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機動戦士ガンダム00 【全体の感想】【リボーンズキャノン】 

機動戦士ガンダム00、ついにテレビシリーズは完結。
残った伏線やら、外宇宙の脅威という話は劇場版に任せるとして・・・。
それでは全体の感想を書いていきたいと思う。

まずは1期の感想を。

武力介入をして戦争根絶を目指すというソレスタルビーイングの行動理念は
武力という絶対的な矛盾を最初から孕みつつも、それゆえに緊張感ある展開が続いた。
特に北アイスランド問題を解決するエピソードは「スタッフ本気か!」を印象付けた。
このテーマに沿っていた時期はキャラの話(ドラマ)は控えめにしつつ、
政治情勢や経済問題を積極的に取り上げる事でリアリティを確保していた。

ただトリニティが出てき始めた頃から話の方向は一変する。
話の主軸は各キャラクターの因縁に引っ張られテーマ的なものは奥に引っ込んだ。
そしてルイスの事故やソーマ(マリー)とアレルヤの話がクローズアップされていった。
ただ話がキャラクターに寄り添う事で、感情移入でき見やすくなったのは確かだ。

そして1期の最後がソレスタルビーイングの敗北という結末は
彼らの行動の限界があったという意味で説得力があったと思う。


続いて2期の感想を

2期の印象として、前半は勢いがあった物語を後半ではちゃんとまとめようとして、
作品そのものの勢いを削いでしまったかのような印象を持つ。
前半は00への主役メカチェンジ、マリーとアレルヤの邂逅、メメントモリ攻略戦等
盛り上がる話が多く、その盛り上がりは軌道エレベーターのデブリを全勢力が
取り除こうと一致団結した所で頂点を達したかのように見えた。

しかしそれ以降はキャラの在庫整理的な展開が進展し、
キャラの絡み合いも前半に比べて大きく進展することも無いように見えた。
またリボンズや、アロウズのグッドマンや八尾一樹の敵も含め
敵キャラが小悪党な感じになり、陳腐化してしまった。
これは00という作品が、キャラクターより物語先行の作劇で、
話(物語)を畳む為にキャラクターをある一定の枠にはめてしまったからだろう。
この手法はうまく機能すればまとまりが良いのだが
逆に失敗するとキャラが立たず、キャラの良さや勢いを殺す事にも繋がる。

比較するとすれば、ガンダムSEEDは逆にキャラクター先行の物語で、
キャラクターが物語を引っ張っていくスタイルの作品だ。
ただキャラクターと物語のバランスがギリギリ取れていた
前半はお話的にもまだ盛り上がれたが、後半、そしてデス種になるにつれて
キャラクターに物語が引っ張られすぎて、物語が崩壊してしまった。
象徴的なのは種デスは最初、シンが主人公だったのに最後はキラに変わってしまった事だ。
監督や脚本がキラやラクスに凄く肩入れし、良くも悪くも作品を大くき捻じ曲げてしまった。

さて00に話を戻すと、00のテーマは戦争根絶の為に何をなすべきか?だったのだが、
結局は「そうした心持ちを持ち続ける」という所で終ってしまった。
そこを最初から目的と定めていたのかは知らないが、
1期前半をみると、もっと描けたのではないかと少し残念に思う。

結局、00を見ると、何度もアニメ化を試み、膨大な作品数と多数の作り手が関わり続けた
ガンダムというシリーズを新たに立ち上げることの困難さを改めて思い知る。
噂レベルの話だが、ガンダムSEEDは最初監督が決まらず、福田監督だけが
やりたかった話を聞いた事がある。作り手にとってもガンダムは鬼門なのかも。

ここまでガンダムをやりつくしていると、お話やキャラ、MSのデザインも含めて
新しい切り口というのを獲得するのが非常に困難なのは容易に察しがつく。
これは話の面で黒田洋介という力量のある脚本家でも突破できたかというと、
相当に困難だったのではないだろうか。結局、私見だが体裁を整える段階で
00は終ってしまった印象がある。

黒田は特に富野監督作品のガンダムのネタをちりばめて本作の話を構成した。
後半各キャラに言わせていた「わかりあう」「わかりあえない」というテーマの切り口は
富野の十八番話だしね。黒田の思うところは「その再生を破壊する」
という言葉に象徴されるように、既存のガンダムを破壊して、新しいガンダムを
作りたかった願望があったはずだ。だからこそ最後の敵を1stガンダムそっくりの
機体に乗せたアムロの声の人でシャアみたいな選民思想もあるリボンズにし、
「俺がガンダムだ」という刹那という新しいキャラに倒させる事によって
成就させようとしたのではないか。と思う。

この試みが成功したかはともかく、00はそんな話だったのではないかと思う。

作画については、驚異的な安定度だったた印象。
特に印象に残ったのはメカ作画の高瀬健一氏かな。
全体的なメカ作画について質は問題ないが、演技というか見せ方に若干不満がある。
それは動きすぎていて、印象に残るほどのカッコいいシーンがあんまし無い点にある。
ただこのレベルで不満を言うと、もうこれ以上は無いのも現状ではある。

音楽は私の大好きな川井憲次がガンダムに参加してくれた事実だけで満足。
いつもの通りの川井憲次節が発揮されてた印象だが、ガンダムの世界観との
親和性が高かったは疑問かな。

とりあえず、こんな感じです。

25話の感想はこちら、TBもこちらに↓
【リボーンズガンダム】機動戦士ガンダム00 2nd season 第25話「再生」【感想】



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[ 2009/03/30 13:33 ] 機動戦士ガンダム00 | トラックバック(-) | CM(5)
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2009/04/02 22:51 ] [ 編集 ]
こういう場にコメント投稿したことがほとんどないのでやり方が間違っているかもしれないことと、こんな今更な投稿で申し訳ありません。

00は、放送開始直後に、監督がインタビューで
「戦争根絶なんて無理に決まってる」
と言っていて、そうした目標を持つ組織の中の刹那という主人公の成長を描く物語にする、と言っていた筈なんですね。
本当に多くの方が戦争根絶への具体的な回答を期待していたようで、ここと同じような不満(?)を持ってるみたいですが。
監督は作品内の戦争がアニメの出来ごとではなく、現実と地続きのものなんだと子供たちに感じてもらえるように西暦設定にし、ネタを散りばめた、と言っていまして、
個人的にはですが、確かに発言通り、その範疇を離れて、具体的に戦争根絶へのアプローチを見せようとしていたようには思えないのです。
実際、作中でも武力介入による行動はイオリア計画第一段階
への布石にすぎず、本題はその向こう、と説明されていましたし。

もし気が向いたら、最初からそういう視点で話を見つめ直してみたら違う発見があるんじゃないか、と思ったので、書かせていただきます。
序盤を世界観の説明に費やす構成にしたせいで、そうと捉えられてしまったのかなとも思うので、それは構成の段階に問題があったのかな?とも思いますが。


それと、戦闘のお話ですが、ご自分でも仰っているようそれは贅沢以外の何物でもないというか、それはもう人間の欲は満たされれば満たされるほど高まっていくということじゃないでしょうかね(笑)


ケチをつけるようですが、00が既存のガンダムを壊す作品であったように受け止められたのならば、音楽に親和性が必要なのでしょうか?
ここは00が好きな身としまして、ちょっと横暴なんじゃないのと感じたので。大人げないですが。
長文、読んでくださってありがとうございました。
[ 2009/07/17 20:28 ] [ 編集 ]
戦争根絶という題材は視聴者的に興味をそそられるものだったので、
どんな結論であれそこをどう描き、語るのかをみたかったですね。
不満に思うというのは、それだけ期待してた証拠です(笑)
1期は良かった思うのですが、2期の終わり方が消化不良の印象です。
あれだけ尺があったのに「俺達の戦いはこれからだ」という2期のオチは
打ち切り漫画ではあるまいしと思っています。

「戦争根絶は無理」という監督の発言、それは誰でも言える結論ではないでしょうか。
そんなありきたりな事言わずに、もっと頑張ってほしかったです(贅沢かな?)
そして刹那の成長物語という観点で見たら、序盤のキャラ立てがイマイチだったと思います。

>音楽に親和性が必要か

親和性っていうのは、00の作品に川井憲次の曲がマッチしてたかどうか、
もしくは音楽が作品世界に貢献してたかという言い方でしょうか。
というのは、知り合いから「曲の印象が残らない」という意見があったので。
なので、ご指摘の既存のガンダムを壊す作品という所と音楽の親和性は
全く別の話だと思うのです。ただ私が意図を読み外してるかもしれないので
もう少し詳しく聞かせて頂けるとありがたいです。
[ 2009/07/23 04:02 ] [ 編集 ]
お返事ありがとうございます。


「もっと頑張ってほしかった」と言いますが、多分言い訳でも何でもなく、
本心から監督の根底には「戦争根絶は無理」という思いが
前提のように横たわっているんじゃないかと思いますよ。
00は様々なキャラクターが自身の争いについての捉え方を表現していましたが、
その中で特に理屈をこねることもなく「戦争根絶は無理」と
率直に断じていたカティやセルゲイの姿が、そうした部分では一番監督に近いというか、
分身的なところがあるのではないかな。

漫画を例えに出すのが僕の限界で、程度を披露するようでお恥ずかしいのですが、
デスノートの終盤で自分の思想とその根拠を散々語って見せた月を
ニアが具体的な反論をするまでもないとでも言うように「殺人は悪」の一言で一蹴していましたよね。
スタンスとしてはあんな感じで、監督にとっては、
人間の業がある限り絶対的に忌避できないものの代表として
戦争は位置づけられているのではないかな、と感じますね。

だからこそ度々
「視聴者(や子供)に考えてもらいたい」
「関係ないと割り切らないでほしい」
という発言が出るように(この旨の発言は鋼の錬金術師の時にもしていました)、
「分かりあう気持ちを持つ」ことを重視する部分に到達したのでは。

それはインタビューが放送後あるいは放送終了間近の最近のものどころか、
最初期に分類される頃のものだからというのと、
次第に明るみに出てきたSF的要素、イオリア計画の内容、
また一期の後半以降政治的なお話が影を潜めて来た辺りからも、
戦争根絶はCBの理念であって作品のテーマではないんだと
読み取れもするのではないかと思いますし。

特に戦争をなくすための思想的なお話が作りたかったのなら、イオリア計画の全貌は
「武力介入による地球圏統一」という、
作中で第一段階とされていた部分が最終行程でいいはずですし、
ましてやイノベーターなんて出さないのではないかな、と考えます。
(戦争根絶の具体的手段の一例として本気で上位種による人類管理を提示したとは思いにくいので)

そういう自分も昔は00は戦争根絶への回答を与えるアニメだと思い、
それ故に振り回されてた時期もありましたのであまり大きな顔は出来ませんが、
そういう事を目指したアニメではないんだと思って振り返れば見方も変るのではないか、
と思って意見させていただきました。
期待せずにただのアニメとして見ろ、ということとはまた違うんですが。
そういうアニメとして、あるいは群像劇としてはほぼキチンとそれぞれが完結しているとも思いますし。
(一部劇場版に持ち越された要素もありますが)


ただ確かに最終回は不完全燃焼でした。CB存続ENDが原因とは思わないので、
おそらく劇場版に先送りしたドラマや各キャラの終着点があるからではないかな。
「来るべき対話」もそうですね。
またまたインタビューですが、劇場版制作が決定したために、
ラスト2話の脚本を一部変更したとも語っていましたし。
グラハムなんかは絶対最終回に一期同様どうにか登場する予定だったでしょうし(笑)、
自分のようなファンには最終章が映画のクオリティで見られるというのは嬉しいことですが、
テレビで普通に見ている方には残念な形になったのかもしれませんね。



刹那のキャラ立てですが、これは予定通りだそうです(出自は別の監督インタビューですが)。

「一期で刹那がどんな人なのかをやって、二期ではその先を描く。
一期の前半掴み辛いキャラにしたのもそう。
ただもう少し刹那と、刹那の中のガンダムというキーワードを有機的に繋げる予定が、
そこは薄くなってしまった」

とのことです。
もちろん本心かは分かりませんが(笑)
一期は中盤から、二期は初めから刹那について描けていた(と個人的には感じた)ので
まあいいんじゃないでしょうかというよりも、僕は気にならなくなりましたが。



音楽についてですが、これは「歴代ガンダムのイメージにそぐうか」という意味で捉えていましたね。
すみません。こちらの勘違いでした。
「00がガンダムを壊す作品なら音楽が歴代のイメージにそう必要はあるのか?」
という意味で発言していましたが、そういうことなら単純に00の音楽の良し悪し、
音楽に統一性や作中の雰囲気を作る力があるかどうか、という意味ですよね。
これはむしろ個人的には、00の音楽の統一性は高く、
また映像と合わさるととてもマッチする代わりに単品で聞くと、
インパクトの弱い音楽だとさえ感じるほど印象が変るので同意はしかねるところですが・・・。



関連して最後に書かせて頂きますが、
エクシアVS0ガンダムがガンダムを壊すための展開というのは、本当にそうかな?と思います。

「ガンダムの新たなスタンダードになれるような気持ちで」

「今までのガンダムとは違う形でアプローチしていく事を目指す(勢力構造や世界観など)」

という発言はありますが、脚本家の黒田さんが言うには

「スクライドの頃からそうしていたように、
最後は泥臭い殴り合いの方が想いを伝えられるのではないか、
と思っていたので、特殊能力抜きの原点である旧式機に乗せた」

のが理由だと語っていました。
もちろんこれが全てかは分かりませんし、
これ以前にエクシアVS0ガンダムの図式に意味が合っただろうことは
作品を見ていれば誰でもわかることでもありますので、全てを明かしてはいないでしょうが。
もしあれがガンダムを壊すために意図したのなら、
同じくシャアの台詞を連呼していたグラハムにも、
そうしたメタ的な意味を持たせていたと言えそうなものですが、そんなこともないと思うので。


前回よりも取りとめのない長文になってしまい、すみません。
読んで下さりありがとうございました。
[ 2009/07/25 17:22 ] [ 編集 ]
戦争根絶がテーマでないのは2期ではスポイルされていたのでわかってるつもりです。
そして戦争について考えてほしい事と、刹那の成長物語の2点を作品の柱にしてたのも
理解してますが、どうもその視点に興味が湧かない+面白く感じられないのです。
それは、その2つがどっちも手垢にまみれている話に見えたからでしょうか。
(これは個人の話の嗜好性でもありますが)

戦争根絶についての部分を見たかったのですが、
作品の方向性と私の興味を持った部分が違っていただけの話です。
戦争根絶がテーマなら、その無茶な設定ぶりに個人的には楽しめたでしょうね。

音楽に関してはわかりました。

エクシアと0ガンダムの戦いに関してのご意見で
「最後は泥臭い殴り合い」という黒田の説明を引用されていますが、
これはバトルの状況設定の理由付けであり、テーマとはひとまず切り離すべきかと。
仰られてる通り、エクシアVS0ガンダムの図式に意味があるように感じる事が重要で
1stに似た0ガンダムをエクシアが倒す状況を察して、それを既存のガンダムを破壊するという
解釈をしたほうが間違いでも個人的には面白いとは思うのです。

端的に、エクシアで1stを倒したいという状況設定をしたかったとは思います。
[ 2009/07/25 22:23 ] [ 編集 ]
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