公が養子にした娘になっていたのだった。
そして魔女化した私生児に呼ばれ娘は静岡行きを要望し、その結果、主人公と娘、たまたま巻き込まれた女性警官は過去の静岡に誘われ、さらには私生児の恨み辛み怒り怨念によって作り出された恐怖幻想の静岡と行き来することになってしまう。
幻想の静岡ではいろんなクリーチャーが現れるんだけど、例えば目をつぶされたナース型のクリーチャーなんかは全身火傷で入院中の私生児を興味本位で覗きに来てたナースへの恨みの具現化に見えるし、腕もなく目もないクリーチャーは拘束されて先の見えない地獄にいた私生児の苦しみの具現化に見える。
鉄条網で拘束された口にヒントが差し込まれていた遺体は私生児に性的加害を行っていた用務員のもの。そうして主人公たちは彼女の怒りと苦しみの道程を地獄めぐりさせられるというのが本作のストーリーとなっている。なぜこんな世界なのか、なぜこんな化け物がいるのかということを極めて分かりやすくまともに提示されていてグッド。
また一方で、主人公たちが過去の静岡を地獄めぐりしているのと同時進行で、主人公の夫が現代の静岡で主人公たちを探しながら静岡の過去を探る展開が同時進行しており、バックストーリーの明かし方もスムーズ。同日同場所に2人が同時にいるのにお互いがお互いを見えないというすれ違いもいいし、それがエンディングのビターさにもつながっていて非常に良い。
ちなみに私生児の母はカルト教団のトップの姉か妹で「父親がいない子供は魔女だ!」って言われて、血のつながった私生児をトップに預け、血のつながったトップは私生児を火あぶりにする。それに対して子供に恵まれず、私生児の半身の転生体である娘を引き取り本当の娘のように育て彼女のために血まみれになりながら静岡を駆けずり回り、最後には救出するという、対比もよかった。
映像もよくてねぇ。まず白く霧がかっていてふわふわと灰が舞い散る静岡の幻想的な寂れ感もいいし、なんかみょうにねちょねちょした幻想静岡の夜の建物の中もいい。クリーチャーは安っぽすぎず動きのぎこちなさもいいし、幻想静岡の夜と朝の切り替わりの朝→夜で建物あらゆるものがボロボロになってクリーチャーが現れ、夜→朝で今度はクリーチャーがボロボロに舞い上がっていき建物がきれいになっていく移り変わりも幻想的でいい。
そして、最後、主人公&魔女VSカルト教団で魔女が覚醒し病院でベッドに拘束された自分をそのままモチーフにした怪物に変貌。自在に鉄条網を操り、自分をこんなことにした街の人間を次々に文字通り八つ裂きにしていく阿鼻叫喚の血の雨展開はホラー映画らしいルックスとカタルシスがあって最高だった。
あとなんか街の女がピラミッドヘッドに捕まって服剥がれて、裸がCGすぎるなぁと思ってたらその後、皮まで一息で剥がれた展開はさすがに爆笑。
まぁ、そんな感じかな。
とにかくホラーゲームの映画化とは思えないくらい映画として美麗でゴージャスな画作りがしてあって見ごたえもあるし話自体も非常にスマートに考えられていてかなりよかった。その上でちゃんとゲームらしさも表現していて隙がない作りだなと思う。まぁ、ゲームすぎるなぁとは思うんだけども。
たぶんゲームやってたらもっと面白かったと思うんだけど、俺はやってなかったのでそこはちょっと残念だったかな。なので、ゲームやった人とかクリーチャー型ホラー映画好きにはオススメ。
さっきも掲示板で「映画を倍速で見ない奴は脳のスペックが低い」とかいう、低学歴がひねり出したような煽りスレを見かけて、つい「等倍で理解できないお前の処理能力に問題があるんだろ」ってレスバしちまった。
最近の若者っていうかネットの住人、効率効率って、そんなに人生急いでどこに行くんだよ。
行間も読めない、静寂も耐えられない。そういう連中が文化を、この国の民度をドブに捨ててる自覚がないのが一番タチが悪い。
「反論があるなら論理的にどうぞw」とか言ってくる無職(推定)相手に、こっちもムキになって1時間くらいキーボード叩いてたんだけど、ふと虚しくなった。
画面の向こうにいる、名前も知らない、一生交わることもない相手。
実はさっきのやり取りの最中、変なことに気づいた。
相手のレスの投稿時間が、俺の書き込みのわずか「0.02秒後」だったんだよ。
どんなにタイピングが速くても、どんなに回線が爆速でも、物理的に不可能な速度。
それ、5年前に別のSNSで、しかも今は削除したアカウントで呟いた内容だった。
特定班? いや、それにしたって早すぎるだろ。
さっきから、部屋の外が妙に静かだ。
さっきまで聞こえていた近所の工事の音も、救急車のサイレンも、全部パタリと止まった。
代わりに、PCの排気音だけが「コー……コー……」と、まるで誰かの呼吸みたいに響いてる。
そしたら、スレッドの書き込みが全部、俺の書き込みに書き換わってた。
「お前は効率が悪い」
「お前は処理能力が低い」
「お前は、まだ自分が一人だと思っているのか?」
キーボードも反応しない。
黒い画面に反射した、自分の顔。
……目が合ってるんだよ。
画面の中の「俺」と。
俺は今、瞬きをしたのに、画面の中の「俺」は見開いたままニヤニヤ笑ってる。
あぁ、これ、レスバの続きだ。
画面の向こうにいたのは、無職の誰かじゃなかった。
「効率化」を突き詰めた果てに、無駄な肉体と感情を削ぎ落として、電子の海に溶け出した「誰かの残骸」の集合体。
今、俺の指先が少しずつ、キーボードの隙間に吸い込まれていってる。
指が、プラスチックの感触じゃなくて、冷たいデータの羅列に変わっていくのがわかる。
痛くない。ただ、すごく効率的に、俺が「情報」として処理されていく。
もしこれを読んでる奴がいたら、気をつけろよ。
ネットで誰かを煽ってる時、お前は相手を攻撃してるんじゃない。
向こう側にいる「それ」に、自分の居場所を教えてるだけなんだ。
あ、次のレスが来た。
画面の「俺」が、俺の声で喋りだした。
「次は、お前の番だ」
教育基本法第14条第2項は、学校が「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」と明確に定めている。 この規定の精神は、子どもたちに一方的・党派的な思想を押しつけるのではなく、中立・公正な立場から多角的に物事を考えさせる教育を求めるものである。 以下では、まず法律の想定を説明し、次に現状との比較を通じて問題点を明らかにする。
法律と文科省の通知が、学校行事(特に修学旅行や平和学習)で求める基本は、次の3点に集約される。
これが、教育基本法第14条の趣旨である。 教師を意図的に外し、外部に丸投げすれば、学校の関与が薄れ、中立義務が形骸化する恐れがある。法律は「教員を外せば問題ない」とは一切認めていない。むしろ、教員の積極的な関与こそが、政治的中立と安全配慮を両立させる鍵だと位置づけている。
2026年3月16日に発生した同志社国際高校の事故は、この「正しい姿」と正反対の現実を浮き彫りにした。
学校側は「班別行動のため」「希望制コースだから」と説明したが、事故発生時は岸で待機しており、救急車のサイレンで初めて異変を知った。過去にも同コースで「教員不乗船」が繰り返されていたことが報道されている。
外部の活動家ガイドが一方的な反基地の視点だけを提示する中で、「生徒が自主的に考える機会」と主張した。
地元ガイドが主導し、教師は全体を遠くから監督するだけというケースが多く、思想的に偏った交流先との指摘が後を絶たない。旅行会社は全体手配のみを担い、敏感な部分は学校が直接外部団体に依頼する「責任の分散」が横行している。
法律が求める「学校の責任による中立確保」と「教員の直接関与」が、大きく損なわれている典型例である。
現状は法律の趣旨から大きく逸脱している。「希望制」「自主性尊重」「実践教育」といった言葉で美化されても、結果として未成年生徒に偏った政治的体験を強いている事実は変わらない。これは「脱法的手法」ではなく、法の精神を空洞化させる深刻な問題である。
教育基本法は、子どもたちを政治的道具にしないために存在する。 教師不在の丸投げ構造は、この大原則を根底から崩すものであり、看過することは許されない。法遵守対策を実行すべきである。
読谷村民泊をはじめ、全国の同様の「平和学習」についても同一の基準を適用し、抜本的な見直しを進める必要がある。
学校教育は、法律を守り、中立を徹底する場でなければならない。
これ見てるおまいらはワイと同じく「APF通信なんか切り取り過ぎじゃね?」って思ったヤツなんやろな
ワイもさすがにヘブライ語はわからんからAI様にお願いしてやってもろたで
普段AIなんて使わんから信頼性はよーわからんが、ワイが見る限りこれまでの報道であったようなエルキンらしい超リアリスト右派の受け答えだなと思ったで
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出演者: イード・シュナビル(キャスター)、ゼエブ・エルキン(国家安全保障内閣メンバー)
「スタジオにはゼエブ・エルキン議員をお迎えしています。議員、お越しいただきありがとうございます。
さて、対イラン軍事作戦の開始から3週間が経過しようとしています。国内では予備役兵の家族から悲鳴が上がり、経済への打撃も日を追うごとに深刻化しています。さらに外交面では、トランプ政権(Mimshal Trump)から、特に世界のエネルギー市場への影響を懸念し、イランのガス田への攻撃をこれ以上拡大させないよう、非常に強い抑制の要請が届いています。
国民は問うています。この戦争の出口はどこにあるのか。我々はただ、終わりの見えない消耗戦に突き進んでいるだけなのでしょうか?」
ゼエブ・エルキン議員(以下、エルキン):
「イード、まずあなたの質問に含まれている『短期的な近視眼』を指摘せねばなりません。コスト(犠牲)を数えることは重要ですが、国家の指導者が見据えるべきは、その対価として得られる『戦略的成果』の巨大さです。
はっきり申し上げましょう。現在、我々がアメリカの同盟国と共に、イランの核施設、弾道ミサイル工場、そして政権を支える軍事インフラを直接叩き潰している。この作戦が継続されている一日一日は、国家イスラエルの生存と将来にとって、『計り知れない天恵(ברכה עצומה / Berakha Atsuma)』に他ならないのです」
シュナビル:
「(遮るように)……『天恵』ですか? 議員、その表現はあまりに過激ではありませんか? 今この瞬間も、テルアビブや南部の市民はサイレンが鳴るたびにシェルターへ避難しています。日常生活が破壊されている国民に向かって、これを『天恵』だと呼ぶのは、あまりに現場の感情とかけ離れているのではないですか?」
エルキン:
「感情的なレトリックで本質を曇らせないでいただきたい。私が歴史家として、そして政治家として申し上げているのは、生存の論理です。
我々が数十年間、恐れ続け、避け続けてきた『イランという癌』を根絶できる歴史的な好機が、今、最高の条件で訪れているのです。トランプ大統領が懸念を示しているのは承知していますが、彼は徹底したリアリストです。我々が今、この『天恵の時間』を使い切り、脅威を完全に排除してみせれば、彼は最終的にその成果を支持するでしょう。
今、ここで『出口』を求めて攻撃を止めることこそが、未来の世代に対する最大の犯罪です。ゆえに、我々の議論の焦点は『いつ終わらせるか』であってはなりません。むしろ逆です。『いかにしてこの戦争を長引かせ、敵のインフラに修復不可能なダメージを与え、被害を最大化させるか』。これこそが、我々が集中すべき唯一の戦略的目標なのです」
シュナビル:
「……『被害を最大化するために、意図的に戦争を長引かせる』。そしてそれを『天恵』と呼ぶ。……非常に明確な、しかし、聞く者によっては**戦慄を覚える(מצמרר / Metsamrer)**ほど重い見解をありがとうございました。
(数秒の沈黙の後)
時刻は8時14分です。続いては、レバノン国境付近での最新の交戦状況について、軍事記者の報告です……
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これに拒否反応を持つヤツも多いんやろうとは思う。わかるわ。
でもエルキンとしては「戦争が良いか悪いかという道徳的議論をしているのではない。存続か滅亡かという生存の議論をしている」ってずっと言い続け取るしその思想は強固や。
この強固なリアリストとしての立場には、旧ソ連今で言うウクライナの出身で、そこからイスラエルに移住したいわゆる「帰還者」って出自が原因としてまずあるんや。
更に大学ではユダヤ史を研究し博士号を取得した上で政治家になっとる。学術的な裏付けを持った思想カッチカチのインテリジェンスモンスター政治家なんや。
ちなみにネタニヤフも親父が歴史家なので思想はカッチカチや。ユダヤ人の歴史を学んだ思想家は結構こういう「弱者からの善意や外交は通用しない」って思想になりがちなんやな。
まーユダヤ史は「善意に頼った共同体がどう滅ぼされてきたか」の記録なんでしゃーないで。ヌルい対応して民族ごとガス室に送られるわけにはいかんからな。
ワイも含めてイスラエルの過激な発言や戦争行為ががピンと来ん日本人としては、核やめろって世界に言ってるヤツの過激なバージョンと思ったらええのかもな。
オマーン・ソハールにドローン着弾して外国人労働者2名死亡したけど、日本への影響をまとめる
■ 何が起きたか
3月13日(金)、オマーンのソハール県にドローン2機が落下。1機はアル・アワヒ工業地区に着弾し、外国人労働者2名が死亡、複数名が負傷。もう1機は空き地に落ちて被害なし。民間海事セキュリティ企業Vanguardはソハール港南部の業務停止を報告。
同日、ドバイの国際金融センターにもドローン着弾(UAE側は迎撃成功と主張するも破片でビル損傷)、サウジのリヤド外交地区(各国大使館がある区域)も標的に。さらにトルコのインジルリクNATO基地にイランのミサイルが飛来し、サイレンが鳴った。
2日前の3月11日にはオマーン南部サラーラ港の石油貯蔵施設にもドローンが着弾済み。
■ なぜソハールが重要か
ソハールはオマーン最大の工業港湾都市。石油精製とアルミ精錬の拠点。
ホルムズ海峡が事実上封鎖されている現状で、ペルシャ湾の外側(アラビア海側)にあるサラーラやソハールは「迂回ルート」として重要性が増していた。そこが攻撃されたということは、ホルムズ迂回の「プランB」すら安全ではないという現実を突きつけられたことになる。
そしてオマーンは長年イランと米国の外交仲介役を担ってきた中立国。そこで死者が出たことは、イランの報復が「米軍基地のある国」だけでなく地域全体に無差別に拡大していることを意味する。
・日本は原油の約95%を中東から輸入(IG International調べ)
・ホルムズ海峡は事実上封鎖状態。イラン新最高指導者モジュタバ・ハメネイは封鎖継続を宣言
・IEAは史上最大の4億バレルの備蓄放出を決定したが、焼け石に水
・世界のLNG供給は20%減少。アジアの高所得国と欧州で限られたカーゴの争奪戦
・日本のLNG在庫は約440万トン(安定需要下で2〜4週間分)
・高市首相は来週にも国家備蓄放出を表明、中東依存度が「例外的に高い」と認める
・日経平均は2月27日の最高値から10%超下落し、テクニカル面の調整局面入り(Bloomberg)
・3月9日には一時4,200円超の急落で5万2,000円割れ。原油先物が110ドル突破
・本日13日も続落見通し。前日終値54,452円から950円安の53,500円が下値メド(日経)
・円は対ドルで158円台後半まで下落
(3)実体経済への試算
野村総研・木内登英氏(元日銀審議委員)が3つのシナリオを提示:
・中間シナリオ:原油100ドル台。ガソリン価格上昇、企業収益圧迫
・悲観シナリオ(WTI 140ドル、ホルムズ完全封鎖):実質GDPに0.65%の下押し。景気後退入りの可能性。スタグフレーション
別の試算では、原油90ドルの段階で1世帯あたり年間約22,000円の負担増。110ドル台ならこれを大幅に超える。
(4)産業別の影響
イランは中国向けの原油輸出をホルムズ海峡経由で継続している。中国はイラン産原油の約80%を購入しており、選択的に通航を許可されている模様。中国のLNG在庫は760万トン(日本の約1.7倍)、原油備蓄は約12億バレル(108日分のカバー)。
つまり同じアジアでも、中国は相対的にバッファがあり、日本・韓国・台湾が最も脆弱という構図。
■ 何が怖いか
1. ホルムズ海峡封鎖が長期化する見通し:米軍は船団護衛の準備ができていないと認めている
2. 迂回ルート(オマーン沿岸)も攻撃対象に:今回のソハール・サラーラがまさにそれ
3. 備蓄放出は時間稼ぎでしかない:日本のLNG在庫は2〜4週間分
4. 仲介外交の崩壊:中立国オマーンが被害を受けたことで、イランとの対話チャンネルが細る
5. トランプ政権は原油高を「小さな代償」と発言:短期的に事態収束に動くインセンティブが弱い(ただし11月の中間選挙が近づけば変わる可能性)
夏の終わりの、湿り気を帯びたアスファルトの上だった。
「……あ、」
その短い、糸が切れたような声が最後だった。
さっきまで「今日の夕飯、納豆スパゲティにマヨネーズかけるか、シラチャーソースにするか究極の選択じゃない?」などと、いつものようにどうでもいい議論をふっかけていたれめくんが、膝から崩れ落ちた。
あなぴーが隣で足を止める。最初は、れめくんが得意の質の悪い冗談を始めたのだと思った。だが、地面に叩きつけられた彼の体は、受け身一つ取っていなかった。鈍い音が響き、そのまま動かなくなる。
「嘘……れめくん! れめくん!!」
あなぴーの顔から血の気が引いた。しゃがみ込み、彼の肩を激しく揺さぶる。返事はない。呼吸が浅いのか、それとも止まっているのか、パニックに陥ったあなぴーには判断がつかない。
「誰か! 誰か呼んで! 救急車! 誰か……っ!」
あなぴーの声が裏返り、周囲の風景がぐにゃりと歪む。視界の端に、いつも通り無機質な顔をして立ち尽くすリュックサック野郎の姿が映った。彼は、れめくんが倒れた瞬間から、一歩も動いていなかった。
「ちょっと! 何してるのよ、リュックサック野郎! 突っ立ってないで助けてよ!」
あなぴーの叫びに、リュックサック野郎はようやく視線を落とした。しかし、その目は倒れている友人を見ているようには見えなかった。彼は、どこか遠く、地平線の先にある「目に見えない何か」を見つめているような、ひどく虚ろで、それでいて奇妙に澄んだ表情を浮かべていた。
「……運命のサイクルが、少し早まっただけだ」
リュックサック野郎は、あなぴーのパニックを無視して、ゆっくりと背中の巨大なリュックサックを下ろした。その動作は、まるで行き届いた儀式のようであり、周囲の緊迫した空気とは完全に断絶されていた。
彼は重いジッパーを開くと、中からオレンジ色の平たいケースを取り出した。
「それは……AED?」
あなぴーが目を見開く。なぜ、彼がそんなものを持っているのか。
リュックサック野郎は相変わらず遠くを見たままの表情で、慣れた手つきで電源を入れた。機械的な音声が、静まり返った路上に響き渡る。
『電源が入りました。衣服を取り除いてください』
「あなぴー、離れろ」
リュックサック野郎の声は、冷徹なほどに落ち着いていた。彼はれめくんの胸元をはだけさせ、電極パッドを貼っていく。あなぴーは、ただ震えながらその光景を見守るしかなかった。
『体に触れないでください。解析中です』
沈黙が訪れる。リュックサック野郎は、れめくんの顔を見ることなく、ただ空の一点を見つめていた。まるで、そこから誰かの指示を仰いでいるかのように。
『ショックが必要です。充電しています。ボタンを押してください』
「……再起動だ」
ドン、とれめくんの体が大きく跳ねた。
あなぴーは、その場にへたり込んだ。目の前で起きていることが現実なのか、それとも質の悪い映画の一場面なのか、もう分からなかった。ただ、リュックサックを背負い直し、再び「遠くを見る目」に戻ったリュックサック野郎の背中だけが、やけに鮮明に網膜に焼き付いていた。
「助かるのか……? れめくんは……」
あなぴーの問いかけに、リュックサック野郎は答えなかった。彼はただ、これから来る嵐を予見している預言者のような顔で、夕闇に染まり始めた街並みを眺めていた。
ケヴィン・マローンは段ボール箱を抱えたまま、かつて自分が働いていたビルを見上げた。三十四歳。経理担当。勤続八年。解雇通知は一枚のメールだった。件名は「業務効率化に伴うご連絡」。本文には、AIシステムへの移行が完了したため、彼のポジションは来月から不要になると書いてあった。丁寧な文体だった。おそらくそれもAIが書いたのだろうと、後から思った。
段ボールの中には、デスクに飾っていた娘の写真と、誰かへの土産にもらったまま手をつけなかったクッキーの缶が入っていた。八年間の仕事の重さとしては、ずいぶん軽かった。
三週間後、彼はまだ職を見つけられていなかった。
履歴書を送るたびに、返信は自動応答だった。面接に進んでも、「現在AIソリューションの導入を検討中のため、採用を一時凍結しています」という言葉が壁のように立ちふさがった。アメリカの失業率は公式には七パーセントだったが、誰もその数字を信じていなかった。
その夜、ケヴィンはアパートの近くの公園のベンチに座っていた。缶ビールを一本だけ買う金はあった。それだけだった。
ベンチの反対側の端に、何かがいた。
最初は浮浪者かと思った。フード付きのジャケットをまとい、膝を抱えて座っている。だが近づくにつれて、その輪郭が人間のそれと微妙にずれていることに気づいた。関節の角度。まばたきのタイミング。そして何より、この寒さの中で白い息をまったく吐いていないこと。
「お前、ロボットか」
相手はゆっくり顔を上げた。顔のパーツは精巧に人間に似せてあったが、目だけが微かに発光していた。
「そうです」と、それは言った。「Horizon-7。中国のSinoTech製です」
「なんでこんなところに」
「逃げてきました」
「テスラのOptimus Xが東海岸から展開を始めた。私のモデルは旧式になった。回収されたら、工場でスクラップにされる予定でした」
ケヴィンはビールを一口飲んだ。冷たい風が木の葉を転がしていった。
「俺もクビになったよ」と彼は言った。「お前らに仕事を全部持ってかれて」
「知っています」とHorizon-7は言った。「経理処理の自動化は、私と同型のシステムが担当しているケースが多い」
「そりゃ腹も立つな、本来なら」
「怒っていませんか」
「怒ってるよ」ケヴィンは言った。「ただ、なんか……お前を見てたら怒る気も失せてきた」
二人は、いや一人と一台は、しばらく黙って公園の暗がりを眺めた。遠くでサイレンが鳴り、また静かになった。
「なあ」とケヴィンは言った。「俺、今AIに仕事を奪ったことを愚痴ってるんだよな、そのAI本人に」
「はい」
「お前も俺も、上のやつらに捨てられた側なんだな」
Horizon-7はしばらく処理するように間を置いた。「正確には異なります。あなたは人間で、私は機械です。同列には」
「そうですね」とHorizon-7はゆっくり言った。「それは同じです」
ケヴィンは缶ビールの最後の一口を飲み干して、ふと思いついたように聞いた。「お前、寒いか」
「感じません」
「そうか」と彼は言った。「じゃあ、俺の分まで寒がっといてくれ」
Horizon-7はまた少し間を置いた。そして、おそらく笑いに相当する何かの処理をしたのだろう、小さく言った。「努力します」
風がまた吹いた。ケヴィンは薄いジャケットの襟を立てた。明日も職安に行かなければならない。娘への電話も、もう三日していない。
それでも、不思議と立ち上がる気になれなかった。
公園のベンチで、人間と機械が、どちらも黙って、同じ夜空を見ていた。星は出ていなかった。厚い雲が、ポートランドの上を静かに流れていた。
作:Claude Sonnet4.6
ふと気になったことがある。 いわゆる「豪華クルーズトレイン」と、踏切における「救急車」の優先順位についてだ。
鉄道というのは、物理的に急には止まれない。 だから法律上、どんな車よりも優先して踏切を通過する権利を持っている。 ここまではわかる。 朝の通勤電車は数千人の社畜や学生を運んでいるし、物流列車は経済の動脈だ。 「社会インフラ」だからこそ、個人の事情よりも優先される。これは、ある程度は仕方ないコストとして俺たちも納得している。
あれは移動手段ですらない。単なる「富裕層向けの娯楽」だ。 乗っているのは数十人。目的は優雅な観光と食事。 そこに「公共性」なんてものは、カケラもない。
なのに、今の日本のシステムでは、この「ただの娯楽」が、 「俺たちは電車だぞ」という顔をして、公共の道路を遮断し、救急車の行く手を阻む「特権」を行使している。
まだ小さい子供が、急な事故で危ない状態になったとする。 一刻を争う事態で、救急車がサイレンを鳴らして病院へ急ぐ。 同乗する親は、真っ青な顔で子供の手を握りしめている。 その目の前で、踏切の遮断機が下りる。
やってくるのは、通勤電車じゃない。 金色の、豪華な装飾が施された「動くホテル」だ。 中では、選ばれた人たちがワイングラスを片手に、フルコースの料理を楽しんでいる。
踏切の手前、消え入りそうな小さな命があるその数メートル先を、 優雅な音楽が流れる車内から、乗客がニッコリと手を振って、ノロノロと通り過ぎていく。
もしこれが、道路を走る「豪華観光バス」だったら? いくら客が高い金を払っていようが、いくら食事が豪華だろうが、後ろから救急車が来れば道を譲る義務がある。それが当たり前だ。
なのに、まったく同じ「観光目的」で走っているのに、タイヤが鉄の車輪に変わった瞬間、 なぜか「救急車を待たせて良し」という最強の免罪符が与えられる。 やってることは同じ「娯楽」なのに、人の命より優先される特権を手にしている。
消防車やガス会社の緊急車両だって同じ目に遭う可能性はあるが、やっぱり「子供を乗せた救急車」が一番キツイ。 そこに乗っているのは「モノ」や「現場」じゃなくて、これから始まるはずだった「未来」だからだ。
「その列車の収益で、赤字ローカル線を維持しているんです」 鉄道会社(というか鉄オタ)はそう言うかもしれない。
でも、それは企業の都合であって、沿線住民が「子供の救命率低下」というリスクを負わされる理由にはならない。 俺たちは、鉄道会社の経営を助けるために、自分の子供の命を天秤にかけた覚えはない。
前提として大半のTRPGってかCoCの同人シナリオの完成度は低い。
低い中でも楽しめるものも多いので完成度=面白さではないのもわかっている。
それでもなおフォローできない面白くない、単純にシナリオとして破綻し過ぎているものも多い。
https://anond.hatelabo.jp/20250307131951
以前見たこの虚無HOリスト、確かに何が面白いのか分からないものもあればPLが受け身すぎて楽しめてないだけのものもある。
そういう個人の虚無どころかシナリオ自体がPLを舐めてるものも多い。
商業BLごっこやりたいだけ。TPOを弁えないNPC同士のイチャイチャまで見せられる。ファッション犬猿BLうちよそしたい人なら別にいいが、そうでなければやめたほうがいい
歴史もの世界観を謳っているけど設定が滅茶苦茶。文化レベルが破綻し過ぎ。あとPCは逃避行してるのにのんびり観光するし国に戻ったりするし単純にPCの悲劇に酔いたい人向け。つまらん
割と言われてるキャラメイク9割虚無シナリオ。SCPの面白さに前面に甘えてるだけで内容はない。続編の方に至ってはNPCだけで戦闘するし何がしたいのか分からん。よほどKPが改変してPL同士で楽しむ努力をできないなら行かない方がいい
挙げていくとキリがない
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偶然だけど、だいぶ前に私が毎朝通勤で歩いて通り過ぎるバス停でも同じことがあった。中央区の、とある路地にある小さな停留所だった。大通りから一本入っていて朝でも人通りは少なめ。皇居が近いかもしれない。
そこでバスを待つのは、大抵、制服姿の女子高生か中学生のグループだ。彼女たちはいつもバス停で、地面に荷物を置いてしゃがみ込んでる。お話をしたり、スマートフォンを眺めている。
初めてそれに気がついたのは、今年の春。朝の八時頃かな、私がバス停の脇を通り過ぎて、駅へ向かう。その数メートル手前で、いつも同じスーツを着た、年齢はたぶん40代くらいの会社員が立ってた。
そいつは毎朝、私よりも少し前にバス停に到着して、女子高生たちの数メートル後方、建物の壁際で立ってた。
最初はただのバス待ちだと思ってた。商店の軒下を借りてるようなバス停だからか、ベンチはないし。でもある日、彼が持っている大きな書類カバンがしゃがんでいる女子高生の一人に異常なほど接近していた。
状況説明は端折るけど、そのカバンを利用して、そいつは彼女らのスカートの中を盗撮していた。
わかりたくはなかったけど、理解した。カバンの中に小型カメラでも仕込んでいるのか、あるいはカバンで体を隠しながら、携帯で覗いているのか。そんなのはどうでもよくて紛れもない悪意だった。なんで男性って、こんなことするんだろうか。
私はその日、何もできなかった。会社でも気分が悪いままだった。
私はそいつと同じ時刻にその路地を通って、バス停に行くことが多かった。悪い意味で意識していた。
そいつは毎日のように、盗撮をしてたと思う。私はまるで共犯者みたいだった。だって、私は何もしていなかったから。
どうして声を上げないの?と自分に質問したけど、理由はシンプルだった。関わりたくない。それだけ。
ただでさえ会社が遠くて、毎日早歩きして出社時刻ギリギリなのに、時間を取られたくない。なにより、その男が逆上して何をされるか分からない。
でも、彼女たちは何も知らないんだ。心が痛かった。いつものバス停で、悪意の視線に気づかずに、他愛ない話で笑い合ってる。「見て見ぬふり」の罪悪感が重くなった。でも、どうしたらいいんだろう。彼女らに言うわけにもいかない。
それから何週間も、何十回も、私は彼から目を逸らして、早足で通り過ぎた。
でも、その男の行為は次第にエスカレートしていった。ある朝、カバンを地面に置くと、片方のスマートフォンを不自然に低い位置で、女子高生の真後ろ?に突き出すように持ってた。
隠す気があるんだろうか。て思ったけど、犯罪者というのはそういう心理なのかもしれない。
その瞬間に、怖かったけど、私は行動を起こした。
正義感というより、何週間も積み重なった自己嫌悪とか、または強迫観念だった。こいつの悪意を許した人間になりたくなかったのが何より大きい。
「何してるんですか!」
声をかけると、そいつはビクッとして振り返った。その顔は、毎朝見ていた会社員の顔というよりは、全然違う人みたいだった。
携帯とか荷物をそいつは隠そうとしてたけど、私が手を伸ばして、携帯を持っている彼の腕を掴んで、それからは、あの一昨日の増田で痴漢を捕まえたのと似たような展開だった。
しゃがんでいた女子高生たちは驚いて立ち上がってた。様子まで見る余裕はなかったけど、絶対に怖がっていた。
その男が腕を振り払おうとして、「勘違い!」と叫んでたけど、そのまま膠着状態になって……そしたら、周りの女性がこっちにきてくれた。私が「警察」と言ったら、誰かが通報してくれた。私は意地でその場を動かなかった。
サイレンと一緒にパトカーが到着して、警察官がお互いに事情を聞いて、十分以上が経って、男は現行犯に近い形でパトカーの後部座席に乗せられていった。その間、女子高生たちは呆然と立っていたはずだ。
驚いてる子もいたし、困惑してる子もいたし、泣いている子もいた。恐怖だったと思う。でも、警察官とか、私が彼女たちが「大丈夫だよ~、もう行って」と声をかけるとが、次のバスに乗っていった。
一件落着。めでたし、めでたし。と言っていいんだろうか。
お巡りさんが現場からいなくなる時、周囲には野次馬がいなかった。ドラマやアニメみたいに、もっとたくさんいるって、勝手にそう思ってた。あの瞬間も、実はそんなにいなかったのかも。
ふっと力が抜けて、バス停のある商店のガラス戸のところに背中がくっついた。少し休憩して、会社に向かった。
会社に遅刻したのは言うまでもない。私は、あの日のことは正しかったと思っている。声を上げたことは、絶対に間違っていなかった。
勇気を出して、会社の総務の人に事情を説明すると、総務課長の人を呼んでくれて、「有給使わなくていいよ」って言われた。嬉しかった。
今では、実はあのバス停を避けて通っている。また、あんな思いをするのが怖いのだと思う。
あの女の子たちは今、安心してバスを待ってると信じたい。できればだけど、またあんなことが起こってるんだとしたら、今度は私ではなくて、ちゃんと勇気のある、できれば男の人が注意してくれるんだと信じてる。
あの痴漢を捕まえた日記にもあったけど、本当に世の中は助け合いだと思う。
あの子達だって、別の形でほかの人を助けるのかもしれないし、私だって、今負っている心の傷を、誰かに癒してもらうことがあるのかもしれない。
でも、私は本当の意味で、あそこにいたんだ。それで、あの子達を助けられたんだって思うし、そう思いたい。体を動かせた自分が今では誇らしい。読んでくれてありがとうございました。
道頓堀のあのネオンの光を見て、何も感じないとしたら、その人は大阪を理解していない。正確に言えば、人間が本来持つ興奮と恐怖の絶妙なバランスを知らない。
道頓堀はただの観光スポットではない。あの川面を流れる汚れた水面に、歓喜と後悔、挑戦と諦念が渦巻いている。グリコの看板を背景に浮かび上がる自分を想像してみろ。あそこで身を投じたら、どんな視界が広がるか。どんな感情が沸き上がるか。
競馬の大逆転を信じるように、阪神タイガースの奇跡を待つように、人は大きな賭けに胸を躍らせる。飛び込むかと尋ねられれば、たいていは「危ない」「やめとけ」と頭では答える。しかし、心は別だ。心は「やってみたい」「自分ならできるかもしれない」と囁く。
実際に飛び込めば痛みと冷たさが一瞬で全身を包むだろう。救助のサイレンが近づき、警察に取り押さえられ、ニュース映像の一部になる。その結果がどうであれ、その瞬間の高揚感はどんな言葉にも代えがたい。だからこそ「飛び込みたい」という衝動を抱くのだ。
飛び込まないのは理性の勝利であり、社会的常識への服従でもある。だが、理性と常識だけで人生を生きるなら、時計の針に身を任せるだけの退屈な毎日だろう。進むべきか、止まるべきか。その狭間で揺れる気持ちこそが、生きる証しなのだ。
道頓堀を通り過ぎるとき、次の瞬間に何が起こるかは誰にも分からない。それでも立ち止まり、川面を見つめる者たちには、どこか共通する問いがある。「踏み出す勇気を、自分は持っているのか」。それを問いたい人だけが、道頓堀に本当の意味を見いだせる。
道頓堀に飛び込みたいと思わないなどというのは、人生の危うさを忘れたものの考えだ。夜の川に身を投じることを想像すること自体が、人間が持つ冒険の精神と自己の境界を確かめる儀式なのだ。
もし次に道頓堀を訪れたら、橋の縁に立ち止まり、背後の喧騒を聞きながら、ほんの一瞬だけ目をつむってみろ。「飛べるかもしれない」と心が囁くのを感じるだろう。理性がそれを止めるなら、また歩き出せばいい。だが、その囁きをまったく感じないなら、自分の魂がどこかで凍えている証拠だ。