はてなキーワード: かめとは
今のところ寝室は別で、だからベッドも別々。
しかし友人夫婦の話を聞くとベッドは同じだというところが多く、もしかして変なのか?といった思いが最近頭をよぎる。
映画などを観ていても同じベッドで寝ているのが普通で、そういったシーンが流れると少しだけ気まずい。
妻の方を見てもただ画面の方を観ていて、俺の方を観ることはない。
あの時の横顔は何を考えていたのだろうか。
もちろん、別々に寝ているというのも普通にあるとは思う。
しかし思い返せばうちの親も同じベッドで寝ており、別々に寝ているといった家庭をこれまで目にしたことがないのだと思う。
寝室も別。ベッドも別々。そういった家庭も普通だということを確かめたくて、これを書いている。
夫婦で同じベッドで寝ている?それとも別々なのか。
もし答えてくれたら幸いだ。
今まで1000円カットで「スポーツ刈りで!」しか言ってこなかった人間が、今日、はじめてヘアサロンに行った。
ことの発端は先月のこと。5月半ばに開催される某フェスにて自分の「推し」と話す機会を得てしまったから。
まさか当たるとは思ってなかった。実際、彼女は超がつくほど人気の人。
TLには落選したとの声が無限にあったのに、まさかの自分は前回(4年前)から2連続当選。
私の中の「推し」の概念は付き合いたいとか、自分を見てほしいとかではなく、
敬愛というか、生き方の指針というちょっと離れた価値観を持ってる気がする。
だから、直接触れたいとかはあんまり思ってなかった。(推しも恋愛とかあんまり興味がないみたいな話をしてた)
けど、実際に会うのだから、友達みたいなラフさではなく、尊敬していますよという誠意を見せるためにそれなりの身なりをしないといけないな…と思い今回このように決めた。
準備は…とくにしていない。なんか髪型とかあらかじめ決めておいた方がいいかな、とか思ったけどなーんも美的感覚がないからよくわかんなかった。
当日。時間通りに店に入る。雰囲気は明るい感じで嗅いだことのない匂いだった。
荷物を預かりますと言われ、荷物を差し出す。VIP待遇すぎるな、ってその行動だけでも思ってしまった。
最初はアンケートを書いた。個人情報を普通に書いたのち、髪の話がいっぱい書いてあった。
髪のセットはどのくらい時間がかかりますかと聞かれ、2、3分から20分くらいまで書いてあったので世の中の人間は髪に結構注意してるんだな…って気持ちになった。
あとは髪のイメージとか書いてあったけど、とりあえずで書いた。
自分の担当の理容師さんは同年代かちょっと上くらいの穏やかで性格があってそうな人だった。ちょっと安心感あった。
自分の横に座ってたので、鏡を見るべきなのか横に座っている理容師さんを見るべきなのかわからなかった。
話をしたときは、まったく美容院に行ったことがないこと、いろいろお試しでやってみたいとかそういう話をした。
けど、なんもわからないし、美的感覚もクソもなかったのでとりあえず紹介してもらったやつにした。
普段は1か月で髪を切ってたんだけど、3か月も伸ばしてたので「これだったらいろいろいけるだろ」って思ったら「ちょっと短いですね…」って言われた。
けっこう髪の毛はむしむしするレベルだったのに、これだけで短いなんて言われたので世の中の人間、ずっと頭むしむししてて大変なのかなって気持ちになった。
もちろん髪質とかあるんだろうけど。たぶん。
そんなこんなでどうにか決めてもらった。なんとなくの雰囲気だけで決めた。
最初はシャンプーした。めっちゃあたまもみもみしてもらった。てか最初にやるんだ、シャンプー…どうせ切るのに。
あと、あおむけだったんだけど顔を隠すなぞの紙もかぶせてもらった。最初はなぜって思ったけどよく考えたら顔に水がかからないためか。
いっつも自分は頭皮に脂がたまらないためにわしゃわしゃしてたのに、めっちゃ髪の毛を洗ってた。また、なんかぽふんぽふんしてた。何か理由があるのかはわかんないけど。
次に、髪のカットをした。
ガウンを上からかけられるかと思いきや、手を入れることができますと言われたので、ガウンに腕を通した。
いままで手を出せないからかゆくてもずっとがまんしてたのに、手が自由に動かせるのが新鮮だった。
趣味はVTuberという推しコンテンツの視聴…ではなくカフェ巡り。仕事は本当のことを言うと若干説明が難しくなってしまうので、事務職をしてます…とか。
というか、バリカンじゃなくって髪の毛でちょきちょき進んでいくのが心地よかった。
いっつも2次元的に頭を丸くする髪型だったのに、全体的にまとまりを持ちながらも複雑な髪型を作り上げていくの、大変だなぁと思いながら見てた。
というか、芸術の域だなって思った。見た目、大切。
いったん完成して見たら、めっちゃ髪がふわっとしてた。自分の髪ってずっとぎゅうぎゅう詰めだったんだけど、想像以上にふわふわしてた。こんなに変わるんだ、って思った。
仕上げのタイミングで、髪のメンテンナンスの方法をいろいろ教えてもらった。ワックスはこんなかんじでぺたぺた塗るのよ~みたいな話。
あとは雑談もちょっとした。都会のスーパーはきらきらしてるんだとか、満員電車はメンタルがやられるとか都会にまつわる変な話をした。
ともかく、コツを教えてもらったし初心者にもやりやすそうな気がした。
これでお値段としていつもの2.5倍くらいのおねだんだった。すべてが新鮮に思える体験をしてこの値段なら安いなって思った。
髪の毛を立ててるので、めっちゃふわふわしてる感覚で、頭を実際に触ってみるとべたべたでつんつんしてるなとか。
頭に一切興味を示さなかった自分が、髪の毛を本当に変えてもらったんだって実感してた。
帰り際、服も買った。前に推しとお話ししたときに「トレンドカラーをしっかり押さえてるね」って言われたので、
今回もトレンドを見ながらシンプルな服を買った。オタクイベントなので、フォーマルすぎると目立つので、若干カジュアルめに。
そう言われたのは産休入ってすぐの定期健診のことだった。引継ぎの関係で有給を使うこともなくギリギリまで働き、やっと休みだ、いい加減、赤ちゃんグッズをちゃんと準備しないとな、なんて思っていた頃だ。
「赤ちゃんの心臓に異常があるかもしれない。紹介状を出すから、◯日に大学病院に行くように」
そんな医師の言葉に、どういう異常があるんですか、と聞いたけれど医師は「それを確かめに大学病院に行くんだよ」としか言わなかった。その言葉に動揺しながら私は家に帰った。
お腹にいた赤ちゃんはなかなか子供が出来なくて不妊治療を受診するか考え始めた頃に出来た子だった。私たちは30歳を迎えたばかりの夫婦で、健康上に何か問題を抱えているわけでもなく、普通の一般的な共働き夫婦だった。
それまでの定期検診でも何一つ異常を言われたことはなく、母子ともに健康とずっと言われ続けてきた。医師の言葉ははっきり言って寝耳に水であり、帰ってきた夫と「異常が先生の気のせいだといいね。気のせいでなかったとしても、なるべく重くない病気だといいね」なんて話した。二人で心臓病について調べて、病気だった場合の生まれたあとのことも話し合って、大学病院できちんと診断がおりてからお互いの両親に話そうと話して、夜は二人で抱き合って眠った。
指定された日に大学病院を受診、診断がついたのはその日の夕方のことだった。朝一で病院に行って一日中、病院のなかを色々な検査で歩き回った。一番長かったのはエコーで、おそらく1時間はエコーをあてられた。エコーの映像は見ることが出来たけど、素人の私には当然ながら何が何やら分からなかった。それでも、エコーの画面を眺めていたのをよく覚えている。
診断の結果、赤ちゃんは数万人に一人の病気だった。通常4つある心臓の部屋が2つしかないらしい。そして部屋が2つしかない心臓で頑張ってるせいで赤ちゃんにかなり負担がかかっていたため、私は即日入院が決まった。
一日中病院を歩き回った肉体的な疲れと、想像以上に重い現実に心理的なダメージを負った私は這々の体で、ぐったりしながら病室に入った。赤ちゃんの心拍を確認するためのベルトをお腹に巻き、晩御飯として出された入院食を美味しいのか不味いのかも分からず食べた。
そして夕食後、赤ちゃんの心拍は少しずつおかしくなっていき、看護師が飛び込んできて、私は処置室に運ばれた。
「赤ちゃんの心臓が弱まっています。今から帝王切開しても助からない可能性が高いですが、僅かな可能性にかけて帝王切開で赤ちゃんを取り出しますか? それとも今後の妊娠に支障のないように帝王切開せず、赤ちゃんを諦めますか?」
処置室で医師に言われた言葉は、現実感がなかった。ほんのちょっと前まで私の赤ちゃんは元気に生まれてくるはずだったのに、今はもう風前の灯火にある。
仮に生まれてきても未熟児で、しかも心臓病を抱えた赤ちゃんはかろうじて命がつながったとしても、その先の運命はかなり辛く苦しいものになるだろう。
私は、赤ちゃんを諦めることを選んだ。病院から帰宅してまたすぐ病院に呼び戻された夫も同じ意見だった。夫が病院に着いてほんの数分で私達の赤ちゃんの心臓は動かなくなった。
モニターに映る心電図が少しずつ消えていくのを震える気持ちで見つめた。
声もなく涙がぽたぽたとこぼれて、けれども私たちに出来ることは何一つなかった。
そうして、私たちの子供は私のお腹の中で産声もあげずに亡くなった。
ねえ、これを読んでる貴方は大切な我が子が死んでいくのを何も出来ずに見守ったことはある?
和訳(画像テキスト)Dr. Akiko Iwasakiは、post-vaccine syndrome (PVS)(ワクチン接種後症候群)の研究と出版に関する課題について指摘しました。この症候群はまだ十分に定義されておらず、疲労、運動不耐性、不眠、めまいなどの症状を含む可能性があります。「我々は論文を投稿しています。そして、査読や出版の前に研究結果を投稿できるプレプリントサーバーが今あることを嬉しく思っています。もちろん、科学者として、私たちの目標は行ったすべての研究について査読付き論文を出版することです。それは、研究が一貫性があり、科学的出版基準を満たすことを確かめたいからです。しかし、何らかの理由で、これらのpost-vaccination syndromeの論文を出版するのが難しいのです。症状の記述であれ、post-vaccination syndromeとLong COVIDの症状の比較であれ、post-vaccination syndromeの生物学的分析であれ、多くのジャーナルに投稿してきましたが、これらの論文のいくつかは出版されていません。私はこれが偶然だとは思いません。私は多くの論文を出版してきましたが、Long COVIDやワクチンの有効性など、ワクチン接種の受け入れられた利益に沿った内容の、同等の質の論文を投稿した場合は、出版にそれほど苦労しません。この出版が非常に難しいのは、偶然ではないと思います。私は、ワクチンの擁護者である人々(私自身もそうです)がいると思います。その中には、こうした研究を出版することで人々の不安を煽るのではないかと感じる人がいるかもしれません。私は、post-vaccination syndromeの背景にある要因を問うただけで、無責任だと非難されたことさえあります。抗ワクチン派がこれを利用してワクチンへの恐怖を煽る可能性があるからです。こうしたことがすべて、これらの論文を出版するのが非常に難しい根本的な理由になっていると思います。もちろん、他の理由もあるかもしれません。」(出典:Akiko Iwasaki教授のポッドキャスト発言)
で、natureの本文はカネ払わんと読めないので分からんけど、
grokによると、
"ただし、記事全体はワクチン全体を否定するものではなく、稀な副反応も含めてオープンに科学的に調べるべきだ、というバランスの取れた内容です(彼女自身はLong COVID研究などで積極的にワクチン・支持の立場を取っています)。"
だってさ。
○ご飯
朝:アーモンド。エナドリ。昼:焼きそば。目玉焼き。夜:たまごやき。沢庵納豆冷奴。キュウリ。トマト。ギョニソ。バナナ。ヨーグルト。間食:柿の種。あずきバー。
○調子
ゲーム三昧。
ミアレシティ散策を飛ばしてしまっているので、明日はそこから。
神石の進捗は、火水風が210、土光が220、闇が230。
それぞれ素体は一個ずつあって、配布のグローブもあって、金剛が14個あるので、リソースをブッ込めば終わるんだけど、流石に流石に。
・5段階評価:4
・あらすじ
天国のように幸せな世界、天象旅籠に迷い込んだ人狼の少年イツルギ。
そこで快活な青年タケツミ、細かい性格だが根は優しいおじさんの災藤たちと交流を重ねる。
生前の暮らしとは大きく異なる自由で豊かな生活を満喫するも、そこでの暮らしに意を唱え、元の世界に戻りたいと語るマレビトのアンサージュと出会い、一変追われる身となる。
タケミツに手をかけられながら、イツルギは自分の望むものが何かを思案するのだった。
・印象に残ったセリフ
イツルギ「はい! 皆さんぼくを、正しく育つようにと教えてくださって!」
身体に着いた傷を明るくあっけらかんと語れてしまう一幕。生前の暮らしぶりの悲惨さがよくわかり辛い。
・印象に残ったキャラ
災藤。イツルギとタケツミのイチャイチャがベースながら、二人の関係値を見つめる第三者目線の彼がいるおかげで二人のラブラブっぷりがよく伝わった。
・感想
今までのお話とは色が違う新章開幕。とはいえ、明らかに過去に死んだキャラクタも登場しており、天象旅籠がなんなのかを端的に表しているのも良き。
無垢で元気なイツルギと、頼れる兄貴肌なタケツミとの交流にたっぷりと紙幅が割かれており、この二人の関係値がいいなあと素直に楽しめた。
それだけにこの関係値が一変する後編からはお辛い展開が続きラストもビターな雰囲気でしまる。
天象旅籠の正体、イツルギが求めるものの形など気になる展開も多く、先が気になるところさん。
・5段階評価:5
・あらすじ
天象旅籠で警察のような職務のクロウトとして働くしっかりもののミヅチ。
天象旅籠で暴虐無人に振る舞い神のように崇められ恐れられているスーロン。
ミヅチは、珍しい龍人種の同胞でありながら、豪快で怠惰で自分とは全く違うスーロンと出会い意気投合する。
しかし、スーロンとの関係性に気付き、アンサージュと共に天象旅籠の本性と向かい合う。
・印象に残ったセリフ
スーロン「今日は久々に外へ湯浴みに行く!」
お風呂に78日間入ってないことを示唆する名台詞。僕はお風呂に入らない女性が好き。
・印象に残ったキャラ
スーロン。怠惰でお風呂に入らない女性キャラが一番好きだから。
・感想
お風呂に入らない怠惰で大食いで大酒飲みで気分屋なスーロンがひたすらに可愛くて好きになれた。
特にお風呂に入らないのがいいね、怠惰さを示す有り様としてこれほどまでにしっくりくる設定はないよ、お風呂に入らない女性キャラ大好き。
スーロンと対をなすもう一人の主人公ミヅチも一所懸命で健気で良い子だった。
それだけにこんなに毎日お風呂に入って身綺麗にしている子が将来ああなるなんて、やっぱりお風呂に入らない女性キャラクタは最高なんだなって。
・5段階評価:2
・あらすじ
他のマレビト達も大切な記憶と、元の場所に戻りたい気持ちを抱えていることを知り、いっそうに頑張る。
死霊術師の父親に造られた存在であることを知りながらも、天象旅籠に安住することを望まないのだった。
・印象に残ったセリフ
名前の記憶がないマレビト「子供を愛していない親がいるもんか!」
・印象に残ったキャラ
アンサージュ。
・感想
イツルギ、ミヅチ、スーロンの三人ともが天象旅籠に肯定的な見方をしていたが、アンサージュはそうではなく否定的なマレビトたちのお話。
満ち満ちたご飯と、安住できる家と、たっぷりの温泉があってもなお癒されず、そこにとどまるのを良しとしない高潔な人々が気高かった。
アンサージュもそれに呼応するように立派な志を掲げるようになる、成長描写が見どころかしら。
ただ、個人的にはまだ天象旅籠が理想郷すぎるので判断は保留しながら読んでしまった。
・5段階評価:5
・あらすじ
イツルギはタケツミに切られ記憶を改竄されていたことに気付きながら、元の世界に戻る。
管理者の存在を知ったイツルギはタケツミの真意を確かめるべく天象旅籠に戻る。
・印象に残ったセリフ
愛の告白じゃん。イツルギ君は大人になってもタケツミが大好きじゃん。大好きだから殺すのか、寂しいお話だ。
・印象に残ったキャラ
ユアン。超久々登場の復讐鬼。その熱がイツルギにも伝播して、管理者討伐への仲間入りをしてくれるのは嬉しい展開だ。
・感想
めちゃくちゃ面白かった。タケツミとイツルギの優しい関係値の残酷な真実が明かされた上で、それでもその中で殺し合いの本音をぶつけるイツルギのもう子供じゃなさがてぇてぇ。
ようやく本気で剣を交わすも、記憶を改竄する能力を自分にも使ってしまっているためオリジンが語られないタケツミのある種滑稽な終わりが寂しくもある。
主人公勢は概ねハッピーエンドを迎えられたものの、災藤のアフターが描かれていないのが気になる。(ビヨンドとエヴォルブであそこが舞台になってるから何かあるのかしら)
河内晩柑という八朔やグレープフルーツ程度の大きさのミカンがある。これがあまりにも汁でパンパンになっており、顔を汚さずに食べることができない。
外側の皮は、このサイズの柑橘類にしては柔らかめで、包丁を使わずに指でも剥ける。でもこれを剥いている時点で、既に指がビシャビシャになる。皮が曲がったところから皮の汁が噴出するからだ。
内側の小袋の中も果汁でパンパンになっている。小袋を噛んだあとにまず吸い出さないと、破裂のようなことが起きて頬と顎がビシャビシャになる。噛んで吸うのは小籠包を食べるときのやり方に近い。
それから八朔のように小袋をむいて食べるわけだが、あまりにも汁が多くて指全部がビシャビシャになり、果汁が肘のほうまで垂れる。テーブルも広範囲にビチャビチャになっている。
味はうまいのだが、顎から手、腕まで、テーブルまで、あまりにも汁まみれになりすぎる。あまりにもあんまりなので、次は八朔を買おうと思ってしまう。
この絶望感はモスバーガーのソースがどうあがいても大量に押し出されて包み紙の角にたまる問題に近い。自分の食べ方がひときわ下手なのではなく、誰がやっても難易度が高いだろうと思う。
河内晩柑を全部ビシャビシャになることなく美しく食べられる人間はいるのだろうか?難しすぎる。競技化できると思う。まだ手から柑橘類のにおいがする。久々に驚くべきものを食べた。
真面目な話、自衛隊員が海外勢力との交戦で死亡した場合、靖国神社の扱いをはっきりさせておきたいという思いがある。
ここをはっきり決めておかないと、あとから喧々諤々の喧嘩(戦争かも)が勃発し兼ねないからだ。
個人的には先の大戦を美化するような施設に祀るなんてとんでもない!と思ってるが、多分保守派の方々はそうはいかないだろう。
だからといって『死=靖国で会おう!』とばかりに(本人意思関係なく)問答無用で祀るのは相当に問題だと思う。
仮に自衛隊員が交戦で死亡するような組織に変えるのなら、靖国合祀の可否を一隊員一隊員に至るまで徹底して確かめておく必要があると思っている。
彼について考えるとき、僕はいつも少しだけ居心地の悪いカフェの隅に座っているような気分になる。窓の外では、理由もなく風が吹いている。カップの中のコーヒーはもう冷めかけているのに、なぜか飲みきるタイミングがつかめない。
ゴッホという画家は、どうやら僕らが教科書で習ったような純粋な芸術家というより、もっと生々しくて、手触りのある存在だったらしい。デッサンの練習には女性モデルを選びたがり、ときにはその境界線を曖昧にしてしまう。若い頃には娼館に通い、絵を描くという行為と、欲望とが、うまく分離できていなかったようにも見える。
それはどこかで、現代の映画監督のスキャンダルを思い起こさせる。創作と権力と欲望が、同じテーブルの上に並べられているような、そんな感じだ。
でも同時に、彼の中には奇妙なほど強い宗教的な情熱もあった。神に近づこうとする衝動と、地上的な欲望とが、同じ身体の中でせめぎ合っている。そのアンバランスさが、かえって彼をより現実的にしている気もする。
彼は生涯、家族に頼り続け、うまく人と折り合いをつけることもできなかった。人から好かれるタイプではなかったのだろう。むしろ、周囲を少しずつ疲れさせてしまうような人物だったのかもしれない。
そして結局のところ、彼は明確な成功を手にする前に、自分自身の内側で何かが壊れてしまった。
もし彼が生前に大きな成功を収めていたら、それはそれで、どこかしっくりこない気もする。成功した彼の姿を想像すると、なぜだか物語のバランスが崩れてしまうのだ。まるで、最後のページだけ誰かが書き換えてしまった小説みたいに。
お返事や言うてはりますけど、これやと壁打ちみたいなもんどすなぁ…。
慌てて送信ボタン押さはる前に、一度よう確かめてからにしはった方が、よろしおすえ。そういうの、日々の振る舞いにも出ますさかい。
以下、引用
お返事書きました。おひまならよんでね
https://anond.hatelabo.jp/differential/edit もしあなたがご遺族の一人だったら申し訳ないのだけど、そうじゃないなら、もう少し距離置いてみても罰は当たらないと思いました
以下のように「3タテとは本来3連敗のことであり、3連勝の意味で使うのは誤用だ」と主張されることがある。
「3タテ」の正しい使い方でプロ野球ファンの間で議論沸騰 / X
そもそもが俗語で、発祥も不明なのに、いったい誰が「原義」を確かめたのだろう。
「3連敗」説の傍証として提示されるのは、「もともと『3タテを食らう』という形で使われることが多かった」ということだが、考えてみればこれは根拠になっていない。
たとえば英語で「同一カード3連勝」を意味する「スイープ」だって、「スイープを食らう」と言えば「同一カードで3連敗した」という意味になる。
「3連敗する」という意味で「3タテを食らう」が使われていたとしても、それだけでは「3タテ」が「3連勝」の意味である可能性をまったく否定できない。
調べられるかぎり「3タテ」の最も古い記述は、1935年『三田文学』の和木清三郎「わがスキイ」の記述だった。
スニペットしか見られないので文脈がわからないが、これは「三連勝」の意味のようにも思える。原文を確認したいところである。
1936年『あみ・ど・ぱり』誌に掲載された、石黒敬七のコラムには、ビリヤードの文脈で出てきている。
おまけにタイガースは春は優勝したチームだつたけど、秋はシーズン当初の不成績が祟つて、二位に落ちるチームだし、それに一度も勝てずに四タテを喰つたんぢや、チーム経営者の方から苦情の出るのは当り前ぢやないか。
「3タテを食う/食わす」ではなく「3タテする」という形での用例も戦後には見られるようになる。
1957年『ベースボール・マガジン』。「広岡」とは広岡達朗のこと。
広岡 おもしろいゲームをしようとは思わなかったけれども、四タテとは誰も思っていない。なにか四タテするんじゃないかぐらい思ったけれどもね。
これは巨人の選手だった広岡が、日本シリーズで「西鉄に四連敗した」ことを言っている可能性もあるか。
開幕当初の調子がよかったころでも、4連勝目になると弱いチームにも奇妙にストップされる。第9節に大阪で南海を三タテしたときも東映でストップ
かの鶴岡御大が1962年に出版した『南海ホークスとともに』という本にもあった。
プロ野球黎明期から「3連勝する」の意味で「3タテする」という言葉が使われていたと言っていいようである。
さらに重要な記述として、1961年の楳垣実『続語源随筆 江戸のかたきを長崎で』のなかに「3タテ」の語源に関する言及がある。
たて この語については、福原麟太郎先生からおたずねにあずかった。「ヂャイアンツは広島に三タテをくった」などと使う「たて」である。野球のことなどに詳しい方に聞いてみたが、よくは分からなかった。大阪で老人などが、碁とか将棋とかで、「二タテやった」「三タテやった」という使い方の「タテ」という語を、「二回続けての勝ち」「三回連続の勝ち」という意味で使ったことがあると、長沖一さんから教えていただいた。まったく見当はつかないが、その大阪ことばと関係があるのかもしれない。そしてまた「立てつづけ」という語とも関係があるのかもしれない。しかし「三回立てつづけの勝」が「三たて」と略され得るかどうか、疑わしい。
これにより、1961年時点で語源がわからなくなっていたこと、もとは囲碁将棋用語の可能性があること、「3タテ」が「3連勝」の意味だった可能性があること、「3タテは連敗の意味のはずだ」という疑問は持たれていなかったこと、などがわかる。
以上からすると、「3タテは3連勝のことだ」とまでは決められないものの、少なくとも「3タテは3連敗のことだ」と言い切ることは難しいのではなかろうか。
次の一節から、コーヒー豆がどんな状態で保管されていて、店主は何をしたのか解説してください。//
どうしよう。すごい珈琲屋に出会ってしまった。座席は4箇所だけ。 「どんな珈琲がご希望ですか?」と聞かれたので、「深煎りのケニアが好みなんです」と通ぶってみたら想像もできない展開が待っていた。
「お待たせしました。今日ご用意できるケニアは15種類です。さあ、どれになさいましょうか?」 香りを確かめてと促され、瓶の蓋を取って嗅ぎ比べる。
一杯850円の豆を選んだ。 「仕上げをしてから淹れますのでけっこう時間がかかります。」との事。ゆっくり焙煎が始まり、ゆっくり豆が挽かれる。20分位待っただろうか、珈琲がやってきた。うまい。待った甲斐があった。
この一節から読む限り、コーヒー豆は「完成済みの焙煎豆」ではなく、かなり特殊な状態で保管されていた可能性が高いです。
結論としては、
[1] ケニア産の豆が15種類、瓶に分けて保管されていた
「香りを確かめてと促され、瓶の蓋を取って嗅ぎ比べる」とあるので、豆は種類ごとに瓶詰めされていたと読めます。
ただし、この段階で嗅いでいる香りは、普通の喫茶店で出てくる「焙煎済み豆の香り」とは限りません。
[2] 豆はおそらく「生豆」または「浅く下処理済みの豆」だった
根拠はここです。
「ゆっくり豆が挽かれる」
つまり、店主はあらかじめ焙煎済みの豆を並べていたのではなく、未焙煎の生豆、または何らかの前処理・仮焙煎をした豆を瓶に入れておき、注文後に最終焙煎したと考えるのが自然です。
[3] 「仕上げ」とは、注文後の最終焙煎のこと
文中の「仕上げをしてから淹れます」は、ほぼ「飲む直前に焙煎して仕上げる」という意味でしょう。
店主がしたことは、順番に言うと、
[2] 客に瓶の香りを嗅がせて選ばせた
[3] 選ばれた豆をその場で焙煎した
[4] 焙煎後の豆を挽いた
という流れです。
特に重要なのは、「豆を挽いたあとに淹れた」のではなく、「焙煎してから、挽いて、淹れた」という点です。
[4] 「深煎りのケニアが好み」と言ったのに、15種類出てきた理由
でもこの店では、ケニアという産地だけでも、農園・品種・精製方法・ロット・保管状態などで複数の豆を持っていて、さらに注文後に焙煎度を調整できる体制だった可能性があります。
つまり「深煎りのケニア」という完成品を在庫しているのではなく、
「ケニアの素材豆が15種類ある。そこから選んでもらい、希望に合わせて仕上げ焙煎する」
という店だったのでしょう。
たぶんこういう状態です。
ケニア産の生豆または半焙煎豆が、種類ごとに小さな瓶に入っている。客は瓶の蓋を開けて香りを比較する。選ばれた豆だけを少量取り出し、その場で焙煎し、焙煎後に挽いて、抽出する。
「15種類もケニアがある」だけでなく、
年齢=彼女いない歴の27歳。いい加減に彼女ほしいなって思ってマッチングアプリや街コンで積極的に彼女作ろうとしている(つもり)。割合は低いけど、それでも何人かと実際に会うことができた。
全く気が合わないような人はほとんどいなくて、どの人ともそれなりに楽しく話ができた。
でも、大きな疑問を感じる。
「この人と付き合いたい」「この人のことが好きだ」という感情にならない。2回、3回会っただけではわからないことばかりだし、こういうものなのか?と思う。
でもさ、みんな好きでもないのに付き合おう、ってなるのか??付き合ってから、本当に好きになるか、この先何年も一緒にいようと思えるかどうか、確かめていくものなのか?
それとも、ちゃんと好きだと思う人が見つかるまで告白しなくていいのか?このまま彼女がいない時間を待つ方がいいのか??
誰か教えてくれ