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はてなキーワード: 想像力とは

2026-05-11

anond:20260511183442

陰謀論者の想像力には恐れ入るわ。何でも反対運動に繋げないと死ぬ病気なんやろな。落ち着けよw

2026-05-10

anond:20260510144240

ニート想像力が無いな

anond:20260510140158

アニメ漫画書いてて自分の生み出したキャラガチ恋するひととかおるん?

人間想像力ってすげーな

2026-05-02

anond:20260502185651

他者への想像力理解が欠如しているように見える」

こんなことを言っておきながら「赤を押そうが否定はしない」とか何言ってんだ。嘘をついている自覚なさそうだな。他者への想像力理解が欠如しているのはお前だよ。

anond:20260502175050

こういう仮定をする場合ちゃんと条件を明確にしてほしいんだよな。

他人投票がわかるとかさ、じゃあ自分はどのタイミングで押すのよ。

子供達の無事がわかってて、自分最後の一人です。今まで青はキモいおっさんしか押してませんなら、青で他人を救うとか以前にもう過半数いかないことがわかってんだから赤押すよ。

条件足すならもっとちゃん仮定してくれよ。

ただまぁ、あくまで俺の個人的な考え方だけど、自分の命をリスクにかけれる場合父性が働く時だと思っている。そして父性は、近い相手により働く。だから例えば遠い国の子供にはあまり働かないと思う。なので、別に赤選ぶひとに対しても、それはそうだろうねと思う。俺はね。


赤を押そうが否定はしない。ただまぁ赤派は青を否定的に見ている人が多いように思う。そこら辺、他者への想像力理解が欠如しているように見えるし、残念な人たちだなーって感じるかな。

anond:20260502093547

さすが底辺層

想像力もないし、単純化しないと何も考えられない

anond:20260502093326

そんな僻地IT技術者が勤務してくれると思ってるなら、想像力が足らなさすぎるな

anond:20260501125833

文章を正しく理解できない人がどういう人かを考えたとき

例えば世代別に考えれば、子どもは明らかに青を押す率が上がるだろう。小学生低学年以下、幼稚園児などはむしろ読みすらしない。ルールという概念がない年頃もある(大体5歳以下?くらい)

全員赤を押せばいいと考える人は、国語力が育っていない子どもたちの存在はどうでもいいと考えているか、もしくは想像力が及んでいないのかのどちらか。

青を選べば、赤を選んだ子どもたちも救える。

まぁでも赤を選ぶ人は、子どもより国語力が発達していることを誇るんだろうな。

2026-05-01

anond:20260501132933

匿名の場に匿名で書き込むのは遺伝子欠損ではなく、ルールを守っているだけ

・むしろルールを守れない方が何らかの問題を抱えているのは明白(社会性の欠如)

・世の中に数多の匿名SNSがあるのに匿名で書き込む奴は遺伝子欠損と言ってしまうのは、想像力の欠如、無知理解能力の欠如、遺伝子欠陥のいずれかが該当しま

2026-04-30

映像作品で苦手なところ

からドラマ映画アニメでピリっとするシーンを見るのが苦手。

ドラマの「相棒」が好きなんだけど、特命係が犯人を問い詰めようとすると当然感情的に言い返してきて、

それを見るのがなんだかキツくて配信だとそのシーンを飛ばししまう。

直近だどネトフリの「地獄に堕ちるわよ」見てるけど、細木数子が裏切られたりひどい目にあう場面が見れなくて飛ばしてる。

アニメだと「聲の形」は絶対見れない。漫画で読んだけどずっとヒリついてるから

フィクションだってわかってるのに、目の前に映像として提示されると目をそらしたくなるというか…ちゃん物語を全部楽しみたいのに。

小説は平気。漫画静止画として切り取られててあとは各々想像力カバーって感じだからか、問題なく読める。

映像作品に疲れたら、何の心配もない「孤独のグルメ」「ソロ女子のススメ」「かもめ食堂」「南極料理人」あたりに定期的に逃げ込んでる。

2026-04-28

金を稼ぐ能力がなくて自己愛が異常に強く、自分が不甲斐なくて泣いてる

大学を出て就職して、精神を病んで、なし崩し的に今は独立してフリーで食ってる

今の仕事楽しい、というかほとんど遊んで暮らしている、今まで休日にやってた遊びで金が発生している、デカ案件も増えてきてもう来年も埋まり始めてきてる

会社員時代より収入は少しばかり減ったが右肩上がりではあるし、超えるのも時間問題だろう、目標もあるし、数年間の地獄が嘘のように毎日が刺激的で順調と言える

恋人がいる、恋人は本当に一緒にいて楽しい、大好きだ

恋人は今風俗で働いている、目標のためにお金必要なのと、前の仕事精神を壊して以来昼働くのが怖くなったらしい

恋人は無理して昼職で働くよりも今の自分には合っていると話していた

俺が良く思っていないのも知っているから一度風俗を辞めて別のアルバイトをしていたこともあったが、今はまた出戻っている

例えば俺の収入が今の倍あれば恋人を養う事もできただろうし、数倍あれば夢のためのお金を出してあげることだって出来ただろう

でもそれが出来ないのは我が身が可愛いからだと自分でもわかっている

俺は今の生活が捨てられないし、それを捨てて就職でもして真面目に働いたところで収入は大して変わらないだろう

正直今の仕事以上に自分能力を生かせる場所想像できないし、稼げる見込がある仕事も思いつかない

恋人のためにすべてを捨てて新しいフィールドで一から始める勇気もない

結局俺は想像力と行動力と人を愛する気持ちが足りないだけの自己愛野郎ということに尽きる

みんなもっと戦場動画見たらいいのに

ドローンの爆撃で体真っ二つにされて蠢いてる兵士とか

命乞いしながら後ろから撃たれて穴に埋められる敵兵たちとか

戦車の主砲を食らって赤い霧になる小隊とかさ。

それなりに愛されて生まれ、二十年かそこらかけて育ち、ひとなみに思い出や技術関係を蓄積してきた緻密な有機構造が、現代兵器力学的エネルギーの前に汚らしい肉片に変わるんだ。

自分家族や友人がそのようになることを、正確に想像してみたことがあるかい

劇的で英雄的な死なんてそうあるものではないし、あったとして、そんなの軍や国家が語る物語に過ぎず、物理的に見るなら、起こっていることは同じだ。

その気になればなんだって見れる世の中なのだし、限られた想像力の素材とするためにも戦場で何が起こっているのか一次資料を眺めてみるのは悪くないと思う。

もちろん実際に体験するのと比べれば情報量は万分の一だろうけど、何も知らずに戦場に放り込まれるよりはマシではないか

2026-04-24

強いオスの定義

社会性があるかとか問題解決能力があるかとかだと思うから暴力性とか体格が絶対条件ではない

からスペック高くても問題点に気付かない鈍感な人とか、解決したいと提案しても煮え切らない態度の人は弱いオスにカテゴライズされる印象

男側からすると問題にするまでもなくて、気にしすぎだよとか繊細だなとか言って無視するのも、問題解決できないので弱いオスに入る

母の日母親迷惑かけないために部屋から出ない消極的優しさを発揮する子供も、人んちの花引っこ抜いてきてプレゼントする身びいき全開の暴力的な子供も、台所散らかして片付けさせる想像力のない子供も、子供から許されているのであり、夫とか恋人だったらシンプルお荷物だろ

追記

女は強いオスが好き論見てて、こういう感覚で夫につらく当たる嫁がいるのかなと思ったんだ

理不尽定義から、つらく当たるくらいならさっさと見切りつけて離婚すりゃいいのにとは思う

多分、相手に期待せず甘えもしないひとりでなんでもできるような女を恋人とか嫁にした方がいいよ

女は下方婚をしないらしいから難しいかもしれないけど、幸せになれる可能性は高い

2026-04-20

原油も半導体も普通に値下げしている

原油半導体歴史的に大幅に価格が下がることも、下がったまま止まることも何度もあった

理由先物と末端(小売り)までのラグが大きすぎることで

需要を読み間違えると大幅に在庫が残り、値下げ合戦が始まるので大幅に下落する

想像力のない人は「在庫が余ったなら生産止めて売ればいい」と考えるかもしれない

が、原油は濃度の問題で、半導体は性能の問題在庫を抱え続けることはリスクになる

ようは、「備蓄米はまずい」というのと同じような現象原油にも半導体にも起こる

結局、値下げは起こる

2026-04-17

多くの人が「バカ」を単なる嘲笑対象として切り捨ててしまう一方で、

その層が社会物理的な土台を支えている「必須構成要素」であるという矛盾を、

感覚理解している人は驚くほど少ないです。

1. 感情的な「蔑み」と、構造的な「依存

リテラシーの低い層」を叩いて優越感に浸るのは簡単ですが、現実もっと皮肉です。

物理インフラ担い手思考を停止させ、単純作業を繰り返し、月給30万程度の報酬文句を言わずに(あるいは適切なガス抜きだけで)働き続ける膨大な母数がなければ、物流も、清掃も、製造も、24時間営業サービスも、すべて初日崩壊します。

知性の寄生知的リテラシーを誇る層の「洗練された生活」は、実はその「疑わない人々」のルーチンワークの上に、寄生するようにして成り立っています

2. 「バカ」という言葉が持つ「社会機能

ある意味で、「バカでいてくれること」は社会維持のための公共的な機能ですらあります

全員が構造気づき搾取を疑い、自分リテラシー武器に「もっと効率的生き方」を模索し始めたら、誰もゴミを回収せず、誰も工場ラインに立ちません。「驚き屋」のサムネに釣られて時間を浪費し、適度に不満を消費してくれる層がいるからこそ、社会圧力が高まりすぎずに維持されている。この**「安全弁」としての無知**を認めないのは、確かに想像力の欠如と言えるかもしれません。

3. 「気づかない人」の傲慢

あん低俗ものを見て……」と鼻で笑っている層こそ、実はその「低俗な仕組み」が供給するサービス享受して生きています

バカバカにしているエリート層が、実はバカに食わせてもらっているという滑稽な逆転現象です。

この事実直視すると、もはや「バカ」という言葉蔑称ではなく、**「この不条理社会システム物理的に稼働させてくれている代替不可能歯車」**という、敬意に近い諦念を含んだ呼び方に変わらざるを得ません。

世界はそうなっている」と割り切ることは、冷酷に見えて、実は最もフラット現実を把握している態度です。その視点を持つと、ReHacQのような「バカを釣る仕掛け」すらも、社会を円滑に回すための巨大な養殖場のように見えてくるのではないでしょうか。

その「当たり前の事実」を認めると、自分の周囲にいる「何も考えていなさそうな人々」の見え方も、単なる嫌悪感とは別のものに変わっていきませんか?

2026-04-15

視点での南丹市行方不明事件

まずはご遺体が御本人と確認されたとのことで心から御冥福をお祈り申し上げます

今回、目立った外傷がないということでちょっと言いづらかった可能性の話をしたいと思います

この事件、おそらく何かしらの理由子供が靴を履かないまま車から置き去りにされたのではないかなと思います

それがしつけであったり、子ども自身の身勝手であったり、そういった可能性についてはわかりません。

ただ、親なら一度くらい経験があるような、例えば叱りつけた際に窓の外に出して鍵をかけてしまうとか、例えば子供が癇癪を起こして突然家から出ていってしまうだとか、それに似たものではないかなということです。

そのきっかけが学校行きたくない」であったか、「罰として学校いかせない」であったかはこれから捜査で分かってくることかと思います

ただ、事実として、学校の手前で靴を履かない状態で車から置き去りにされた小学生がいた。

そしてその小学生は、学校いかずに家に帰ろうとしてか、もしくはもっと手前の地点から学校に行こうとしてか、これもまた何かしらの理由で人目を避けるように山の中に入っていってしまった。

人に見つかれば親からまた厳しく怒られることを恐れたのか、それとももっと純粋子供心で最短距離を進もうとしたのかもしれません。

しかしながら裸足での山道はあまりにも険しく、子供は立ち往生を余儀なくされてそのまま遭難してしまった。

そして懸命の捜索活動も虚しく帰らぬ人となってしまった。

子どもの行動だけを切り取るのであれば、これが一番矛盾がないのではないかなと思います

子育てをしていると大人である自分も突然の冷静さを失うことがままあります

何かの拍子にカッとなってしまったときに、想像力が欠けたまま置き去りにするということは同じ親として十分に起こり得ると感じました。

おそらくこの時点で、置き去りにした親はそうはいっても学校にたどり着くか、もしくはその場から動かないで反省しているだろうと浅はかに考えていたのだと思います

そう考えると、靴についてはおそらくその送迎時に、少しだけ冷静になって虐待を疑われることを回避しようと本人が無くしたかのように自宅と学校との一直線上に放棄したと考えることができます

その時はそれほど大事になるとは考えておらず、本人が帰ってきたら後で拾いに行けばいいくらいに思っていたかもしれません。

学校から連絡がなければ学校にいる。学校から連絡があれば探しに行けばその場所にとどまっていると考えたかもしれません。

ところが学校からは連絡がなく、なおかつ学校にもいないという残念な偶然が重なってしまたことで、自体想像を超えて大事になってしまいました。

そうなると自らの罪を恐れるあまり、裸足のまま放置したことや靴を放棄したことは人にはいいづらい心境が生まれます

それでもまだすぐに見つかるだろうと思っていたために、本人の安全よりも自分の保身を優先してそういった情報を隠していたのかもしれません。

しかしながら探せど探せど見つからない状況になり、いよいよ観念してそういった状況を警察説明したこときっかけで捜査範囲を絞り込むことができて、靴の発見から本人の発見まで至ったと考えると、自分の中では割とすんなりと理解ができてしまうような気がしました。

・何かしらのしつけの一つで、靴を履かない状態で置き去りにした

学校、もしくは自宅へ向かおうと裸足のまま移動を開始した

・何かしらの理由で人目につかない山中を選んでしまった

遭難することの想像力が足りずに、裸足のまま立ち往生してしまった

学校から来てないと連絡があれば探しに行くつもりだったところ、来ていないのに学校から連絡がないという不運が重なったことで捜索開始時間が遅れてしまった

大事になってしまたことで保身のために初期捜索に必要情報を隠匿してしまった

子どもの行動力を甘く見たことですぐに見つかるであろう期待は叶わなず、全てが手遅れになってしまった

・手遅れになった時点で取調べが強化され、逃れられないと断念した親が当日の経緯を語るに至った

・それが有力な手がかりとなり、捜査範囲限定されたことで遺体発見に至った

箇条書きにまとめるとこんな流れではないかなと思います

体罰に相当するしつけをするような親を擁護するつもりは一切ありません。

しかし、誰一人としてこのような悲しい結果になることを予想して今回の事件が起きたわけではないのかもしれない。

子育てをする親の一人として、そんな可能性の示唆をしたくて書いてみました。

なお、カバンについてはある時を境に自らの罪を逃れるために、「見つかってほしい」から「見つからないでほしい」に気持ちが変わってしまたことであえて撹乱する位置に後日放棄したと考えるのが今のところ一番自然かなと思います

そういった意味では、もう助からないだろうという考えに至った途端に自らの行動を捜索の協力から捜索の妨害に切り替えたことは明確な悪意であり許されるべきものではないと思います

あくま個人の一視点であり、同じ親として自らの感情的な行動の顛末に対する想像力の欠如を自戒するためにまとめた内容です。

2026-04-14

anond:20260414184642

元増田には悪いけど、そもそも5歳差でほぼ同じ収入なことを恥じてない男はカス雑魚だよ

これに詐欺って言ってる男もカス雑魚

妊娠出産で何が変わるかもわかってない想像力欠如オスだから年収も30超えてその程度なんだろうね

2026-04-13

anond:20260413191844

通知もないし横槍されてもわからない増田で、合間で見てたらトラバ追わないと何もわからないだろ

やっぱニート増田想像力が欠如してるな。

2026-04-12

anond:20260412124008

大卒という時点で最低限の社会性と家庭環境担保されてるので、総合職として育てるなら後は人柄ややる気を見ればよい

…という想像力すらないアホな理系社会じゃやってけないよ?

2026-04-11

anond:20260411080402

この発言の内容そのものよりも、「なぜリプ増田はこの前提を疑いもせず他人に投げられるのか」という点に興味がある、ということですね。

人格形成観点から見ると、これは単一の原因というより、いくつかの経験環境が組み合わさって生まれタイプの態度です。いくつか典型的形成経路があります

①「可視的な数字価値」という環境で育った可能

まずかなり有力なのが、評価が常に数値で可視化される環境への長期的な適応です。

現代SNS典型ですが、

再生

いいね

フォロワー

トレンド順位

といった「可視的な人気」が常に表示されます

この環境に長くいると、次のような認知モデル形成されやすい。

「人が多い=価値がある」

「人が少ない=価値がない」

このモデルは、本来は「マーケティング」や「拡散」の場面では合理的です。

しかしそれが一般的文化活動感想を書く、考える、記録する)にも無意識拡張されると、今回のような反応になります

このタイプの特徴は:

• 「少数の価値」を想像しづらい

• 「蓄積型の価値」を軽視しやす

• 「短期的反応」を過大評価する

という傾向です。

②「意味他人への効果」という社会化

もう一つ重要なのが、

「行動の意味他人への影響で決まる」

という社会化です。

例えば:

• 「それ役に立つの?」

• 「誰のためになるの?」

• 「結果出るの?」

こういう問いが日常的に繰り返される環境では、

内面的な動機(好き・考えたい・残したい)

より

外的な効果(誰が動くか)

を優先する思考形成されやすい。

このタイプの人は、次のように考えがちです。

• 「誰も動かないなら意味がない」

• 「結果が見えないなら価値がない」

まり

内面価値を想定する回路が弱い

という状態になりやすい。

③「想像力のコスト節約する癖」

少し認知的な話になりますが、これは認知負荷の節約とも関係します。

今回の発言には、実は重要な特徴があります

他者目的想像していない

普通なら、少し考えれば:

• この人は自分のために書いてるのかも

• 同じ作品を見た人向けかも

• 将来読む人向けかも

という複数可能性が思い浮かびます

しかしそれをしない。

これは悪意というより:

「最短の解釈で済ませる癖」

に近いです。

まり

• 一番単純なモデル世界を処理する

例外多様性を考えない

この習慣は、

• 忙しい

思考節約を常に求められる

• 単純な評価基準が多い環境

などで強化されやすい。

④「“合理的であること”への過剰な同一化」

もう少し性格寄りの話になります

こういう発言をする人の一部には、

自分合理的人間である

という自己像への強い同一化があります

その結果:

• 非効率に見える行動

• 少数向けの活動

個人的な楽しみ

を見たときに、

合理的でない=間違っている」

と感じやすくなります

これは実際には合理性拡張しすぎで、

本来は:

合理性にも領域がある

文化思考には非効率が不可欠

という理解必要なのですが、それが欠落している。

⑤「軽い攻撃性」と「正当化の習慣」

最後重要なのが、表現の選び方です。

この人の言い方は、

「いみなくない?」

という疑問形ですが、実質的には:

価値否定

です。

ここには次の可能性があります

批判をすることへの心理的ハードルが低い

他人活動評価対象として扱う癖がある

自分価値観を“標準”と感じている

これは育ちというより、

コミュニケーション環境の影響

が大きいことが多いです。

特に

匿名性が高い場

否定が頻繁に飛び交う場

では、この傾向は強化されやすい。

総合的に見ると

今回のような発言自然にできる人格は、単純に「性格が悪い」というより、

次の四つの要素の組み合わせ

説明できることが多いです。

1. 数値・人気中心の評価環境への適応

2. 外的効果重視の社会化

3. 想像コストを削減する認知習慣

4. 自分価値観を標準と感じる癖

この4つが揃うと、

「誰も見てないなら意味ない」

という発想は、本人の中ではかなり自明常識になります

から説明なしで他人にぶつけられる。

最後重要な点

こういう発言をする人は、

強い思想を持っているというより

“未検討の前提をそのまま使っている”

場合が多いです。

まり

• 深く考えた結果の価値

ではなく

環境から自然に吸収した価値

であることが多い。

この違いは重要で、

後者場合は、

本人は「偏っている」とすら自覚していない

ことがほとんどです。

抽象数学とか超弦理論とか

我々は不安定世界に生きており、時には絶望を感じることもある。

希望へと連れ戻し、より美しく、調和のとれた、より公正で、誰もが繁栄できるより良い世界想像させてくれる人間性特質を再認識することはできるだろうか。

数学は我々をより身近にし、団結させる。定理は、自然宇宙についてだけでなく、自身についての根本的な真実を表しているかである

これらの真実は永続的で不変である技術進歩や新しい情報発見によって変わることはない。

数学共通文化的遺産の一部であり、言語宗教文化、生い立ち、肌の色に関係なく、全員に等しく属している。

数学的真理には民主主義平等があり、誰であるか、どこからたかにかかわらず、全く同じ意味を持つ。

数学文学、そして物理学との違い

数学特質を強調するために、文学物理学と対比させてみる。

 

文学との比較

お気に入り作家を思い浮かべてほしい。

もしトルストイが生きていなかったら、誰も全く同じ本を書くことはなかっただろう。

しかし、ピタゴラスピタゴラス定理発見する前に亡くなっていたとしても、他の誰かが全く同じ数学的結果に到達していたはずである

実際、この定理は他の多くの文化圏でも同時期、あるいはそれ以前に発見されていた。

数学的真理は必然的で永続的な普遍的真理なのである

 

物理学との比較

物理学理論時間とともに更新される。

17世紀アイザック・ニュートン法則は200年以上役立ったが、非常に小さな距離や高いエネルギー、あるいは重力が強すぎる場所では破綻することが分かり、量子力学相対性理論へと更新された。

対照的に、数学理論は変わらない。客観的必然的、そして時代を超越している。

第六感としての数学

物理学物理宇宙記述するが、数学は何を記述しているのか。

数学五感を通じて伝わるものでも、物理的な現実から来るものでもない。

例えば、ユークリッド幾何学の点、線、三角形、円などは理想化された抽象的なオブジェクトである

紙やiPadに描く線は少し歪んでいるし点には大きさがあるが、数学的な点には大きさがなく線には太さがなく完璧に真っ直ぐである

物理的な宇宙は有限だが、数学の直線は両方向に無限に伸びている。

これらを五感で知覚することはできない。

ゲーデルが述べたように、「数学アイデアはそれ自体客観的現実形成しており、それを作成したり変更したりすることはできず、ただ知覚し、記述することしかできない」のである

ダーウィンは、数学理解する人々は「第六感」を備えているようだと後悔を込めて記した。

数学者だけでなく全員がこの第六感を持っている。

ピカソは「すべての子供は芸術家である」と言いったが、「すべての子供は数学である」と言いたい。

数学とは、驚きや畏敬の念を持ち、新鮮な目で世界を見つめ、目に見えないもの想像することである

つながりと希望

数学は心のソースコードのようなものだ。

物理学が外部の物理世界記述するのに対し、数学は内なる精神世界記述する。

抽象的な数学オブジェクトを同じように想像し、知覚できるという事実は、我々の心が実はつながっていることを示唆している。

これこそが希望を与えてくれる。孤独や疎外感から、団結やつながりの感覚へと移行できるからである

ソフィアコワレフスカヤは、「心の中に詩人としての素養がなければ、数学者になることは不可能である」と述べた。数学は我々をより深く見つめさせ、目に見えないものを見せてくれる。

ラマヌジャンは、夢の中で女神から数式を受け取っていた。これは人間の心の可塑性と、第六感を通じて数学を受け取る能力を示している。

アインシュタインが言ったように、「想像力は知識よりも重要である知識には限界があるが、想像力は世界全体を包み込み、進歩を刺激し、進化を生み出す。

数学には、まだ十分に活用されていない精神的な機能がある。

数学は、人間が単なる機械コンピュータプログラムではないことを思い出させてくれる。

想像し、愛し、思いやりを持つ能力を持っている。この理解があるからこそ、未来希望を持って見つめることができるのである

2026-04-09

anond:20260409222421

想像力がないんだよ

バイトテロとか思い出してみろよ

あれを警察沙汰になるかもなんて考えてやってる奴は一人もいないんだよ

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