■ W杯の走行距離について 確かに運動量に関しては、「量よりも質が大事だ。」と言われた時代もあったが、10年ほど前から「運動量が多くて、かつ、テクニックも備わっている。」というハイブリッド型の選手が続々と出てきた。「質も量も備わっている選手」がいい選手の必須条件になっており、どちらか片方だけではモダンな選手とは言えなくなっている。(数少ない例外の1人はアルゼンチンのFWメッシである。)
もちろん、中2日や中3日で試合が続いていく決勝トーナメントを勝ち抜くためには「省エネのサッカー」で勝利することも場合によって必要になってくるが、基本は「動かないと駄目」で、「動けないチームは駄目」である。FIFAの公式サイトには今回のブラジルW杯の全試合のチームごとの走行距離や各選手の走行距離が示されているので、今回は走行距離に注目してみた。
サッカーの試合における走行距離を語るときは「チームとして何キロ走ったか?」と「個人としてどのくらい走ったか?」の2つが焦点になるが、チーム全体の走行距離を考えるとき、試合中に退場者が出て10人での戦いを強いられたケースと、決勝トーナメントになって延長戦に突入したケースがイレギュラーとなる。単純に「走ったトータルの距離」で比較すると、ややこしい話になってくる。
なので、話を簡単にするために「1人の選手が1分間にどれだけの距離を走ったか?」に着目して、これを「DIS」と表現したい。チーム全体の走行距離(メートル)をチーム全員分の出場時間(分)で割った数値を「DIS」と定義するので、退場者が出ることなく90分で試合が終了した場合は90分×11人→990で割る。(延長戦で決着したときは120分×11人→1320で割る。)
■ もっとも平均値が高かったオーストラリア 表1は準々決勝が終了した段階での32カ国のDISの平均値を算出して、数値の大きいチームから順番に並べたものである。もちろん、延長戦に突入すると疲れから運動量が落ちてくるので、延長戦を経験しているチーム(ブラジル・チリ・スイス・アルゼンチン・ギリシャ・コスタリカ・ドイツ・アルジェリア・オランダ・アメリカ・ベルギー)は不利になるが、トップはオーストラリアだった。
オーストラリアの平均のDIS値は119.306だった。3試合とも退場者は出ておらず、プレー時間は90分×11人×3試合で2970分で、119.306×2970=354338.82となる。3試合で合計354338.82メートル(=約354.3キロ)の走行距離となって、1試合当たり約118.1キロとなる。90分の試合で退場者が出なかったときは990で割るので、この数字とDIS値は似た値になる。
表1. 全32チームの平均のDIS値 (対象は準々決勝までの60試合)
| GL突破 | | 試合数 | 平均のDIS値 |
1 | | オーストラリア | 3 | 119.306 |
2 | | ロシア | 3 | 116.988 |
3 | ☆ | アメリカ | 4 | 115.669 |
4 | | ボスニア ヘルツェゴビナ | 3 | 113.736 |
5 | ☆ | チリ | 4 | 112.317 |
6 | | 韓国 | 3 | 112.127 |
7 | | ガーナ | 3 | 112.062 |
8 | | ポルトガル | 3 | 110.715 |
9 | ☆ | スイス | 4 | 110.135 |
10 | ☆ | ベルギー | 5 | 110.115 |
11 | ☆ | ドイツ | 5 | 110.021 |
12 | | スペイン | 3 | 109.591 |
13 | | イタリア | 3 | 109.353 |
14 | ☆ | オランダ | 5 | 109.216 |
15 | | イラン | 3 | 108.922 |
16 | ☆ | アルジェリア | 4 | 108.811 |
17 | ☆ | メキシコ | 4 | 107.401 |
18 | | イングランド | 3 | 107.396 |
19 | | 日本 | 3 | 106.906 |
20 | ☆ | コスタリカ | 5 | 106.795 |
21 | ☆ | フランス | 5 | 106.751 |
22 | ☆ | ウルグアイ | 4 | 105.952 |
23 | | クロアチア | 3 | 105.886 |
24 | ☆ | コロンビア | 5 | 104.356 |
25 | ☆ | ギリシャ | 4 | 104.316 |
26 | ☆ | アルゼンチン | 5 | 103.893 |
27 | ☆ | ナイジェリア | 4 | 101.553 |
28 | | エクアドル | 3 | 101.205 |
29 | ☆ | ブラジル | 5 | 100.954 |
30 | | カメルーン | 3 | 99.962 |
31 | | ホンジュラス | 3 | 98.745 |
32 | | コートジボワール | 3 | 96.760 |
■ なぜオーストラリアのDIS値が高いのか? オーストラリアと日本は頻繁に対戦しているが、オーストラリアに対して「運動量の多いチーム」というイメージはあまり無い。ちょっと意外な結果と言えるが、若返りを図って動ける選手を積極的に起用したという理由がまず考えられる。そして、今大会のオーストラリアはブラジル南部での試合が多くて、高温多湿と言われる地域での試合が無かったことも理由の1つと言える。
ブラジルは南北に長い国であるが、この時期は「北は暑くて、南は涼しい。」というのが基本となる。北部のマナウスやレシフェは高温多湿で、「ここで試合をするチームは大変」と言われていたが、一方で南部のポルトアレグレは厚手のコートが必要なくらいの寒さだという。「会場によって気象条件が全く違う。」というのが今回のW杯の特徴の1つで、パフォーマンスや成績に大きく関係した。
図1. ブラジルW杯の開催地 (12カ所)
■ 日本は全体で19番目 オーストラリアは1戦目のチリ戦がクイアバで、2戦目のオランダ戦がポルトアレグレで、3戦目のスペイン戦がクリチバでの試合となった。ブラジルの地理に詳しくないと位置関係はイメージできないと思うが、上の図1のとおり、クイアバは南寄りで、クリチバとポルトアレグレは南部にある。涼しい環境の中で3試合とも戦うことができた点がオーストラリアの数値が高くなった理由と言える。
日本代表は106.906で19番目となった。全体の平均値は107.747なので平均を下回った。「運動量の多さ」が日本サッカーの持ち味の1つと言えるが、単純に1人が走った距離は並以下だった。今大会の日本代表はダイナミックさに欠けた印象があって、コンディションが良くないのかな?と感じた試合もあったが、「1人が走った距離は多くなかった。」ということを数字が示している。
日本代表の敗因の1つに「高温多湿の環境で試合をせざるえなかった点」を挙げる人もいる。「それ故に日本らしいサッカーができなかった」と語る人は少なくないが、開催地によってどれくらいの差があるか?を確認するために、まずは準々決勝までの計60試合で両チームのDIS値を合わせた数値を算出して、合計した数字が多い試合から順番に並べてみた。これが下の表2である。
表2. 2チーム合計のDIS値のランキング (準々決勝までの60試合が対象)
| チーム名 | チーム名 | 開催地 | DISの合計値 | 備考 |
1 | オーストラリア | オランダ | ポルトアレグレ | 238.023 | |
2 | オーストラリア | スペイン | クリチバ | 234.396 | |
3 | オーストラリア | チリ | クイアバ | 231.773 | |
4 | ドイツ | ガーナ | フォルタレザ | 229.929 | |
5 | アメリカ | ガーナ | ナタル | 229.863 | |
6 | アメリカ | ドイツ | レシフェ | 229.645 | |
7 | チリ | スペイン | リオデジャネイロ | 229.156 | |
8 | アルジェリア | 韓国 | ポルトアレグレ | 229.023 | |
9 | アメリカ | ベルギー | サルバドル | 228.956 | 延長戦 |
10 | ポルトガル | ガーナ | ブラジリア | 228.454 | |
11 | ロシア | アルジェリア | クリチバ | 228.401 | |
12 | ロシア | ベルギー | リオデジャネイロ | 228.156 | |
13 | オランダ | メキシコ | フォルタレザ | 227.219 | |
14 | アルジェリア | ベルギー | ベロオリゾンテ | 225.698 | |
15 | ロシア | 韓国 | クイアバ | 224.192 | |
16 | 韓国 | ベルギー | サンパウロ | 223.903 | |
17 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | アルゼンチン | リオデジャネイロ | 223.164 | |
18 | ドイツ | ポルトガル | サルバドル | 221.510 | |
19 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | イラン | サルバドル | 221.354 | |
20 | イタリア | イングランド | マナウス | 219.925 | |
21 | フランス | エクアドル | リオデジャネイロ | 219.784 | |
22 | アメリカ | ポルトガル | マナウス | 219.009 | |
23 | コスタリカ | イングランド | ベロオリゾンテ | 218.646 | |
24 | イタリア | ウルグアイ | ナタル | 216.314 | |
25 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | ナイジェリア | クイアバ | 215.764 | |
26 | コスタリカ | ウルグアイ | フォルタレザ | 215.133 | |
27 | スイス | エクアドル | ブラジリア | 214.703 | |
28 | コロンビア | ギリシャ | ベロオリゾンテ | 214.627 | |
29 | メキシコ | クロアチア | レシフェ | 214.230 | |
30 | 日本 | コロンビア | クイアバ | 214.174 | |
31 | フランス | ホンジュラス | ポルトアレグレ | 214.028 | |
32 | スイス | アルゼンチン | サンパウロ | 214.007 | 延長戦 |
33 | スイス | フランス | サルバドル | 213.962 | |
34 | ベルギー | アルゼンチン | ブラジリア | 213.797 | |
35 | チリ | ブラジル | ベロオリゾンテ | 213.774 | 延長戦 |
36 | コスタリカ | イタリア | レシフェ | 213.719 | |
37 | オランダ | スペイン | サルバドル | 213.567 | |
38 | クロアチア | ブラジル | サンパウロ | 213.404 | |
39 | ウルグアイ | イングランド | サンパウロ | 211.701 | |
40 | ウルグアイ | コロンビア | リオデジャネイロ | 211.129 | |
41 | イラン | ナイジェリア | クリチバ | 210.511 | |
42 | イラン | アルゼンチン | ベロオリゾンテ | 210.448 | |
43 | ドイツ | フランス | リオデジャネイロ | 210.336 | |
44 | チリ | オランダ | サンパウロ | 210.140 | |
45 | 日本 | コートジボワール | レシフェ | 207.568 | |
46 | コスタリカ | オランダ | サルバドル | 207.298 | 延長戦 |
47 | ナイジェリア | アルゼンチン | ポルトアレグレ | 206.626 | |
48 | メキシコ | カメルーン | ナタル | 206.581 | |
49 | 日本 | ギリシャ | ナタル | 204.943 | |
50 | ギリシャ | コスタリカ | レシフェ | 204.148 | 延長戦 |
51 | ブラジル | カメルーン | ブラジリア | 202.935 | |
52 | スイス | ホンジュラス | マナウス | 201.695 | |
53 | フランス | ナイジェリア | ブラジリア | 201.485 | |
54 | ギリシャ | コートジボワール | フォルタレザ | 201.215 | |
55 | クロアチア | カメルーン | マナウス | 200.975 | |
56 | メキシコ | ブラジル | フォルタレザ | 199.592 | |
57 | コロンビア | コートジボワール | ブラジリア | 198.755 | |
58 | コロンビア | ブラジル | フォルタレザ | 196.962 | |
59 | ホンジュラス | エクアドル | クリチバ | 192.787 | |
60 | ドイツ | アルジェリア | ポルトアレグレ | 190.876 | 延長戦 |
■ オーストラリアが1位から3位まで独占 準々決勝までの60試合の中で1位に輝いたのは南部のポルトアレグレで行われたGLの2試合目のオーストラリアとオランダの試合で、1位から3位までをオーストラリアの試合が独占している。「運動量が豊富な選手が多かった。」というオーストラリアのメンバー構成も関係しているとは思うが、先のとおり、3試合とも動きやすい環境で試合をすることができた点が大きかったと言える。
他にはガーナの試合、アメリカの試合、ロシアの試合、韓国の試合が軒並み上位に来ている。プレースタイルと気候が大きく関わってくるが、これらのチームが絡んだ試合は展開が速くて、面白い試合が多かったのではないかと推測できる。 決勝トーナメントの1回戦のアメリカとベルギーの試合は文字通りの死闘となったが、不利な条件と言える延長戦であるにも関わらず一桁順位になった。
日本代表の試合の順位は低めである。3戦目のコロンビア戦の30位が最高で、1戦目のコートジボワール戦は45位で、2戦目のギリシャ戦は49位。ということで3試合ともアップテンポにはならなくて、全体の運動量は乏しかったと言える。ポジティブに表現すると慌ただしいサッカーではなかったと言えるが、日本チームだけでなく相手チームの動きも少ない試合になったと言える。
開催地に着目すると、やはり、ポルトアレグレやリオデジャネイロやサンパウロやクリチバなど南部の都市で行われた試合は上位に位置する傾向があって、レシフェやマナウスなど過酷と言われた都市で行われた試合は下位に位置する傾向がある。ただ、日によって温度や湿度は違ってくるので例外もある。最下位の60位はポルトアレグレで行われたドイツとアルジェリアの試合だった。
■ もっとも数値が高かったのはクイアバ 結局、開催地でどのくらいの差が生じるのか?という疑問を解決するために、開催地ごとに平均のDIS値を算出したのが表3である。2チーム合計のDIS値の平均が高い方から順番に並べているが、221.476のクイアバが1位になった。クイアバは南寄りになるが、雨の少ない地域と言われている。比較的、気温は高かったが、湿度が低かったので、動きやすい環境だったと考えられる。
結果はともかくとして、日本代表がもっともいい内容のサッカーが出来たのはクイアバで行われた3戦目のコロンビア戦だったと思う。前の2試合で噴出した課題を少し改善できたことや選手を代えたこともその理由と考えられるが、動きやすい環境だったことも大いに関係していると想像できる。逆に言うと、1戦目に動きの良くない選手が多かったのは環境の問題が大きかったと言える。
3戦目のコロンビア戦が行われたクイアバと1戦目のコートジボワール戦が行われたレシフェの差は「7.614」なので、990(11人×90分)を掛けると7537.6125(メートル)となる。90分の試合ではチーム全体として3.77キロほど走行距離に差が生じる。運動量で相手を上回って主導権を握りたい日本にとっては大事な初戦が「動きにくい環境」と言えるレシフェだったのは不運だった。
表3. 都市別のDIS値の比較
| 試合数 | DIS値(2チーム合計) | 備考 |
クイアバ | 4 | 221.476 | 日本 vs コロンビア |
リオデジャネイロ | 6 | 220.288 | |
サルバドル | 6 | 217.775 | |
ベロオリゾンテ | 5 | 216.639 | |
クリチバ | 4 | 216.524 | |
ポルトアレグレ | 5 | 215.715 | |
サンパウロ | 5 | 214.631 | |
ナタル | 4 | 214.425 | 日本 vs ギリシャ |
レシフェ | 5 | 213.862 | 日本 vs コートジボワール |
フォルタレザ | 6 | 211.675 | |
マナウス | 4 | 210.401 | |
ブラジリア | 6 | 210.022 | |
■ 試合の時間帯によってどのくらいの差が生じるか? 念のため、キックオフ時間とDIS値の関係をまとめてみた。これが表4である。FIFAの上層部は日程を考えるときに「高温多湿な環境のところはできるだけ遅い時間帯に試合を行う。」という風な配慮をしていると思うが、暑さの影響で選手の動きが鈍る可能性がある13時キックオフの試合の数値が極端に悪くなることはなかった。むしろ13時キックオフの試合の平均値は高めである。
表4. キックオフ時間によるDIS値の比較
キックオフ時間 | 試合数 | DISの合計値 |
13時 | 24 | 217.434 |
16時 | 12 | 215.206 |
17時 | 13 | 211.018 |
18時 | 6 | 218.606 |
20時 | 4 | 212.690 |
22時 | 1 | 207.568 |
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日本代表は32カ国中で19番目 ~ブラジルW杯の走行距離について~ (下) に続く。
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