はてなキーワード: 感覚とは
「永遠」の単語の意味はいつまでも続く、未来永劫、時間の概念を超越になるわけなんだが、
「永遠に苦しめ」などと個人の感覚に紐づいたものに対し表現する際は有限の時間の中で最大、死ぬ直前までと解釈するのが当たり前ではある
まあこれすら理解できていないのがやばいのだが、反論の一つとして「まず【お前】が死んだら終わりだし」と相手の時間軸を出しているのが最高に頭悪くて大好きだ
時々、“買わない理由”をチラシの裏に書いたりするんだけど、自分でもしっくりこないことが多々あるんだよな。
何度かアウトプットを試みても、どうにも御託ばかりになってしまう。
手がかりが欲しくて他人の“買わない理由”とかも見聞きするんだが、俺と同レベルのことしか語ってなくて共感の一歩手前くらいをなぞってる感じ。
で、最近ちょっと青天の霹靂だったのが、そういう“買わない理由”を揶揄してるコメントを見かけたこと。
そもそも「買わない理由そのものがナンセンスなんじゃないか」って視点があることに、そういえばそうだな~てなったというか。
生活必需品とか金欠だとかでもない限り、あるモノを買わない理由なんて、ぶっちゃけ大した理由なんてないんだよ。
「本当に買うつもりがないモノ」ってのは認識外に存在する(選択肢すらない)ものだから。
そういう感覚ってのは結局のところパーソナルだったりプライベートなもの由来だから、客観的だったり普遍的に述べようとすると、理屈は通っていても本質からどんどん遠ざかっていく。
「買う理由がない」と表現すること自体は可能だけど、本質的な部分で「買わない理由」を述べることってかなり難しい。
だから大抵の場合“買わない理由”は御託まみれになってしまう。
まあ、それでも他人に尋ねられたら、本質的な回答ではなくても御託を並べるしかない時はある。
けど、誰に聞かれたわけでもなく自ら“買わない理由”をつらつらと語る奴がいる(まあ俺なんだけど)。
考えるに、あれは“自分自身を納得させるための儀式”みたいなもんだと思ってる。
他人に尋ねられた際に“買わない理由”を述べるのは、その他人に納得してもらうためにやるわけだが。
ということは誰に言われるわけでもなく自らやる場合、納得させる対象は自分自身ってことになる。
前項でも書いたけど「本当に買うつもりがないモノ」は認識の外にあるから、買わない理由を述べる必要すらない。
でも、世の中には「認識内にあって、なおかつ買うつもりがないモノ」も勿論ある。
上手くいえないんだけど、そういうモノに対して「それを買わない自分自身を納得させてやりたい」ってなる時があるんだよな。
https://anond.hatelabo.jp/20260504143126#
どうせほっといても乾くからよくね?ってなる。最低限精液のだまになってるのだけ股間に手突っ込んで手探りで探して足とかに擦り付ければ全部乾くぞ。
テッシュいちいち用意するのめんどいしこの方法ならゴミも出ない。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260504143611#
うんこするたびに風呂入るわけでもパンツ取り換えるわけでもないのと同じ感覚で生きてる。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260504144011#
あとそんなことよりはキンタマかいてるとその数日後から出てくる裏側の薄皮剥がしてる方がポロポロって感じで気になるべきちゃう。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260504152618#
これはきんたまアトピーエアプ
つゆがでるぐらい書いてると次の日の夜には結構広くてうすい皮が張り付いてるような感じになっててはがせるようになるよ
dorawiiより
結論から言うと、外向型の人は内向型の人(オタク)とは異なる思考パターンを持っているため、思考の予測がしづらく、「理解できない=不気味だ」という感覚、すなわち「キモい」と感じてしまうのだ。
以下詳細。(近年はオタク趣味が一般化してしまったが、ここで言うオタクとは「キモオタ」「陰キャ」と呼ばれるような、内向型の人々を指すものとする)
性格には大別して外向型と内向型がある。
一方、内向型は自分一人の時間や内面の思考を大切にすることで、自らの活力を養う傾向がある。
もちろん一人の人間は外向型と内向型の両方の特性を併せ持っているが、特に内向型への傾向が強い人にとって漫画やアニメといった趣味は相性が良い。なぜなら、フィクションの物語は他者とのやり取りではなく、内的な刺激や想像の世界から刺激を得られる活動だからだ。
外向型の人と内向型の人では、異なる”情報交換プロトコル”を持っている。いくつか例を上げよう
外向型は、会話で「その場の空気」や「関係性の維持」を重視するハイコンテクストなもの。内向型は、「事実」や「論理」、「設定」といったローコンテクスト(情報そのもの)を重視する。
外向型はファッションを「非言語的な挨拶」、「相手への配慮」、「場への同調」として扱う。なので外見を整えない人を見ると、「ルール(マナー)を守る気がない」「自分たちを軽視している」という敵対的なシグナルを感じる。
内向型はファッションを「身体の保護」、「利便性」、「自己の投影」として扱う。なので自身の外見を必要以上に整えることを「虚飾」「非合理的」「不誠実」と感じる。
外向型は共感に強い快感を覚え、「集団への所属」が報酬となる。
内向型は情報が整理されることに快感を覚え、「世界の理解」が報酬となる。
このように異なる"情報交換プロトコル"を持つ者同士が会話をすると、互いに意図しないシグナルを受け取ることになり、結果外向型の人間は内向型の人間に対して、「気味が悪い(キモい)」といった違和感を抱いてしまうのだ。
ブイヤベース は、フランス・マルセイユ発祥の魚介スープで、日本で近い感覚の料理を挙げるなら、
あたりが近いです。
ただ、ブイヤベースは「魚介を煮込んだスープを主役として味わう」のが特徴で、サフランやハーブの香りが入るところが和風鍋との大きな違いです。
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魚介
* 鯛
* スズキ
* タラ
など
その他
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作り方
1. 下ごしらえ
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2. 香味野菜を炒める
鍋にオリーブオイルを入れて、
をじっくり炒める。
甘みが出るまでやるのが重要。
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3. トマトと魚を加える
を入れて軽く炒める。
ここで魚の旨味を油に移す。
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4. 煮込む
を加えて20〜30分煮る。
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5. 魚介を仕上げに入れる
を加えて5分ほど。
火を入れすぎない。
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本場っぽくするコツ
香りの核。
入れると一気に「南フランス感」が出る。
魚のアラを使う
ルイユを添える
本場では、
で作るソースを添えることが多い。
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締めが最高
残ったスープで:
をやるとかなり美味しい。
オタクが馬鹿にされ、テレビなどでも気持ち悪いものとして扱われ、
オタクはオタク同士で集まって隅のほうで縮こまって暮らしていた、
という状況は確かにあった。
でも「ホンモノ」が可視化された現在のヘルインターネットを見ると、
29%単独、71%共働きというデータがあるからと言って単独=養えている、共働き=養えていない。と安易に考えるものでもないから
これも感覚でしかないけど、1割以上は養うという観点での経済性以外の理由で共働きを選んでいると考えるのが自然でしょうしね
例えばブランドのため、暇だから、社会貢献したいから、離婚に備えてとか
7割の1割は7%で上に振れれば1割を超えることになる。誤差というには大きいよね
昔の人が結婚をする動機って好きとか嫌いとかの問題じゃなかったのだと思う。
親の話や当時のドラマやドキュメンタリーから間接的にしかわからないけど。
ふつうに生きるために生活に必要なので、義務教育を受けて、就職して、結婚する。という。
疑いの余地がないというか。良くも悪くもそれ以外を知らなかったというか。
疑いも知る必要もなく、人生のコースに乗ってればそれなりに幸せになれたのが9割以上だった、そんな時代。
話変わるんですけどブータンって仏教国なんですけど、テレビやインターネットを導入してから幸福度が下がったらしいんですよね。
下がったというか、質が変化した結果トータルで微減というか。
それに似てるんかも知れない。
良くも悪くも「知ってしまった」のか。外界の情報、外国の価値観を。
その結果、結婚は好き嫌いでするもの・しないものへと変質した。
それに家電やインフラや交通や医療やサービスが発達して難なく一人暮らしできるようにもなったので、生活に困るという訳でもなくなった。
だから、結婚を好悪で決定する現代人と、そもそも結婚をしないという選択肢が基本的にない時代の人間とを比較すること自体が無理がありそうだ。
過酷な好悪とハラスメントリスクのギスギス・コミュニケーション・バトルフィールドに置かれている現代人の空気感って上の世代には全く理解されてないよな。
一般フィールドで恋愛に持ち込もうとするのはハイリスクなので、マチアプや街コンといった「恋愛してもいい」という前提を共有したフィールドでしか恋愛の話を切り出すことが不可能なんだよな。
逆にいうと昔の世代は一般フィールドがマチアプみたいに恋愛を切り出してもいいフィールドだったと言える。いわば「無料で全員がマチアプ状態だった」とも言える。それが社会的コンセンサスだった。現代人から目線で旧世代人を解釈するとそうなるのかと。
昔の時代にもある程度の好悪はあっただろうけど、それ以上に「生活のため」やむを得ず、選り好みしている場合ではなかったので、サッサと結婚したぽい。
たとえば就職が内定して田舎から上京するとき、家を探すのをめちゃくちゃこだわって選り好みして悩みすぎて4月に間に合いませんでした。なんてことはあり得ないワケで、ふつう遅くても3月中には家を決めて引っ越しをする。結婚もそんな感覚だったように見える。
過去の高度成長とも違う状況です。1980年代は円高と内需拡大の時代でしたが、現在は逆に円安で輸入負担が重い。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015119161000
政府への不信
情報統制への警戒
に反応している面が強いと思われます。
7年前にここで「母親か、中学時代の女友達か、総務部の女性と結婚したい」と書いた者です。まだ生きてる。
あの投稿をしたときは年収600万で実家暮らしで、母親が死んだら破滅すると本気で思っていた。
彼女は離婚後に一人暮らしをしていて、手取りは15万円程度だった。子供はいない。
今は私が2人分の家賃と光熱費と食費を出している。日用品の一部は彼女の負担になっている。
彼女と二人で住むため引っ越したら、通勤が片道40分になった。毎日2時間浮いた。
彼女は、母親や中学時代の女友達や総務部の女性と同じタイプの人間だ。
つまり「〇〇に気をつけろ」を言ってくれる人。
「明日燃えるゴミだよ」「あさって歯医者だよ」と言ってくれる。
冷蔵庫の中身を把握して買い物をし、届出の期限を管理してくれる。
養っているというより、介護されている。専業主婦家庭みたいだ、と思う。
年収はかなり上がった。あの頃の600万からは想像していなかった水準になった。
AIをかなり使い倒している。情報整理、タスクの洗い出し、メールの下書き、全部AIに手伝わせている。
不注意でミスしやすい部分をAIにダブルチェックさせると、抜け漏れが激減する。
自分の特性と相性が良すぎて、初めて使ったとき、これが10年前にあったら一社目を辞めていなかったかもしれないと思った。
あれだけ「この人が居なくなったらおしまい」と思っていたのに、おしまいにはならなかった。
別の女性が異動してきて、その方に少し手伝ってもらっている。前任ほどの頻度ではないけど、要所で声をかけてくれる。
あとはAIがかなり代替してくれている。スケジュール管理、リマインド、チェックリストの自動生成。
人間1人に依存していた状態から、人間+AIの複数体制になった。冗長性が上がった。
7年前は総務部の女性がいなくなったら鬱・退職・引きこもりコースだと確信していたけど、人への依存度が下がり道具も頼れると精神的にも安定する。
あと、なぜか分からないけど、以前できなかったことが急にできるようになった、ということがあった。
具体的に言うと、郵便物を受け取ったその日に開封して処理する、ということが突然できるようになった。
30年以上できなかったことが、ある日から普通にできる。意志の力とか努力とかではなく、ただ「できる」ようになった。
前から、こういう体験はあった。「寝ている間に勝手にアップデートがかかった」かのように、できなかったことができるようになる。
逆に言えば、アップデートがかかるまでは、どれだけ頑張ってもできない。
父に対する感情は7年前と変わらない。お前の遺伝情報のせいだという気持ちは消えない。
子供は作りたくない。今後も一生作りたくない。
同居相手がいて、AIがあって、職場にも少し助けてくれる人がいて、年収も上がって、なんとかなっている。
でもこの「なんとかなっている」は、支援体制が維持されている間だけの話で、全部なくなったらまた鬱・希死念慮のフェーズに入る。
今は、母親が死んでも、たぶん破滅はしない。同居相手がいるから。AIもあるから。
破滅のリスクが1人の人間に集中していた状態から、分散された。
それでも、全部同時に失ったら終わる。貯蓄と投資はしている。浪費傾向がないのは変わっていない。能天気に生きる資格が私にはない。
いや、そりゃ対面を完全になくすのは現実踏まえてなさすぎるからでしょ。
あなた、
「警察は信用できない」
を出発点にして、
最終的に
「黙秘後は実質書面だけでやれ」
まで行ってる。
説明の変化、
認識のズレ、
程度差はあっても対面取調べ自体は残ってる。
って決め打ちしてるけど、
それってかなり強い前提だからね。
もちろん、
でもそこから、
まで飛ぶのは、
かなりラディカルな制度変更。
なのに自分では、
それを
みたいに置いてる。
あと、
「是が非でも対面を残したい」
じゃなくて、
って話をしてるだけ。
そこを全部、
「お前はストレス与えたいだけ」
に変換するから、
毎回ゼロイチになるんだよ。
酒を飲む人間にとっては例えば1食で5000円は普通にあること(あるいはやや安い)って感覚。
酒を飲まない人間にとってはおそらく1食で3000円払ったら「ちょっといいご飯を食べた」くらいの感覚なんじゃないかな?
酒を飲まない人間にとって1食に3000円以上支払う機会・経験がそもそもない、と言ってもいいかもしれない。(グルメの人は好きにしてくれ)
これは「酒代を含むかどうか」という定量的な計算より先に来る心理的な感覚につながる。
・男女分断
・女は不要になる
・傷ついた
・選ばれなかった
・劣等感を持った
・女性に拒絶された
・比較された
・無力感を味わった
という経験を持っていることが多い。
でもこの苦しみを「つらかった」と処理できない。
だから、
「女なんて不要になる」
「男だけで完結する未来が来る」
「むしろ女側が困る」
という逆転物語を作る。
なんとなく社会論やテクノロジー論や哲学っぽい言葉を並べて感情を高尚化する。
でも中身を見ると結局は
「傷つきたくない」
「拒絶されたくない」
「優位に立ちたい」
が核にある。
彼らは「賢く見られたい」と「救われたい」が混ざっている。
理解者が欲しい、同意してほしい、仲間が欲しい、「俺は間違ってない」と確認したい。
同じ劣等感や怒りを抱えた人から支持されると、「やっぱり俺は真実を見抜いていた」
という万能感が生まれる。
実際には彼らが憎んでいるのは
女は○○
女社会は○○
女はいらなくなる
みたいに、個人差を消して語り始める。
彼らの話は妙に未来に偏る。
いつかAIが
いつか機械が
いつか女は不要
いつか男だけで〜
今の現実では勝てない感覚があるから未来の技術進歩に自己救済を託す。
「お前がダメなんじゃない」
「いずれ逆転する」
という救済になるから。
でも本当に強い人は「不要論」に行かない。
本当に自信がある人は異性を脅威視しない。
という思想は、執着の裏返しでもある。
いつもの不可視リンク埋め込み増田だけど、はてなキーワードリンクの量がいつになく大量だったので抜き出しておく。
(時間の経過と共にスパマーの編集によって不可視リンクの内容は随時変わるので、あくまで現時点のスナップショットとなる)
高市 から カウント 行為 人間 認識 ちんちん つの 自分 大事 そもそも 物理 意味 AV オナニー 別に ホスト 酷使 セックス ちゃお まんこ ます 性的 接触 気持ち なっちゃ 左翼 あい 愛国 反日 宗教 右翼 殺意 洒落 りり ちゃん 木嶋佳苗 売春婦 人達 男性 一生懸命 結婚 人生 希望 不安 もの 個人 問題 風俗 たこ パートナー 女性 うまい 吟味 業者 からし 所属 存在 愛人 稼業 専業主婦 給与 個人的 買春 相手 会社 利益 子ども はい 扶養 子育て 資金 時間 必要 従属 制度 社会保険 迷惑 社会貢献 1986年 年金 出生率 経済 ほと 過去 まれ たか 氷河期世代 バブル 社会 お荷物 配偶者 しか 保険者 夫婦 シングル ネトウヨ 山上 理由 思い込み セウォル号 ざまぁ 極右 カテゴリ 極左 キチガイ 暗殺 ソウル 梨泰院 事故 韓国 日本人女性 暴行 関係 感性 自演 note リンク ビジネス 経験 出産 の子 子供 やばい 煽り 分からん リベラル 夕方 匂い いか 謝罪 漫画版 文章 SNS マンガ 理解 あほすたさん 漫画家 話題 BL 男性 規制 立場 勢力 原理 存在 しま しろ 痴漢冤罪 拡張 いか 性別 一般 文章 毎日 問題 職業 体験談 比率 感想 自体 別に 自然 社会問題化 件数 統計的 痴漢 被害 のもの 限定的 女性 冤罪 基地外 例外 から 酔っ払い 高齢 集団 偏見 自分 腐女子 ロリコン 犯罪者 ゲイ レイプ はい 発達障害 三権分立 大先生 コメント 船長 逮捕 増田 バカ 10 女子 平和 修学旅行 転覆 牧師 である 実名 報道 小学生 他人 基本的 科学 意見 リスカ 婚活 身長 電車 かに ADHD カップル 表現 事故 事件 海保 海上保安部 国土交通省 管轄 自治体 デニー 関係 金持ち 木嶋佳苗 りり ちゃん 無職 低学歴 美人 結婚 一心 もの セレブ 高望 日本 ロシア ウクライナ ドローン 共同開発 バランス データ 横流し ちんこ 場所 相手 まんこ ダブスタ 発狂 キチガイ ジュース キロ ダイエット 運動 ジム 糖質制限 ラーメン 普通に 飲み物 コンビニ カフェオレ 午後ティー 炭酸 夕方 全然 感覚 ノーカン ペットボトル 砂糖 デザート 最初 イベント ベタ しか 半年 体重 ことな 幾花にいろ サブカル系 意識 射精 異性愛 ケーキ 結婚しない 絶対 中年 若者 カフェ 妥協 必要 20 日本人 政治 たか スーパー 高市 野党 議席 自民党 無視 共産党 黒幕 カシオ ミニ 釣り コメ 先物 石油 禁止 価格 実在 はてサ
ジジババって、そんなに働きたくないもんなのかなって思うんだよな。
実際、
仕事って単に金稼ぐだけじゃなくて、
・人と話す
・外に出る
・役割を持つ
みたいな、
生活の土台にもなってる。
逆に仕事しなくなると、
つまり、
少なくとも俺は、
足腰立たなくなるまでは、
もちろん、
でも、
軽い接客とか、
むしろ、
「健康にいいですよ」
「人と関われますよ」
って触れて回れば、
普通に集まる気する。
多少仕事遅くても、
客もそんな怒らんでしょ。
今って、
高齢化=支える側と支えられる側、
みたいな構図になりがちだけど、
元気な高齢者に、
ゆるくでも社会参加してもらう方向のほうが、
本人にとっても社会にとっても良い気がするんだよな。